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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
40/240

40 羊もどきは知っている

はい、その2、あーちゃん参ります〜。 myルールが、どっか飛んで一万字超えた。

  

  

   

 山道を降りて、山道を歩き、山道に疲れた頃に日が暮れた。


 …………………非常に悲しいことに夜になった。

 山の中に街灯があるはずもなく、人の気配も何もなく、樹々と時折ひゅるり〜と流れる風。寂しい。気温が下がって、もっと寒い。


 異世界で初めて迎える夜は野宿で残念感満載。

 でも食料と水、毛布あるからまだ平気。何にもなかったら泣くわ。ほんと貰えて良かった。



 道から外れないように注意しながら、寝れそうな場所を探す。少し拓けた感じの場所を発見。そこに生えている草を踏んづけて、もっと場所を広げる。


 寝場所を確保できた時には真っ暗でしたよ。

 …さっさと見切りをつけて早く寝場所を探せば良かった。暗くなり出してから焦って探しても、すぐに見つかるわけねーってのに。あ〜、周囲の木から虫が落ちてきませんように。

 


 見上げた夜空には主役が交代していた。月明かりはなかったが、新月闇じゃない。

 梢の間からも、はっきりとその存在を告げる想像以上の煌めく星の光に、すっげぇぇ〜っと見惚れた。昼間思った通りの輝く満天の星空。

 星明かりだけでもこんなに見えて綺麗なんだと、なんかこう、なんて言ったらいいのか、すごく感動した。 『感動』 なんて言葉にしたら、なんか陳腐だけど。

 

 空に瞬く星の光が、溢れんばかりに降り注ぐ光が心に押し迫って怖いくらい。



 「ぐるるるるっ」


 腹の催促により観賞終了。ご飯、飯、食い物、栄養補給が優先〜っと。



 残念な事にサバイバルキットは貰えなかったので、火をつける手段が無い。武器になるものも持っていない。

 何故なら、「放火や殺傷に繋がる所持品を正面玄関から持ち込ませたくない」と言われたからだ。持って行くのは、どれだけ似た物であっても他所の品。その世界で作られたものではない。違う。留意すべき点だって。

 だから、そういった物が欲しいなら、その世界で賄えだ。



 火を焚くのは有効だが、目印と同時に標的になるんじゃないのか? ここ違う世界だろ? 火を恐れない獣がいたらどうする? 


 なーんてテキトーな慰め思考を引っ張り出して、おねえさんお手製のサンドイッチを食う。


 んま。

 齧りついた一口目で俺の口内に広がる旨味を、よ〜く味わう。よ〜く噛む。

 なんの具材か知らないが俺の舌が、「めっちゃうまっ。これ、高級食材じゃね? ね? 違う?」と語っている。


 美味な食事に感謝しつつ、聞いてきた注意事項を思い出すんだが、あの口ぶりからは山を降りるのに時間がかかるような話じゃなかった。

 降りる所は安全保障がされた場所だから、その周辺も危険度は低いようになってるって言われた。それなら、サバイバルキットなくても大丈夫と判断したんだ。


 降りるに連れて、草茫茫になっていったが一本道を迷うはずもない。

 そうなると俺の降りる速度が問題か、おねえさん達の移動手段が違い過ぎるんじゃないのか? いや、一本道でも途中完全に怪しくなって… 道だと断言できそうもない道を歩いてましたが… まさか今現在、普通に… 迷ってんじゃ…?


 冷や汗たらりもんの恐ろしい思考に到達して、残りの食料を計算して泣く泣く全部食べるのを止めた。

 大丈夫だと思うが真実遭難してたら恐ろしい。余裕を持たせる為に舌と腹の苦情は受け付けない。水筒から水を飲めば、この水も美味〜い。大事に飲みます。腹の中でサンドイッチが水分と一緒にもっと膨れることを祈って寝る。


 荷物を頭元に、水筒も一緒に置く。少しでも風除けになってくれ。薄手の毛布を巻き付けて蓑虫になる。春先や冬の凍える寒さでないことが大助かりだ。

 …もう少し。もうすこーっし大きければ足元までカバーできんのに〜っと思ったが、横になったら疲れてたのか色々考えるより先に寝てた。


 寝る前に思った事は、 『早くハージェストに会いたい。会ったら布団で寝れる』 だった。



 



 眠りについた後、静かに静かに変化が起きた。


 薄手の毛布の形状が、ぼすっと大きく変化して、その身を包み直す。毛足も体温に合わせ本来の密度に戻って体温の最良保持を計る。 …男の愛情に、そつなどない。



 次に薄く水筒が光を発した。

 水筒の表面に幾何学模様が浮かび上がる。その光は数秒の視認後に掻き消え、代わりに空気中の水の濃度が増す。しめやかに力の維持が行われるが、大した時を経ずして、それも空気に混ざって消えてしまった。


 

 以降は静かに夜が更けて特に何も起こらなかったが、大事な大事な子供には愛情が注がれていた。

 尚言えば、女の現状では何もできない。加護に類する物を与えたくとも不可能である。その分が梓に回ったとも託されたともいえる。




 


 朝、ぬっくぬくで目が覚めたら薄手の毛布(子供用)が、厚手の毛布(大人用)へと進化してた。驚愕の新事実。


 …なにこれ。 な・に・こ・れ・す・ご・い!! 

 俗に言う、まほーの毛布ですかっ? 俺、めっちゃいいもの貰ってた!? 



 ぎゅっと抱き締めた毛布に、うっとりする。その手触りに、あの白と銀の毛皮を思い出した。それから、毛布についた草を取り除いて汚れを落とす。大事にせねば。


 しかし、持ち運びには… いや、リュックには入るだろうけど… 


 「子供用に戻らないかな?」


 願ってみましたら、薄手の子供用になった。



 すげぇ!! 持ち運び便利なコンパクト仕様に大変身!って、すげー!! やっぱ、おにいさん、すごすぎる!!




 「ありがとう〜〜、おにいさーん!!」



 朝から気分が上がります!


 朝飯食って、おねえさんにも感謝して。胸元から首飾りがちらりと覗けば、やっぱりおじいさんにも感謝して。空に向かって姉に一言「おはよう」と挨拶してから、さぁ出立。



 歩いて、歩いて、山下り。昼飯食〜って、山下りっと。


 足、痛ぇ。つか、足パンパンで、きっつー。

 立ち止まること数回、揉み解す事も数回。足裏もきつい。血豆とか作りたくねぇ… でも、できそうだ。


 貰った靴はショートブーツ。薄くもないが厚底でもない。

 履き心地は悪くないがスニーカーとは違う。街歩きや平坦な道なら問題なくとも、登山に向いた靴じゃないと思う。 …まぁね、この山降りたら登山予定ないけどね。多分、以降は登山しなくていいと思うが登山靴貰えば良かっただろうか? あと、軍手貰えば良かった! あー、俺の頭も回らないなぁ…


 もっとクッション材がほしい。ハンカチを包帯代わりに足に巻く。急いだ所で足を潰して歩けなくなるのは、ごめんだ。慣らす感じで、ゆっくり行くかと考え直す。食料は… きっと保つだろう。


 二日目も野宿。明日には麓に辿り着きたい… 一抹の不安が怖い。




 なんとか三日目の午後に、祝! 人を発見!  女の子!


 違った。女の人!


 その隣には男も居た。 一瞬、期待もした。しかしなんだ。考えてみれば普通に可愛ければ、普通に地元の野郎が近寄るよな。 ほっとくわけないよな? 男なら。 なんかの話みたく上手くいかないね。


 そんなことを考えながら、近づいて二人に声をかけた。


 「あの、」


 怖い顔で見られた。


 え? なんか、まずかった? もしかして、いいとこ邪魔した? お邪魔虫した!?



 早口で怒鳴られた。


 怒鳴られてびびった! しかも言ってることが、わかんねー!! あまりの怒鳴り声に、びびって腰が引けた。びびって黙ってたら、もっと怒鳴られた。


 「おまえ、xxxxxxxだ! xxxまxxxxxxxxか!!」



 声が低い上に早口すぎて言ってることが不明です!



 「わからな! ごめ! ゆっくりぃ!」


 必死で両手を振って叫んだら態度が軟化した。

 片言というか幼児語が功を奏したっぽい… 武器を持ってなかったのも良かったらしい。


 というか、「持ってないのか! 護身をなんだと思ってる!」みたいな感じで逆に怒鳴られた… よく無事で居たみたいな話もされた。


 俺より年上な二人に、めっさいろいろ言われて一緒に山を降りて麓の村に辿り着いた。辿り着いたら、もう夕方遅く。途中、二人の歩く早さについていけなくて焦り続けた… 足、痛い。



 ハズレ。

 家は五軒で、まだ山腹ちょいでした。麓じゃないわ。まだまだ降りるってさ。そんなに標高あったんだ? わからなかったけど… やっぱり迷ってた?


 そこで、あったかい白湯を頂いた。うん、白湯ね。白湯。飲んで一息ついた。あったかいのって大事だね。



 それからソコの皆様方に吊るし上げに近い様な質問責めにあった。

 どこからやって来たのかに始まって、どうやって過ごせていたのか。他に仲間は居ないのか等々。ちょっと怖かったです。



 え〜、ここで異世界とか言ったら、どうなるでしょうか? 普通に助けられるでしょうか? 俺は、ここの服装で来てますがね。 …馬鹿で終了か?

 頼る相手はいるんだから、その事を伝えて現在迷子状態で押してみた。



 それでも、俺は不審者扱いだった… 悲しい。

 しかも、俺は魔力が使えなかった。いや、俺も魔力が満ちる世界だって聞いてたからウキウキだったけど、俺が使えるかどうかは別だった。みたいな。

 だって、ほら、あそこでアレになってたから、絶対なんかできるもんだとばっかり…


 魔力で着火する洋灯ランプがあって、俺は着火できなかった。教えて頂いた通りに何度も試したが、できなかった。で、俺は魔力使えないレッテルが貼られた。


 そんで次に武器もなけりゃ魔力もない、そんな奴が一人で山にいて何事もなく過ごせた。地元の人間でもない。山奥になれば魔獣が時折現れる、そして魔獣じゃない普通の獣もいる。その中で一人無傷で居られた。すんごく幸運とも言えるが異常とも言える。


 本当に一人か? 仲間がいないのか?  すっごく聞かれた。



 最終判断は微・不審者。

 放り出さないが家に入れるのはダメ。ご飯も分けて貰えるが家には上げない。つまり、納屋泊まり。



 まともな大人会話ができなかった俺は口を挟めず、聞き取り切れず、質問以外の返事は求められずに試合終了。異世界生活、三日目にして現地の方との触れ合いは嬉しくも厳しいものだった… 


 でも、俺この世界で生きるって決めたし。

 ってか、自分じゃ、もうどうにもできないよ。けど、友達いるから大丈夫! …きっと。うん。怖いことは考えない。今考えても、しょーがないことは考えない!



 ほんっと〜に外れにある納屋に案内されて行く時、人の声が小さく風に乗って切れ切れに聞こえた。その単語が、なんとな〜く盗賊とか山賊とかそんな風に理解できた。

 …俺は人畜無害を装った斥候とか思われてますでしょうか? ご飯貰えるだけ、まだいい? 


 悲しくも、この世界の現実をみた気がした。本当にリアルだと思い直した。

 そして、女の人も俺よりがっちりした体格でした。性別は間違いなく女の人ですが、力強さは俺よりありそうな気がした… ははは。




 納屋には先客がいた。いや、住民?


 どっから、どーみても羊にみえた。

 いや、正確に言えば俺の知ってる羊とは色合い違うし、微妙になんか違う。巻き角とかもないけど偶蹄類か不明なほどに爪先までもっこもこ。

 し・か・も、なんか汚れてませんか? もっこもこでも抱きつきは微妙に嫌。


 そいつら見てたら、てきぱきと納屋の説明くれた。すぐ終わった。納屋だから。

 

 「気を悪くしないでね、また明日ね」



 ギィィ   バタン。


   …ガチッ。



 あったかい夕食が乗ったお盆と毛布渡してくれて、そう言ってあっさり納屋を出て鍵をかけた。

 外から鍵をかけた。やけに音が大きく響いた気がした。

 

 …大丈夫。あっちの角でトイレしていいって言ってたし。納屋に来る前、出すもん出したし。悲しくない、悲しくない。広いし、へーき。隙間風は当然みたいにあるけど、それでかあんまり臭い籠もってないし。へーき。うん。



 住居地の一番端にある納屋の中は広かった。

 なーんか用途が不明な納屋です。家畜小屋にしては、物置の棚が多くて仮眠できる場所がある。でも、窓ないから暗い。用途メインが家畜じゃない気がするけど、家畜がいんだよね。土間だから問題ない? 藁積みっぽいのや薪の束もあるしさぁ。


 納屋の奥には唯一の机(物が置かれている台)と椅子(踏み台な気もする)があって、仮眠場所がある。とにかく机で、ご飯を食べようと決めた。

 奥に行くのに、大人しいって言ってた羊もどき達の前を通るから、そいつらに「一晩よろしくな」って声をかけようとしたんだ。

 そしたらモーゼの十戒とかなんとかでいう海が割れるじゃないが、羊もどき達が、ざああっと左右に割れた。


 「え?」


 散った片っぽの集団に目をやったら、またそこで左右に割れて小規模再現した。


 俺みて逃げた? え? なんで?



 …理由なく家畜と思われる動物に避けられる、俺。

 さっきの左右に割れたのすごかったけど、なんか、すげーってより、なんか、なんか、   さびし…



 止めを刺すように机は綺麗じゃなかった。 うん、納屋だしね。

 くれたご飯はシチューっぽく。具はそんなに多くなくて、芋とか人参みたいな根菜系。あったかくて美味しい。たぶん。俺が食えるもんで良かったけど、良かったんだけど。


 なんかこう… こう、人がいるのに、やっと人に会えたのに俺一人。 ふぅう〜〜、 …イタいです。


 食い終わって、仮眠できる端っこの板の間に行けば、そこも埃まみれ。横に茣蓙ござっぽいのあったから、それを板の間に広げたら、また埃が舞う… もうやだー。


 「ぶっ! げほっげほ。 換気してぇ!」


 その上に横になったが、なんか湿気ってるような黴臭い気がする。非常にする。俺の毛布を出そうかとも思ったけど、確実に汚れる。ものすごく嫌だ。


 あ〜、なんだかなー。 はぁぁ。


 ため息をついて、貸してくれた薄いまだ黴臭くない毛布に包まって横になる。


 良い環境じゃないけど机の斜め上、天井から伸びる吊り下げ棒に引っ掛けた洋灯ランプの光と、人工物である壁の遮蔽は嬉しかった。羊もどきっぽいのの臭いもやっ〜ぱ、ちょーっと、するんだけどねー。



 あの人達は俺の身なりを見て特に反応しなかった。

 洗濯の余裕はなかったし、どうせ汚れるんならと三日間ずっと着た切り雀だ。俺自身もへろってる。

 不自由なしゃべりに微妙な顔をされたが、金については聞かれなかった。お金代わりの貴金属… 言ったら待遇改善されるだろうか? 言った所でって気もする。物が無いなら、金出しても無理だろうしなぁ。明日、言おうか? 逆に足元見られるだろうか… いやいや、タダでご飯食わせて頂いて。うーん…


 なんとなく、とろーっと寝たくなる。

 することないし。明日も歩くから体力いる、もう寝よう…








 しかし、納屋にいた先住民の間では、梓が入って来た時から恐ろしいほどの論争が巻き起こっていた。




 『ぬ、薄いが… これは、この香りは…  おお、なんという馥郁ふくいくなる香気にして、好機か!』

 『長老! どうした!? しっかりしろ』

 『おいおい、どーしたよ。じーさん、逝くのかぁ?』

 『あー、でもなんか甘い匂いする〜?』

 『ほんと、なんかいいにおーい』

 『長老! これは、もしや!?』

 『まさか、この者が!?』


 この会話が順番ではなく、一斉に交わされていた。

 ふらりとした一頭に声をかける者から気にしない者まで自分の言いたい事をしゃべる、しゃべる。相手はどうでも、しゃべり続ける。


 成立しない会話が一時中断したのは、梓が振り向いたことによる移動時(飛び散り)のみである。そして、彼らの会話が一致をみたのは、梓が食事中に水筒から水を飲んだ時であった。


 声を揃えて、水筒を凝視して、 『み・ず』 と全員が呟いた。



 『みず… だ』

 『お水だ』

 『甘い匂いのお水』

 『美味しそう』

 『飲みたい』

 『あれは飲めない水では…』

 『おそらく』

 『飲む事のできない、飲みたい水』


 彼らは視線を交わす。目は口ほどに物を言う。『あの水、飲みてぇ!』と。



 血気盛んな若者が言う。


 『脅し取っちまえばいいんだ!』


 すかさず、蹴られる。


 『このあほう! 頭を使わんかい!』

 『力ずくでやるな。ぼけぇ!』

 『これだから単純な頭は困る』

 『長老。ここはやはり』

 『うむ、哀れを装ってでも頂戴するのだ!  我らには無理でも! 持っておるんなら、そっから頂くのは有りじゃぁぁぁ!!』

 


 たかろうとしていた。



 

 フンッ…  フン、フン。


 寝入りっ端に何かの気配を感じた。

 気配に目を開ければ、羊もどきのドアップがあった。鼻息だった。


 「いっ!?」


 ……今日一番びびったぁぁぁ!! 心臓がバクつきますよ!?


 その後、俺に向かってなんかメェェって感じで言ってんだけど、わっかんね。しかも後ろ整列してんの。なんなんだよ、これ? 

 冷や汗出そう。しかし真剣っぽいので、真剣っぽく聞いてみる。


 しかし、わからん。イミフ。




 『………で、ありますからして是非とも我らに、そのお水をお恵みして頂きたく』

 

 反応無し。


 『いえ、全員とは言いません。この中に居ります、若いのだけでも良いのです。是非!』


 反応無し。


 『せめて、せめてこの三名の内の一人でも良いのです。お願い申し上げまするぅぅ〜〜〜』


 膝を折り曲げ、座り込む。人に直すなら、へへ〜っと土下座をしてみせる一頭の羊もどき。それを見た周囲の羊もどきが上げる、わざとらしい声。


 『長老! そんなにも皆のことを!』

 『この長老を持って、我らはなんという幸せなのだ!』


 言葉を盛大に取り交わしながらも、ちらりちらりと盗み見をして相手の出方を伺う。


 無反応。



 『……だぁぁ!! お前、反応しろよ! なんとか言えよぉ!』

 『あっ! この馬鹿!』

 『台無しにする気か!?』



 

 その内、一頭が俺に近寄り顔を頻りに振るって水筒を見た。 


 「お前、鼻水飛ばすなよ?」


 水筒を気にするから水が飲みたいのかと首を捻るが、こいつら水筒に水が入ってるって理解ついてんだろか? いや、さっき俺が飲んだの見てた?


 水筒を取り上げれば喜ぶ感じで正解かと思う。

 そういや、こいつらの水飲み場ってドコなんだろ? まさか、放置!? …別にリードついてるわけじゃないから違うか、きっと外だな。こいつら放牧?



 『うそー! あれでくれるの!?』

 『え? 本気ですか?』

 『なんということじゃぁ…… 』

 『いかん! 気が変わられない内に早う、並べ。お前達』


 三頭が俺の前に出て横並びになるのを、どういう統率してんだろうと思ってみてた。シチューが入ってた皿に水を少し注いで置いたが動かない。



 「え? もしかして、俺が飲む奴選ぶの?」 

 

 どうもそれっぽい? もしかして、新しいリーダー選ぶとか? まーさかね〜。


 でも、なんとなく面白くなった。顔が笑う。

 三頭中、一頭は体格が小さすぎる気がして止めた。ほんとにリーダー選びなら子供選んだらアウトだ。

 残る二頭は… まっすぐ俺見て 『ちょーだい』 って言ってる感じのと、俺と視線を合わさずいるが気にしてる風で目が合うと、さっと外す奴。 …恥ずかしがり?


 まっすぐの奴に皿を出してやったら、すっげ喜んだ。外した奴は、ガン!って感じになった。


 あげた奴が水を飲んでいる間に二頭が悄々(しおしお)と下がってった。

 なんとなく、 『あ』 と思った…



 ここにいる羊もどきは二十頭近く。けど、全員に水をやるのは心許こころもとない。水筒に水は十分あるはずだけどイケるだろうか? でも、さっきの奴の感じとか…


 ちょっと迷ったが飲み終わった皿に、今度は縁まで目一杯水を入れて〜 これで最後。

 

 え?って感じの羊もどきを手招き。たかたか集まるね、君ら。

 皿に手を入れて水を少し掬って一頭ずつ飲ませ、濡れた手で顔を撫でて、わしゃわしゃしてやった。


 必殺、聖別ごっこ。


 ものっそ喜んでる感じがした。驚いた後に、わーいって感じ。

 あの、ガン!ってショック受けてた奴にもしっかり飲ませて両手で、わしゃわしゃばっ〜ちり。



 …ああ、なんか、なんかすっきり〜。

 気持ちが落ち着いた感じがする。アニマルセラピーって、ほんとだー。でも、手ぇ汚れたー。

 あー、はいはい。気持ちはわかるが、そこまでしっかり俺の手、舐めなくて良いから〜。君らの舌って肉厚だね〜。


 「おしまい。じゃ、おやすみ〜」


 最後に皿の上で水筒から水垂らして片手ずつ軽く洗う。

 手を振って、堅い板の間の寝床に戻って振り向いたら、皿に群がってた。やはり、そうなるか…


 横になったら寝れた。寝れるもんだね。いや、疲れてんのかな?






 『おお、おお、なんとお優しい方か!』

 『あまー!』

 『おいしーい!』

 『なんという甘露!!』

 『すげぇ… なんつー美味い水だ!』

 『みなに下さるとは…!』


 

 片手で掬う一杯分の水だが、全員に行き渡る幸運に歓喜が湧き上がり弾け飛ぶが、おやすみの声に足踏みしたいのを必死で堪える。


 『装ってもと我らはおこなっておったに… 』


 歓喜の中に、しんみりとした空気が漂う。


 一頭が静かに梓の左に陣取れば、今度は一頭が右にと進む。それからは、ずらずらと全員で取り囲んで、板の間に眠る梓を中心とした歪な円陣を敷いた。








 

 ガ、チ… ン


 ギ・ギィ………  ギィィ…


 小さなかする音を起て、納屋の入り口がゆっくりと注意を払われながら人の手で開けられた。人、一人分の隙間を縫って音を立てずに忍び入る。


 「……!?」


 一斉に振り向いた羊もどきに、中に侵入した人間は思わず硬直した。


 「なんだ、これは…」

 「こいつら、こんな性質してたか?」

 「知らねーよ」

 「おい、どこだ? まさか、あの奥か?」


 囁く吐息で会話する男達の手には、抜き身のナイフがあった。納屋の中、吊られている洋灯ランプの弱い光に刀身が鋼の色で答えている。


 その男達に小さな尻尾をピコピコ揺らして静かに一頭の羊もどきが近づく。 

 男の足元に着くと同時に態度が豹変し、体当たりを仕掛けて手に持つナイフを弾き飛ばす!

 

 『がっ!』


 体勢を崩し口中にて叫びかけた男に追い打ちをかけ、黙って蹴り上げる羊もどき。続いて二頭、三頭と打ち揃って更に沈黙のままに追撃した。

 円陣を崩さずに立ち続ける羊もどき達は無音で威嚇する。威嚇に上唇が剥き出されて歯の先端が覗く。見えた羊もどきの歯は鋭く尖っていたが、男達は足元に気を取られて見そびれた。


 どす・どか・どんっという最低限の音量と共に男達は納屋から放逐された。その際、大きく開かれた納屋の扉は、何故か音を起てなかった。




 「な、んだ。 あれは」


 納屋から飛び出た男達は体勢を変え、納屋の入り口に向き直る。その内の一人が、呆然と呟いた小さな声は夜風に攫われた。




 どちらに取っても、それで事が収まるはずがない。

 三分の二程の羊もどきが音も立てずに納屋から次々に躍り出て、壁を成して立ち並ぶ。そこから羊もどき達と男達の暗闘(フルボッコ)が展開された。

 


 三人の男達を半円状に取り囲み、道を塞ぐ。

 そこから、体当たり。体当たり。体当たり。蹴り飛ばし。突き倒し。体当たり。男達が素早く躱せば、数で波状攻撃を仕掛けて一時足りとも休ませない。手近な木に飛び上がれば、地面を蹴り、幹を蹴り上げ追いかけ勢いに乗って木の枝を物ともせずに体当たり。木の枝は大きくしなり、幹は蹴り付けられたが為に堅い樹皮が裂けて白い内皮が顔を出す。

 人間と違い体躯と体重で勝る当たりは強い。もっこもこの厚い毛が短い刃など通さない。突き刺しであれば今少し違うかもしれないが、突き刺す前に別方向からの当たりがやって来る。前肢での突き倒しに、その体躯を生かした重量を乗せた踏み落としは地面を抉る。総重量が軽く見積もっても、百キロを超える大人の羊もどきの一蹴りを腹に食らおうものなら、内蔵破裂で死に至れる。


 一人その輪を飛び退り、逃れて術を行使しようとした男は行使に意識を向けた数秒足らずで、がっぷりとふくらはぎを噛まれた。



 「がぁぁ! このくそったれが!」


 最早、声を隠さず音を気にせず、荒げた声に誹りを乗せて、力を放つ!

 突き出した手のひらから行使された力の塊が、空気を巻き込んで一気に押し寄せる! だが、そこに羊もどきはいなかった。



 行使された力が大地を 『ドカッ!』 と穿ち、ぽっかりと穴を開ける。舞い上がる土煙は暗い夜の事、大した遮りにもならないが目に飛び込めば鬱陶しい。


 足を噛まれた男は後退を余儀なくされて、残る二人に合図を送り、その場を遁走する。走り続ける三人の男は、気持ち息を切らして怒鳴りあった。


 「痛ぇ! あの種に牙があったか!」

 「あるわけねーだろ!」

 「野生ならあるってか!? みたことねーよ! まさか別種かよ、あれはぁ!?」


 「どうして確認しない!」 

 「確認する必要が無いほどに、ありゃあ、家畜だったぞ! 大体、ちっとの居場所じゃねぇか!」

 「麓の奴らの飼いの迷いがここで増えたんだろうって、あいつが言っただろ! 痕跡が残っちえば、後々面倒いから手はつけねぇって事に決めたろぅ!?」


 「けどよ、魔獣の気配はなかったぜ?」

 「…ちくしょう。わけがわからねぇ!」

 「それよか、早くどっか落ち着いてお前の傷を治さねぇと」


 言葉を交わしながら走るが、どうしても怪我をした一人が遅れてしまう。見捨てることなく腕を掴んで引っ張り、走る所に追撃がきた。




 ザッザッザッザッザッザッ  ザカザカ ザザッ  ザッザッザ…

      ザザッザッザ  ザザザザ ザッザッザ  ザッザッザッザッザッザ…



 羊もどきは夜目が効く、足取りも確かに群れ成して追って来る。枯れ葉や草を踏み締める足音が、はっきりと行進曲マーチを刻んで夜道に響く。



 「げ! なんで追ってきやがんだよ! こいつらぁ!!」


 そう叫んでも、追う足取りが止むはずもない。



 「待て! 道が違う!」


 気付いた時には、もう遅い。

 羊もどき達による誘導された囲い込み猟により崖に出た。




 「獣風情がなぁ! 人間様を舐めるんじゃねーよ!!」


 崖を背にした所で、怪我をした仲間の腕を掴んでいた男が二人を庇う形で最前列に立ち、怒気を滲ませ怒りの声と共に力を網目状に広げて解き放つ!



 ゴスッ!

 

 捕獲に行使された術が力に素早く輝いて、投網の如く宙を広がり包み込む。その隙間をすり抜け、お返しだと繰り出した羊もどきの蹴りが容赦なく相手を見舞った。


 直後に下がる。羊もどきのヒット-アンド-アウェーである。



 「げぼぉ!」


 この男に失敗を憂慮する気持ちは無い。この術で搦め捕れなかった魔獣はいない。

 だが、横からの強烈な一撃に男の体はくの字に曲がり、口から血が混じった吐瀉物が溢れ、衝撃に体が浮き上がって地面を滑って倒れ込む。



 星明かりだけが光源の夜。

 大地に伏臥する男の姿に、少し離れた樹々の傘が生み出す黒い闇。星明かりの届かぬ闇に立つ黒い影、影、影。


 闇の内から、影が伸びて生まれて動き出す。




 「おい、しっかりしろ!」

 「こいつら…  次が来るぞ! 構えろ!!  うあっ… 」



 狼狽える隙を逃さず攻め入る羊もどき達に押されて、倒れた仲間を引き上げるが逃げ場を失った結果。

 三人の男と数頭の羊もどきは勢いのままに夜の崖から落ちていった。



   

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