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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
53/239

53 知らない内に

 

削ったのに超える。

  

 興奮醒めやらぬままに道を歩き出せば、喧騒は遠ざかっていった。


 歩む道の真ん中には竜の足跡や轍が残る。ぽつんぽつんと雑草が生えている地面の所々が、少し抉れてるのは、どう考えても竜の爪の所為だろ?


 直後の湿ってる黒い土が、ついさっきの出来事を思い出させる。



 俺は竜の存在で、異世界だと強く実感した! 

 ニールさんの赤い光のバトルや魔石、その他の細々したもんでも思ったけど〜 やっぱアレは決定打!! 竜が居る世界でしたかぁぁあ〜〜〜!!


 竜見てウキウキのドキドキでワクワク感が出たけど、アレが引っ掛かる。



 ハージェスト・ラングリア。


 それがダチの名前だ。

 あの子が言ったのは、ランスグロリア。発音が多い。隣ではっきり言ってくれたから、聞き間違えてはいないはずだ。



 最後に飛び乗った黒い影。四つ足だった。

 体の大きさが犬よか大きくて何かこう… 犬とは… 俺が思い描く犬とは…  あー、それでも黒色だったしさ。俺がやったって犬は黒だと…


 うーん、考えるとなんだか頭が痛い。  犬、ねぇ?


 

 駆けて行く集団の中ほどで金色が見えた。

 反対向いてたから顔が見えなかった。やけに濃い金色だった。


 それが目に飛び込んだ。

 だもんで、そこがワンシーンとして俺の脳に切り取られた。だが、見えた顔はその隣に居た人なわけよ。その人は茶髪だったと思うんだ。なんかキラッてた感もあったけどな。


 口元が動いてた。…はずだ。

 どう考えても竜への掛け声じゃない。体勢的にも隣り合わせの二人が話をしてたんだと思うが、よく喋れるもんだ。つか、聞き取れんの?


 そんで、見えた茶髪さんの方の顔がさ〜…  瞬間的だったけどさ〜  なんかこ〜… 

 

 ものごっつ冷たい印象を受けた。

 竜を見た興奮の中にあったのに、俺の意志がビクついたっていうか… どっかが 『うえっ!?』 って、叫んだ…


 あれ言い方変えれば〜 クール? クール? ドライでクールでなんとかぁ? 



 よ〜く、よ〜く思い出すと、あの集団の先頭を走ってた人の服に黒いモン見た気がする。返り血じゃねーかと思う。荷台にあったブツの。



 俺の意識が切り取ったのは、点々と返り血を浴びた姿で竜に騎乗する集団。集団の中で冷たい表情してた茶髪の人と、そっちに向かって話しかけてる金髪の人だった。


 その後で見た、黒い四つ足の獣。


 符合が重なった所為? 

 見送った直後に脳が直感っぽく「あれ、そうじゃねぇ!?」って言ったのは。


 そこへ、ランスグロリアと聞いたんだ。


 聞いて、「あ、違う」と上がって下がった。


 んだが、落ち着いて考えれば〜 それは集団名だろ。個人名じゃねーよ。それなら、アレはランスグロリア竜騎士団とでも言うんか? てか騎士いるの? 誰も騎士様っとか言ってなかったと… いや、まず単語が不明だ… 馬鹿だな、俺は。竜で興奮して頭、回ってない。


 しかしだな〜、肝心要の金髪の顔が見えなかった…   なんて、ついてない。




 歩きながら、あの場面を何度も思い返したが〜


 ま、旅はこれからだ。シューレで聞きゃいい事だし、都合良くいくわけない。いけるんだったら最初っから近くに降りれたわけだ。顔見れなかったけど決定じゃないもんな。茶髪の方じゃなくて良かったわけだ。そうそう、あーんなキッツそーなのが友達だったらやだな〜。あはは〜。




 カッポ、カッポカッポカッポ……



 後ろから来た働くお馬さんと乗ってる人を見て、軽く会釈。後ろ姿を見送る。


 ドーラちゃんの方が大きかったな〜。だーけど、やっぱり竜だよなぁ〜。街に着いて間近で見る機会があったら見てみたい。いや、きっと見える!

 竜がいるなら鳥もいるかな? あの、駆けてく黄色い鳥さんはいるかなぁ!? ゲームの後ろ姿可愛かったな〜。




 そんな事を楽しみに道を歩いていたんだが、道幅が少しずつ狭くなる。そして、まだ日も高いのにどうした事か、人通りがふっつり途切れた。





 そこから、不思議なくらい誰とも出会わなかった。


 到着して三日間さ迷ってた、あの時以来の一人歩き。






 誰も居ない道を一人で行く。


 歩いていれば、ケリーさん達を思い出した。賑やかで楽しかった。楽しかったが、あの奴隷の男の子も思い出した。


 …消化不良で引っ掛かってんのかな。


 あの時の事を反芻すれば痛いね。

 もし、殴られると予想がついた上で 『知らない』 と言ってくれたのなら、それは… あの子のプライドだろうか?


 『ありがとう』


 あの場で俺が感謝を述べたら、あの子が殴られそうな気しかしない。


 なら、どうするのが最適だったんだろうか?



 考えても思いつかない。それでも、買い取るの選択肢には頷けなかった。 俺は 頷けない。



 嫌になったら、転売。

 してくれた話は。



 転売は処分だよな? 


 あ〜 正直な所、正しくて難しいね。優しくないね。やっぱり罠だね、俺には。

 奴隷のいる世界で、奴隷が買えるこの世界で、金の問題じゃなくて奴隷を持たない人達がいるとしたら、それは何に基づく選択なんだろう。


 『奴隷を持って、変わる奴は変わっちまう』


 そう、言った表情は。

 リアルな言い方だった。間近で見てたとしたら、どう思って見てたんだろうか?

 


 知らない内に顔が俯いてた。








 歩いても歩いても、誰にも出会わない。


 奇妙に静か過ぎる道を歩んでいけば、不意に胸に去来した。



 『乃井 梓 は、生きているんだろうか?』



 立ち止まった。

 黙って立ち止まって正面を見た。歩いて行く道を見た。





 あやめねーちゃんに、遺骨を墓に、名を刻んだと。

 死にたくなかった。異世界だって最初っから理解してる。あそこで聞いてきた。居た証拠に荷物も水筒もある。


 此処は培った常識が、ちょっと違いそうだと。


 俺は生きているし、あやめねーちゃんの弟であるけれど。 あるのだけれど、それは揺るがないけれど。



 『 乃井 梓 の名前を持つ者は生きているのだろうか?』


 

 どこか意味の違う、考えてもどうしようもない思考が俺を捉えた。

 不意に思い出す。さっき興奮した中で、一緒に騒ぐダチがいなくて一人だと。









 ガラッ   ……ガラガラッ



 「あ」


 車輪が回る。

 荷馬車がやって来て、俺の白日夢に似た何かは終わった。


 それを最後に歩くことに集中する。














 「ふわぁぁぁぁ〜〜〜」


 休憩。

 はー、荷馬車乗ってると楽ですね。全然違いますね。


 陽が少し傾き始めたのに何時かと思ったが時計は無い。無いが細かい時間が分からなくても、今の俺には何の不都合もない所がすごい。

 目的地はあれど、何日の何時に到着なんて制限ないから問題ない。問題とするなら自分の中の時間の感覚。何日目なのか、わからなくなりそうです。


 歩く人もいる。確かに居る!

 だけど、後から来たのに追い越されて、とっくに姿が見えない。その早さに泣きそう。しかし、歩かねぇとな。歩き切ってみせるぜ! しかし、荷物がな〜。


 ごくりと飲んだ水が、零れて喉を濡らして滑った。 


 頭から水被りたいかも。



 太ももとふくらはぎに塗り薬をつける。買ってて良かった必需品。


 お〜、メントール系の香り〜。

 筋肉痛対策に足のマッサージしながら、今までの全行程振り返れば、ほ・ん・と・〜・に、歩きでなくて助かった。テーヌローから歩いてたら、どんだけ時間を要するか? こえ〜… 


 馬のレンタルみたいなのなかったしなぁ。乗馬初心者が一人で長時間乗るなんて無理だろ〜? ドーラちゃんとポーラちゃんの面倒だって、少し手伝った位でしかない。

 落馬も怖いが馬が怪我した場合もなぁ… 連れて行けないから、動けない馬をその場に放置だろ? 動けないから助けて〜って言ってるのを放置だろ? 恨まれそうだよ… あの手は歩けなくなったら終わりだもんな。


 そうなったら、最後は馬刺しに…   


 止めろよ、俺ぇ!  腹減ってんのかぁ!?

 




 上着脱いで、汗拭いて。上着を腰に巻いて出立。


 歩き始めた俺の口にはビーフジャーキー。いや、ジャーキーか。

 切れっ端を噛み締めて歩きます。塩分と栄養補給。切れっ端でないと塩分が強すぎる。経口補水液なんてないから、適度な塩分摂取はしますとも! さすがに砂糖は買わなかったよ、菓子あるもん。

 あ〜、塩水に飴玉さん突っ込んだらイケるか? いや、塩分はジャーキーからだから、純粋な塩水は無理だ。うわ、出汁に飴玉さん突っ込むことになるんか…! 恐ろしく不味そうだ。



 もう余計な事は考えず、ひたすら歩いた。










 あ〜、しんど。


 途中で会った人に聞いた原っぱに到着。木もあって良い雰囲気。

 開けた良さげな場所に陣取って、今晩は野宿ですな。誰も居ないのが寂しいが、ある意味都合がいい。


 もう暫く行けば民宿があるはずなんだが〜 これ以上はキツい。こっから先の坂道に萎える。

 俺の歩く速度は遅いのか… まぁね、生まれた時から移動手段の総てが歩きの人達に比べたら、交通機関利用してた俺は弱いんだろな。何時間も歩くなんて事してないよ。靴も違うし。



 さて、飯の前に実践だ。陽が落ち切る前にやっとかねーと。


 草の上にレジャーシート代わりの織物を敷く。

 生地が柔らかく厚みもそこそこで薄いが、これでいい。裏はしっかりしてるし、柔らかいから折り畳める。糸と織りも良いって言ってた。魔法系ないかな〜?と思ったが見当たらない。田舎だから? 街ならあるかな?

 寝袋は猿の夜襲経験から却下。動きが取れないのは要らない。テントは一人での設営が不安な上に重い。仮にリュックに入っても、重過ぎる物は却下だ! 両肩に食い込んで、俺がへばる!

 

 冬じゃないし、お一人様用にはこれで十分。寒さには魔法の毛布様お願いします。



 荷物を置いて、位置を決めたら円陣を描きます。

 魔力込めて描けば一番良いんですが、俺、魔力ねぇもん。そんな場合でも、とにかく何でも良いから地面に円を描きます。絶対途切れない様に注意して描きます。一発描きですよ〜。

 後は描いた円のつなぎ目の箇所に穴を掘って、結界石を隠れない程度に埋めます。それを就寝前にonにします。以上です。


 ケリーさん達は魔力で描いてたんだろう。円なんか気付けなかった。

 円陣が大きくて結界石が複数あるなら、他の箇所にも置く。けど、一つしかないなら絶対に、つなぎ目。


 俺は木の枝で地面にグリグリ、ちょ〜っと歪な円を描いた。

 何も無いと思うが俺の命綱だと思えば力も入る。描けた円陣に、ニッと笑って満足。つなぎ目の部分に木の枝をグリグリ回して穴掘って、結界石を入れて埋め直し。石の半分は土から出てるのを見て ok。


 とりあえず、ここで stop。



 暗くなって来たので色々準備。洋灯を出します。

 ケリーさん達の持ってた洋灯は、ボタンを押したら一定の光量がずっと灯るってタイプ。俺のはツマミで光量調節をするタイプです。


 魔石をセット、ツマミを小さく捻って点ける。



 カチン。


 白い光が、ゆっくりと照らし始めた。


 最初、LEDライト?とも思いました。とりあえず、俺の目に優しい白色光で良かったです。キツい光は苦手です。


 この洋灯、ほんとに優れもの。

 魔力濃度ってか、使用量? 着火か着光も選べんの。ツマミを押し込むと着火すんだよ。着火前に光を点けると、流れがスムーズになって魔力の馬鹿食いをしないそうだ。

 しかしなぁ… この洋灯の真ん中にフィラメントらしきものが無い。どーなってんだ? サイドの流線形に添って、内部に小さな突起物があるから、きっとこれが方向性の維持に凝縮して濃度に発火を〜〜〜………

 

 まぁ、そこら辺だろう。きっと。一台で二役。便利な魔法の道具。


 これぞ、魔道具! だぁね。



 「よいせっ」


 ツマミをグイッと押し込んで着火させる。

 ポッと火が灯った所に拾った乾いた小枝を差し込んで火を移す。ちなみに火が移り易いよう、先を割っといた。


 「よし」


 押し込んだツマミを横に動かす。


 カチャン!


 良い音を立ててツマミが飛び出して元通り。鎮火しました。火の優先順位が上なんで着火時点で、ツマミ捻ってても光は終わるんですねー。ツマミを off位置に戻し、鎮火後に少し時間を置いて点け直す。でも、その時には焚き火が燃えてるって寸法。


 この洋灯のお蔭で火種は不要。但し、俺は魔石なかったら宝の持ち腐れ。

 今回は周囲に草が多すぎる。火災が怖いから焚き火はしない。お湯があると違うから、したいけどさ。


 移した火を小さな専用の深皿に入れた練り香に近づける。


 獣や魔獣除けの香だけど、蚊取り線香を連想するよ。うっすらとした煙がくゆって、虫除けにもなってる便利道具。一つの練り香で半日強持つから、夜間はこれで安心。これは結界の外に置きます。結界の中で燻らせても意味ないよ。少し離れた所に置いて ok。

 

 火の点いた小枝を石と石の間に挟んで置く。 少し、そこで灯ってて。



 昼間、露店で買った飯。携帯食よか、こっちが良いです!

 今晩の夕食は、葉っぱに包まれて蒸されたご飯ものです。腹に溜まるのは飯ものだと思います! あと、惣菜。炒め物を二種類に、ゆで卵。明日の朝飯分もある。


 マイ箸は迷った末に、お願いも止めといた。代わりにマイスプーンとフォーク買った。あ、カップの類いもね。持ってないと不便なんだ。割り箸なんかついてないよ。

 少しずつ、少しずつ荷物が増えていく。俺のモンが増えるのは嬉しいけど。



 はい。洋灯、再稼動。小枝の火は根性が足りずに風で消えた。頑張れよぉ〜。



 夕食、美味いです。腹も減ってるからね〜。あー、うま。

 食べて水筒から水を飲む。内蓋取って確認したら、さすがにもう満杯じゃなかった。半分以下かな? ん〜、シューレの街で終わりだろうな。

 

 そして、久々に、ひっさびさに! おねえさんから頂戴したおやつです!


 ガブッ。  

 ムッシャ、ムッシャ、ムッシャ、ムッシャ…



 あああああ! 噛み締める味は質が違います!! 

 ええ、一口サイズの丸玉羊羹っちゅーか、餡子の塊ってぇか!

 オブラートっぽいのに包まれてて表面少し乾燥してるから、彼岸に供える菓子ってーか。でも中は、しっとり。この上品な甘みが、めっちゃ美味いです!! 夏場の水羊羹もいいですねぇ!


 「中をしっとりさせ続けるのに、試行錯誤を繰り返したのよ」


 おねえさんは、お菓子作りが上手です!


 悪いですが、こればっかりは他の人に差し上げようと思いません! ダチにはやります。土産の一つに。貰って来た菓子は、日持ちする非常用タイプです。高カロリー摂取です!




 腹が満たされる、幸せだ。

 食った後は香の煙を眺めて、ぼーっとしてた。


 けど、明日もあるからな。後片付けして、トイレして〜。寝る準備も ok です。



 では、メインイベント。 結界構築。



 魔石で描いた円陣を軽くなぞる。筋を明確にするだけだから、軽くなぞるだけ。でも最初と最後は、きっちりと。埋め直し場所は要注意。一周したら、その魔石で結界石の表面を擦った。


 石同士の摩擦による接触から、おそらく魔力が出たんでしょう。微かに陽炎みたいなのが立ったよーな、違うよーな。


 結界石に淡い黄色が、じんわりと灯る。


 灯った光が強まって一定の光度を保ったら、そっからスタート!


 魔石でなぞった溝を導火線の様にシャッ!と走る。

 走った光が一周して結界石に戻ったら、パチンッと結界石から光が弾ける。弾ければ結界石から光が渦を巻いて地面を埋め尽くしていく。

 光が地面を円形に区切ったら、今度は下から上へと立ち上り、空中で一つに集結! 集結時には光がぶつかって、上からキラキラッと光が降った。


 その光の輪の中に立つ、俺。


 あっという間に光は消えるが、結界石には淡い光が灯ったまま。



 光の円陣完成! 結界構築成功!!



 いや〜、やっ〜ぱりいいね、いいね! こういうの気分が上がるネ! 何度見ても飽きないよ!!  魔石ないとダメな所が痛いけど。


 ヨハンさんが構築した時、ほんっと興奮した。興奮し過ぎて呆れられた…  そっと触れたら、壁って言うより薄い空気圧? 適切な言葉が出てこないが、そんな感じがしたよ。


 解除する時は、また魔石で擦り合わせて off にする。魔力でリモートコントロールできるって便利だよねぇ… いいなぁ。俺もしたかったなー。



 現在、お一人様ですので作成した結界には、やたらめったら触れません。


 一口水飲んで、水筒を頭元に置く。俺の唯一の武器、調理用の小さなナイフを迷いに迷った末に水筒脇に置いた。

 毛布様で蓑虫になって横になる。手元の洋灯は消す。

 灯りが無いのは不安だが、灯りであるからこそ目印。一人だから対処も決まってる。なら、危険度は半々。それを補う為の香に結界を頼みに無灯にします。


 「はい、おやすみです」


 見上げる夜空の星の瞬きが、俺の一人結界構築作成の祝福に思える。星空見ながらの屋外就寝は乙ですネ。


 だが、耽る間もなく意識は落ちた。











 深夜に音がした。草や地面を濡らす湿った音に這いずる音が。


 ……ズルズル。ビチャッ。



 ゆっくり静かに這って。近づいた。

 


 香に気づいてか? その歩みが止まった。


 次の瞬間! 


 それはヌメってテカる痕跡を曳きながら恐ろしい速度で香を辿り! 移動し! 補足した目標に向かって速度を殺さず力強く跳ね飛んだ!! 

 

 飛んだ勢いで激突した。

 跳ねた軟体生物スライムが狂い無く、体温を感知して呼吸を認識し、顔面着陸を強行した瞬間に結界は作動した。



 非常に盛り上がらない話だが、その一連の出来事は無音で行われた。


 バシィッ!ともベシィッ!とも音はしなかった。衝撃音は一切なかった。



 スリープモードに入っていた結界は即座に稼動した。無音で立ち上る。そこには摩擦音すら発生しない。そして、空気同然だがへきとして存在する。

 唐突ともいえる光り輝く壁に軟体生物は、ね飛ばされる事も無く粘質を武器に、べ〜〜っちょりと張り付いた。そして軟体生物が張り付いている以外の場所の光度は落ちた。


 故に暗闇の中、張り付いた軟体生物スライムの側面だけが空中で見事に光り輝いている。



 軟体生物から粘液が垂れ流され、見えない壁を伝ってねっとりと下へ落ちていく。そこに異臭はなかったが、同種にはわかるものらしい。

 スススススッと仲間が連れ立ってやってきた。


 総当たりで結界に取り付き、粘液を撒き散らす。今度のそれは微かに異臭がした。粘液は陣の溝に溜まり、でろでろと流れ滑り、最後結界石に到達する。


 淡い黄色の光を放つ結界石は、その力で長時間頑張って対抗していたが、拮抗していた力は次第次第に弱まり光の明滅を繰り返し。 


 ぱったり力尽きた。

 


 しぶとく空中に張り付いていた物体が落下する。



 バッ!!


 邪魔な壁がなくなった事実に喜び勇んで跳ね飛んだ。


 軟体生物スライムが暗闇の中で華麗に宙を舞う。


 狙った場所は先ほどと同じ顔面への強襲だ。横向きで深い眠りに入っている梓に起きる気配はない。魔力の放出にも感知できない以上、気づく術もなかった。




 


 しかし、軟体生物の嬉々たる舞いに水筒は黙っていなかった。


 ドバッ!と力が溢れ出た。

 

 溢れた力は速やかに履行した。

 力は媒介を必要とする。水筒なので水である。

 内包する水を微量に使用して、水を分解し気体へと変化させ、空気中の酸素と再び結合。水素を発生増幅させて薄くも確実な透明なる水膜ウォーターシールドを形成して守りを整える。これが第一段階であり、常ならばこれで総てに方がつく。


 だが、それではもう遅い。なので、第二段階の指令が下る。


 『守りは終わった、攻撃に移行せよ』



 透明なる水膜ウォーターシールドではなく、透明なる水球ウォーターボールが作られ、不審物体とそれらが垂れ流した付属体を標的と定めて成敗。


 これまた、無音で生み出された水球が標的に突撃する。

 水球と軟体生物がそのまま激突するかと思いきや、水球の一部が口の様にパカッと割れ、華麗に宙を舞う軟体生物を空中でバクッと捕捉。


 閉じ込める(ごち)


 水球の中で藻掻く事態に泡が立つが、空気の泡は直ぐに縁に寄り、水球から滲む様に押し出される。呼吸困難か、暴れる軟体生物が発した粘液が水球内を汚す。


 その粘液で内包する水に変化が起きた。


 水球が溶け落ちるかと思えば、その様な事はない。逆に吐き出された粘液により、更なる高みの高濃度溶解物質に変態した水が水球内に満ち満ちた。

 

 その上で水球が速やかに収縮する。



 キュキュキュキュキュッ シュルルルルル〜〜〜ン。



 水球は自転した。その場で急速回転しつつ収縮した。

 水球の大きさが半分程度に達した時には、球体内に生物の影は存在しなかった。粘液により汚れ、変態した水は奇妙なまでに澄んだ透明度を誇っている。


 今はただ、軟体生物スライムと付属体を始末した無数の水球が、ふーよふよと空中に浮かんでいた。



 その水球の半分ほどが列を成して、ふよんふよんとリズミカルに飛んでいく。

 梓の描いた円陣より二メートル程、遠い地点に円を組む。

 まず、梓の頭に位置する場所を始まりに右回りで水球が地に落下。落ちた水球は地に触れると音も無く形を崩し、内包する水が地面に沁み込んでいく。



 ギュルルッ


 水の気配が立ち上り、右回転で力が流れた。


 次に残る半数の水球が梓の足元を基にする。先に落ちた水球より更に八十センチ程の距離を広げて宙で停止、その後、左回りで落下する。


 落下する位置は先に落ちた水球と水球の間。二重円にして決して間に隙間を作らない円組みである。



 ジャアアッ


 再び立ち上る水の気配。今度は左回転の力が滑る。 

 


 水であるので、大気に拡散。水であるので、大地に浸透。

 真球結界の作成が可能である。


 

 仮に第一の陣を抜けたとしても、第二陣が目前である。勢いがあれば、止まり切れずに衝突するだろう。そして、水の修復は早い。

 作動した二つの円の狭間に立つ事があれば、回転速度が異なる上に逆回転からなる圧力に挟まれ、吹き上がる力から逃れられずに確実に生命の強制終了を迎える事になる。



 二重円陣から力が撒かれた。

 峻烈な水の気配が辺りを打ち払い、新たな水の結界が築かれた。




 普通なら此処まで水の気配が強まれば、冷気を感じて目も覚める。男が贈った毛布は、そんな冷たさをシカトさせた。健やかな安眠は守られた。


 辿り着くことを願う女の思い入れも、なかなかに強かった。子供の努力も無駄にはしない。考慮された母性は、やはり母性であり優しさの発露と言えるのだろう。


 水の媒介を選ぶ所が、正しく且つ凶悪ではある。

 あるが、女の母性は重くない。広く深い母なる大海原に似ているだけだ。怖い程度に似ているだけだ。




 女が為した事は設定である。その事実に於いて使用されるのは、この世界に存在する水。水が設定に呼応して変異した。

 それは、この世界に於いて術を行使する者達や魔具となんら変わる事は無い。規模と強さが少々跳ね飛んでいたとしても。

 

 水は世界に還った。


 軟体生物スライムは水に依り息絶え、存在を抹殺された。水も変態したが、その中に確かに居たのだ。真実、消去されてはいない。なりを変えて還った。この世界が奪われた物は無い。


 何よりも使われた水は羊もどき達が、「飲みたくても飲めない水」と称する非常に大層な水なのである。

 




 世は全て事も無し。

 











 「ふぁああああ… 」


 大欠伸をしながら起きた。

 今日一日の始まりですが、うう… 体がバキバキします。野宿はこれだから…


 まだ明け方でした。白々としてます。


 「あれ?」


 西の空に消えかかっていく白い円があった。


 「 …月 ? 」


 初めて見た。

 もしや月は無いのかと思っていたけど、緯度か経度か周回速度かタイミングか。合ってなかっただけなんだ。なーんだぁ〜。


 違うものでも同じ様に月がある。単なる一つの現象に、なんか嬉しくなった。


 太陽が顔を出し切る迄の少しの間、白く霞んで見えなくなる月を感慨深く見送った。



 うん、朝から良い感じです。



 「………… え? 」



 気分良く、結界石を確認したら。

 たら、たら、たらぁ!! 灯ってるはずの黄色い光が点いてなかった!!



 「えええ!? ま、じ!?  な、んでーー!?  死 んでる?  死んでる?   結界石さん、死んでるぅぅぅぅうううう!?」


 

 地面に飛びついた! 

 土下座の勢いで顔を石に近づけて、まじまじと見たが完全に灯っていなかった… 空気圧もなかった… 練り香も終わってるっぽい。


 周囲を確認したが、何も無い。

 石を手に確認すれば、小さな亀裂が走ってた。登り始めた太陽に透かしてみたけど、何にもありません。

 


 これは… どうやら普通に力尽きられたんですな。ご予定より早い臨終ですが… うむ、ご苦労でありました。


 俺は重々しく結界石に頷き、へへ〜っと太陽に向かって両手で持って、終わっちゃた結界石を掲げてみた。こうなると、もう無理って聞いてるから大地に埋める。ありがとうな。




 え〜、することができましたが〜 それをちょっと置いといて〜。




 ラジオはありませんが。

 では、始めましょう。ラジオ体操第一、よ〜い。


 ええ、朝の体操やってる会社は、やってるって言ってました〜。

 血行促進しま〜す。


 異世界来て、朝から何しとんじゃ〜って言われてもな。体操だよ、体操。捻挫なんかしたくねぇっての。どんなスポーツでも、プロ選手は普通に準備運動するもんだろ?



 いっちに、いっちに。

 はい、脇を伸ばして〜 筋、伸ばす〜。 ウエスト捻って〜 腹を引き締める〜。


 えー、稼動してない〜 無駄肉さんは〜 ございませんか〜?  腹の脇肉さんは〜 どうですか〜?  贅肉さんは〜 要らんのですよぉぉ〜〜〜。


 最後は締めの深呼吸〜。



 「は〜… 」



 はい、水飲んで〜 朝飯です。


 歯磨きする。

 うがいして、ハンカチに水を垂らして顔を拭く。


 この水筒のお蔭で水にも困ってない。助かってる。ほんと、ありがとう。

 首から下げた飾り石がキラッと光った。これのお蔭でこの程度の疲れだとしたら、無かったら恐ろしい。


 三人の人達を思い出して、顔が笑った。




 それから結界石さんの墓を造成しました。


 その後、魔石を太陽に透かしてみた。


 ん〜、なんつーかな〜。

 魔石も普通の石とは当然違ってるんだけど、あの色石みたく透き通らないんだよなぁ… やっぱ、あそこの石だから特別なんだろうか? それともあそこだったから、透き通って見えたんだろうか?


 水筒を振れば、水が チャッポンッ… と笑ったのを聞いた。





 行きますか。


 荷物背負って坂道を登ります。


 登りつつ地面とにらめっこしてれば、昨日の事を思い出します。



 それにしても、ハージェスト… どんな奴なんだろ?

 あの背中しか見えなかった金髪さん、ハージェストなんだろか? もしそうだったら、俺、持ってる? 連絡もしてないのに向こうから来てくれたんなら、俺ってば、持ってるんだろ〜か〜! すっごく有り得なさそ〜な話だが、そーならいいのになぁ〜。


 知らない内に、すれ違ってた。本人達は気付かなかった。

 でも周りは見てた。なーんてパターンもあったな。漫画の展開でも、なんで気が付かないんだ、あいつらぁ!な、話を笑って読んでたけど。自分でそれやるのは、いーや〜。



 『居て頑張った。努力した。でも、相手にされなかった』 のなら、ともかく。相手に全く気付かれずに終了したってのは嫌だね、俺。


 あっはっは。

 んなの、笑うしかないもんな〜。


 そんなに、その相手が良いのかなぁ…? 単なる意地になったら、意味なさげな気もすっけどな?




 本日の空模様は薄曇り。暑くはならないでしょう。でも、帽子は被る。


 今日中にシューレの街に着けるかなぁ? いや、着けないと結界石ないからな〜。襲われた話は聞かないって言うけど、なんかねー。無理なら民宿ありますようにっと。


 

















 誰にも知られぬ内に、軟体生物スライムの大繁殖は未然に防がれたのであった。

 仮に大繁殖を遂げた場合は討伐隊も出てくるが、死傷者が出ないとは限らない。家畜等にも被害が及ぶかもしれない。


 


 知らない内に。

 知らない内に、事態は推移していくものなのだ。




 少しの油断が死を招く。異世界、あんまり優しくない。




 

水筒様の正式な説明書きはさておき、今回書いてて毛布様は「魔法の毛布ー!」と喜んだ時に出しておけば良かったかと… 思ったりした。



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