29 道を歩めば
漆黒が腕に絡み付き、暗黒がそれを繋いで引こうと動き出す。
恐怖に心臓が跳ね踊り、悲鳴を上げて振り払おうとしたが、離れない闇に恐怖以外抱けない。
冷気が腕に取り縋り、押し包んでいく。その冷たさが腕から全体へ広がろうと這い回る。遠ざかったはずの冷たさに再び凍えそうになる。
目を閉じ世界を遮蔽して嫌だと拒絶し、必死の思いで、その場を逃げた。
いきなり声を上げたことに驚いた。
だんだん、言葉を返さなくなってきたから、疲れてきたのかと思ってだな。
あいた、しまった。話す時を間違えたか〜と、頭の中で唸ったわ。
いやなぁ… ちっと話して優しいというか、鈍いというか、なんというか。柄にもなく心配になったというべきかぁ? まぁな、起因はわかっとるんだがな。
なんにせよ、後から言うより、その場で教えた方が効果的なんだ。その場で教えずに後から言えば、処理が終わった脳内が「えーっ」と文句を垂れるに決まっとる。だーから、話をしてやったんだが。
まさか手を振り払って、この中を走って行くとは思わなんだ。
あんなにこの場を怯えていたのが、いきなりだぞ? 魂消たわ。なんで走りだしたんだ? アレは。
考えてもピンと来ないが、とにかく連れ戻さんとなぁ。
話は、それからだ。
そんじゃまぁ、この空間を支配するかい。
この場、この流れ、総て視界に納め、総てが俺であることを全てに強制する。
腕を伸ばし掌底に力を適当に集め、作為を持って『俺で在れ』と強制介入を執行する。介入による変質に波打つ前に変移させる。
体は虚ろで、虚ろは道で。
道は流れで、流れは力。
力は常理で、常理は摂理。
摂理を世界に、世界を俺に。
意思は堅く堅固にあれど、塵と等しく粒と化し。
化したる粒は、連綿と。
連なる流れを其に帰し。
以て全てを意のままに。
この空間を、掌握する。
最後に相手の心臓を抉り込むように空間を捻り上げ、位相の転遷を終了する。
…さぁてと。
どこにいるんだ。
ん?
あ? おらん?
ん〜?
ちょっと待て、どこいった?
あああああ ?
まてまてまてまて、待て どこいった…?
まさか、落ちてないよな?
ない… な。
ないぞ? どこにも綻びも歪みも亀裂もないぞ。
………………………・ 本気で待てぇ!
どーこ、いったぁぁぁあ!?
出てこーーーいぃぃ!!
力を乗せて流してみても、反応が返ってこない。 凝らして見てもどこにも映らん。
どういうことだ? 俺の力で見えんだとぉ?
…アレに移動できる力はない。消失したはずもない。消失には必ず揺らぎが発生する。微量でもある。それを見落とすはずはない。それに俺が此処に居るとゆーのに、そんな事態になるわけねぇわ。
じゃ〜、此処に居るはずだろ。 いや、しかし。
…もしや、あのまま自力で離れた? 以前の事を考えれば、確かに可能性はある。 ありゃあ、ほんっとーにいい逃げっぷりだったからなぁ。
だが、離れた場合アレは無事にいられるのか?
此処に居た場合、俺が外に向かった後で、ひょこっと出てきたら何時までも此処に居るかぁ? ふっつーにどっか、あっちこっちウロウロするよな…?
入れ違えば、それだけ時間がかかるな。
そうなったら、アレ… 保つのか?
さっきまでは俺が傍に居て囲いまくって、形状の維持を楽に保たせていたわけだぞ。
自力で離れていたら… 自力で、できたなら今暫くは保つか。 いや、むしろ力尽きてねぇか?
外に出たんならある意味安心していいんだが、力尽きていたらすぐになんとかしてやらんと。でないとそのまんまばったり…
いやいやいやいやいや。
だから、出て来い! どこいった!?
予測を大幅に超える事態に、冷や汗が伝う気がするのは何故だろうな? 俺の顔が引き攣る気もするがなぁ!?
だから! (ガキは!) どこいったあ!
ちょろちょろしてていいから、でてこいっつーの!
理由がなんでも怒ったりせんぞ!?
流れる力に反応が無く、流れのままに移ろいゆく。
自分の力の領域内で起きる快挙に乾いた笑いが出そうになる。
口元の片方が変に吊り上がっている気はする。
俺がわからねぇってことは、だ。
この場を離れたか、この空間に同化してるか、同化防御張ってるかだろ。このまま圧力を掛けて力ずくで探した場合、ど〜う計ってもアレの身が保たん。話にならん。
ならん挙げ句に、この場が勝手に俺の力を増幅しちまう。俺が力を放った時点で、放たれた力に場所が呼応して増大させる。
それを考慮に入れた上で力を抑えて、この場を支配したが… これ以上の力で、ぐいっと探すと同化しているだけの場合は、意思をプチッとしちまう気が大いにする。同化防御している場合は、体ごとペシャッとなっちまう気が非常にする。
そんで、この場に長居させるのは、せっかく俺が戻してやった体がイカレるかもしれん。イカレねぇように注意はしたが、必要以上の手はかけていない。成ったばかりの今は安静が一番だ。イカレ方が悪けりゃ再び戻してやっても、下手打ちゃ瑕になる。
離れているなら… 確かめにいかねばならんが〜
あ?
思考が同じとこ回ってないか?
珍事に軽く目眩がする。
外に出ていた場合を考慮して、女かじーさんに連絡をいれ… たくねぇなぁ。 ああ、いれたくないわ。 はははははは。
これでアレが見つからずに、ぽしゃってたら最悪だな。俺。 はーははははは。させる気ねぇけどよ。
はは… あー とりあえず、間違っても潰しちまわねぇようにだ。
抑えまくっとけ。
で〜… しゃあねぇ、跡つけながらじっみーに探すかぁ?
面倒くせえな。
もちっと簡略すっか? やり方を……
んー、子供にかくれんぼを止めさせて、出て来させるんだろ〜
逃げた。逃げた。逃げた。あの場を一心に逃げた。
怖かった。怖かった。怖かった。光の全く射さない闇をみた。
人じゃない。人じゃない。人ではないんじゃないかと、思いはしてた。
あんな場所であんな風に、人がいられるわけがない。
名を問うな、そんな言葉も後押しする。
でも、助けてくれたんだ。俺を助けてくれたんだ。そして、どうする?と聞いてくれたんだ。だから、大丈夫だと、きっと大丈夫だと。
何かの約束だとしても俺には優しい存在だと、思い込んだんだ。
怖い。怖い。怖い。怖い。喰われる。喰われる。力に喰われる。
溶けて流れて消えていくのは怖かった。
でも、違う。
あの闇に喰われたら終わりだ。
消えていくのと訳が違う、あれは違う! 駄目だ。
駄目だ。駄目だ。喰われる。怖い。 イヤだ。
イヤだ、絶対イヤだ!
見つからないように、見つからないように願って小さくなった。
声が聞こえた。力が流れる。探されている。
上を通り過ぎる力の強さと大きさに震えがくる。心臓が早鐘を打って、その音が響きそうで怖い。怯えて上がりそうになる悲鳴を堪えて、じっと小さく丸くなる。
やっと止んだ力の奔流に空気の流れが静かになる。それでも静かに静かに大人しくする。
ようやく訪れた静寂に周囲を伺う。
地面に爪を立て、少し頭を上げて確認する。
………いない。
いない。恐怖は去った。あの恐ろしい闇はもういない。声が一つも残らない真っ暗闇は、もう見えない。
心底、ほっとした。
それでも、早くこの場を去りたいと、小さな窪みから移動する為に身を乗り出した。
窪みの外、薄暗い中、どちらに向かえばいいのかわからなかった。
どちらから来たのか、わからなかった。
恐怖が過ぎて回り始めた頭が道を知るのは、あの男だけだと呟いた。だが、あの闇は怖いと心が喚く。
目印も何もないこの場所で、どうやって外に出ればいいのか?
わかりきった答えに真っ青になって項垂れた。 俺の先って… ないんじゃねぇ…?
嫌な予感に震え上がった。
とりあえず、頭を振ってヤバい思考をふるい落として窪みを出る。
先の方に同じような窪みが見えた。今の位置からは他にそんな所がない。
爪を立てて窪みから乗り出したと同時に一目散に駆ける!
脇目も振らず、何も見ず、真っ直ぐに先の窪みに向かう! ふらつく体を尻尾でバランスを取りながら、全速力で駆け抜ける!!
速攻で到着した窪みは穴になっていて、少し深い気がした。
でも、他に身を隠すような場所が無い。迷ったけど足場になる所が見えたし、底も見える。思い切って、ぴょんと飛び込んで途中の足場を蹴って降りた。
身を潜めて壁を背にすれば、ほっとして安堵の息が出た。
改めて周囲を確認する。降りた穴の中は横穴もあって、思った以上に深かった。
やばい、ここも結構暗い…
しかし細い横穴が俺の興味をそそるし、その奥に少しの光が見えたから、ずりずり探検に行ったけど行き止まりだった。上にちっこい穴があって、そっから薄く光が射し込んでた。 なーんだー、どうしようもないから戻る。
戻ろうとして、向きを変えられなくて焦った。
『方向転換不可能!? 俺、身動きできない!』 パニックになりかけた。
けど、『変えるんじゃなく、このまま後退だ!』 脳みそが必死で焦りを蹴り飛ばした。
体を小刻みに動かし、じりじり下がって横穴から出た。
元の場所に帰って一息つく。 あー、ちょっとびびったぁ。
外に出た後は、どちらに向かえばいいんだろうと考えてもわからない。でも、ずっとこうしていても仕方ない。いられない。
少し休んで、ここから出ようと壁に爪を立てれば、立てた所がボロボロッと崩れた。
あれ?と思う。
とにかく、ぴょんぴょんと跳んで上に出ようとしたが、掛ける足場を掴み切れずに滑ってしまった。
片手が宙を切って、ズリッと落ちた。
怪我はしなかったし、誰も見ていないけど自分の失敗に恥ずかしくなる。
気を取り直してもう一度。 えいっ。
二度、三度と試したが落ちてしまった。
最後の足場で何度やっても落ちてしまう。
もしかして… もしかして俺の跳び上る力が足りて、なかったり…?
最後の一飛びに必要な足場を掴もうと何度も試した結果、伸ばした手の当たりで土がボロッと落ちる。飛ぼうと動けば下の足場も蹴るから、そこも少しずつ削れていく。削れた土は底へと落ちる。
窪みの穴の中から薄暗い、それでもこの中よりは明るい上を見上げる。
上が見えるのに出られない事実がじわじわと広がり、理解に別の恐怖がやってきた。
時間を置く。
顔を手で洗ってみる。息を吸って吐く。はい、繰り返して深呼吸〜。
すーはー、すーはー。
気持ちを落ち着かせ、上を睨みつけ、勢いをつけて飛び上がる!
落ちた。
「 ……… !」
バランスが上手く取れずに横落ちしかける。
尻尾と体を捻って体勢を立て直そうとしたが崩れた先に落ち、ぐるんと一回転して下にある横穴口にドンッ!とぶつかって止まった。
乾いている上にボロボロした土が舞い、埃が立つ。
「クシュ! ブクシュ! ブエックシュン!」
くしゃみを連発した。
土埃に塗れて、体も汚れに汚れた…
当たってあちこち痛む体を庇いながら、穴の真下に戻る。
呆然と上を向く。
目の前の壁に爪を立てれば、立てた先からボロッと落ちる。何度も試して跡がついた壁をみる。始めに壁にあった出っ張りの下の箇所が、ほとんどなくなっていた。
壁の高さが目に入る。その高さを目測する。目を凝らして足がかりとなる場所を探す。上層部では横跳びできても、中層部になると幅が出る。だから、どうしても足場が要るんだ!
もう一回。もう一回、上がれたら出られる。
ない。足場が無い。
…自力でここから上がれない? 隠れる為に選んだ場所を間違えた? でも、他にそんなトコ見当たらなかった。上から見たときは足場があったんだ。間違いじゃない!
思考に頭が俯いた。俯けば汚れた体が目に入る。
目をぎゅっと閉じて座り込む。いつしか体が震え出す。震えを止める為に立って歩く。その場をぐるぐる回ってみる。そして、やっぱり壁際に立って上を見上げていた。
まだ、明るい上。
あれからどれだけ経ったんだろうか? そんなに経っていないようで、経っているかもしれない。時間の感覚が全くわからない。怖い。
おにいさん…
あの人は怖い。
でも、この場所に俺がいるのを明確に知っているのは… あの人だけだ。
怖くて自分から逃げた。まだ、此処に居てくれてるだろうか? 自分から離れたんだから良しとして、もうどっかに行っちゃったんじゃないだろうか? こんなトコずっといたって楽しいわけがない…
もうとっくに、あの人はこの場所から移動して、いないんじゃ…
俺、この穴から出られないんじゃ…
瘧にかかったようにブルブル震えた。
話をして聞いたら良かったと思う。でも、聞き辛かった。姿勢の一つを取っても弾かれそうだった。今、この状態だから聞けば良かったと思うわけで、あの時そんなこと考えも出来なかった。
怖かったんだ!
考えれば、考えるだけ自分の弁護と否認を繰り返す。繰り返すだけの心に押される自分自身に泣きそうになる。馬鹿じゃねーかと思う。
答えのでない過ぎるだけの無駄といえる時間の経過に、『はっ』とする!
ほんとにもう居ないかも!
思った瞬間に頭の中が真っ白になる。無我夢中で壁に手を付き、その場で何度も跳び上がる! でも、土壁に爪痕が残るだけで上がれない。
変わらない事実に涙が滲みかける。
震える体を精一杯伸ばし、上に向かって感情に任せて大声で叫んだ!!
うーむ、なかなか見つからん。空間の隙間と言える場所は粗方探し終わったんだがな〜 外に出ていた場合の対処はしといたが、本当にどうしてくれようか?
そう思った矢先に声が響いた。
「みぃぃぃぃぃい〜〜!!」
あ?
左右を眺め下を望めば、ぼんやりとしたあらぬ光が生まれていた。
この場にあるはずのない光に泣き声が再び響いた。
「みにゃああぁぁぁん!!」
ここかぁ!!
穴に手を突っ込んで発光体を摘まみ上げれば、この空間に変態形状したことで変質して地中や地面に堆積した闇砂に塗れきった発光する子猫が出てきた。
「み〜…」
か細く震えて鳴く猫を右手の上に置いて眺める。
…この光はあれだな、あそこで咲く光花だな。
ああ、確かにここでは有効だ。というか、あれはここら辺でないと意味のない花だ。
子猫を、じいっとみる。
間違いない、アレだ。どうやったか知らんが猫になっとる。
同化しとるわけでも、同化防御しとるわけでもなかったと? 小さくなって上手にどっかに紛れたと? でもって、場の闇砂に塗れて判別がつかんかったと。
俺は読み違えて見当違いの方向ばっかり探していたと?
かんれんぼと一緒に… 砂遊びもしていたと。なんの意識もせんと迷彩柄を着ていたと。
「ふ、ふふふ」
俺の口元が別の意味でひくりと引き攣れば、子猫が毛を逆立てて威嚇しながら「きにゃー!!」と鳴き叫ぶ。
直後、爪を立てて跳躍し俺の手のひらから一気に逃走した。
いてぇ。
ほー、なるほど。
逃走の為に四つ足になったと、ついで身を守る為に爪と牙を持つものになったと。
確かにその形状の方が逃げるに早いし、適してるな。自力維持にも楽だろうな。それでも保てずに、ちびになっとるようだが。…いや、保ってあれかぁ?
一直線に逃げる子猫に怒鳴りつける。
「待たんかぁ!!」
「…うにゃんっ!」
声に空間が反応し広がれば、面白いほどにビクッ!と跳ね上がり、硬直してその場にへたり込んだ。
右前足と左後足を揃ってピーンと伸ばして空中硬直できるとは。 面白いカッコするな〜、お前。
のしのしと歩いて子猫の元にいく。
俯いて顔を上げず、小さく丸くある。毛並みがぶわっと膨れ上がって、どうみても丸いとしか言いようがない。両手で抱き上げれば、どこかがビクビク震えて妙に面白い。毛並みについた汚れを、べしべし叩いて落とす。その都度ビクッとなるが、そんなことは気にしない。
地面に胡座を掻き、子猫を膝の上に乗せる。
虚空から薄手の布を取り出し、体を拭ってやるが、なかなか落ちん。
胡座を掻いた足の間に置き直し、手で擦って逆毛にすればザラザラ落ちる。 ほんとに、よくまぁここまで砂塗れになったもんだな。
キュッと耳まで拭ってやれば、拭った方向に首を傾げて「んみゅっ」と鳴いた。
体の傾きに踏ん張ろうとしてか、俺の足に両手を乗せてしがみ付く。その手から爪が出たが慌てたように引っ込める。その分、肉球に力を入れて、懸命に身動きしないよう頑張っているのが健気としたもんか?
最後に櫛で梳いてやる。
砂落ちを確認後、毛並みを整え綺麗になった所で、別に柔らか素材の布地を取り出し、子猫となったその身を包み込む。外を見せないよう胸元に押し当て抱き直す。
もう一度の逃走劇は止めてくれ。
子猫を手にして道を進む。
本来の速度で抜けたいもんだが、それをやると庇ってやっても弱ったコレの負担になりそうなので地味に進む。なんせ包んだ中で、ぐったりしているのがわかるからな〜。
力で庇い続けるのは簡単だ。
しかし、それをすれば何時まで経っても、こいつの体は弱いままだ。徐々にでも慣らすというか、覚えさす方が有効だ。此処で免疫がつくのなら、それに越した事はない。
ついで、取り零しはないか状態確認をしながら、「なんで突然走りだしたんだ? 怒らんから正直に言ってみろ」と話しかける。
歩いて、進むうち判明した内容にやられた。
「怖かった」
小さな声の返答に、なんかしくじったか?と思案したが。
「闇が昏くて怖くて居たくなかった」
正に泣きべそをかいているような声で言われ。
俺は衝撃を受けた。
頭の中がちょーっと白くなり、立ち止まって丸めた布の塊を見た。
布の隙間から伺うように、こそっと片手が出て爪が引っ掛かり、耳がぴこっと出て頭が出て片目がちょろっと見えた。
目が合った途端に「うみゃっ!」の一声を上げ、ぎゅっと堅く目を瞑って手足共々、『ずぼっ!』っと全部が引っ込んだ。
布地の中で震えている気がする。 いや、間違いなく震えとるわ…
ああ、確かにお前は目が良かったよなぁ。それに合わせて、まぁ… 似てるわな。
しかし、力としては、ほとんど所か完全寝てるようなもんだよな。今は起き抜けみてぇなもんだろ?
つまり、ナンだ?
俺は、この俺の年数から言えば、ほ〜んのちびぃーっとの年数しか生きてないこのおちびさんに、見せる気もなければ動かしてもいなかった方の力を、その眼で見られたってぇことか?
そりゃまぁ、場所が場所だけどなぁ。
確かに此処なら見やすいっちゃー、見やすいかもなぁ…
ああ、そうか。ガキはびびって逃げたと言うことか。
そうか、怖かったか…
そんなつもりはなかったんだが。 そうか〜、怖かったかー。
怖かったんかー。はははは。
そっかー、怖いかー。 おにいさん、泣きそうだわー。
怖かったかー、あー……
ははははははは… は。
その後も「みぃ、みぃ」と布地から出てくることなく、鳴いて謝るのに気にするなと返し、布地の上から軽く叩いて宥めてやる。
………気持ち、がっかりした。
この一件を思案しながら歩を進める。
取り零しはない。もう一息慣らした上でこの場を離れれば、より一層綺麗に安定するだろう。強くはならんでも、安定は増す。そこから新陳代謝も上がるだろう。良い事だ。
…元より干渉するつもりはなかった。
コレの本来の有り様が変わるようなことなど望まない。
しかしだな。今回の事態は喜ばしくない。ことに心理状態は戴けない。
…どうするか。
布地の中、しばら〜くもぞもぞもぞもぞしていたが、いつしか静かに丸くなって眠りに落ちた子猫の姿を確認し、その毛並みを指先で梳く。
自分の感情が常にないほど揺れ動いた、この事実。
この手のひらについた小さな爪痕。
ああ… 本当に。
本当にガキは、いきなりナニしでかすかわからねぇ。 あまりに良過ぎて目眩がするよ。
俺の手にあるこの重さ。
丸く包んだ布を見る俺の口元が、勝手に柔らかく弧を描く。
手が見えた。体が、ふわっと浮き上がる。
差し伸べられた大きな手に向かって、体が勝手に宙を飛ぶ。手が俺を掴んで引き上げる。
底が遠くなって、穴の中から出られたことに泣きそうになる。代わりに合わせる顔がない。それでも、意を決して見上げれば不思議な光景があった。
掴んでいた手も腕も、もう闇ではなかった。代わりに体の其処彼処に闇が纏わり付いていた。
その闇が光って拡散を繰り返す。
闇が黒になって薄れて光る。浄化とかそんな感じじゃない。闇は闇だ。昇華なんてのとも違うんじゃないかなぁ?
闇が光を食べているのかとも思ったけれど、食べているんだったら、どうしてあんなに黒が輝くんだろうか? 黒が輝くなんて意味がわからない。
闇が何もかもを呑み込み還してしまう端から、黒を孵しているようにも見える。理解すら覚束ない光景に不思議という感情しか出てこない。
この人が纏う闇こそが、何にもまして美しいのではないのかと魅入った。
でも、やっぱり喰われると思った。思った。思った。思ったぁぁ!
怖かった。怖かった… 泣くと思った。
その後、許して貰えてほんとーに安心したぁぁぁ… 怖かったんだよぉぉ! まじでぇぇ!
暖かいふわふわした生地に包まれて安心する。生地に頭を擦り付ける。
気持ち良くて体を擦り付けている内に堪らず、五指をカッと開き、爪をグッと出す。
その爪を生地に突き立てる!
突き立てて、むぎゅむぎゅする。手全体で生地を揉み押す。むーぎゅ、むーぎゅ押し続ける!
ああ、止めらんない、止まんない。たまに爪が生地に引っかかってハズレないけど気にしない。尻尾もぴんと立つ感じがする。うっきゃ、うっきゃする。
あれだ! 緩衝材の空気のぷちぷちを潰して、たま〜に止まんなくなるあの感じだ!
なんか、すっごく気分が上がりまくった。
…だんだん眠くなる。
時折、ぽんぽんと叩いてくれるのが気持ちいい。
もう大丈夫、大丈夫。ごめんなさい。平気です。この闇は優しい。わかる。怖くない。
でも、一番強く思ったのは、歩かずに運んで貰うのって楽〜っだった。
その後は何も考えず、可及的速やかに寝た。
梓は常にはあらぬ場所の力に影響を受けながら、自力に置いて獣化の術を獲得した模様。但し、限定であると思われる。
必要性こそが最大の教師と言えよう。
欄外記載補足が多すぎたと判断。削除。本文の変更なし。
穴の中では猫目能力全力展開。
闇砂 ←造語。
粒子化してしまえば、光も闇も積もりますので流砂に塵にゴミで可。
連なる流れを其に帰し。
↑ 其=し 反射代名詞を活用して、自分自身を指す読みでお願いします。
他の説明文削除。
今回の副題は、道を歩めば世界が変わる。これが主旨です。
しかし、 道を歩めば、猫・所により穴。 でも可。 男の心情ならこっち。
歌うなら、
あるぅひ〜 あなのなかぁ〜 ねこにゃあが〜 ないてた〜 にゃにゃにゃ、にゃーにゃーにゃーにゃーにゃぁぁぁ〜〜
で、お願いします。




