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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
59/239

59 其は転換か、諦観か

 

 今朝は普通に起きたよ。

 朝飯食いに降りてって、その時に針と糸が借りれないか聞いた。

 飯食ったら、水場に行って洗濯する。ゴシゴシ洗ってザブザブ濯いでギュウッと絞る。パンッと広げて干させてもらう。冷たいキンッとした水は手にくるね。冬じゃないけど、赤くなるよ。


 それから部屋に戻る。上着を繕おうと思ってさ。


 「縫いましょうか?」


 言葉に甘えて頼もうかとも思ったけど、思い直して止めたんだ。



 借りた裁縫箱をテーブルの上に置いて、ベッドに座る。



 昨日は領主館出た後、靴を見に行った。

 合う靴がなくて、新しく作るのが正解だね。作るなら時間が掛かる。待ち時間にちょうど良いとも思ったけど、今の靴はまだ十分履ける。値段も結構する。買って持ち歩くとしたら、嵩張るし重い。おねえさんから貰った靴だしさ。迷ったけど、結局止めちゃったよ。



 おとーと君との会話を思い出す。

 信じる事とか、住所どことか。おとーと君に見えた光とかそんな事。


 それから、自分の手を見たよ。

 二日前、俺はスキルを使って猫になった。人の手じゃない、猫の手だった。



 ベッドから窓際へ行って、通りを見れば何て事ない日常の日々。俺の目には物々しい雰囲気も特には感じられなくて、平常にしか映らない。



 またベッドに戻って、座り直した。



 これから先の事を考えると、ため息が出そうになる。幸運が逃げてくとも言うが、溜め込むよりマシだろ?


 ため息より先に、息を吸って吐く。




 『俺は、俺なんだよなー。 俺が、俺なんだ。 どんな姿でも』 

 

 そう思うけど。やっぱり、そこはどうなんだろうね? 



 ケリーさん達と一緒にいた時、魔獣について少し聞いた。

 それと一緒に、術としてどんな事ができるのかってのも聞いた。自分ができる事や人ができる事、聞いた事例なんか話してくれた。主にニールさんが話してくれたよ。


 ヨハンさん達からも聞いた。だけど、どっちの話にも人が獣化するような話は一切なかった。さすがにストレートに聞くのは躊躇われたからさ、言葉を濁すってか… それらしい方向で話をしたけど無かったんだよね。獣人な方向性もさ。


 ここは田舎だから情報が回って来ないだけで、他へ行けば、その手の話も聞けるのかもしれない。

 


 地方の一都市。片田舎の大きな街。

 そう考えても、どうなんだろうか? これから、この世界をもっと見るとしても、全てを回り切れるとは思わない。回り切ろうとも考えてない。



 怒りが勝って思い切りが飛んで、それでスキルを使おうと思ったんだ。


 これから先を考えると、それは正解だと思ってる。試して良かったと思ってる。踏ん切りがついたとも言えるから。



 昨日のおとーと君との会話。


 日常で耳にしない単語ではあったけど、自分でもおかしいと思う時があるんだよ。


 俺がこの世界に降りて何日経った? 

 三日間、山の中さ迷った。テーヌローの村に四日ほど居た。エッツへの移動に三日間。エッツで二日。それからヨハンさんとメリアナさんの商売に便乗して… 六日か七日くらいだったと… れ? 八日だっけ? 何、食べたっけな〜。


 …それから、野宿と民宿使って一人でシューレまで来た。昨日の面会まで、山の花亭に五日泊まってる。ん〜、大体で二十六か七日ほど経過してんだな。まぁ、一ヶ月程度。


 最初の三日を飛ばして、正式に読み書きを習ってない事を含めても。


 どうして何時迄も引っ掛かりを感じるんだろう。使い慣れない発音だとしても、幼児レベルでならサクッと使える状態って言ってた。印を持ったのと同じ状態だから、大丈夫って。


 発音もそうだけど、不明な単語は聞き直すよ? 使って話さないと上達しないもんな。だけど、わからないんだよ。わかり易く噛み砕いて教えてくれたと思うんだ。それでも、わからないんだよ。

 だから、必死で頭を回す。前後を繋いで当て嵌まりそうな単語を選んで会話をして、ああ、正解だった。 そんな感じでさ。 


 どうしてかな? どうしても途中で… 一部分がごっそり抜け落ちる感じで… 穴があるような…


 このままだと、これ以上はどうやっても上達しない気がする。それこそなんでか不明だけど、そんな気が… するんだ。



 おかしいって思う気持ちと、変な焦りからかな? 

 おねえさんが大丈夫って言った、一番最初の状態が間違ってんじゃないかって… そこがおかしいからどれだけ重ねても抜け落ちて無駄なんだって… 訳も無く思ったりした。


 上達しないから、不安になってるだけかもしれない…  もう確認に聞けないしさぁ。


 でも、よく考えてみれば、一ヶ月やそこらで他の言語を完璧にマスターするなんて無理な話じゃね? 習得する状況や勉強時間考えてみろっての。よくやってるよな? 俺。




 おとーと君が俺の意見は兄の意見って言ったら、その場で「さよーなら」しようと思ってた。


 そしたら、その後はどうしようって事になる。

 さよーならすんのに、おにーさんの領地で暮らすのもどうかと思う。居たら、それだけで未練がましくね? ここから一番近い都市はキルメルって言ってた。南下してったらランスグロリアだそうだけど、行ってどうにかなるもんじゃないし? 行く気ない。



 金は〜 まぁ、一応ある。小分けしといて良かったわ〜。預けた品にポーチに入れてる分、倹約してれば一年やそこらは十分に保つんじゃないか? 品が高値で売れれば、もっと良い。


 けど、家賃にその地域での物価。そこまでの移動の金。日常の必需品。


 そういった事を考えると無駄に使いたくないんだよねー。ほーんと盗まれたのが痛くてしょーがないわ。…悔しくてたまんないけど、誰もリュックを開けられないと思えば清々する。笑ってやるよ。ざまぁみろ。


 あー、…毛布様達。はぁぁ。



 キルメルってトコに行って、働くとしようか? そこで働きながら同僚となる人にでも言葉を教えて貰うか、職種を考えてつくかって事になる。

 でも、そうなったら猫はできないと思うんだ。掛け持ちって、しんどいんだよね。両立すんのって大変だよ。要領よく問題ない場合もあるけどさ。それ、あんまり無いと思うんだ。実際、バイトしながらの勉強って、きつかったよ? 俺には。ちょっと気を抜くと置いてかれるんだよなー。わかんなくなると勉強なんて面白くないしさ。


 今の待つ間に、猫の方を伸ばすのは正解だと思ってる。


 だってほら、芸は身をたすくって言うだろ? 使おうと思って頑張ったんだ。使わないと特訓の意味ないじゃんか。





 …………でも、やっぱり異常なんかなぁ? 猫の姿でも俺は俺なんだ。俺の意識はあるんだから。

 ………………俺の意志を優先する意味でなら。そーだよ、成り代わり系じゃなくて良かったんだよ。成り代わりの必要絶対要素の三つの内、二つをクリアしても三つ目で俺はアウトだ。


 生きていれば、それは俺の道で俺の人生だけれども。俺は乃井 梓だから。俺は、この名前で俺なんだ。


 名前を変える事はできる。もしかしたら、結婚で俺の名前の方が変わる事もあったかもしれない。可能性は否定しない、薄くても。けど、それは納得しての行為だろ? 相手側からの必要で生じる強制なら、拒否りたいね。


 死ぬよりマシだろうって言われてもなー。それ、結局は死ぬのと変わらねーんじゃないの? 生きるのに、今の俺に死ねって言ってんだろ? 今の俺が生きてく道を、生きる為に自分から捨てろって強制だろ?


 それ、後で恨まない? こんなはずじゃなかったって。


 名前は識別番号だって認識でイケる人なら、どうでもいい話だろうけどね。拘らないってのは良いことでもあるけど… 裏返せば、自我が薄いとも言えんじゃね? 考えはそれぞれだし、柳が悪いなんて言わないよ? 言い替えれば、柳は強いって言ってるんだしさぁ。




 俺にとっては名前って、大事なんだよね。自分の名前、気に入ってるし。あやめ姉ちゃんとの繋がりだし。この世界に持ってきた、俺の唯一。


 …でもさぁ、人は猫になんねーよ。スキルっても、ならねーようですよ。んじゃあ、なれる俺はナンでしょうね?


 

 木製の裁縫箱を眺めて、世界は変わらないとも思う。



 ベッドの上で片膝を立てて考える。



 ゲームやアニメならともかく。狼人間や魔女なんてのは、過去の歴史ではリアルに異端扱いで狩り出された。

 あっちでなら、アニメなんかの影響で異端扱いしない人や場所はあるかもしれないけどさ〜。かもだけどさ。だって、再生医療とか色々言われてるだろ? むしろ、拘束されて普通に解剖実験レベルにいったりしない? 人権あると思う?


 俺は猫になった時、どうしてできたかなんて覚えてない。

 怖くて逃げた。それだけは覚えてる。

 あやめ姉ちゃんに言われて、初めて自覚した。さっぱりわからずフリーズした。


 あそこで猫の時に話したのは猫語だったはずだ。思い返しても「にゃーあ」だったと思う。姉ちゃんに話した時は不明だ。しかし、言葉は理解できて話せていた。


 あそこは、おにいさんの界だ。世界が違う。


 『此処でなら言葉の問題はない』


 おじいさんも、そう言ってた。

 降りて来たこの世界で、猫の俺が話す言葉は完全に「にゃー」だ。猫語だ。しかも一度接触した現地の猫との意思の疎通は極めて微妙だった…



 此処で俺は異端なんだろうか?


 猫になれた。そして人へと戻った。

 この事実に俺のゲーム脳も働いてた。獣化スキルを得たと思いもした。でも、真っ裸の現実に敢然と立ち向かったんだ! お着替えスキルじゃねーと、やってらんねーっての! 本気で、おにいさんに縋りまくったからなー。



 良い方へ、楽しい方へと考えた。


 絶対に。

 絶対に下がって座り込み続ける事が不可能だった現実に、ショートしない様に思考を落として本気で深く考えなかったとも言えるし、深く考えたくなかったとも言える。今ならね。


 対応できなかったら… 終わりだったわけだしぃ?




 あの時、おにいさんは言ってた。

 俺が猫になる。少し前。暗い道を歩いていたあの時に。



 『 あそこにいたお前とは、違うお前になるのだろうな 』



 そう言って笑った。

 あれは、この事だったんだろうか? この事を指していたんだろうか? あの時から、既に俺は俺でなくなる事が決定していたんだろうか? こうなる事を揶揄してたんだろうか?


 あの時から、こうなるように全てが動き始めていたんだろうか…


 あの時の事を思い返そうとしても記憶は薄い。だけど、 『何かをされて、なった』 この意識は無い。それだけは確か。あそこには俺の意志しかない。誰からの強制なんか… 無い。



 俺は人だ。人の意識がある。でも、猫になれる。猫になったら、人の言葉は話せない。


 俺は人だけど、人ではない何かに変わったという事だろうか? 

 人でありながら、人でないモノになってしまったと… そういう事になるんだろうか?



 人でないモノ



 それって、なに?


 迫害される対象って事じゃないの?

 俺って、よく言う化け物ってヤツになるのかな…  妖怪なら、化け猫? 

 

 いや、俺の尻尾は一つだ。見た目もスイートでラブリーな猫だ。そのはずだ。それもちび猫だし。あ、自分でちびって言ったわ。あはははは。 …小動物の迫害はやめてくれ。したら、呪うから。毒入りの餌もやめてくれ。したら、怨むから。動物愛護の精神でいてくれ。



 あ〜、でも… ホントに受け入れられるもん? 

 自分らとは、異なる生命体を本当に受け入れられる? 最初は良くても、追求すると怖い話だよな… 理解したら嫌じゃない? ゲームじゃなくて、現実ならさ…


 リアルが… わからない。 しかも自分がなってる方だし…


 苦笑しかでないよ。まぁ… 人が猫に恐怖を抱く事は〜〜〜  夏の怪談以外あんまりないと思うけどさ〜… ちびだしさ〜…


 猫になれるようになるなんて、普通思わない。変だよ。 …確かに、もう俺は、おれじゃなくなってる。





 ああ、そっか。


 …違うのか。

 なんだ。もう、本当に、  俺ってば、違うんだ。



 見ていた裁縫箱が滲んで見えた。



 「ひゅ… っ  」


 口から変な音がした。


 それから、吸い込む息の感覚が短くなった。ひゅっとした音の間に、引き攣れる感じの呼吸音が混ざって目からなんか零れた。


 「う、  あっ…  あ、れ ? 」


 声が出た。

 情けない声が水滴と一緒になって勝手に零れ落ちるから歯を食い締めたら、隙間からやっぱり声が滑り落ちる。



 「あ、ああ うあ   あ………… 」



 突然だった。

 不意打ちで迫り上ってきた熱の塊に苦しくなる。


 迫り上る理由にすら追いつけない。

 飲み下せずに口が開く。意地で声を抑えたけど吐いた息は、なんでか急に熱くなってた。鼻にツンときた。唇が勝手に震えて、悲鳴を紡ごうとするから無理やりにでも飲み込もうとした。できなかった。だから、ベッドに転がってタオルを引っ掴んで口に咥えてシーツに逃げた。


 息と熱と水滴を我慢してる内に、鼻水が垂れてくる。タオルで擤んでも次々に引き出される熱に押されて止まらないから詰まる。結局、自分が泣いてるのを認識させられる。



 こんなんありかよ、嘘だろう!?


 そう思っても突然生まれた感情は、ちっとも収まらなくて呼吸だけが引き攣れた。




 『変わる奴は変わっちまう』


 夜の居酒屋での言葉が脈絡もなく思い出された。


 でも、それは。あの時言ってたのは、その人の態度だろ!? 感情だろ! 

 そう思ったら、全部に通じるじゃねーかって思考が乱れ飛んで意識が冷めた。どっかで冷めた俺の意識が、俺自身への言葉だろって呟いた。


 冷めたのに、滴だけは伝ってく。



 昨日のおとーと君を思い出した。

 おとーと君の俺を見る目付きを思い出した。蒼い目が俺を蔑んでた。


 『そんな目で見られる覚えは無いんだ!』


 そう叫びたくても、昨日のあの時になんか戻れない。 


 そっから、なんかぐるぐる回って当たり前じゃねーかって、なんかが笑った。止まるどころか伝う量が増えてった。



 最後になんかが笑うんだ。

 初めから見えてて気がついて。気づかない振りして忘れてて、はっきりしたから泣きたくなっただけじゃねーかって言った。



 なんてことない、乃井 梓はとっくに死んでるじゃねーか。もう、どこにもいないんじゃないか。


 生き延びる事を選択した。その事を後悔なんてしない。生きたかった。


 けど、乃井 梓が当たり前におくる人生は、その時点で終わってるじゃねーの。姉ちゃんが墓に入れたって、言っただろーが。梓は猫になんかならねーよ。なるわけねーだろ。


 猫になったのは、怖くて逃げたからだ。怖かった。深い深い足場の無い落ちゆく黒の断面を見たと思って逃げたんだ。生きる為に足掻いただけだろ? なにがおかしい?




 生きてるから見落とした振りしてた。

 おにいさんの所為でもない。猫になってる。変わるものになってる。間違いそうだけど、その所為じゃない。


 単純に生き延びた時点で、生きたいって助けを望んで願って叶った時点で… 乃井 梓が生きられない状態なだけじゃないか。馬鹿だわ、俺。


 「う   あ、あ…  う〜… 」


 止まりそうになってたのに、またぼろっと零れた。鼻が詰まって苦しいから、もういやだって。息を吸って、吐いて。ヒューヒューだかゼイゼイだか変な呼吸繰り返してタオルを鼻水塗れにした。


 天井向いてれば、鼻水が喉へ降りてくるから勘弁して。泣き笑いで息を吐くと辛い。馬鹿みたいに、ぐずった後に起き上がる。



 俺は俺だって言ったって、もう俺じゃないよ。


 俺を乃井 梓と呼ぶ人はいないんだと思ったら、また泣きそうになる。


 俺って… こんなんだったっけ? 




 「はぁ ………  、あ 」


 水滴の筋をほっといて、息を深く吐いたら…  まだ熱い。




 もっかい、ベッドに転がろうかな?


 甘えそうな思考にベッドを見直したら。

 俺の部屋の俺のベッドを思い出した。俺の布団を思い出した。ベッドの固さも布団の感触も違う。寝れるから問題ないけど。


 問題ないとするには、俺のじゃないから。


 んじゃ、俺のは? 

 俺が使って俺のモンだった。俺の部屋の俺のモンは? 俺のお気に入りは?


 次々に脳裏に浮かぶから、また一つ勝手に零れた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜   いいかげんに止まれよぉ!



 

 思考を叱咤して、堪えて座る。

 

 歯を食い縛って壁をガン見してたら、マシになった。袖で顔を拭った。



 「ふ、うぅぅう〜〜〜〜〜〜  」


 もう一度、吐き出して。

 意地で立って、裁縫箱を置いた小さいテーブルをベッドに引き寄せた。



 針に糸を通して玉結びして、上着を繕うんだ。

 でも、針に糸がなかなか通らなくて、手が震えた。通らないから震えたんだ。


 そんなに上手くもないけど、最低ラインはクリアしてるだろ。家庭科で習ったんだ。自分でできる程度の事は、自分でやっとかないと。今のうちに練習しとかないと。今は一人で、まだ拠点決まってないんだから。あるっていっても、金は使うだけじゃ尽きるんだから。

 


 頭を空っぽにして、ゆっくり縫う。


 でも、やっぱり考えてしまう。


 小金があって、待つ時間があって、一応はガキじゃないつもりの回せる思考があったから、こんな事を考えたんだろうか?


 無一文で頼る当てが無くて生きるのに余裕が無かったら。

 それなら、こんな事は全く考えなかったんだろうな。生活に必死になるから、そんな時間無い。どっかで引っ掛かってても、考え切らない内に切り替わって意識から除外されて、全部が変わって終わってんだろな。


 良かったのか、悪かったのか。は、あぁ……

 



 思い出す、おとーと君の表情は… きっついなぁ。



 「いて」


 針で突いた指をペロッと舐めた。


 なんだかんだで、ほんとハージェストを当てにしてたんだなー。




 「よし、できた」



 うん、まぁ、イケてんじゃね?



 針と糸を裁縫箱に仕舞って仕上がった上着に、少し唇を緩めた。



 上着を見ながら思う。


 俺はノイなんだな。

 ノイは… ついさっき、ココで、乃井 梓の葬式を一人でしたんだな。


 俺を梓と呼んでくれる人は、もういないんだな。ココで生きる、ココに馴染むって、そういうことなんだろ。



 姉や友達や、親戚のおばちゃんや。

 思い出せる顔と声。どんな時だったかと記憶が繋がったら、息が熱くなってまた引き攣れそうな気がした。もう二度と生み出されない、触れられないあの時間。



 生きていて、きっちり思い出せる。 その分だけ… 凶悪だね。



 「は。 は、は ぁ はは。   あ、  う〜〜 っ 」



 無理やりにでも思考を回して、変な感じでも笑ってみた。




 裁縫箱返して、……………   顔を、洗おう。うん。自分のみっともないツラ見たら、笑えるかも。




 昼飯を早めに食ったら、猫なって。

 動こう。

 生きることを選択したんだから、猫の自分を忌避したら  馬鹿を極めるだけだ。 ちくしょう。




 立ち止まったら、なんかに取っ捕まりそうだよ。そんなの嫌だね。







 蛹が 羽化をする様に。

 自分の羽を広げて飛び立つまでの時間。


 そう、自分に僻を持たない為に。歪みを作らない様に。

 時間を掛けて、ゆっくりとゆっくりと自分の速さで変わって… いくんだ。他の人ができるから、同じ速さで変われと言われても、俺にはできないよ。そんな為になんか、いられないよ。いたくないよ。



 まぁ… ね。

 所詮は他人に なに 言われてもね。 


 やっぱり 気安く  触れられたくないんだよ。  俺は。




















 今日は半日だけ。だから、補助力テキストを使わずになってみよう。


 猫だからさ。重々しく言ってもねー。

 気軽に気軽に、少し着替える気分でね。うん、俺のはお着替えスキルなんだから。良いんだよ、それで。


 「そぉれ、にゃんぐーるみぃ〜」


 午後の半日、頑張りましょう。

 前回、思いっきりして筋肉痛になったから、今日はゆっくりと落ち着いて。


 ウエストポーチをしたままで頑張ってみようかと思ったけど、補助力テキスト使わないから用心にまた今度。宿の金庫に入れてきた。盗まれてたら終わりだと思う反面、そんなもんかとも思っちゃってさー。投げやりになってんのかなー… でもさ、身一つってのは、いろーんな意味で軽いねー。


 猫になったら、さっさとその場を移動。人が見てないか確認する。用心して、用心して〜〜。



 猫になった俺の視点は当然だが違う。


 高くて青い空は、もっと高く見える。背が届かないから、跳び上らないと。視点が低いから、遠くが微妙だ。でも、すぐ近くに感じる草木の匂い。見落としてた、どうでも良い様な目印。


 違う色んなモノが見えるよ。



 てってってっと、歩いて進んで休んで。自分の調子を確かめる。


 休憩に座ったら、頭の上、高い位置に黄色い花が咲いてた。


 風に吹かれて、ゆらゆら動く。ちょいちょいっと触れようと思うんだけど、ちょ〜っと届かない。背伸びしても届かない。

 じーっと見たその花は、少しひまわりに似てるかな? 蔓が伸びてるから、ひまわりじゃないね。



 「うっにゃーんっ」



 ていっ!ていっ!ていっ!


 花に向かって、ジャンプ!ジャンプ!ジャンプ!  アタック、アタック、アタック!


 とーーーーーうっ!



 ペッ…  シーーーーーーン  !!



 ふ。勝ったぜ。

 届いた。花びらが二〜三枚飛んだよ。



 「ブ…  ブシュッ!」




 くああっ! 真ん中叩いたから、花粉攻撃キターーーーーーーーー!! 



 うそーーーっ!! 猫鼻にクルーーーーーーー!!  あーーーーーーーーーーっ!  俺の肉球に花粉ついてるーーーーーーーーっ!!





 地面をタシタシ叩いて、擦り付けて花粉をペッペとした。


 しゅるりと尻尾を動かして、さ、次へ行こう。あの程度で筋肉痛になったら、泣くな。





 猫姿だと盗難には遭わないが、小さな物音も結構聞き取れる。


 ガサガサッ


 変な音したら、びびるね。伏せる体勢で身構えて力を込めて、そっちを凝視するよ。気がついたら、爪が飛び出て地面を押えてたよ。


 二… 二度目だしね。こ、こんなもんだよね?


 てってこ、てってこ移動して〜〜。



 「にゃ?」


 あれ? なんだ? おかしいな?  


 ぶるっと身震いして、周囲を確認して走ったよ!



 ふ、ふふふふ。ああもう、早くも新たな発見があったよ。

 ……………… 自分自身の確認って大事だね〜、思い込みじゃないけど思い込んだら失敗だねー。わーい。泣くかもー。うん、やっぱ俺ね。猫レベル、いちだわ。間違いないわ。わぁぁああい。







 今日一日、頑張りました。

 頑張ったんで風呂にも行きました。髪洗って、体洗って、風呂に浸かって。あんまりしない長風呂もやっぱりして。汚れを洗い流してすっきり。


 夕食には、ご飯ものが食べたくなったんだ。


 でも、銀舎利はなかったよー。ほかほかの湯気の立つ白いご飯が食べたかったなー。でも、無いからねー。どーしよーもないねー。


 頼むのに時間が微妙かな?って思ったけど、食堂行ったら人がピラフなの食ってた。俺もご飯ものが食べたいって、ジェフリーさんにリクエストした。


 したら、なんでかドリアになって出てきた。


 はふはふ、言いながら熱々を食った。

 噛み締める米は食い慣れた味じゃないけど、米でした。そして、噛み締めると甘いとも思った。…ソースの所為かもしんないけど。


 気候も品種も何もかもが違うから、この米なんだよね?   うん、知らない事ばっかり。


 おかずに、野菜と蒸した何かの肉。ドレッシングが掛かってる。蒸されてるから、淡白な肉です。でも、お肉です。にーくー。うーまー。



 美味しかったー。


 美味しかったけど、姉ちゃんのご飯が食べたいなー。無理だけど食べたいなー。あー、食べたーい。 …作るしかないか〜。ちょっとは作れるけどさー、でも作れんのかなぁ? 調味料違うからな〜。

 あー、ジャンクフードでもいーかも〜。コンビニのスイーツ。たま〜に買ったな〜。スーパーで買う方が多かったな。あのスイーツ、もう一度食べたかったなぁ…


 


 食べ終わった皿眺めて、うだうだ頭の中で言ってた。


 食堂だからね、他の人も食事してる。酒飲んでる。それ見てたら、俺も酒飲もうかな?って思う。飲んで忘れようじゃないけどさ。

 そう思うけど、醜態晒すのは〜〜 まだ良いとしても。何かあっても、自分対処だと思うと手が伸びない。部屋で飲めばとも思ったが、部屋ん中を酒臭くしたくない。今の食事は前払い済みだけど、酒は別料金。ツケなんかできませーん。それ考えると財布の紐は固くするべきだよな。昼食には金が要るんだ。


 …そーいや、あそこで酔ったあの感覚は最低だったな〜。

 あ、そか。あんまりな醜態晒して、ハージェストが聞いたら嫌な顔すっかな? 会うまでは、変な事しないようにーーって、今までも変な事してないぞ?



 「ごち」


 

 小さく呟いて、夕食終わり。





 洗面したり、忘れかけてた洗濯物とか持って部屋に戻る。明日はどうしようとか予定を立てる。

 ベッドに入って、横んなって。少しだけ開けといたカーテンの先、窓の外。夜空を見るとはなしに見て。目を瞑って眠った。
























 もう一人の俺が いる   目を閉じて開かない



 乃井 梓が 沈んでいく


 夢見て眠るような顔で  沈んでく



 代わりにノイが浮上して  沈むのを見ている  沈んでいくのをどうにもできないで  見てる   どうにかしたいのに



 掴もうと思っても 初めから 掠めもしないから



 どうやったら梓が沈んでいくのを 止められるんだ?    俺が理解したのに    梓が沈むから ノイがいるのに


 泣きたいのに 泣くこともできやしない




 沈んでいく梓が幸せに… 思える     見送るノイの方が 取り残されるんだ







 失う と 言うんだ


 ぽっかりと 穴があいて   寂しいのと 心細さが 


 もう 手は離れて  沈んでしまった から     二度と 掴めない    消失感しか  しない 





 これが 現実








 俺は 都合良く    生まれ変わったりなんか   してない 




 記憶  こそ が      俺 の 生きた証




















  前に進む  それが   生きる 為の  術にしたって



  俺が 俺の死を実感して 



  自分自身を見送るなんて  夢にしても  非道い    戯れ言じゃないか?

 














  俺が死んだあの日… 



  あの日の 空は   晴れていただろうか? 




 



  でも もう    思い出したく        な い






 

memento mori

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