192 零れる光に指を絡め
し しん、しん、しんね… ん… 明けた年の初めの月の終わりの日に間に合い、この上ない幸い。うにゃーははははの、はにゃあ〜〜〜ん。
アガリサガリもリラックスクス〜。
部屋に入ってまず見えたのは、卓の上に並ぶ食器。
下準備ができている事に胸を撫で下ろすが、第一目的である配膳車へ歩む速さは緩めない。
「ああ、これは気が利く」
素早く腰を屈めて取り出した保温瓶を置きながら、アズサの為に書かれた品書きを手に取る。内容を確認しつつ、菜が入ってる蓋を開ける。
「あ」
片手間にした所為で、滑り転げた水滴が皿に飛び込み、飛び込み損ねたのが台の上で弾けて飛んだ。
…まぁ、俺が食えば問題ない。
ざっと目を通した品書きを置き、皿を出した後は湯を沸かしに行く。焜炉に薬缶を掛けたら、また戻る。足音に顔を向ければ、脇目も振らずにアズサが素通りしていった。
「あれ?」
なんで?と思った直後に閉まる音。
音が派生した場所を考えると、そういやアズサはまだだった。俺が行った後は話し合いが長引いたから… もしや、変な我慢をさせただろうか? いや、どちらかと言うと我慢の限界がきたのか。
トポトポと保温瓶から深皿へ流し込みつつ、瞑目してみた。
「お待たせ〜」
すっきりした顔で戻ってきたアズサに「お帰り」と返しながら、仕上げの中身を垂らして回す。
「おぉ、生クリーム系と見た!」
「半分ずつね」
「それはもちろん〜って、今日は薄緑ではないのか!」
「残念でした、今日は朱赤だよ。悪いけど、湯を見て来てくれる? 量を入れてないから、そろそろ沸く頃だ。それで っと」
空にした差し瓶を置きながら、そこそこそこと指で指す。
「へーい、ポット承りぃ〜 茶の湯ですね」
「そう、君の為に『新たに試そう薬草茶』だってさー。良かったねー」
「んぎゃ!」
「優しさ、これに極まれり」
「え、え、それなんか違う。新たに試そうとゆーのが何か… 何か、こう!」
「ほら、早く。沸騰するって」
俺に言っても回避できないのに、ぐだぐだ言うから急かしてやった。それから小瓶を取って蓋を開ける。甘い香りがふわっと立ち登るから、一つ匙で掬って口に含む。
うん、美味い。
鼻を鳴らしてどれだけ嗅いでも、香りと味は別物なのに。気が済むまで嗅ぐなんて鼻が馬鹿になりそうで俺には無理だ。まぁ、嗅いでるから平気なんだろう。癖のある香りの方が好き、か、なー なんて思うのが間違いだな。
「入れて蒸らす」
「…ほーい」
渋々でも、ちゃんと入れるから可愛いと思う。馬鹿はそこで中身を抜こうとするからな。
「これで食べても良いけど… 温める感じで、少し焼こうか?」
「へ、焼くってパンを? これをどうやって」
「あっちでこうやって」
「あ、フライパンでパン転がし〜 やるやる」
「じゃ、手早くやろう」
「よしきた」
籠を持って先に行く辺り、やはりこの部屋にして良かったと思う。少々、蒸らしが長くなっても気にしない。
…淹れるよりは飲みたい口だと言っていたが、楽しそうに腕を振っているのを見ると嫌いではないらしい。そうなると脳裏の閃きが調理と絡みつく。
「手付き良いね」
「え、そう? そう?そう?そう〜? なはー、これっくらいなら俺もよゆーですよー」
「君の余裕の腕前を是非とも拝見したいもの」
「見栄えがどーたらゆーは無理ですよ?」
「今度、何か作ってみようよ」
「そーだ、食材様の原型を知らねば!」
やる気のある声で、「できるものを作ってみせよー」と宣言した。素晴らしい、一言で希望が叶えられるとは。
「手料理が振る舞われる、この喜び!」
「ちょっと待て、その喜びが道を外れないよーに共同戦線を希望する!」
頃合いになった中身を入れ替えながら、馬鹿を言い合う。それが楽しくて、嬉しい。あ〜〜 俺、本当に幸せを噛み締めててすげえー。
「はい、消し忘れございませーん」
「行こう」
今度は俺が籠を抱えて先に出る。
頂きますの笑顔を交わして、ごちになります。
「後で良いの?」
「後で」
「後悔するんじゃないの?」
「後でするから後悔なのです」
「…するとわかってやるのは」
「行わねばわからぬ、それは実験!」
スープにスプーンを突っ込みつつ、キリッと決めてみました。そしたら俺の顔を見つつ、黙ってパンを口にした。はい、理屈でハージェストを言い負かしてやりましたあ〜。やふふふー。
「…まぁ、良いけどね」
ちろっと見てくる視線をへろっと躱して頂くスープは美味いです。美味いけど〜 人参のスープは、ちょっと〜 んでも赤を薄めたこの白さんが〜 あ。
「な、このクリーム」
「うん?」
「これをモワッさせて… そう! この丸パン割って果実丸ごとジャム入れてクリーム入れてフルーツサンドにする事は可能でしょーか!?」
あんまり食った事はないが閃いた! 多分、さっきのでのーみそが刺激されたのだ。そしてハージェストが一時停止した事にイケそーな予感… 新メニューとして後世に刻まれる飯テロができるかも!
口の中身をもぐもぐごっくんしてから、「あ?」言ったハージェストに再度リクエストとしてあげたら、「それはおやつです」と真顔で言われた。質実剛健とは関係ないが、ご飯とおやつの混同は許されないらしい… 今、食べたいと言ったんじゃないのにー。そんでスルーかよー。
ダブルの意味でしょんぼりしつつ食べますが、ご飯の美味さにあっさり気分が向上します。ちょっと燃えた対抗意識もころっと鎮静。朝からこんな美味い飯を食べれる時点で… 幸せだと噛み締めてたら、「機嫌、直った?」なんて言われた。
嫌ですねえ、見られてますよ。
対面じゃなくて隣に座ってんのにね。
もぐもぐ顔で返事をしてたら、大きくないノックの音が聞こえます。返事は無用と入ってくる足音に目を向けますと、開けっ放しのドアから顔を出したのはクライヴさん。
「お食事中でしたか、失礼を」
ドアの前で頭を下げて、そこから入って来られません。「待機しております」と言われて、元来た方へとお戻りに。いえ、姿は消えたが続く足音は聞こえない。
それは、そこの通路で立ち待ちしてるとゆーのでは?
「なぁ」
当然の様に食ってる隣をツンツン突いて聞いてみた。
「君が良いなら、食べながら聞いても良いけど…」
はい、この会話も筒抜けかと思うと微妙です。ええ、微妙です! そして、廊下で待たせるのはアリですか? まだかまだかと間近で待たれるのもアレですが、ウエイターさんでなし… 俺の神経、細るんじゃ?
「俺はやだな。仕事してる感じで」
「うあ」
否定できん事を言ったので、とりあえず早食いしよーとしたら止められた。その代わり、締めのお茶席に呼ぶ事にした。
「では、自分が淹れさせて頂きます」
いきなりの無茶振りにも動じる事なく、クライヴさんがお茶を淹れてくれます。ポットから覆い布を外すと、わぁすごい。素晴らしい香りが鼻孔を擽り、部屋中に広がっていきまぁ〜 あああ〜。
「ほらね、だから早く淹れたら良かったのに」
「いやだって、この香りの中で食べるなんて地獄」
「…いえ、早く淹れた方が傷は浅いかと」
冷静に注いでくれてるクライヴさんの追撃に、ショック。しかし、淹れる姿にきゅぴーん!です。
「クライヴさん、是非ご一緒に! 是非とも三人分で! 体に優しさ、薬草茶。幸せはわけてシェアして飲みませうぅ〜」
「お心遣いに感謝しますが、二客しかございませんので」
「大丈夫、あっちにちゃんと普段のがありますからあ〜」
「分量を減らそうとしない」
無情なる一言に反論しようとしたら。らぁ〜「君の為の茶を無為にするなら、一人で全部飲んで貰おうか」なんて暗澹な事を言うので沈黙を選択し し、 し、 しない!
「人に意見を求める事は大事です」
「はい?」
「俺の為の茶であっても、それが薬であっても、俺はそれの基本とゆーべき味を知らんのですよ!? 飲んだ後なら、こんなものだと思うでしょう。しかし、基本を知らぬ故にこんなものとしていーのかどーだか怪しいとゆーのだ! だからこそ、不特定多数の意見の元にこれがこんなものだと納得する保証が欲しいのです!」
俺の力説に二人が固まった。そこにときめく! しかし、適当な思い付きでよく舌を噛まなかったと自分を褒める。何か言い間違えた気がしないでもないが、まぁそんな小さな事はどーでもいーや!
「毒味が必要ですか」
「服毒の心得を語ってくるとか」
「すいません、飲む量を減らそうと思っただけです。ほんと、それだけです。それ以外、なーんも考えておりません〜〜 うえーん」
大事になりそうな気配に平に平にと謝罪した。
あちゃらにこちゃらが常態化すると恐ろしい事態は謝罪により回避できましたが、現在、クライヴさんも飲んでます。薬草茶の香りが広がる中、三人で飲んでます。一人だけ立ち飲みさせて、すいませー。
よっ、立ち飲み姿も様になってるクライヴさーん。かっこいー。 …なんて持ち上げときゃー今後もイケるか? イケるか!?
「う…」
啜る薬草茶の味は普通ですのに、香りにノックアウトされます。夏に相応しい爽やかな香りも濃厚になると… キツイです。二人の表情筋は活動を停止してるのではないかと疑いますが! あああああ、たましーが抜ける爽やかな香りってえー 初めて知ったわー。
「一気に飲んだら?」
「時間を掛けるから、より一層… あの、変に嗅がれているのでは?」
「うぇえええ」
「だから、時間を置くから」
息も絶え絶え、最後は鼻を摘んで飲み終えました。おまけに後味が渋い… 普通に渋くなるんですね… でもまぁ、漸くリリーさんからのお言葉を賜れます。
「見せずとも良し、本懐を遂げるに勝る事なし。 以上です」
これだけだと首肯されました。
結果はどーなった?と聞きそーなものなのに、それもなし。高価な石でも本当に道具なんだと… 実感しました。道具に金額を透かし見る俺は貧しいのかも知れません…
ちろっと伺うハージェストの表情は柔らかくなっていて、返事がわかっていたよーな感じ。怒られずに安堵した、の、なら。そこは違う顔をするでしょう。
理解を喜ぶ、丸い雰囲気。
幻のリリーさんがハージェストににっこりしてる。
幸せな幻視を前に、なんとな〜く眼を逸らし百四十度首を曲げたら、花冠が出てきた。そんで、姉ちゃんも出てきた。出てきて、俺見てにっこりする。
不思議だ。
喧嘩もしたのに笑顔の姉ちゃんしか出てこない。
今も笑い掛けるのは、俺を後押ししてくれた あの時の顔。
「片付けようか」
ハージェストの言葉でクライヴさんが動き始める。言葉に引っ掛かりを覚えるが、俺も自分の皿を寄せて片付ける。
片付ける。
片付ける。
感情を片付ける。
「どうかした?」
「悪い、取ってくる。こっち持ってくるから!」
ガタン!
「え? ちょ」
何かものすごく思考を間違えた気がした。
駆け込んで、棚に手を付き、花冠の前に齧り付く。じーーーーーっと見た。見て見て見て見て、ぐちゃぐちゃする感情の中から大事な部分だけを選び出して。
納得。
言葉って難しい。
そうっと手にした花冠を見ながら、一歩二歩三歩。四歩目止まりで花冠を見続ける。天井を見上げて、首を下ろして 花冠にうにょーっと笑ってみる。笑えた。ちょっと変顔してるかも。ああ、でも笑える。ちゃんと笑える。
両手で捧げるよーにして隣へ戻った。
「なぁ、聞いてー」
「はい、どうしました」
片付けが終わった綺麗な部屋で話を聞いて貰います。
「この上で」
「あい」
ふわっとテーブルにタオルを広げてくれました。
これから花冠を分解します。
可能な限り、手早く綺麗に解いて見せます!
「くっ…」
花びらを離脱させないよーに気を付けるが、どーしてもカサカサ鳴ると危険です。散ってくれるなと神経を集中させて頑張ります! 無駄な努力はないのです!!
「はぁあああ…」
終わった… 疲れた。
だが、この素晴らしい達成感よ… これは満足なる吐息、サガリに似たアガリの息!
「お疲れ」
「ありがとー、ごめんなー」
「いいえ、ちっとも」
はい、俺が解いた花を流れ作業のよーに取り、五つの山に分けてくれてます。流れ作業に入る前は包んでたハンカチ等を取ってきてくれて… ほんとにもう、持つべきものはなんとやらあ〜。
「こちらをどうぞ」
「え、あ。すいませー」
暑くなって脱ぎ飛ばした内履きさんに代わって、夏履きさんがやってきた。有り難く履く。クリーニングに出される内履きさんを見送れば、隣の仕事が早過ぎる…
俺もせねばと一本取って、山の一つに置こうとしてえ〜 どーしても疑惑が… いえ、疑問が… いいえ、愚問が湧き上がり!
「なぁ、これ… まだ生きてね?」
「…それ、本気?」
そんな馬鹿を見る目で見なくても!
「だってほら、変色してない!」
「…なんで君はそこに拘るのかな?」
どーしても、うーんうーんと思うんです!
「自分で「花びらが砕け砕け砕けるぅー」とか、言ってませんでした?」
「言いました」
だけど茎の色を見ろよー!
折良く戻って来たクライヴさんにもヘルプを出した。
「…そう見えましても、枯れているかと」
特別な場所の花でも、やっぱ無理なもんは無理なよーで残念です。はぁあ〜 はい、大事なしんこきゅー。
「束ねる前に、もう一度」
口調の変化にシャキッとします。
話し終えても、まだクリアしてなかったよーです。なんで確認してくんだ?
「尊重はしますが」
中止を前提とした今更な質問に、のーみそクエスチョン。
「大丈夫、尊重よろ」
「俺もしたいけどさ? 即断即決でイケる口でないと今も示されるとね?」
「へ?」
「色を問う根底は手放したくないのでは?」
「や! あれは疑問。埋めるを植えるにする程度のぎーもーん〜〜」
「そう?」
「そうでーす!」
慌てて訂正に走りました。
単なる愚問で首を絞めてた馬鹿は俺!
「代替品はない」
「ごめ、まじで撤回なし! けじめでも決別でもなく、遅蒔きながら人の流れに乗ろうとしてます。お前が教えてくれた流れで十分過ぎるくらいです。にゃー」
姿勢を崩して頬杖突いて、俺を見てくる蒼い目は心配してる。
指摘から五分割選択したのに心配のし過ぎだと思う。そんで、後々の面倒の回避と考えても 優しいと思う。
ああ、良かったと。
ハージェストで良かったと。
自慢にならない末吉組でも、一緒に頑張ればトータルで小吉越えして中吉なって偶に大吉出せると思うんだ。
「紐より糸を選んで」
救急箱さん、ご活躍。お腹に色々納めてらっしゃる。
束ねて茎の部分を差し出してくれたから、俺がぐるぐる縛って出来上がり。ドライフラワーの束を四つ作りました。それを元々のハンカチに包み直します。束の頭を右、左、右、左と置いたら膨らみ具合も同じになって良い感じ。
そんで布袋にin。
うーん、形状がドーナツからウエハースになりましたねえー。
ちょっとした量があるのは、あそこで頑張ったから。頑張ったとゆーよか、あれはあ〜 あーははは。だけど、そのお陰で五つに分けてもそこそこ見れる。まぁ、茎が長いお陰でもある。
自己満足であり、違いもするこれが。自分の為だけに作った、これが。こんな風に俺とハージェストを繋ぐブツになろうとは。 …あ、違う。ハージェストが無関心なら現状はない。そして、気遣いが遠慮に向いて沈黙を選択したら分割もない。手が掛かるほーを提示する、その心「…もう少し時間を置くか」
「や! 違う、違う。感傷のよーで違う感慨とゆー ものがあ〜」
「本当?」
「ん〜、お前とゆー大きな存ざ いや、存在の大きな意義が… ん? んん? まぁ、お前がウエートを占め始めたよなーって」
「…はい?」
睨めっこでない状態で見合ってたら、いきなりガタンと立ち上がる。同じ音にそっちを見れば、ドア脇で椅子待機してたクライヴさんの起立も早い! 慌てて残した一山をそのまま包もうとしたら、横から掻っ攫われた。早い。あれ、そんなに俺って遅い?
「そうだね、君が良ければ」
続きを聞きながら、隣へ向かう。
庭に降りて花壇の前に立つ。
既に穴が掘られて黒々とした土が盛られてた。現在進行形で咲いてる花壇の真ん中に穴を掘る、この豪儀さよ! 俺にはできん!
「あの… これ」
「指示通りの積もりでしたが、もっと掘りましょうか?」
「いえ、じゅーぶんです」
やっぱ、そーですよねー。聞かなくても被疑者はこっちですよねー。でも、有り難く使うから俺もどーざいか〜 はーはははは。
穴の前に陣取り、シーツに手を添えてブツ移動。端から顔を出させたら、気持ち瞑目。手を添えたままシーツを穴に入れ、土の上にそうっと零す。
黒い土と石。
色の違いが際立つ。
中腰で静かにシーツを揺らして粉になった分も、『全部、お入りなさい』と振りました。終わったら、くるくるシーツを巻いて腹の前で抱き抱える。
足元注意で横へ寄り、場所を譲りながら影の位置を確認した。 …もう必要ない作法なのかもしれませんが。
数輪ずつ穴の中へ入れていく。
文字通り、石の周りが華やかになる花の葬儀。こちらも主役だけど、どうせ埋めるなら囲ってやったら良いと思う。 あ、ヤな音した。 まぁ、そこでピキパキいくのは愛嬌だぁね。
「見て、どう?」
覗き込んだ先、黒を覆う少しの彩りが… 枯れた花にキメられて、砕けた石は隠れてた。思ってたのと、ちょっと違う。違ったけど〜 これはこれでいーんでしょう、ええ。花布団。
「ん、十分です」
ハージェストが祈り始める前に後ろへ移動。
祈る姿を見守ります。
順番を待つ内に下がる視線は花を捉える。
生きて咲く花。
砕けた石、枯れた花。
そんなモノに誰が祈りを上げるのか。俺達が祈らずに、誰があの二つに祈るのか。
『死んだ者より、』
頭の中で回り始めるフレーズに、『そうだね、誰も生きてる花に祈りを捧げはしないやねー』と切り返してフレーズを止める。
ねぇ、誰か。
誰か、に問い掛けた言葉を閉ざす。
『誰か』に聞くなんて聞くだけ無駄だ。
指名されない誰かはモブで、モブの答えは型通り。答えを持たないからモブなんだ。
今は、誰かに聞くよりも。
目の前で祈る背に、姿勢を正し『穢れよ、落ちよ』と 自答する。
「どうぞ」
「はい」
しゃがんで覗いて、目を閉ざす。
石の力。
繰り返した夢は繰り返せたとも言う。ちび猫が遊ぶに至った、その助力。繰り返せたのは、お前の力。身を削ってくれた、お前のお陰と感謝を述べる。
そして、折り重なる花達に。
一部だけどと、眠りを促す。重なって見える笑顔に「こんな所だよ」と話し掛ける。残る四つは埋めて回る。此処はホームの一つでも、ハージェストのホームじゃないから。埋めたが最後、今度は何時くるかわからないから。なら、全ての家に埋めようかって。ハージェストは六つにしたら?と言ったけど、五つで良いって答えたよ。
提案にそれだ!と決めたのは俺なのに。ノリで決めてないかと心配してて、ほんと優しい奴ですよ。おまけに頭いーし背はあるし知識あるし気遣いあるし地毛でキンキラの金髪だし貴族様だし。ねーちゃん、貴族だよ? 貴族! すごいだろー? 美味しいご飯も貰ってます。虫は泣いたけど。
ちゃんと、生きてるから。
全部埋めたら、これでクリアと 笑い話に するんだ。 墓に似て墓でなし。 拠り所を作ってくから あやめ姉ちゃん、見ててな。来れるんなら、来てなーー! 俺が居る時にねー!
笑顔に報告、すっきりです。
最後に覗く、土の中。
有り難うと。
それから、あそこに花を植えてくれた家主さんにも有り難うございますと 今一度、祈りを上げて 終わります。
場所を譲り合って共に立ち、揃って一礼した。
ザクザク埋め戻して完了。
宴会はありません。
喪主ズを除くと参列者は一名でも、良い葬儀ができました。
「俺の石に大事な想いを有り難う」
「いえ、そーゆー大層な言い方をされると身の置き所がなく… どうせなら一緒に纏めてとゆー それだけのー あ〜〜」
きらーんな笑顔に吃ります。吃る理由は語りません。『いえいえ、そんな』な笑顔で進み、今度もスコップ取ったら流れるよーにクライヴさんにスコップ取られたあー。既にシーツもタオルも持ってらっしゃるのにー。
「そうだ、クライヴさんもお付き合い有り難うございました」
「お気になさらず」
挨拶を終えたら、後に続いて部屋に上がる。
回収しにくるメイドちゃんにわかり易いよーにと、少し離れた場所に立て掛けるクライヴさんをドアの前で待ちます。
「恐れ入ります」
「いいえ、全員が辿り着くまでが式ですからして」
なーんて会釈をし合いながら、ドアをカッチャン閉めました。クライヴさんの無言の『お先にどうぞ』のお手振りに「あ、はい」と進もうとしましたら、世界に霜が降りてたですよ。霜が舞って、ダイヤモンドダストのよーな煌めきを放つとか。
世界が急激な気象変動を遂げている…
だが、俺は知っている。これは幻、雰囲気に合わせてのーみそが描くまーぼーろーしーの〜 局地的に発生した横殴りの吹雪に身動きが取れませー。
『ひょっ!』
氷雪の悪魔の足元に、ハンカチ様がしどけなく はらりと…
憂慮すべき異常事態にバックバックをしたいのですが、交通規制が掛かってできません。良くも悪くも、クライヴさんが壁でして!
『ククク、クライヴさん! 前行って、先行って、俺後から行くから!』
『いえ、現状を正しく理解される方がお行き下さい』
『そんな正論、要らないから! おおお、押さないで』
『自分は何も』
見上げて確認する壁は、シーツとタオルを背後に回してた。
『そんな屁理屈、壁ドンしてるでしょー!』
『いいえ、自分は単なる壁です』
あああ、体が押されて前に行く… 肉壁でズリズリズリズリ押されてくーーー!
『自分は先導できません、できるのは後悔を防ぐ事だけなのです』
『なんかかっこいーコト言ってるけど、してるのは肉壁でのごり押し出しだからー!』
背中で必死の壁ドンするが、後ろからの壁ズリに勝てません!
ある程度押し出されたら、壁は自然と離れていった… 酷い、こんな所に放置かよ。幾ら自分で選んだ未来だとゆーてもシチュエーションが違います! やり直しを要求する!
しても、どーしよーもないが。
「… 」
「… 」
表情筋は仕事放棄してるが、目は仕事してる。そこに指が加わりブツを指す。愛想のあの字もない相手の沈黙選択に合わせる。目と動作、ジェスチャーならまだイケる!
『知ってた?』に上目遣いで頷き、『何時から?』にさぁ?と首を傾げる。『なんで?』にだってーと小刻みに首を振りながら、小さく手を擦り合わせる。それから次に言うだろう質問に先んじて、体を反らす。
見つめる時間と表情筋で心配を前面に押し出す。
両手を揃えて、庭を指したり。
両手をクロスさせて、そっと自分の胸を押さえたり。
押さえた両手を返す仕草で広げて見せたり。
だから、ハートハートハートと胸を叩いてみたり。
沈黙で黙示録っぽい事をやってるが、ちび猫でやった方が早い気がする。つか、あっちの方が色々効果が出るんじゃないかと…
「く…」
あ、助かり。
壁が一つ消えました。
やー、よかったよかった。安易に猫逃げせずによかったでーす。ジェスチャークリアは助かりますが、言葉が解放されるのは清々しいですねぇ〜。
「くっそぉおおお! 俺の綺麗な思い出を返せぇええええ!!」
悪魔が吠えて、テーブルドンした。
正確にはドカですが。
そろそろそろそろ近づいて、テーブルに手を掛けてしゃがんだ姿に手を伸ばそ… か、肩が震えて… 「う…」 って、声が え? ええ!? ま、まさか本気で泣いてんじゃ!?
想定外の事態にのーみそパニック、体がストップ。
『はっ!』
ちゃんと気付けた俺、偉い! 表情筋は動いてないが視線が全てを物語る。ガチで見ているクライヴさんに、大きく手を振り気付かせる。問答無用の無言で、go!
ドアを指差し、出て行けです!!
足音を忍ばせ、大回り。
出て行きましたら〜 静かに傍にしゃがみます。
「畜生、俺の 俺の… 」
呪詛の如き呟きが…
なんで力がとか、溶け出しとか、引き金とか、範囲とか方向とか、こんな形でとか同じ言葉がぐるってます。吐き出す呪いの言葉から逆に疑問が引き出され、何故?が生まれて知性が輝き、理性も目覚めて自分を取り戻すのですが… 最終はぐるいます。ええ、ぐるってます。理性の目覚めが原因を示すと、「俺の」が繰り返されてえ〜〜 止まらず。
俺の優秀な魔法の辞書が、辞書の根幹をなす偉大なるのーみそ様が! 答えを出そうとぐるってる。出したら出したで横滑りして、ぐるい続ける!
これが頂き物を要らねとした結果なのか!!
「ハージェスト」
テーブルに指を掛けての爪先… 座り? 痺れが切れそーなしゃがみ方で呟き続けるハージェストの腕を掴んで軽く揺する。こっちを向いた目がちょっとイってて怖かった。しかし、そんな事より涙が涙が滲んでぇ!? おねえさま、だから試練が厳しいって!
ほんとに俺への試練とか?
「な?」
なんとか現場を離脱しましたが、俺の誘導レベルは低レベル。力技が使えん上にハージェストの気力が尽きてベッドを背にして床座り。意識の誘導もままならず、気の利いた言葉も出てこない… 俺が出来心さえ出さなければ… 良しとした以上、罪は二分割して良いはずだが矢印は俺に出てる。
「ええと… 嵌めました事により、この様な惨状に相成り、まして えー」
言葉に詰まって隣を見れば、隣もこっちを見てました。そして、正面向かれます。あ、上手くいかんかったと思ったら肩に重みがずっしりと。ずるずるずるずる重心移動でずるーんと重みが移動しま!
即座に手を添え、力入れ!
足が冷たい。
片足だけ冷たい。
気付かれない様に、上を向いて息を吐き出す。
足が冷たい。
冷たくて感覚が鈍る。
膝の上のハージェストの頭が重い。
重いから、血の巡りが悪い。だから、痺れが切れる。でも、痺れはない。只、冷たいだけ。
しみじみと人の頭は重いんだと。優秀な頭も馬鹿な頭も等しく重いんでしょうか? 物理的には同じはずですが、比喩的にはカラカラだしぃ〜? まぁ、膝枕で比較した事ないから〜 へーりくつう〜 あーはははは。
『は… 』
声を殺して息を吐く。
さっきから妙に気分が落ちてきて、馬鹿でも考えないとやってられない。
伝染、感染、空気が悪い。
そんな言葉が頭を巡る。
金に指を絡め。
ちょっと弄れば気は紛れる。
逃げる髪。
繰り返し、指で梳く。
温かいはずの人の体温。
温もりも痺れも鈍らせる、氷の冷たさ。
浸透する冷たさ。
痛みは わからない。
これが、ハージェストの感情なら。冷たさが尺度なら。
ああ、染まるのも楽じゃないな。物理的にズボンが濡れるほーが楽だな。んでも、これが思い込みやら罪悪感から生じる自己のなんちゃらだと〜〜 やだなぁ。そんで床座りだから、そっちからくる冷えならもっとやだなぁ!
だんだんだんだん眠くなる。
髪を梳くのも指に絡めて弄るのも、馬鹿を考えるのも 億劫で 眠い。しんどい。震えがないだけましか? うわー、芯から凍える雪山に明るい光がみーえーるう〜〜 飛んでいけそ〜〜。
「ん、ごめん」
墜落直前で動きが出た。
膝の上が軽くなって、「有り難う、落ち着いた」なんて聞こえたら悪魔が消失。でも、天使は不在。
そしたら、俺に痺れとゆー悪魔の天使が襲ってきた。
まじですか!
「あだだだだ」
「…動いたら治るから」
「そーゆーのはわか、わかあ〜〜っ ぎゃーーっ!」
「血行促進するから」
「すまなそーな顔で人の足を揺するなあー!」
「あはは」
え、え、えすに走りやがった この野郎!
「こ、こ、こ、ころころ ころりぃ〜〜」
床に転がる俺をほーちしてく薄情さん! ハンカチを拾い上げて、パンとした。それから包もうとブツに伸ばした手が止まる。
「ど、どした?」
一点凝視の硬直に嫌な予感…
こ、今度は何が?
こんな至近距離で… あんな静かな空気の中で! まさか全部溶けたとか? 溶けたとかぁああ!? あの、これ以上… 俺らを放置していく進行形は要らんのですが!!
「あ」
「え?」
砕けた石
枯れた花
何故か自分の連想は、石長比売に木花之佐久夜毘売の姉妹神に辿り着く。
青草茶
香り高いお茶。
初飲みで、その香り高さにうっかりたましーがうにゃりかけた。しかし同じ初飲みでも、大喜びされた方あり。また、生葉を刻んでハーブティーとして嗜まれる上級者もあり。
今も偶にうにゃりますがブレンドでイケます。ブレンドで慣れるとそのままでもイケたりします。因みに乾燥茶葉(茎を含む)には、赤と青があり。購入時は、ちょいと悩みつつ青をチョイス。はい、青チョイス〜。にゃふー。
青草の別名は大葉、もしくは紫蘇。
なので言い換えると、青は青紫蘇茶です。紫蘇の香がお嫌でなければ、是非一度お試しあれ。