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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
56/239

56 勉強の代償に対価を求む

 

 はい、ま〜る書いて〜。線を引く〜。まるの真ん中、じょ〜うげ、さゆうに線を引く〜♪



 二本線、書けましたかね? 二本線は丸を突き抜け、四分割できましたかね? 

 では、四分割できましたら〜 次に下の左の分割部分に、ばつ印を小さく入れます。そして、上下の線の上の部分に丸を付けて黒く塗り潰しましょう。


 ばつ印が宿です。黒い丸が領主館です。地図完成。



 …………… いいんだよ! もう、こんな程度で! 川は無いのかとか、起伏とか、縮尺とか言うなよ? 泣くから!



 地図が見当たらないんだよ。

 街中に警備さん達がいる駐在所、もしくは派出所はある。領主館の分館もある。そこで細かく教えて貰えるけど、地図の購入が不可である以上、頭に刻めか自分で作れだよ。


 今日は街の把握兼リュックの捜索に出ます。


 朝飯食って、頼んでおいた昼飯の弁当を持って出ます。それはそれ、これはこれ。なので昼飯は別料金です。…水筒が無い事実が、この上なく悔しい!


 「いってらっしゃい」

 「気をつけてね」


 オルト君とリタちゃんの兄妹は、自分達でできる手伝いは率先してやってる。…俺もしっかりしよ。



 「おはよう、です」

 「ああ、おはよう」


 駐在所に行けば、見知った警備さんがいたので、ラッキー。


 「すまんな。まだ成果は上がってないんだ」


 そうですよね… 

 見つかれば、意気揚々とした連絡が舞い飛んでくるはずですもんね。


 自分でも捜索する旨と、下町ってどこら辺な事を尋ねたら。


 「気持ちはわかるが… 腕に覚えがあるのか? ないなら、止めるべきだ」


 真顔で止められましたので、びびります。

 だが、そういった場所は教えてくれた。  『危険だから、近寄るな』 の意味だと思うが、あっさり教えてくれた事に行って来いとも言われているんだろうか? はて?



 ま、一度は確認すべきじゃね? 北西地区に行ってみましょう。

 


 駐在所から大通りへ。そこから普通に北西地区へ入りました。

 比較的綺麗な感じの道を選びます。選ぶけど石畳ではありません。地面です。総ての道が舗装されてるわけではないです。



 ごく普通でした。

 民家があって、商店あって… 簡易な露店もあって。その為らしい空きスペースに人が出てた。


 「おい、そっち持てよ」

 「ちょっと、待て。これを先に片付けちまおう」


 皆さん、朝も早よから働いているご様子です。仕事バリバリ熟してます。

 そういう仕事する姿見てたら、自分が如何に宙ぶらりんかって気がして… なんとも…  


 いやいやいやいや、落ち着け、俺。 

 その基盤を求めて、ダチのトコにだな。 …竜に乗ってた金髪がダチなら良いが、見事な人違いだった場合と知らねえって言われた場合、それに俺が遠慮したい相手だった場合を考えるとだな。 その為にも、リュックがだな。中味の軍資金がだな。


 とにかく、リュックの手掛かりを! 


 拳をグッと握り締めた。




 「おい、あそこの何してんだろな?」

 「さあな? あ、なんか意気込んで歩き出した」

 「なら、いいか。そら、続きするぞ」




 注意しながら歩いて行ったら、古着屋を発見した。

 狭そうな店内の天井から山ほど服が吊られてて、よく崩れないもんだと思う。下の台にも山積み。寄ってみる。リュックが開かない以上あるはず無いが、無いはずだが! 俺の服はありませんよね?



 「こん、にちは。見せて」

 「らっしゃい。ああ、見てってくんな〜」


 …ぬーう、見たが無い。ペペペペペイッと探したが無い。…そんなに散らかさなかったよ? しかし、ここに在庫の総てが出てるのか? 


 思い切って質問。


 「あ? 今は出てる分で全部だぜ」


 どうやって仕入れるのか質問。


 「なんだ? 何が言いてぇ?  …お前、うちの品が盗みじゃねぇか疑ってんのかよぉ?」


 すいません! 最後の語尾上がり、怖いです!


 「荷物、取られて! 探して! だ から聞く!」

 「あ? お前の荷を取られたのか?」


 ぶんぶん首振って必死で肯定した。

 それで、リュックの大きさや形状。入れてた服の色とか言ってみた。


 

 「ふーん。お前さんが着てる感じのねぇ… それなら、単品でも俺らの目に付くと思うがなぁ? 俺が仕入れてんのは潰れた店からの引き取りなんかや、近所の母ちゃん連中が仕立てたモンだったりだ。ほら、こっちの分は新品だぜ。他が全く無いわけじゃねーけどよ。どっちにしろ、お前さん着替えねえんだろ? なら、安くしてやるから買ってけよ」


 

 ぐはあ。逆に買いを勧められたよ。迷ったが要るからな。風呂行って汗臭い服は着たくない…


 合うサイズを探して〜 感じの良さそうなの選んで〜 下着が無いか聞いて〜 

 

 おニューのパンツ(トランクス型・結び紐付き) get。


 ココ来て良かった… 一番嬉しいかも! これでフンドシとか出てきたら、どうしようかと思った。必需品で金が飛ぶ〜。


 「じゃ、おまけな」


 おまけに一枚、服を貰いました。パッとしない色目な上に俺にはでかい。これ、売れ残りじゃ? …寝間着にするなら問題ないか。


 「ありがとう」

 「…ほんとにそれで良かったのか?」

 「へ?」

 「あ、いやいや」


 おまけに文句を言う気はないが、取っ替え希望した方が良かっただろうか?


 今のリュックに服を詰めて、挨拶して店を出た。

 サイズは合ってないが、妙に優しさが身に沁みるよ。しかし、服で膨らんだリュックに貰ったリュックの高性能を実感する。はぁ。


 

 その後もウロウロしましたが、陽が中天に差し掛かってるんで昼食にします。

 古着屋さんで聞いた公園。道端で突っ立って食うのは避けたいので、そこへ行きます。



 公園脇に小川が流れてる。木陰もある。そんなに広くは無いし遊具も無いけど、丸太をザクッと切って作られたベンチはあった。同じく昼食してる人達がいる。そういう人達を当て込んでるのか、すぐ近くに小さな屋台も出てた。


 飲み物を求める。したら、自販機とかペットボトルとか、そんなもんが恋しいです。でも、口にはしません。俺はココに馴染むんですから。ココで生きてくんですから。


 色々思うけどね。思っても、まぁ難しいけどね。でも、無いからね。無いって最強だよ。

 



 食ってれば、特に危険な場所でもないと思う。

 周囲の人達の服装は上等とは言えないだろうけど〜 仕事着なら、そんなもんじゃね? 子供の姿もあんまり見ないけど、学校行ってんのかな? 識字率高いなら、そうだろうな〜。オルト君やリタちゃんは、どうしてるんだろ? 待つ間、少しでもそっちの勉強して待つ方が良いのかな? 街の様子を知りたいのもあるけど、じ〜っと待ってなんかいられなくて、出てきたけどさ。

 …探偵業やギルドみたいなとこ行って依頼した方がマシか? 頼む金が高額ならキツいが、後払い可なら頼める。それでも見つからない場合、誰が頼んだ人の費用みるんだ? 

 しっかし、ギルドみたいなそれらしいとこ見当たらんし… 俺の探し方がダメなのか? 聞けば質問の仕方が悪いのか、単語の使い方を間違ってんのか話が通じない〜。やっぱ、大人しく読み書き?




 木陰で弁当のサンドイッチ食って、近くの人の会話に耳を傾ける。トイレ行って、公園を出た。 ふ。じーちゃんの訛った言葉は謎言語で、どれだけ聞いてもよくわかんねーよー…




 細道だけど建物の影になっていない、明るい道を見回しながら歩く。

 結構、密集してる〜?とか、建物が古そうだな〜とか、あれはボロ過ぎね? よく保ってんなーとか、口に出したら失礼な事を考えつつ、そのまま道形みちなりに歩いて行って、通りを越えて。


 進んで行った所で立ち止まった。

 風が運ぶ。


 その中に異臭というか、腐った臭いを嗅ぎ取った。


 「どこ か、ら?」


 用心してゆっくり歩く。

 曲がった角の先、見えた光景は雰囲気が一変してた。


 建物の形状、素材、状態。一目見てバラック。寄せ集まり。崩れた壁。立て直されてない。瓦礫が散乱してる。どうみても放置。



 ヒュウゥゥッ…


 そこを吹き渡る風は変に熱を孕んでいた。熱が異臭を強くする。強い異臭に鼻が曲がりそうで、顔を顰めて手で口元と鼻を覆う。

 道端に足を投げ出して座ってる人がいた。

 髪はぼさぼさ、着てる服はしわくちゃでぼろい。汚い。足は裸足で靴はない。浮浪者に見える。目は開いているけど、ぼ〜っとして見てるのか見てないのか。


 ジャリ。


 その姿に一歩下がったら、足音をさせた。

 音にボケた顔を向けてくる。俺を見たと思った。目が合ったと思った。ボケてた目に正気の光が宿っていく。宿るに連れて雰囲気が違ってくる。


 『その人の本来の顔』


 そんな印象を持ったが、目が細められて表情がますます変わっていく。俺を見る目に、はっきりと険があった。


 ドクン!


 その目付きに心臓が跳ねた。



 『あ、やばい… 』


 頭の中で警鐘が鳴る。

 視線が怖い。TVで見た。スラム街。その言葉を連想するのに十分だった。

 画面越しでない、生の視線がやけに怖い。ギラツく目に俺よりある上背。話せば言葉は通じるだろうし、此処に居るから悪い人と決まってるわけでもない。…はずだ。


 でも、ダメだね。怖いと思った時点でアウトだね。やばいと思ったら、心の中でどんな事を言ってもダメだね。警備さんの忠告が現実味を帯びる。



 それなりに生きてきた。その中で培った自分の直感にこそ、従え。



 『通り過ぎた場所が境だ、あそこまで早く戻らないと』


 冷静に早くしろと指示する思考に、跳ねる心臓を宥め、さりげなさを装って視線を外す。最初はゆっくりと、それから小走りで引き返そうとした。


 直後に罵る声が上がる。



 「xxxxがぁ xxxに! この、見て xxxxx!!」



 『ひっ!』


 再度心臓がバクついて、後ろを振り返る事無く猛ダッシュ!




 

 「はぁっ……」


 あ… 怖かった。早口過ぎて何言ってんのか、わかんなかったけど。呂律が回ってたのかも怪しいが、あれは俺に対して言ってたとしか。


 別に俺は何をした訳でもない。…目を逸らして、その場から離れただけです!


 怖い事にならなかったかも知れないけど、 『かも』 であって、何かあっても助けてくれる人はいない。本当に全部自分一人で対処しないとダメだと頭でわかっててもね。…あ〜、ケリーさんやヨハンさん達の存在は、つくづく大きかった。最初から有り難かったけど。

 


 大急ぎで、あそこから離れたら臭いも何もしなくなった。今の視界の中に不穏な物は無い。人通りは薄くても民家はあるし、昼過ぎの明るさだ。


 あそこの一角だけだったんだろうか?


 大通りに怪しい所は無いけど、入り組んでそうな細道は気をつけないと迷子になる。一口に下町と言っても、治安の届かない場所はやばい。よくわかった。


 そういう場所が怪しいんだが、俺の安全性が怪しいわ。

 …うん。大人しく待つべきなんだな。できる人達に任せるのが一番か。…ナンかのかっこ好い主人公みたくならないね。できないね。はぁ。俺には無理っぽいですよ。


 「あ、帽子! ない!」


 被ってた俺の財産が全力疾走で行方不明になってしまった。ううううう。

 …戻りたくないんで諦めます。


 じーさん、飛んでったよー。ごめんー。



 ため息をついて歩き出したら、変なモン見た気がした。


 「え?」


 見たモンを振り返る。空き地の草むらの上、だらんと人が横たわってた。服装もあんまり綺麗に見えない。…倒れてるのか、寝てるのか。わからない。


 異臭、病気、怪我、面倒事。


 そんな事が脳裏を掠め、さっきの罵る声が耳に谺する。

 見なかった事にしようとか、何でもないだろうとか考える。オルト君より、ずっと大きい体。平均身長なんか知らないが、小さな子供じゃない。


 しかし、チラッと見えたその姿に、あれ?と思う。


 何かが心を掠める。


 なんでだと思って考えて、気が付いた。

 気が… 付いちゃったよ。



 うわああぁ…   エッツの奴隷の男の子に、髪の色と体格が似てるんだ。



 気付いちゃった事実に、俺は何か試されてんのかと思った。



 思ったから、即時行動に移れませんでした。声を掛けるだけの事に時間を要した。妙に頭の中で 『どうしよう』 と思考がぐるぐる回ってました。何とも言えない状況でした。

 その代わり、その子が呼吸をしているのを確認できたんだ!


 心底、ほっとしたよ。


 『関わりにならない方が… 』 そう思う気持ちを抑えて声を掛ける。


 

 「だい、じょうぶ かな?」



 近寄って、手を伸ばして体を揺する。


 「う… ん」


 起きた子は奴隷の彼とは違っていた。目の色が違い、顔の造作が違い、雰囲気が違っていた。他人です。あかの他人。その事実に良かったと、意味なく思った。


 「あ? にーちゃんが起こしてくれたん? ありがとな」


 病気でも、怪我でもない。寝てただけらしい。安心して離れられる。寝てた彼に軽く手を振って、立ち上がろうとした。


 「にーちゃん、心配して起こしてくれたんだ。やさしーねー。金もってそーだねー。俺にめぐんでよ」

 「は?」


 立ち上がり掛けてた所で腕を引っ張られた。蹌踉よろける。


 倒れるのを堪えた所で、正面にその子を見た。


 「な、に」


 左手で俺の腕を押え、右手がさっと伸びて俺の襟元を引っ張る。その子の顔が笑ってる。ずっと服の中に仕舞っておいた、お守りの玉が滑り出た。


 革紐の先にある飾り玉は、陽光を反射して輝いた。



 「ヒュー♪ にーちゃん、すっげイイもんもってるー。俺にくれよ」

 「な、に 言って!」


 その子の手を払って揉み合いになろうかとした時に。


 「くれって言ったよ」


 目の前に刃物があった。

 その手にナイフがあった。首の近くにナイフの切っ先があって、革紐を捉えようと右から左へ動いた。


 「……… っ!」


 目の前にあった物を凝視した。

 理解より先に体が反応した。声にならない悲鳴を上げて身を捩った。


 引こうとする体に押える手。俺より小さな体なのに力が強い。押え付ける握力が強い! なんで振り払えない!?


 グチ。


 革紐に刃が。


 「い、た っ…!」


 捉えた刃と離れようとする俺の間で革紐がピンと張る。グッと首に痛みが走ればブチンと革紐が切られて、下がろうとする自分の勢いに踏鞴たたらを踏んだ。


 「もーらいっ」


 軽い明るい声で、嬉しそうに笑ってる顔。


 「他にもくれよ。その腰にある袋とか」



 刃先をチラつかす。


 革紐が… 簡単に切れるはず無い革紐が、あんな小さな刃で切れた…


 それでも俺より小さな姿と態度と恐怖と現実感が、ごちゃまぜになって衝動的怒りを生んで怯みを吹き飛ばした。


 「こ、 この!!」


 

 年も何も関係ない。背負ったリュックを振りたくって、その子に殴り掛かり、思いっきり殴った。

 けど、その子が構えてるのは刃物、俺は服が詰まったリュック。


 ぶん回せば、すばしっこく躱されてハズレる。


 「喧嘩かぁ?」

 「おい! 何してる!」

 

 「あーあ、もうちょっと取れるか思ったのによー」


 「助け っ…! 来て くださああぁああ」


 

 俺は通りがかった二人組の男の人達に助けを求め、その子は一目散に逃走した。


 「あ、 ま てっ!」


 「おい、大丈夫か!?」

 「追うわ」


 

 はっ はっ はっ はあ、はぁぁぁぁ… 


 助けに入ってくれた大人の顔に安心した。 



 「おい、大丈夫か? 刃が光って見えた。お前さん、怪我は無いか?」

 「は、はい。 ない、と」


 何があった?と聞いてくれる言葉に、できる限りの説明をした。


 「あー、災難だったなぁ。盗られちまったのか… ここら辺も領主が変わってから、少しずつ良くなってきて以前よか、よっぽど良いんだけどよ。まだまだ、あーいうのがのさばっててなぁ。誰であれ、難しい話なんだろうけどな。ん? 切られたのか?」


 「え?」

 「ほら、ここ」


 その人の節くれ立った指が差した先。上着の一部が裂けていた。

 肩口の辺り。心臓よりは上。ナイフは俺の右から左へ。おそらく革紐を引き切った時。この位置をナイフが通ったんだと理解したら、血の気が下がる思いがした。


 「運が良かったなぁ。もう少し位置が悪けりゃ、喉を掻っ切られてんぞ」


 駄目押しの言葉に、震えた。

 整い始めた息と心臓が再び乱れて震えた。


 「おーい」


 聞こえた声に振り向けば、追い掛けて行ってくれた人が手を振って帰ってくる。


 「あー、悪い。あっち側へ逃げられちまった。  うわ、お前、大丈夫か? 顔色悪いぞ」


 腹立たしそうな声と表情が心配も含む。

 助けてくれた上に、わざわざ追い掛けて取り戻そうとしてくれたこの人達に礼を、と思った所で目眩がしてへたりました。





 現在、駐在所に居ます。

 助けてくれたのは親子の方でした。仕事現場への移動途中らしかったのですが、少し離れたこの駐在所まで連れて来てくれました。見た現状説明から何からしてくれた。で、俺は盗みの被害を訴えて受理されたが、返ってくるかは不明。もう、踏んだり蹴ったり以上で最悪レベルです…



 「あの場所でか?」

 「そうなんですよ。ガキでしたがね、手慣れたもんですよ」

 「あっちに逃げこんじまったんで、それ以上はちょっと… 」


 「ああ、無理はするな。ご苦労だったな」

 「いえ、それじゃこれで」

 「これからは気をつけろよ。あんなとこ、一人で歩くなよ?」


 助けてくれた親子二人の名前を聞いて、言葉に頷いて礼を言いました。


 仕事に向かう後ろ姿を見送って、それが限界でした。

 ふらぁっとした後、ばったり横に倒れる感じで… いや、倒れたで正解か。警備さんを大変驚かせました。



 いやもう、初めての経験でした。

 殺されてたかもしれない事実が目眩を引き起こしましたが、そっから、冷や汗が比喩でなく吹き出てました。服がじっとりと濡れ、体が冷たくて冷たくて… 立っていられず。

 日射しの中で俺は震え続けて、握った手から血の気が引いて。動かない手を、やっと開いたら手は真っ白だった。白さにろうって単語が繋がって、 『思考にまだ余裕ある』 なんて思いもしたけどさぁ。


 警備さんが俺の冷たさに更に驚かれて。

 服を脱がされ冷や汗拭かれて、買った古着に着替えて駐在所の毛布に包まる救急の看護を受けました。


 だけどさ、拭いても拭いても冷や汗が出たよ。そして、手足は冷たい。


 ぶるぶる震えてたら、その状態にヤバいって慌てられて。


 「ちょっと荒いけどよ」


 駐在所内には宿直の部屋があり、生活空間があり、小さいけど風呂場もあった。そこの湯船に入れられ、座った状態で温かいシャワーを浴び続けた。浴びる湯が湯船にも溜まっていく。体が次第次第に温もりを取り戻すのが自分でもわかった。体が弛緩して、それから手足が思い通りに動きだした〜。


 「お前さんの場合、体が冷えて動かんのは血が巡ってないからだな。なら、あっためりゃ良い。ただ、体力食ってる所に更に体力を食うからな、一人でなら注意しろよ。時間と熱さの加減がわからんのは逆効果だ。湯船で死ぬと水死体だからよ。水吸った死体は見られたもんじゃねぇぞ〜」



 湯を浴びてる間中、付き添ってくれて笑顔で注意してくれた。


 「よし。血の気も戻った、もういいだろ。 これ以上は疲れるだけだ」


 風呂から上がって着替えてたら、信じられない事にふらついた。全く自覚は無かったが、恐ろしく体力を消耗したらしい。自分で自分の体の状態が把握できなかったよ…

 


 上がった後、茶を淹れてくれました。熱い茶を飲んで座ってれば、寝れそうです。あったかいを通り越した熱い茶碗がホッカイロ同然。目がトロンとしそうで、もう歩いて帰る気力が出ません。帰りは馬車を利用しようと思います。


 「お前の家はどこだ?」

 「宿に 泊まるで  います」


 「宿? どこのだ? 一人で泊まってるのか? 家族はどうした?」

 「 いない です」


 「…別の街にいるのか?」

 「いない です」


 「どうしてこの街に?」

 「人 に 会う、です」


 「一人で来たのか?」

 「ちが。馬車送って もらた」


 「あ〜… 」



 …なんかね、憐れまれた? 送ってくれるそうです。

 

 同僚の警備さんも見回りからでしょうか? 二人の方がご帰還されました。

 はい。荷馬車とお友達です。馬に乗るのは危ないと判断されて、小回りが効きそうな荷馬車に乗って帰ります。なーんか乗る度に荷台のランクが上がっていきますよ。すげーなー、俺。


 帰りにどこかに寄るそうで、他の荷物も積み込まれた。


 「本来なら家族に迎えに来て貰うけどな。誰もいない上に、この状態で放り出すのは心配だ。しかし、泊まる宿があるなら安心した。宿の者にも言っといてやるからな」



 …有り難い話です。誰もいないって事実は痛いね。


 冷えがぶり返さない様にと毛布を頭から被ってますよ。


 「お前さんの状態も非常事態と言えば、そうなんだけどな。魔力による回復も多少はできるけどよ、残念な事に俺の力は無尽蔵じゃないんだ。仕事柄いざって時に、空っ穴なのは避けたいんでな」

 「い え。助けて くださって ありがとうです」



 あの辺りは、そんな風に見えなくても危険地帯デンジャラスゾーンの一角らしく… 現住民なら、知ってる情報でした。ふ… カモして勉強しましたよ。それと革紐が簡単に切れたのは、魔力を込めたからだろうってさ。


 

 宿に帰り着いて話をしてくれて、昨夜の盗みの話に警備さんの頬の筋肉が引き攣った。


 「自暴自棄になるなよ! いいな、なるんじゃないぞ! なっ!」


 非常に良い人みたいです、この警備さん。

 俺の両肩を掴んで真剣な眼差しで励ましを下さいました。街の警備さんが、こういう方で嬉しいです。


 部屋に戻って、ベッドに横になれば気が緩んだんだろーなー。 さくっと寝た。




 コン、コンコン。 コンコン。


 「起きてるか? 晩飯食わんと体力が戻らんぞ」

 「は、 い」


 

 扉を開けば、料理人のジェフリーさんがいた。その手に湯気の立つ晩飯の乗った盆を持ってた。


 「晩飯だぞ〜。体が疲れてるんだ、胃もしんどいだろう。今晩はこれにしとけ。食って考えずに寝ろ。皿は明日で良いから、ゆっくり食えよ。ほら、甘いもんあるぞ」

 

 野菜と落とし卵のあっつあつ〜なリゾットでした。

 他に水差しと、付け合わせのサラダに黄色い卵形したお菓子。


 「女将さんが持って来るとこだったんだが、ちょっと参っててな。顔出しできなくて悪いな」


 うーわーあー。

 この宿にして良かったのか悪かったのか。それとも、これを当たり前としたもんか。


 「ノイ兄ちゃん、平気?」

 「だいじょぶ?」


 あ〜、代わりにオルト君とリタちゃんが来てくれたのか。


 扉から入って良いのか覗く二人に、なんとか笑う事ができたよ。










 


 寝が足りた所為かなぁ? 

 

 夜中に目が覚めた。

 暫く、ぼーっとしてたけど、動かした体に辛さも怠さも無かったから、ベッドから起き上がる。窓のカーテンの隙間、少しの光が零れていた。


 引いてたカーテンを開けて窓の外を見る。


 斜め向かいの建物に灯りは付いていなかった。その建物を星明かりが映し出す。空に月が出ているのかいないのか、この部屋の窓からは見えなかった。薄く見える人工の光は遠い。昼とは違う夜の通り。


 外からの星の光。耳を澄ませても物音は聞こえない。

 灯りのない暗い静かな部屋の中、ベッドに座り直して、ただ夜空を眺めた。


 眺める夜空に昼間の出来事を思い出す。いや、違う。もう日が過ぎたあの時間を遡って思い返す。


 胸元に手を当てても、そこに馴染んだ飾り玉は無い。

 ここをナイフが横切った。

 目を閉じれば、脳裏に焼き付いてる。ナイフが、刃先が、俺の横を掠めていった。


 『もーらいっ』


 耳に残る声は。




 あれに似た刃が俺の背中に突き込まれたのかと。突き込まれたから、今こうなったんだと。



 体が小刻みに震えた。

 あの痛みと恐怖を思い出す。薄まっても、忘れてない。

 記憶が頭を擡げるから、震えた。


 カチッ


 あの冷たさ。

 昼間のあの時は、同じ道行きに近かったんだと。


 カチ、カチッ   カチッ……


 思い至れば、勝手に歯の根が震え出す。

 震え始めようとする手を握り締め、口から上がろうとする声を抑え込む。その為に奥歯をキツく噛み締めた。



 強く目を閉じ、俯いていれば手の甲に何か当たったから目を開けた。

 濡れてる事実に涙が勝手に転がり落ちたらしい。 …どの意味で勝手に落ちたんだ?



 『誰でもよかったんだ』

 『ちょうど居合わせたから』



 脳が蓄積してきた単語を弾いた。



 生きている他人がなんと言おうとも、ソレは俺への明白な悪意で殺意だ。

 




 左手を逆手にして背中に充てがう。


 …この辺りに刃が牙となって、熱が逃げていった。寒さに凍えた。



 あの澱みの中で震えた。

 それとは裏腹に怪我の痕も無い自分の肌。


 おにいさんを思い出す。

 



 『俺が戻しを損なうかよ』 


 苦笑を交えたあの声は。

 全てを従えそうな、あの揺るぎない力強い声を思い出すだけで、俺の心から恐怖が淡雪の様に溶けていく。今も隣に居るかの様に錯覚する。錯覚に安堵する。


 吐き出す息は…  熱い気がしても苦しさはなかった。






 「今日は首元を冷やさないでいろ」


 そう言われて巻いていたタオルは解けてた。それを取って、少し出かけた鼻水を擤んだ。薄く滲む水滴を瞬きで追い払う。



 顔を上げて、夜の果ての闇の奥を望めないかと遠い夜空を見続ける。







 見続けて考える。


 どこでこうなった? どこがこうなる分岐だった?  切り捨てる分岐点は、ドコにある?



 街に着いて宿を選んだ。聞いた注意事項をクリアしたから選んだ。じゃあ、荷物をずっと持ち歩かなかったから?  …却下。 盗みに入られたのは不運で流す?


 自分でも探しに行こうとしたのが、そもそもの間違い? 

 行った先は確かにヤバかった。自己判断の下、ちゃんと引き返した。倒れてた子に迷いながらも声を掛けたらナイフを突き付けられて、お守り盗られた。


 なにこれ? 倒れてたの、ほっときゃ良かったってことか? 気持ちとしては、関わりになるのを躊躇った。それを押して関わった。んじゃ、ほっといた方が正解ってことかよ。


 なにこの罠? 助けに手を伸ばしたら、盗まれて、自分の方が死にかける。


 なにそれ。



 だんだんだんだん腹が立つ。

 壁にガンガンガンガン頭をぶつけたい。痛いからしないけど。枕を握って、どこでも良いからボフボフボフボフぶつけたい。夜中に迷惑だからしないけど。


 しないけど。



 しないけどさぁ… 



        人を、 

            馬鹿に、

                 すんのも、



        タ イ ガ イ に、   しろよぉぉっ!? 



                        俺は、別に、 内向的じゃねぇぇ !!

  






 理不尽さに腹が立ってくる。苛々してくる。

 ベッドから降りて立つ。


 立って窓の先、暗闇の中に思い出す情景に目を眇めて睨み付けた。



 盗まれたのをこのまま黙って、ブルって引き下がれとぉぉ!?  む・か・つ・く……!!



 手段… 本当に手段はないのか?

 なんとかして手段を取って、取り返したい! あいつがお守りを売り払って、もう持っていなかったとしても! 一発、殴りたい! リュックだって…!




 暗い静かな部屋の中で遠い先を睨み続けて、ギリッと歯軋りした。















 「ブクシュ!」


 うげ、寒い。やべ、風邪引く。布団入ろっと。


 あ、そだ。



 ベッドに入る前にテーブルに寄って、食器に掛けてた布巾を取る。食べ切れずに残しといた卵形のお菓子。水差しからコップに水を注ぐ。


 勢いよく、ガブッとね!


 ム〜シャム〜シャ。ゴクゴク。 ゴ〜ックン♪   



 甘味って無敵です。冷めても美味です。



 夜中におやつ食って腹を満たして、腹立ちを治めてから寝ます。


 あ〜、残しといて良かった〜。怒ったままで寝るのもあれだよな〜。さ、寝よ。



 布団に入り直して横になる。

 指を意味なく動かす。手のひらを擦り合わせ、手の甲に触れる。


 ちゃんと思い通りに動く自分の手を、じっと見た。



 「 乃井 梓       … ノイ  」




 小さく二つの名前を呟いて、目を閉じる。

 生きていられた幸運に纏わる相手を少しだけ想って、寝た。



 

 




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