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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
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03 眼

 「あー、今日もいい天気だ。あっつい。あつすぎね? もうちょっと陰ってくれてもいいんじゃないのか? この天気」


 学期末試験も終わって、もうすぐ夏休みに入ろうかという頃合いの日曜日の午後。

 いろいろ考えねばならぬこともあるのに暑すぎて頭が回らない。扇風機が頑張ってくれているんだが、生温い風が掻き回されるばかりで今ひとつだ。風量を強くすればいいが、そうすれば今度はプリント用紙が吹き飛んでいく… やってられるかと良すぎる天気にうだりながら、涼を求めて家を出た。


 途中コンビニに寄ってパックジュースを買う。コンビニは非常に涼しかった。そんなつもりもないのに、ちょっとだけと商品を眺める感じで涼んでしまった。一品買ったから問題無いだろう。


 さっそくコンビニの入り口で、濃縮還元と書かれたミックスジュースをずずっと飲み干す。

 あー、うまい。このあっさりさっぱり感が好き。

 ごみ箱に捨ててから、また暑い道を歩き出す。風が吹かないと地獄だ。汗が吹き出る。



 たどり着いた先は図書館だ。

 中に入ると冷気が抱擁してきてくれるのが、ものすごく気持ちいい。外気温との違いに心底ほっとする。



 図書館の中はとても静かな盛況だった。

 新聞を隅から隅まで読んでいる年配の人。参考書とノートを広げて勉強している人。本を手に読み込んでいる人。料理本を眺めている女の人。様々な年齢の多くの人が集まっていて静かな場を維持している。

 この雰囲気はなんとなく好きだ。時折、賑やかな声がするのは幼児向けの部屋だ。最も、あそこに文句を言って怒鳴る人などいない。走り回る小さな子はたしなめられていたけれど。



 勉強している中の一人に加わろうと席を探して静かに歩けば、後ろから小さく声をかけられた。


 「おー、あずさじゃないのか?」

 「え? あ、や、お前もここいたんだ」

 

 同級生がいた。涼を求めて同じことを考えたらしい。思考仲間だ。


 「こっちは午前中からいてさ。気がついたらこんな時間だ。昼飯まだ食ってないんだぜ? 腹減りまくったから帰る。お前、これからなら席譲ろうか?」

 「あ、助かり。手間省けた」

 

 小声で話して場所を譲ってもらった。

 互いに「また明日なー」と小声で言って手を振る。

 時間が合えばもう少し話せたのにな、と少し残念に思いつつ、机に荷物を置いて中からノートを取り出しながら席に座る。

 椅子の座面が生温かいのは無視した。どうしようもないから無視した。さっさと意識を切り替えるに限る。いや、本を探しに少しの間だけ席を立てばいいんだ。



 問題文と一通り脳内格闘を繰り返し、三時間足らずな位で図書館を出る。うーん、疲れた。


 外に出るとまだ暑かった。

 冷気に慣れた体を一瞬で熱気が押し包んだ。

 図書館から少し離れた所に自販機を発見したので、今度はペットボトルの飲料水を買う。飲まずにそのまま首の後ろに充てがう。あー、冷たい。サイッコー。

 

 このまま家に帰る前にどこかに立ち寄ろうかと思案する。

 ふと、脳裏に思いつく場所が出て、そこに行こうかと考える。思い付けば足は勝手にそっちに向かって歩き出していた。




 ーーやっぱり、ここは涼しい



 こんもりと繁った樹々が日を遮って濃い影を落とす。風の通り道であるのか、いい風が吹く。

 人気ひとけがあんまりしない場所、ある意味穴場だ。はっきりいって人気がないのは、ここに全くなんにもないからだ。かろうじてあるのは木工製の腰掛けのみ。それもちょっと年月と感じさせる。

 位置としては袋小路ではないが、外れ道にあって普段なら自分でも思い出さないような場所だ。

 普通ここに来るくらいなら、どこかの店にいくだろう。


 しかし、一人で考えるのには悪くない場所。

 本屋になんか行ったら絶対考えなくなるし、友達と相談していたらいつの間にか違う話になっていた。家で考えていれば、どうするの?と聞かれてしまう。

 未だに答えの出ない大事な事と、どうでもいい取り留めもない事をつらつら考えながら過ごした。でも、やっぱり答えは出なかった。ある程度は書き留めて決めているが、最後の絶対という思い切りが出て来ない。

 こんなことではいけないと思いながらも決めかねる。そんなこんなと繰り返して、時間ばかりが経っていくけど迷うものは迷うんだ。


 …進路どうするかな。



 「…静かで悪くない場所なんだけど、こんなところに長く居たら寂しい奴だと思われそうだな。うん、そろそろ移動しよう」



 戻ろうかと立ち上がったその時、なんの前触れもなくアレがきた。



 見て『あっ』と思った。



 ここ、二年ほど前から四〜五回はあっただろうか? 

 覚えがある。三回目に見たあたりから意識したアレ。


 最初は光。次は光と音。

 音自体は、後から音だったか?と首を傾げる程度だったが。三回目には、なんかの雑音でも聞いたか? それとも、耳鳴りか?と悩んだ。

 

 それでも音の方はほとんど気にしなかったが、問題は光だ。

 はっきりいえば綺麗な色だ。時々によって色の濃淡はあったが、間違いなく綺麗といわれて然るべき色だ。


 しかし、光る場所にそんな発光物など見当たらない。


 青い空と白い雲しか見えないさほど高くないと思える上空で、どこぞの家の屋根から一メートルほど上空で、学校のグラウンドの真ん中で、他の時もそうだったが光が見える場所に発光するものはない。

 断じて、ない。

 

 なのに、何故そんな場所で何が光る?

 

 最初に見かけた時は、何かの反射光と思ってそのまま流した。でも、『待て! 光るもんなんかあるか!?』と待ったを掛ける理性に従い振り返って確認した。そんで自分の目を疑った。

 立ち止まる俺に後ろから犬を連れた人がやってきて、『?』を浮かべた顔で同じ方向を見た。

 それからもう一度俺の顔を『?』という感じの顔で見て、そのまま犬の散歩に行ってしまった。まだ、そこに燦然と輝いていたのに…

 グラウンドで見えた時は授業中だったから、隙をついて前に座る友達に「あそこなんか光ってないか?」と聞いてみた。

 返事は「なんにもない」だった。

 わざわざ行くのもどうかと思ったが、休み時間にグラウンドに行ってそこら辺を確認した。

 でも、やっぱり何にもなかった。



 その時々の周囲の人の反応といい、どう考えてみても何故か自分にしか見えてないらしい。

 仲のいい友達に言ってみようかと迷ったが、なーんか可哀想な感じで見られるか、茶化されて終わりっぽい気がしたので黙っておくことにした。

 頻繁に見えるわけでなし、一番長く見えていた時でもおおよそ十分位だったから生活に支障はないとほっといた。



 そのアレがいま目の前で光っている。



 思い返せば、いつもいつも手の届かない場所か、動けない時間帯で結局のところ『なんかわからんけど、うん、綺麗だな』で終わっていたアレ。

 とりあえず、もう少し近寄ってまじまじと見てみた。



 「うー… どう考えても、さっきまでなかった。どうみても、反射するものはない。しかもこの位置はがっつり木下闇このしたやみの中だ。そして、確実に発光している。 ええーと、これ… やっぱり…なんていうか… まずい…… よなぁ?」



 何がどうしたら、こんな現象が発生するのかさっぱり分からない。光があるだけで他には本当に何もない。眉間にちょっと皺を寄せて考えてみたが、やっぱり分からない。

 けれど、今まで通りなら時間が経てば消えるはず。

 それに、近くで見るとまた一段と綺麗な光だった。目を潰すようなきつい光ではなく柔らかく輝いている。影でない夏の強い日射しの元でなら、こんなに近くでなかったならば、この光を判別しきれず見えなかったかも知れない。 


 もう、これ以上は悩むだけ損だと判断して、ひと時の光のショーを堪能することにした。



 「今まで何度かあったから、こんな風に落ち着いて見ていられるけど…… 夏に見るこういう光って、どっちかといえばシンレイ現象とか…… 夜だったら俺… 走ったかも… ホラーは嫌だ。 絶対、嫌だ。 断固、拒否する!   でも、ほんと近くで見ても、遠くから見てもコレ綺麗なんだな。綺麗だから怖いと思わないんだよな… この光なら、夜中に見ても怖くない…かな?  いや、だめだ! 夏でも冬でもホラーはいらない!」



 一部を力強く否定しつつも、感慨深くじいっと見ていれば、光の中で時折強い光が身をよじるように煌めいた。

 強い光が煌めくその都度、音が聞こえた気がした。以前に聞いたものと同じ音だと思う。

 小さくて微かな音。

 意識していなければ、聞き逃すだろう。耳を澄まし柔らかく煌めく光を半眼で見つめる。音は一定の韻律を繰り返している感じがしたが、はっきりわからなかった。



 音が聞こえなくなって、ゆっくりとゆっくりと光が小さくなって、不意に惜しい気がした。

 いや、惜しいという言葉は違うかもしれない。


 綺麗な光が消えていくその様が、一つの演舞を終えて満足そうに消えていくのではなく、輝いて消えるのでもなく、ただ意味なく無為になるような、悄然としぼんでいくような、ひどく寂しい感じがした。

 光が消えていく。

 言ってしまえばそれだけだ。なのに、どうしてこう感傷的な気分になるのだろう? 普段ならそんな気持ちになど成りはしないのに。


 消えていくのを見るにつけ、動画にでも残そうかと一瞬思った。綺麗な花火を写すように取り置こうかと思った。

 思うと同時に自分が何かを台無しにする気がした。不思議な位そんな気がした。

 そして、もしも夏場によくある嫌な類いの映像にでもなったりしたら、それこそ綺麗だと思うこの気持ちが台無しだと思い直す。綺麗なものは綺麗なままに。


 …何でか妙に後ろめたい気分になった。


 小さくなった光に迷いながらも、そっと片手を差し伸べて、輪郭をなぞるように触れないように動かしてみる。

 特に熱くもなかった。 

 最初に目線の高さにあったその光は小さくなるにつれ、胸の辺りにまで高度を落としていた。


 そうしてまた、光は小さくなった。



 『儚くなる』 


 そんな言葉が体現されているように思えた。



 『命の終焉』


 そんな言葉を連想した。



 「あ、…消える」

 

 衝動的に差し伸べていた手を動かした。

 消えていく小さな火を風から守るように、蛍をそっと手のひらにとどめようとするように、両手で左右から半ば覆った。

 それでも、光に触れぬように距離は取った。



 しかし、欠片となって消滅しかけた光はその行動に反応したかのように、光量を増して煌めき輝き一瞬の閃光現象フレアを引き起こして、消えた。

 


 咄嗟に腕で覆ったが光に眩んだ目がちかちかする。

 腕よりも爪先に少しの熱を感じた。すぐに指に違和感を覚えた。

 指に光が散ったようにみえたあと、何かが体を取り巻くような感覚と同時に音が鳴り響いた(ファンファーレ)



 「な、に!?」



 今度は何だと、耳を押さえて目を瞑る。しかし、押さえても小さな音が頭の中で繰り返し響いてくる。最初の音と違い甲高い音でないのが救いだ。高音で聞かされていたらキレそうだ。

 響く音には一定の韻律があった。そのままヒアリングするように意識した。


 耳を押え、目を瞑ったまま集中していたのが、良かったのか悪かったのか。繰り返される音がなんらかの言葉ではないかと思えてきたが、聞きすぎて頭がくらついてきた。



 目を開いて周囲を見るが光は消え去り、変わったものなど何も無い。

 途切れない音に目を閉じて、頭を振るが鳴り止まない。

 しゃがんでやり過ごそうと地面に片手を伸ばす。その伸ばした手を引っ張られたかんがして目を見開けば、あの光の色しか見えなかった。

 驚いて体勢を崩してそのまま横に倒れたはずなのに、地面にあたる衝撃が一向に訪れない。


 「え?」


 上下、左右、前後、周囲を見渡しても、もはや光の色しか目に映らない。浮遊感などないのに自分の体がどこにあるのかも分からない。取り巻くのは柔らかな光。それでも、煌めくその光の色の渦に耐えられず気持ちが悪い。

 ぎゅっと目を閉じ口を閉じ、手を胸元に、自分自身を守るように身構えた。





あーちゃん、罠に引っ掛かるの図。 木下闇=青葉闇=夏の季語。夏の…

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