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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
191/239

191 くれた、モノに笑みを零し

12回目の13日の金曜日〜 改稿です(キリッ)!


いや〜、これを四分割するとか考えるだけ無駄とゆーか馬鹿な話でした。はい。 では、どうぞ。 上と下、あなたはどっちがお好みで? にゃーははー。






 洗面室に入り、着替えを置く。

 首に手をやれば、僅かに感じるざらつき。気分が下がるままに、服を脱ごうとすれば指輪の台座が目に入る。


 「…そうだ、姉さんにも報告しないと」


 呟けば心が沈み、気持ちと体も沈み込む。頭を抱えて思う事は、只一つ。『やっちまった…』に尽きる。一番使い勝手の良い通信手段と身分証を失った、この現実。これをどう補うかと考えるだけで… か〜〜 めんどくせぇええ〜〜。


 「あ〜〜、兄さんに頼むしかないよなー。家路を辿るだけなら、まだしも…  うぅ」


 頭をガリガリと掻けば、頭垢ふけと共に落ちるナニか。髪に絡む健気なナニかに悲しくなる。とりあえず、風呂に入ろう。


 「これも一緒に洗うか」


 食事もまだだ、アズサも待ってる。合理的に済まそうと考えると、礼儀がなってない!と吠える突っ込みに台座は埋めないと言い返す。あの魔光石の為に作られた台座でも、相方が眠りに入っても! こいつは埋めないし。


 何かの手間を惜しんでいる訳ではないと、服を脱ぎながら何故か自分に向かって言い訳してる。



 大事な片方を、永遠に失う。


 無骨になった指輪に洒落にも感傷にもならないモノが湧き上がり、こんな思考は洗い流すに限ると  そう、思った自分に「愚か」と呟く。指輪に、自分の過去を重ねた。道具の喪失に自分を重ねるなど愚かにも程が有る。誇らしくあれど嘆きは無用、嘆く事こそ愚かしい。誇るに流してどうするか。


 「お前は、俺の初列風切」


 光を失った指輪の縁に、軽く口付けた。




 ザァッ…


 頭から湯を浴びて髪を洗い、泡と共に洗い流す。排水路へと流れていく中に混じってるはずのモノは実用品。消耗する以上、何時か必ず砕ける。それが予定よりも早まっただけ。


 その消耗品に情を覚える。


 この割り切れなさが心を傾けていた証。自分が示す証に目を背けると貧相になれる。兄さんが言った通り、心が貧しくなる。そして貧しさは、貧しさの意味をも履き違えさせる。それこそが自分を見窄らしくさせる。


 見窄らしさ。

 それは、自分が選んだ成れの果てだ。なら。


 「豊か、に根付くは何であるか。 ふふ、間違いなく俺はお前に思い入れを持っていたよ」


 水と共に消える見えない欠けらに、流れていく物に、優しい想いを寄せて流せば  何だか、神官の真似事をしている気になれた。




 それから体を泡塗れにして、泡の滑りで指輪を抜く。台座だけになった指輪を眺め、改めて中を覗き込む。石が嵌まっていた底に小指を這わし、埋め込まれた小さな鉱石に触れる。


 「ん、お前は砕けてないな。あー、良かった」


 欠けがなくてホッとする。

 魔光石が砕けぬ限り、日の目を見る事のない小さな石に微笑んで優しく泡で包み込む。


 「馬毛のがあればなぁ」


 道具が無い事を嘆いても仕方ないが、ついぼやいてしまう。丁寧に擦り洗いをしていると、少し体が冷えてきた。湯を出し、自分の泡を流しながら洗い続けるが… これなら指輪を洗う間に湯を溜めていれば良かったか? ま、今更。そうだ、本来は埋める物を流すのだから送り水は盛大にだ。




 「よし、こんなものだろ」


 二、三度手首を振り。

 指輪から水滴を飛ばして、風呂を出た。







 どうしよう♪ へい、どうしよう♪


 一頻り、おねえさまへ文句を連ねていましたが、現実は変わりません。早いとこ決断しないと風呂から出てきてしまう… くうっ!


 とりあえず、魔光石の葬儀を恙無く終えるまででいーんだ。ご苦労様、今日まで有難うの気持ちで勤めを終えた石を送ってやる事が肝心なんだ! 送る前に気付いたら、しめやかな気持ちが飛んでスカって台無しですよ。しかし隠したら隠したで、あいつ絶対気が付きそー。そーゆーとこは目敏いとゆーか、注意力があるとゆーか… だからとゆーて、このままにして気付かないとゆー確率はぁ〜  低い。


 「先に片付けたと言えば通ると思うが… その後、俺一人でこの重荷を背負えと? 日が経ってから、こそっと出す? うわ、めっちゃ怪しい。出すタイミングを間違える… 又は見抜かれた場合… 追及されたら嘘を貫き通せる自信がない俺は正直さーん!」


 回避できずに縮こまる自分しか浮かばない。理想の前に、絶望が両手を広げて立ち塞がる。丸めたシーツとぐっちゃな指輪を交互に見るだけで、おろおろ感しか出てこない。


 「もう、こうなったらダブル葬儀で…  いや、ダメだ。そんなん手抜きだ。一度で済むのは合理だが俺の感覚は麻痺してない。合理で嘆きは薄まらない! あ〜〜〜 でも、一度で済むほーが心の傷は小さいかも〜〜」


 このまま見せた方が… いや、せめて順番を守ってだな。


 明確な方策を打ち出せなくても体は勝手に動いてる。ピコンピコンと出てる透明な矢印に従ってる。つまり、それはやはり隠せとゆー事で! だが、真意は違うのだ。そう、違うのだー。隠しも放置もできない以上、包むのですよ。包み隠して放置して 違う、置くだけ。包んだ状態で置いとくだけ。転がさないよーに包んどいたよって言えばいーだけなんだあ〜〜  そんで真実が判明する時は任せよう。手に取ればわかるんだから、本人に任せてしまおう〜〜  あー、もうおねえさまほんとにひでえよ。どうして自分がやってない事でこんなに頭を悩ませないといけないのか… なんか俺、ハズレくじ引いてないー?



 箪笥からハンカチを取り出して、パンッと広げる。広げて汚れを確認しながらテーブルに戻る。


 「おねえさまから貰った、おねえさまが刺繍したハンカチで包むとは… 何の因果だろうか? だが、これから行うのは隠匿ではない。陰徳である! 詐欺の隠蔽こーさくの片棒を担ぐ話とは大きく違うのだあ〜〜〜 そぉ〜れ♪ これで包めば摩訶不思議、元に戻るマジックショーだよ〜ん」


 気分一新、タネも仕掛けもないとハンカチをぺらりぺらりと回してマジシャン気分で被せようと「…そこで、何をなさって?」したあーーーー!


 「ぎゃー!」




 見られたあー!!


 バンッ!


 大いなる恐怖と少しの羞恥が脳を支配し、両手をテーブルに叩き付けるとゆーマジシャンとしてはダメダメな、初心者でもしないマジックショーをお見せしました。


 …はい、手が痛いです。痛いですが観客は裏方でセーフです!


 「クライヴさーん、驚かさないでえー」

 「風呂はハージェスト様でしたか」


 きちんとドアを閉めていかなかったあいつが悪いのですが、『今、何を?』の視線にはノーコメントでうにゃります。そんでベッドに目を留めた『どーしたんだ、これ?』は丁度いーんで説明する。ささっとシーツの元へ行き、来い来いと手招きしてシーツオープン。


 そんで、風呂から出たら庭に埋める予定にスコップを希望した。


 「…食事の前に致しますか?」

 「俺はその方が良いと、なんだったら俺がスコップ取ってくるし〜」


 連絡を任せて、テラスへ出ようと足を向ける。

 出てきた時、俺が居なかったら意識はこっちに向くだろうとも思ったのも事実だが、この場から逃げれるとゆーのも事実だ!


 「それでは、自分が仕事をしてない事になり」


 タシッと肩を掴まれて、待てを頂戴したのです。



 

 ガチャン…


 小さくも深遠を司るよーなドアの音。その後、やってくるのはキュルキュル君。どこぞのお犬様のよーにご飯の音に反応し、寝室から顔を覗かせる。目を細めて笑うクライヴさんが隣の部屋を指差すので、うんうんと頷きつつ部屋を出て見に行く。


 「冷めますから、このままで」


 廊下でワゴンと一緒に待機してくれてたメイドちゃんが、スコップを取りに行ってくれたそーです。そんで、他に用事を聞かれたがない。


 「では、失礼して」


 一緒に寝室に戻って、クライヴさんがテラスから降りて行くのに付いて行こうとしたら、バックバックを要請されたのでバックで部屋に戻ります。


 どーやら、メイドちゃんとの接触許可は降りない模様。


 立ってるクライヴさんを、ぼーっと見てて気が付くなんとやら。現在、手袋してません… うっわ、俺の危機感ゼーロ〜。手袋を取りに戻って嵌めまして。


 この危機感の薄さをどーにかせねばと思って気が付く〜 お祓い仲間。ええ、そうです。湯掛けお祓い専門官じゃなーくーてえ〜 そーです、既に分類分けが終わってる人でした。だから、いーんだよ。



 納得に文句なし。不許可に問題なし。


 部屋の中から外を眺めて、どこら辺に埋めるかなーと見回す内に動く姿。目で追えば、メイドちゃんがスコップを持って到着。クライヴさんに一礼し、何か言葉を交わしてグッバイ。戻ろうとするメイドちゃんと目が合い掛けぇえええええ!


 メイドちゃんは… いえ、メイドさんは瞬時に合いそーになった目を逸らし、小走りで去って行きました… メイドさんの可愛らしい小走りが丁寧な逃走に見えたのは何故でしょう。


 一二の三と思い出すメイドさんズ。

 脳裏の顔写真にデカデカと走る黒い… 黒いデッドマー… いやいやいや、生きてるから。死んでないから。とても聞くのが怖いのですが、メイドさんの間で俺はどんな評価をちょーだいしてるのでしょーか? 何か恐ろしい予感が…



 「お待たせ」


 なんてブルってたら本命が出てきたよ。さぁ、今直ぐこちらへお越しなさい。それがあなたの為なのです。さぁさぁさぁと手招きしつつ、俺もシーツへ向かえば。


 「ああ、待って。その前にだね」


 ちょっと、アナタ! なに、テーブルに向かってんのー!? あー!指輪を置くなんて後でいーだろが!? ちが、嵌めとけよ。そいつも一緒にだな!


 「あ、え、置くの」

 「え?」


 「あ、出られましたか」


 クライヴさん、グッジョブ! コトンと置いたら、ハンカチは気にせずにー はい、こっちにぃー!! だから、そっちに視線を向けない!! 包み損ねてんだから。 全く…  人が真っ白なひょーはくの心地で ちが、真っ青なはくひょーの心地で立ってるとゆーのに!


 ずるずるシーツさんを持ち上げ、顔を寄せて口元を隠してみたりしながら、二人の話が終わるのを待ちます。クライヴさんは、リリーさんの所にお使いに行く事になりました。いってらっさー。


 「借り物ではないから、許可も不許可も要らないのだけど… 今、居るからね。何も話さない方が気が咎めるし、直ぐにわかる事だし」

 「気遣いって難しいやねー」


 シーツに目を落として、こいつがリリーさんに謝る所を想像すると… なんかな。やがては、こーなる消耗品。あんなに綺麗な石でも、最後はこーなる運命です。まぁ、直ぐになるとは思わんかったけど。


 ごめんなさいと頭を下げる必要性… うーん、うーん、うーんんんん〜〜 「まぁ、あれを!?」って怒られたりすんだろか…



 「君を失った事で得た魔光石。君の手を取れたと、そう思った翌日に失うとはね。君の代わりは居ない、それでも君の代わりの様に  とても大事な石でした」


 しんみりした顔に、沈んでる声… 


 ほらね、だからこのまま送ってやりたいんだよ。

 戦闘中のグッバイでない以上、そーではない心をそーであると満たす事があ〜 必要だと思うのです。それが糧か餌か養分か、やがて熟して腐葉土に〜  なって、何時か  何時か、心に根差す 一輪の赤い薔薇を 咲かせてくれると思うのです。





 待ち時間に、一旦シーツを床へ置く。


 そしたら、同じよーに屈んで来たんでシーツの口をそっと広げる。二人して、もっかい砕けた石を見る。見てると名残惜しくて、ものすごーく残念感が出てきます。


 が、不意にきゅぴーん!と閃いた。

 瞬間、『ふははは、漸く俺に気付いたか!』と疑問さんが高笑いなさられる!


 「…なぁ」

 「うん?」


 あっちこっちに透明なベクトルを飛ばす疑問さん。『それが謎だと理解しろ! この哀れなる死体を前に考える事こそが名探偵への一歩なのだ!』と、力強くのたまわれ。


 「…俺、前に結界張ったけどさ」

 「ああ、言ってたね。一人で頑張ったって」


 「うん、それな。起きたら終了してた件な。んでな」

 「? 何、その振り?」


 現在、ぼやけてる謎を形に整えようとだな…


 「えーと、えーと、えーとな」

 「ああ、もしかして人の手で砕いた場合? 確かに砕けるよ、俺なんか歯でやった事あるし。石の特徴もあるけど、力を保有しているから形状と言うか… こんな風に細かな粒子には成り難いのだけど」


 違う情報が提供されたが、それはそれで近付ける。


 「じゃあ、終了の前兆ってどんなん?」

 「前兆?」


 「色が薄れる以外で。俺、お前が寝てた間にこいつをじーーっくり見せて頂きましてね? 頑張ってなーと、こう拝みもしましてね? なのに、何故、前兆もなーんもない状態からいきなり砕けんの? なんで? お前、何時した何した何処でした。ナンの力を使ったと? 着替えもせずに、どーしてあなたは寝てました? 一体、何をしたらあのキンキラキラキラがグッバイ言って終わるんだ?」

 

 隣の顔を覗き込み、首を傾げてキラリと目力乗っけて顔だけでも斜に構えてみせたらぁ〜 面白くない程にストップまほーを使えました。タネも仕掛けもございません、言葉一つでできーるマジックショーの開催でーす。


 


 おっと、しまった。

 フリーズドライは製法でマジックショーではありません。楽しくないので解凍です。さぁ、起動せよ!


 「セイルさんからあ〜 何か言われた? 仕事だったり?」

 「…ええと」


 その歯切れ、その視線。我は汝を見破ったりぃい!!


 「そうか、仕事だったのか… 俺、セイルさんに文句言うわ。口出ししていー立場じゃないけど、流石に昨日のお前に言うのは酷いと思うんだ。夜中だし、俺の事で疲れてたのに。お前の為に、セイルさんに猛抗議せねば! そーだよ、俺の後にやったから足りなかったんだろ? だから、指輪を酷使して砕けたんだろ? それなら、お前一人の所為じゃない! リリーさんに怒られるのなら、セイルさんもどーざいで同じよーに怒られ「いえいえいえいえ、問題なく! はい、お気遣いなく。倒れるよーな事はしていません。俺の行いは俺の事であり君が関わる関わらないの如何にも拘わらず俺の判断なのです。君が何処かに、誰かに文句を言わねばならぬ事など一切ございません! そこにあるのは俺の決断でありまして、そんな顔して君が文句を言う事自体がそもそもの間違いであります。必要に応じた結果の出来事です。ええ、それだけです。  ほんと、気にしなくて良いんだよ」


 その口調がバラしてんだろが!


 「なにその誤魔化しっぽいの〜」

 「いいえ、そんな低次元など」


 「てーいーじー。ふーん、思う心を潰そうとか」

 「いいえ、そんな滅相もない!」

 

 「じゃあ、きのーの晩は何してやがったあー! 言えー!!」

 「だあー!」


 とりあえず、肩からドン。この前は一発で倒れなかったから、今度こそ!


 「ぎゃー!」


 床に押し倒し、上を取った瞬間にそっこーでこーそくされた。ガシッと手足が巻きついて世界がぐるりん半回転、こいつの寝技を忘れてたあー! こーりゃくほーをこーち  あ、力まず落ちたら成功か!?


 普通は怖くてできないが! だらんと力を抜いてみた。


 「いだあああ!」

 「え?」


 「やりやがったぁああ!」

 「は? 俺、そんなにやって… え、え、えぇ!?」


 治りかけの打ち身さんが痛い。モロに同じトコが痛い! 結果として攻略できたが、捨て身に近い攻略は攻略ではない!





 しくしく泣いて、また湿布を貼って貰いました。あー、痛かった。救急箱がパタンと閉まる音を聞きながら起きます。ふぅと息を吐いたら、同じ息が聞こえた。


 「じゃあ、さっきの続きを」

 「えー」


 文句は一切聞きません!

 シーツを剥いだベッドに腰掛けて、やり直しです。




 平行線を辿り続けた到着点は、心の有り様を示されて終わった。


 「君の心が前に進んだから、置いていかれたくないと俺も進んだだけ。けじめ… では、ないけれどそれに似た行為だよ。砕けた石に感謝を述べても、惜しいとは誰にも言わせない」


 断定で終わった言葉は俺が望む答えではない。だが、答えではある。しかし、何をしたかは話さない。ムカつく。俺は話したのに、なんでお前は話さない? その理由を知るには話し合うしかないとゆーのに!


 かぁっと頭に血が上る。


 マジシャンが怒ったらショーは終わりと自制して、落とす落とす落とす! ストレートがダメなら転がすのだあ〜っと思考を横へ転がすと。


 足元にボールが転がってた。

 

 互いに弾むボールとボールはぶつかって、弾みで遠くへ飛んでった。なのに、遠くへ飛んだはずのボールが此処にある。俺の元にちゃんとある。色が気に入らないだけで、確かにボールは此処にある。


 あるんだよ。あるから〜。


 『もう、いいや』


 なんて事を言い出して終わりそーな自分の甘い頭を叱咤激励、あっちを向くのだ! 向いて進んでどーにかこいつが今後はそいつをぺらっと喋る関係に〜〜  なーるんだよーん。


 高い山は登るもの!!



 「なら、お前に反動はないんだな」

 「…反動?」


 「そう、返し。お前が使った大きな力の、反動」



 確認に即答しなかった。


 少し目を伏せ、考える。


 自分の中を探ってるよーな感じもするが、あれは思考の顔だ。思考してる顔だ。そう判断できる程度に見慣れた顔。返ってくる可能性を考える。つまり、したのは発散じゃない。対人になるじゃねーか!


 仕事じゃない、砕けた石、大きな力、誰かに向けた。誰に? 力を使って、けじめを? 誰に? 誰に向けた?


 断片的に拾えるモノ。

 胸に広がる、漠然とした黒いナニか。



 「ぶっ!」

 「あ?」


 いきなり吹き出した。


 「ぶわははは!」


 非常に楽しそーで俺の目と口がうにょります。誰に笑ってんだ、おまー?



 「あー、笑った。つい真面目に考えましたが、反動なぞあるはずもなく」

 「はい?」


 「あるはずなく」

 「…本当ですか?」


 「もちろんです。反動とは返す力ですよ? 威力を保ち、相手に返す。それには力が必要です。壁に球をぶつけて弾かれるのは、壁が力と立つからです。ですが、球は何処へ飛ぶ? 俺が投げたとして、俺の元へと反動で返すなら。そこには、どんな力が必要でしょう。もしも、先の軌道に乗せて返すだけと言うのなら。そこに壁さえあればとしか言わないのなら。 ねぇ、それどんな子供の頭(脳筋)?」


 理屈を伴う強い自信に茶化すよーな口調、ふわりとくれた笑顔は柔らかい。


 力が抜けてホッとした。

 同時に、影が消えていく。


 あるとわかる黒い影、形と成らずに消えていく…


 あれは混ざってる。

 あれに混ざってる。

 

 混ざり合う俺の心を反映してる。欠けらでも、それは綺麗じゃない。



 潰れた可能性を喜んでる。


 「心配のし過ぎ…」

 「そーです、もう一度やれと言われても無理ですよ」


 潰れる可能性を疎んでる。


 「無理?」

 「ええ、君がすっきりした様に俺もすっきりです。原動力もないのに何をしろと。気力も気概も割いてやる時間も、この心の中にはございませんよ? 行いへと駆り立てるモノなど何もなく」


 可能性が、潰れた。

 だから、繋がりも潰れる。


 潰れて、快哉を叫ぶ。潰れて、舌打ちする。


 「過ぎたる不安は独善に走るよ? 俺への心配なら考え過ぎ、不安を増殖させない為に君は何をするべきでしょう?」

 「え? えぇと?」



 可能性。

 二つ同時に芽吹いた可能性。


 笑顔に飲まれて消える、細い糸。糸が繋ぐ遠い世界。糸が紡ぐ近い世界。


 ああ、良かった。

 ああ、惜しかった。


 良かった、こいつに繋がらなかった。

 良かった、もう辛くない。


 ああ、良かった。筋の違う期待に染まらなくて。

 ああ、惜しかった。ざまぁと馬鹿にしてやれたのに。


 良かった、こいつに変な虫が付かなくて。

 良かった、醜くならなくて。

 

 ああ、良かった。全て洗い流された。

 ああ、良かった。維持してる。


 良かった。

 良かった。


 ああ、良かった。


 俺とは違う。

 違う。


 俺と違って、縁を取り持つヒトが居なくて ほんとーに  よかったあああ〜〜。




 「お返事は?」

 「…ぞーしょくちゅーは食い荒らし。荒らしは害虫指定で虫は捕るモノ叩くモノ〜〜 いぇーす!」


 ぷすっ


 アゲアゲで、ぐりっと顔を向けたら俺の頬に突き刺さる。なんとゆー応用力の高さを示すのだ!


 「ちょっと、ぐりぐりすんのやめてくれません?」

 「すっきりしたなら、今度は俺の話を聞いて下さい」


 「聞くから、その指と〜まれ」


 ストップまほーを掛けたら、効果覿面。だが、止まった指が離れない。おのれ!と今度はゴルゴン擬きに変身します。ギンッと睨んで石化を試みる。


 効果なし。みぎゃー!


 「昨日、はっきり聞けませんでした」

 「何を?」


 実力行使で手首を掴んで下ろします。


 「名前、呼んでよ」

 「あい?」


 いきなり変身、俺がゴルゴンに遭遇したもよー。行動阻害に石化が掛けら… 違う、なんとゆー事だ! こいつ、装備してる反射の鏡を使いやがったあー!


 「…そこで、どーして直ぐに呼んでくれないのでしょうねぇ?」

 「ほ、ほあ?」


 ひじょーに声がどす黒い! あああ、悪魔の到来か!?

 


 「……昨日、良い顔で君は寝落ちした。俺への評価ですよね? 評価に繋がったから、呼んで頂けたのでは? 寝落ちの、記憶抜け、とか言わないですよね? 俺に 堪能 させないと??」


 顔がずずいと近寄るので背中がずずっと仰け反ります。


 「まだ待てと? 完全に名前を避けていると理解した時から、俺は君に添っています。君の方針に沿っています。ねぇ?」


 なんか形成逆転、変な脅しを受けてます!


 




 「…ハージェストさん?」

 「はい」


 「ハージェストさん」

 「はい」


 「ハージェストさぁああん?」

 「なんでしょう?」


 「いつまで呼べばいーんでしょーか?」

 「気が済むまで」


 ひでーことを平気で言うので心が明後日を向きたがる… さぁ、言えと待ち構える視線をひょこっと逸らして、一二の三。はい、次でおそらく十二回目〜。


 「ハージェスト」

 「ん〜、次。お手」


 「ハージェストにゃーん  あぇ?」


 迷いなくぽちした自分の手を凝視。


 他人の手がぽちした俺の手をにぎにぎと… にぎにぎとぉ〜〜  一点集中する視線を引き剥がし、顔を上げる。向かい合う笑顔に溢れる快感と憐憫と口元の悪さに腹が立つ!!


 「適当に流そうとした結果です」

 「…うぉのれええ」


 「はいはい、意識はこっちですよ〜」


 ちょっぴり混じってたテレレレッレレーが飛んでった。


 「次は愛称で頼むね」

 「へ」


 「俺は金魚以下ですか?」


 冷気が篭る悪魔の声に首を振り、即行で「ハー」と呼んだら非常に微妙な顔をした。



 「だって、一回呼んだじゃん」

 「じゃあ、揃えるから君はアーだね」

 

 「え?」

 「アー」


 なんかおかしいな?と固まった。






 「ハー」

 「アー」


 「アー」

 「ハー」


 お互い指を指しつつ、名前を呼び合う。おかしい、何かとてもおかしい。おかしいから連続呼びをしてみる。


 「ハーアー、アーハー、アーハー、ハーアー 」

 「アーハー、ハーアー、ハーアー、アーハー」


 冷静に呼べば呼ぶ程おかしいです! のーみそアハハのキャッキャしてない状態で「あは、はあ」繰り返してるのって変態以前になんか変。こいつ表情動いてないし〜〜  しかし、息を揃えて〜 はい。


 「アーハー、アーハー、アハハハハハ」

 「ハーアー、ハーアー、ハアアアアア」


 アガリとサガリ。

 上と下。


 逆転現象で賛否が、ちが、意味がこんなに違うとか! つか、それよりもだあ!


 「ハーはいーのにアーがおかしい!」

 「いや、どっちもおかしいって」


 「俺は、ねーちゃんから「あーちゃん」と呼ばれてたんだぞ! それなのに、お前にアーって呼ばれたら変! 変、変、変! あーーーーーっ!」

 「そこ、無意味に叫ばない。でもまぁ、アーティスと被るから駄目か」


 「あ」


 そこで、俺はアーティスの名前の由来を聞いた。


 俺の形見だから、俺から一字を。めっちゃ可愛かったから、可愛い名前を。しかし、元が魔獣。だが、可愛い! だが、成獣になれば怪しい! それでも可愛い名前が捨て難い! 色々悩んだ結果、アーティス。女の子だったら、アーティアになってたそーな。


 「決める間中、アーアーアーアー言ってましたから」

 「うわあ〜」


 どうしても、名前はアから始めたかったそーです…


 「アーはアーティスにやりました。君はズーから始めますか?」

 「ごめん、ハーって呼ぶのやめるな」


 アーもズーもサーも却下です。しかし、そーなると俺の愛称ってなんだろね?


 「しかし、ついハーと呼びそうです。なので、これからはジェスと呼ぶ事にしまーす」

 「え」


 さっくり決めたとゆーか、以前どっちでもと言われてたし。




 「もう一度」

 「…だから、ジェス」


 「……… 」


 呼んだら、何故か遠い目をする。妙な顔して下を向く。だから、俺は先制攻撃を仕掛ける。


 「ジェスジェスジェスジェスジェスジェス、ジェース〜〜」


  呼ぶだけ呼んだら、なんか絶望な顔してこっち見た。



 「違う」

 「はい?」


 「おかしい」

 「へ?」


 「俺の名前なのに… 呼ばれてる気が全くしない! だあああああああ!!」


 頭を抱えて元気に吠えた。



 「なんでだ? アズサが呼んでるのにおかしいと感じる… 俺の名前なのにおかしい…」


 ブツブツうろうろ熊が歩く。

 変ですね。俺がおかしいゆったらスルーしたのによー。


 「ハー」


 呼んだら止まる。こっち見る。


 「ハー」


 もっかい呼んだら、じーっと見てくる。


 「ハージェ」


 差別化を図ろうと思っていたのですが、セイルさん達が呼んでるほーで呼んでみた。 …らぁ〜 なんか、『あー』みたいな顔した。それから、じわじわ〜〜っとキてるっぽい。すごく嬉しそうで幸せそ〜うな顔して笑った。


 どっちでもいーと言ってたのに、片方拒否して片方喜ぶ。呼んでる人間同じです。では、ここまで差が出る心は如何に?



 矢印は俺に出てるが、俺を素通りしてると思います。ええ、俺の後ろに突き刺さってる。どう思います、これ。



 「君が呼んでくれたら、どっちでも良いと思っていましたが訂正します。君ではない君が呼んでくれた名が、君の姿を投影したまま心に深く根差していたらしく。君に呼ばれているのに合致しない… 俺は固執します! ハージェで呼んで下さい!!」

 「うっわ、清々しく二言を入れてやんのー」


 堂々のキメっぷりに引きはしないが、呆れる感じ。んで、じと〜〜っと見てやった。そしたら、だんだん『ダメ?』って目がヘタレてった。


 「アーズーサ〜〜」


 ねぇ、呼んでよと聞こえる副音声。俺を、見てる蒼い目。


 「ハージェ」

 

 笑って、伸ばしてくる手に 笑って、手を広げた。




 世界。

 異なる世界。


 俺とハージェストの世界。

 個人という他人同士の小さな世界。


 世界が紡ぐ糸。

 世界が断ち切る糸。

 世界が広げる糸。


 世界が織り成す、その形。


 継ぎ目もわからない程、上手に糸を結べたから。俺は世界に溶け込める。染みと成らずに溶け込める。


 世界が安定する。








 規定オーバーに腹が鳴りました。

 ぐぅぐぅ鳴る二つの腹に安定供給が必要です!

 

 「うわ、いい時間になってる」

 「そうだ、食べよう! 今日のスープはなんですかー」


 「ここは任せた」

 「任されたー」


 ぐっちゃなままのシーツを纏め直し、足元に置きっぱなした救急箱を片付ける。

 これでよしとドアへ向かい、目にした花冠に首を曲げる。止まりそうになる足を止めずに、花冠を見ながら部屋を出た。




 


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