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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
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06 梓 in 異世界 対面

 

 ずっと聞こえていた言葉。

 判然としない意識の中で二つの言葉だけがやけに響くから、ただなぞる様におうむ返しに声を発していた。



 「マ、モ  ル ?」   「…… …な、… 」



 自分が出した声と重なるように言葉は聞き取れなかったけれど、どこか愕然としたような誰かの声がしたと思った。一つの声に気づけば自分を意識した。意識をすれば自分が立っていると理解する。

 目を開き顔を上げた周囲はうすぼんやりとしていた。



 ーーここは、どこ、だろう?  たしか、ひかりが…


 立っては入るが、乗り物酔いを起こしたような感覚が頭の中の片隅にある。その感覚が抜け切らないまま周囲に視線を投げかければ、少し離れた先にそこだけが浮き上がるかのような金色が見えた。その金色に焦点を当てて目を凝らす。 


 金色の髪をした人だった。


 その人を見て一言でいうなれば恐怖した。


 薄暗く周囲がはっきりしない雰囲気が更なる恐怖を湧き上がらせる。どこかまだぼんやりしていた頭が一気に覚醒した。

 したが、すでに半ば恐怖で埋め尽くされていた。




 ーーえ? なに、なにこれ? なんで、なんで俺睨まれてるわけ? え? え?  殺されるとか!?



 自分を睨むようにすがめられた蒼い目がことのほか怖かった。その視線の鋭さに息を飲む。

 友達に付き合わされてトラウマになりかけた、ゾンビが出てくるホラーゲームの始めの頃の一場面が脈絡もなく頭に浮かぶ。恐怖が心臓をぎゅううっと握り締めた感覚がした。



 はっきりしない薄暗い中、つかのお互いを凝視していた。

 一人は様々な想いを抱えて現実と望みと、打算と願いと、時間と未来をかけた総てをひっくるめて無理矢理出ない答えを出すために、歪むような勢いで逆巻く感情を両手で握りしめて煩悶はんもんしながらも立っていた。

 対する一人は、ただ何も分からず事態を飲み込めず、恐怖を感じ腰が引けているものの、蛇に睨まれた蛙の如くその場を動くことさえできずに突っ立っていた。



 凝視し合う中、蒼い目で睨んでくる相手が一歩踏む込むのと同じくして一歩後ずさる。

 近寄られると恐怖が沸き立つ。視線を外したかったが外すのにも勇気がいった。立ち向かうよりも逃げだしたいが、背中を向ければそのまま殺されそうな気がする。むやみに動いて相手を刺激したくもない。

 

 何一つ音のしない静かな中でどちらも動かない膠着状態に陥った。



 更に時間を要してのち

 

 「……守る。 …必ず守る。先に約した通り私の持つすべを持って必ず守ろう。  …故に、私との承諾を乞い願う」


 何かわからないながらに願われた。そのまま返答を求められても意味がさっぱりわからない。

 ただ、相手の雰囲気は少し落ち着いた。握り固められていた両手は解かれているし、口調もどこか堅いが呪いや怨嗟がこもった罵声を浴びせられるんじゃないかと思った初めの雰囲気よりは断然いい。更に『守る』という言葉が敵対の意思や殺意の無さを伺わせた。


 しかし、今までに経験した事の無いひどく緊迫感を伴う空気に、返答待ちの体勢を取ってもう口を開こうとはしない相手。下手に問いかける事がはばかられて、うかつに答えることができない。結果、緊張感が解けることもない。



 ーーど、どうすれば…  この空気の中で、先の約束ってなんですか?とか、どちら様ですか?とか、どう聞けば…  ………やばい。 やばい、やばい、やばい。 なんか、すげぇやばい! まずい! 聞いたら最後二度と取り返しがつかないまずい感じになる! そんな感じが緊緊ひしひしする!! やばい! 恐すぎる!



 ーーい、言い方だ。そうだ。相手を怒らせる事なく、上手に! そう、上手に …どう聞けばいいんだ? …なにか、なにか間違えるとやばい気だけがする!



 相手を見たまま過ぎる沈黙の時間が痛い。痛いが実質どうしていいのかわからない。



 ーーいやもう、こうなったら…単にわめけばいいのか!? 待て、俺! この年でそんなことすんのか!?



 遅々として対応の仕方が決まらない。表には出さないが中はいっぱいいっぱいだ。身動き一つままならない。気持ち的には泣きそうだ。


 それでも早くどうにかせねばと焦燥感が追い立ててくる。それを煽るように心臓が『どうするんだ!?』とばくばく言っている。決め手が出ないながらも無意識に後ろへ下げた足に掛けていた重心を前へと戻し、下げた足を相手の方へと一歩踏み出す。つられて手を前に動かした。

 そして、はっきり動いた事でこれまた気がついた。




 「!??」



 だった。



 ーーあ?



 一歩踏み出したままで固まった。

 衝撃のあまり返答を待つ相手のことなんぞとんだ。

 無言のまま恐る恐る首を下げて、自身の上半身から下半身を確認する。少し差し出しかけたままで止まった腕やら指先を視線で眺めつつ腹に手を回し当て、真実自分が真っ裸かどうか確認した。


 悲しいかな、手があたる感触に衣類はなかった。


 怒りか何かで震えそうになる体を抑えて、足元に服がないかゆっくりと左右に首を傾けて確認する。少し離れた場所にいる相手を見る、その足元も確認した。女の子のように可愛らしい悲鳴なんぞあげる気はない。そんな暇があれば真っ先に服を探す。


 残念な事にどこにも服はなかった。 


 終わらせたくない何かが強制的に終わった気がして、呪う声すら出てこないが体がどこかで震えている気が非常にする。

 何かを観念するように、現実の全てを拒否するように、腹にあてた手を握り締め俯き加減で目を閉じた。頭の中で占められている言葉は、『なんでだ!?』でしかない。




 「……心よりの謝意を」


 声がした。

 万感ばんかんの意気を込めたとでもいえばいいのか安堵した声だった。



 聞こえた声に反応して、のろのろと顔を上げて驚いた。

 相手のさっきまでと違いすぎる目付きに驚きすぎて、驚きを隠せない。



 相手を呆然と見ながら、「謝意を」と言われたことを考えた。回らない頭で考えた。

 さっきしたことは自分の体を確認しただけだ。腹に手をあてて相手の足元に服がないか視認して残念感に苛まれて目を閉じた。他になにもしてない。あれがどうして答えになる?と疑問に思うが、こっちの思惑とは裏腹に進んでいく話に正直狼狽うろたえる。


 了承したつもりはないし、意味もわからないが相手が本気で行動しているのはわかる。担がれて遊ばれているとは思えないが、軽い感じで聞ける雰囲気でもない。今すぐ否定しないとまずい気しかしないが、安堵した声にこの上ない喜びと達成感が混ざった聞いたこともない声音で「謝意を」なんて言ってきた相手に、何をどう上手く伝えたらいいのか難易度が高すぎてわからない。


 何も言えず、思うような対処も取れずに心の中だけで空回りして動けずにいる自分が、ひどく子供ガキに思えた。








 ー了承を得たようだが  得たのなら名付けの儀に進みなさいー



 突然の男の声に再び心臓が飛び跳ねる。体もビクッと跳ねた気がする。

 周囲を見ても薄暗い中すぐには気付けなかったし、定かではないが離れた所に人らしい輪郭が見て取れた。


 男がいた。その男と視線が合った。よく考えれば、こんな視界で表情なんかみえるはずもないのにみえた。その男は眼を細めてはっきりと顔を歪めた。


 その表情をみて嫌な気になる。なんとなーく腹が立つ。

 文句を言いたい気分で口を開こうとして気がついた。それこそ、俺が気づいてないだけで他にも人がここをみてたりしないか?と。その事に思い至れば自分が真っ裸であることに恐怖と羞恥が襲ってきた。 

 よくよく考えたら、自分よりでかい奴を前に一人真っ裸で立って話してるってなにこの状態。本気で白く燃え尽きそう。


 ちょっと前屈みで局部ナニを隠しつつ、周囲を伺いながらそろそろとしゃがんでみた。


 とりあえず、服。まず、欲しいのは服…



 しゃがみこめば相手の方から近寄ってきた。


 「どう… したんだ?」


 全てに黄昏ていたので相手を見ずに俯いたまま服を着たいと要求してみた。

 おもむろに上着を脱いで貸してくれた。 うん、もうなんでもいい。ありがとう。


 着丈きたけが長めの上着だったんで、局部ナニは隠せた。下がないんでスカスカするのが心もとないが真っ裸はまぬがれた! それだけで安心する。


 立ち上がり、間近にきた相手と初めてはっきり顔を見合わせた。



 睨んできた目としっかり合わせていたから目が蒼いのは知っている。金色が髪の色だと当然理解はしてた。しかし、対応の思案と自分の思考でいっぱいで、他に対してまで冷静に頭をまわす余裕なんかなかった。はっきりみればよくわかる。人種が、違う。


 …で、誰なわけ? このあからさまに違う人は。

 蒼い目ってほんとに蒼いんだ。とか、金髪がきらきらしてほんとにゴールドなんだ… とか、それほんとに地毛? 引っ張ってもいい?そんな言葉が頭の中で反復横跳びしてた。


 なんていうか、現実でこんな間近でそんな色と接触したことないんですよ。


 何事も心構えがない時って弱いと思う。こんな、度がつきそうな金髪って初めてみた。髪の色に豪奢って言葉は当てはまるのか? 長髪ロンゲ巻き髪(カール)だったら俺、絶対引いてる! あ、でも… クラスの女子ならどういう対応したんだろう? 知りたい気もする。



 突っ立ったまま微動だにしなかった俺に何を思ったのか、心配気な視線を寄越してきたことに我に返る。さっさと頭から衝撃を追い払って軽く振る。


 ちょっと落ち着いたところで言ってきた。



 「改めて、私の名はハージェスト・ラングリア。今から名付けの儀をさせていただく」


 そう言って、相手は少し眼を伏せた。



 何かがまずいと思った。

 わからないままやばいと思った。

 頭の中でだめだと警鐘が鳴りまくった。


 同時に、真剣に事を行っているこいつに何一つ真剣に返していないとも思った。どこをどう考えても俺がここにいる原因は、目の前にいるこいつの所為せいだと思う。

 でも、そのことが真剣に向き合ってきている相手に対して真剣に向き合わなくていい、ということにはならないはずだ。なにも返さず、馬鹿みたいに突っ立ってるだけなんて、理屈より何より自分が持ってる矜持プライドの方が傷つきそうだ。

 ただでさえ、さっき対応できくなくてへこんだってのに。 …もしかして、俺、本番に弱いタイプだったんだろうか?


 とりあえず、自分の警鐘と矜持プライドに従って相手の行動を阻止する。



 「私の名前は、あずさです」


 『え?』という雰囲気でこっちを見た相手の視線から眼を離さず、もう一度言う。



 「 …私の名前は、あずさです。それ以外の名は必要ありません」


 一瞬、俺って言いそうになった。ギリ言わずにすんだ。セーフだ。こんな雰囲気の中で子供ガキみたいなしゃべりしたくない。きちんとした敬語でしゃべり続けろって言われたら舌噛むかもしれんけど。自分が恥ずかしい思いしないように、きちんとした話し方が出来るようになっときなさいって言われてたけどさ… もっとしっかりやるべきだったのかな?  一応、俺なりにはやってたつもりだったんだけど。


 人は人だし。俺は俺。そこまで気にすることじゃないと思ってたけど、年の近いと思える奴がきっちりしているのをの当たりにすると、なんか、なんか、自分が残念なやつに思えて痛さすら感じるのはどうしてだろうな…



 そんなことを考えながらいると、ハージェストと名乗った相手は一気に無表情になった。顔の変化がもろ見えて速攻下がりたくなった。 まずったか!と心の中で悲鳴を上げた。

 ところが次の変化は早かった。


 「 ア…ズサ  アズ…サ   アズサ。  了承した。儀はその名をもって終了としよう。最後に契約の証に私の魔力をもう一度通して印と成します。手を」



 ーー契約の証…?



 今度は笑顔で言われて相手の変化についていけないが、指に違和感を感じれば指輪リングがあった。なんの装飾性もない銀色の指輪だった。 …これ今どうやって出したわけ?


 指輪をしてある方の手を取られ、上下から重ねるように手を挟まれた。と思ったらあっさり離される。


 えー? いま、何かした? そんな感じで本当になんにもわからなかった。ほのかに指輪が熱を放った気がしたが、そんな気がしただけでキラキラ光るわけでもないし何をしたのか理解できない。平然と事を進めていく相手に追いつけない。指輪と相手を見てみるが、相手は笑っているだけだ。



 不思議感満載でめつすがめつ指輪を眺めていれば、周囲が次第に明るくなり室内がはっきりとした。 ここ、窓ないんですか。そりゃ暗いわけだ。

 光を放つ明かりを黙ってみた。なにも言わずに再度みた。変に叫んだりしない自分が冷静なんじゃないかと思えてきた。



 先ほど見た男が隣接する扉から出てくる。閉められた扉は周囲の壁に溶け込むようで、よくよく注意して見なければ扉があるとは気がつかない。


 「ラングリア君、召喚獣との契約の成立おめでとう。…いや、しかし、良かったのかい? その召喚獣からは力強さがいささかも感じられないがね」

 「ありがとうございます。申し訳ありませんが、今この場での発言としてはご遠慮願いたいです」


 『おめでとう』その言葉でこの男がずっとみていたと確信した。

 年齢や態度を考えると、もしかして先生? と思ったがそんな相手に対して返答する声にしては冷ややかな感じがした。



 ーー召喚獣…?  召喚獣って ゲーム…  召喚獣として、契約が… 成立、した?

 

 ーーえ? なんで? 今からの訂正… 不可…とか? いやでも、俺 どこもなんともないけど?



 ーーあ、指輪リング!?



 自分の指にある指輪をざっとみる。自分から嵌めた覚えもなければ渡して貰った覚えもない。突然、指にあったものだ。 どうして、あの時ボケてみてた! 少し前の自分をそしっても時間はけして戻らない。


 そして、あの二人の会話はまだ続いている。

 その会話の間に瞬間的に漂う冷たさがなんとも言えない。冷気の発生源はどう見てもハージェストと名乗った方だ。 

 一応空気の読める人間としては、あんまり…近づきたくないよ? あれ。



 その様子を黙って見ながら、一瞬、さっき思った矜持きょうじとか気にしなかったら、なんか変わってたか?という思考が頭をかすめた。


 かすめたがあの状況から上手に説明を求め、話を聞き出している自分の姿が想像できなかった。

 同時に、泣きわめきながら説明を求める自分の姿は想像もしたくなかった。



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