60 ちび猫が通ります
猫を極めるべし。
…いや、極めると言ってもだな、俺は人だからな。人間だからな!
昨日の午後、猫したら風が気持ち良かった。花もすごく綺麗に見えた。…花粉にやられかけたけどな。歩く度に身が軽くなる気も… した。
世界は澄んで綺麗だった。輝いて見えた。
猫になった俺の目には人であった時よりも… もっと… とても綺麗に見えたんだ。不思議だ。自分の殻に閉じこもるなって事だろうか? まぁ…… どうだろうね? 光化学スモッグは無いはずだしね!
位置が、いや、姿が違うから見えるモノが違ってくるだけなのかな? 猫だと… ん? 猫って… レイカン あるって……………… いやいや、俺は人だから。
怖い思考は、ペ〜〜〜〜イッ!てね!! ふぅ。
それで、だ。
補助力使わずに自力だけだと、時間制限があったんだよ!! 初回は補助力を使用したから、ずっとなっていられたんだろう。だが、自力だけだと… 長時間保たずに終了したんだよ! 泣く。
いや〜、用心重ねて街中出るのはまだ早いって、止めといて正解だったわ〜。やってた所でも即戻るだったら、やーばかったな〜。だーから俺の猫レベルは一だってえの。
安全策に部屋から出ないで猫しようかと考えたけどさー。猫なって戻るの繰り返しなら、お着替えスキルが上がるだけだろー? 何回猫なったからレベルアップします。なんてゲーム設定ないぜー? 俺のリアルなんだから。実際上がってるかどうかも不明だしな。
しかし、猫なって動かないと猫のレベルは上がらないだろ?
動く時は掛け声出すから、気付かれる。気合い入れに叫ぶんだよ。「うにゃん!」とか「にゃおーんっ!」とか。絶対バレる。そんで狭い室内で動くなら、静かにやってるつもりでも音が反響するだろうな。勢いに乗って爪でシーツ破いちゃったら、どうしよう?
後で「動物は入れないで」とか、追加料金とか言われたら泣く。やっぱり外がベスト。
ふ。ふふふふ。やあっぱり、スキル使って良かったぜぃ。できるつもりでいて、切羽詰まった時に使って失敗したら最悪だったぜ〜。
ま、お着替えスキルで猫だけどな。人生には彩り… ん? いや、猫生なら華やぎ… あれ? なんか違うなぁ。
……とにかく、今日は補助力使って、一日猫して頑張ります! できる時にできる事をする。一日やれば、きっと猫レベルも上がるはず。 人生舐めてなんかねぇぇーーーーーー!! 無駄に死んでなんかねぇぇーーーーー!!!
俺は俺なりにやっとるわぁぁあああーーーーーーーーー!!!!
ふぅ。さぁ、行くか。
人気が失せる細い通り道。そして死角になる場所。
家の窓が無いか、上から見られてないか。スキルを使うのに良さげな場所を遠い所から目視確認した上で何気なさを装って行き、素早く死角の狭いスペースに入って猫になる。ウエストポーチをしたままで、補助力使って猫になる。
そぉれ、にゃんぐるみー。
周囲に察知されない為に心の中で唱える。言わないとできない訳じゃないが、やっぱ気合い欲しい。
よし、成功だ。
タタタタタッ…
脱出路を走って走って場所移動。猫になる時に逃げ場の無い一本道は選ばない。
安全圏と目を付けた場所で、ふにゃあ〜っと一息ついた。
しかし、ちょーっともたついたな。ウエストポーチでこれなら厚手の服の場合だと、もっと時間掛かるかな? お着替えスキルも一緒に伸ばさないとな〜。
…よく考えたら俺が着替えてる時、他からどう見えるんだろ? いや、『見えない』んだよな? 瞬間装着なつもりだが実際はどうなんだろうなー。シルエットは無いからな。でも、脱衣カゴ、人に見えてんだろうか?
……あれ?
「ウエストポーチも頼むね」
さっき着替えながら、俺のカゴ番のマスコット猫に一声掛けた。 …あれ? あの時、周囲はどう見えてたっけ? 意識が着替えにしか向いてなかったけど… 風景ってか、周囲見えてたっけ?
俺のはお着替えスキルで… 脱衣カゴは異次元待機でスキルに結ばれてて、使用時に出現だろ? 使用後は俺がスキル解除に使うまで異次元待機。それだけだ。カゴはカゴ。
出現するのは、この場所。
あ、れ? じゃ、一瞬でも… 見えるんじゃね?
いやでも、さっきは… 周囲が… あれ? あれ? あっれぇぇ〜〜〜??
……とりあえず、いいか。
ちゃんと猫なってる。元々見つからない様に気をつけてなるんだ。問題ないわ。ん。今日は一日中なってる予定だから賑やかな街中へ、レッツゴー。
ちび猫は軽快に走っていった。
お着替えスキル 『ちび猫、なれるもん。』 を使用する。
脱衣カゴが出現した時点で、その場が一時的な異次元フィールド状態に移行している事実にまだ気付いていない。そして、移行しても時間軸は離れていない。
…… どこまでもできる男はできて、気が回るのである。
子供が持っていた自前の猫ぐるみのお着替えを、本気で楽しんで手伝った男は気前よく、お着替え用にと部屋も与えていた。
与えた理由はただ一つ。
普通は見れない。しかし、己と等しく見れる奴には見れるからだ。着替える時は完全に素っ裸。無防備。何かの危険性が低いに越したことはない。
それ故、お着替え中は、ぺらりと捲られないカーテンがカゴ番のマスコット猫により引かれるのだ。
『上手に着替えたい』
この単純明快にして、可愛らしい自己努力型の願いであった事が最大の要点となる。
願うにあたって、要領良く隙がなく、一つ取り違えると欲の塊の様な出来る願いであった場合に、媚を含むモノやおもねるモノが見え隠れした場合。そして男と対等の立場で物を言ったり、身の程を弁えないと受け取られる行為が、ほんのちょおおおっぴりでも滲んだ場合。
男の愛情は激減する。
急激に愛情のバロメーターが下がって、どうでも良くなる。上がってた分、落差が果てしなく酷い。しかも、表面上は全く変化が無いだけに始末が悪い。その言動を面白いと思っても、そこに愛情はない。
そして愛情が薄れ切り、心中忌々しくなっていたとしても笑顔の男である。笑顔の意図が愛情対象ではなく、玩具で遊ぼう・実験しようの精神に速やかに変化しているだけの真実の笑顔である。
その後の展開に依っては取り上げられずとも恐ろしいモノを付属品として付けられたり、代償っぽいモノが枷られたり。最終、使えるステキな願いが大変使い辛いだけの悲しいモノに成り下がってたり。
「その願いで本当に良いのか?」
最も男の方から言い出した、これの返答として出来る願いに変わった場合。
この場合には愛情は落ちない。自分の示唆に依っての返答であるのだから問題はない。出来る願いである事に思慮分別と賢さを誉めるだろう。
その上でなら、あれもこれもと言っても怒らない。その中から「幾つかに絞れ、この我が儘め」と苦笑を零す事はあっても愛情が冷める事はない。またこの時でなら、他にどんな願いをして良いのかと質問する事も有りだ。
示唆を聞いて尚、願いを変えなかった。
そこにブレない意志の強さを美点として示した。愛情は普通に上がった。理解してないんじゃないかとも思う要素が確かにあったが、 『馬鹿な子ほど可愛い』 この一言に尽きる。言い替えれば、世間擦れしていない可愛い 『俺の』 夢の子供なのだ。
愛情は上がった。
余談であるが他にも条件は山と重なる。
仮に誰かが助けを求め、男が応じた。男の返答により不明点が発生し、「どんな願いでも良いのか?」等の条件確認を取ったとしよう。確認に聞いた時点で全てが終わる。力に対する不信に対等の立場を選んだと判断され、愛情に近しく似ていても量は大変乏しいモノは完全に消滅する。
男の心は狭くない。
暇潰しでも、願いを叶えてやろうと思う程度には狭くない。狭くはないが、男の愛情を得るのは誠に狭き門である。
「にゃーん」
機嫌良く歩いて行ったら、やっぱり世界は綺麗だった。そして、体が軽かった。起きた時は体が少しだるかったのにな。
昨日の寝が、 良くなかった… かな?
それにしても、人の時よりも輝いて見える。どうしてだろうね? そんなに眩しくもないけど、キラキラ・チカチカしてるもんが見え隠れする。
猫手を伸ばして捕獲を試みるもスカる。空振りに光るもんの捕獲は断念した。
「にゃー」
それにしても、このキラキラ不思議だ。
あっちこっちで見えるんだが、ほら、色んなので言ってたじゃん。「瘴気だー!」とか、「陰の気がー!」とか、「それ払えーっ」て。でもさ、このキラキラ影でも見えんだよ。影の中でもキラキラしてんだよ。薄くて弱い光だけど。
じ〜〜〜〜っと見た。
もしや、これが魔力だろうか? 判別ができんが、さすが異世界。魔力が満ちる世界って違うんだな。この前よりもよく見えるのは… お別れをしたからなのかな?
ちょっとだけ、気落ちする。
………………… 思い込みは止めましょう。うん、気にしない。
影の中に綿帽子の黒いバージョンっぽいのは見えない。いや、あれはあれで見えたら怖い。リアルなら怖い。この世界に妖精さんはいないのかなー? 怖い版は嫌だけどー。
ブルブルッと体を振るって気を取り直す。
てってってって〜〜〜っと歩いて、人通りの多い方へ。
ガラガラと走る馬車が怖いですよ。間を突っ走れ〜とか面白そうではあるけど、猫、ぺっちゃんこは嫌です。大変大きいお馬さんが… 怖いです。ぶるぶるします。あの蹄に引っ掛けられたら、猫、すっ飛びます。飛んだ後、生きていられるでしょうか?
…まじで街中デビューは早かっただろうか? 公園デビューが良かっただろうか?
「あら、小さい」
「まぁ、可愛い」
そんなお声に尻尾を振りつつ、壁際ぴったりに歩きます。端っこじゃねぇと恐ろしい。しかし、場所が場所だと…
「こらっ、寄るんじゃない! あっちいけ!」
「みゃうんっ!」
怒られます。
商品に触れようとしてないです! 食品系のお店の脇を通る時は、特に気をつけたいです。
そして、俺は猫道を発見した。つか、歩いてる猫の後を追っかけた。
安全って第一だ。何を置いても第一だ。
路地裏、小道、細道、人が入って来れない道〜。安心です。しかし、前を行く猫に比べ俺はちびなので、歩幅と跳躍力が違うから怖い箇所もある。
「にゃーん」
こんにちは〜、待ってぇ〜。
お声掛けたら戻ってきてくれた。優しい〜。成猫さんにクンクン嗅がれます。
「にゃーあ」
「なーご」
……………………疎通は、やはり難しいです。ふさふさ長毛種の成猫さんも、あっれ〜?な顔されてます。
歩き出されたんで付いて行きます。時折、振り返えられる所が優しいです。
家の側、木に登る♪ 低い位〜置の屋根に飛ぶ♪ 屋根を横断しーてぇ〜♪ また木を伝い、柵に向かってジャ〜ンプ!
実に素晴らしい直線短縮ルートです。
通い慣れたルートの様です。このルートで帰るなら、俺の場合は屋根に跳び上れるかの跳躍勝負だな。
そして優しい成猫さんは、厚みと幅があるとはいえ、柵にジャンプするのをびびって躊躇ってたら黙って待ってくれていた。
その姿にうろうろ迷うのを止め、頑張りました。平均台な柵に向かってジャンプ! 目測が合っても勢いが合わず、落ち掛けました… 爪が無いと怖かったです。
そこから木柵を伝って、通りに面した場所でも往来の少ない所に出た。
「なーごぉ」
一声残して成猫さんは、降りた場所から二つ先の家の中へと入って行った。家ん中に入る時はチラッと振り返ってくれた。
「にゃああん!」
ありがとう、成猫さ〜ん!
お礼を述べてから、ここがどこになるのか探索に出かけた。 ……迷子とは言わない。現在、猫探偵は探索中なのだよ。
くきゅるるるっ……
あー、お腹空いた〜。昼にはまだまだ早い時間だけど、なんか食べたい。うーん、この前より腹持ち悪いなぁ。でも、あんなに派手に動いてはいないはずだけどなぁ? この前と違う点… やっぱ緊張感?
くぅくぅ鳴る腹を抱えて道端に座る。馬車の入らない道だから安心。どっかから美味しそうな良〜い匂いが漂ってくる。腹をグッと刺激する。
〜〜〜〜〜〜もう人に戻って、どっかで飯食うか? うう、飯の誘惑にあっさり敗北? でも人通りが途切れそうでも完全に切れないからな〜。街中で人影が無い所って難しいんだよな。
それでも以前通った道を思い出せば、何ヵ所か心当たりはある。現在地が不明だがそこまで頑張って行くか、戻るのに適当な場所を探しつつ行くか?
「じゃ、行きますか!」
バタン!
気合いの入った一声でした。首を回せば、女の人が家から出てきた所だった。
「にゃーあ」
ダメ元で呼んでみる。
「あらぁ、子猫ちゃん。どうしたの〜、こんな所で? お母さんは? 親猫どこかしら?」
綺麗に化粧してるお姉さんの差し出してくれた手に、猫頭を擦り付ける。擦り付ける間も、ぐぅぐぅ腹が鳴った。
「 …お腹空いてるの? 嫌だ、どうしよう。餌を上げて居着いちゃっても困るんだけど」
くるるるんっ!
腹を鳴らして、お姉さんを見上げた。
「………時間は、まだあるわね。 ……縁起よね。 一回だけだからね?」
お腹空いたと鳴く俺の腹は、お姉さんに勝利したようだ。再び家に戻り、手に皿を持ってきたお姉さんが天使に見えた。
「朝の食べ残しだけど、これで良いでしょう。きっと」
皿には半分のパンとソーセージ。ミルク付き。
「にゃああああんっ」
ソーセージに噛り付きました。
冷めてるけど焼いてたんですね! 焼き目のついた大きなソーセージを猫牙でぶちぶちっと噛み千切る、こ・の・幸せ〜。
「じゃ、私は行くから。食べ終わったら、お家に帰るのよ」
普通の猫なら難しくても俺は人ですから! 大丈夫! ちゃんと宿に帰ります。 ごちです、お姉さん!!
んにゃ、にゃご言いながら食ってた食事を中断し、お姉さんに別れの挨拶をするべく手を出したら。
「だっ… だめよ!! 寄っちゃだめ! その手で触らないで!」
さっきとは違う身を翻す激しい拒絶反応にショックを受けた。
お姉さんの言葉は続いた。
「良いっ!? 私はこれからデートなの! この服はね、四ヶ月分のお給料から積み立てて買った勝負服なの!! 今日一番の降ろしたてなのよぉぉ!」
握りこぶしで力説する、お姉さんが居た。
…………… はい。理解しました。すいません! そういや屈み込む時、やけに注意してましたね! 帽子にワンピースドレス、靴にバッグ。全部お揃いですもんね! ウエストラインをキュッと絞った感じが、すっごくお似合いです! どこかのブランド物ですか?
髪の毛はふんわりセットで、一目で素敵なお姉さん状態でしたから! そんなお姉さんなら、きっと優しいと期待して鳴いてもみたんです! 気合いの入った勝負前だったんですね!! ランチデートなのかな? それで朝食残してたり? あ、まずっ。 お時間取らせましたか!?
「んにゃ」
そそそっと下がって、頭を下げた。
「…つい怒ったけど、あなたが嫌いな訳じゃないのよ。ごめんね〜? 普段着なら気にしないし、飛びつかれても平気なんだけど。 あ! じゃあね、もう行かなくちゃ! ご飯の代わりに勝負の成功を祈ってね〜」
「うにゃーん」
俺に軽く手を振ってから、颯爽と歩いて行く気合いの入った二十代後半っぽいお姉さんを尻尾を振って見送った。
デートに向かう時間を割いて、俺にご飯をくれた優しいお姉さんの恋愛が成就しますように〜っと、どっかに祈っといた。
ん? まてよ。あのキラキラにお願いしたら、お姉さんの応援になるだろか?
ぶんぶん首振ってキラキラ探した。
どこだーっと思って探したら見つかるもんだね。風の中で揺れてたチカチカが見つかった。薄く光るチカチカに向かい、お願いした。
『あのお姉さんを応援したげて〜っ』
したら、チカチカが強くパッと輝いて飛んでった。
流星みたいに尾を引いた。それがお姉さんにパンッと当たった。チカッて光った。
遠ざかるお姉さんは何にも感じてないらしく、そのまま歩いて行った。その姿が、うっす〜ら余韻で光ってた。周囲の人には見えない分、猫の目にはキラって見えたよ。
………………………なんで? なぁんで、あのチカチカ飛んでったんだ? 俺、何にもしてないよ? お願いしてみただけだよ?
…………べ、別に変な事を願ってないしな。応援依頼だしな。応援は応援だろ? 絶対じゃないだろ? うん。その時は良くてもボロッと地が出て、相手を幻滅させてダメになる時はダメになるだろうからな。うん。問題ないな。どうなるか知らないけど俺に問題は… ないな。 はははは。
ミルクを舐めて、パンに取り掛かった。 うぉう。クロワッサン系パン、うま。
完食後、移動する。
移動しつつ眠くなった。ちびですから、お昼寝が必要です。休息充電です。安全圏を求め布団を求めたが無い。仕方ないんで人様の花壇の植え込みの端で丸くなる。手入れが行き届いた花壇じゃないから、怒られないだろ。
くあっと起きる。
お日様は、さほど動いてなかった。三十分程度なんかな? 知らない場所での外寝は緊張するんだろうか? でも、熟睡した気分。
体に付いた土をブルって落とす。うーん、猫してます。まだまだ上手にブルえないけどね。土が落ち切れてないからな…
通りへと戻る。
お店の横に木箱が並んでた。その木箱に、ぴょーんと跳び乗る。ちょおおおおお〜〜〜〜〜〜っと跳びが足んなくて、ガシィッと爪を掛ける!
『うぎゃ〜〜〜っ!』
ジタバタしながら根性で上に登った。やれやれだ。はー、後ろ足の爪サイコー。
そこに座って人の流れや言葉を聞く。喋れないけど人ですから。聞き取れるもんは聞き取れます。
木箱に座ってたら、風に流れてキラキラが傍へやってくる。
それ見て、もう一度手を伸ばした。
スカッ スカッ スカスカスカスカスカスカッ!
半端に立って両手を繰り出して、キラキラを相手にエキサイティングファイトしてみた。
「お、見ろよ。あんなトコに子猫がいんぜ」
「へー、よく登れたな」
うあ〜、つっかれんな〜。やっぱこの姿勢キツいわ。しかし! 猫レベル上がんないかな? 上がるなら、反復運動するべきか!? どりゃあ!
「……何してんだろな?」
「小さい虫でも飛んでんのかな?」
光を捕獲するのは無理だとわかってるが、この光の源ってほんとなんだろうな? あ、しんどくなってきた。
「お、やめた」
「さっきの格好、面白かったなぁ。さすが猫。あんな体勢よく取れるもんだ」
俺の目の前で上下運動しながら、ヒラってる小さな煌めき。光の反射でない以上、熱源体だ。しかし、こんな小さな光が消えずに輝き続けるには、熱の供給が不可欠だ。肝心な供給源が定かじゃない、それでも有り続ける。驚異なんだよな…
「疲れたんかな? あれ、可愛かったのにな」
「首が上下してるが、あの小さな頭で何を考えてんのかねぇ?」
内部で途切れずに稼動し続ける。まさかの核分裂反応じゃねぇだろうな!!
「あの頃が一番可愛い時期なんだろうな」
「食って寝て遊ぶしか考えない時期だよなぁ」
…ははははは! こんな何にもない空気中であるはずないよね! そんな熱源反応あったら、ソッコーで死んでるわ。俺、なーに考えてんだろーな〜?
ゆっくりとキラキラに向かって、手を伸ばす。今度は、んにゅっと爪を出す。
そーっと、そーっと伸ばして爪を光の先に当てる。爪は光の中に入った。爪に何か当たる事もしない。
突き抜ける。手を引く。差し出す。突き抜ける。
繰り返してもナンも無い。あったかくも無い。突如なんかが体を走り抜け、うおおっ!みたいな事も無かった。
爪の先に光は消えずに輝いてた。
…………………………………… 見ろ、これを爪に火を点すと言うんだ!!
にゃははははははは!!!
光だけどな。
綺麗。
それでいーんじゃね? ……フロンガスとかじゃないよね? ekoの代わりに出てるなんかじゃないよね? ないよね!?
……… いいいいい・異世界魔力満ちる世界って聞いてるけど! …こここ、これ。たたたたた・魂の欠片とかって言わないよねぇぇっ!?
まままままっ・魔力かなんかでイイんだよねっ!? あ・あ・あ… この世界における魔力の定義ってぇぇ ナンですかーーーーっ!! うわぁぁぁああああっ!
はあああ…
なんかものすごく、ガクブルしちゃったよ…
「おー、猫。どした? こんなトコで」
「ちいせーな〜。おら、食うか?」
優しいおじさん達が、おやつくれそうです! ちび猫、万歳!!
「にゃあああんっ」
「遊んでいる所で悪いがな。その木箱は配達すんだよ」
「さ、こっちに降りてくれよ〜」
くたびれた仕事着のおじさんに抱え上げられて、地面に着陸。
「大人しいな〜、お前さん。どっかの飼い猫か」
「人慣れしてるな。ん〜、リボンもなんもしてないな」
「ほいせっ… とぉ」
ゴツッ
おじさんが木箱を持ち上げ、荷台に積んで行く。二人して手際良く積み重ねて仕事は終了した。
頂いたおやつは、猫に相応しくジャーキー。おじさんの酒のツマミか? その切れっ端をガジガジ食いながら、仕事ぶりがすげーなーと思う。
やっぱ、ここじゃ俺は体力無いんだろうか? 肉体労働系の仕事は無理っぽいなぁ…
荷台に積んだ時の音は重かった。車輪がギシッて撓んだ。
あんなの俺には一人で持ち上げれそうにない。そうなると軽作業系〜。事務方は読み書きでアウト〜。そうなると接客業〜。うー…
「これで全部か?」
「ああ、仕分け違いもない。数も合ってる」
「覆いは要らんだろ」
「ミテスの通りまでだ、要らんだろ。それにしても、そろそろ纏まった雨が欲しい所だな」
「全くだな。ま、隙間埋めに覆いも詰めとくか」
「おお、今から配達出れるか?」
「今から出るなら昼の時分を回っちまうか。まぁ在庫が残ってねぇから頼むって言われてっしな。行ってくらぁ」
ミテス通り!?
え? おじさん、そこに配達しに行くの!? 俺も行く! 乗せてって〜!!
「おい、伝票持ったか?」
「ああ。持って… ないな。机の上か」
「取って来い。馬は繋いどくからな」
「助かる。頼むわ」
おじさんが二人とも離れた今がチャンス! そっれ〜! 只乗り、只乗り。無賃乗車〜。わーい、猫の独り乗りに金払えって言わないで〜。
荷台への搬入口が閉じられた以上、一気に跳び上るには無理っぽい。中途半端に掻き付いて、ぶらーん状態は絶対悲惨だ。
御者台の足場にジャンプ。台にジャンプ。台から木箱の登頂を睨み付け、とーーーーうっ!
ガシッ!
木箱に爪を掛け、ガリガリッと登る。 俺は木箱を制覇した!
さっきのが予行演習になりました。
登頂から望むと俺様王様気分になれるが下段へ、よいしょっっと。目測に目測を重ねて安全場所に、ぴょん!
無事、着地。
シートの隙間に隠れとこ。見つかりませんよ〜に〜。
動き出したら一段の木箱に乗った方が安全か? 紐で括られてるから動かないと思うが、荷物がズレて押し潰されんのは嫌だ。猫、ぺっちゃんこは嫌だ。
ブルブル言うお馬さんの声に蹄鉄の足音。ガチャンとお馬さんが荷台と繋がれる音がした。それから、おじさんが御者台に乗り込んだ揺れる感じ。
「じゃあ、行ってくらあ」
「ああ、頼んだぜ」
「あれ? あの猫どっか行ったのか?」
「…いないな。腹が膨れたら帰ったかな?」
「そらっ」
軽く鞭打つ音に、ギィっと応える音がして車輪が回る。
お馬さんが動き出して荷馬車が進んでいく。人でも猫でも俺が乗るのは荷馬車だな〜。しかし非常に楽で良い。
体を起こして、覆い布を足場に荷台の縁に手を掛ける。
お〜、楽しい〜。昼の風が気持ちい〜。
ガッコン!!
『うひぃ!』
縁に爪立てて、がっちりしがみついた。
あ〜、やっべ〜。舗装道路じゃないから突然来る衝撃に落っこちそうになって、こえぇー。やっぱ縁より木箱の上が、まだ安全だな。
そ〜れっと。
木箱に爪を引っ掛けて〜、ぴょん。他の木箱を背にピッタリと座る。
今の通りの名称がわからんが、ミテスの通りは知っている。そこから先が危険地帯だ。ミテスの駐在所に、俺を助けてくれた警備兵のデリクさんがいるんだ。
デリクさんは、四十代くらいの髭を生やしたおじさんだ。
猫姿でわからないだろうけど、会いに行ーこうっと。
あそこまで行くなら…… 街中デビューした日にどうかと思うが、目的でもあるからな。その先の危険地帯にも行ってみるか。
その… なんだ。思い出すと、まだちょっと怖い気も… するからな。刃が目の前にあったのを思い出すのは怖い。
…………気負い過ぎない程度に行くか。
ガラガラと進む荷馬車の上で機嫌良く居られた。
荷馬車が小さな石橋を渡って、角を曲がったら。そっからは見覚えのある風景。
この前、荷馬車で連れ帰ってくれたのはこっちの道で、今はあっちの道から来たと。はいはい、はいはい。ここへ繋がるんか、この道は。
頭の中の地図が、一つ塗られた。
それから、あれあれあれ〜っと思う内に横道を進む。
「どう、どう〜」 ブルルルルッ
手綱が引かれて、一軒のお店の裏口で荷馬車が止まった。
あ、終点? んじゃ、降りますか。
馬車が停止して、おじさんが御者台から降りる。お馬さんが定位置に移動したら、紐がシュッと擦れてギュウッと結ばれる音がした。
その隙に猫は大ジャンプを実行します。
うおっりゃ〜〜〜っ!
見よ! 空中で体を横に〜 大・横・転!!
四肢を伸ばし、尻尾を振って。ぐ〜るりーんっ!と空中一回転を決めて地面に降り立つ!
……… トッ ン。
…………………猫、着地、 成功 です が。 体重に速度を捻り技で殺して、肉球で衝撃を緩和しました が 十点満点 で 素晴らしく成功 なんですが。
足の裏が痛みでジンジンします。ジィィィイ〜〜〜ン、としてます。尻尾もシビビビンッ!と伸びた気がします。
ちび猫には、あの高さはキツかったようです。飛ぶ時も、ちょっと怖かった事を白状します…
「まいどぉ!」
「はーい! あ、入りましたか。良かった〜。待ってましたよ」
おじさんの声が聞こえたから、慌てて家と家の壁の隙間に入る。隙間から顔を出し、お客さんと会話してるおじさんに向かって「ありがとう〜っ」と心の中で言っといた。
壁の間を抜けて、さっきの通りに出て駐在所に行こう。
今日はデリクさん居るかな〜?
走る壁と壁の間、先の出口は陽の光が溢れて明るかった。
番猫より、伝言。
『見ちゃダメ!』 『覗き厳禁!!』