61 ちび猫が迷走します
謹賀新年。
今年は仏滅からですな。
走る〜、走る〜、ねこ〜走る〜っと。
道に覚えはあるけど視点が違うから、少しだけ戸惑う。
そっちに気を取られると人と衝突しそうになる。衝突しそうになるから、前だけ見る。前だけだと横と後方が散漫になる。
「……… みっ!」
「お? おちびさん、居たのか」
店から出て来た人に驚く。突然の足の出現にびびった。
…早く猫慣れして、上手な街の歩き方を習得したいです。使う以上は上手に使いたいです。
街中ダッシュ&ウオークを繰り返し、やっとこさ駐在所に到着した。そして、「オープン・ザ・ドア!」と叫ばなくても開いてたので堂々と入室を果たす。
「にゃっあああ〜〜んっ」
い〜ませんかー? お〜呼びぃ出し〜。
「なんだ!?」
奥から素早く出てきた警備さんは、知らない兄ちゃんだった。
「にゃーん」
「美味いか」
「にゃあーん」
警備の兄ちゃんから、ご飯を頂いてます。
俺を見て、『えー』な顔した兄ちゃんの足元に擦り寄り縺れて縺れて縺れてみたらば、兄ちゃんは自然にしゃがみ込んで俺を撫でた。そこに畳み掛ける様に「にゃぁーん、にゃぁーん」と甘え声出して鳴いてみた。
「飯、食うか?」
有り難くご飯を頂戴する事になったんだ。…ちびなお蔭だろうか? いやいや、俺がスイートでラブリーでキュートだからだろうか?
地面を歩く複数のザッザッとした足音を俺の猫耳が捕捉した。その足音と並行して室内に声が響いたんだ。
「帰還した。異常、もしくは連絡事項はなかったか?」
この声は!!
「むみゅ! ぐへ。 けへ、けっ… けぇ!」
「なんだ」
「あれ? その猫どうしたんだ?」
耳をピンと立てたんだ。
シュピッと座り食いから立とうとして、ご飯を喉に詰まらせかけた。
「けへっ けっ… 」
「うわあっ! お前、水いるかっ!?」
皿の追加が有り難い。
ピチャピチャ、ピチャピチャ。ピーチャピチャ。
「おい」
「あ! はいっ! 申し訳ありません! 街の者から掏摸の被害届が二件、上がっております。他には連絡等もありません」
「そうか。 で、これは?」
業務連絡は終了ですね。じゃあ、俺の番だ。
「にゃ、にゃん、にゃーーーーーんっ」
うずうず前伏せの体勢で尻尾と尻を小刻みに振って〜、勢いよく猫ジャンプ! うおりゃあ!
「うおっ!?」
デリクさんのズボンに飛びつき、しっかり爪を引っかけて猫は張り付かせて頂きました。体に爪を立てない様に気をつけます!
「……………ついさっき、ココで大鳴きしたんで飯やったんですけど」
「懐かれてますね? 知ってるトコの猫なんですか?」
「………知らんぞ?」
「ほんとですかぁ?」
「飯やった俺より、なんで懐いてんですか…?」
一人の声には、妙な感じで理不尽さに泣く悲哀が漂っていた。
「いや、ほんとに知らんぞ!」
ズボンから下ろされた俺は、その声に反応して「わーい」と足元に縺れて縺れて縺れて遊んで、しがみついてみた。
「…嘘だ、嘘だ。 絶対、嘘だ」
「動物に好かれるタイプでしたかぁ?」
「だから、知らんと!」
スイートでラブリーでキュートだと言い張るちび猫は、いたずら好きだった。
その後、ちょーっとばっかし遊んで貰った。のか、どーなんか? 反応返してたら、楽しまれてたよ。
デリクさん達もお昼ご飯にするご様子。
デリクさんの顔は見た。変わらない髭面だった。ご飯も既にごちになった。休憩時間まで邪魔しちゃ悪い、だから今日はココまで。外に出ようと入り口に行けばドアは閉まってた。
「にゃああーん」
「んー? どしたー? ちょっと待ってろよー」
不思議呪文を猫語で唱えてみたが、誰も開けに来なかった。猫の唱える呪文でドアは開かなかった。そして、その場で少し待っていた俺は恐ろしい事態に直面する。
「んにゃ! にゃあ! みにゃあ!!」
呼んでも呼んでも誰も来ないので、奥へと走る。
「遊びたいのか?」
「あ? どうした? 飯食ったら、少しだけ相手してやるよ」
「飯は食ったんだろ?」
皆、昼飯食ってた。
交代制じゃないの?とか、もしかして、兄ちゃん皆の昼飯の支度してたのかな?とか思うが! その間を「んにゃ、んにゃ」鳴きながら歩き回ったが、「待て」と相手にして貰えなかった。
…ふはははは。
こうなったら仕方ない。格好で伝えるしかない。
皆を正面に中腰で座る。尻尾をピピンと立てる。前肢でキュッと踏ん張って、顔を上げて 『むーーーん』 な顔して力んで、ぷるっぷるしてみた。
俺を見る皆の表情が一気に固まった。
ガタ、ガタタタッ! ガタン!!
椅子を蹴立てて慌てた顔は面白かったが、俺の方にもあんまり余裕は無い。質量保存の法則は無理なんだ。保存できない〜。 …法則の意味違うけどな。 早よ、してくれぇ。
「まままま、待てっ!」
「お前、そこで出すなぁぁぁぁああああ!!」
「悪かったぁぁ!! 便所だったのか!」
飯時に、すんません。
「外に!」
「便所が近い!」
「連れてけぇ!」
そして俺は、ガッと両脇を抱えられ便所に連れ込まれた。
そこでしたんだが、それがまた大変だった…
テーヌローとは少し違うんだが、基本は同じぽっとんトイレだ。こっちも水洗式トイレじゃなかったんだ。落とし口に向かってするんだが、猫足が人足と同じな訳が無い。
「んっにゃぁぁあああああああん!!」
兄ちゃん! 人がしてるとこで、まじまじツラ覗き込むんじゃねー! 見てんじゃねーよ。エチケットはどうした! 向こう向けー!!
「みぃぃぃいいいにゃああああん!!」
だーーーーっ! 向こう向けとは言ったが、誰も離せとは言ってねーぞっ! もっとしっかり前肢押えてくれねーと、重心のバランスが崩れて転けるだろーが! 前ならまだ良いが、後ろの便所口に俺が転がり落ちたら、どーしてくれる! 殺す気かいっ!
「今度は何だ!?」
デリクさんまで猫のトイレ、見に来なくて良いからぁ!
「便座に置いてやったんですが、なかなかしなくてですねぇ」
「あー、腹が詰まってんのか?」
「まだ、ちびだからですかねぇ?」
ちがーーーっ! バランスだよ、バ・ラ・ン・ス!! うお、兄ちゃん!腹を擦らんでいいってのーーー!
しかし、腹の下に手が入り、僅かばかりに持ち上がる猫姿勢の妙な安定と腹圧により快便した。ぷりぷりぷりぷり・ぷりっと良い感じで素晴らしく出た。ひっじょ〜〜〜〜うにスッキリした。
臭いの元を追加した。
「よくまぁ、その小さな腹にあれだけ溜めてたな」
「やっぱ詰まってたんか。お前」
…そこまでは知らねーよ。
次に進んで、しゃぱしゃぱしゃぱと快尿した。
「うわ! 今度はそっちかい!」
うむ、腹には兄ちゃんの手が添えられていたからな。手首ってか、手の甲にはギリで引っ掛からなかったようだ。引っ掛かるんじゃないかと思ってたんだけどな〜。
上手く落とし口に流れてった。ヨカッタ、ヨカッタ。
全てにスッキリしたが、俺は自分の口で舐めて清潔にする本物の猫ではない。大変申し訳ないが床に擦り付けて綺麗にさせて貰おうとした。
「待て! 拭いてやるから、床で拭こうとすんな! ったく、自分じゃできねーのか、お前」
姿勢だけで判別可能とは。いや〜、見せる姿勢って偉大だな。
「誰が掃除すると思ってんだ… 好き勝手な所でするんじゃないぞ!」
俺を叱る兄ちゃんは実に手際が良かった。その後、濡らした布で綺麗に拭かれた。雑巾らしく布が強ついていたが棚から新しく取り出した分だったからな。柔らかペーパーを望むが、これ以上欲を言ったら駄目だろうな。
にしても兄ちゃん、動物飼った事あんの? 警備さんよか獣医さんの方が向いてない? …働きぶり見たことないから失礼か。だがな、「オープン・ザ・ドア!」の呪文に反応しなかったのは、そっちなんだが〜〜。あの時、外に出てたら俺も迷惑掛けずに一人でさぁ〜。もちろん、場所は選ぶ。
排尿も排泄もできる。俺のお着替えスキル 『ちび猫、なれるもん。』 はイケてるな。
しかし、俺は強く心に誓った。
デリクさんと兄ちゃんの前でだけは! 絶対に人に戻るまい。 猫で居続けてみせる! …早めに二人の記憶から除外される事を祈る。
…キラキラに頼めないだろうか? うわー、ダメ思考だー。
皆の足元を一周して、入り口で待機。
「出るのか?」
開けて貰ったドアから外へ出て、周囲を確認。その後、たたたたたんって走ったよ。兄ちゃんの「あ」みたいな声も聞こえたけど振り返らない。
気力を貰った。やる気が上がった。すっきりして体も軽い。
このまま一気に危険地帯へ突っ走れ〜〜〜〜〜!!
気恥ずかしさの余り、逃げてんじゃないから〜〜〜!!!!! でも猫は恥ずかしがりだから、知らんぷりするもんねー。にゃははははんっ。
なーんも考えずに勢いに乗って、走って走ってあの空き地まで辿り着いた。
……ダメだ。
感慨を覚える前に疲れた。突っ走り過ぎると馬鹿だな。ひゅーう。
落ち着いて見渡せば、そこは何にも変わってなかった。いや、名前も知らない雑草と呼ぶしかない植物が伸びて成長してた。
カサッ
草を揺らして、ゆっくりとそこへ踏み分けた。
あの男の子が寝っ転がってたトコ。揺すり起しに屈んだ位置。
……何にも無いね。
周囲をぐるっと見ても変わらなくて何にも無い。違うのは猫の俺。意味なくため息が出そうで安堵しそうな。 …進もうか。
第二弾の問題場所にやってきました。
…猫足もう疲れた。俺の麦わら帽子は行方不明のままでした。どっこにも見当たらなかった。そんで以前、人が座り込んでいた場所にも誰も居なかった。
それでも距離を取る。
少し離れた見通せるトコに陣取り、前肢を畳んで体を丸め、いつでも飛び出せる姿勢で休憩。
足元にあるのは瓦礫です。その上に座ってる。
風向きなのか、今日は饐えた臭いがしない。いや、多少は臭う。あの臭いが充満してたら猫鼻にはきつかったと今頃気付いたんだが、ここは塵溜め場じゃなかったんだ?
「xx だから、 xでぇ 」
休んでいる内に、人の声が風に乗って聞こえる。
瓦礫で足裏傷つけない様に、慎重に瓦礫の上をぴょん。
猫ルートで奥にとてとて歩いて行ったら、普通に家なのと掘っ建て小屋みたいなのと、壁だけが残ってるよーなのと。目に見える範囲だけでも微妙過ぎ。声が聞こえる方と、全く聞こえない方と。なんか臭う方とか…
トンッ…
とりあえず、人の姿は見えないんで地面に降りて進みます。
「いいかい!」
進んだ途端に人が出てきたんで慌てます! 大急ぎで崩れ掛けの塀の後ろに隠れる。誰も居なくて助かった。
「わかってんだろうね! 今度やったら承知しないよ!!」
おばさんがプリプリ怒って出て行かれました。何があったんだろうと文句を言ってたトコを覗こうとした。
「うっせぇ! ババァ! あれっくれぇでガタガタ抜かすんじゃねぇよ!!」
素晴らしい切り返しの怒声に覗きは自粛した。
とっとと移動する。
用心してね。あっちこっちそっちどっち行ってみてさ。
……うん、まぁ。襤褸着て座り込んでる人はいるよ。襤褸じゃない人も座ってる。怖い目をしてる雰囲気が強い、ね。
ギロッとした目と目が合った時には飛び逃げたよ! こういう時は猫、便利。人だと大回りする場所や、入れない隙間を擦り抜けて逃げられる。でも、場所を把握してないから袋小路だと跳び上りそう。
疲れた猫足だから、そんなに歩き回ってないと思う。人の足なら調査範囲狭過ぎじゃない? 本気で調べるんなら、この近辺でお着替えしてがっつり調べないと意味ないっての。でもさぁ、泊まってる宿の周辺や大通り。市場なんかとは雰囲気が完全に違うんだよな…
一口に北西地区って言っても…
体格と髪と目の色、雰囲気。それだけで一人の子を探し出せるもん?
自費で懸賞金出して指名手配する。それで、お守りは返ってくるだろうか? 金に目が眩んでガセネタ入って来ない? 彼に仲間が居たら、彼は仲間から突き出されるだろうか? それとも掛けた俺が突き止められてヒドイ目に合うんだろうか?
あ〜、現実ってさ〜。 俺、こんな風に考え続ける方だったかなぁ? …一人だしな。
腹が立って、収まりがつかなくて意気込んだ。
警備さん達にお願いしてるけど、絶対に取り戻すんなら金を出して人に頼むのが正解だろうな。 でもなぁ、後生大事に持ってるとも思えないんだよな…
「うー にゃっ!」
一声上げて、体を振るって考えをポイして気を取り直す。
無い物は無いんだ! くよくよウジウジすんな、俺ぇ!!
空を見上げて、じいいぃぃぃ〜〜〜〜っと目を凝らす。
キラキラは見えなかったが、チカチカはあった。危険地帯と言われるこの場所でも見える。人が行う区切りはどーでも、世界は平等っぽい。尻尾をしゅるんと体に巻き付ける。尻尾の扱いもおかしいと思わずできる。
うん、現実。
猫鼻で息吸って〜 口で吐く〜。
この北西地区の住人と深く付き合おうとは思わない。後、どれだけこの街に居るのかわからないが、定住しない確率が高い。自分の手に負えない危険な事には関わらない。俺は何でもできるどっかのお話の主人公じゃないんだ。
振り返らない。
……………… きっと、たぶん、いつか ね。 う〜あ、あのお守り気に入ってたのに。
自分の安全と感情を天秤に。
理性と現金を重しに加えて。
俺は北西地区に背を向ける事を決めた。
………………………おかしいです!
喉が渇いたんで水場も求めましたが、ぐるぐる回っていないんですが! あっちこっちキョロキョロしてますが! ここは一体、何処でしょう!? 北西地区から脱出してない気が大変します! 似ている風景ばっかです。現在地がさっぱり掴めませんっ!! 猫探偵、もしやの迷子でしょうかぁぁああああ!?
「うっにゃぁぁあああああああん!!」
走りながら、ちょっと半泣き入りました。
やあっとの思いで水場を発見した。人の足で踏み固められた土の段を慎重に降りる。段差の高さと歩幅が猫足と絶妙に合わないから、一段ずつ。
周囲を確認後、水質を目視して頂きます。口を少し湿らせ、一口、二口で終わらせる。…つもりが、ごくごく飲んじゃったよ。あ〜、腹下しませんように〜。
水飲んで、えっちらおっちら段を登ってもう少し。よ〜いせっとぉ。
「あっ!」
登り切った所で声がしたんだ。そっち向いたら猛ダッシュで走って来る子供!
咄嗟の事に、わたわたしちゃって逃げるタイミング外してた… 逃げ損ねたから、とにかく体勢を低く取る! 隙あらば逃げる!!
「姉ちゃん、みてーー!」
満面の笑みで男の子が、ガシィッ!と俺の手を掴んで片手を脇に差し入れ、グイッと持ち上げられた。
うあ〜、これから子供にもみくちゃに遊ばれるんだろーか〜。あー、まぁ俺ってラブリーキャットだからな〜、にゃは。
「姉ちゃーーーーん! 肉、つかまえたぁーーーーーーー!!」
…へっ!? に・く? は、い? あの… ボク。 いま、ナンて?
「でかしたーー! 今晩はお肉ねーーーっ!!」
は? は、は、は、はいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!? なんですとぉぉぉおおおーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
脳内フリーズしたわ、俺。
タタタタッ
「立派なお肉! 偉い! よくやったわ!」
軽い足音に息急き切って走ってきた、お姉ちゃんの一言で我に返る。
目ぇ開けて、口開けて、固まってる場合じゃねぇぇ!
おおおおおおお・お肉って。お肉って! おおおおおお・俺ですか!? ままままま、まさかの猫鍋っ! 鍋?鍋?鍋? まさかほんとに俺で猫鍋っ!? 鍋ぇぇぇ!? 俺をぐつぐつぅ!? えええええっ! そんな! ここって、猫食の文化あるんですかぁぁぁああっ!!!?
あ、あ、ああああああ! いーーーーやーーーーーあーーーーーーー!! 勘弁してぇぇぇぇええええ!!
俺を押えるボク君のしっかりした握り締めに冷や汗が滲む……
「み、みにゃあぁあん。みにゃあん」
必死こいて可愛らしい甘え声で鳴いてみた。
fight!
北西地区の子供(姉弟)が現れた!!
ちび猫は初っ端から子供(ボク君)に取っ捕まった。
ちび猫はボク君のご意向と、お姉ちゃんのお返事に恐怖した!!
ちび猫は甘え声で鳴いたが、ボク君はお姉ちゃんだけを見ている!
見物人は甘え声を全く聞いちゃいねぇ!
ボク君は笑顔のお姉ちゃんに自慢げな嬉しそうな顔をしている。
ちび猫は完全に黙殺された。
俺、 lose……
………………思考逃げしてる場合じゃねぇぇ!!
「みにゃー、みぎゃー、ぐにゃー!!」
苦しそうな声に急遽変更し、体を思いっきり捩って捻って暴れて脱出を試みる。
「こらっ! 大人しくしろよっ!」
「逃がしちゃダメよ! 紐か縄がどっかに無いかなぁ〜」
く、首に縄? なわぁ!? そんなもん掛けられたら逃げれても、お着替え上手くできるんかっ!? うわ、うわっ… やべぇ! うわあーーーーーーー!!
必死で動いたら尻にお姉ちゃんの手が添えられて安定させられた… 猫、何もできませんポーズになった…
お姉ちゃんが俺を覗き込む。目を潤ませてキラキラと見つめ返した。
「ん〜 …可愛いね」
一筋の光明を見出し、甘えに切り替える!
「みにゃぁん」
お姉ちゃんは少し迷った顔をした!!
「……うん、可愛い。売ったらお金になるかも」
ふぇっ? 売り飛ばしぃっ!?
「高く売れるかな!?」
「汚れてないけど… 誰の猫なんて、どっこにもないしね! この猫だって、どっかのお家で飼われる方が良いもん。それであたし達にはお金が入るんだから、良いコト尽くしだよねぇ!」
「売れなかったら、その時はお肉だよね!? 姉ちゃん!」
「そうだね!」
なんてこったい! 独自理論の展開で正当化しやがったぁぁ!! いや、それが野良猫なら俺も良いと思うけど! …………ぐは。俺、野良猫か!
二人が笑顔で大喜びする中、『肉か、売却か』 突き付けられた自己選択不可能な二択に俺は戦慄した…
首根っこをしっかりと押えられ、逃げられない俺は… 俺は… 逃げる為に手段を選ばない。しかし、人には戻れない。ここで戻るのはヤバすぎる、だが背に腹は代えられない。
ふ、ふふふ。最終手段だな。
できる限りに下半身を動かす。角度を調節して良い状態にもっていく。後はタイミングに注意だ。でないと、俺のにゃんぐるみが大変な事になる。
しゃっ、しゃぱ。 しゃぱぱぱぱぱぱ〜〜〜〜っ
「あっ! いやーーー! おしっこしたあーーー!!」
「うわ、出したぁ!」
お姉ちゃんの手がバッと離れ、体の重みが下がる。ボク君も狼狽えた隙に、力を込めて身を落とす!
「「 あっ! 」」
脱出成功!! よくあった、俺の膀胱内!!!
ちょ〜っとまだ飛んでるが気にしない。「待てぇ〜」と聞こえる声を無視して振り返らない。
振り返って堪るか、ボケェ! 前しか見んわぁ!
疲れ知らずに走り続けたら、何時しか違う雰囲気の道に出てた。
歩いていく人の服装と持ち物に北西地区を脱した事を理解した。心底ほっとした。
あ〜、ヒドイ目にあった。
ほっとしたら、ふらふらする。一軒の家、その隣の家庭菜園な場所に座り込んで、へにゃった。
ぜぇぜぇぜぇ… くーるるるっ
腹減った。それより疲れた。
…この菜園に生ってる野菜は生で食べれるんだろうか? いや、その前に戻ろう。うん、適切なトコ見つけて戻ろう。
「あっ、ねこちゃん」
「ふにゃ!」
子供の声、再び!! 心臓が跳ねます、もう保ちません!
目を見開いて振り向いた先には女の子がいた。…今までで一番小さい子です。
「ねこちゃん、なにしてるの?」
その子は生成りのワンピースにエプロンを着けてた。
歩いてんのか走ってんのか、可愛らしい速度でタタッと寄って来る。俺の直ぐ近くにしゃがんだ。
面倒はもう嫌だから、じりじり下がって菜園の中に身を翻そうとしたんだ。
「ねこちゃん、チーズすき?」
その声に停止した。
どこに隠し持っていたのか、手品の様に女の子の手にパンが二つあった。
「おかあさんがね、すききらいしないのっておこるの。でも、チーズきらいなの。えいようあるから、チーズたべなさいって」
喋りながらも女の子の目は、パンを睨んでた。俺なんか見てなかった。
「たべなかったら、きょうはチーズのパンにしたのよって。パンはすきなの、チーズはきらいなの。ねこちゃんはチーズたべるの」
元は一つのパンだったらしい。それを更に割いて指でパンの中を穿ってた。パン屑がエプロンにぼろぼろ落ちる。
エプロンの裾を小さな手で握って立ち上がる、その姿は可愛らしかった。女の子は菜園の葉っぱを千切ってしゃがみ直して地面に敷き、その上に取り出したチーズの小さな塊を幾つか転がした。
「ねこちゃん、めしあがれ〜」
召し上がれと両手を前に出す。天真爛漫な顔で、にこ〜っと笑った。
…おままごとみたいで微笑ましいです。俺に食えと望むその心は立派な証拠隠滅だけどな。
「ねこちゃん、おのこしはいけません!」
手を付けなかったら怒られる。なんて理不尽。 お母さんにそう言われて怒られてんだ?
女の子は穿ってチーズがなくなったパンを、もぎゅもぎゅしてた。もぎゅもぎゅしながら、残り半分のパンの中のチーズを取り出そうと奮闘してた。
「なぁーん」
溶けかかったチーズの塊と、チーズでくっついたパン屑。食ったら美味いんだが、猫牙にくっつくのが難点ですネ。
女の子の隣でチーズのお相伴に預かったよ。さっきまでとの落差がすごい。けど、落ち着く。まったりと時間が過ぎる。
そこに一つの影が落ちたんだ。そして発された声のトーンの低さにびびった!
「なぁにしてるのかな〜?」
「あっ! おかあさん!」
…見上げたお方の笑顔が怖いので、俺は退席させて頂こう。
葉っぱのお皿の上のチーズを咥え、そのお顔を見上げ直す。 『チーズを頂きました、ごちです』 と目でご挨拶した後、尻尾を揺らして前線を離脱する。
「あの猫ちゃんが食べてたのは、一体何かなぁ〜?」
「お、おかあさん。パンおいしかったの!」
「全部一人で食べたのぉ?」
「ね、ねこちゃん、おなかすいてるって。おいしいパンをごちそうしてあげたのぉ〜」
続く言い訳をもっと聞いてみたかったが、巻き添えはご免だからな。
腹の中でニヤリと笑って後にした。
歩いて行くが、石畳じゃない土の道。現在地はどっちの方向になるんだか? しかし、チーズを咥えたままなのも微妙だけど、時折舌に触れるのも良い。食べ歩きじゃないが喉に詰まると危険だから食うかな。
キョロキョロしながら居たのが拙かった。馬車とか通らないから油断してた。
「みゃっ!!」
跳ね飛んで逃げた。叫んだから、チーズが落ちた。
すぐ近くに居たのは、男の子二人に女の子一人。高校生辺りだと思うが、どうだろう? 体格良いけど、もしかしたら中学生なのかも。
三人とも、ここでの一般ピープルな服着てる。特に変わった服とかじゃない。でも武器は携帯してた。男の子二人は剣帯つけて剣下げてた。女の子の方も何か隠し持っていそうな感じ。スカート穿いてないし。
服装と年齢を考慮して、ゲーム視点にすれば駆け出しの冒険者な雰囲気。
男の子の一人が落としたチーズを踏み付けた。
…おい、お前。俺が貰ったチーズ。わざと踏んだろ? 踏まれてグチャったチーズは、もう元には戻らない。 ムカつく。
「ふにゃあ!」
抗議の声を上げた。
「けっ。ちびが喚いてやがる」
「お前、靴汚すなよ」
「もう、なにしてんのよ〜」
三人で仲良く笑ってた。俺の食いもん、潰してその態度。 ムカつく。
「ふぅぅっ!!」
猫牙出して、怒りをアピールした。
「やぁだ、怒ってる。 あはっ」
「生意気〜」
「うっとおしいな、こいつ」
三対一だと分が悪い。けど、せめて謝れよ!と思う。猫に対してでも、ちゃんと謝れよ! でも、猫だとどーしよーもない。ムカつくけど俺が諦めて移動するよか打つ手無し。
そこへ大人が来たんだ。『助けがっ!?』と一瞬期待したけど違った。ちぇっ、残念。
「何をしている? 行くぞ」
三人よりしっかりした身形の男性だったが、こっちは武器みたいな物は持ってなかった。
「あ、はぁい」
「すいません、行きます」
「……… はい」
四人に血縁関係は無いと見た。保護者にも見えなかったが、引き際としては良かったんだろう。
睨みながらも動かずに居た。
見送る事しかできなかった。それも、ムカつく要因だ。
去り際にチーズ踏んだ奴が俺を一瞥する。唇を浅く歪めて嗤って手だけを振るった。
「みっ!」
自分でも、よく動いてたと思う。嗤った時点で思いっきり跳び逃げたんだ。
直感? なんてぇの?
ニールさんが、ちょいと魔力を使う時の仕草と似てたって言うか〜。漫画やゲームで魔法使う時のポーズっつーのか。やっぱ、そこら辺は似たようなもん。それら一連が頭の中を駆け巡った感じ。…助かった今そう思ってんだから、そこは直感で良いのか。
シャッ … !
俺の居た場所を何かが走り抜けたんだ。
「何をしている! …ああ、そんなモノか。外したのか? くっ。 まぁいい、下手に使うな」
「あは。だめね〜」
振り返った男の人は怒ったけど、意味が違ったらしい。外した事を小馬鹿にした感じで笑った。その隣で女の子も笑った。憮然とした表情で俺をみてる奴に、その肩を軽く叩きつつ笑ってるもう一人。
それらを視界の片隅に納めながら走って逃げた。
家の壁際、塀の上。目に見える猫ルートをジグザグに伝って、走って逃げた。逃げた。逃げた。逃げた。
必死で逃げたんだよ。
心臓が破れるかと思う位に走り続けて、隙間に無理やり入り込んで、人様の庭にお邪魔した。地面から十センチもない低い位置から小さな葉っぱをびっしり生やして、家の壁代わりしてる植え込みに隠れ、別の木の根元に座り込んだ。
ひゅうひゅう息した。水が欲しかった。全身の毛が、ぶわぁって膨らんでた。
足を折り畳んで、小さく丸くなって座った。
これは… あれだろ?
風系の魔法を俺に向けて放ったって事だろ? あれ、当たってたら死んでんじゃないの? でも、あの中の誰もそんなん気にしてなかったよ? …これっぽっちも、気にしてなかったよ?
体がぶるぶる震えました。猫になってる俺は本気で震えました。
宿で魔力使って火を入れるトコを見た。食堂で人がする魔法系な話をなんとなく聞いたりした。洗濯してる時、『あれ? 魔力かなんか使ってる?』みたいなのも見た。でも、人に向かってするのは見たことなかったですよ。
ニールさんは初めから計算尽くのパフォーマンスだった。あのおっさんの判断も早かった。日常茶飯事って言ってた。
「本気でやり合うなら、あんなスローテンポで誰もしない」
ニールさん、そう言って笑ってた。 …猫一匹殺すのは、蟻を潰すのと同じ感覚でしょうか? どっちも命ではあるけどね。
心臓が落ち着いて。震えが止まった時。
思った事は 『警備さんて、大変だ』 でした。
個人に魔力があって魔法が使える。この場合、何かの制約でもない限り、使い先は個人の良心に委ねられるって話になんねぇ? 当たり前かもしれないけど… うあああ、実体験した俺は怖い。
息吸ってぇ吐いてぇ、落ち着いてー。
うん、宿に帰ろう。とりあえず帰ろう。この辺で戻れる場所は…
動こうとした時に人の話し声と足音がしたから、踞り直す。
「さっきの、なんで外れたかわかんねぇ」
「調子が悪い時だってあるさ」
「単なる失敗隠しじゃないのぉ〜? あはっ」
「誰が失敗なんか! もう一度すれば!!」
「『街中で軽々しく使うな』って、まーた怒られちゃうじゃない?」
ついさっき聞いたばっかりの。
ひっじょうに聞き覚えのある声でした。
………………どうしてでしょうね? 全くの別方向に逃走したはずですけどね? おかしいですねぇ。