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召喚  作者: 黒龍藤
第四章   道中に当たり  色々、準備します
214/239

214 恩ですか



 緩やかに浮上する意識に、ん〜んんと腕を隣へ伸ばす。伸ばす。伸ばして探す。探して何も掴めず空を切る手が寝台の縁に行き着いた所で目を開けた。


 「…… 」


 寂しい独り寝だった。


 手足を伸ばしても、ぶつからない幸せ。なんという幸せ。代わりに感じる熱はない。だが、近過ぎる寝息に寝難さを感じる事も  …ん? アズサと一緒に寝て、俺の寝付きが悪かった事があっただろうか? 気になって起きていたのと気遣って静かにいたのは確かだが、寝付きが悪かった事はなかったよう な?


 仕事中、他人の寝息が耳触りで眠りが浅かったり眠れない時もあった。いや、仕事中だから浅いのは仕方ない事で。でも、就眠できないとしんどいし?


 そもそも、よく最初か…  あー、そうだ。どっちも意識を飛ばしてたか。いや、俺の場合は這い寄り落ち… だったなあ〜。



 つらつらと、一緒に寝始めた過程から何から思い返す。


 心配。


 開いた足、置いた体。

 掛けた術式。


 覆い隠す力に、馴染めと。 染まれと。



 『弊害』


 単語が頭を過る。


 『行使する側に有利であるが不利益をも伴う』


 伴う知識が補足する。


 染まれ、の、代償。

 単発でもない以上、それは掛ける側にも出る。他人でありながら馴染む己の力に依って相手との距離感が狂う。狂ってしまう故に、それを弊害と呼ぶ。


 今のは症状の出始めだろうか?


 教書の一節と照らし合わせても、過ごした日々は短過ぎる。しかし、教書とは比較にならない濃密な課題を終わらせた自覚と自信はある! 


 だが、俺は自然に弊害と。

 弊害と判じたは教書に基づく知識。


 知識に現状を当て嵌め考えるは、何らおかしい事ではない。俺の頭は正常だ。それでも、頑張ってきた成果を指すのに『弊害』はない。知識が、あちら(推測)こちら(予測)を引き立てれば自然に歪んでいく唇。


 これを放置するは己に対する賭けか、それとも罠か? 



 閉塞感と空転を感じて思考を放棄。高が教書の一つ、参考程度に俺が縛られてなるか。そうだ、もっとよく考えろ。一番危ないのは勝手に食われてる俺の頭髪だ。


 「…はあ」


 朝っぱらからキてるなぁと、短くも重い不出来なモノを体外へ吐き出す。


 

 遠去かった爽やかな目覚めに名残惜しく首を傾けたら、こちらを向いている誰かと目が合う。合ったから、ごろっと寝返りを打って背を向ける。


 「え」


 そうだ、単純に俺は凄い。目覚めを迎える最中でも、まずはと隣へ腕を伸ばす自分が凄い。一番に手首を掴もう(脈拍を取ろう)とする自分が凄い! 習慣化したんだろうか? 怖いな。


 「あの、それはどうかと。起きて下さいよ」


 いや、それはないか。

 普通に起きて、見て、それで終えた日もあるから習慣化まではいってない筈だ。大体そんなもんが習慣になったら俺にとってもアズサにとっても、ちょっと良くない。これを機に アズサ、どうしてるだろ? 体調、戻ったかな? 昨晩はちゃんと寝れたかな?


 誰か… ちゃんと面倒見てるよな?

 姉さんも、あれだけ言ったんだから責任とって見てるよな?


 一瞬の不安に、馬上で呼ばれた感覚が蘇る。

 蘇りが後ろ髪を梳ると頭の中で冷気を伴う疑惑が暖を取る為、怒気の毛皮を纏って熱を溜め込もうとした。


 慌てて、なかった事にする。


 そこまで考えたら駄目だ、俺の信心どこいった。

 兄さんと姉さんが居て、何を心配す… す… するんだよなー、やっぱり。二人ができない穴埋めをロイズがするならまだしも、ロトの奴は最低限はやっても最低限なだけで積極性が足りないし! あいつ、自分が生かされてるって事に実感持ってんだろうな?


 あ、なんか無性に心配になってきた。


 弊害なんて… 弊害なんて、どう考えても今の状況と距離感だろ! ちくしょうぅうう! 俺にも夢渡りができたらあーーー!!



 「そろそろ起きて下さいって」

 「うるせえな」


 バサッ


 「あ、起きてた」


 上を剥いで起きたら、「眉間に皺が寄って悪い顔してますよ」とか言われた。


 ぐだぐた考えると碌でもない。

 さっさと客人と合流して戻れば、それで良いだけだ!


 「何の八つ当たりですか? 酷いですよ、役に立ってるのに」

 「あ? …何してるよ?」


 「もちろん、昨日はあいつと部屋を代わっておきましたし?」

 「そんな話してないわ」


 意識を入れ替え、心に誓う。早く帰るからね!


 「で、そこで何してる」





 「意外にイケますね、これ」

 「ほんとに」


 当たりに喜ぶ二人に顔で相槌を打ちつつ、腸詰め肉を口にする。思っていた以上に朝食が美味くて幸せだ。詰所との提携は食事の当たり外れに寄与しない。残念だが仕方のない事実だ。


 最後の肉を終え、果実に手を伸ばす。粒の大きい葡萄は実に美味そうだが、前にこの手の宿で食ったのは最悪だった。見掛けはこれと同じで美味そうなのに、口にしたら不味かった。甘みが全くなくて見掛けだけの詐欺だった。


 あれは悲しい思い出だ。


 何でもない振りで用心しつつ、一粒、口に含めばそれなりに美味くて安心した。やはり、あそこまで不味い食べ物の思い出は心に残る。


 「三人だと静かで良いですね」

 「…そうだな」


 「それにしても、あの程度の反省(罰ゲー)で良かったので?」

 「寝起きが悪いあいつには十分な反省だろ?」


 仕事中にさせる反省なんて、適度な量を多めに割り振る程度だろ。



 「お口に合いましたでしょうか?」


 粗方食べ終えた所を見越してやってきた亭主に「ああ、悪くなかった」と微笑む際に軽く手を上げる。それを合図に一人が「では、自分は先に」と席を立つ。伺い顔の亭主に何かと思えば、一人分の朝の食事を包もうか?との問いだった。


 「そのまま出たのか」

 「時間的にはそうなるかと」


 しれっと澄まし顔で答える顔に苦笑する。ギリでも何でも間に合ってるのなら規律の緩み弛みと怒る事ではなし、起こしてやれよと言ったら反省にはならないし。何より、金は先払い。


 「そうだな、手間を掛けるが頼む」


 厨房に声を掛ける亭主と返ってくる通りの良い声を耳に、もう一人にも指で合図を。 …難色を示すに返し合えば無視をする。「ああ、亭主」と世間話からの業務を始める。


 …まぁ、客も切れたし楽ではある。

 


 

 宿や飲み屋に情報が集まるのは確かだが、内々で回す話も多くてめぼしさに欠けるのも事実だ。くだを巻く奴の話なんて何周するんだ?になって苦行だが、現場の声が大事なのも確かで。


 貧民の流入を感じる事はないか?とした内容に至った時、亭主の顔と態度が少しばかり畏り、喋りが早くなったので不穏に感じる事があるのかと思えば違った。まぁ、そんな事を聞けば仕事(役職)の当りを付けるのも当然か… ああ、これは何か聞きたいのだと理解した。



 「先日、王都の方から」

 「キルメルで起きた恐ろしい話は」

 「それが」


 …キルメルでの惨殺事件は噂話としても広まりきって、この辺りでも持ち切りだったらしい。夜な夜な酒の肴に詮議の花を咲かす中、「先日、王都でも似たような事件が!」とそっちの方面からやってきた者が更に話を盛り上げた。どんな感じで何人が死んで現場の凄惨さに仲間割れか抗争か?どちらにしても凄えなあ!と話題は最高潮に達したと。


 全てが聞き伝えの話題のタネがなくなると、次は我が身を振り返るが定石。最後は、「うちは大丈夫か?」「領主様の御膝元は無事なのか?」と騒いで不穏だけが漂った。


 奇妙な符号の不安に駆られて伝手を辿れば、そんな話がシューレでもあったのなかったの。不確かな断片だけが聞こえてきた上に、気安い仲である筈の詰所の連中は言葉を濁すばかりで完全な否定はしなかったと。 …根が正直なのか気安いからなのか? どちらにせよ、不要な煽りになっている。


 恐怖の前では箝口令など零れる水と同じだと聞きに徹するが、思い出すのは現場に居合わせた男の精神状態。


 恐怖と命令と。

 強制と錯乱と。

 抑圧と安定と。


 廃人と平民と行方不明が織り成す連鎖は、時短と貴いを賭けた人を試す所業だと思ってる。



 「シューレでも… あったんでしょうか?」


 恐る恐るでも途切れない知識欲。

 『話題性、最強』と心中でぼやけば、あの二人の口論が連鎖する。


 「どこぞの抗争に座所が穢されたりなどは」


 力に陶酔していた存外幸せな女と、己の不幸を吐き散らかした男。そういや、あの男はどうしているのか?と思考が飛んだが情報を放置したので思い出せるモノはない。そして、あそこからの脱獄劇と仕掛けた罠を想像すると〜 ヌルく笑える。


 笑えたから、その顔で亭主へ感嘆を込めて返事を。


 「妄想で、よくよく恐ろしい事を言う。亭主は度胸があるな」




 そう、人が持つ善き信心が領主を疑う。領主の能力を疑うが故に真を欲する。それは清き心である。あるが、その清らかさ故の言葉は侮辱だ。


 心からの言葉 で、あれば不信の裏に潜む侮辱は流される? 信ずるが故の不信(仕事、してんの?)は素朴であるが故に心に響き、真の不興を買う。


 「え? いえ、決して度胸など」


 疑問を浮かべた顔と目を合わせるに、強張り、言葉は萎んで濁され、焦りを含んだ言葉が発されて  亭主が要らん事を言った。


 頭、痛い。


 率直な罵詈雑言の方が、まだやり易い。白けた風情で視線を逸らせば、「亭主、その意図をだな」と口調だけは柔らかく詰問を引き継いでくれた。言い訳でも、俺に向かって言ったら拙いんだよ。



 「ですから、本当に心配になっただけでして」


 …ああ、もう本当にどうしようかな? これを頭痛が痛いと言うんだろう。土地が穢れる事への心配は目を瞑っても、ロベルトを指すなら代理を付けとけ! 間違えても領主で区切るな!


 心の中で怒鳴るに止める。

 兄さんの耳に入ったら、いや、入らなくても問題だ。


 この地に尽くしてきた事がよくわかる人気は、ロベルトにとって評価となる一方で評価を落とす事にも繋がる。心得違いを犯さない者も過度に持ち上げられれば、その気になるもの。


 座所で争いは望まれない。

 任期は必ず終わる。

 だが、王領ではなく下げ渡された。

 

 我が家が譲渡せねば領主は変わらない。しかし、座所という特異点が領民に一つの道を示している。


 『直訴』


 兄への褒美が名目である領地から、王へ直訴が出た時点で我が家の恥。先の恥は王家になるが、王家の恥と我が家の恥なら比重は我が家に落ちる。しかも、新たに領主と望むは我が家に仕える男爵位。代理を拝命した者。


 良い仕事をしたのは間違いないが兄さんの耳に入れば、間違いなくロベルトはクビ(左遷)。又は、クビ(馘首)。領民の声に押されてアレな態度に出たなら本当に、クビ(斬首)


 真実、直訴に至ったならば。


 至った過程によりけりで頭が痛い事が続く。騒乱で金は回るだろうが我が家の実入りはない。ないが、周囲に飛び火させれば有りだ。速やかに絞めて併呑っぽい事をすれば元は取れるし、大義も立てられる。しかし、騒動を厭い全てを回避して温厚に動けば我が家の名声はどうでも前例を残す。


 そう、前例を残してしまう。


 我が家の名で残るそれすら厭わず、優しさを発揮して譲渡するなら〜 その場合は王の意向があってもなくても借金漬けだな。


 「領民が領主を心配する良い話だ」

 「はい、それはもう長く治めて頂きたいと願っているだけでございますから」


 だから、それがだよ。


 ロベルトの試験は、まだ終わっていない。信認を掛けた昇格試験では誓約が必須だ。その只中で主家に対して泥を塗っても己が領主に収まる夢を見て、作意の根を張り、この地で密かに謀反の芽を伸ばした。代理の立場を利用して座所を愛する領民に王への嘆願を仕向けさせる…


 素晴らしい計画的犯行だ。

 こんな田舎で巡らす陰謀にしては出来過ぎだが後の事を考えなければイケる、突き進める。信念の地だ、在り方に一石を投ずるとでも言えば情勢の変化は見込めるしな。


 その上で考えるなら、予定調和の抑え込みに失敗した。そこでも擁護の声は上がったし、俺も武官ではない事と他の成果から大目に見たが… この地の犯罪の押さえ込みはヌルくて時間が掛かって今に至った。巻き返しに今も頑張ってるが見せ掛けか?


 できると証明しなければ誰であれ受からない。


 しかし、受かる必要がなければ?




 家の信認試験を受けるに至った者を疑い始める頭に、「冷静に!」と信心が叫んで記憶を引っ張り出す。


 二年ほど前、少し照れながら「自分の領地を持ちたい」と夢を語ってくれた事は覚えている。領地を持たない貴族がよく見る夢ではあるが、文系な彼は「此処で成果を出して免状を得たいのだ」と若年の俺に媚びるでもなく熱く語った。


 下手な手を打つとは思えない。

 一口に代理と言えどロベルトは下級の代理。信認免状を得た上級とは違い、決められた事にしか裁量権はない。上級と下級で裁量権は大きく変わるし、上級であれば何処に行っても使える人材ステータスだ。


 我が家の上級ともなれば、下手な家より大きな自由裁量権を得る。やっと掴んだ試験を、その魅力を途中で放り投げるとも思えない。


 コツコツと地道な努力を積んで信認試験まで辿り着いた彼には、自分と重なる部分を見て好感を持っていた。そう、信じて… 信じてやらねばなるまい。ハズレたあの女とは家との関与が… 重みが違う。


 だが、現実として領民は彼に過度な期待を寄せ… ラングリア家としては不穏を感じる。誓約を考えれば領民が試験を知る由はない。代理を惜しまれるは良い事だが、それが我が家に対する暴動となっては意味がない。


 不合格。


 結果、仕事の成果は人に取られ。

 褒美はなし。


 仕事はクビ。

 

 ロベルトの今までの努力が… 数年に渡る領地改革に費やした地道な努力が… 領民に依って台無しになろうとしている。人望が努力の首を絞めていくとはなー。恩を仇で返される展開か。我が家が出した金をなんだと思ってんだ、こいつら。


 「あんなに謙虚な方はおられません」


 …まぁ、その辺はなー。俺も兄さんが謙虚だとは思ってないし〜。だが、どうしてこうなった! 隙間時間で行う何時もの仕事が面倒い事に! しかし、家として不穏を感じる状況を放置するのは愚。信心からの不穏分子なぞ要らん。

 

 だが、田舎で囀らせると変な分断を招くのはわかってる〜〜〜〜〜 かと言って、俺が手を出したらロベルトは完全に不合格。兄さんに報告しても不合格。領民の意識改革がならないなら、注ぎ込むのは無駄。すっぱり手を引き放置する。その後、以前の状態に戻ったこいつらがどう出るかになるが。


 「そうだな、優しい方だと聞く」

 「そうです、お優しい方です! 聞くだけでなく行動して下さって!  ああ、違います。違いますよ。今のが不遜に聞こえましたら、それは誤解です」


 ちらりちらりと、口調も必死な亭主の視線を浴びる。他に感じる視線に流し見やれば、入り口で下男と誰ぞが固まっていた。生活臭を強く感じる立ち姿に、弱者の恫喝と感じていた煩さが鳴りを潜める。代わりに何処ぞの国が嘯いた高貴なる者の義務とやらを思い出した。


 心が静まる。

 恫喝と義務の相対に心が静まり返る。


 高貴と呼ばわり、後ろに回る奴に義務はないのか問うてやりたい。やる事をやっているから高貴に対する対句を出して広めろよと言ってやりたい。それで今の俺の熱も冷めるから素晴らしい義務熱だ、ふ。


 あちらもそちらもこちらも最良を間近に見ての断念は不幸。領と家、全体に降り注ぐ長年の軋轢になるやもしれぬ損失を回避するのに必要なのは調整。肩入れにならない程度の微調整。


 やっぱり、俺の仕事かよ!

 いや、試験だから。


 あー、もー、アズサァアアア!!


 

 「そうですか… では、話の噛み合わせが悪かったと考えても」

 「はい、はい!」

 

 纏めに入ったから後は任せると見てくるので意識を切り替える。こーゆー時は自分の自由裁量権が辛い。なかったら、報告とその場凌ぎの対処で済むのにあるから辛い。まぁ、愚痴っても仕方ない。


 家の高貴な義務を果たす為、恩知らず相手に仕事でもするか。 

 






 ダダダッ、ダダダッ…


 『行け行け、走れえーーー! あー はははは!!』


 爽快な走りを楽しみ、頭を空っぽにする。心が洗われる。もっと走り込みたかったが街道の様子と馬の疲れ、その他を考えられる頭に戻ってきたので速度を徐々に落としていく。遅れる事なく並走する隣と目を交わし、顎で先駆けを命じる。


 命じた先から馬影が沈む。

 間を置かずに反対側から追い抜く馬の気配を感じ、瞬間の並走と指の動きを見た。そのまま駆け抜けていく。


 あいつが負けたかと小さく笑って見送り、到着してからの配置の割り振りを考え直す。遅れた分、向こうが来てくれると嬉しいなあと酷い期待を寄せてみる。


 「おう、もう少しだ!」


 口にしなくても、休憩が間近だと気付いた馬に賢いと褒めた。




 「当たりです」


 辿り着いたら、喜びの一報。

 こちらでお待ちをと案内された詰所の一室で、卓に広げた地図を四人で囲んで話を聞く。


 「…に、こちらを出立したとの由」

 

 説明と共に地図の上を滑る指を目で追う。


 「なので、何事もなければ本日にも此処で合流できるかと。門兵への通達はできており、我々は待機で宜しいかと」

 「…早く合流できるのは願ったりだが」


 兄さんから聞いた事前の情報と照合すると結構な速度で向かってきている。来るのは二人、どちらも王都勤めで地方に下りた事はないとか。騎乗の得手不得手は知らないが日程を考えると武官並み。出立が早かったか?


 「これは早過ぎないか?」

 「確かに少々早いかと思われますが、正確な出立日も不明ですので何とも」


 当たり前の事を言われると返す言葉はない。極秘の条件を出したのはこちらで、最終は間に合えば良い。そう考えると問題はない、ないんだが。


 「成り済ましを?」

 「…そうだな、預かりはしているが用心に越した事はない」


 「はい、どうか?」

 「失礼します」


 そこまで話した所で扉が叩かれ、一人が開けに行けば責任者が来たと言うので迎える為に姿勢を正す。




 「ほう」

 「それで街道の整備の方を」


 挨拶を終え、用件を伝え、話の流れから席に着き、近況を聞きながら領主館に提出する書類の封筒を預かる。特権的に開きたくなるのを我慢。今のナリでして良い事ではない。代わりに対話に持ち込めば、率先して中身のあらましを語ってくれた。幾つか質問するも淀みなく地図と照らし合わせて答えるのを聞き、「筋違いかとは思いますが、どうか口添えを」と頭を下げて願われた。


 

 「ご準備ができました」


 この声を機に、一旦席を離れる。が、遅くなった昼食を摂るだけな上に接客対応が入っているので同じ面子で部屋を移動。食事に目礼を送り、咀嚼する。美味い。茶を喫しつつ、適度に話を挟んでくるので和やかに返答。


 外から複数の声がした。

 


 「失礼、こちらにお越しと聞き」


 シューレではなく我が家の兵服組が顔を出したので、行儀はどうでも話を聞こうとしたらがっかりされた。しまった、影纏いな上に仕事着が違う。これこそ直訴にあたるので話を聞くべきと、二人の徽章を確認しつつ食事の手を止める。姿勢と衣装を正す振りで卓の下へ手をやってコソコソ。


 「何事でしょう? 聞きますよ」


 必要とあらば手の内で見せようと準備。



 非常ではないがとの断りの元、隣の某領主側から度々嫌味の言葉を貰うそうな。二人が交互に話す詳細を聞いても理非がわからんと言うよりない。難癖か。


 「それは領主が直々に?」


 「違いますが威を借る言葉にて」

 「少々、不快に過ぎるかと」


 キルメルと同時並行になったかと思うが繋がってはいない筈。頑固爺であちらともどうたらと聞いている。だが、ロベルトの報告が元なので少し痛い。


 「あちらのご領主は」


 何時もを知る者の言に耳を傾けるが、こんな時は鳥の目が欲しい。

 兄さんと同じ目を有する事ができたらと思うが、それを言っても始まらないより進まないのでできる対処で済ます。


 「…基本は相手にせずだが、やってくるならやり返せ。ランスグロリアの紋を頂くにシューレと同じと扱われる事こそ不快にて、次期様の言を待つ必要はない。竜と共に派手にやれ。但し、正式に声明を出す迄は可能な限り…  そう、『抑える』に留められよ」


 「「諾!」」

 

 許可を出したら喜んだ。含みを理解して喜んだ。許可が施す精神安定を更に高める為、声明文を出すに掛かる凡その日数を告げておく。


 この事により、此処に留め置かれて俺の仕事になっても仕方ない。対処をしくじって死者を出すのはごめんだ。それより、抑えた方(通行規制)が効率が良い。人の口は塞げずとも物理の口は塞げるわ。


 思い上がる気はないが抑え方次第では難が出るだろう。が、相手の難など知った事ではない。そこまでさせた相手も悪かろう、だ。




 話している間に確保された宿に行き、客人を待つ。おそらく到着は夕刻になる。


 「客人方の別室も確保でき」

 「助かる」


 序でに精算した金額を聞いておく。

 もしもの為に旅費は分散しているが、どうしても偏りは出る。


 「今回の宿泊費で自分の預かり金は」

 「…ああ、乗り換えた馬の代金もお前が出したな」


 「ええ、後を考えると」

 「ん、帰りは出さんで良い。残りは非常用に」


 細やかな気遣いを持つ程、先に金を減らす。最低限度額には達していないが、内々で真っ先に減らすのはこいつだから注意しないといけない。最低額に近づけば二人から徴収して補いやがる。適材適所も役割分担も正しいが、普段から二人にももう少しやらせろっての。安く済ます事の是非の学びが進まんわ。


 「旅程という旅程でもなくなるか」

 「そうですね」


 ま、これでこいつの役割は客人に振り切れる。

 

 「それより客人だ、強行軍で疲れてそうだ」

 「本当に。出立が遅れたとはいえ、合流は明日以降だと思っていました」


 「辿り着く前に寝込まれてもな」

 「ありましたね、そんな事も」


 嫌だったな〜と過去を振り返って笑い合い、験担ぎしておく。先に言ったら相殺されると言うからな!


 「ところで、連絡を如何します? 入れるなら扉の前で立っておりますが」

 「…急ぐに越した事はないが客人の到着を待ってからだ」


 己の体力を過信する気はない。

 一度で済ませられるなら、その方が良い。

 

 「なら、今の内に少しお休みになられては」

 「…それもそうだな」

 

 長靴は脱がずにと思ったが横になったら脱ぎたくなった。


 「では」


 部屋を出て行ったので脱ぐと楽。いや、普通に楽なんだけど…  もしかして、体力が落ちてる? アズサに寄り添ってごろごろし過ぎた!?


 「… 」


 『体力低下』がズンとくるが頭を無にして寝る。 …うん、大丈夫。関係ないない、ないったらない。





 「連絡が入りまし たっ!  ちょっ!!」


 間近の声に一気に覚醒。

 視界を遮る腕を掴んで引き摺り込み、「あ?  なんだ、お前か」寝技で拉ごうとした腕を解放する。


 「ひ、ひど」

 「…するなと言った事をなんでしてる」


 じっとりとした目で見られて恨み言を言われた。今回は起きなかった俺が悪いらしい。うーん、うーん、どうして気付かなかったんだろう? はっ! 夢渡りを頑張っていたのかも!!


 「悪い」


 思考を誤魔化しつつ謝り、履き直して身繕いをする。


 「じゃあ、行くか」

 「あ、それでおかしな事になってます」


 「あ?」




 宿から詰所までは然程の距離でもないので歩く。良い夕焼けの中、妙な事を聞く。真偽の前に目が点になると言うより面倒な感じだけがする。


 「嘘を言うにしても」

 「ええ、もっとましな嘘があるかと」


 信義も嫌疑も不十分で動けないとか最悪の罠だな。 …そんな面倒はごめんだ! さっきの験担ぎが効いてくれ、頼むから相殺してくれ!!


 胸中で必死に願って、辿り着いた詰所に入る。






 身を屈めて礼を尽くす二人を前に着席し、暫し二人を観察する。微動だにせず、姿勢を保つ姿は堂に入る。付け焼き刃で維持するには、なかなかの芸当。


 想定の路線を一つ消し、声音は低く話し掛ける。


 「エルトシューレ伯爵セイルジウス様の下命により、客人を迎えに参りました。なれど、相違有りて私は名乗りに至れません。貴方方は何方でしょうか」


 ここで顔を上げるかと思ったが、上げずに弁明を始めた。それにより、消した路線が強固になる。


 「お初にお目に掛かります。此度のお役目、お迎えに心より感謝を申し上げます。私奴わたくしめは、王都で律の冠を賜りましたフォレッシェル家が当主リチャードにございます。そして、こちらが」

 「妹のオリヴィアでございます」


 同じく顔と目を伏せたまま略儀的に裾を摘み、体を沈めた礼に身分詐称はなさそうだと判断。


 「こちらが証書との事で」


 隣から差し出された盆、そこに並ぶ筒と巻き紙。筒に描かれた紋を一瞥し、証書とやらに手を伸ばす。


 「拝見」


 巻きを広げる。




 「…王都からこちらまで、お二人で」

 「はい、今のご懸念は重々承知の上にて」


 「…ほう、疑いを是と。妹君、貴女は乗馬がお上手で?」

 「いえ! 正直、然程ではありません。ありませんが後がないので必死で上品に乗り熟しましてございます!」


 …非常に早口で若さの勝利だ宣言をした彼女を見ていれば、兄の方が『しまった!』からの無の顔になる。俺の方が優しい目になる。


 「…正直であられる」

 「はい! 美徳をそんしゅしてございます!」


 「…それは遵守じゅんしゅでは?」

 「え?」


 頭を下げたまま素で呟いたであろう妹と虚無さに更に顔を深く下げる兄。


 「勉学が足らず申し訳ありません。単なる覚え間違いでござますからして!」


 指摘に対して押さえに入った。

 どちらも縮こまる可哀想な体裁になったが、これで妹が勤められる天才の線が消えた。判明が微妙に辛い反面、姿勢と礼儀に精通している事は確か。

 

 「二人共、顔を上げられよ」


 今から他を当たれだあ? 嘘だろ? うあー…  とりあえず、見た物は返そうか。

 



 「なりませんね」

 「そんな、これは正真正銘の!」


 「確かに、そちらの徽章は律の花。これを偽造するは極刑。また裏に刻まれた名も、こちらの証書も ええ、貴方の言葉を裏付けはする」

 「何が不明でしょう、妹でしたらば」


 「彼女は特に問題でもなく。意匠も本人の証明も関与者でなくば流しましょう。問題はこちらの依頼に対し、成人男性二名との返事。その違えが問題。それに妹君に仕事ができるとは思えない、如何?」


 兄の後ろで大人しく立っている姿に目を移せば、手を組み、大きな目を潤ませていた。ぎゅっと閉じた唇がもの言いたげに動く。


 「…お待ちを、こちらは内密とのお申し出を受け」

 「うん?」


 「目を欺くに良かれと、その甲斐あって足留めも何もなく順調に」

 「…それは確かに。ですが、二人必要と考える仕事を貴方お一人で違える事なく行えると?」


 「助手としては務まります」

 「話になりません、以上とします」


 「お待ち下さい、符契の合わせだけでも!」

 「至らぬ相手に合わせたとて。そう、こちらは代わりを探すに時間が惜しく。また、賠償は請求させて頂く」


 「な!」

 「当たり前でしょう?」


 足元を見て、切り捨ててみた。



 「お待ちくださいませ! どうか、お聞きください! 兄と私を、どうか我が家をお救いください!!」 

 「ヴィー!」


 身を投げ出す形で跪き、必死に懇願する妹と 下がれ、直ぐに身を起こせと両肩を抱いて庇う兄。軽演劇的なものを見た。



 「…叶いますれば、一生の御恩と尽くします故  どうか、お時間を頂きたく願い申し上げます」


 姿勢を改め跪き、震える声で紡がれた声に。

 考える風情で言葉を返す。


 「恩、ですか」


 律官の一生か、良いこと聞いたなあ♪

 

 




ええと。

後に詳細を出せると思うのですが… 出すにしても間が空き過ぎると思うので… 補足を少し。


オリヴィアちゃん、15才。

所謂、お嬢様学校に在籍中。

兄と共に王都を出立。男装で馬に乗る。

がっつり試験だったヘレンと違い、そこまでしてないので技術は劣るがダンスが好きで好きで踊り捲ってたので運動神経と勘と体力はある。

それでも、へろりにへろった到着後に会見と聞いてぷるえる足を叱咤。詰所の一室を借りて意地と誠意でシンプルでもふんわりなドレスを着る。着用前、へたれたふんわり感を戻すのに手で一生懸命わさわさやってた。その上に学校指定のケープ(校章のデザイン入り)を纏い、帽子代わりに小さな髪飾りを両サイドに挿してる。




上記を記したばっかりに、書かない方がネタ。


某跪き。

単にオリヴィアの足が保たなかったかもな件。



この後書きは本文で記すれば削除する予定です。しかし、何時になるんでしょうねぇ?

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