226 縋る情けの って、なんです?
新年おめでとうございます。
そして、17回目の13日の金曜日でーす。
年初から『やったね!』の、やっはーあ!
急げ。
急げ。
もう時間がない。
早く。
僅かでも、早く!
絶望に至る前に。
そうでなければ、この先 未来は いや、未来など!
「困ります」
「そう言われましても」
逸る心を押さえ付け、相手の行動を遮る。丁寧な口調で体を割り込ませ、妨害を続ければ当たり前に睨まれる。睨み返す、睨み負けはしない。そんなもんで誰が引くか。それに今は睨む事ができる立場だ。
それでも焦りは禁物。
そう自分に言い聞かせているが、『早く動け』と一心に願ってる。
「なぜだ? それはおかしい!」
「ですから」
「我が家をぶじょくしてか!」
「その様な事はなく、お待ちを!!」
パチン!
臆する事なく怒鳴り返した小さな体。
触れようとする手を力強く振り払い、走り出す。その勇姿に『いいぞ!』と快哉を叫ぶ。
後を追わんとする相手を再び真面目な顔で妨害し、好機を伺う。
「此処はエルト・シューレであるが」
「それがどうか?」
「当方の指示に従わぬは、おかしな事」
「ですから、自分にそう言われましても」
この場での拘束は体面を潰す行為だ。下手な手出しはできないと、わかっているからやっている。やっと掴んだこの勝機、逃す馬鹿がいてたまるか! どれだけの思いで此処まで来たと思ってる!
水晶が指した方向に希望がある。その希望を その希望を!!
ふつふつと腹の中で渦巻く怒り。
巻き込まれただけだ。
それだけだ。
それだけで、このざまだ!
見ていただけの たったそれだけの事に罪もへったくれもあるか! それでこれが正当だ? なら、どうやって正しい情報を手に入れる?
「何を考えている」
「何をとは?」
考えさせられた人生観に腹が立ってるだけだ。
「何が目的だ」
「目的?」
決まってる。
「坊ちゃんのお守りですよ」
笑って言い切れるのは己の運の悪さだ。
逃げた。
逃げた逃げた逃げた。
我を忘れて川まで逃げて、頭から飛び込んだ。
祈りの王、水の祓え。
ずぶ濡れの自分。
見上げた夜空。
狂った空が落ちてくる。
見えない 星の力が落とされる。
間近に落ちた、星の一振り。
歪む世界に。
吐き気を堪えて、また逃げた。
『信心の足りぬ者が王の真似事をしたとても』
焚き籠りに、その意味を実感する。
黒い夢。
夢が夢だとわかる、黒の中。
灯る、二つ火。
本当に俺の幸運どこ行った?
真面目な顔して睨む目の前の竜騎兵を見てると無性に殴りたくなる。だが、まだ運は尽きてない。だから、薄く笑って 流す。
そうだ。
一人泥舟に乗ったか!と呻いた時より、まだましだ。しかし、こんなものならこんなものかと達観させられた領主館での出来事。
あれには唸った。
あの時ほど妬みがあっても、安心材料と見ていた竜騎兵の存在が疎ましいと思った事はない。
だが、今。
全ての根元に近づいている。
占い婆に頼み込み、高い金を払って得た水晶。
こいつに落とし込めた時には全員で「助かった!」と叫んだが、「指針にしかならんぞ」と言われた。二兎は追えなかったが、これが証拠だ!!
後少し、もう少し。
「他家の者が」
「すいませんね、雇われでして」
言葉を濁したら競争だ。
「っつ、貴様!」
こっからが勝負!と形振り構わず坊ちゃんの後を追い、前で遣り合う侍女さん方を遠慮なく押しやって「きゃあ!」「あ、あなた! 待ちなさ!」転んで幸い足止め良好、制止は無視。飛び込んだ矢先、「ぅあああああ!」聞こえた方へと走り抜ける。
胸元の水晶をちょいと引っ張り、ちら見して。
半開きになった奥の部屋の扉を幸運とばかりに蹴り開けた。
でねー、してたんだよー。
にーちゃんとねーちゃんと朝のご飯を一緒に食べた。ガツガツ食った今日のご飯も美味しかったー。それから、夜の間に見たにーちゃんの話をしてた。
それをみんながうんうん聞いてくれたけど、さっきから変な顔される。ふんふん鼻息あてられる。変な気がしない?って聞かれる。
言われるのがよくわかんない。
変な気ってくさい?
しないけど、かゆい感じはする。するから、その場でごろんして地面に体をごりごりこする。ずーりずーりと上がってみたり。
ねーちゃんのほーが変な顔してるけど?
「ギュイ?」
お散歩に行く?って言うから、どうしよう?
行きたい気もするけど、今日はいいやって気もしてる。 …背中がかゆいから? …うーん、わかんない。まぁ、いいや。お散歩はお昼にも行けるしぃー。
でも、一緒に出る。
行ってらっしゃーいしたら、お日様の場所でごろーん。あったかーいと下のそうでもなーいな感じがちょうどよくて気持ちいーい。
とろーんとろーんとしてきたら、はっと思い出した。父ちゃんと母ちゃんにおはようって言ってない。だって、すんごくしたくなったから慌てて外に出たんだよねー。お外でしないと怒られる。
…もう、ぜんぶお昼でいーや。
体の向きを変えて、両手を重ねて顎乗せて。
うとうとーっとしたら、「ヒャンッ!」大きな声に跳ね起きた。聞こえた聞こえた、わああああ!
「ギャ?」
「ギュッ??」
お留守番のにーちゃんとねーちゃんが、どしたのー?って言ってるけど! そんなことより! 母ちゃんが、母ちゃんがあーーーー!
走って走ってどんどん走る!
痛い痛い聞いてると体ん中が痛い感じもしてくるし、走ってるのに走ってるかどうかわかんなくなる。けど、足はある。地面ある。走ったら他のが後ろになるから走ってる! だから走る、行かなきゃーー!
勢いでたたんっして、ガッチャンに飛びつく。体をぐるん!で反対にしたらどーんで開くから、引っ掛かんないよーに飛び降りる。よし、開いてる! どーんだ、どーん!
母ちゃんの前にいたのに体当たりしたった。
うわあ、キルメルの坊ちゃんが怒ってらっさる。七、八才と聞いてた坊ちゃんが予想よりでかい。いや、怒ってるからそう見える?
「他にはいないと聞いている!」
「あの」
「黙れ! そして、どけ! 姉上に寝てもらうのだ!!」
…どうもこれは作戦が裏目に出たとみた。お姉ちゃんの方は十七、八と聞きました。成人披露パーティーがどうので成人の扱いがなんたらとか。しかし、どう考えてもヤバい・マズい・ひでえの三拍子揃ってる。男二人で使用済みのベッドに女の子を寝かせるか?
涎も寝汗も染み付いた男のシーツにお姫様をご案内するなんて… なんて背徳感! ダメな奴が大喜びしそうだが、まじでない。
後でどんな苦情を言われるか、わかったもんじゃないですよ!
「あの、お姉さんへの気持ちは大変よくわかるのですが… 直ぐに休むなら、お客様用の綺麗な「お前!!」 は?」
ベッドに腰掛け、大人しくしております俺に向かって怒った顔の坊ちゃんが手を振り上げて。どう考えても俺を叩きに って、え? あ? 広げた手、 べたりとした 何か 色が え? え!? サーチは、え!!
「この奴隷があ!!」
瞬時に反応できた俺は偉い。
しかし、手袋をしてなかった俺は馬鹿。
即、立ち上がって万歳。手を重ねて逃げまする。が、バチン!!と足を叩かれた。子供が、渾身の力で、遠慮なく、ぶっ叩きやがったあー! めっちゃ痛いー!!
「思い知ったか!」
そっから思考がぶっちぶち。
叩かれたトコが熱い痛いで皮膚が焼ける!
「う、あ」
突き抜ける痛みに星が散る。
体勢崩して床に向かってぶっ倒れ。それでも無意識教訓、頭抱えて肩からいった。けど、痛い。衝撃で肩と頭と足の熱が一気に広がる、この痛みよ!
「奴隷の分際で、この部屋でくつろぐなど許されぬ!!」
「この、離しなさいったらあー!!」
「なんという礼儀知らずの恥知らず!」
坊ちゃんの自論なんか知らんと叫びたいが、それ以上に足が痛い! 熱い! 酷い! 天の助け、ヘレンさんの声が遠くに聞こえた。どーやら、あっちはあっちでバトってるっぽい。来ない助けが辛い。そんで足を庇おうにも手は当てられないし、下げられないし、痛さで動かしたくもないしで手を隠したまないたの上の鯉にぃいいー 坊ちゃんに何されるか的にも、ぅうううう!!
「ぅあああああ!」
入った先で人が倒れ、呻いていたが無視。坊ちゃんも無視。室内に目を走らせ、めぼしい物を探す。水晶の紐を掴んで感覚を研ぎ澄ませるが時間との勝負に気が焦る。
「おお、きたか。こやつをつまみ出せ!」
「そちらのお人は」
一応の返事に顔を向けた時。気配。
「どこだ」
ミシッ
何か聞こえた。
正面は後手になると後ろに下がり、周囲を見回す。
「? どうした? こやつを」
「…どこからだ?」
でかい立派な寝台に夏の垂れ布。
布の奥で気配が膨らむ。
「ノイ様!」
「そこか!」
後退りしそうになる体を、大声を上げて欺く。
ここにきて逃げを打つ自分の愚かさにも押され、ぶち壊せば勝ちだと 垂れ布を引っ掴み、勢いよく引けば。
「な!」
ギシッ…
「ひっ! な、なにが!」
ビリ、ビリリッ!
千切れる。
色が付いた、透明な獣の頭に。腹を突かれ、体が浮いて。黒い、白目のない黒い瞳が あの時、見た 呪いの ケモノ が、あああ!!
キルメルの侍女が二人に護衛が三人。
対するこちらは二人と一人。館内であり、案内であるだけに文句を言い難い。それでも嫌な数だと思う。
だが、幼い上に正妻の子。
配慮をと言われれば、不愉快でも仕方ないとは思う。
「…マーリー? この部屋か?」
「そうでございます」
「…何故?」
「此の度は、こちらのお部屋でございますので」
「…だから、何故」
「この館の主人、ランスグロリア家の差配でございますれば」
案内された部屋の前で始まった問答に心で身構える。声音は年相応の子供のものだが、己の疑問に引かぬ強さ。これは拙い事になるかと隣に目配せする。同じ事を考えたか目が合い、小さく指で合図をしてくる。
承諾し、オーリンに対処時の連絡を任せる。
「…キルメルを代表してきているのだぞ?」
「差配でございますれば」
「マーリー殿、私どもは話し合いに参りました。その話し合いもこれから、罪人でも何でもございせん。何を根拠にこちらの家格を下げると取れる行いをされまするのか?」
「あちらは既に使われておりますもので」
「…三年前の」
「はい」
「あの時、あの部屋が一番だと じかに教えていただいた。他にごあいさつすべき方も居らぬと言うたに、どうして使えぬ? わからぬ、おかしいではないか」
侍女も交えた、そこからの話は泥仕合。
話し合いに参加できない子供でも近隣との付き合いを欠かさない方針を取ったキルメルのご領主には感服する。その上で現状を理解し、家の面子を考えて動けるとなれば躾にもご本人の資質にも感心するが… こちらにしてみれば馬鹿か大人しい子が望ましかった。
「もう良い、行く!」
「お待ちを」
歩き出すのを体で遮る。
威圧は憚られるし極力触れずに済ませたいが走り出そうとするから、やんわりと腕を掴む。
「痛い!」
態とだろと言いたくなる大声に「何をなさいます!?」侍女が手を叩いてくる。「乱暴は許しません! マーリー殿!!」「役目ゆえ非とできません」
「なんと、それが伯爵家の持て成しであられると」
譲らずも目配せに仕方なく放すと護衛が割り込む。そうして、やっぱりこの場から走り出そうとする。走り出す先にやってくる。
「どうされました?」
「部屋に戻れ!」
客人とわかる方々とクライヴ様が揉めていらした。見えたキルメルのご子息のお姿に、『まぁ、大きくなられて』と感心する。
傍に控える侍女のお一人に、どこか見覚えが。は、として思い出すのはエイミーと仲良く喋っていた姿。
まさか、あの人。
なんて疑っても、出先の家の同業と仲良くするのは当たり前。家の体面を考えても、それくらいできなくては。
下手な思い込みはいけないと思った矢先、クライヴ様の叱責。オーリン様が素早く鳥を作られ、解き放たれた。同時に護衛の方がオーリン様を後ろから羽交い締めにする。強襲劇に驚くも、そのまま乱闘が始まり。
私の第一を考え、取って返すが先にご子息が脇を走り抜ける。から、捕まえる!
「無礼な!」
ベチ!
躊躇なく叩かれ怯んでしまった。
身分と叱責も合間って反射的に離してしまい、謝罪に屈みそうになる。
なんて失態!
慌てて再度、捕まえようとしたけど後ろから肩を掴まれる。あちらの侍女に「不敬であろうや!」バチン!と頬を引っ叩かれた。罵る相手の睨み顔、痺れる頬。即座に「ご冗談を!」バチン!!とやり返す。
「手癖の悪いお方ですこと!」
呆気にとられ頬を押さえる顔に言葉を叩き付け、ふんと鼻で返す。立場で言えば同業でも相手が上、衣装を取っても相手が上、それは確か。でも、今の私は部屋付きなのよ。ノイ様への不敬だわ! 大体、自領じゃないんだから考えればわかるはず!!
思いっきり目で物を言ってから、ノイ様の元へ駆け出した「なんという!」直後に掴まれ、しがみ付かれて転け掛ける のを、踏ん張れた! 短期間でも騎乗の成果が出てるみたい!!
「きゃあ!」
「あっ!」
次の瞬間、向こうの護衛に肩を押され突かれて倒される。ぱっと手を離し、するりと逃げ出そうとした、この侍女を! 絶対に道連れにしてやると頑張った。
飛ばされて。
握る千切れた切れ端。
直視する ケモノに、 硬直する体。
二つ火が。
「さ、さがれ!」
精一杯の、声。
強がる小さな体が立ち向かう、その勇気。
『呪具を掴め! 壊せ! 破壊しろ!!』
叫ぶ理性に、反する体。
「わあ!」
同じ事を、と。
唯一の機会を不意にする 己自身に怒りが湧いた。
「ぅ、うおおお!!」
見えぬ呪縛を声で払い、腕を上げて踏み出せば 金臭い。
呪いのケモノから、血風が吹き荒れて この身に べとりと、消えない染みを 拭えぬ穢れを 焼き付けられた。
痛みにぶるってたが衝撃がこない。
予想してた坊ちゃんの追撃がない。しかし、ドン!だか「わあ」だか色々聞こえる。うげえ〜な根性でぶるっぶるしながら、なんとか目を抉じ開けると知らない人が立っていた。俺に向かって仁王立ち。
なんのチェンジだ!!
だが、その人は俺を見てなかった。あれ? んじゃあと逃げ道を求めて首を回すと尻尾が見えた。うん?と思うがそこは察し。
しかし、突然の仁王様の雄叫びに逃げたい!痛い!逃げらんない!!
「ガァアアア!」
「ひょっ!」
人様の雄叫びに対抗するアーティスの雄叫び! 誰に向かってとも思うが、きっと坊ちゃんなんでしょう! 坊っちゃんやばいと思うが目の前のお人もやばそうで!
無理やり首振って腕振って、すんげえ顔して首から何かを外される。紐の先、黒っぽい何かがキラン。
大きく振りかぶり、こっちに向かって投げーる!!
「ひえっ!」
何かわからん小さいのがシュッと飛んで、どっかにボスッと当たった模様。上目遣いで見てますが直後に何故か絶望されます… そして膝から崩れ落ちられ… 大体、視線の先ってなんじゃらほい?
ひょっと上を向いたら。ら、駱駝様では!?
「ああっ、初めてナマで見 って、洗う洗う詐欺してるー ごめえー」
痛みを凌駕する何かを思い出したので謝っとく。
上から覗き込む長い睫毛の駱駝様。
黒い目の本物を見ると夢の姿も思い出せる。もう大丈夫、色々どーでも助かったと思うと力が抜ける。抜けたら、ちょっと痛みがましでしょうか?
いいえ、本気で痛いです。火傷のよーなこれをどうしたら?
とりあえず、乱闘になればこちらのもの。
逃げた一人に手を伸ばすも今一人の妨害に遭う。羽交い締めに背負い投げで対抗するオーリンを横目に、妨害相手を掴み、速やかに組手に移行。そのまま縛鎖の術式を展開。四肢を絡み上げ口を拘束、突き飛ばして放置。
「これは何としたことか!」
「こちらの指示に従って下さい!」
口論が白熱する侍女と女官長。
これに縛鎖を掛けるは些か過剰だが面倒と判断し、捕縛する。
「行く!」
「任せた!」
「何をしますの!? これは許されざる咎めですわよ!!」
部屋はオーリンに任せて、もう一人の侍女の拘束に移る。「うー!」「きー!」唸り合い、爪を立て合う女二人を引き剥がそうと見るが片方が強い。やけに強い。「ノイ様、ノイ様」と叫んでいたが、これは抜け出せんだろうと手を伸ばした矢先、「この!」ビリリリリッ!
袖が破けた。
どちらの形相も酷いが切っ掛けとして良し。後は力づくで本体を分離。
「ノイさまあー!」
「ったあ!」
脇目も振らず踵を返すその足で、侍女の腕を蹴り付けて行くのはどうかと思うが事故だろう。応援の足音に廊下を、女官長を一瞥。
「後の説明を任せます」
言葉を残して後を追う。
寝室に飛び込む寸前、雄叫びを聞いた。
人と犬。
最高の護衛を察し。
形勢逆転予想に『良し!』と駆け込めば、心臓が潰れそうな殺意を全身に浴びる。口を閉ざして、本能と反射で扉の横に飛び逃げる!
寝台から抜け出る姿に怖気と鳥肌。
実体のなさに反して聞こえた床の軋みと伸びた足。
鼻に付く、血に似た臭い。
透けた体から、どきつい程の赤黒さが周囲に撒き散らされるのを視た気がした が、殺されそうな視線の射線から外れているのを幸いに 根性で目を逸らす。
平静を保つに、『馬鹿が敵対してやんのー』と腹の中で嘲って済ませる。そう、大丈夫だ。あれは、あの姿勢は雛鳥を庇って翼を広げた親鳥と同じ! 突っ込んだら自分が死ぬ。
「げ」
意識ごと逸らした先、同じ姿勢でキルメルのご子息の上にかぶさる黒犬を見た。子供の足だけが見える! かぶさる意味が違う強烈な恐怖が示唆する未来の回避の為に、全力確保で行動した。
安堵しても痛みは突き抜けるうー。
そんでなんかガンガンうるさい。足を見ると、なんだかべたりが見えるです。侵食からの契約終了コール予想に血の気が引く。べたりもみじが広がってるのがぁあああ!!
恐怖に閃いた。
そーだ! これはあれと同じだ、食いほーだい!
「きんぎょ、きんぎょちゃあああああん!! へるぷーーーーーー!」
大声で俺のドクターフィッシュを呼びました。したらば、「大丈夫ですかっ!!」へ? 「待て!待つ! 伏せ じゃない、違ったあー!」 へ?
テラスからロトさん、そんでオーリンさんの切羽詰まったお声が聞こえー。
人手に駆り出され、客人方の馬の世話に回された。
人への対応に失敗して叱責されるより、今までやった事もなかった馬の世話をする方が余程まし。まだ大した世話もできないが気の荒い馬の轡も乱暴には取らないし、口にする事もなかった「大丈夫だ」なんて声掛けもできた。
そのくらいの事に人目を気にする自分が笑えない。それでも、これでいいんだとも思う。思えば、何とも言えない気分になる。今まで俺がしてきた事は 要領が悪かったのか?なんて馬鹿な事まで考える。
そしたら、ちょっと笑えてくる。
笑うと自分が笑えてくる。馬の首を叩いてる自分が不思議だ。
「ん?」
なんだ?と首を巡らすと黒い風。一直線に駆け抜ける、凶相。
「な、 すまん!」
「あ、おい!?」
よくないとは思ったが、それだけで。
手綱を放して追い掛けた。
遅れて開いたテラスから飛び込めば、倒れた姿。
首を擡げ、伏せる姿勢の透けるモノ。膝を付く不審者。奥に黒犬と兵が一人、首の後ろで括った髪の尻尾。ヘレンの声に天井から舞う黒い点。
「があああ!」
髪を掻き毟る不審者の怒声、モノから溢れ出す凶悪などす黒さ。対抗する不審者が突き出した手に、力。
タマの至近距離に背筋が凍る。直後、目の前が真っ白に。
「うあっ!」
「ノイさ きゃああ!」
咄嗟に両腕で目を覆い、その場で腰を落として耐えるが突然の事に耳が聞こえなくなる。庇った腕の下、白い光で覆われる中。
足元の床に黒いモノを見た。
光に引き伸ばされた黒は腕になり、手になり、人の形の影になり。黒い影絵は手は伸ばし、縮み、遠去かり、消えていく。
消える。
手を広げた影が、小さく 遠く。
腕と腕の隙間から覗くが眩しさに目を細め。
白い世界の中で、人の形を得た影が。
幾つもの、影が。
一人に向かい 守るように。
縋るように。
その手が。
一人に向かっている 手が。
向こうに向かう。
俺に 向かって?
遠く、向かう。俺から離れる。
俺に、向かう? 俺へ伸びる? 引き離さ れ る? が、縋る?
わけのわからない錯覚に、広げた影の手が 心に焼き付いた。
「で、何があったって?」
アズサの手を取り、力で覆う。
寝台の上、剥き出した足には子供の手形。広がり滲む力の度合いを推し量れば、目が細まる。
「ええと… セイルさんの光の檻が高音質なサラウンドを演出しつつ部屋中を白く染め上げガッチャコン!したら、全員がぶっ倒れてました」
「それだけ?」
「その後、時間差でこられた方もガッチャされましたが… つるりんしたので足が挟まれ引っ掛かるとゆー展開に」
「うん、他には?」
「知らん人です」
「うーん… あ、駱駝様も本当に有り難うございます。あの、此処を出る前に必ず洗わせて頂きますので。それで、あの、今少し… その気配を収めて頂けると幸いでして」
うつ伏せで伸びきったアズサの手を取りながら、駱駝様と会話をする日が来ようとは考えもしなかったとも。
「あ、そこ。そこ、くすぐった気持ちいー」
「…除去作業が気持ち良いってのもなんだかなー」
それで金魚の啄ばみを、また間近で見るとも思わなかったとも。以前とは比較にならない上品な食い方をしているのも、あれだが… 順調に剥ぎ取っていく姿は頼もしい。
色々と問題が山積するが、どうしてアーティスもこんな事になっているのか。
いや、その前にこの子か?
俺の選んで推した白猫が生きて存在するのも〜 怖いなあ。凄いけど。
だが、これはこれで可愛い。
俺の足に寄り掛かり、毛繕いしてる姿は可愛らしい!! でも、これが仮初めの命とか。
「あ、あ、くすぐったー」
「酷い事にならずに済んで良かったよ。もしも、君の契約が成ってたら不幸な事件が起きたでしょうし」
「…事故ではないのです?」
「いいえ、事件です。どうしようもなく事件です」
「…それは連続傷害事件ですか?」
「傷害罪の適応なんてとんでもない。若い身空で一生が決まる事案の発生ですよ」
「…個人の」
「いいえ、これまた連帯の」
「でも、子供の」
「そう、子供が」
「「 やった事で 」」
後の言葉を切ると納得したくなさげなアズサが外方を向くから、過去の事例の賠償請求や三親等の籍の剥奪要求を語ってみる。怖い方から語って軽微な方を語る前に家の方針として領の監理を口にする。
へたる気概に、ほんと子供に優しいなぁと思う。
「まぁ、兄さんの判断に任せるだけ」
「それって」
「派手に行くなら開戦だね。飛竜もいるから短期でいける、有利だよー」
「うやあー」
「ふふ、飛竜は温厚だよ」
「…おんこー」
「そう、力があって飢えない。だから、強くて温厚。でも、怒ると凶悪」
口にできる事を口にしてるが、手の事はなんと伝えれば良いのか悩ましい。
子供が直情でぶっ叩いた。
痕跡は苔を食うように消されていくから良しとしても、この謎をどうすれば? どうして、この印は発動しない。
確かに印の上を叩いた訳ではない。
ないが人体だぞ? 振動と衝撃は体内を伝わる、力もまた真なり。そうなると、状態的には結ばれるか変質があって然るべきだ。
なのに、どうしてこの印は同じ状態を保ってる? おかしいだろ!? 俺のが活きたのなら変質してないとおかしいんだよ!!
…いや、おかしくて良いんだ。あんなガキの所有になってたら暴れてやる。だから、それは良かったんだ。良かったが、なんでだ?
術式は構築、印は既に完結済み。
発動に心も情も関係ない。どう斜めに読んでも、これは応用の効く上等なものではない。
では何故、発動しない?
「ふわあ〜」
心底、寛いだ声に安心と疑問が… 疑問が… いや、疑問よりも…
もしや、これは。
いや、それは。
いやいや、これは仮定としてだ。
もしも、これが常にこの状態であるとするならば。
ならば、何をやっても… この状態を保ち続けるのであれば 釣りができるのでは? 馬鹿を釣る釣りが可能なのでは!?
永遠に巡る巡る詐欺のよーな… 違う、摘発に最適な囮のたんじょ…
「…どした?」
「人の性根についての考察と忽然と現れる罠について」
「はえ?」
「今が試練とか」
「試練て… 大人の教えに従っただけの年齢だろー」
「それなら他家での振る舞いも礼儀作法として思い出して欲しいものだね?」
「あー ん〜 情けってなんだろー」
また顔を背けた。
寝そべる脇から覗くアズサのお守り。
片手を伸ばして、引っ繰り返っているのを直す。ん? 光った… ような?
静かに裏表と引っ繰り返す。
姉さんが『光っていた』で『要注意』と言ってたのを思い出す。他に該当する物もなし。ああ、そうか… お守りが阻害したのか。
そうか、これはちゃんと活きているのか。
「ありがとう」
小さく呟き、微笑む。
これで筋が通って説明できる、良かった と …ん? んん!? 待て! 今、何か 何か、物凄く引っ掛かったぞ!? 俺は今ナニを考えた!?
「あ」
思考を読み広げる前に、重し。
手を伸ばした先に、重み。
寝台に上げた片膝の上、白猫のシロさん。
俺を見上げて嬉しそうな顔で手に戯れる。戯れて転けては、また戯れる。小さな猫の手は可愛いけど、ちょっと待って。今の思考が、思考の取っ掛かりが! 身を寄せてグイグイやられると思考が飛ぶ。
待てをしても、手を離さないシロさんの可愛い顔が 視線が。
あ、だめだ。
思考がデレる。
「…クゥン」
不満を零す鼻声。
そうだった、アーティス。すまん。
拗ねた目をしたアーティス。
見て思う。
アズサ、君の情はどこにいった? これも大きな問題だ。そろそろ除去も終わりそうだから、その前に。
「アズサ」
「…ん〜」
「アーズーサー」
「ん〜」
「シロさんなら問題ないよね」
「…はい?」
ゆっくりとした動作で首を向け、こっちを見た。俺の膝の上、指に戯れるシロさんを見た。
「シロさん、君より小さいものねー」
指を動かし、あやして遊ぶ。
返事がない。
顔を上げたら、アズサが見てた。猫でないアズサの顔と目が… ええと ええっとー あの、その顔 どう受け取ったらいいのかな?
本年最初の福笑い?的な遊び。
1に許可を求められた2は思考感情が三回程ぐるったよーです。下記から、その三回分を選んでお楽しみ下さい。尚、一択のみも有りです。
①了承の普段顔
②黒い笑顔
③敗北顔
④怒り心頭
⑤白い目
⑥妬心
⑦泣き顔
⑧すん顔
⑨問いが理解できない?顔
⑩極上の笑み