213 ある、恩光の径
「やーだー」
「だーめ」
至極あっさり容器ごとヌイグルミを取り返し、元の位置に戻す。じたばたしても、こればっかりは駄目。足に纏わり付いても駄目、涙目で見上げてきても駄目。駄目と言ったら駄目なんだ!
「ほら、どきなさい」
「いーやー」
離れない。
ので、ひょいと首元を掴んで持ち上げる。
「うあ! ま、まっ うぎゃあー!」
遊び過ぎのお仕置きに、ポイと放り投げ。顔面からベチャ落ち… しないんだよなー、これが。
「うぅぇえええ! ちっちゃっあー!」
はい、全体を縮めた幼児退行ミニチュア版のできあがり。
「も、戻してえー!」
「だぁめ、遊び過ぎ」
「こんなんじゃ飛べないよー!」
「飛ばすに廊下を行きなさい」
手本となるべき年長者が率先して規律違反をしてどうする! 年齢が上がるに連れて違反の割合が増加する。要領で横着を丸め込んでからに、全く…
「こんなコトしてる時間ないんだってえー!!」
「あ? 俺に向かって言うセリフか」
「消えちゃう… こんなコトでもたついてる間に消えちゃうよー!! どうしたらあー!」
「どうもこうもあるか」
「役に立たない我らが主の役にもならない主張の所為で! こんな、こんな時までえー!」
「うぉい、こんなってなんだ!」
あんまりな言い分に開いた口が塞がらない。
大体、羊水に入れた時点で消滅する訳ねぇだろがー 安楽死すらないんだぞー わかってるかー。
「うああー」
大泣きし始める。
嫌になる。
俺が作った物の信用度がないなんて、どーゆーこったい? お前も俺が作ったんだっつーの! そんで放置もしてないっての! はぁああああああ〜〜 にしても、コレに移し込もうと考えるとは。
賢いんだか馬鹿なんだか、はあ。
ぐずぐず泣く二位を眺めてる。
時間を食う事がどれだけマイナスであるか理解してる筈だから、ポーズだと思って眺めてるが〜 うーん… ぐずりが止まらなくて本泣きっぽい。
参ったな、おい。
でもまぁ、手詰まりに泣くってのはこーゆー事だし? しかし、初めての見送りでもないから過剰ではある。だが、我が家では闇に添ってこその空間であるからしてー 必要性に応じてみゅーは増やしたが、頂点に立つおめがシリーズは必要ないからそこまで増やしてない。定数が比例してない。
やっぱり、数の問題か。
「うぇっ うえ〜」
素直な涙に目を逸らす。
みゅーとしての根源が二位としての機能を鈍らせ、何もかもを放り投げて泣かせているのは、わかっても〜 ナンつーかあ〜〜 頂点に立つ力が力として家に還る時、周辺一帯が大いなる静定に入るんだよな〜 あっはっは。
あの状態に入ったら、状態異常に掛かってる下の子達や凝り固まった大地の圧とかぜーんぶ綺麗さっぱり しゅーりょー させられるんだよなー。んで、静定の証にカンフルの香りがぷーんと辺り一面に充満してだ…
その時の濃度で、その後も決まる。
優しさを二分する、あの香り。
香りの濃度がカンフル注射としての効果をだなー。
「うー」
それらをわかっていても納得できない。
そんなトコだろ。
あーあ、参ったなー 育ち過ぎたかねぇ?
なーんて事を考えてるが、それより、こいつの頭の方が問題だ。まじでくるっとイってたら、どうしてくれよう?
改善策に現状を加味して考えると禍福ネタにしても酷過ぎる、時間が足りない。時間が惜しい。こうなったら、水の流れに手を出してみよーかと思わんでもない。家の循環水に手を出して、あれやこれやと思わんでもない!
だが、そんな事をしていてもご父兄は大らかだろうか?
待つのに痺れを切らして襲ってきたら最悪だ。情報なしで待つのはしんどくても、こっちがゴソゴソしてんのはバレてる。
家の外壁修理やりーの、子供の確認してーので食う時間は逆算できる。そうなると、入り口の閉鎖も自分とこに来る準備の一環だと考えるだろうが! 遮断を伴う閉鎖は気に入らんだろ。
しかし、あの子の回線は切らない。
それに、あの子のモバイルバッテリーは切れそうにない…
過度な不安も何も受けそうにない相手だが、循環水に巻き込まれー は〜 ちょーっと不満を覚える〜 だろうな。しかし、水を被った所で守りがあるからあの子が風邪を引くとも思えん。だが、その所為で… 一人、クリーンシステムから外れていきそうだよなー。
『ぎゃー、なんでループ!? え、これループ!? …ループで正解? え、どーゆー事!??』
怖くなって泣くだろか?
逆の立場で考えると〜 俺ならあ〜 高利貸しの気分で酒飲みながら相手が来るのを待って待って 待ぁ〜〜 あ〜〜 やべ。
循環水に手を出すだけ無駄と言うより的外れ。あー、俺の頭が馬鹿んなってるー。
「ん?」
クイッと引かれた。
二位の手だった。
裾を引く泣き顔の幼児。
見事なぶさ顔で正面を向き、目を合わせない。ほんっとにぶっさいくなかわいー顔してま〜 あははは。
三の体現でなくても裾を掴んで離さない。
意地で顔を上げない姿に苦笑して、腰を落とす。
ここで俺が怒鳴るだけ意固地のレベルが伸びていく。それは俺の育ててきた方向性と反してる。伸びる方向の回避も修正も俺の仕事。俺がやるべき、シ・ゴ・ト。 そぉれ♪ しごと、なしごと、てを ひいてぇ〜 ってな感じのシゴト。個性とゆーて手を出さねば望む成果も理屈も得られやせんてのよー。
「なぁ、二位。お前の気持ちもわからん訳ではないけどな? それよか、肉の器に入れる事の是非をどこまで理解してる?」
「う?」
「何より、おーまーえー? 独断でぇ〜 ぶっ込むつもりじゃー なかっただろうな? んん?」
丸っこーくなった幼児の頬にぴたぴた手を当て、ちょいと声を潜めた満面の笑みで脅し聞きをやってみた。
「…うん、それで」
「…ほう、どうやって」
「…へぇ、見込みが甘いわ」
「なんで?」
「あ?」
「だから、なんで?」
本気でわかってないのに、ちょっと頭を抱えてる。事態の緊急性と諸々の感情を差っ引くと見込みの甘さしか残ってない。しかし、この場合は想像力の欠如を指摘するのも難しい。そうなると〜 責任が俺の想定の甘さになりそーなのが〜 さぁいてぇ〜〜 みたいなあ〜。
「あのな、二位。基本、肉に定着すると抜け出せん」
「え」
巨大な疑問符を浮かべ、考え、反論に至る顔を眺める。
「待って、それおかしい。おかしいって。だって、だって… 昔、入った中から飛び出る遊びをした事が」
「うん、あったな」
「あの時は全シリーズでやって やって 楽しくやっちゃって? やり過ぎで怒られちゃってえー」
「うんうん、盛大に穴あけたよなあー。やっちゃダメな分までやっちゃって俺が往生こいたなぁー」
「あ、それは近くにあるのが紛らわしくていけないのー」
「いいや、あれは故意だろう」
「ううん、そんなことないよー」
「ほんとかなー」
「ほんとのほんと、過失でもなーんでもないしー」
「故意に恋する未必の故意さんねー お前ら、あれ嫌いだったもんなー 振りで横滑りして盛大にやりやがったもんなー」
「ううん、あれはぶにゅなびゅゆ〜〜〜」
頬を両手で挟んでぶにぶにしてやると意味不明に。しかし、楽し嬉しか笑顔が本物に。まぁ、それで良いんだけどさ。
「話が逸れたが、あれとこれとは話が違う。目論見通り、入れる事で個は保てても二度とそこから出られない。パターンが違うから還る時も一苦労。いや、苦労で済めば儲け物。それでも良しとするか、牢獄と受け取るかは本人次第だが? しかし、流石に一生ものの事後承諾はなー お前、相当恨まれるぞ?」
「……うぇええええーーー!?」
パチ、パチッ!
「恨まれる♪ それっ、恨まれる♪ 静かに恨まれ、会話なしっ にーどと 目ぇがぁ 合いません〜〜 いーやになぁって 忘れ逃げ〜 すーるかなっ? そぉれ、すーるかなっ♪」
「ま、ま、まだ実行してないもんー!!」
手拍子を取りながら囃し立て、顔を覗き込んでやった。ら、ぶるぶる震えて違う涙目になって球体逃げした。静かになった。ふ。
優しく、やさし〜い家主としての全能で万能たる権能ではない微笑みを湛えてしゃがみ込み、「そうそう、まだしてないなー」と肯定して球体を優しーくポムポムしてやる。
端から見ると、一人ボール遊びに興じる大人になるのが微妙。いや、ボール遊びが悪いんじゃない。体勢が悪いんだろ。
だが、手を離すと小刻みに震えて愉快。
震動を続ける愉快な球体に、再び指を伸ばした所で真面目に室内が静かな事に気が付いた。べったんの音が止み、生地作りが終わってた。
「あ、流さねえとー」
球体より毛皮地。
出来上がりを見に行く。
「うむ」
生え揃いは良く禿げもないが、色目の勝負は乾いてから。洗い流すにスタンド等を脇に寄せ、場所を広げる。
今回、シャワーブースは使えない。卵を寄せても、洗濯音で安眠から遠去かる。しかし、こっちにある備え付けの流し台は狭くプールは入らない。そこでプールを縮小する。そうすれば水もケチれる! が、それをすると生地を傷める可能性がある。ほぼない可能性だが、もしもを考えるとやり直す時間は惜しい。却下。
ならば、方法は一つ!
「プールに排水口とホースを取り付け ホースを排水溝へ、どーん。流しの水栓にホースを取り付け ホースをプールへ、ぽーい」
ぶっ刺して接続。
簡単、簡単。あっはっは。
「おし」
排水口に栓をしてホース口はプールに沿わせ、ざばざばと水を注入。そこそこ溜まり始めたら栓を抜く。流れと浮力を生かして重なった毛皮地を水洗い。
「い、よいしょーっと」
水をたっぷり含んだ毛皮地を丁寧に手で洗う。浮力はあっても引っ繰り返しは、それなりに重い。が、俺の腕力に掛かれば問題ではない! そして、足も腰も膝も問題ない! ふはははは!
ビチャン!
「あ、やべ」
遊び過ぎた。水が溢れる。
流量を下げに立ち上がり、水栓を締めに行く。撥水加工したエプロンすれば良かったと思ったのは忘れる事にした。
「しかし、本当に一からやってる自分に驚く」
いや、やるしかないんだけど。
大事な案件だから生地作りからしてんだけど。でも、急ぎの案件で生地を作ってる俺って…
ざっぷざっぷしてたら、変な感慨が湧き上がるので無心で洗う。
『ん?』
何かと思えば、足元に球体が寄り添ってた。
何気に足をずらす。
ぺとっと引っ付いてくる。
震えは治まっているよーだが状態維持なので精神面は回復してないらしい。これはこれで可愛いが俺としては尻に敷きたい。
足じゃなくて尻に来い。
敷いてやるから。んで、もうちょっと大きいとジャストサイズだ。
なんて事は口にしない。
椅子代わりに丁度良いのにとか、尻に敷くのも接触だからとか、安定感は安心感だとか思いながらも、『デリカシーがない!』と怒られないよーに黙ってる。俺は優しいんだぞー。
「これで終わり〜 なっ!」
ぎゅむむむむ〜〜っと押して押して水を絞り出す。生地を傷めないよーに押し絞る! 手を離して、はあ〜〜。
「まだ動くなよー えーとだ」
一声掛け、音声でキーワードを入力。盗み見防止スクエアで囲った小さなモードを出したら、黙ってポチポチ操作。
…ヴィン
天井に設置した棒を降ろす。カコン、カコン、ガコッと角度を調整して停止。うむ、物干し竿にぴったりだ。本来の用途とは違えど何にでも活用できる、この素晴らしさ!
我ながら良い仕事をしていると自画自賛。
「そーれ」
干したら水切れを良くする為に角度を付ける。重さはどうでも端から水が垂れ始める。はいはい、プールを敷き直すから待てや。
「ん、ありがとな」
プールを掴んで、下に敷いてた大きな台形に笑顔を向ける。いやー、前倒しにすると水を絞るのに良かったわー。
掴んだプールの端を持ち上げ、底に残った水を排水。置き直そうと腕を下げたら、二つの輪っかが浮かんでた。それぞれが水を垂らす生地の下に回り込み、口を広げて生地を食む。食むと同時に輪の下に半透明の半球体ができて水の受け皿になった。 …水の滴りを受ける度にキラリキラリと輝く、びろーんと伸びた膜の球。
先の輪っかも含めて、伸びて止まったシャボン玉みてえな。
「…ああ」
輝きの底で、少し溜まると消える水。
流し台から連動して聞こえる僅かな水音。
「手伝ってくれて嬉しいよ、二位」
柔らかく笑って、プールにぶっ刺したホースを引き抜く。
プールを引っ掛け、小物を片付け。
足元に纏わり付く二位は、また球体に戻った。
しょうがないなあと思うし、そろそろ一位が帰ってくる頃合いだと思うと球体から戻り辛いのも〜 わからんでもない。どうせ大見得切って「何か他のを取ってくるー!」とでも叫んで飛び出したんだろ。
一位が戻ったら、現場の凝りを見ておかねえと。
本人の意向と延命措置への対処、ナーバスな時間と空いてる部屋と現場の濃度によって散布する薬品の種類等をだらだら考えてたら、聞かねばならぬ疑問を思い出した。そう、肝心なヤツ!
なんで召喚なんて遊びができてんだ?
他家のガードの質と緩みはどーでも我が家は違う。
大人の隠れ家をコンセプトに作り上げた家のガードは甘くない。
それなりーの技量がないと見破れないし、辿り着けない。有力者の偶然は認められても、無力とゆーか知識不足の奴の偶然なんて本気で蹴り飛ばしてやるわと作った家だ。
サバゲーに参加する前は本当に静かで… いや、ぼっちとかそーゆーんでなく! そう、たまーにくるあいつも此処は静かで良いと… 家には招かないがヒト付き合いとゆーものも!
「ごほん」
意味不明な気分落ちに毛皮地を眺めて終了。
サバゲー参加後に、ちょっと名前が売れちゃった所為な問題も蓋。蓋ったら蓋! 今、思い出す内容でもない。
不本意な流れでも、がっつり家の外壁を確認し修理した。
俺を上回るか、あるふぁと共に入ったか。
この二択しかない。
真っ白台帳にあった記載は一回のみ、最初は降下地点を通過してない。あるふぁが連れてきた事になる。
なんでだ?
あの袋詰めを忘れたか? まさか、また寂しかったとか言わんよな? できる事が楽しい嬉しい時期は過ぎたよな? 個々の感情は別でも、全体の総意では終わってるよな? 当時と違い、やる事は多々あるものな? 発令を無視したと考えるよりは… やはり、抜け道か。発令を曲解する事に成功したか!
上がりと下がりを体現する感情を、グッッッッッと押し込んで冷静に。
「なぁ、二位」
ころんころんと足元で転がり、可愛くお強請りを続ける球体を持ち上げる。
「お前の管理下にある、あるふぁ達の事だがな?」
管理下を強調して聞いてみた。
「…曲解はない」
「…漏洩はない」
「…何もしてない」
三ない宣言を反復しつつ、手の中の球体をもにる。もにる。もにる。もにって頭を整理していると補足的抗議の声が上がる。
「保管後の定期観察は怠らず… あー」
引き合いを出されると、そらそうだと納得してしまう。あの時は袋の接着におめがシリーズを数体還した。その時も大泣きしたこいつが〜 そうそう簡単に容認する筈なかったわ。
しかし、そーなるとあるふぁの独断になる。
「では、外部からの持ち込みについて へ、リスト化してある? 家の子の希望が? 個々に担当? 担当のチェック体制に設定変更が認められ? は? ああ??」
しれっと外部からの持ち込みを容認し、組織体系構築済みな発言に俺がフリーズ。双方が黙り、真顔で見合う。見合って見合って見合って、球形に対して口角がとことん上がり始めて求刑を口にしそーになるのを中途半端に押さえ込む。自然体で褒めにも怒りにも取れる絶妙な顔してる気はしてる。
ここで怒鳴ると俺の負けだ。
ここまで話が進んでいると、逆に俺が何かを見落としている!
「そのリスト、出して」
何を見落としたのか、理解しろ! 俺!!
問題発生 → プッチンプリン → 袋詰めのコーヒータイム(ブラック無糖) → 問題の主因を保存
うん、ここまでは良い。
保存後は管理を任せたし、今も大事に見てると言ったから問題はない。
同じ轍を踏まないよーに忌避案件であると発令 → 平穏 → 平穏 → 平穏 → 普通に平穏 → 他所の子の大泣き → 俺、詰み掛け ← 今、ここ
うん、おかしい。
端折ってるけど、おかしい。
解決の糸口すら掴めない、やり直し。
発令 → 平穏 → あるふぁが外部からの持ち込みを開始(時期不明) → みゅーが持ち込みを容認 → しかし、発令は堅持と誇示(健全性に胸を張る)
「ん? ああ、ないもんな。うん、そこらで良いよ」
空中に映し出された大きなリストはカード形式。
縮小と同時に重なる枚数。
色の調整を捨て、下敷きを挟んで提出完了。見易くて宜しい。
「…あ?」
個体総称から始まって、名称や外見の特徴。
到着日時。
希望者と希望内容。
引き合わせ等々の記載がある中、担当欄のコードに目がいったら離せない。心か頭にドスッと突き刺さる、ナニか。
「…もう、他にはないな?」
シャシャシャッとスライド捲りしながら担当欄に並ぶコードを追い続けたら、精神的に目が回るぅ〜。
「そうか… そうか、そうきたかぁあ〜〜〜〜〜」
理解した。
新しい、袋詰めのないないを知らない世代のあるふぁだけが連れてきてた。実際は知らなくても、あの周辺一帯にカンフルがぷぅ〜んと漂っていた世代までは… 何もしてない…
発令は、同じ愚を繰り返さない為。忌避すべき案件。問い詰めたなら、『話す事も忌避だよね!』とか普通に言いそう。いや、絶対言うわ。こいつらなら!
そうだ、明るい歌詠み『大事なこーとの、お口はばってん♪』とか『特別企画・大鎮魂祭 〜典雅流水・水と共に生きる宴の催し〜』とかなんとか〜 やってた気がすんなあ〜〜。
あれで忌避も終了案件にしてたか、こいつら。
しかし、データとしては残っている筈だから? それは消してないから。じゃあ、それを見ていないと? 何故に?
「…うわあ?」
発令後の自分の行動を思い出そうとすると、何故か暗黒域が見えてくる。他にも対策をした気がするのに記憶が暗黒に霞む。俺に抜かりはない、怠りはない。こんな事態を回避する為に、絶対に、対策は練った! それが俺だ!
なのに、何をしたのか思い出せない…
何かした筈なのに、何をしたのか思い出せない!! あの頃のダークな気分はどうでも暗黒の塗り潰し的に記憶が食われて何をしたのか思い出せない!! うわああああああ!!
二位を両手でがっちり掴んでポーズを取り、全身で苦悶を表わしてみる。クイッと向きを変えてみる。
が、特に思い出すものはない。
ないったらない。
あーもー、虫食いの記憶なんざ思い出せなくても困んねえわー。もう困ってるから困りようもねえわー。はいはい、定数削減の少数制なー。
無駄は削 いや、無駄な削… ああもう、削減の無駄はないとざっくり切り落として終了。暗黒の領域にあるんなら、そこに意味があるんだろーよ。
抹消したデータに未練はねえ。
口角が自然と上がる中、手の中でもぞもぞと動く球体。
心配を口にするので、むにもにと弄って遊ぶ。こいつらの中で袋詰めは終わってる。仮に『なんで歴史を繰り返す!』と怒鳴ったら『同じじゃないよ?』と真顔で返してくるのが読める。
うむ、似てるは同じではない。歴史は確率でもない。 な、い、ん〜 だけどなー。あー、成長が失敗と反復の集合体といってもだー。
話す、話さないで疎通は計れる。
そこで類似する案件の全てを潰す事も可能だ。可能性を信じない事が全ての騒動の芽を摘む、最善の方法だ。
枯れる不幸は多々あれど、捻じ曲がって騒動しか起こさぬ歪みを蓄えた芽であろうとも 摘まれず、伸びるは幸せだろう。澱みの受け口に足り得たならば、どうあっても伸びるしな。
しかし、まぁ良かった。
何故に召喚ができると怒鳴らなくて。
ああ、良かった。
何故にそんな事をと罵らなくて。
ああ、良かった。
言い訳すんなと自己完結するセーフティーの効かない視野狭窄から遠い俺でえ〜。
ああ、助かった。
俺が俺であるが故に家主としての威信を損なわずにすんだあー はっはあ〜。
「ん?」
右に左に球体が捩れ、ぴょいと手から飛び出し姿を変える。球体は終わりらしい。すっくと立つが今度は視線を上げては下げて、下げては上げて。
「考えなしでやってない。ほんと!」
「ん?」
「誰が見てもわかるよーに可視化した時点で同じじゃないもの!」
「… 」
ふ、怒らなかったら怒られなかった事を気にしているよーだ。ああ、確かに理解してやってたか。
「…でね、それっきりなのね。その後は話が上がってきた時点で把握に努めて今に至り」
最初に『お友達』を連れてきたあるふぁは報告を提出後、また外に出た。未だに帰ってきていない。帰還は絶望的だろう。何より、向かった先と当時を考えると消滅が妥当。冒険の旅に出た以上、帰還できぬのも また理だ。
させてるの、俺だけど。
「まぁ、そうだな… 遣り甲斐も張りもあったら仕事は楽しいか?なんて聞く必要もないよな〜」
うちの子の期待も背負って出て行ったなら、絶対生きて帰ってこようと細心の注意も目端も上がる。合わせて交渉も上手くなる。引き合わせて喜ぶ顔を思い浮かべたら頑張れる。
「そうなの、それで生還率上がったの。そこで運用コストが大幅に削減されて良くなったの、内容がアレだから改善と言うのも妙なのね。で、その… 黙ってたけど… はい、コレ」
「わあ、すごい」
任せてた部分から、お小遣いを捻出してた。
「それ使ってね、これとかこれとかこれとかこれとかあ〜」
ぺぺぺろっと出してきた明細書に目を通したら、浮いた経費で遊んでた。
「基本、あるふぁ達の慰労です。だけど交流会も持って全シリーズで使い込み。正当な福利厚生でいーんだよねー ねー?」
ちろっと見たら、きゃらっと可愛く見上げてくる。幼児体型が嫌んなるわあー、誰だよこの体型にしたの。人差し指をツンツン合わせて伺う姿なんてやられるわあー。しかし、運用は範囲内で任せてたし? 家の事だし?
「…ちゃんと言ったら、別枠で構えてやるってのに」
「その時、我らが主は不在が多い」
「があっ!」
「きゃー」
軽く威嚇して遊んどいた。しかし、二重帳簿の始まりなんぞを覚えてからに。プールに余念が無いとかやめてくれよ? まぁ、明細が出せるだけ〜 まだ良いけどな。本気で使途不明金が出たら泣く、本気で泣く! 総入れ替えは大変だから。でも、入れ替えるけど。
「全く」
「だってー」
続く拗ねた言葉を聞いてしまうと、反省。俺が反省。抱き上げる。
「う?」
「うん、よく頑張った。成長してる。上として掌握するに、立ち位置だけでなく、許可された範囲内でより良い采配を振るおうと努めました。その頑張りが裁量能力を伸ばした事を認めましょう」
采配に成果は求めるもの。
しかし、二位に求めるは成果に非ず。それが成果に通じている。参った。二位に家の留守は任せられないと考えていたが、それを改める必要があると思い知らされてる。 …まぁ、まだ不安は山盛りだけど。
「ふやっ!」
偉い偉いと頭を撫でて褒めてやる。
ほんとによく自己決断できたもんだわ。
不在が拍車を掛けたとしても葛藤なく決断できたとは思わん。何と言っても裁量の部類が違うからな。違うが認められるものに報告を怠ったとするのもなー。
ああ、良かった。
本当に。
本当に不発で心にぶっ刺さるもんもあるが! 記憶を覆う暗黒も、気付かず日々を過ごしたおかしさも… 『全て、己に対する愉快な賭け』な気がしてくる。俺の記憶が黒かろうと家中である以上、バックアップが活きている。俺の行動も、やろうと思えば確認が取れる。やらんけど。
なんとなーく、黒い記憶の先の俺があ〜 何してるか見えるよーな気も〜 してる。まぁ、酒で一発やらかした路線ではないと〜 お〜 思ってる。そんで、あのボックスが怪しい。今、頭にピンときてる時点でめっちゃ怪しい! あの中に賭けの詳細をぶっ込んで〜 るんだろうな…
「ふ」
射し込みし、一条の光。
この光。
この光こそ、過去の俺が今の俺へと放ちたもーた輝きにて!
いやもう、ほんと。
ほんとーに外さない自分に笑えてくる。
腹の底から俺を突き動かす力に素直に身を委ねてみる。
「にゅ?」
「ははっ はははっ あーはははははははは!!」
「ふやーーーーっ!?」
抱き上げてた二位を愉快にタカイタカーイ!
「ややややあーーー!?」
勢いでの子供ぐるぐるにエッジを効かせたトリプルアクセル! 気持ちいーぶん回しに、喜ぶ笑顔が最高!
そう、解決はどーでも気分がいー。
気分がいーと未解決の問題も気にならない。
何せ、気分がいーから。
気分がいーと、どんな問題でも解決できる。だって俺の気分がいーから。
当たり前だろ?
俺が世界だぜ。
「ふやあ、降り、降りぃるぅ〜」
「ああ、ほら」
だから、一位の帰還も直ぐわかる。
視線を集めて帰ってきたのも、こちらへ向かってくるのも。共に駆ける足取りが所々で留まって、減っていくのもわかれば扉の前に立ったのも。みゅーやしーた、他の子達が留まる場所からこちらを伺う小さな小さな気配まで。
小さな個々の意識の集まりが、一つの大きなうねりになる事なく 只、輝点として瞬いているのを感じる。
押し掛けるでも叫ぶでもない、かといって諦めとも違う熱量は過度な希望も期待もしていない。それでも向ける熱量が、流れを、緩やかに生み出して。
熱を星と見て。
与えた色に瞬く、黒い星の熱意に透かし見る。
瞬きで全てを。
家の全てから、局所へと。
局所は下の。
闇の凝りに満ち足りて、黒く染まった一点に。
目を転じ、界を黒く。
下で巡る星を灯りに。今から、少し前の流れを。
後を追う、真白の星を先頭に。
色に息衝く星々が 瞬きを 拾い集めて駆け上がる。
強弱に富む、小さな瞬きは。
下の子達が織り成す、想いの欠片。
凝りが濁った、その場所で。一層、強く瞬く無数の欠片。次々と星に抱えられ、その都度、硬質な声を上げて意を示す。色から零れ落ちた瞬きは 直様、取り零すものかと違う色に抱えられ。
向かい来たる。
全てが。
黒の界に、流星の軌跡を描いて 次々と、我が元へと 向かい来たる。
絢なる星が描いた、光の径は。
案じるが故の、輝きが。
我に向かいて、一心に捧げるを 芳しいと言わずに、何と言おうぞ。
やられて頭と心がヒートして、機嫌が良いどころではないので家主の正義でスパン!と一気に開けてやる。どうせ、こいつも勢い込んだは良いが理性が働いて口にすんのを迷ってんだろ!
「ぅわっ!?」
「おかえりー、そこ出せなー」
親指でクイッと、軽いノリで。
深刻な惑いを残す顔で立っていた一位の顔を 近頃は全く見ない、安堵に満ちた子供の頃の顔に戻してやった。はっはあー。
本日の副題。
『径』が自分と出てきた直後、押し退けるよーに『計』が登場。その後、終始『計』が優勢。二者の押し競饅頭が激しくなってきた所で『光』が出てきたものの、直ぐにグッバイ。このまま『計』の優勢勝ちかと思いきや、最後の最後で『径』が椅子取りゲームに勝利した。合わせて、内容も変化。
たった一文字ですが家主が家主なので惑いました。
本日の問題。
あったけど、取り下げ。
本日の国語。
『芳しい』
最後、雰囲気でルビ振りたくなくてですねぇ… 『かぐわしい』ではなく『かんばしい』で頼みます。単語説明はしませんが、遊びでルビを振るなら『上出来』でしょうか。
俗に言う『瘴気』が祓われたら他所ではキラキラ〜が多いですが、うちでは祓うと樟脳がぷんぷんするのですー ふふーん。