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召喚  作者: 黒龍藤
第二章   選ぶ道
32/239

32 手の中の覚悟

  

 重い! 

 え? なんなの、この重さは!?



 弟の魂が入っている包みを胸に抱きかかえて走る。

 でも、重い。

 取ったと同時に飛ぼうと思っていたのに、重くて飛べない! 腕が抜けそう。


 中を確認したいけど、それよりも距離を取るべきだと走り続けた。

 それなのに思うように走れない。必死で足を動かして前に進もうとしているのに、泥濘に踏み入れたかのように動き難い。腕が抜けそうなのは重いから、でも、どうしてこんなに足が動かないの?


 ここで、こんな風になるなんて。 今まで一度もなかったのに!



 その間にも、どんどん力が抜け落ちていくのがわかる。


 幾らなんでも嘘でしょう!? 確かに力は落ちていたけど、こんな、こんな急激に… !




 息が上がる。

 口を開け、過呼吸と思える程に息を繰り返す。呼気を回そうにも、息が整わなくて落ち着けない。



 抱える包みが重い… 


 足がふらつく。



 笑い声が聞こえた。

 距離を取って離れた筈なのに、真後ろで聞こえたよう。


 後ろから吹き付けられる力が、私の恐怖を差し招く。


 後ろを振り向き、振り向き、それでも進んだ。

 まだ、姿も何も見えないけれど、ここで座っては追いつかれる。早く、早く逃げないと。捕まってしまう。逃げないと、足が震えて動けなくなりそう。 そうなったら。



 心が急いても、私の体は想いに反して動かなかった。

 考えていた程、距離を取れない内に私の走りは歩みに変わり、歩みは遅々として進まず… 岩肌に手をつき、自分をだまし騙し歩んでも、足が萎えたように動かない! 足に何かが絡み付いたように重くて言う事を聞かない…


 息が上がり切って、最後は歩めず疲れて座り込んだ。



 重たい。

 でも、膝の上抱きしめる包みから感じられる気配に、間違いなく弟だとわかる。



 これ以上動けないのなら、座り込んでいてもダメ。

 とりあえず、包みから梓を解放して出さないと。


 折り畳まれた布を開こうとしても、できなかった。

 どこにも結び目なんかない。単に包んでいるだけ。布地は掴める。それなのに、包みを開こうとすれば、接着でもしてるみたいに動かない。


 どうして! なんでなの!?


 私の力が急激に落ちたのは包みを取ってから。この包む布に細工がしてあるのかしら? それなら、どうほどけばいいの!? 無理やり解いて中の梓に何かあったら… いえ、私に解けるの?


 弟を見つけ出せた安堵に喜びが生じても、次の手をどう打てば良いのか答えが見出せない。

 この包みをどう開ければいいのか? 

 考えても答えが出ない。このまま何もせずに居るだけなら追いつかれてしまう。


 焦る。焦って迷いが生じる。迷っている内に、あの男がやって来そうで怖い!



 あの男は梓を連れて行こうとした。

 私の力はここまでだ。どうやっても連れて行かれてしまったなら、私にはもう届かない。

 だからといって、あの力に対抗する術はない。

 下手をしなくても私が消し飛ぶ。消し飛びたくなければ逃げるしかない。逃げるということは梓を置いて、一人で逃げなくてはならない。


 なんの為にここまで来たのか? なんの為に適わぬとわかっている相手に喧嘩を売ってまで、梓を取り戻したというの? 


 私は帰ることを前提に、此処へ探しに来たのよ?



 どうしたらいいのか。

 男がやって来ることへの恐怖に、置いて行けないと心が狼狽える。

 膝の上、抱きしめる包みが愛しくも、非道く重たかった。










 俺は笑う。

 笑う。笑う。笑う。

 ここまで笑うのは、本当に久方ぶりだと哄笑する。


 この場、この道、この流れ。

 余すところなく俺の哄笑が響き渡り、哄笑に乗って俺の力が薄まることなく拡散する。


 拡散し続ける己の力から簡単に姉の居場所を探り当てた。

 見つけた姿に再び笑う。


 やはり、へたり込んでいたな。

 始めっから遊びも遊び、本気で相手をするような無体なんざしやしねぇよ。そこまで非道に思われるのも心外だ。第一に、アレの姉であることも考慮した。それでも俺の手から取って行ったことに笑う。


 あー、腹いてぇ。

 


 だが、アレはもう、お前の手には負えんよ。




 ゆるりと、へたり込んでいる姉の元に向かう。


 その途中で萎れかけた葉を見つけた。この場所にはあるはずも無い、緑なす細長い葉。

 葉に根は無く途中から切り取られたもので、俺の手のひら程度の長さしかない短いものだった。その先端部が萎びて茶色に変色している。その茶色の部分が今もって、じわじわと無事な、まだ緑を残す部分を浸食していく。

 萎れゆく部分と息づいて残る部分との色の対比が、実にはっきりしていた。


 葉を手の中で玩び。


 これが、生と死の色の分かれ目というのだと、含み笑う。

 葉を手に、これで俺を斬ったかと笑う。

 どれでも対して変わらんが、それでもこの俺に、緑樹をもって向かうかと。


 やはり笑いが込み上げる。


 ああ、もう、笑いもツボに入ると洒落に成らん。

 あー、キツい。










 私は思う。

 あの男に連れられて行ったなら、梓はどうなってしまうのだろうかと。あの恐ろしい気配の主。


 連れて行かれてどうにかなってしまうのなら、いっそ私の手で。

 もう二度と戻れぬようなことになってしまうのなら、私の手で。


 無事でいられないのなら。帰ることが能わぬのなら。相手の意のままに、成す術無くいるしかないのなら。一矢とて報いることができないのなら…

 

 私は抱きしめる包みを、じっと見て強く目を瞑った。






 今歩むこの道は、少しばかりの起伏と岩肌に囲われた道。

 幾つかある岩影の一つに姉は背を預けるように座り込んでいた。少しの距離を置いて姉の前に立ち、投げ返してやる。


 「俺を斬ったのは、この葉か」


 投げる際に気持ち力を入れてやれば、萎びた先端は鮮やかな色彩を取り戻し、再び刃と成って地に突き立った。



 トッ!



 私の前に刃が投げられた。もう使い物にならないと思っていたものが。

 萎れて形を保てず、持っているのも危ういとして手放した葉が、刃と成って。


 今、何をしたの? どうして刃に戻れるの?


 元に戻る。

 

 その事実に理解が及べば恐怖でしかない。力の差に、差と呼び表すのもおかしい気がする。血の気が引くというのだわ…


 恐る恐る相手を伺い見れば、何をするでも無く、口元に笑みを浮かべて立っていた。

 意図の読めない笑みが怖い。本当にいや、怖い。


 

 見れば、私が斬りつけた左腕は未だに黒が滲んでいた。

 その部分を私に見せつけるように、わざわざ体の前に動かして晒した。その黒に光が混じって見えた。銀粉を散らしたいうのか、金粉を吹いたというべきか。輝いて、とても綺麗に見えた。


 その輝きにどこか見覚えがある… 


 こんな煌めきを私は一体どこで見たというの?


 煌めきから目を逸らせずに凝視して、ようやく思い至ったのが、私の刃だった。

 私が葉を刃と成し、それを振るう時にだけ、薄く発される光と同じではないか気がついた。最も、輝くその強さや質は比べようにもならないけれど。


 凝視し続ける中、その輝きは一定の光度を保ち、何時の間にか黒の滲みは消え去って、傷跡などどこにもない腕になっていた。


 目を見張り続けるだけの私に、男が話しかける声が耳に入る。



 「お前の刃は間違いなく俺を傷つけた。 だから、滲んだ。 だがなぁ、あの手の力だろうが、ナンだろうが。真実、俺に突き立つわけもなくてなぁ。

 お前のその刃は邪気払いとか破邪の刃とか謂われる類いのものだろう?

 別に望んでもいないし、欲しいと思った事もないあざなだけどよ。俺は遥か昔に 『破魔の王』 なーんて笑える貴号を人から捧げられたことがあるんだわ。俺には実に似合わん号だと思わんか? しっかし、 『破魔を司る御方よ』 とか、調子こいてぬかしやがるんだぜぇ? 笑うよなぁ」



 口の端を上げて、ニィと笑う男の言葉の意味が飲み込めなかった。


 破魔の王… ? 魔を破る? 

 嘘よ… だって、こんなに…  こんなに、真っ黒よ? 真っ黒なのよ!?


 でも、あの光は… 煌めきは…




 「さて、重かろう? こちらに渡すがいい。これ以上持っていれば重みにお前が潰れてしまうぞ? ん?」

 

 優しく聞こえもする声で、私に甘い造言を寄越して手を差し出してくる。

 間近に感じる力の差に目が眩み、その手に自ら梓を渡しそうになる。渡すべきだと思えてしまう。


 渡せば、私は力に搦め捕られたと。

 力に怯え助かる為に差し出して、自ら屈してしまうのだと。



 私は、私は、私は。    あ、ああ、あああああああ……

 



 私の前に投げられた薄い刃が目に止まる。  

 

 どちも己で選べぬのなら、自決しろということかしら… それとも、諸共に。 それとも… 抗ってみせろと? 最後の機会は与えると?



 光る刃に魅入って、ごくりを唾を飲み込んだ。













 「遅いのですわぁぁぁ〜!」


 わたくしは、大声で訴えてみました。

 ええ、もうそろそろ帰ってきても、良い頃合いじゃありませんこと〜? あの速達が届いてから、結構な時間が経っていると思いますのよ?


 「なんてことないじゃろ。坊の安全を第一にしとるか、気持ちでも落ち着かせとるんじゃろうよ」

 

 しれっと言うおじいさまにカチンときてしまいますわね。


 「大体ですわ。何故、わたくしが叶えに行っては、いけないのです? わたくしだって、あの子を大事に連れて参りますわよ」

 「まぁ、確かに大事に連れて来るとは思うがのぅ」

 「それに、あの子だって女のわたくしが行った方が、きっと喜ぶことでしょうに」


 膨れて文句をいう女の言に儂は苦笑するしかない。


 大事に連れて来ようとするのは間違いないが、その後がな。

 妙に浮かれて女の都合の良い事だけを坊に吹き込んで、訳が分からず悩むか戸惑う所に話を畳み掛け、 『いってらっしゃーい』 と、その場で強制的にあやつの方に放り込みそうでなぁ… 


 男が怒るじゃろうから、せんとは思うがの? しかし、否定しきれん所が絶妙でなぁ…

 なんせ期限内ぎりぎりに願いが来たと、わかった時の映像に写し出されたあの顔と来たら。儂らに向かって放った第一声が「これで、あの子の願いも叶うのですね!」じゃったからの。

 いやはや、あやつは愛されとるわ。



 まぁ、その後の切羽詰まった状況からすれば、女や儂が行くより、男が行くのが一番適任じゃったと儂は思うんじゃがな〜。


 儂も女も互いに物品交換なんぞして、ある程度の力の指針や強さは把握しとる。儂の頭の中では、その傾向と対策も織り込み済みじゃ。

 しかし、本当に女が持つ力を把握しとるかと言えば、それは違う。儂はこの女の事を詳しく知らん。どこの女かも知らん。じゃが、そんなこと本人が言わぬ限り聞く気もない。儂も言っとらんしなぁ。

 それに隠し玉は平常時には見せんのが当たり前じゃ。全力で遊びや酒盛りをしても、それは意味がすこ〜し違うしの〜。


 儂が把握しとる女の力で、あの時の坊の状態を戻せるとは思えん。

 どれだけ口で 『できる』 と言っても、いざ実行してみれば不発な事がある。そうなれば事後処理が糞面倒くさい事になる。そうなれば、女の場合は自分で自分の首を絞める事になるんじゃがな。

 どんな手を使おうとしたか考えるのも楽しいが、今回に限っては、女が失敗しても男がおる。おるから、どーにでもなるじゃろうがなぁ。…その後うるそうなったら、ほ・ん・に・嫌じゃのう。





 「まだかしらぁ」


 そわそわと浮かれる女に、もうちっと落ち着けと言おうとした所で、女がパン!と両手を叩いて言った。


 「今頃でしたら、あの子は、あの状況を脱しているはずですわよね?」

 「まぁの、あの男がおるんじゃから。まず無事じゃろ?」

 「では、普通にお迎えに行ってはいけない、ということはありませんわよね?」


 キラキラとした眼差しで言う女を止める言葉を儂は持たんかった。

 せめて一緒に行くべきか。まぁ、滅多に無い事なれば、迎えに行くのもいいもんじゃろ。





 久々に違う道を歩む。

 うむ、見晴らしが違うとまた気分も違うてくるの。入れ違いにならんといいんじゃが、入れ違ったらそれまでじゃな。


 女の話す楽し気な口調につられて儂も楽しくなるわい。確かに儂も、もう一度、坊に会えりゃ良いがと思っとったし。




 向かっておれば、突如として力が吹き荒れたわ!

 この空間に音を伴ったかと思い違える程に、道に力が満ち溢れて儂らの間を、ザアアァァッと流れていきおった。



 「…まぁ、あの方の力ですわね。これは余波だけのようですが」

 「これは、なんぞあったか? 怒っとるようでは… ないようじゃな?」


 女が空に手をかざしみるに、儂は目を閉じて三方に気配の手を伸ばす。二人揃って一方を見遣り、黙って頷き合い、道を急ぐことにした。



 急がねばならん!

 面白いものがあれば、見そびれてしまうではないか!



 この道は基本安定しておるが、だからと言って完全に固まっておるわけでもない。だーからこんな所は狭間じゃし。

 まして、今は男の力が勢いよく流れていった後じゃからな。その上に儂ら二人の違う力が加われば、ちっと厄介なことになるかもしれん。こういう時は狭間の道は不便じゃの。


 最低限の力で滑るように道を歩めば、なんぞ抱きしめたような格好で座る影と男が見えた。



 「あら、あそこに居られるのは、どなたでしょうか?」


 滑る歩みを止め、静かに二人に近づく。

 男の気配が強いから音を立てん限り気付かれんな。



 近づき見れば、女じゃった。その座る女の有り様に、ようあんなんで保っとると感心する。どの程度アレでおるんじゃろうな?



 男が手を差し出せば、その身が僅かに震えて目がさ迷う。

 俯き再び上げた眼差しは、女の感情を映すように鋭く行動は素早かった。前にある刃を右手で即座に引き抜き、左手で包みをより抱きしめて振りかざす。



 「それでも、私は守りたいのよ!」


 怒声と涙声が入り混じる一声と共に、男に刃を振り下ろす女の手は至極あっさりと男に止められた。







 わたくしは、その女性の声を聞き、言葉の意味に到り、表情を見て、凍りついたのですわ。



    ソレデモ、 ワタシハ、     マモリ タイ… ?




 わたくしの頭の中は真っ白になり、時が止まったかのように思えました。


 そして記憶が逆流し、一気にあの時が今の時に折り重なって私の目に映る様が被り続け、埋もれて眠った筈のモノが目を覚まし、此処に在ると声を上げる。



 わたくしは。 わたくしは。 わたくしは。    ああ、ああ、あああああああ。   かつて、あの時、わたくしは。





 あの方の手が刃を止めて取り上げる。

 今は今。過去ではない。場所が違う。人が違う。総てに置いて違いすぎる。まして、あそこに立つのは、あの方だ。


 それでも、わたくしの中のモノが何が違う!と絶叫する。


 あの方だとわかっても、わたくしの中で何かが勝手に掏り替る。進んだ時は全く進んでいなかったのでは?と、片隅で冷静に考えた意識が目の前の事態に塗り潰される。



 刃を取り上げ、見下ろす当然のその姿を見た瞬間、わたくしの頭の中が沸騰する。

 わたくしは、まとわりつくころもの裾をからげるように持ち上げて走り出した。




 「やめて下さいまし!」



 大声で叫んで後方から駆け寄り、あの方に向かって思いっきり回し蹴りを放ちました。

 放ったことで衣の裾が全開に近くても、そんなことは問題ではありません。














 わたくしは。

 わたくしの、望みは。


 夢に願って夢と還った、わたくしの愛しいあの夢は。


 


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