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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
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20 三人の騒動

 

 女の手から食べかけのカスタードタルトが、ぽろりと落ちた。



 「 …は?  え?  え? ええっ?       あ・あ・あ、    あああ〜〜〜〜!!! 

     き、 きゃあああああ!!   こっ、こっ、子供が、  子供がぁぁぁ!!!    いーやーーーー!! 

  ちょっと、ちょっと待ちなさ…      あーーーーっ!!


   …帰った? 帰った?  ちゃんと帰りまして!?     あの子はぁ!? 」



 樹木の花から、はらりと白い花びらが舞い落ちる中、女が驚愕に狼狽える声を上げて二人の男に確認を取る。その女の視線は目の前の水鏡から途中で虚空に移り、虚空にある何かを目を凝らして追い続けている。


 その言葉に同じく虚空を眺めていた二人が返事をする。


 「ああ、問題ない。帰ったぞ」

 「…うむ、なんとか帰ったようだの〜」


 「これは帰って良かったと言うべきだな」

 「うむ、良かったと言ってやるべきじゃろうなぁ」


 男二人が互いの見ていた様子を確認しあう。

 二人が話すその言葉に女もようやく目を細めて虚空を見上げる顔を下ろし、『ほうっ…』と一つ安堵の息を吐き出した。



 「無事に。無事に帰りましたわね… はああ……  良かったですわぁ。 本当に驚いてしまいましてよ…  ああ、でも、行く前にみんなであんなに応援してあげましたのに…  励ましは効きませんでしたのね… 」



 女はしんみりとした風情で哀しそうに言った。


 先の狭間において告げた言葉は三人なりの贈る言葉であった。

 ちなみに言葉だけで特定の力を込めたとかそういった特別なことは一切していない。 真実、「頑張れ〜」と言葉を贈っただけだ。




 思わず立ち上がって行く末を目で追っていた女は絨毯に座り直し、立つことなく見ていた男二人は改めて水鏡を前に語り出す。水鏡には立ち尽くす人の姿が薄く映っていた。



 「ふん、今のをお前達はどう見るよ?」

 「そうですわねぇ。あの帰り方、俗に言えばそのままの死んで戻った。ですわね」

 「うむ、そうじゃのう。じゃがあれは坊が魔獣にしたことと同じではないの。あれは正規の手順の方が生きていたと見るべきじゃろうの」


 年を経た男が思案に頭を掻きながら言えば、男も頷きながら返す。


 「ああ、最後の最後に頑張ったなぁ〜 あれは。 まぁ、そうだな。こちらに来て間がなく、召喚の際の唱句の力が時間としても有効だったか。尚且つ、唱句を唱えたあいつの力、質だけみればそれはもう極上」

 「あれだけ良質なのじゃから発動に成功した術ならば、まずもって外れんじゃろうしの」

 「…後は本人の意思か。形こそ了承の形になったとあそこで判断されたが、召喚についてあれは一切承知していなかった」

 「名前も拒否しましたものね。固定化の強制を受けると無意識化でも自分で判断した以上、相手から贈られる名を受け入れていたら無理だったやもしれませんわねぇ」



 絨毯の上で胡座をかいた足を組み替えながら男が話す。


 「なんだ。詰まる所、あれは喚んだ奴が寄越した誓約をリングを通して受け取っただけだな。何一つとして相手には渡していない。渡していないから、あの時点で釣り合いが取れていない。そもそも、最初に言った言葉は相手に対して問いかけたものでもなければ、確認に聞いたものでもなかったからなぁ」

 「じゃが、リングを受け取った事によって、仮契約が発生したわけじゃろう?」


 年を経た男も座り直し、手近にあった酒のつまみ『烏賊の干物(するめ)』に手を伸ばし半分に裂いて残りを男に渡す。受け取った男も齧りながら話を進める。


 

 「あー、そうだな。仮初めでも契約は契約だからな〜  契約は意思からなる契約だ。拒否せず時間が経てば、それが有効と成りそのまま維持されるか。 …例え、名を連ねていなくとも時間が経てば経つほど維持する状況が了承と認識されて、署名をせぬ事も了承の在り方の一つとして誤認識が発生し、それが認証の有り形そのものを変形させる。もし、あのままの状態で契約の維持が続けば、何一つ渡さずともゆくゆくは仮ではなくなるな。

 だが、そうなればどこかで歪みが生じるだろうよ。

 すでに対等の均衡に強制が入りかけていた。思考の回避に拍車がかかっていたが、リングの制限介入によって混乱が生じ始めていたな」



 男の言葉に思慮する女の声が肯定と否定を返す。


 「確かにあれは望ましくありませんでしたわね。ですが意図したものではなく、慣れぬ力に呑まれかけて回避しようとする心が自身を防御するために遮断したとも言える状況であったと思いますわ。

 それに渡さずとも問題ではないでしょう?

 あの時点では、あの子からすれば渡すものがなかったのですもの。その事は偽りでも何でもありませんわ。渡すものがない以上返事を返せなかっただけ。あの子には騙すような意思はありませんでした。だからこそ、仮初めが発生したとも言えるでしょう? 貰ったリングの代わりとなるモノは後払い。それは、それで有りですわよ。後払いがいけないなんて決まりはありませんし、喚んだあの子とてそれを拒否しませんでしたもの。ええ、そういう意味ではあの子はとても上手に動いたとも言えます」


 「まぁの、あの坊は沈黙しただけじゃがの。契約に関して意図して沈黙したわけではなかったと思うがの… 大体、喚んだあやつとて、お前さんの言う後払いついては気付いておらんかったと儂は思うんじゃがなぁ」



 年を経た男は少々渋い顔をしながらも女の意見に賛同した。賛同するその口には食っているするめがモゴモゴと動いている。



 「…あのままいって生じた歪みは本人達だけではなく、周囲を混乱させる類いになるだろう。そういう意味でも帰って良かったといえるか、考えすぎか」


 するめを食い切り、上空に目をやり深い思慮を思わせる事なく本当に適当に言葉を紡いでいる感じの男の先読みに、女は左手を払う仕草をしつつほがらかに笑って答える。女の右手には小さな赤い果実が艶めく一口サイズのタルトが摘まれている。


 「まぁ、そちらは生じるかどうかも不確定ですわ。生じたとしても、気づいた時点で追加契約を行えば問題なしともできましょう? …今回の要となるのは請文を起てた側による『守る』という、一番大事な誓約がこの短時間で不履行となって仮契約そのものが解消されたことなのでは?」

 「そうじゃな、喚んだあやつによる仮契約の解消。喚び出しに成功したが解消された時点で、ここに喚んだ最初の時に立ち返り、召喚契約を望まない破棄と同等扱いと落ち込んで喚び込んだ者を喚ぶ前の状態へと引き戻した。これを適当とみるべきではないかのぉ?」



 年を経た男の言葉に女は頬に左手を当て、小首を少し傾げ瞑目しながら答える。右手のタルトは健在だ。


 「そうですねぇ。帰還した時間に多少のズレがあったようですが、あの程度なら誤差の範囲内でしょう。かえって心の調整を計るなら経過していた方が落ち着きますわね。多分… それで合っているかと。重要なのは、時間と力の質と意思ね。三つが揃ってなかったら無理だったでしょうね」


 年を経た男もおそらくと頷いた。


 「うむ。でなければ戻ることなく、あの場で死体となっておったじゃろうし」

 「運がいいとみるべきか。いや、危機的予感がしっかり活きたのか?」

 「やっぱり能力に値するのでしょうねぇ。本来なら召喚前に立ち返ったことで、記憶そのものがないはずですのにね。先ほどのお話の様子ではあの子、今はまだ覚えているのでしょう?」

 「ほ。自覚があろうがなかろうが、喚ばれた方も力保ちじゃ。多少でも外部からの圧力に対しては防衛の力が動くもんじゃて」

 「まぁな、しかし薄まって消えるだろうよ。お前の言う心の調整を計るなら、それこそ記憶は要らん」


 今なおどこかに視線を繋げているのかいないのか、ちょいと片目を上げる年を経た男が男の言葉に訳知り顔で頷いた。


 「自分が可愛けりゃ、記憶は不要だ。忘れてしまえ」


 優しさと嘲りが混在する声で言い放ち、男はやんわり笑って何かを見下した。そうして、笑みを深めて目を細めた。





 水鏡で見た状況の検証に話を振ったが返答からなる推測結果に、もう良かろうと判断した男は立ち上がって一つ大きく伸びをした。それに合わせて年を経た男も肩をグイッと回す。すれば、骨がボキボキと鳴っている。よほど凝り固まっているようだ。


 「はー、にしても今回も余興としては楽しかったが、すっきりしねぇ終わり方だったなぁ。 だがまぁ、これも終局の一つか」

 「うむ、実に楽しかったんじゃがのぅ。まさか、あーんな形で終わるとは思いもせなんだわ」

 「……ええ、ええ、本当にそうですわね…  はあぁぁ… 」



 男二人はもはや問題なしと、あっさり気を切り替えても女の方には思う所があるようで肩が落ち、そこはかとない憂い顔である。斜め下に流す視線ははっきり憂慮を表している。


 表しているが、残念な事にここは宴会の場だ。

 憂う視線の先にあるのは酒の空き瓶に食い散らかした料理の品々。どれだけ美麗に憂いても雰囲気が完全に持ち上がる事は難しい。何より観客になる二人の男は女の憂い顔など気にしない。


 女は不満に唇を心持ち尖らしながらも手にしたタルトを食べ終えると杯を取り上げ、果実酒を注ぎ入れて憂いたままに、くいっと一杯飲み干した。





 一連の模様を映し出していた水鏡はまだ空中にあり、その形を留めているが表面にはもう何も映ってはいない。水の煌めきだけが光っている。



 喚ばれた側は帰還した。

 喚んだ側がこれからどうなるかは別の話だが、召喚に失敗した話など掃いて捨てるほどにある。今回の話も結局のところ失敗した話のひとつに過ぎない。

 今まで三人が見ていたのは喚んだ側の力が目に留まるほどに良い質をしていた事が一因だ。何よりあれでの賭けは楽しかった。成功しそうな、しなさそうな感が絶妙だった。失敗すれば次回乞うご期待の感が満載で、つい期待に胸を膨らませ楽しみにしていた。


 だが、あの失敗の状態では再び召喚を行おうとする確率は低いだろう。




 「どちらにせよ、今回で最後じゃったしな。名残惜しいが、もう見ることもないじゃろな」

 「いつもはそうそう寄り合うこともないんだ。たまの気晴らしに見ていたもんが良かっただけだしよ。まぁ気長に他のもんでも探すか、それとも… そうだな、喚ばれたあれがなぁ…  確かにあれは似ていた。 確認を含めてもう一度見ておくべきか」

 「そうじゃったの。近頃はこれを見に、こうやってちょくちょく集まっておったが見るもんは他にもいくらでもあるしの。儂も他にすることがあるでな。儂はそっちを優先するのが本筋であるなぁ」



 「そう… そうですわね。今回の結果はわたくしの望む結果とはとても異なりましたが、それは言ってはならないことですのね。一番心を痛めているのはわたくしではありませんもの。 ええ、そうですわ。次に見るものは良いものであって欲しいと願うだけですわ」



 少しは気が晴れたのか、どうしようもないと見切ったか、控えめな笑みを浮かべて女も賛同した。


 今回の三人の宴はこれにてお開きとなりそうだ。

 そして、宴の最後に行われるのは清算である。



 「初めの分は俺の勝ちだが今の賭けはどうなるよ」


 「そうですわね。最初から破棄はしませんでしたわ。相手がリングを受け取ったことによって、契約には成功しています」

 「じゃがの。最終的には喚んだ側による契約破棄と同等として帰還しておる」

 「待て。あいつは受け入れる意思を持って行動した。破棄はしていない。が、不履行という過失により契約に失敗したんだ」





     「「「  ………………  」」」    





 三人が白々(しらじら)とした顔で互いを見やる。



 「契約に成功していたからこそ、あの子は無事に帰還できたのですのよ?」

 「あの帰り方は契約破棄の状態と全く同じじゃぞ? あれは破棄と変わらん」

 「だから、てめぇの失敗による不履行が原因じゃねぇか。あれはどう考えても契約後の失敗だろうが」



 三人が思い思いの様相で自分の主張を述べ上げる。

 その三人の間にじわじわと目に見えない力の摩擦が起き始める。女も男も年を経た男も、自分の主張を下げて引く様子が全くがない。




 三つ巴の展開が繰り広げられようとしている。




 彼らが賭けているのは、ぎょくと羽飾りと小瓶である。ぎょくと羽飾りには、それ特有の力があり単なる飾りの品ではない。小瓶においては、その中味が重要である。

 賭けにおいては、三人の間で命にまつわる物のやり取りはしない取り決めがなされている。賭けに出される品は、全てが中味または数回の使用によって力が失せれば終了の使い捨ての一品である。


 世間一般に人と呼ばれる者達が喉から手が出るほどに欲しがる一品であろうとも三人からすれば、あれば実に便利だが何としてでも欲しいというほどの物ではない。何より、欲しければ相手に頼めばいいのである。『融通する』という便利な単語は実行する。



 しかし、三人の論争は続く。

 どうやら賭けに勝って手に入れた一品に価値を見出しているらしい。

 口角泡を飛ばす勢いで言い続けているが、さすがに喉が渇くらしく、杯を片手に中味を勢いよく飲み干している。杯の中味は酒ではなく清水である。


 こんな時に酒なんぞ飲んでられるか、という心情を如実に表している。

 

 水を飲み終えばまた言い合う。水を飲みながらも言い返す。酔いなどどこにもありはしない。

 勝利を相手に譲るという単語は死滅してしまえ。負けて勝つなど片腹痛い、鼻で笑って捨ててやる。その志を旨に相手を言い負かそうと論争は続く。



 このことにより喚んだ者と喚ばれた者の二人は、三人に忘れ去られることなく完全に記憶されたのである。







 「ですから、成功ですわ!」

 「なにをいうとるか! あんな半端なものは認められんわ!」

 「そうだ! 最後までみていた時点であれは経過にすぎん! 時間の制約は、いつも通りないに決まっとるだろうが!」


 「結果をみてみぃ。あの帰還は強制じゃ。強制である以上破棄じゃ!」

 「過程があってこその結果だろうが!」

 「どうとっても、喚んだあの子は破棄などしておりません!!」


 「だから、あいつの不履行が決定打だ」

 「なんじゃと? 契約後の不履行に、あーんな強制における記憶の忘却があるかい! 下手すりゃ相手側から怒りの一撃が飛んでくるわ!  円満に行われるわい!」

 「第一あなたの失敗は、喚ばれた側の断りにおける失敗での予想でしょう!」

 「ふ・ざ・け・ん・な。 誰がどっち側における失敗なんていったかよ! ああ!? 大体、てめぇの死が関わるような内容を克明に覚えとこうなんて思うわけねーだろが!  さっさと、自分から忘却すんに決まっとるわ!」




 まだ、終わってない。 

 引く事の無い議論は白熱している。

 ほんとうに、いつ終わるかわからない。納得いくまで話し合うのだろう。



 力を撒き散らし空間を軋ませ、処処に奇妙な亀裂を走らせながらも、話し合いであるが故に話し合いは続くのだ。傍からどのように見えてもこれは話し合いなのだ。



三人は大人。間違いなく大人。こんな大人。



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