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召喚  作者: 黒龍藤
第四章   道中に当たり  色々、準備します
209/239

209 ある、甘美な縄

前回の質問の、一応のお断り。

長らく死刑制度を運用している国の住人ですので、程度の意味はあっても特段の煽りはないです。旬のアオリイカは刺身がイイです。


 



 「ほぅ…」


 陶酔の終わりに顎を引き、吐息に乗せて籠るものを外へと押しやる。


 それでも出し切らぬモノが酩酊となって身内を巡る。心地よい感覚に気持ちを乗せて、ゆるゆると瞼を上げると…  部屋中が甘ったるくなってた。うっわ、やっちまったあー。


 「あああ〜〜、酔うわ〜  そら、酔うわ〜〜」


 甘い甘い甘い、余香… 


 吐きはしないが胸焼けは起こしそう〜〜なくらいに甘ったるー。初めから良い感じで力が抜けて上り調子で始めた祝ぎは、通常より伸びも張りも非常に良かったものだから。祝ぎの終わりに余韻を残して終わらす筈が有り余る余力に終わらんかった。


 ナチュラル〜に次を口遊み、熱唱してた。



 祝ぎは恋歌に似ている。

 似ている挙句に、その返しに使う場合も〜 多々ある。


 慈愛に恋はないが気配と系統は似ている。質が似ているだけに、気持ちよく乗れる! 何より、変な感じで連発せずにイケるのがイイ! もしもを想定しても家全体皆大事傾向で偏る事なくイケるのを選曲すれば良いだけだから、あっさりと横滑りして恋歌なんかも歌ってた。


 なーんにも気にせず気持ち良く喉を震わせてた。



 結果、自分に酔ったとゆーか酔ったからここまで甘ったるくなったとゆーか… いやー、自分の美声が怖いわー。自分の声に酔い痴れるなんて普通はないわー。ないのにやっちゃったよー。


 「まー、祝ぎも恋歌も陶酔した方が出来がいーってなもんだけどよ〜〜 あっはっはっは」

 

 一人突っ込みしながら手で仰ぐが、まっっっったく甘さが消えそうにない。星が転げてもいーよーに気密性を高めといた部屋であるのが仇になってる… 


 「いや、この美声が家中に響き続けたらどうなる事か! 予定外を通り越した素晴らしい事になってしまう! 気密性の高い(カラオケ)部屋で良かったんだ。突き動かす衝動、それこそが芸術の高まりであり! 今、己の真価を発揮しただけなのだよ。 ふっ」


 自分を正当化して終わる。

 終わっても、桃色吐息のよーな室内に変化はない。素敵なまでに艶光りしているこれを換気するのも、また何か違う気がするが… 直ぐに連絡はないだろうが… 今、きたら。


 さっきまで普通の部屋だったものが、いきなりの桃色部屋。ナニを出した?


 「…… 」


 実力に恥ずべき物などないが、タイミングから性癖にまで吹っ飛んだら…  ちょーーっと危険水域に立っているのかもしれない。


 「換気… 」


 いや、待て。

 待て待て待て、何を無駄にしようとしているのか。

 

 俺の美声にして力の結晶、祝ぎの効果を落としても感受性の育成効果(大)なブツ。部屋と見るから拙いのであって、コレに危険水域とか気持ち悪いとかない。



 「…よし、一発ネタでもやったるか」


 ピンと来たんで面白ネタに取り掛かる。




 

 桃色吐息の艶光りを縒って綯って一本の紐にする。キランキランと所々で光る桃色のラメ紐を作り上げる! それができたら、対となる青息吐息の〜 ちょちょちょちょちょっと強力タイプを用意して、同じく紐にする。


 「かーふくっを あーざなーい〜 なーわとーしてえぇええっ えっ えっ」 


 二本の細紐を糾い、桃と青の一本の縄とする。只の縄だとツマラナイし、ネタにもならないので面白加減で妙な捻り留めを作っておく。この括りが後々どうなるか考えると、めっちゃ楽しい!


 「…うん、良い感じ」


 端の始末をして、できた縄を軽く引っ張って強度を確かめる。ビンとした張りに、緩み弛みなし! よし!


 「なーわをわぁあっかに くーくうった らあぁあああ〜〜」


 できたカラフルな縄で投げ輪を作る。

 ぐるぐると輪の部分を振り回し、ハンティングをする自分を思い浮かべると気分はうっきうきだ! 縄の長さと輪っかの大きさのバランスに注意して作るが、作ってる途中で違うハンティングを想像した。


 『あー!』


 踏み入れた足を締め、勢いよく吊り上げる設置型。

 古典的過ぎて誰も引っ掛からない気もするが、ぶらーんぶらーんと揺れる様は愉快だ。輪投げか、設置罠か… どちらも捨て難く、悩ましい… 



 「迷うな、初志貫徹だ」


 うっとりしたのは輪投げの遊び。暴れる手応えに、グイッと引っ張る爽快感。想像したのは、縄に締まるボディか首。


 首に縄、手で縄を。叫ぶ声に泣きっ面。

 大いなる釣りに、ニヤリと笑う俺。


 『あー!!』


 あのヒトの顔。


 「…まーとに、むうかぁって 輪を なぁげえてえ〜〜〜」


 そう、あの泣きっ面に更なる禍福をぶち込んでやったら愉快だろうと〜 久々に禍福を糾う気分になったんだわ。


 『隷属一匹ゲットだぜー!』


 そこそこ縛って従属化に持ち込んだが現状だと押しが弱い。この際だ、自分で育てなくて良い既にできたおヒトを手に入れとくかと〜  欲を出してる訳だ。相手を完全に下すと関係性も変わってしまうが、既に適当な距離感は掴めてる。


 「気ままにやってくのが楽で良い。だが、盾になるもんがタダで手に入るなら俺だって欲しい。恩義で上手い事やるよりは〜」


 こうなると締め上げた方が、すんなりと食える。


 「…あのヒトの家は俺のを含め、色んなヒトのがあるから面白いんだよなー」


 その分、あのヒト狙ってるヒトは結構いるはーず〜〜。そうでなければ、新人の取り込みを狙ったとしてもあんなに仲介者が集りはしない。そうだ、仲介の面々への連絡をどうするか。


 「譲渡における仲介だけだった筈だが… 後で文面を確認しねえと」


 仲介者を交える鉄則はないが高確率で立ち会いたかったと言われるだろう。マージン欲しさの言動なら良いが、そうでない確率が高い。


 関係性が表に出れば、『この度は、ご愁傷だったようで』から始まって『上手い事やったなあ!』からの笑いでは終わらんと思う。あのヒト欲しさに『変則かもしれないが』からの債権の買い取り希望を申し出てくるとみた。


 俺、結構ドライで通してきてるし。


 「おっし、できた」


 できた投げ輪をヒュンヒュンと振り回して、ぽーい。




 狙った場所にパサっと落ちた。

 自分の腕の良さに、にんまりとする。


 縄を手繰り寄せ、輪にして纏める。

 見られると面倒だから、ボックスの中に入れて持っていくかと〜〜


 「うわ?」


 よく見たら、卵ケースに桃色吐息が積もってキラッてた。衣装の上から取り上げて、ぱっぱと手で払うも落ちない。煌めき艶めき薄桃色に染まった卵ができあがってた。


 「…あー、命宿す器だから祝ぎが向かっちゃったかー」


 ぜんっぜん意識してなかったがギャラリーが居た。凍結とゆー睡眠状態でも居た。そりゃあ、対象が居ればそっちに向かうわなー。



 「うーんんん… 睡眠学習じゃないけど、まぁ祝ぎだし… しかし、既に成鳥だぞ?」


 艶卵の中を覗くと変わらない怒りの形相が見える。しかし、桃色越しに見ると柔らかい表情に見えなくもない。キュッキュッと親指で表面を擦るも無駄、完全に染まってる。


 「…まぁ、卵ケースが桃色に染まったとしても〜 液漏れ事故のよーな事にはならんだろうがぁ〜〜」


 なんせ、卵ケース。

 ガードであると同時に上書き保存が可能なアイテムっちゃーアイテムだ。指定で漬け込んどけば荒くたい性格も矯正可能なブツだ。しかし、既に成ったモノに使用した場合は〜  


 「確か… かなり酔っ払うんじゃなかったっけか、なー?」


 ヘラっと引き攣り笑いをしながら言ってみるも、怖い事に気付いたんで内心ビビる。危険水域がチラつく!


 性格の矯正 → 強制。

 里帰り中 → 親権はあっち、そこは同意。

 クリーニング → 綺麗にするだけ。

 現状(性格)を変更 → 規約違反。

 幸福を讃えた結果の不幸な事故 → いや、これはやっちゃった。


 「俺にざまあが返ってくるだと!?」


 成功したばかりの下剋上から一転して転落… 恐怖のどん底に高速ぐる落ちしてく真っ青気分に、たましーがタイムアウトエラーを起こしてふらあ〜〜っと。


 「あ!」


 片足を後ろに引いて、ダンと力強く踏み留まり失態を免れる。そして、俺に失態はない!


 「ならんわ!!」


 危険水域に達して、あっぷあっぷする俺はいない。


 今現在、汚いんだよ。

 卵を通じて汚染物質へと浸透しようとしてる状態だから洗浄剤の代わりでいーわ。もしも盛大に酔っ払っても、こいつの芯は俺の作製。俺の祝ぎ。


 祝ぎは祝ぎ。

 優しい優しい真正の祝いと大好きだよーと言われた事が主原因で性格が歪んだなんぞ聞いた事ないわ。


 つまり!

 内部はお疲れミストかサウナが始まっている で、いい… はずだ、うん。



 もう一度、まじまじと正面から覗き込むが〜 開始直後はさっぱりだ。急速掛けるよーなもんでもないから、まだ本体に回りきってもいないと思う。


 「まぁ、薬剤ぶっ込むよか丁寧なやり方だしな。時間は断り入れてるし」


 一人うんうんと頷き、思い掛けず良い仕事をしたと自画自賛。



 「俺の美声に酔いしれたかー?」


 頭を撫でるよーに上部を撫でるとキラリと煌めきが増す。 …単に俺が触れた所為だろうが返事に取れて気分がいい。


 「…よし、今日から漬け置き洗いを開始したとメモっておかねば」

 

 流石、俺。

 仕事への取っ掛かりが早いわ〜。仕事師だわ〜。もう二つも済ませて凄いよな〜、はっはっはあ〜。



 「おーい、荷物バラすから誰か寄越してー」





 若手の二人(少年・少女)を寄越してきたんで分担作業にした。


 女の子の方に、衣装と飾りの入ったケースをポイポイ。

 男の子の方に、封筒と輪にした縄をポイ。

 

 「では、衣装部屋に片付けておきますね」

 「これ、お部屋の方に? ストックなら武器庫では?」


 カラフルな投げ縄に興味津々、持ち手の先端をしげしげと見て小さく振り始めた。やると思ったわ。


 「部屋でいいよ」

 「使用予定が?」


 「引っ括るヒトを思い浮かべながら作ったが予定そのものはない」

 「? じゃあ、なんで作ったの?」


 ストレートな質問にストレートに答えるには難しい。過程が大人を難しくする問題だ。


 「賠償問題が発生して、その辺を詰めててな?」


 「わかった、脅しね!」

 「これ、強度足りないと思う」


 「いや、仕様が違うから」


 「でも、同じ事では?」


 やんちゃ特性を発揮して、性能チェックしてた縄をくるくる回し始める。どっちにも突っ込みを入れたいが、どう言えば俺の悪役が回避されるのか?


 「だめよ、縊るのは最後のセオリーだと聞いてるわ」

 「あ、それはそうか」


 女の子がしたり顔で言うことかと思ったが、強ち間違いでもないので聞き流す。そう、聞き流しが最強。


 「それは入って直ぐの荷物の上に置くんだぞ」


 話を切ったら不満顔。


 「その後は、封筒の中の写真を貼ってアルバムにしといて」

 「アルバム?」


 「完成したら、回し見していいから」


 手にした封筒を眺め、何も言わずに開けて出す。隣から黙って覗き見る。男女の違いはあるが、同じコードの特性からなる仕草はそっくりだ。それ以上に息が合っているのを見ると普段から組んでいるんだろう。


 「わー、可愛い!」

 「え、これどうしたの!?」


 キラッキラな顔に卵ケースを見せ、経緯を話して今は里帰り中だと教える。我が家の系譜である事に、更に目を輝かせる。気を逸らすモノがあって良かった。お前、大活躍だよ。


 「おかえりー、良い子ねー」

 「おかえりー、頑張ったなー」


 張り付くように覗き込み、きゃわきゃわと喜ぶ姿にほっこりした。


 「もっといっぱい見たいから、向こうにアクセスしてもいーですよね」

 「あ?」


 「向こうの失態なんでしょう?」

 「じゃあ、こっちに権限移譲ですよね?」

 

 「いや? そこまでやってないぞ」


 「え、これで首絞めて馬鹿にするんでしょ?」

 「え、バレなきゃいーんでしょ?」


 「あ?」


 「絞めた後は残りもぴっちり巻き付けて縛りを入れて」

 「正面から入ってスタンプして」


 「ああ?」


 同じで違う二つの声が立体音響モードに入って喋くり出すと止まらない。ちょっと甲高いキーであるのが響く響く。


 「「何をするにしても貢がせが一番ですよねー」」


 片手を合わせたツインズの格好で、ほっこり気分が飛ぶよーな事を平気で言った。


 


 「星落としー」

 「星落としー」


 「「わーれらっ がっ 主のー なーんて素敵な星落としー。 れーいーぞーくの星落としー じゅうぞーくに愛憎げーきは ないのですー」」


 「ああ、うん…  まぁなー」


 いやまあ… 俺もそれは思わんでもなかったけどな? 桃色強めの禍福の縄なんて、そっち方面での縛り上げと言っても過言ではないけどな?


 「「へいわーに へいわーに しゅーけんがー くるりんぱ。 ぱっぱっぱあー」」


 うん、その踊りは可愛いんだけどな?


 写真が欲しい一念でえっらい事を言い出した二人に、どっからそんな知識をと思うが… もしやで俺だろか? いやいやいやいや! 大体、候補であっても製造年からして若い二人に教える内容では… あれえ〜?


 「縛り上げーの〜 「なぁ、身動き取れない縛りより手綱リードにしといた方が良くないか?」

 「えー?」


 変な所で意見が割れた。

 

 「ぴっちり締めた方が効果的」

 「持って流した方が効果的」


 「効果で活き良く跳ねても、他のヒトがやって覚えたらどうするの!」


 ここから運命の赤い糸ネタ論が出され、巻き付け方式を熱く語れば、即座に反論が飛び「それこそ」と所有の安全の有無を語り出す。


 「一見して主が不明な縛りより、視覚的にも握ってる方が無難だろ!」


 微妙に生じるズレが微妙ではなくなっていくのを眺めながら、こいつらに与えられるカリキュラムを思い出そうと努めてみる。

 



 「大事な物には名前を書く、先端は内に捻じ込んで垂らさない! これでどう?」

 「…うーん、そうだな。うん、それなら」


 どこの部位に引っ掛けるのが一番効果的か?にまで達した討論は、どこに引っ掛けようが名書き巻き付け捻じ込み型が最適であるとして終わった。議題にあげたリードは不便、糸は分不相応の判決で流された。


 「桃色が愛しさで青息が切なさ」

 「そう、愛しさと切なさと… 変則の括りが織り成す試練… 度重なる悶えを超えた時、ヒトは恋愛脳になるのよー! 全てが恋愛に繋がる頭よ!!」


 「傾倒から身も心も全財産も」

 「そうよ、献身者は逃走時に便利だと聞くけど我らが主には不要でしょ? なら、全部綺麗に捧げる献上品になって貰うのが一番よ!」


 深く深く頷き、手を合わせて歌い出す。


 「「ブツブツブツブツ 使えるブーツ〜〜 しーあわせー しーあわせー」」

 

 めっちゃ怖い夢想を展開するツインズの踊りだけは可愛くて困る。困るが、こんな踊りを見ないのは損だ。そして、気を引こうとしてるのがわかる。


 それなりに認められないと部屋には来れない。手伝いとして寄越された時点で、二人は選ばれた次代の候補だ。つまり、力が強い。強いから、言われなくとも不在を理解するし、為すべき事も立ち位置も、自分の力の限界をも理解している。


 『主様の不在に泣き出す子もいるのですよ!』


 ズンと過去の声が伸し掛かってくる。

 現実に泣かない分、情緒が向かってきている。要するに甘えたい訳だ。


 「我らが主、わるーい」

 「わるーい我らが主、カッコイイー」


 左右にわかれ、肘でうりうりと小突いてくる二人の悪い顔に苦笑してしゃがみ込む。


 「「 う? 」」


 「ほら、こい」


 イイ顔して両手を広げてやれば、パッと顔を輝かせて飛びついてくる。


 二人を肩に乗せて立ち上がり、ぐるっとスピン。

 スピン、スピン、スピン! 足元から力をちょこっと撒き散らし、スプラッシュ!


 「きゃー!」

 「わー、すげー! もっとー!」


 抱えた二人の両膝、半実体化させた腕が俺の頭と首にしがみ付く。左右からの、希薄な熱量がしがみ付く。


 「よし、次なっ!」


 心地よい罠に掛かった獲物な気分で 軽めなジャンプ。

 どっちも瞬間なだけの。


 瞬間で良いだけの。


 それだけの、瞬間の連続がレックだけどなー。





 「別荘ができるなんてセレブですよね」

 「何してもいいフリーパスがセレブ〜」


 通信室でするなよって事を器用にしてやった。二位に知られたら非難が飛ぶ遊びに内緒の約束をしたら、この返事。


 「…そうか、今の内に完全に仕込めってか」


 ギリギリまで攻めて悪どくなれと言われる俺は〜 基礎教育を間違えたのかな? そんなん指示してないけどな?


 「そう、徹底!」

 「限りなく、隙なく!」


 言ってる事が間違いではないから困る。しかし、縄跳びは締めたら遊べんぞ?





 「じゃあ、先に行くからな」


 「はーい、お片付けしてからいきまーす」

 「はーい、お部屋の中では遊びませーん」


 縄を肩に担ぎ、衣装と小箱を腕に抱く。二人が弾む足取りで廊下を行くのを見送る。


 「すぐに帰ってくるからー」

 「間違えずに取ってくるからー」


 絶対に振り返るだろうと思っていたら案の定、二人とも振り返った。


 「おー、気をつけてなー」


 「ちょっと縄が当たる!」

 「あ、ごめ」


 振り返るだけでなく一回転までするから。当たりそうになるのは、振り返るだけでなく可愛くポーズを付けようとするから。


 もう、どっちもどっち。


 「はは」


 それでも、ルールを守って(大人と違って)廊下を行くのが偉い。姿が見えなくなってから、足元に置いたボックスを持って生物実験室へ向かう。





 「さーて、培養キット」


 持ってきたボックスからキットを取り出し、側面に書かれた容器の立ち上げ方を流し読む。


 「…うん、手を加えてやらんでもイケるな」


 キットを開封し、取説を出す。タネの使い方は埋め込み式なのでどーでもいーが、読むとこは読まんと。


 「塩基配列は〜」


 読みながらカプセルに包まれたタネを一つ取り出し、ぺいっとして宙に浮かばせ配列を展開させる。


 「んーと、色の指定を組み込むに〜」


 あの子の色目と同じにする為に指定をぶっ込む。それから、カットの手間を省く為に発毛の長さを調整。


 「入っていいですかー?」

 「取ってきたー」


 少し開けといたドアの隙間から、交互に顔が二つ並んでた。




 置いてきた報告と取りに行かせたブツを受け取り、培養キットを二人の前に置く。


 「次の手伝いはこれだ」

 

 「なんの実験をするの?」

 「…肉?」


 片方が聞けば、片方は読む。

 大人しく聞いてから動く方と、聞く前から手を出す方と。


 性格がよく表れているが問題ない。問題は聞いても違う事をするタイプだ。


 「この培養キットは肉の量産を目的に作られている」

 

 「培養ミート」

 「…お肉が足りない? 配給なら我らが主の不手際で「そこ、話を飛ばさない。最後まで聞きなさい」


 笑顔で軽く聞き流す。

 教授される側が話を遮ってはならんのだ。



 「…なので、この培養ミートから同じ色彩の毛皮を作ろうとしている」

 

 「すごい、他所のお子様がきてるなんて!」

 「逆のパターン、こっちにきたんだ!」


 「そう、あの写真みたいになると良いと思うだろ?」

 「「思う!」」


 今にも見に行きたげな顔に「だから、まずは容器と猫の器の組み立てから始めよう。持て成しとは一緒に遊ぶだけではないぞ?」と笑顔で促す。これで飛び出たら、めんどい。喜ばせようと何をしでかすかわからない。


 こんなのを大人しくさせるより、疲れさせるが早い!

 実体がない分、作業には力が要る。


 力の配分を覚え、鍛えるには細かい手作業が一番だ。そして消耗から暫く動けまい、うむ。


 「あまり力が強くない子だ、そこで二通りの手段を構える事にした。その一つを任せる」


 「「はい!」」


 裁縫部屋から取ってこさせた本『何でも作れる動物型紙 〜初級から超級まで〜』と、中綿で作らせる。


 「猫の姿で遊ぶ子でな」


 「…獣の人?」

 「…二面性?」


 「どちらでもないな。本性は人、どうやってると思う?」


 「…違うのね」

 「…違うんだ」


 本を手に取り、背表紙の内側ポケットから付属のペーパーを引き出す。一枚分の切れ目でビリビリと破く。


 悩んでいる間に猫の項目を開く。

 ぱらぱらと捲って種類を確認しつつ、無難な家猫を選ぶ。


 「体長、体高、尻尾の形状、想定重量と」


 参考の記述を元にペーパーの記入欄に誤差の許容値を書き込んでいく。作製分類項目で少し迷うも負担と完成度を天秤に掛け、手芸より簡単なペーパークラフトを選択。代わりに難易度を上げて初級レベル4にする。


 最後に【猫のヌイグルミ】と作品名を記入して終わり。無茶とはイージーとファジーのブレンドでできているものなのだ。


 家猫のページにペーパーをセットし、パタンと閉じる。


 


 転写ではないからピカッとはしない。

 

 「まだあー?」

 「後、十数えろ」


 「「いーち」」


 コールが終わって、ページを開く。

 挟んでたペーパーが適度な硬さに変質していたので成功、出来上がり。


 「あれ? 枚数が増えてる」

 「パーツわけされたな」


 やはり、使える本はこうでなくては。


 「折り目と切り取り、矢印に従って作れ。こっちが模型の骨格。模型には中綿を詰める。その後、この肉ダネを埋め込み容器の中に入れる。培養液を注いで蓋を閉めて終わりだ。模型の形に肉が付き、毛が生える。模型が残念なら残念な猫の形が出来上がる。怖がられたら責任重大だな?」

 

 「…ひっ! 」

 「ええっ!」

 

 揃ってイイ顔した。


 そうだろう、そうだろう。ちょっとしたお手伝いが重大案件になるとは思わんかっただろう。流石、俺が糾った縄だ。ちょっと持って行かせただけで素晴らしい効果がでたな。


 「こ、こ、骨格から作るから! そっち、お願い!」

 「え! お前、骨格ずれたら終わりだぞ!? わかってる!?」


 「えーっ!?」

 「慎重にパーツわけしろよ!?」


 禍福の縄なんて、そんなもんなんだよ。


 二人の遣り取りを楽しく聞く中、次の肉ダネを仕込む。これはカタチを作らず広げて着ぐるみの毛皮地とする。ヌイグルミは遠隔操作だけでなく感覚も入れ、俺であると主張する予定だが… 何時も直ぐに動かせるとは限らない。やろうと思えばできるがオートにした時点で違うっちゃー違う。


 個を与えるべきか悩む。

 そして、個として生かした後を考えると 悩ましい。


 「うえー、猫のお髭が細くて難しい〜」

 「嘘だろ… こんなちっちゃな爪が二十本とか!」


 「パーツを失くしたり変な折り目を作らないよーに頑張れ〜」


 「「はぁーい」」


 棚からシャーレを取り出して肉ダネを入れる。それから、「ほら、使え」パーツ入れとして別のシャーレを差し出してやる。


 待つ間に、端末を起動して猫の着ぐるみの型紙を引く。終わったら、ヌイグルミの目を何にするか考える。ガラス玉に細工を施しても良いが非常に安直な気がする… 俺が作るにしては甘い気がする!


 しかし、宝石は宝石で問題が出る。あれはどれを使っても威圧の目になる事が多い… 威圧で『怖いです、虐めないで』ポーズなんて取らせたら…  くぅ!


 「これで… これで!」

 「このパーツで終わりだあ!」


 「ん? できたか?」


 「できたあー!」

 「猫、完成!」


 「おー、助けを求めず頑張ったなあー」


 疲労困憊でもイイ顔で喜ぶ二人を褒めて褒めて撫でて、完成した猫を見る。中綿も飛び出てない、頑張った。


 「最後は容器ねー」

 「ここ、片付けて場所空けるなー」

 

 うきうきとキットを持ってきて猫の隣に置く。高さが合ってないので、二人して手を掛け「えい!」「くっ!」根性の踏ん張り顔(うぎぎぎぎ!)でキットを調整。顔で疲れの度合いがわかるが、みゅーだから手は貸さない。領域なので貸さない。


 実に良い教材だ。


 「ほえー」

 「ひゅー」


 肉ダネを埋め込みキットに入れ、一人が注意して注意してとっぷとっぷと注いで蓋をする。もう一人に、俺の方の肉ダネに薬液を注がせ同じ経験をさせる。


 猫のヌイグルミは薬液の中、ぷかあ〜っと浮いて直ぐに沈んだ。綺麗に浸透して宜しい。容器の底、着いた結果の揺らめきに紙とは違う変化を見て取った。


 乾いたら良い感じになるな。


 「よくできた」


 「やったあ!」

 「第一段階、クリアー!」


 大喜びで飛び跳ねる二人を褒めて褒めて更に跳ねさせたら、瞬間的に形状がぶれ始める。流石に保たなくなったか。


 欠伸をし出したので寝落ちする前にと、預かってた封筒をご褒美のように授与する。 …紅潮の、すっごく良い顔で飛びついてくるのを受け止めて ちょーっと幸せー。

 

 卵ケースに「「またね!」」



 元気と睡眠が交差する後ろ姿を見送り、内線を繋げる。


 「…そう、その年の譲渡だ。生物実験室に回してくれ。 …ああ、二人はよく手伝ってくれたよ。直に着くだろ、お前から」


 簡単な指示を出して終わり。



 一人になったのでシャワーブース(実験動物用)に行って、洗浄剤の種類を確認。流し台に止まり木をセットしておこうと思ったら、引き出しの中に見当たらない… 二本を繋ぎ合わせる止まり木がない… 何故だ?


 「あ、古くなって処分したわ」


 新しいのは一本物だから、開き戸の奥だ! はい、当たり!



 準備ができたのでブースを出て再度容器を確認、よし。


 一通り終わったので、持ってきたボックスから分厚い封筒を取り出す。ペーパーにしてメモリーにしない所に手間と作為を感じるが、正式でもあるので何も言わない。寧ろ、あの短時間でよく頑張ったなと思う。


 封筒と卵ケースを持って、椅子に腰掛け足を机に投げ出す。



 薄桃色に染まった卵を腹に乗せ、静かに語り掛ける。


 「…ここで生きてなくとも気配はわかろう? 己の根幹と取り巻く力の質はわかろう? 怖いものなど何もない、安心して お休み」


 するりと撫でて、封筒から書類を取り出した。







 「う〜ん… 」


 誰だ、これ?な名前に面倒い。


 下請けなのか連帯者なのか不明な書き方に困惑するが、明記しない時点でしない理由がある。聞いても答えられないと予想がつくから聞くよーな事はしない、時間の無駄だから。できてないと騒ぎ、無能と謗る直情型を真似るくらいなら面倒くてもこっちで調べるわ。面倒いけど。



 しかしほんとーに面倒いからか、仲介者の顔が浮かぶ。

 すんごくイイ顔が次々と浮かんでは消える。


 「…期間限定レンタルで〜 主権の移動はなしで〜 暴力沙汰は排除してえ〜〜 あのヒトと縄をセットにして売り出したら言い値で高く売れそうな。不明なヒトも巻き添えで付けたら、もっと良さげな」


 それであれもこれも賄えると思うと目が眩む。オークションにしたらどうなるだろうと! ドキドキしてくる。


 ときめきに興奮して夢が膨らむ。



 「ん?」


 卵が動いた気がした。

 覗き込むが変化なし。しかし、何か振動を感じ… る?


 「うわ、そっちか!? あ〜 あああああ…  怖くない、怖くない。わかった、もう怖い事など考えないよ。 ああ、よしよし… イイコだなー」


 あやすように撫で、この事実を噛み締める。あのヒトを売ったら、これが文句を言い始めるのか。






 世は常に巡るもの。


 これまた甘い禍福が巡るものだと、甘やかに笑って  それ以上は考えない。考えれば、これがまた精一杯の抗議を 為してしまう。

 

 


 

なわなわなわなわなわなわなわわなわーなー。



本日の(テキトーな)早口言葉。難易度は高くないと思われ。

その分、速度勝負で一発どうぞ!(笑)


なわなわにはわながあってにわのわなげのなわがわくぐりのなわとおなじわながひそむなわのあしもとからわなにはまってぬけだせなくなるわなのなわあー。


本日の問題。

ヌイグルミのどこに肉ダネを埋め込んだのでしょう?



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