表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚  作者: 黒龍藤
第四章   道中に当たり  色々、準備します
235/239

235 ある、彩色の涙

初めて血管痛の経験値を得たよ。1Pでも酷いわ、あれ。

で、他にも色々あって遅くなりなり。





 匂う。

 いやもうほんとに、ぷんぷん匂う。この程度、危険臭とは言わないが〜 ぷーんと匂うは困りもの。


 「はぁ…  あ」

 

 口を半開きにして喘ぐ姿は艶めかしくも、色より先に『うっわ、幾らで売れるかな〜』とカネの欲が湧いて出る。つい、カネ換算をしてしまう。この卑しさに、ふ、と腹で笑うもまじ余裕。


 余裕余裕。

 気遣う笑顔と自信しかない足取りで、カッと歩んで一片の不安も与えやしない。ばっちりさあ〜。


 「いやー、お待たせして。脱水モードですかね」


 寝台の前で膝を着き、顔を覗き込む。


 「あ、は あ…」


 助け待ちの潤み切った目が縋るよーに訴えるも、訴えがよくわからず。しかし、ほんとに売れそうな顔で困るなー。これを売るならオークション一択だろ〜。


 一旦、立ち上がって飾り棚の上にある水差しへ向かう。


 水差しの柄を握り、お洒落グラスを取る。

 握ると同時に湧き出す清水が内部を満たす前からグラスに注ぎつつ、くるっとターン。


 「で、起きれます?」


 起きれそうにないのはわかっているが声を掛け、起きれそうにないので肘で寝台脇を押し、収納式サイドテーブルを滑り出させて諸々を置く。


 「はい、介助しますよー」


 寝台にちょこっと乗り上げ、はいはいと体を抱え起こす。片腕を回して体勢をキープ。グラスを手にした所でストローを思い出すも! 常備してねーや、あはは。


 「いけます?」

 「はっ」


 震える口で一口含むが飲み下せずに口から零した。おう、布巾がいる。しかし、ないので服の隠しからハンカチを取り出す。 …にしても、かなり真面目に弱ってる。一体、何をされたってえ?


 口元、顎に喉周り。

 ささっと拭うも、こうなるとネタでも口移しなんてとんでもねえ。礼節云々より色々怖くてやりたかねえ、そんでもってえ〜〜。


 「あー、非常に聞き難いんですがね? 現状で本体、問題ないですか?」


 どっかに置いてる?なんて聞くと面倒モードに突入するんで、その聞き方は絶対にしない。そして口頭での返事は期待できそうにないので、指で可・不可を作って視線での返事を求める。


 「最悪、今のボディ捨てれます?」


 一時的でも衣替えして貰う方が良さげ。だから、余ってるボディの一覧でも見せるかとグラスを置けば「れ、ちょっ と」頑張る呻き声。


 もしや、別ボディ持てないヒトでした? え、まじで? まじでちょっとの分離も無理なヒト!? いやいや、それは嘘だろう?




 「う、う、あー」

 「あの」

 

 「て、つだ」

 「あ、いーんですね。はい、失礼」


 胸元を引っ張りオープンにしても他は着崩してない。寧ろ、最初に上着を脱いどけと思う。弄ってた上着の飾り留めを手にして一度、前を整える。それから外して、脱がせるのにも気を使う礼服に手間取りながら、ふと気が付いた。


 あれ? これ、もしや? あ、もしやー。


 そんな予測に至っても、できる俺の手は止まらない。上を脱がせて脇に放り、見える体のラインを胸中で怪しみながらも顔には出さず。改めて引っ張り縒れた衣装をたくし上げ、肌を露わにさせた途端に だ!


 ぶわっときた。


 真面目に空気感染が疑われても仕方のない濃密な黒い靄と顔面から、こんにちは。そんで腹にぶっ刺さってる、黒いブツ。


 顔の前をペッペと手払い。


 「…これまた物騒な黒いもんを腹にお入れで」

 「だ、れ、が、はらぐろだと」


 「あっはっは、んな事ひとっことも言ってませんよ」


 他人の力に犯されて、ほんとに腹黒くなってるのに笑うー。笑わないけど。しかし、現状が把握できて安心。


 そりゃあ、こんなもん腹に仕込まれてたら熱が出て脱水モードにもなるだろし? いやん、な方向にもなるだろしぃ〜?


 外気に触れて飛び出ても、拡散されない黒い靄。薄まる事なく勢力倍増計画を発動して広がろうと頑張るから、迷惑ですと片手広げて吸引収集。これを換気で済ませたら消えないウイルスのばら撒きになっちまう。


 手の上でくるくるさせるが、まぁぶっ刺さってる本体あるし〜〜。


 大元の発生源がまだまだ流す流すのめーわくで、吸い取りゾウさんでもいるんかねえと思った所でプツッと終了。全部手元に収めたら、くるっくる速度を早めて回して密にして、フッと息を吹き掛けコーティング。序でに光もくれてやるかとキラリして、見易いよーにと結晶化。


 うむ、なかなかに綺麗なのができた。 うん? 固めず、中がとろーりのままの方が良かったか? 


 「はああ〜〜」

 「あはは、お疲れ様です。落ち着きました? んで、浴びせてやる魂胆でいましたね?」


 「そりゃあ、もちろん! 一人だけ、こんな理不尽喰らってたらやってられないですよ」

 「うわあ〜」


 大人しく嫌がらせを喰らって良かった良かった。

 そして、揺るぎない力強さに安心。開放と同時に始まるなかなかの全体回復速度に穢れ払いが混じってるのも良い。真面目に、このヒトを使者に立てて良かった。俺の選択、間違ってなかったー。


 しかし、どーゆー経緯でこーなった?


 「で、これ鍵でしょ?」

 「そう、頑張ってアポ取りしたキーですから拝んで下さい」


 「ははー」


 拝めと言われても拝む気持ちにはならないが、遊びに付き合う気持ちはあるんで道化の如き一礼で機嫌を取る。


 「普通、カバー付けるでしょ? なんでカバーにされてんですか?」

 「最初は普通に普通の「あ、続けて下さい」  …端的に言えば、ご本人にされたのではなく非常に矮小な思考に凝り固まった屑的集団が」


 「あー、なんとなく理解。迷惑系信者が出たんですねえー?」


 返事をしながら内線押しに向かったが、『いや、待てよ』と飾り棚へと歩みを変える。


 棚から呼び鈴を取り出して、一振り。


 『はぁい、どのようなご用でしょう?』

 「おー、すまんが緊急用の救急キットを大至急持ってきて」


 うんうん、暫く使ってなかったけど接続良好。


 『はい、直ちに! 到着まで接続はこのままに?』

 「いや、俺がいるからいーよ」


 『では、お待ち下さいませ』


 ちゃーんと非常時の対応マニュアルを忘れない、うちの子の出来ににんまり。接続が切れたのを確認して、よし。


 「馬鹿にやられたにしても、よく腹にしましたね?」

 「えー、背中は嫌ですよぅ」


 「あはは、それはそうだ」


 軽口を叩きながら、呼び鈴を枕元に置き。必要な時(ナースコール)にどうぞ、と目で微笑む。


 「どうも、それに腹の方が格好が付きますしね」

 「やらせ的な?」


 「態と的に」

 「性格わーるー」


 「まーさーかーですよー」


 少し楽になった顔で微笑むも腹にぶっ刺さってる以上、売れ筋はどうあっても玄人向け。 …でも、今のポーズも売れそうで困る。うちの子とあの子の為に、今後入り用になりそうなんだよねー。カネがチラついちゃうんだよなー。




 「我らが主よ、後で替えのシーツをお持ちしても?」

 「圧縮ボンベ置きまーす」

 「こちら、クリーンルーム設定できましたー」

 「お加減は如何です? 術後、食べたい物がありましたらご用意しますが」

 「主様の腕は確かです、ご心配は無用です」

 

 集団で持ってきて、わらわらわららっと構えて終えた順から励ましに回る気配り上手。自分で言うのも何だが、よくこんなに育ったな。


 マニアさんが嬉しそうに遠慮なくリクエストを上げるのに、苦笑い。いーもんばっかり注文してからに、まーあ。


 「楽しみに頑張るね」

 「はい、心から回復をお待ちしております」


 「嬉しいな」


 なんかすっごい大手術でもするみたい。事はキット内のアイテムで足りるんだけどな? 基本、引き抜いて薬を塗ったら終わりなのにな?


 まぁ、お疲れなのは確かだから。

 休養を兼ねて寛いで貰う意向ではあるんだけど〜 なーんでこんなサービスにまで発展してるんだ?


 「後になりましたが、ご案内した者が行き届かずに」

 「お水も出せすに、どうしようと」

 「申し訳なく」


 あー、なるほど。

 臭気に耐えられなかったか。あんだけ匂えば有毒だろう。今もまだ、ちょーっとしてるしな。


 今は配置を問わず、高レベル帯の子達は担当区域のチェック回りやその他の指示で気張ってる所だから〜 フロントスタッフとしても、まだそこそこのレベルの子が… って、待て! 案内したうちの子の被害は!? その子の容態はどうなってるーー!?


 あ、無事か。


 



 


 消毒薬は出した、傷薬も出した。

 医療用手袋嵌めた。


 「はい、じゃあ抜きますね」

 「え、使わないんですか?」


 「はい?」

 「ほら、クリーンルーム」


 「…要らんですよ?」

 「えー」


 「いや、俺の手元で極小スポット展開すればじゅーぶんでして」

 「折角の志ですよ?」


 うだぐだ言いながら見上げる目よ。あざといから、ほんとに売ろうかな?


 「それに抜いた時、もしもですよ? もしも、これが」

 「ええー」


 俺の展開が内圧に負けるよーな心配をされるとか、辛いな。一応、手術なんだからクリーン以上に〜 ま、いいか。患者の納得が大事だしな。


 なら、同意を貰わんと。


 「んじゃ、そうしますか。展開後は流れでちゃちゃっと施術に入りますが、いーですか」

 「ああ、それはもう」

 

 「施術は事後の為にも、ご協力をお願いしますね?」

 「もちろんですよ」


 「ではでは、改めまして。楽な姿勢でお願います」

 「楽? あ、このままでも?」


 「はい、いーですよー」


 ぽち。


 「わ、綺麗ですね」

 「どうもー」


 寝台を囲って足元から七色の極光(オーロラ)が立ち上り、速やかに上部中心で結着。できた結び目が患者の位置に合わせて真上から、すこーし位置をずらして固定する。固定場所が決まれば全ての色が結びに集約されて全体は透明に。そして複雑に色が混じる結び目から数色が重みを湛える雫となって滴り落ちると光膜全体が青白さに包まれた。


 膜の光が定まった時点で内部は光線によるクリーンが完了。今回は天蓋がない寝台だし、壁際でもないから綺麗な半球形ドーム状に。


 青白い光のガードに裂け目等がないか目視確認、よし。

 赤と黄色でできた天井のライト(結び目)も、よし。


 ボタ落ちした紫と緑と桃色がマニアさんにベッタベタに張り付いてるのも、よし!


 粘着力は一級品、拘束に一直線なこれが床まで垂れた時点で寝台ごと接着固定になるから動けまい。肩で弾けた桃色が呼吸を妨げない程度に口元に散ってるのも、よし。


 目で訴えられても知りません。速やかに執刀、ならぬ抜刀… ならぬ鍵を抜こう。意識あるでしょ、だいじょーぶだって。


 ナイフのよーに腹に突き立てられた鍵を抜く方向性は決まってるが決定ではない。鉗子を使うと逆に危険だから使わない。手袋した手で直に掴み、掴んだ感覚で確かめる。やはり、揺らさずに上へ引き上げねばならん。


 揺らしたら根を生やしそうだ。




 鍵の特性を考慮して、さっさと抜いたら消毒薬の中にぽい。スポットライトで照らされる患部を確認すると既に細胞壁が仕事してた。しかし、何にもしないのも悪いんで構えてた薬を普通に塗る。栄養剤でもイケんじゃね?とか思いながら、ルームの光膜に手を伸ばし、指先に色を乗せる。


 青白さからビーッと白を引き出し患部に貼り付ける。これで、よし。


 「これにて終了です、解除しますね」


 にこっと笑顔で報告し、再度ぽち。

 今度は三色の極光が青白い光膜の内側に沿って立ち上り、結び目(ライト)に取り付く形で結着。光を喰らい、結びを喰らい、内部から外部へと進出。その間に藍が滴り落ちる。


 間を置かず、青白い半球形ドームは上から二色に喰われて消失を始め。貼り付いた三色は重なる藍に溶かされ、共に流れて床へと落ちる。



 フィィイイイン…


 混ざり合い、とろりとした黒が床に蟠り。

 それを感知したクリーナーが稼働を開始、片っ端から吸い上げる。


 一定量の吸い上げでサポート機能がスイッチオン。強力蒸気落としも加わってブイブイ仕事をしてくれる。輪っか跡ができちゃった寝台周りもレールに乗ったトロッコみたいにくるりん回って、お清め終了。


 掃除が終わった後、ころりと残ったのは橙の小さな塊。


 薬液の中から引き上げた鍵を残りの青の切れ端で拭き拭きしながら眺めてた。鍵を片手に腰を屈めてそれを拾い、使い捨て(オーロラ)交換カートリッジのよーうにクリーナーの上に乗せる。


 最後にクリーナーをドアの脇へと自走をさせて完了。



 「お疲れ様でした。ほら、問題なく終わりましたよ」

 「それのクリーンルーム設定、間違ってやしませんか」


 にこっと笑顔で身を厭い、手にした黒い鍵を見せながら成功を誇示したのに結構な目で見られた。同意したくせにぃ〜〜  ぷっ。





 「もう、ハゲたらどうしてくれるんです」

 「え、普通に生やしたら」


 色が飛んで張り付いた。その際に髪が突っ張っり、痛かった!との文句が出たので汚れてもいない髪を梳り、オイルを使って頭皮マッサージを実施中。めんどくさいヒトだ。しかし、痛気持ちい〜い感じでグリクリやってご機嫌を取る。


 実質、ご苦労様ではあるからサービスも以下仕方なし。


 「あ、あ、それ、それちょっと!」

 「痛くても良い感じぃ〜」


 「あ〜〜〜〜」


 しかし、触れたらわかってしまった悲しい事実。髪が傷んでる。いや、見掛けは艶々で綺麗なんだけど〜〜 一本一本がなんか薄い。薄くて弱くて軽い髪… 風に戦ぐ儚げ演出には最適でも、直ぐにぷちっと切れちゃいそうなこの感触は〜 ちょっと詐欺でないか?


 「この髪、ヅラだったりしますかね?」

 「あ、なんです?」


 好きでやってるにしても、どーぶつの世話に追われるとこーなるってかあ?

 


 


 「あっはっは、失礼しました」


 ヅラじゃなかった。

 俺の手から、さらりと滑る艶髪。手触りだけは悪くない、それだけに気に入らない。


 「じゃ、切っていーですね」

 「う、う、うぅう〜〜 誰の所為で心痛を抱えて、こうなったと!」


 「え、どーぶつを抱え過ぎてるんじゃ… 多頭崩壊の前兆ですかね」

 「そんな訳ないでしょ、あなたですよ」


 「そんな短期間詐欺は」

 「ストレスに期間を問うなど無粋の極み!」


 「でも、ご自分の責任ですし」

 「はい?」


 「や、凄まれても俺の鳥をあんなにした所為だし〜」

 「………ええ、ええ、そうですがね? え、そこの口があ、あ、あ、あ、あーーーーー!!」


 「ええー?」


 心の機微がわかってないとぶつくさ文句を言われたが、これは関係性が進んだとみていーんだろうか? どーぶつ好きなだけあってドライな関係性を保てないヒトだったんか?


 「じゃ、伸ばしますねー」

 「はい?」


 「や、だから髪を伸ばすと」

 「…切るのでは?」


 「だから切る為に伸ばしますね。ああ、すいません。もうちょっと下にですね」


 一旦、寝台から降りる。

 椅子に座ってやりたいが、『腹が腹が』と言うヒトに座れとは言えな  いや、言ったら文句で進まないだろーから?


 もうちょっと〜と寝そべる体を滑らせて頭周りのスペースを広げる。


 「あ〜〜〜」

 「はいはい」


 ずれたクッションを頭の下にズボッと入れ直す。


 「寒くは? 用心に掛けましょうか」


 言われる前に、ふわりと薄布を腹に掛ける。もう、これで良いだろう。再び寝台に上がって頭の後ろで腰を据え、両足伸ばして姿勢を取る。 …うっかり、両足で羽交い締めにしたくなる誘惑に襲われるのは仕方ない。


 「じゃ、伸ばしますね」


 前と後ろと両脇と。

 大体の所で四つに分けたら右脇の髪を両手で挟む。んで、引っ張らない程度に注意しながらあ〜〜 手を滑らす。


 する〜んと滑らかに放り投げる。うむ、後は慣性の法則に従え。


 「うぁ」

 「あ、痛かったです?」


 「いえ… そうでなく」

 「何か変でした? 流したんで頭部への負担はない筈ですが」


 手袋しないと拙かったか?


 「負担  では、なく」

 

 覗き見る顔は妙なままで自分でもわかってないらしい。仰ぎ見る目と合っても明確な返事はない。待ち時間が惜しいんで進もう。


 「左、いきますよ」

 「あ、まぁ」


 今度は長さを調節して短めに、するーり。


 「… 」

 「ご気分は?」


 まぁ、多分あれだ。

 近過ぎるヒトの力に感覚が惑ってんだろ。残りは盛大にやったれ。



 「はい、鏡出しますね」


 宙にモニターパネルを出したら、設定変更で鏡モードに。モニターを鏡にするのは変則設定で、ちょいとズレたら嫌だなと思うんだが〜 今のポーズが本人インパクトだろーと思うから。


 寝そべるマニアさんと両足広げて座る俺が映って、やったね。


 「うわあぁあ」


 鏡映りに興奮してた。


 「こここ、こんな感じの! これ、あれじゃ! いや、あっちの方が!」

 「は?」


 「違う、モードで言えば! ってか、あれ下げて下げて下げてって!」

 「あ、はい」


 長い髪を体に纏わり付かせ、気怠げなとろりとした風情に重なる儚げな顔は… ちょっと、えろかった。だが、今は違う。自分自身の姿に興奮し、ぴょんと起きると髪をあれこれ持ち直し、品を作ってポーズを取っては遊んでる。


 もう腹は痛くなさそうだ。


 「ああ、これなら… あのだみ潰しが」


 あの服この服、あの飾り。

 うっとり顔で止まらない喋りは服飾話。想像しても現物見てないから為になりそーでならない、着替え(コスプレ)の妄想は後にして欲しい。


 「はい、切りますよー」

 「えー、もうちょっとー」


 髪を掴んでラインを決めて、爪を刃として切り落とす。


 「はい、じゃっきり」

 「あ〜〜」


 折角の髪に金気は当てたくないから、鋏なんぞは使わない。後は意見も聞かずにショリショリショリ。さいぼー分裂、量もたっぷり増えたから自分のセンスで思うがままに。


 俺好みで整える楽しさよ。


 「どうです?」

 「おおおおお〜」


 降ろしたモニター鏡であれこれと確認する良さげ顔に俺も満足。存外、ヒトの世話をするのも楽しいもんだ。 …いや、時間限定で。


 「所で、家の方は問題なく?」

 「預かりの彼女がやってますでしょ。上手くいかなかったら、連絡はきますし。それに」


 『脱走中、捕獲者に報奨金あり』


 顔面を覆う文言は視界妨害で逃走障害。

 これを喰らえば早々に諦めそうな顔が浮かぶが、そうと笑うこのヒトも大概だ。まぁ、よくわかる黒さだが。


 切り落とした長い髪を糸で括って、周りに落としたモノは宙に浮かばせる。それらをまた手のひらに吸い寄せ集めて、かる〜く握り込む。


 手を広げれば空気を飲み込み、もふわっと丸く柔く仕上がった。


 「…この髪ボールどうしましょ? こっちは使わせて貰いますけど」

 「捨てていーですよ。でも、そっちは何に?」


 「鳥の飾りにしようかと」

 「えっ! 良いんですか!?」


 驚きの声と顔を彩る喜びに、「あれはもう、あなたの家の子ですから」俺の鳥の確かな幸せが見えた。





 「お、これもう要らんの?」

 「はい、どうぞ」


 空いた籠に青で包んだ黒い鍵と髪を入れ、出掛けにこそっと橙を摘んで放り込む。


 「じゃあ、ごゆっくり〜」

 「はぁああい」


 「ああっ、動いては!」

 「ご無理なさらず」

 「そうです、もしも痕が残っては大変です」


 「こちら、ご希望のお品です」

 「ご存分にどうぞ〜〜」


 呼び出しを鳴らせば、間を置かずに入ってきたうちの子達に囲まれて幸せそう。うちの子達も持て成してるのか持ち上げてるのかわからん程度に侍ってるから、後を任せる。


 廊下を歩きながら籠の中に目を落とし、聞いた鍵の使用期限を考慮する。それから、目に入る橙に口を歪める。


 協力により得られた術中の映像は希少だ。医療映像だから、そちらの手合いに大変喜ばれるだろう。そして顔も部位もバッチリだから高額取引になるだろう。


 そうなれば、持ってなかった方面での実績とカネが手に入る。それで品位は買える。

  

 カネで落とす品位とカネで買う品位。


 「ふふっ」


 品位は品位。

 しかし、まぁ? ダークウェブを回遊する身で下手に品位を落とす気はない。ランク下げな品位も使い所はあるが〜 そう、この俺が。 この俺がカネで買える程度の品位なんぞをぶら下げてもよ〜〜 なー。



 何時か見た、どこぞの子供。


 本気で嫌がり涙するモノの姿にそれで良いと、それが良いと喜んで。写して回り。せーてきよーきゅーを満たすそれから是とするモノ達に支えられ、力を伸ばし、これが夢だ最高だ!と複数の達成に興奮を持ちて飛び抜ける笑顔を見せていた。


 それがとても可愛らしかったのを覚えている。


 確かに可愛らしかったが、俺から言えば欠陥品種でしかねえわ。弱い強いは関係ない、単なる欠陥。摘果対象だ。


 他種がまともなだけに。

 まともな営みであるだけに、より種の欠陥が浮いて出ていた。


 「ぷっ」


 口元を笑みに。笑みに。



 「種の本能と笑いては 愚かにも 種の繁栄から 足を滑らす」


 歌いながら橙を手にし、上へと弾いて指遊び、受け止めて、再び、手の中に。 そう、全ては手の中に。


 機嫌良く、歌いて。

 ああ、と納得。繁栄に次ぐ繁栄で複写がエラってバグって受信キャッチがイカれてんのか。 …待てよ? うちのもそれで弱ってんのか? んー?


 ちょいと悩めば全体のアップデートのめんどくささに、『ぶっこわー!』を叫んで三回ほどやったとゆーヒトのネタ話を思い出す。実際は知らんが、んなのどこぞで泣きながら積み続ける石ネタじゃねえの。そんで壊すのが自分とゆー無計画さが笑う。


 「最後は手に負えず、飽きて捨てそー」


 ああ、でも。

 時間を掛けて構築した受注ブツを依頼主の横暴にぶち切れて『お前如きに、このシステムはもったいねえわ!!!』で全抹消したヒトいたってゆーからなー。


 第三者が聞いてもまじ逃げする作製者への対応の悪さって、わーらーう〜〜。

 




 「お帰りなさいましー」

 「うおっ」


 未だ虫籠抱えて待っていた。闇特性出して、まじ暗い。


 「お子様の検査キットのご用意はできてますうー」

 「あ、うん。ありがとね」


 視線の方に目を遣ると、確かに必要な物は揃ってそう。生物実験室じゃなくて他でやろうと思ってたんだが ま、いいか。


 じっとり視線を受けながら橙を 橙を〜 ちろっと蹲ってるのを横目で見て。そのまま置く危険性に取り敢えずで鍵と一緒に引き出しの中に放り込み、ブースへ逃げる。



 灯りを点けたら卵の横に籠を置き、遮光布を取る。

 そっと持ち上げ状態確認、尾羽の汚れもよく確認。程良い洗浄過程にほくほくで置き直し、籠から髪を取り出し左右を持って卵の前で当てがって。


 やはり、使う分量は三分の一で良い。


 髪をくるりと纏め直す。

 籠に入れて、遮光布を掛ける。


 「もう少し、お休み」





 「さぁて、やるか」


 子供の名前に身長体重、自己申請年齢に現在住所。お着替えモードの状態もばんばん打ち込む。保護者名はムカつくのでうちの子の名前にしたった。


 基本シートができたら、次は検査だ。


 「お手伝いを」


 振り向けば、手を挙げてもう区画切りを始めてた。何時もより闇が黒々しいので滅菌作用がどっぷり出てる。虫籠を目で探せば隅の隅にあった。単なる試験用の区画切りがあれの為の隔離措置に思えて仕方ない。


 だが、そんな子だしな。

 これで外側に居たら問題だが内側でやってるから不問にする。


 「じゃあ、これを」


 終わり待ちで伺う顔に、『お強請り手伝い』とわかってても苦笑。







 何かに起こされるように、眠りから覚めたの。

 ほわりと感じる、何か。


 そろりと首を回しても、周りは暗いまま。でも、感じられる何か。それを知りたくて動こうとしたけど、きつく握り締めた手は固まってた。悴んだ手を指先からそろそろと動かし、ゆるゆると動くようになってほうっと安堵の息を吐く。腕を伸ばして柔らかなモノの中を『たぶん』と思う方向へ這い進む。


 『ひっ!』


 突然の酷い揺れに見舞われ、体を縮めてしがみ付く。ぶるぶるとしていたら、開いたように上の覆いがなくなって酷い流れに襲われる。押し流されそうで目も開けられず、必死になってしがみ付く。だって、流されたら死にそう。


 また一段と強い流れに負けそうになった時、唐突に上が覆われ、閉じられ、流れが止んで静かになった。漸く気が抜け、ぐったりする。このまま眠りたい気持ちなるけれど、やっぱり感じる何かが気になる。


 顔を上げると、先ほどよりも暗かった。

 その閉じた暗さに先行きの暗さを感じて心が沈みそうになる。その心を叱咤して、頑張って這い進んだ。


 隙間を見つけて顔を出す。

 遠いのか近いのか? 定かでない暗闇の中、ぼんやりと滲む光を見た。


 ぼんやりなのに、見ているだけで心に希望の泉が湧いたよう。うっとりと見つめる内に思い出す。どうして、私だったのでしょう?




 「うん?」

 「…どうか?」


 「あ、すまんね。次は髪の毛ね」

 「はい」


 


 いえ、私が二番目だから。それはわかる。

 二番と三番に大きな差はなかった。でも、一番と二番の間には差があった。誰もが認める大きな差があった。


 『だから、頼むのだ』


 輝かしい金の髪。

 私に、と。


 『だから、あなたが適任なのですわ』


 殿下の一段下に立つ、赤の方が微笑んで言った。意味がわからない。あなたが一番なのに。


 『民の不安を抑える為、また我が国の守り為、わかってくれ』


 守る為、守る為、守る為。

 未曾有の危機を乗り越える、その守りに一番を。一番であるから。 何故?


 拝命は謹んで受けるもの。

 だから、受けないという選択肢はなかった。


 お前が適してると褒められ望まれるのは嬉しい事でも… 何故、一番が守り手なの?


 守りがないのは戦争の懸念。だから、二番目の私が。でも、此度は他国との戦争ではない。現に今、戦争など …いえ、先の事はわからない。


 でも、それなら。

 そうなる前にこそ、赤の方に望むのが正しいのでは? 二番や三番よりも良いのでは?


 二番の私が失敗すれば一番が出る。だから、私が最初に。


 おかしいようでおかしくない理屈。

 この『皆の守り』が私を推した。でも、納得ができない。

 

 民を第一に考えられる聡明な殿下は変わらず凛々しくあられるも、どこか疲れた顔をされ。でも、どうしてか… その表情下に 寧ろ嬉々とした   ああ、不敬。


 指摘を言い淀む内に『あなたなら、きっと遣り遂げられます』と。『祝福を』と私の返事を待たず、言祝がれた。


 お待ちください 


 そう開こうとした口を、殿下が片手を上げて制止なされた。礼儀を重んじ、思い止まれば三番の、中黄の方が滑らかな足取りで歩み寄られて私の手を取る。


 見やれども伏せたまま、きつく握られるも手が震える感じに。

 でも、直ぐに放され顔を上げ。


 微笑む物言わぬ口に物言う目が何事かを告げて 恭しく下がられた。

 

 直後、周りに並び立つ舞姫達が次々に言祝いで 舞を模すに袖が持ち上がる。居並ぶ文官達が声を張り、色取り取りの衣装が規則正しく揺られ振られて、途切れぬ皆々の祝意の中での 退出となった。




 『さ、潔斎を』

 『…このままで?』

 

 『このままに』

 『挨拶は?』


 『お心安くあられませ』

 『なんと?』


 あまりにも実のない問答に一喝し、警護を引き連れる事で家に戻れた。



 『慮外者が!』


 警護者の口頭にお兄様の怒声が響くも、返す言葉に謙虚も礼儀も感じられず 無礼なまでに他人事。




 お父様の眼差し。

 尽きぬ話もそこそこに急き立てられて出た家。いつの間にか門外に集った数人の方々。


 見送りの目に路傍で跪く人。


 見覚えた、黒い髪に体躯。

 あ、と近寄ろうにも警護に止められ。声を掛けるも面を上げず、声も出さず。只々、頭を下げ続ける姿に私の心が非議と罅に割れ『お早く』警護者が割り込んだ。


 目も合わぬまま輿に乗り、揺られると、その姿は見えなくなった。目を落とし、反対に首を向けると隣をゆく私と同じ青銀、華の士 それが心に優しい。


 今、私は 私は   私、まだ 生きてるのかしら?




 「うんん?」

 「どうしました? 我らが主よ」



 昏い。

 昏い。

 昏い。


 お父様の昏い眼差し。

 私の生を予見する重苦しい昏い色。


 塗り被さるに記憶の一つ一つが色褪せて、黒く染まり、溜まる涙が如く 滴り落ちて   何もかもが黒くなった。





 「んんんー? ちょい見てくる、続けてて」

 「はぁい」


 なーんか聞こえた。

 俺の受信キャッチは優れ物、微細振動逃さない〜〜 ってなもんよ。するりと闇壁を抜けてブースに向かう。


 入って一応、周囲を目視。

 やはり問題ないないなので布を取る。

 

 「うわあ」


 眉間皺寄せ、嘴揺らし、すんげー寝顔。よくこんな顔を つか、うちの美麗に特化した子がこーゆー顔をするとはあ〜 まぁ、生きてるしな。


 「さてさて、どうしたよ? ん?」


 優しく卵を抱き抱えるも、ちょいと疑問。

 俺、気持ちよーく言祝いだよなあ? それで、どーして悪夢系を見るぞ? あ?


 意味がわからんので、まず抱える卵にベッタリと手を付けて酸素含有量を測る。次に洗浄濃度を測る。臭気も測定。その後、目視で洗浄に含まれる微粒子(キラリも確認。


 「はて?」


 問題ないので、ゆらゆら体を揺らしながら考える。


 そうか、これはあれか。

 お友達の不在のさびしー顔か!


 「んにゃ、そら微妙…」


 そうだ、お友達に勝てなくて『ぐぬぬぬぬ!』か! それか、夢の中でもあの実にズべって『うぬぬぬぬ!』か!


 この顔にピンときたらで微笑ましくなる。


 「まぁ、そう熱くなるでない。ああ、もしや汚れた原因のバトルを勝ち再現でやり直してるか? そんな事より、お前の戻りを二羽も待ち侘びていよう程に」




 え、たたか?

 え、二人が待ってる?


 昏い世界に声が降る。

 優しさに満ちた声に乗り、怒った声が聞こえてくる。


 『姫様は優しすぎるんです!』

 『そうです! 姫様、ハメられたんですよ!』


 似てない双子が怒りを露わに吐き散らし、不敬を口にしつつも私の衣装を整えた。


 『あちらの舞姫達だけだったんでしょう!?』

 『やっぱり、あの文官ども』


 そうなの、殿下の仰る主体がおかしいのと話をして。


 『ぜっ た い に 仕返してやる』

 『ぜっ た い に 落としてやる』


 何やら小さくぶつぶつと。そうよ、そして最後には


 『必ず、お戻りください』


 二人、声を揃えて。待っていると。




 ああ、光 さす。


 思い出せた 茜に立つ二人の姿が鮮やかに甦り、お兄様を縁取る青銀が私の目を開かせる。


 世界が見える。

 光が私の記憶を呼び起こし、色を介して 私に世界を見せてくれる。



 「今は癒す時、憂いなくあれや」


 降り注ぐ優しい言葉は私が掴む柔らかいものの色を知らせ、形を知り、仰ぎ見るに 焦がれた 神の鳥のお顔を見た。


 じわじわと心に喜びが押し寄せる。

 拝顔するに、そうよ、と自信が戻ってくる。


 神の鳥にお仕えするに鳥姫となったに、一番が詣でずに何が為の一番か!!


 沸き上がる感情を御前であると押し止め。

 落ち着くに、息をして。



 不思議、世界は水の中。

 ゆらりゆらありと揺蕩う水に小さな光(きらり)が時折瞬く、不思議な世界。


 そして、再び神の鳥を見上げ。

 そして、私は気が付いた。


 漸く気が付いた。


 揺れる水、定まらぬ形は遠く それでもわかる、人としてのお姿。


 途切れぬ歓喜に涙が滲む。

 溜まり転がる涙が丸く水に浮かんで、浮かぶ涙が水に溶け。不思議が実感を。



 思い掛けずも私は、神の鳥と共に 親愛をお寄せくださる、異界の 大いなる神の身元に辿り着いたのだ。


 




異界神の【親愛】が国難を呼ぶ。

はい、別途に書きました鳥姫ちゃんでぇええっす! あのエンディングから此処へ飛びまぁあああっす! うん、これ書いた後にあれは書けない。で、鳥姫ちゃんの方で国難推測はできる〜 と思われ。


本日の国語。

厭う


や、あそこは「」の口語じゃないしぃ〜ってな感じ で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ