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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
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04 三人の遊び

 

 空には太陽が暖かげな光を放ち、大地には草木が生い茂っている。その間を風がするりと駆け抜けていく。どこかで小さく鳥のさえずる声も聞こえる。

 実に穏やかな風景である。




 「うふふ、今日もとても良い日和。朝も機嫌良く起きられましたし。そろそろだと思っていましたら、今日なんですもの。うふふ、実に楽しみでしてよ。今まで通りなら時間はまだあるのでしょうけれど、早く行くに越した事はありませんものね」



 うきうきと楽しそうな女はどこかに出かけるらしく、女の手に持つのに丁度良さげな品の良い蓋付きの編み籠を取り出して台に置く。

 そして、籠の中に酒や果汁の入った瓶、腹持ちの良い食べ物から軽く摘める物、甘い菓子、果物など様々なものを詰め込んでいく。

 これでもか、といわんばかりに詰めていく。

 見た目通りならとっくに籠には収まり切らない量である。しかも、入れる際にこれはこっち、この分はそっちにと籠の内部で仕切りをいくつか設けているようだ。最後に手巾や取り分け皿等一式と、屋外用と書かれて区別された絨毯を敷布にくるんで籠に収め切って蓋をした。


 その後、女は小部屋に入った。

 部屋の箪笥から何かを取り出し、小机に並べて幾つかを選び出すと小袋に仕舞って手に持ち、残りは元の箪笥に戻した。

 自室で髪を整え、衣装を整え、身支度を済ませて鏡の前で確認する。何度か見直し鏡の前でゆっくり一度まわってみる。満足そうに頷いてから籠を持って庭に出た。

 


 小さな白い柵で囲われている庭は思いのほか広かった。咲き誇る花々が彩る花壇と小さな菜園の緑に二本の対為す樹で作り上げられた庭である。

 白い柵の外は緑の風景がどこまでも広がり、所々で樹々が林となって壁を成しているが周囲には他に何も見えない。

 ぽつんと女の家だけがあるようだ。


 女は周囲を見渡し詠うように何事かを呟けば、緑の絨毯と見紛うような草木の風景の中、突如として面前にありもしなかった道がひらけた。

 開けたその道に続く先は薄靄に包まれ見えないでいるが、女は迷うことなくその道に足を踏み入れる。そして、その道を歩めば後ろに続く道は消え最後に道ごと消えていった。




 女は歩く。

 道なき道を。常の道とは思えぬその道を。

 心底楽しそうに歩いて行く。もう、鼻歌でも歌いだしそうだ。

 



 唐突に抜けるように出た場所は泉のほとり。

 泉はなみなみと水を蓄え、清涼たる気配を醸し出している。泉の周りや近辺には、そこかしこに白い花弁を咲かせつけた樹々がどっしりと植わっいて、とても良い雰囲気で居心地が良さそうに見えた。

 しかし、その泉に跳ねる魚影は見えず白い花に止まる虫はなく、樹々の合間に囀り歌う鳥はいない。命の気配が見当たらず、風景の美しさと相まって奇妙な違和感も感じられる場所である。


 そして、そこには年を経た男がひとり座っていた。


 その年を経た男に、女は手を振りながら嬉しそうに話しかけた。



 「御機嫌よう。おじいさま。今日は楽しみですわ」

 「おお、来たか。うむ、全くじゃ」

 「あら、あの方はまだ来ておられませんのね」

 「なぁに、じきに来るじゃろ」

 「そうですわね。では、先に用意をしますわ」



 女は編み籠から敷布に包まれた絨毯を取り出し、泉から少し離れたその場に広げた。

 そして、籠に詰めていた食べ物や飲み物を次々と取り出して並べ始める。年を経た男が、どこから出したのか飾り紐のついた座り心地の良さそうなクッションをいくつか絨毯の上に置いていく。

 ちなみに年を経た男は一歩もその場を動いてはいない。指先をちょい、と動かしただけだ。女の方も食べ物は大事に手で持ち置いているが、絨毯は端をもてば勝手に広がっていった。



 「悪い、遅くなったか?」


 遅れて男がやって来た。


 「丁度良いところに来たのぅ」

 「用意が整ったところですわ」


 年を経た男と女が男を見て、笑いかけながら返事をする。


 「出掛けに、ちっとあってな。間に合って何よりだ。おお、相変わらず豪勢で美味そうだな。俺やじーさんが用意するのとはやっぱり種類が違うな」

 「うむ、儂らが構えると、どうにも酒が多くなるしの」

 「あら、お二方が構えてくださるものも大変美味しいですわよ。前回あなたがご用意されたあのあぶり肉なんて、ほんと旨いってお味でしたわ〜」


 笑って話しながら、男が絨毯の上に持ち寄った酒と肴を加える。年を経た男もこれまた酒と果実を出す。どうやら、食べ物等は持ち回りと決まっているようだが土産は別らしい。


 「お楽しみはもうちっと後になるようじゃ、いつも通りどうするかは食いながら決めんか?」

 「それがいいな」

 「ええ、そうしましょう」



 白い花のもとにて三人による宴会が始まった。



 まずは、一献と持参した酒を相手に飲ます。そして、己は相手の持参した酒を飲む。

 やはり目先の違う酒は面白い。その酒を口に含みながら食べる肴を脳裏で吟味しつつ、面前の料理の数々を品定めする。そこから選んで食った物が描いた思考と嗜好にあえば最高だ。

 そんな食し方をしながら互いの近状を語り、食べ進め、お楽しみの本題へと話が移っていく。


 「じーさん、あっちはそろそろ頃合いか?」

 「頃合いじゃな。ところでの、どうも此の度で終わりのようじゃぞ」

 「えっ? 終わりなんですの?」

 「なんだ。最後か? それじゃ、しっかりみるとするか」


 男が泉に向かって指を弾く。

 泉の水が玉になって一滴も零れることなく浮かび上がる。水の玉は大きく、一定の厚さでもって引き延ばされ波打つこともなく平らかに成り、内側から変様していく。

 玉が形成されたことにより水が無くなりぽっかりと穴ができた泉には、再び渾々と清水が湧き上がり一定の水量を保って最初のあるべき姿に戻っている。


 そうして変様した水は、水鏡として一面に白墨で陣を描く人の姿を映しだした。



 「……ああ、確かにこれで終わりするようですわねぇ。この子も大きくなりましたものね。こうやって見ていますと一番最初を思い出しますわ」

 「あの時も三人で飲んでたしな」

 「うむ、あれを見たときには、儂、目ぇかっぴらいて見入ったわ」

 「ほんと驚いたよな。あん時は」


 今まで見てきたあれやこれやを楽しそうに話し合う。合間合間に酒を飲み、食べ物を取る手は止まらない。



 「それにしても、こいつ。これだけの極上を持ってるが量はちっとだしなぁ。現状難しいわな」

 

 半分に切り分け具材とソースをかけて焼き上げたパンを口にする男がしみじみと言えば、年を経た男がカリッと焼き上げられてタレが照りを添える肉を手に持って首肯する。


 「確かにの。この肉に例えると実に香ばしい良い匂いがする。するが、匂いの元の肉がどこにあるかわからんというやつじゃからな」


 魚介類をすり潰して練り合わせ、その中に豆を入れてカラリと揚げた団子を取ろうとしている女も同意した。


 「もし、お肉を見つけることが出来たとしても小さな切れっ端でがっかりでしょうね。お肉はとても美味しそうですが自力で見つけ出すことが出来る者にしてみれば、満足には遠い量でしょう。ですが、今までのところ確実に見ているのはわたくし達だけのようですし」

 「その場を彷徨うろいて一応探していた奴もいたけどな。なんせ終わった後だったからなぁ…」

 

 指についたソースを舐めとって男は、実に残念という顔で首を振る。



 「さて、本題だな。これが最後になるなら内容はどうする?」

 「やはり、これはもう単純に成功するか、否か、ではありません?」

 「いや、それでは詰まらなさすぎるじゃろ? それになんか付け加えんとのぅ」


 暫し思案の時が流れ、女は杯の酒を飲み干し力強く言った。 

 酒を飲んだ女の頬は、うっすらと色づいているが酔いの気配はどこにもない。

 

 「決めましたわ。わたくしは成功するに足し合わせて、大見得を切って魔力を多く持つ相手が来るに致しますわ!」

 女は腰に左手を当て、右手の人差し指を立てて男達に向かって宣言する。



 「おお、そうきたか。ここ一番の気に入りだけあって大きくでたの」

 「ま〜、いろいろ願望も期待も入れてやってんだろ」

 「ふぅむ、では、儂は成功するで魔力は並にするかの」

 「おいおい、先に言われたか。 あー、じゃあ成功するに大穴魔力なしで」


 笑いあいながら、口々に取り決める。


 「あら、結局みんな『成功する』ですのね。うふふ」

 「いやもう、失敗するにしたら終了じゃねぇのか?」

 「なんせあれじゃからのぅ」


 当たり前すぎることをいうなよ、と言わんばかりの男達の言葉を聞いて女が「これだから、男というものは…」とか「だから、感情の細やかさが…」とか「最後ならもうちょっと言い方が…」と小声で不満をこぼしていく。

 横目でじっとりと男達を見つつ、小袋を取り出し中身をだした。



 「今回、わたくしが出す品はこれでしてよ」


 女の手のひらに輝きを放つ丸い物が数個ある。


 「いつもの通り幾つか持ってきましたから、最も近しい者がこの中から好きな物を選んで一つ取る。それで、よろしいですわよね?」

 「うむ、いつも通り取るのは一つじゃ」

 「近しければ、二つ取れて自分の物はださなくて良いってな」


 全員が納得して頷き合う。


 「しかし、今回は誰もださなくて済みそうじゃがのぅ」

 「おじいさま… まだ始まってもおりませんのよ。そのように決めつけてはお楽しみがなくなりますわ」

 「そうじゃったの、すまん、すまん」

 「ははは」


 先を読むような年を経た男の言を女が嗜め、皆が楽しげに笑いあう。


 女の前には輝くぎょくが、男の前には装身具として装飾された小振りな羽根飾りが、年を経た男の前には色硝子で作られた瀟洒しょうしゃな小瓶が幾つか並べて置いてある。



 水鏡に視線を転じれば、陣を前にして詠唱を始めようとする人の姿があった。



 赤い果実を手に取り皮ごと齧りつき、いい音をたてて咀嚼、嚥下しながら男が言う。

 「何度見てもいい色だしてんなぁ。こいつ」


 橙色の果実の砂糖漬けがのった焼き菓子を手に、年を経た男が答える。

 「まったくじゃの。ここまで質の良いものは近年こやつ以外では見てないの」


 瓶から杯に果汁を移しながら女も頷く。

 「永い年月を思えばまさしく刹那の輝きの如く、ですわね」



 食べる内容を軽いものに変えながら三人の口と手はゆっくりと、しかし確実に止まらない。



 「質は良けれどすぐ消える、ではの。 もうちっとのぅ」

 「しかし最初の頃よりか、いいぜ。まー、なんだ。あれだ。あれだから、俺たちも楽しませてもらっているわけだしな」

 「ほんとうに。 ええ、ほんとうに、そうですわ」



 水鏡に映る詠唱する人の姿を目を細めて見つめながら、杯を片手に女はとても優しげに、ゆっくりと彼方にいる相手に聞かせるように語り始める。



 「わたくし達はみているだけ。 真剣なその眼差しを。 力が足りぬと嘆く想いを。 何が駄目かと憂う目を。 どうして来ないと憤るその姿を。 模索しては静めようとする心の動きを。 諦めかけては諦めきれぬその願いを。 それらを見てもわたくし達は何もしない。 何一つとしてすることはない。 至るかもしれぬ絶望の淵がみえてもわたくし達はみているだけ。 ええ、何一つせずみていてあげましょう。 わたくし達がみていることに気づくことはないのでしょうけれど、 ただ、 みていてあげるわ。 藻掻きながらも前へと進もうとするその姿を。 ここに、確かにあったのだと。 みて、覚えていてあげる。 だから、 ね、 つとめなさいな」





 見つめるその眼差しは慈母の如く柔らかく、唇には笑みをき、果汁と氷で満ちる杯をその白き繊手にて捧げ持つ女。その姿は周囲に咲く白い花と泉の清涼さを供に、流麗として、清廉であり総じて慈愛すら感じさせた。



 水で出来た鏡を微笑んで見守る女に男は言った。




 「要約すると、賭けてっからりきいれろ。だろ」

 「きぃぃ! どうしてそういう身も蓋もない言い方をするんですの!? この男はぁ!!」


 杯を握り潰さんばかりに握りしめて女がいかる。その姿により先ほど醸し出された空気は正しく霧散した。そして、対する男と年を経た男はしれっとしている。


 「ここにおるの、儂らだけじゃぞ?」

 「なぁにいっても、あいつで賭けて遊んでるのは間違いないしな」

 「仮に、あやつが気づいたら憤怒ふんどものじゃろな」

 「俺らからしたらある意味噴飯(ふんぱん)ものの話なんだがよ。まぁ、哀れだよなー」

 

 男二人が首を振りつつ、へらっと笑いながら顔を見合わせ言い合う。その姿に女の瞳が閉じられ、握り固めた拳がわなわなと震える。


 「で・す・か・ら! 賭けなどと直裁なその物言いを! せっかく、せっかくわたくしが雰囲気をだしておりましたのに!! それを! それをまた…!」

 「いずれ、お前もこうなるって」

 「そうじゃの」



 笑い合う男二人はおこる女に、女の好む菓子を回して話しかけ水鏡に意識を誘導する。それで事は収束していく。

 宴会の模様はいつも通りでなんの問題もありはしない。



 そして、水鏡には新たな光景が映し出されていた。

 それは、いままでに決してなかった変化だ。



 「お、おお? まさかっ?」

 「なんと!」

 「最後の最後で引きそうですわ!!」



 場は俄然盛り上がった。

 緊張感も相俟って声もこの上ないほどに上擦り、その時を固唾を飲んで待つ。女の喉がごくりと鳴った。


 そして…



 「きゃ、 きゃあああ!!  引け、引けましてよぉぉっ!!  ……あ、ら?」

 「ついに、ついにやりおったかぁ!!  むう?」

 「おおおお!! やりやがったか! でかしたぁ!!  あ?  ああ? …もしかして、大穴俺の一人勝ちかぁ!?」


 その場で飛び跳ね、手を叩き、拳を振り上げ、大声ではしゃぎながら喝采を送っていた三人の目はもはや水鏡にはない。三人はどことも知れぬ虚空を見ている。



 「…確認も含めて、ちぃっとここに引っ張ってみるか」

 「いいですわね。それ」

 「途中なんじゃ、狭間に寄るくらい構わんじゃろ」



 興奮さめやらぬその顔で重々しく三人が是認する。

 皆の口角は持ち上がり目が煌めいている。



 輝ける野次馬根性が、確認という名目を掲げたことを満場一致で採択した瞬間だった。



お三方、ご案内〜。

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