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召喚  作者: 黒龍藤
第二章   選ぶ道
31/239

31 用いて踏破する

 

 法要が営まれて、葬儀が終わる。

 出棺する。共に葬儀場を後にする。見送りを受け、人の波が引いて行く。



 火葬場に到着すれば、これが最後と告げられる。


 「どうぞ、最後のお別れをして下さい」


 そうして、祈りに瞑目する内に、断りの声により、静かに棺が動かされ扉は音を立てて閉まった。


 閉まった扉を見て、見て、見て。    

 私は親戚の皆と一緒に控え室へと下がって行った。



 火葬を…  

 弟の体が焼き上がる、その間を…   



 待つのだ。




 親戚の皆に慰められる。

 座るという何でも無い行為が、疲れていたのだと知らせてくれる。一息つけば、周囲の声が自分を取り巻き、此処に居るのだ実感する。


 人がしているのを見れば、自分も思い出す。その行為を暫く眺めて自分もと機械的にバッグから取り出せば、マナーモードにしていた携帯電話の留守録に連絡とメールが入っていた。その内容を耳で聞き、目で字を追えば、私の気持ちが、意識が、別を向いて少し和らいでいく。

 こんな時にだって、もう手放せない必需品。






 骨を拾う。


 風により冷まされても、どこかに熱を孕むこの空間。


 「どうぞ、おこつを拾ってあげて下さい」


 言われた言葉に、その姿に、終わったのだと。

 これが、確かに終焉なのだと。


 促されるまま行い集め、後はお務め下さる方が骨壷に綺麗に収めて下された。

 


 …収まってしまう。 

 とても、小さく収まってしまった。


 小さくなった梓を連れて帰るのね。帰りましょうね。



 身内にて精進落としを。



 私の気持ちが晴れないのに、反比例するかのように冴え渡る青空が目に突き刺さる。その青空に向かって鮮やかに咲く黄色い花が、やけにくっきりと映えていた。



     …そうね。暗い気持ちより、重い泣きそうな雲より、明るい晴れた空の方がきっといいわね。



 梓を抱きしめ直しながら、青い空を見上げた。


 名前を呼ばれて振り返り、皆の方へと歩いて行く。青さに黒の対比が、はっきりしすぎて変に心に焼き付く。

晴れ渡る青空の元で見る喪服の黒い集団。


 天空から眺めたら、どんな風に映るのかしら。 

  


     …蟻だわね。



 感傷からかなんなのか、本当に埒外もないことを考えた。

 












 薄暗い、この場(ゾーン)を抜ける。

 抜け切れば、そこはもう何もかもが違う。分かり切っていても空間は実に面白い。曖昧な境のように見えて、その実、恐ろしいほど明確に区切られている。

 正しい道順、正しい時間、そんな決まった手順を踏まねばならぬ蜘蛛が巣を張ったような場所もないこたないが、ま〜、どのみち俺には関係ないな。そんなもん遊びにもならん。


 ここから、女とじーさんが待っている場所まで行くのは簡単だ。

 

 女は首を長くして、今か今かと待っていることだろう。

 なんだかんだ言いつつ、ず〜〜〜〜〜〜っと、自分のお気に入りを見ていたようだったからな。本当に見る以外はしてないが、知れば嫌な事実だな。知る術がないから良いようなもんだがなぁ。



 「何故、あの子は願わないのです… せめて生きていると知れば、あの子の罪悪感とて薄れるでしょうに… 」


 期限が近づくにつれ、恨めしそうにも、泣きそうにも聞こえる口調であの女は愚痴り続けていた。



 「あいつ、なんか仕出かさんよなぁ?」


 あの声を聞いた時は、俺とじーさんが、そう目を合わせた位の声だった。

 しかし、そんなことをすれば最終自分がどうなるか、分かっている以上するわけないか。取り決めは取り決めだしよ〜。約を破っても問題ないものと、そうでないものの違いは自分で区別がつかんとなぁ。ガキじゃあるめぇし。


 その間もぼちぼち集まって酒盛りをし、笑えるもんを見つけて眺め気晴らしをして楽しんでいたんだが。女は、その間もきっちり忘れずにいたな。

 俺なんか、すこーんと頭から抜け落ちていた時は間違いなくあったんだがなぁ。いや、なんだ。完全に忘れ切ったことは… さすがに…   ああ、なかったぞ?



 あれは先日の酒盛りの最中だった。


 「三年近く経てば、あいつも落ち着いただろ。お前が言う程、気に病んでねぇと思うがなぁ?」

 「気に病む、病まないという話ではありませんわ! あの子は絶対に忘れてなどいませんわ! 忘れるなんて事は絶対にありえませんわぁぁ! ですから、願って欲しいのです!」


 この一点張りだったからなぁ… 自分のことでもないのに、よくそこまで言い切れるもんだとじーさんと話したことだった。

 そりゃあよ? 忘れ難い事ではあるな。

 俺とじーさんの間では、良い思い出にもなっとらん事を、何時何時迄も引き摺れるかと話してだな。


 忘れているか・いないかと。

 別口に賭けをするかと話し合っているんだが、女に言ったら… どうなることやら。



 うじうじ引っ張るより犬を得ただけ有り難いことだと、スッパリ切り分けて前を向いて歩く方が男らしくて健全だろうがよ。違うかぁ?


 女があんまり言うもんで見る気も起こらんなっとったが、先日久しぶりにちょろっと見れば普通に生活していたけどな。


 三年前と違うとすれば、身長も伸びて図体もでかくなったところか? 

 成長期だからな。伸びん方が不思議だが、ガキの成長は早いもんだ。あの頃は同じ獲物でも三手合いは必要だったのが、一手で掻っ捌いてたからなぁ。ああ、あいつも成長しとるわ。






 場を抜けた少し先の場所で狭間に飛ぶ前に、眠っている様子を確認する。

  

 手頃な高さの岩の上に置き、布地をそっと広げれば健やかに眠っていた。何をしていたのか布地の一部が少し毛羽だっている。

 しかも、その部分に小さな爪が一本引っかかっていた。引っかかったまま「うにうに」言って体を丸め直そうとするもんだから、手だけが変な方向に向かっとる。


 「こんな体勢で、よくここまで眠れるもんだな」


 苦笑しつつ、爪を外してやろうと手を伸ばしたその時、糸が 『びぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ』 と俺の目の前で伸びた。


 

 爪に糸を引っかけたまま上手にゴロンと反転して、比較的平らな岩の上に乗せていた小さな体は一連の流れで布地を滑り、ぴょっと岩の上から下へと落ちていった。


 「うおっ!」


 咄嗟に足を出して、足と岩の間に挟み込んで落ちるのを阻止しようとした。

 が、やったら潰れて死ぬわ。


 マズいと手を出し直し、力を使って空中で停止させた。



 ははははは、多少の傾斜で気持ち良く滑り落ちるかよ。あまりの事に俺が疲れるわ。



 空中で留め置いた体に糸が繋がっていた。見事に糸は切れずに伸びるだけ伸びていた。

 体を布地の上に戻し、爪から糸を外してやる。


 置いてやれば、体を丸め直して、何をぐずっとるのか何度も体を動かす。


 「 くしゅ〜っ 」


 落ち着いた後、どこか満足気な鼻息が聞こえた。


 



 …ああ、実に幸せそうな寝顔だ。 

 悩みもなーんにもない、ほんとう〜〜〜に良い寝顔だ。…これが太平というのだな。



 寝顔を見つつ、有り様を確かめる。

 場を抜け出たことで完全に安定に向かい始めた。これなら、もう少し休ませれば大丈夫だろう。

 

 俺を楽しませてくれるこいつに目を細めて笑う。


 笑いながら機嫌良く思う、加護をやろうかと。

 コレの有り方を変える気はない。断じてない。だが、先ほどのこと思いも寄らず怯えさせてしまった。

 あれは確かに俺のしくじり。自業自得とするには力の差がよくない。どう考えても、あれは俺の方が考慮してやらねばならんだろう。


 ガキだから気付きもせんだろうと、高を括っていたのがマズかった。ガキだから気にせんと、興味のままにガン見しやがった。はっはっは。やるよなぁ。




 …ならば、怯える子供に怯えぬように。



 現世利益に至らぬ加護を。

     


 











 時間は止まらない。

 私の気持ちを寛恕することなく、どんどん進んで行く。やがて、変わらぬ日常と呼べるものが来るのだろうか…


 「精進落としも良いもんができて良かったよ。近頃は忙しいなって大変。所によっては火入れとる内に落とす所もあるようやしね。時間に追われるわねぇ… 前からは考えられんわぁ。

 でも遠くやと大変やもんねぇ… 納骨やけど、これから山の墓地にまで行くのは、ちっと遠いから事だね。それに、日暮れ迎えてから行って納めるもんやない。でも、長うに長うに手元に置いといたらいかんから、納めるのは明日しようね。 な。」


 明日と思えば早いと思う。初七日まででも、と思ってしまう。

 でも、そうなれば、ずるずるずるずる引き摺りそうな自分がいる。生活に押されて引っ張るだけ引っ張りそうな気もして、最後見ない振りもしてしまいそう。…本当にそうする気なんか、ないけど。


 心配して、そうと言ってくれる親戚に感謝する。気遣われていることが身に沁みる。それぞれの都合をやりくりして助けてくれることが有り難い。本当に。


 そして、私も今宵確認したい。

 季節としては微妙。あったとして貰いに行くにも時間がかかる。だから、今年一部取り残していたもので代用する。



 食欲がなくてもお腹は鳴る。

 ええ、鳴る。私、生きているんだもの。


 食事を取り、風呂に入れば、本当に体から力が抜けて弛緩する。温かいお湯が嬉しい。



 「今から休みます。明日は早めに起きて準備しますから」

 「絶対疲れてるんだから、ゆっくりにしておきなさい。後は私達だけなんだから、気兼ねしなくて良いのよ。それに隈ができかけてるわ」


 そう心配される事実に感謝する。


 『隈』と聞いて、いけないと意識を自覚出来るだけ、私、大丈夫だわ。



 携帯から電話を掛け話をして、必要なメールを送り、アラームをセットし電源を落とす。用心に目覚まし時計もセットする。

 部屋の中、花瓶に活けられている枝を目で確認する。

 幾つかの品を服に忍ばせ心を落ち着かせて横になった。


 一度切り。その一度切りを自分の為でも、これから産むかもしれない我が子の為でもなく弟に使う。どうかとも思うが、おかしくないと思いもする。だって、梓の面倒を見て来たのは私よ。


 力はまだ維持できているはず。多分いける。


 なら、今使わずにいつ使う? 後悔はしたくない。後で使わなければ良かったとも思いたくない。こんなことで出し惜しみしてどうするのよ、私。使うほどのことでなければいい、とも思うけど、それっくらいなら使い切る方がスッキリするわ。


 横になった布団の中で息を整える。整え整え細く長く吐き出し、呼気を回し、かつての感覚を思い出す。イトを思い描いて静かに眠りに滑り込んだ。







 薄暗い、涼やかな中、私は目を開く。


 若木が織りなす花の円、その中心に私は立ち降りた。

 若木に声を掛けて一礼し、周囲に咲く小さな袋花が幾つも連なる光花の茎に触れ一輪頂く。本当は若木の一枝が良いのだけれど、若木には良くないでしょうから葉を一枚だけ押し頂いて懐に。


 両手は空けておきたい、光花は持ちたい。けれど、懐の若葉と一緒にするのも止めておきたい。


 髪を括って一つに纏める。尻尾になった髪をぐるっと巻き付け、纏めた先から巻き付ける部分に差し入れ押え、かんざしで止め上げ良しとする。


 光花を髪に飾りつけた。

 私の右後ろから光花のぼんやりとした光が指し伸びて、確かにあると光を顕示してくれる。あるのとないのとでは、全然違う。助かるわ。

 円の中で鈴の転がし、音を響かせ探りを入れる。方向を見定める。


 音を鳴らすということは、居場所を示すということで。

 光を持つということは、こちら側からは見えずとも、向こう側では見えるということ。そして、光花に頼りすぎてもいけないわ。


 時の流れが不確かな場所。意志を確かに自分の中にある時の流れを手放さない。



 時間はかけない。振り返らない。


 力を込めて、音の流れに見えた道を一足飛びに駆け抜ける!





 走り続ける薄暗い中、花の光に呼応して窪みが一ヵ所小さく淡く光るのを見つけた。

 急いで、その場に向かう。

 向かった先に光花は咲いていなかった。呼応したのだから名残があったのでしょうけど… それよりもそれ以上に、この場に色濃く残る気配に不安が募る。知らず、力が手に籠り、周囲を何度も確認した。


 手を胸に思案する。

 帰りの標はこの若葉、そして繋がる花瓶の枝。


 息を静かに細く長く吐いて気持ちを思い切り、鈴を今一度鳴らす。鳴らせば、先ほどよりも遠ざかる音に青褪める。これを逃せば見つけられない。


 もう迷わずに気配を追って、ひたすら走った。

 

 走り続ければ、息が切れて顎が出そうになる。

 いやぁね〜、これっくらいで息が切れるだなんて。やっぱり力は落ちてるんだわ… 仕方ないことだけど。これで終わりだわね。でも、これならきっと探し出せるはず。



 どこか一つを突き抜けてしまったのか、急激に場が変化した。

 


 いけない! これ以上は。

 私の方が保たぬやも!


 変化により負荷がかかる体に呻く、ぐっと重みが増す。

 重みに引き返そうかと思った一瞬の躊躇いの先に人影を見た。位置はまだ遠い。あれは… あれは紛れもなくあの気配の主では? 感じる気配がひどく重い。



 いけない! ダメ! 近寄りたくない!


 普通でなくとも近寄ろうなどと思わない! あんな力に巻き込まれたら助からないのは目に見えている。それでも、私はその手元の小さな気配を見逃さず、凝視した。


   …ああ、そんな、ところに。



 思った矢先、人影が手を宙に挙げた。そのなりに男であると区別がついた。その手に力がつどっていく。あれよあれよと言うだけの間に、男の手中に力が飲み込まれるように消えていった。



 何が起こったのか? 力を集めて喰ったのか? 

 実状を把握できなくても、見た事実だけで差が有り過ぎて目眩がする。その力の落ちる先が弟ではないかと疑えば恐ろしい。 あんな力に触れたなら、全部変わってしまうわよ…

 

 男のその手が、弟の方へと伸びた。



 「 やめてください!! 」


 夢中で駆け出して声を張り上げ、手にした鈴を男に向かって思いっきり投げつける!



 パァンッ…


 鈴は当たる前に弾かれ、乾いた音と共に消え失せた。けれど男の力も、薄れたことに安堵する。


 つい投げた事に、『しまった、早まった?』とも考えるけど、取り繕う気もない。

 上がりそうになる息を必死で押し止め、呼気を静める。男の纏う力に屈せぬよう意思を失わぬよう気を保ち、姿勢を正してお願いする。



 「私の弟をお返し下さい」






 後方の気配に気付きはしたが捨て置いた。振り向かずとも力の違いなど明白だ。にも拘らず、それが邪魔立てしたことに不快感と興味が出た。


 返してくれと言った、色の薄い影の様に映る女を眺める。

  

 コレの家人か?と見直せば、そういや、あそこで見た顔だ。ああ、顔立ちが似とるわ。

 コレとは有り様が違うし、力もさほどない。それでも使って、ここまでそのなりでやってきたかと驚嘆する。 ほーう、良く保っているもんだな。


 「先ほどの非礼は幾重にもお詫び申し上げます。ですが、どうか弟をお返し下さい」



 再びの懇願。

 俺の顔と手元に視線を交互に飛ばす姿に、なるほど器が器でしかないと気付いて追ってきたかと納得する。追ってきた事実に口から笑いが出た。


 自分の目論見が外れていく事態に愉快な気持ちが湧き上がる。

 いやはや、姉弟揃って驚かしてくれるもんだ。実にイイ。



 「それは出来んな」


 この姉は把握しきれないようだが、ここにあるのは所謂、魂魄ではない。

 きちんと器を備えている。この姉に弟を返すということは魂魄を渡すということだ。しかし魂魄を渡すということは、弟を殺すということに他ならない。

 お前がコレの姉だとて、消えたくないと願って叶えたコレの望みを取り上げることはならん。また、俺が許すわけはない。


 「どうしてです? 何か、何か引き替えるものが要るのでしょうか?」


 焦るような口調の姉に言ってやる。


 「引き替えるものが要るわけではない。ただ、適わぬものは適わぬのだ。諦めろ。よく、その身で追ってこれたと誉めてやろうか。だが、そろそろ帰った方がお前の身の為だ。まだちゃんと繋がってはいるが、薄くもあるぞ。上手く渡らねば、お前が保つまい」


 「そんな… 」


 震えて青褪め、項垂れる姉に見せてやる方が納得するかと思慮する。

 見せた途端に引っ掴んで飛ばれても困るが、飛んだ所で器がある以上気付くことになる。だが、まず途中で姉がへたるな。へたれば、この姉はそのまんまになるな。そして、コレをまた俺が探さねばならなくなるな。


 …やはり加護(目印)をやるか。



 …まぁ、なんだ。とりあえず、説明するか?

 そうだな。コレもあの時ずいぶんと泣いていたからな。狭間に行く前に姉と話ができたら、もっと落ち着くか。 逆効果にはならん… はずだ。多分。

 


 つらつらと考えて姉に視線を向ければ、そこに般若がいた。


 眦を吊り上げ、歯をギリギリと噛み締め、剥き出しにして下から俺を睨み上げてきた。  …先ほどのしとやかさとかどこやった? お前。



 「何処の方かは存じませぬ。御身に比ぶれば、箸にも棒にもかからぬ矮小な力であることも理解しております。なれどその手にあるは、我が弟なれば。

 お返し願いたく。ただ、ならぬ。と言われるだけならば、矮小な者とて、意地の一つもご覧に入れて差し上げましょう」


 震えるような、呪うような声で、そう告げてきた。



 怒りを力に己を変えるか。

 姿が色を取り戻し、輪郭が徐々にはっきりとしてくる。


 ……愉快だ。この上ないほど愉快だ。己の口角が持ち上がるのがわかるわ。

 そう言うならば、見てやろうと気持ちが騒ぐ。さんざめく。


 子猫を包んだ布地を左手に抱え、仁王立ちで口を歪めて笑い、姉を見る。



 「どうすると?」


 問えば、即座に動いた。


 こちらに駆け寄ると同時に、何かを投げてくる。

 体に当たることなく周囲にばらけ、落ちた先から蔦が芽吹いた。芽吹いて勢いよくメキメキと成長を遂げる。シュルリと腕に、足に、絡みついて拘束しようとする。絡み付き絞め上げようとする蔦を右腕一本で、わざと押えて引き千切り、根こそぎ引き捨てた。



 絡めて絞め上げるか。悪くないがこの程度の蔦じゃなぁ。

 せめて、絞め殺しの樹あたり持って来て欲しいもんだがよ〜 無理か、そこまで力はないか。



 面前にまで来た姉なる女が、また種と思しきものを投げてくる。


 右腕で払うと同時に、空いた顔面に向けて髪から引き抜いた光花ではたいてきやがった。痛くもないが、なにせ光花だ。ちっとばっかし目にくるな。まー、肉眼でなくとも見えるんだがよ〜。


 先ほどとは違う蔦が、まーた絡む。

 左腕に当たりを感じれば、俺の腕に簪が突き込まれていた。


 飛び退って距離を取り、こちらをみる般若のツラになった姉の髪が散けて、その顔にざらりとかかる。


 それはそれで悪くない。

 顔を眺めつつ、引き抜いた簪を放り投げてやる。



 「それじゃあ、無理だなぁ」


 どこにも突き込まれた跡のない左腕を見せて笑う。


 形相を変える事なく再び向かってくる姉を見て、『こういうのも可愛いと言えば、可愛いんだがなぁ』と思うが、遊びに付き合ってやるのは、これまでにするかと見切りをつける。


 もう一度、と同じ場所を必死で狙ってくる姿に苦笑する。

 しかし、薙ぐように薄い刃を振るった今度の当たりには衝撃が伴っていた。

 

 「あ?」


 薄い刃が腕を掠め斬った場所が見える。


 左腕の前腕に斜めに浅く走る傷。そこから、黒が零れて滲む。


 左腕の傷を見るのに左手から右手に移す僅かの時を、狙ったように姉が手を伸ばして押えて引っ攫う。子猫を包んだ布地を両手でしっかと抱きしめ、目を見開いた形相で後退あとじさって走り出した。



 走り去る姉の後ろ姿。

 斬れた箇所から滲む黒。


 ついっと一珠、黒が垂れ落ちる。




 俺の唇が引き歪む。






 


 「は、 は・は・は… ははははは。 どわぁーーはっはっはっはっは!!!」







 俺は盛大に哄笑した。




 久しぶりの馬鹿笑いに腹筋が拗れそうだ。 おい、どうしてくれる?



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