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召喚  作者: 黒龍藤
第四章   道中に当たり  色々、準備します
216/239

216 断てぬのです

春、立ち  ぬ、ひぃ〜〜  寒いですね。



 「では、その様に。話を通して参ります」

 「頼む」


 会食の手筈を任せ、ガチッと扉の鍵を掛ける。

 相手との話し合いの前に方針を決めておかねばならない。独断でもいーんだが自分に掛かる面倒は少しでも減らしたいのが本音だ。




 トポッ トポポッ…


 小さな器に水を注ぐ。半分を超えて、もう少し。こんなものだろと注ぐ手を止め、兄さんから預かった証を反対の手で摘まみ上げる。


 しげしげと見、そろりと器に落とし込む。



 「… 」


 腰を屈め、十二分に浸かっているのを確認。


 「悪いな、全部お前に注ぎ込もうとは思わない。行使する俺に入れるのも有りだからな」


 なんて何時もの思考で定石を無視、腰を伸ばして残りの魔力水を呷ろうとしてえ〜 思い付きにビキッと硬直、固まった。


 高速で思考が回転、夢が広がる。

 呷るのを止め、手にした瓶を見つめる。中身の量をじっとりと見、今後の予定と起こるだろう展開を予測。


 「… 」


 考える。


 「… 」

 

 考える。


 「… 」


 考える。


 魔力水は力だ。

 飲用が定義を薄れさせ、忘れがちにさせるが魔力水は純然たる力の塊だ。それは本来、恐るるものであり 敬うべきものである。


 それを取り込む事で回復する力。

 体内で一次変換を済ませられる人体の不思議。いや、力に対する飢えが水の尖りを凌駕するのだから人体とは凄いものだ。


 だが、高濃度になるときつい。だから、薄めもする。


 「… 」


 体内で変換した力は当然、自分の意で振るえる。そうでない力には指示が要る。そう、術式が要る。だが、小さな指示()指向()で大きな力を均一に従わせるのは難しい。最低でも連鎖を組まなくては。


 そこまで注意を払っても濃度に術式が喰われもする。そんな不発を防ぐにも飲用が推奨される。されるが、それでは腹が張る。


 魔力水からの力の抽出は難しく、まだまだ丸剤化は見込めそうにない。違う定義が成り立てば、世界は大きく広がるのだろうが いや、それらはさておいても。


 「…手立てが尽きれば現地調達。しかし、それよりこれが使えれば早い訳で」


 手を振ると、瓶の中で水が回りチャポンと鳴る。



 体内変換せずに直打ち。


 「力を帯びた物は様々にあるが、その中でも魔力水は流動で扱い易い反面、襤褸が出る。出ると言うより光って見える。式との結合で力が変換される時、光を通す特性も発揮されるから襤褸が見え易い。キラリと光るは綺麗だが綺麗に見えてわかってしまう。見えるはわかるで、わかるは技量。程度であっても、いや、程度と速度で推し量れて当然だ。だからこそ、誤魔化す技術も発展するが!」

 

 今、俺は適度に疲れている。

 不測の事態の対処に精神は削られ、一日の半ばを過ぎた今こそ真価を問える時間帯!


 魔力水に力を落とし込むのは簡単だ。垂れ流しでいい。術式でもない垂れ流しで得られるのは単なる自己満足と己の力の認識。そう、確認。


 「… 」


 い、い、い、入れてぇええ! 残り全部入れてぇええーー!!


 この量で反映する力なんて掴めてる。何年、俺が俺をやってると思ってる! どうして量を減らすと思ってる!


 補助なしの自力では、指示を強く素早く展開させれば途中で喰われ。指示を大きく強く展開させれば途中で喰われ。指示を小さく素早くすれば以下略だ。完全展開させる為に、幾通りのやり方を試した事か!


 今なら。

 正しく力が増えた今なら!


 しかし、もしもを考えると… 今すべき事ではない。確認作業は人体実験だ。そして今は任務中…


 だが、作業確認の条件としては今が最良であってだ あ〜。


 「… 」


 加減と任務と今日の予定と好奇心とお試しと好機が脳裏をぐるぐると巡り、都合の良い展開を夢想してみる! しかし、『ちょっと位』の思いで『任務中』を自負する己の矜持を… を… を!  己の  よ、よ、欲望を断て!!


 いやでも後顧の憂いを断つとするなら、正しい機会で!


 

 断てと思うが、ぶるぶると震える腕と手。

 はっと気付けば腕が伸び、器に注ぎ足そうとしてしまう! やめろ、やめるんだ! もう、証は入れてるだろ!


 そうだ、少しでも水の尖りに晒さないよう魔具でも魔力水には浸すものであってぶっ掛けるものではない。それでも意味がわからない奴は茶の淹れ方で諭される注意案件。


 カ、カカカカッ


 器と瓶の口が合わさり変な音を立てる。


 いや、駄目だ。やめろ、入れるのはやめろ。そうだ、手早く物事を済ませて帰るんだ! 今も不測の事態が起こったから連絡を取ろうとしている。それらを踏まえて要らん事はしない。そうだ、この確認は私的な事(プライベート)だ。上として公私混同は拙い。


 それにアズサが待っている。


 そうだ、俺にはアズサがいる。俺はアズサを背負ってる! 何かあったら兄さんにと話した時、怒った顔を思い出せ!


 …もっと自覚を持て。猫なアズサ(被扶養者)を得た今、俺が変わらないでどうする! 兄さんのよーにはなれないが、 いや、なったらなったでそら恐ろしいが! 俺はもう独り身じゃないんだ。アズサの為にも滞りなく任務を遂行し、少しでも早く帰る事を第一に。


 ドプン!


 「あ、やべ」


 すさっと腕を上げ、ささっと腰を落として覗き込む。どうやら問題なさげでホッとする。まぁ、この程度でイカレるよーな魔具があっても困るけどな。あっはっは。


 ぐびっと呷る。


 「ぷはー」


 なんて言う程、残ってはいなかったけど。気分。それが気持ちを軽くする。ここで苦渋の決断とでも言えば、まだ格好はついたんだろうけどな。入ったものは仕方ない。


 「始めるか」


 思考を切り替え、反省はなし。

 逸る気持ちだけを放棄して、通常に落とし込む。


 呼気を整え、腹から回り始めた力に集中して清涼さと力を湛える器を見つめる。




 水は音を通す。

 水は音を反射する。


 反する特性の固定化。

 器の上で両手を広げ、術式を展開。螺旋にして降ろしていく。


 水の波紋、その広がりは音を反射した た〜 た〜 あ〜  反射作用を持つのは水そのものであって波紋を反射の証とは、あ〜 単なる波紋ジャミングから生まれる波形だものな。他からの干渉(盗聴)の察知と妨害時の視認性に優れる事と揺らぎで仕込みの効果が、とか言った方が良いんだろうしぃー。


 うんうんと自己完結しながら、術式を紡ぎ続ける。





 器の中、ほんのりと色付き始めた魔力水。

 これが俺の色、俺の力。


 …まぁ、悦に入るよーなものでもない。どう見ても普段と大差ない。


 指向性に、指で連動を(上へと)

 魔力水に溶け込んだ式を 一つ、展開。


 重さに逆らい、ピチャッと小さな水の玉が生まれて浮上する。上昇前の一回転に、つい目を凝らす。見えもしない溶け込んだ式を確認しようとするのは… 性なんだろう。ああ、習慣とは言いたくない。構築には自信があるんだ。


 ヒュッ!


 急上昇を目で追う。

 天井にぶつかる勢いで規定値に到達、一瞬の停滞と同時に回転。勢いよく水の被膜を広げていく。


 一見すると飛沫。

 その飛沫に乗る力が薄く均一に引き延ばせるかどうか、があ〜〜。





 「…うん、良い 感じ、だ あ、あ、あ〜〜〜〜」


 吐息が漏れる。

 心音が高まる。


 上から下へ、下から上へ。

 前後左右に指先も添えて忙しなく目視確認。ぐるぐると確認!


 「…よし、よし、よし!」


 自分と卓、周囲に張られた薄い水の膜。

 ざっと確認したが偏りはなかった。変に固まって光る場所はなかった。


 か・ん・ど・う。


 興奮に身を震わせる内に光は床に落ち切り、鳴りを潜めていく。それに合わせて身を屈め、そっと床に手を着く。


 強く感じる水の気とは裏腹に、僅かばかりの湿り気を感じるだけの指先。その指で掬い上げる様に。少し持ち上がる(びよーん)も直ぐに張力に戻された。


 変幻自在の水の特性。

 引き戻った場所が一瞬、淡く輝く。


 顔を上げれば、水の皮膜は限りなく溶け込み、向こう側になる壁も扉も綺麗に見える。静かな水の結びが… 水の結びが…


 「く、あ、あ、あ、あ〜〜〜〜〜〜   !」


 身を縮めてグッと。

 両手をグッッッッッと!!!


 「できた… できたできたできた、できたっ! アズサ、一つできたぁあああああーーー!!」


 自重して飛び跳ねはしなかったが、代わりに床に向かって力の限りに叫んでやった! 嬉しいいいいい!!


 





 「ふえっ!?」


 突然の事に目がぱっちり! 心臓ばっくんの硬直の目覚めです!


 「…んあ?」


 開いた目だけを右、左。

 耳を澄ますも静かです。数秒、状態をキープ。


 「… 」


 静かな部屋に緩やか〜に理解。

 理解に硬直が溶けていく。ぐにゃあ〜ん的に、ふーう。


 なんかの夢でも見たんですかね? 覚えてないけど。驚いたけど迫り来るホラーによる目覚め(金縛り)ではなかったので〜  まぁ、いーんでしょう。なんだったんだか。


 こーゆー時は寝直すに限るんで、そのまま夢の国へ再突入。


 おやすみなさーい。




 

 俺の勝利の雄叫びの間も粛々と展開は続いてた。


 うん、こうでないと。

 一人頷きながら、現実を噛み締める。


 順調さに涙出る。


 

 壁ができたら、次は像。

 鏡の構築。


 最後に音と、その集約。

 集約ができないと真面な会話は無理だが、手話は可能。しかし、文句を言う為には集約が必須。



 水の鏡に光が灯る。

 表面で七色の光彩が弾け、鏡化していくのを見守る。


 大きさは普段と同じで心持ち小さい… 自分の力に合わせた結果、通常より小さいのは何時もの事。こればかりは仕方 いや、小さくも高像質である方が素晴らしい! そうだ、ぼんやりよりくっきりだ!


 何より、相手に伝わってこそ!





 「おわっ!?」


 寝入り端を起こされた。


 …え、なんかいるの? 夢じゃないの!?


 布団の中で意識的にかっちん。そろそろと目を動かす。しかし、変わらず何もない。


 「あ、金魚ちゃん?」


 いや、違う。

 優雅に泳ぐ姿はない。


 ヘレンさんはお馬さん時間、金魚に開門はされていない はず。それにペアだから見落とすはーずーも〜 げんちょー?


 …うん、寝よう。

 

 あああああ、頭から布団を被って夕ご飯まで寝てましょー。





 

 鏡の完成に集約が始まる。

 楕円を模した鏡の縁が光り出す。


 器の中の証に目をやれば、連動から波形が始まってた。


 鏡の光が右側の三箇所に集束し、三起点に。細く帯状化した三本の光が伸び、ぐるりと半円を描く形で俺の頭の後ろを回って楕円の左に接続。その勢いでパッと光が飛び散れば、誘発されて帯状化した三本も散り消える。


 首より上だけの囲いだが、聞こえにはこれで十分。



 全てが無事に連結したと打ち震える中、己の状態確認に手を握り開く(ぐーぱー)。そのまま集中に入り掛けるも、現実に目を閉じているのは失策なので開く。


 開けば見える、この感動。

 空っ穴になっていない、この事実! 俺に余裕があるぞ!!


 ああ、感動の熱意に吐き出す息まで熱い…  さぁ、次は


 『なんだ? どうかしたのか』


 兄さんの声がした。


 …どうして俺がする前にしてくるかな? こう気分が乗ってるのによ。



 罵りたいが兄さんに言っても仕方ない。しかし、もうちょっと待ってくれても〜とも思う。思うが、これが通常だ。俺だとわかってるから先にしたとわかってる。わかってるけど〜 嫌さが顔に出そう。


 それを無理に引き締めたら、声に出た。


 「大事な大事な兄上様よ、今回の件は何か黙っていませんかね?」

 『あ?』


 「話が違い、面倒ですが?」

 『何の?』


 言葉に嫌味を乗せても効果なし。

 見習うべき兄さんの太々しさがちょーーーーっとばっかり恨めしい。






 『なるほど、それで仕事になりそうにないと』

 「ええ、これで家を始末していれば夜逃げかと」


 『それはないと思うがあるかもな』

 「おーい、兄さん〜 こんな相手、どうして選んだんです」


 『ん? 凋落を案ずる声と進言があってな。それと理由だな』

 「聞いても?」

 

 『父親の後を継いで立ったは良いが加減がわからなかった とも言えるし、読み切れずに引っ掛けられたとも言える』

 「はあ」


 『その上で、仕事の出来が良過ぎて逆恨みを買ったとも言える』

 「うわ」


 『助けてやれないか?と声が掛かる程度に悪くはない。あの家の立ち位置も悪くない。突然の死がなければ順風満帆、親の知恵を借りて上手に切り抜けられたろうが いや、親の手際を引き継げたろう。だが、現実は違った。親と自分が抱えた全ての仕事を回すには早過ぎた。負となり重荷となる前に適切に捌いた手腕は褒められるが手放した物もある』

 「…事業の縮小と人手? それで妹と」


 うっすらと笑う兄さんの顔に、質す時ではないと判断。と、言うか〜 わかって呼んだんならキルメルとの対話をどうする気だよ。

 

 『彼の家を陥れる事が先か後かはわからない。わからないが、  あちらに無理やり組み込まれるのも哀れだろう?』

 「なら、このまま連れて行きますね」


 即、返事をした。

 あちらが何処の家を指してるのか理解して否はない。そうなると、今回の依頼は掠め取るにも丁度良い実績で嫌がらせな訳だ。


 「家としての言はまだなのでしょう?」

 『そうだ、単なる依頼でしかない』


 「嘆願と恩の言質は引き出してますから」

 『手が早い』


 「聞いてなかったですからね」

 『はは、それが一番だ。でな、もう一つ欲張れないかとも考えている』


 「何をです?」

 『リリーにどうかと思ってな』


 「は? え、どうって…  まさかの義兄予定者!? 嘘でしょう!」


 割と真面目な顔した兄さんに本気で驚いた。





 「ひっ!?」


 またなんか聞こえたあー!!


 布団の中でぶるぶるするが何が何やらわかりません! でも、なんか聞こえるんですよ! しかし、どっから聞こえてるか不明でこの不明が一番怖いです!


 ゆーれーは怖くて最悪です。ですが、此処にゆーれーはいない。で、みたいなものはいる。いるとゆーのは視認ができるからいるとゆーのであってヒト擬きな本体が見えるとゆー事で。


 だが、声しか聞こえない…



 集中すると聞こえる音はある。

 冷房入れてるから。


 入れてるから、ほんと〜に静かなんだけど〜 その音は聞こえるんですな。でも、人の声ではない。断じて違う。そして、聞こえるのは声… 


 つまり、此処に この部屋に! 珍種か新種の擬きさんが居るとゆー事になるのです!?


 「ひぃいいい!」


 たたた、助けを! そうだ、金魚パトロールを!!


 「待て、待て待てま!」


 ひょっと鶴のよーに首を伸ばして確認。即、亀に戻る。


 透明化も考えられるが元が擬きでボディなし。ならば、精神体のよーなものだと考えられる… そこに金魚警察を出す。


 金魚 vs 精神体 


 金魚はたましーでレガシーではない。不可欠であると言えばレガシーで正しいがたましーだ。たましーの金魚が精神バトルでやられちゃったら、復活もなく白ちゃんにもなれずに終わってしまう… グラフィック的にも終わりでしょー!?


 「だだだ、だめだ。金魚出動はだめだ!」


 いや待て、正体見たり枯れ尾花!

 黄金の魔王様城に無断侵入できる勇者はいるのか!? 実際、この魔王城には罠がある。聞こえる声は… まさか、ブラフか!?


 ん? ブラフってどーゆー意味だっけ。違う、そーゆーのはどーでもいーの。この変な音の正体を暴きたくて暴きたくなくて怖くて近寄りたくなくて見たくもないのに不安だか「そうだよ、俺が着替えりゃいーんだよ。この天下無敵の爪と牙! それ、にゃんぐるみぃー!」


 猫爪で成敗じゃーーーー!!


 



 『本気ではないが』

 「…なんだ、驚かさないで下さいよ」


 『リリーが良いと言ったら有りだがな』

 「えぇえ?」


 素で否定の声が出る。

 思い出すあの人とは職業も違えば容姿も違う。弟の前で惚気る二人の姿も思い出す。その思い出を押し退けて姉さんと彼が並び立つ姿を想像すると〜 悪くはないかもしれないが〜 うーん。


 あれが義兄で、あの子が親類…  まぁ、わからない。その前に「ならば」と得物を手にする姉さんが浮かぶし。


 『リリーは少し社交から遠退いているだろう? 久しぶりに始めるなら複数より単数が良いと思ってな?』

 「…出会いと機会は様々ですが、仕事中に恋愛を絡めるのは如何なものかと」


 『なに、男の方にそんな余裕はないだろうよ。家の存続が掛かった仕事で器用な事ができる男に見えたか? それができるなら現状には至ってないと思うがな』

 「……そうですね、それなりに堅そうな頭と矜持でしたね。でも、それを言うなら姉さんもでしょ? まだ忘れてないでしょうに」


 『いや、前向きな言葉を言ってな』

 「は?」


 兄さんの言葉が理解できない。


 姉さんがシューレに来たのは見合いだなんだと煩い現実からの逃避だ。まだ向き合えないと逃げたんだ。それが前向き?


 「何時です?」

 『先日』


 「何処で?」

 『此処で』


 「どうして?」

 『お前達の頑張り』


 「は?」


 意味が掴めず、良い笑顔の兄さんを見つめる。笑顔が崩れないので姉さんの行動を思い出す。


 家の顔として華やかに登場。

 使者との交渉で楽しむ。

 シューレの第一女性として采配を振るう。

 俺とアズサの面倒を見る。


 …他にないよな?


 面倒を掛けた覚えしかない。恋愛に前向きになる切っ掛けが、どこにあったと言うのか? 献身的な俺の姿? …独りの私に見せ付けるのはやめてよねとでも怒られそう。いや、実『お前達のお陰で醜い私にならずに済んだと笑ってな』


 「はぁあぁあ?」


 鳥肌が立ちそうな胡散臭さにひっくい声が出た。




 ちび猫、こ〜〜 りん!!


 「にゃっふー」

 

 ぽすっとベッドに着地です。見よ、この勇姿! ん?


 「…ふみゃあ!」


 降り立った途端に聞こえるオラオラでああん?みたいな、こーえー! きょーれつなけはいがあー!


 即、布団の中に飛び込みました。ましたが、入り口が大き過ぎてトンネルにならず! それ、それっ はよ、布団を降ろさねばー!



 

 『その辺は帰ってきてからな』

 「…ええ、まぁ、はい」


 『そこでだ、お前から見た人品も頼む』

 「仕事が増えた!!」


 『姉への礼だと思えば安かろう? 金も要らんし』

 「…そうそう、駐留している部隊と現地からの生の声なんですけど」


 人が反論できないと思って好き勝手な事を言う。これ以上、仕事を増やされても堪らないので仕事で返す。

 


 「…で、ロベルトは兄さんの管轄になるので任せます。大雑把ですが以上です、嘆願書も預かってます。その上で聞きますれば俺は此処に留まるべきですか」

 『留まりたいか?』


 「嫌ですね。と言うかアズサの様子はどうですか? あの後、ちゃんと休んで落ち着きました? 良くなってますよね? 食事の量は増えました? 主に誰が面倒を?」


 やっと俺の番だと勢い込んで聞いたら、目が逃げた。

 逃げやがったぞ。

 

 「…あーにーうーぇえええ〜〜?」

 『…ノイ自身に用事ができた。それは兄の責でも咎でもない筈だ』


 「ほう、安静が求められる相手に気の利かない馬鹿が居座ったと? 体調を崩した相手を前に己の用事を優先したと。へーえぇえ〜〜 何処の馬鹿がどの程度の用事で何を言ったのか非常に聞きたいのですが、その前に。その時、兄さんは何をして?」

 『…居合わせたぞ?』


 「ほう、取り成しですか」

 『…取り成しには当たらぬであろ』


 「ほう! では、何を」

 『…あ〜、猫になったノイとな? こうやって一緒に遊んでだなぁ』


 手を動かしてイイ顔した兄さんにブツッときた。





 『ふんぎゃああああ!!』


 なんかめっちゃ怒りの波動を感じるんですけどー!? なんか悪い事しましたあー!?


 猫、布団の中でぶるぶるです。


 成敗なんて無理です!

 荒ぶる気配が恐ろし過ぎる!


 『ふみゃっ!』


 心で叫んで両手で両目を覆ってひーんです。目に見えない何かが、てんちゅー!とでも叫んでそう。まじ、怖い。


 しかし、このまま怖がっていても仕方がない。


 仕方がないけど出たくない。

 恐る恐る背後を振り返ると布団トンネルの先に世界の光が見えている。世界に出なければ世界は知れぬ… ので、頑張って行ってみましょう。行きたくないけど。


 「に?」


 あれ? 収まってる? 


 鼻出しから顔出ししてストップ。お天気、晴れた? ズルズルと布団を出る。見える範囲で何もないので、もっと出る。前、右、左、忘れちゃいけない背後に上も確認。


 全方位、問題なしっぽい。

 原因不明、正体不詳の精神体は去ったのでしょうか?


 忙しなく視線を飛ばしながら猫耳ソナーを動かします。 …何も引っ掛かりませんねぇ。完全なる忍びの猫になってベッドの端に到着。その場に留まりたい自分を励まし、静かなる現実に〜〜  とうっ!


 「ぴょっ!」


 違う、まだだった!

 突如鳴り響く雷鳴にしまった出過ぎた猫々パニック! このままバトルだ、何処にいるー!!


 着地と同時にドアまっしぐら!


 


 まっしぐらしたらバトルにならないと気付いたのは立ち塞がるドアに直面してから。


 「なーん!」


 ドアにタッチするも開きません。冷房入れてるから開けるはずもありません! しかし、荒ぶる気配が俺を混乱に陥れー! ぐるぐる渦巻きのーみそ回ってテラスにダッシュ!


 やっぱり開かない、開いてない。どうして先に人確認を怠った! 『うえーん、アーティス開けてよう』とドアに掻き付くが、まだ竜ちゃん達とのお散歩から帰る時間ではない事を知っている…


 猫、絶望。


 しかし、此処では的になる。

 荒ぶる気配が未だ収まらぬ中、にゃんにゃんにゃにゃんと跳ねてベッドに戻る。木の下に隠れるよーにベッドの下に隠れて小さくなる。


 「ぶしゅっ」


 鼻先に埃。

 キュートな猫鼻になに攻撃してんだ、こいつはよ。


 ここはダメだ位置替えだとベッドの下から這い出たら、煌めく雷光を幻視した。うわ、かっこいー。




 「あそこまで怒らんでも良いと思うにな」


 朝一の後は見てないとは言え、「夕食は共に」と伝えている。その時の返事も「はい、寝てます」だった。


 足早に向かい、途中で立ち寄る。


 「おるか」

 「は!」


 椅子を引いた直後の起立と敬礼に頷く。


 「どうだ?」

 「は、昼食は残さず摂られましたが掛かった時間は普段よりも長く。定時回りではお休みで、発汗や発熱のご様子もなく現在まで呼び鈴も鳴っておりません」


 「そうか」


 起立と同時に閉ざした書籍に目を向けると、題名で医書だとわかった。


 「あ、こちらは」

 「勉学に励むは良い事だ」


 応急処置の復習との言に肩を叩いて激励し、その場を離れる。




 扉を開けようと取っ手を掴んだ所で思い直し、そっと小さく叩いてみる。


 『 (みーい)

 「うん?」


 微かに聞こえた声に反射でガッと開けると、「にゃーあ!」「うわっ?」飛び付かれた。


 「なー、なー、なー」

 「うわ、うわ、うわ。どうした、ノイ」


 足元に纏わり付いて纏わり付いて纏わり付いて掻き付いて登ってくるぞ、おい! 




 「うむ、まぁ、なんだ。落ち着いたか、そうか、良い感じか。よしよし」


 寝台に座り、膝の上で寛ぐ毛玉をそろそろと撫でる。

 膝の上が暖かい。

 暖かい。


 こんな小さな毛玉が躊躇いなく俺に掻き付いてくる日が来ようとはな!


 「ぐーるぐーにゃぐるにゃおん」

 「何を言っとるかわからんがわかるぞ。あー、よしよし」


 尻尾を立てて腹に頭突きをしてくる、この様よ! これを膝の上から降ろすなど無理だ。ばれたらハージェストが癇癪を起こしそうだが、この この この欲は断てぬ!




 あ〜〜〜〜〜  安心。


 此処に居れば怖くない。物理も精神も怖くない。相変わらずオートモードで刈り取り喰ってる、この強さ!


 はあ〜〜〜〜 あ、もう背中いーんで。


 ころっと転がり体勢を変え、セイルさんを見上げたら。めっちゃい〜いデレ顔してた。勝った。


 勝った!


 歓喜に再び、ごろっと体勢を変えてスフィンクス!からの、べったり。猫手と体でがっちり膝を押さえて宣言です。


 「なーにゃっぅうーーん(とったどーーーー)!」

 「うんうん、どうした。可愛いなぁ」


 本人が陥落宣言を出した以上、魔王城はこのちび猫が占拠したのだあーー! にゃーはははは!! あ、尻尾しびびんてなるからそのお触りはちょっとー。

 

 

 


 「どうぞ、お嬢様」

 「あ、ありがとうございます」


 「食が進みませんか?」

 「あ、いえ。恥ずかしながら、緊張しているだけですので」


 兄妹との会食では、どうしても当主である兄との会話が主体となる。『人品を』なんて追加がきた所為で、より話を聞く必要が出て唯でさえ萎縮している妹が黙ってしまう。そこに気合と疲れが交差している。


 見越して給仕に付けておいたが正解だ。こんな時そつなく熟す奴がいるのは最高だ! このまま一任したいが食事の量に問題がある。

 

 アズサと同じで不安が断てない…


 「オリヴィア嬢」

 「はい! なんでしょうか!?」


 それなりに元気だが… 部屋で一人、食べさせた方が良かったか? しかし、本人が参加を希望したしなぁ。


 「此処まで来れば後は目と鼻の先です。貴女が関与できる事を考えると、後からゆるりとお出でなさいと言って差し上げたいのですが… 実行した場合、私の勧めがあったと言ってもエルトシューレ伯爵様の心証は落ちるでしょう。家の救済と存続を望まれた以上、貴方も行軍せねばなりません。お食べなさい」


 肉が食えぬとは聞いてない。

 明日の道行きを考え、上げると見せて落として優しくしなかった。それなりに衝撃を受けた顔が 顔が うん? 


 「わ、わ、わたくし… 淑女に見えぬ顔であった事が恥ずかしく!!」


 席も立てず逃げ場もない中、顔を赤く染めて居た堪れなさを発揮する姿に彼女の淑女性を見た。


 「オリヴィア…」

 「は、はい…」


 萎れる妹に兄が掛けた言葉、それに返す妹の言葉。

 その会話を黙って聞いていれば、今度は俺へと言葉が回り始める。そこに兄妹の関係性と良好性と育ちを見た。

 

 「妹への高説と厚情を有り難く存じます」

 「いえ、自分も少々口さがなき事を申しまして」


 「いいえ、面と向かって言われる方が少ない事です。良い勉強に」

 「はい、本当にありがとうございます」


 腹の底ではどうであれ、二人の礼儀は完璧だった。

 

 その姿に、少し夢想を。

 攻撃性の高い姉さんと、この人が並び立つ姿。


 …うん、悪くないのかもしれない。


 しれないと思うと同時に思い出すのは、並び立つ姿。本当に姉さんは、 なんて詮無い事を少しばかり。



 「お嬢様、こちら(サワークリーム)をどうぞ」

 「まぁ?」


 「口当たりも変わりますし、女性好みになると聞きます」

 「まぁ、是非!」


 切り分けると滴り出す肉汁。少しの量でそろりと試し、上品に口元へ。咀嚼する口が器用に笑顔を作り出す。目が合うと、その口ではにかむ。混同が絶妙な笑顔に淑女教育の強さを見た。


 「…ほんと、お肉がするすると食べられそうです。美味しいです!」


 オリヴィア嬢の笑顔が出た所で、こちらも和やかに食事を再開。口添えの名目で家の現状を更に突っ込んで聞き出し、そろそろ頃合いと話を振る。


 やはり、本人の口からでないと。


 「リチャード殿には良い方は居られぬのですか?」

 「…は」


 「いえね? 居られれば支援もあったかと… ああ、失礼。もしや家の窮地に破談か借財にでも早替わりで?」

 「… 」


 どうやら、ぶっ刺したらしい。

 

 

 「もう、お兄様! 今は行軍中なのですから、不要で余計で不憫になる感情はお断ちください!」


 気付けば肉を綺麗に平らげ、血色に気力を回復した妹が更に突き刺した。


 …応用が効く子だと感心した。それでも断つに断てぬ顔して固まる姿に、ご愁傷と気持ち瞑目して俺も残りを平らげにかかる。


 うん、当たりか外れか わからないな。




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