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召喚  作者: 黒龍藤
第二章   選ぶ道
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28 道行きは暗く、闇は濃く

今回却下した副題が暗夜行路。




 

 薄暗がりの中、手を引かれて歩く。

 持っていた花灯りは壁に溶けたし、もう一つはどこにもなかった。場所も、もうどこなんだか。

 現在地が不明なら方角も完全に不明。周囲は薄暗い。遠くは暗い。方向感覚も何も関係ない感じがイタいが、俺の手を引いて行く男の人の歩みに乱れはなかった。


 いやもう… 手を引かれて歩くっていうのは、かなり微妙。

 大丈夫ですって断ったけど、笑って引っ張られてそのまんま歩き出された。で、そのまま歩いてきたわけだけど、不思議なことに横に並べない。なんでか並べない。

 いや、なんていうの? 手を繋いで横に並んで歩きたいわけじゃないから、できない事が問題じゃない。それは全く問題じゃない。


 不思議な事態というか… どうして並び立てない? 必ず一歩遅れる、ってか半歩は確実にズレる。追いつこうとしても追いつけない。歩みが早いわけじゃないから、並べそうなものなのに。

 理由を知りたいけど知りたくないっていうか… 単に俺がびびっているだけかな? うん、やっぱどっかでこの人に対して気後れしてるんだろうな。 …歩幅とか言わねーよな?


 半歩ズレるから別視点で見ても、引っ張ってもらっているとしか見えないだろうし、実際引っ張ってくれてるんだ・け・ど。

 泣いた後だから、より一層自分が子供に思えてちょっと、ちょっとね… そんな年じゃないしさ。こんなとこ人に見られたら、別の意味で泣ける。人がこんなトコにいるとも思えないけどね…



 不思議と言えば、俺の手を引いて前を歩くその姿に、いつか、どこかでこんな事がなかったかと既視感を覚えた。

 誰だったか思い出せない。けど、あった気がする。でも、そんな事あっただろうか?

 手を引く、手を繋ぐ。俺より背が高くて家族以外で。


 そんな事は… そんな相手は…  どう考えてもいないんだが。

 小学校低学年の記憶だろうか? 幼稚園の頃ならみんな繋いでた。でも、前を歩く姿で思い出すって条件が… う〜ん… わかんね。思い過ごしかな。

 それともこの場の雰囲気に押されて、なんかごっちゃになってんだろうか?


 もう、考えたくない…




 「ここから、今少し歩めばこの場を移れる。そこからは手を放してお前一人でも大丈夫だ」


 そう言って、振り返ったその顔は穏やかだった。やっぱりここだと先導が必要みたいです。俺もこんなとこ早く抜けたいです。


 「はい」


 一つ頷いて、このままではいけない!と、恐る恐る名前を問いかけた。

 現状の解明を計らねば!

 相手の名前を尋ねるわけだから、「あの、お名前をお聞きしたいのですが… 」から始めて、自分の名前を言おうとした所で遮られた。


 立ち止まり、振り返って言う事には。



 「ああ、そうだった。了承しているつもりでいたが、そんなわけないか。いいか。ここを出たら女と年を経た男。つまり、じーさんだな。この二人に会いに行く。

 俺とこの二人。三人で一度だけお前に手を差し伸べると決めた面子だ。

 ただし、会っても名は聞くな。そして、お前も名乗りを上げるな。名乗らぬことが、そこでの礼儀だ。わかったな」


 言われた内容に 『なんで?』 という疑問が追加されるが、意味はわかる。

 気を取り直して、もう一度。


 「ええと… それじゃあ、何てお呼びしたら良いですか?」

 「ああ、それなら好きなように呼んでいいぞ」



 そして、何事もなかったように歩みは再開した。


 

 え? 好きなようにって… まじ、どーすんの?  え、え? 俺なんか試されてたり!?



 先を歩む背中に、なんでこうなるんだろ?と思いながら正解を模索した…



 これから会う女の人の年はわからないけど、女の人なら普通におねえさん呼びで問題ないはずだ。むしろ、おねえさん呼びの方が正解のはずだ! 

 年を経た人なら、今、じーさんって言った。この人がそう言うなら内々でもそれが定着してるはず。おじいさん呼びで怒られないだろう、きっと。


 じゃ、この人は? 

 直接助けてくれた人に、あんたやお前呼びは失礼過ぎて言う度胸はない。だいたい年上だ。でもさ、ずっと 『あなたは』 って呼び続けるのはどうなわけ? 変じゃね?


 若いか、といえば… 若いんじゃないかと思う反面、違うとも思える。

 落ち着き方やあの姿勢とか… かなり年上な感じがする。でも、おじさんと呼ぶには思いっきり抵抗がある。俺が、おじさんやおっさんと呼ぶ範疇にこの人は入らない。ってか絶妙に区別しにくい。そういう意味でくたびれたような雰囲気も全く無い。

 学校なら先輩で良さそうなもんだけど、知らない人に先輩って呼ぶのも… やっぱヘンだよなぁ。人生の先輩ではありそうだけど。

 …兄貴と呼ぶには俺の方に抵抗がある。


 結論、おにいさん呼びでいいはずだ。つか、それ以外思いつかない。




 「でしたら、あの、おにいさん達は… 」


 そう話しかけたら、ブッ!と吹かれた。


 あれ?


 「はぁぁ!?」

 「…ええと。 あの、何かダメでしたか?」


 第一声と共に勢いよく振り返られて、立ち止まって顔を見合わた。

 聞き返す声が棒読みになったのは仕方ないはずだ。


 …あはは。悪いことした覚えないのに非常にびびります。



 「 いや、…おにい さん、 おにいさん… そうか、おにいさんか… 」


 どこか呆然としたような感じで繰り返された。


 どうしよう。

 突っ込みの入れ所がわからなくて安全策に沈黙した。ほんとにどうしろと…



 「…ああ、いや、なんだ。今までそんな可愛らしい感じで呼ばれたことはなかったんでなぁ」


 頭をがしがし掻きながら遠くに視線をやってる姿は、なんかさっきと違ってみえた。


 でも、じゃあ、なんて呼ばれてたんですか?とは聞かなかった。

 だってさぁ、ボソッと「意図蹴りで、おにいさんかよー」とか小さく呟いてるの聞こえたし。イトゲリってなに?

 もう、君子危うきに近寄らず!!



 一番聞くべきことを尋ねる。これを聞かないことには始まらない! 最優先事項!


 「どうして、手を差し伸べてくれるようになったんですか?」

 「あ〜、そのことか。何を言っても、お前は覚えてないからなぁ。だから、何を言っても納得できないかもしれないが、お前にしてやられたんだよ」


 してやら…れ ?

 え…? なんか顔が引き攣る。苦笑してる顔に嫌みが無いのが救いなのか!?


 「あーんまり上手にやったんでな。ご褒美だ。ま、お前が直接俺達に何かしたわけじゃない。そのヘンは問題ない。気にするような事じゃないからな〜 ははは」


 笑って言われても、首の皮一枚で繋がってる感じで怖いんですけどぉ!?

 なんつーかこ〜 どこら辺になったら俺が、『あ、それでなんだ!』 って納得できる答えが転がって来てくれるんだろうか…? 周囲の埋め立てからじゃ、正解まで辿たどれないのか?



 また、歩みを再開して、前を向いたままで会話が継続した。


 「かつて、お前は言った。死を覆すことはできないと。そんな力は自分にはないと。しかし、選ばれなかった運命を歩むのなら、それはもう違う存在。違ってしまう存在だとな。

 手を差し伸べられたとはいえ、歩めるはずもない、選択すらなかった道を歩むのだから、お前も、もう違ってしまう存在になるのだろうな。そして、あそこにいたお前とは違うお前になるのだろうな」

 

 言われた意味がわからなかった。 俺が言っていたという意味もわからない。

 不明点が多すぎる。


 俺は、おれ…じゃない? 違って、しまう?


 変わらないはずの、この体。



 「まぁ、ほんとをいうとな。俺はお前が出来ないことが出来る。死を覆すこともできる。遣り様によって動かせる。

 お前があの光壁を抜けられず、消滅に至るようなら力で覆そうかとも最初は考えていたんだわ。至り切る寸前に全部チャラにする方向に回してな。しかし、手順や構築をどれだけがっちり固めても、許容範囲内の力で覆してもお前のどこかが歪みそうでなぁ… 歪んだら、修正するのに力を入れることになる。すれば俺の質が残る。根源として行ったことなら、やはり形跡は残ってしまう。

 そんなことをしてしまえば天然物では無くなるからな。どれだけ薄くともやって堪るかと思ったぞ」


 口の端をあげた笑いで最後の言葉を言ったその横顔を見た。

 ごくごく何でもないような、当然の事のように言っていた。



 てんねん もの。


 何か、聞いてはいけなかったことを聞いてしまった。そんな感じが、ものすごくした。

 

 『 この人は怖い 』


 理性で納得して抑えたはずの想いが、もう一度浮上した。


 

 その想いに目を逸らそうと、押し込めようと他のことを考えた。

 あそこにいた他の皆は、あの後どうなっただろうか? 他にも同じように怪我を負わされた人は、どうなったんだろう? 



 思考が読めるのか、それとも俺の考えることが単純すぎて推測が容易なんだろうか? 

 見越したように返事をくれた。


 「あそこで怪我をした者もいれば、しなかった者もいる。生き延びた者もいれば、そうでない者もいる。それだけだ」


 「…他の人は助けてくれなかった、んですか?」

 「俺に助ける義理もへったくれもないが? 俺は別に助けに手を差し伸べるためにいるわけじゃないぞ。総てに手を差し伸べようなんざ考えたこともないな。それを望むのならそういったモノに望め、いるかどうかも知らんが俺は違う。まぁ、お前の願いに手を差し伸べたのは俺達以外にはいなかったわけだから、お前の場合そんなモノに望んでもどうしようもなかったことになるな」


 目眩がした。手を引かれてなかったら、座り込めそう。


 「それにしても、お前よくあんな場所に行って落ちたな。誰ぞに引き摺られでもしたのか? お前みたいなのは、普通あんな場所には行かんもんだと思ってたんだがな」


 わからないままに、こう、ふらっとした。



 刺したあの人は、どうしてあんなことを… そんなことしてナンになるんだろう?

 様々な想いが錯綜する。

 刺した相手を思い出すと、顔より目付きを思い出す。俺がこうなった原因に感情が膨れ始める。



 「さあなぁ、俺はそいつじゃないからどうしてしたのか? なんざ分からんね。ある程度の想像はつけてもな。だいたいに置いては思慮が足らんというか、視野が狭いというか。その後に思いを馳せないというか、どこぞの血の巡りが悪いという話じゃねぇのか? 思い込んでいる時は、それ以外考えられんとも言われとるんだろ?

 そいつの状況なんぞ知らんから一概には言えんが、そいつ自身も感情を把握できてないんだろ。ないから衝動で行動したりするんだろ。把握していたら普通はせんわな。していてするなら、お前達の輪の中で生きるのはアウトなんじゃねぇのか? 

 お前達が本気で衣食住総てを一人で賄おうとしたら、まぁ生きるにゃキツいわな。不可能じゃないがよ。他人が作った服は着ない、他人が作った食いもんを口にしない、他人が作った建物に住まないってことだろ? 

 なんだ? 金? それは自分の利便性を、より良くするために作り出したんだろ? 金を得る、また使うという行為自体、総てを一人で賄うなら金そのものが不要だろ? 相手が要らんのだからよ。 『生きる』 の定義が違う話か? 

 それにしてもまぁ、自分を刺してあの淵に沈む原因になった奴を想うとはね。お前は優しいのかな?」



 え? 想う?  え? あ。ええと… 違うと思います。

 そんなことをそこまで考えて、そういうつもりで言ったわけでは… 


 そう考えた時、男の人が立ち止まって振り返る。



 手を放し、両手で俺の肩をぽんぽんと叩く。

 胸の前で腕を組んで心持ち俺を覗き込んで、「おにいさんが面白い例え話をしてやろうか」と薄く笑った。

 


 「先ほどお前の家人がいたな。あれはお前の姉、だな? 他に兄弟はいないか? 仲は良いのか?」

 え? 姉が一人で仲は良いです。俺の大事な姉です。と答えた。


 「そうか、大事な姉か。姉は結婚しているか? 子を生しているか?」

 普通の話じゃないの? いえ、恋人はいるけど結婚はしてません。子供もまだ… そう返事をした。


 「ああ、恋人がいるならまだ良かったな。慰めてくれる者がいるのは良いことだ」

 姉を思うと眉根が寄る。心が軋む。


 「その恋人に会ったことは? 話したことは?」

 あります。なんらかの理由で破局しない限り、あの人が俺の義理の兄になるんだと思ってました。


 「そうか。なら、その男に兄弟がいたとして、その兄弟が犯罪者であった時、お前はその男を歓迎するか?」

 はい?


 「姉と男が結婚する前に、男の兄弟が犯罪者であったと判明した時その男を義兄あにとしてお前は歓迎するか? 男と、男の兄弟は別物として姉の結婚を心から祝福するか?」

 え… 

 

 思考が戸惑った。



 「世間一般の親というものは、子を大事だと考えるものだろう? お前とて姉は大事なのだろう? 子の、兄弟の、結婚する相手は気になるはずだ。そうなったらまず、身元調査をする親はいるだろうな。相手に多大な借財はないか? 他に同じように結婚を望む相手はいないのか? 妻合わせて本当に我が子は幸せになるだろうかと考える者は多いはずだ。そこで相手の身内に犯罪者がいる。そうなったら、その時点で相手が良くとも破談ではないかな?」


 口角が上がり笑っている。


 「だが、それよりも相手は良い。兄弟のことがあれば、それについて悩み、苦労もしたことだろう。だからこそ、そんな事態にはならないように良い道を選ぶはずだと認めたとしよう。そこまで判断がついた場合、お前は祝福するか? この話が姉のことだとして、お前は姉が選んだ男を認めるか?」



 気負い込むような口調ではなく、ただちょっと面白そうな口調なだけ。

 どこかで迷いながらも、姉が選んだ人で幸せになれるのなら… と呟いた。


 「ああ、お前は優しい子だな。思慮が足りないが」 


 大きな手が俺の頭を撫でた。


 あの、子供では…



 「まぁな。こんなもんの分岐点はいくつでもあるんだが、そうだなぁ…

 男と姉が結婚して、幸せなところで問題の兄弟がやって来た。今回のお前にしたように罪を犯した場合、姉と義兄が倒れたらお前どうする? 

 姉と義兄は無事でも居合わせたお前一人が怪我を負い、その身が不具になったらなんとする? これが運命だと諦めるか? 姉と義兄が無事で良かったと思うか? なんで俺が、と考えないか? 

 遡ってなんで二人の結婚を認めたんだとか、反対すれば良かったとか思わないか。果てにこの二人に世話になるとなったら嬉しいか? 当たり前だと思うか? どうしようないと悟りでも開くか? それとも相手が憐れな者よと流して赦すか? お前はこの仮定をどう考える」


 思いがけないことを言われて言葉に詰まる。

 真顔で問うてくる。

 思考が可能な限りで語る原理を追っかけたが、明確な答えを即答できずに沈黙した。


 沈黙の思考に結論が出る前に話が続いた。

 話は終わらなかった。



 「ああ、他にもあるぞ。知っていた場合と知らなかった場合だな。知らなかった場合はなんで調べなかったと悔やむだろうし、知っていた場合は己を疎みそうだがな」


 今はあまり聞きたくないとも思ったが、聞くべき気もする。

 追求の為の理論に制止の声は出なかった。



 「言った仮定が仮定でしかなく、犯罪も何も起きなかった幸せな場合、姉と義兄の結婚によって一番被害を被るのはお前になる」

 完全な断定に、思考がどこでそうなると追いかける。

 


 「言った通りだ。幸せな姉と義兄の結婚により、お前は身内に犯罪者を持ったということだ。まともな者なら犯罪者と近づきになりたいとは思わんだろう? 

 お前に恋人が出来て結婚しようとして、さっき言った通り相手側に調べられたなら嫌がられるだろうな。本人が良くても身内にいるのではと義兄の時と同じことが繰り返されるだろうな。

 しかし、調べる相手がいなかったり調べなかったり。駆け落ちという手もあるだろうが、調べた後なら破談の方が、恋人との別れの方が早いかもな。

 ま、その辺りはいろいろだな。運良く相手が見つかるか、独り身でいるようになるか、結婚せずとも子は持てるか。逆に問題が膨れあがりそうだがなぁ。特に黙っていて後から知れた日にゃあ、その身内である者から責め立てられてみろ? 疎遠が確実じゃねぇか? そうなりゃ、次に繰るのは次代だな。

 起こした事象は一つでも、それは一体どこまでまつわるだろうなぁ 」


 言われて、そんなことに… ああ、そうなんだ。そうだよね。そういった事が自分の事じゃなければと。


 「ああ、その通りだ。自分の話じゃあなかったらな。知識としても現実味なんぞ伴わんよなぁ? そんなものは理解より叩かれて初めて実感する、現実の痛みだ。 


 姉の結婚で身内に犯罪者を得た。

 それはお前の罪じゃない。お前が起こした問題でもない。お前は真実なにもしていない。誰に対しても何に対してもお前が卑下される要素はないし、お前が自分を卑下することもない。

 だがよ、身内に罪があるということは、何もしていなくてもお前の汚点に違いないんだよ。持った時点でお前は自分がつけたものでない汚点を被って、決して自分で消して落とす事が出来ないんだよ。不条理だろう? だが、この行動は正しく人の条理だろう?」


 さらりと言って笑う人に、そうですねと答えるのが正しいんだろうか?


 「俺にしてみりゃ面白いのは、ほんとになんにも考えてない頭だけどよ。

 罪を犯した男の兄弟は、その時に自分の考えた一直線の思考で犯罪を行ったんだろうなぁ。それで、あー、お前のとこは刑務所か。そこで死刑にならなけりゃ、その罪に見合うだけ服役して出所するのか? それで罪は償われたと、何にもなくなったと考えられる方が不思議だよなぁ。


 跡がなくなるわけねぇだろうが。上書きしても、した跡が残るってぇの。

 自分で自分に一生消せやしない、てめぇらで穢れと断定するモノをその身に纏って、なぁに言ってやがんだろうなぁ? こんにてめぇで刻んだ痕跡が拭えるわけねぇっていうのによ。どうやっても痕は痕だってぇの。

 それがまぁ、ちっと時間が経てば消えると思っているんだぜ? 自分で向かいあって見つめ直したら終了だ? なんじゃそりゃ。どっから都合良く出てくんだか。弱いなりの逃げ道の模索だろうがよ。


 この仮定の男の兄弟は自分が起こした犯罪で、全くの赤の他人に自分の汚れをなすり付けた自覚は出ると思うか? いや、気付かんか。時間が経って過去の話だと認識していた場合、自分の罪は自分の罪で、兄弟には関係ないなんぞと考えていたら、まぁ、笑える話だ。

 時間が経過して忘れた頃に、かつて己が犯した罪がまだ生きていたと知りえれば、どうするだろうな。どうもせんか? もうそれは関係ないと、ほっといてくれと捨て置くかな。置けるかな? 影と同じで真実切り離すことができようかな? 


 もし、姉と男が結婚せず。その理由が兄弟である自分の罪からなるものだと知ったら、犯罪者である兄弟は男に何を思うかな? 逆に男は兄弟に何を思うかな?

 姉が結婚した場合、お前がつけられた汚点を許し難いとしてその男を恨み、何もかもを逆恨んで男と同じように犯罪に走ったなら、それは一体誰の罪だろうな。

 最初の根源ではなく、お前だけの罪だとされて関係ないとされるかな? されるよな。その程度の判断は出来て当然だものな。ああ、この男をお前が殺しにでも行ったら因果で済むのかな? そうしたら、姉達はどうでるだろうなぁ……   」


 笑っている顔が、ほんとうに楽しそうだった。

 目元も口元も嫌みなく笑っていて、口から出る笑い声は強く、けれど大きな声ではないのに… とてもはっきりとこの暗い空間の隅々にまで流れて  この人の存在が広がった。


 未だにその口から語られる様々な仮定が整然と耳に流れ込んでくる。

 そして、語るこの人から墨が滲んだように見えた。



 じわりじわりと墨は広がり、蝋色になった。




 「…姉達がお前に優しくしてくれたとして、お前はそれで満足するかな? できるかな?」


 蝋色は染まって黒くなった。




 「如何に優しくあったとて、心が優しくなれるかな?」

 

 黒は紫黒に、紫黒は黒紅に移ろっていく。




 「抑えることなく誤摩化すことなく、いつまで偽りなく心が優しくあれるだろうな?」


 黒紅は鉄黒に転じて、転じた鉄黒は黒檀にもみえた。




 「ん? どうした?」

 

 こちらを見て首を傾げたその周り、黒檀は舞い散って烏羽色に変じた。




 「…疲れでもしたか? この場にとどまりすぎたか?」


 繰り返す呼気のように、烏羽色が沈めば濡羽色が浮き上がる。

 濡羽色をしたその手が伸ばされてくる。




 「では、行くか」 


 柔らかい声と共にその手が触れた時、濡羽色は飛び退り、漆黒と暗黒が手を携えて共に生じて笑い出す。 



 目が、離せない。

 二黒の誕生の産声に空間が鳴動する。それらが揺らぎとなって確かなモノと目に映る。


 気配が、ナニかの気配が…  昏く 深く  とても 色濃く。


 変わる。

 

 変わる。


 同じモノのはずなのに。


 目に映る色が。

 映った色が 脈動に、呼応して、色が、 色が伸びて


 


 「 …? どうした?」


 動け ない。

 覆い被さるように覗き込んできたあの人の姿が、全体に滲み始めて 輪郭が、違うモノの様にぼやけて


 違う。ぼやけるんじゃない。


 ぽやけてない。

 それは濃密な





 顔は見えずに全き闇がそこにあった。



  



 「ひ、 あ、あ、ああ  ぁぁああああああああああ!! 」





 

 



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