189 返す返すに自乗を重ね
六年前の今日、掲載を始め。
当時を思い出すと… ここまで時間を要するとは夢にも思わず。ええ、本当に思いもせず… 視力の事も含めて考えると、感慨深くなります。
一応。
本日の読みは かえすがえす です。自乗は二乗です。『二』より『自』を選択。副題通りの内容であると思っとります。
本音で言えば、唖然とした。
そこから、嘆きが生まれて「幾ら何でもあんまりだ!」と泣き喚く。
喚いた所で終わりにすると言った手前、文句を言うのは憚られ… 偶然だったにせよ、わかってないだけの事はあるな! 手紙を認めると言ったが、そんなもの。そ・ん・な・ものがなくても、この状態を見れば誰もが曰く付きだと思う。見た時点で引く。「つーぎはこーれを開けてみよー」なんて浮かれて箱を開けた途端、恐怖に染まる。
縁起が悪いを通り越して、妄執の塊としか思われない。
「なんにも見なかったー!!」
絶対、悲鳴で蓋を閉めるに決まってる。
余程でないと使われない事は確実だ。しかし、そうなると俺はどんな人間だと思われるのか?
あそこに仕舞い込む以上、管理台帳に名前と詳細を記載する必要がある。
代々続く整理整頓の心掛けで俺の性格が疑われるのは必至だ。詳細に自作とだけ書き込めば… 鬱屈した… 性格破綻者と見られそうで嫌だ。
しかしまぁ、まぁまぁまぁ〜〜 死後の事まで案じても仕方ないな。それこそどう感じるもどう考えるも、そいつの心が決める事だ。そこから、自分なりの読み解きに至れば それもまた一つの形となるのだろうし。
感傷。
ああ、未来への感傷。
過ぎゆくに惜しむべきものは何もなく、干渉も過干渉も望まない。
…だが、これはこれで楽しい気がする。
遠大な悪戯を誰かに仕掛けると考えれば、ニヤリとする! 必ず成功する物を血族なだけで手に入れられるのだから、当然と思わず少しは恐怖に決断を覚えて貰わねば。そうだ、人の苦労の果てにあるものを「簡単でしたよ〜」なんて平然とした顔で言う事を誰が許すか認めるか、甘ったれるな!! そうなると俺の仕事は事実を歪曲させない文面を残す事であり、且つ、心惑わす文面を練る事だな。
楽しくなってきた。
そう、話を振ろうとした。
それは嫌な笑い方だった。
僅かな時間であっても、目に付いた。あれは無意識ではないし、自嘲でもない。それはどこへ向けた笑みだと心で問いながら、問い掛けに返事をする。口にした心印に、成ってみせるは高みに非ずと自信を持って自分に告げる。
ああ、できるとも。
似合わない笑いも胸糞の悪い話も、君と育てる心印の糧ならば楽しみだ。あんな顔をさせる元凶の話だとわかるから、問わずにいて良かったと笑える。
負担と思うものはない。
本気でないから、遠慮なくどうぞ。
聞けば、確かに胸糞が悪くなった。
「降りた時点で一度は捨てた」
「そう、だーれが落ちてやるかと」
「しかし、現在その心意気が落ちた」
「…あ〜、落ちたとゆーより あげてぇ、すててぇ、ひろいなおしててぇ、きがついてぇ、ぼうぜんとしてぇ、ねんちゃくてきにはりついててぇ「もういいよ」
「いや、聞けよ。心意気だけは、こう羽を広げてだあー」
「広げた上で、忘れられない想いへと「進化はしません! ぐああああ、僻み根性よろしく付き纏いー!! べっちょり、ねっちょりスライムが羽に引っ付き取れませんー!」
どん!
拳でどんどん叩けば、手が痛いと顔を歪める。愚痴愚痴と繰り返す心に干渉の度合いが計れて俺の心も苛つくな。
「うぎー! んで、黒が白を食ったとゆー逆説でもなーんでもない事に笑ってやったら今になって今の自分を揶揄ってるだけじゃねーかとですね。そしたらなんか泣け、泣けてててててえ〜〜」
「うんうん、自分を理解」
「わかってもムカつく、のーみそから離れない。 これ、呪われレベルじゃね? あ〜〜〜 がぅうううう!」
とりあえず、元気に吠えた。
これを無駄吠えと言うのだろうが、一時的でも効果はある。話し始める前の顔も好きだが、今の顔の方がらしくて良い。
「大丈夫、呪われてないから。君が一人で回ってるだけだから」
「……にゃんこぐるぐる、くるっくるー!」
「はい、そこ猫逃げしない」
「にぃいいん!」
気持ちはわかるが、人でやれ。
そう言いたくなるが発散と考えると悪くない。律する事に失敗しているのだから、小さな律しは認めるべきだ。
「で、君はどうしたい?」
顔の歪み具合が答えを出してはいるけどな。
「希望を持ってもどーしよーもないから、こーゆー結果にぃいい! あ〜、りせいがどーとーのけっかいをひきおこしてー げろっぱき〜?」
「どの程度、吐き捨てたらすっきりしそう?」
「わかるかあ〜」
ごん!
「痛い」
「うん、良い音。予想外に良い音」
額を押さえて俯く姿は、口で言うほど吐けそうにない。
「あ〜、どうして俺は人と同じよーに捨てられないのか。考えても無駄の一言で終われるはずだとゆーのにぃ〜〜」
それを言うなら、どうして俺は人と同じ様に成功で終わらなかったんだろうな。まぁ、それこそ無駄吠え。
「はは」
軽い笑いで息を吐く。
蘇る記憶は光の乱舞。過去が黒であるなら、俺の黒は… 渦巻く光に満ちている。不幸の極みの美しさ。
「蟠りを胸に抱えて過去の事と流すは難しい。そして、俺も誰がやりやがったと思ってる。だから、君の想いに共感できる。憎悪に震える心に共鳴する。そこから生まれる共振に悪意が顔を出し、大きく膨れ上がる。だけど、同調はできない。それはできない。
何故なら、俺は同じではないから。
君と同じではない。その一点を以って増幅する事は無理だ。どうやってもできない」
自分の中の悪意が律する。
悪意のままに律して語る、それは違うと。
それを否と遮る俺はいない。
「うぅ、だから だーかーらー 俺の踏ん切りの無さに甘さがごめんでわるいー。どーしよーもないとわかってるのに変にすがってだなー。胸糞悪いだけの話になった。ほんと悪い、甘ったれてー ごめ、ごめごめごめえーー」
「あ、否定じゃない。鬱陶しいと突き放してるつもりもない。ほんと、ほんとほんとほんと。 あ〜、ほら 肉椅子どう? 此処、空いてるよー」
「それ、ちがう」
あ〜、乗ってくれないかあ〜。
「そいつ、会ったらどうしたい?」
「殴りたい」
「君と同意見で嬉しいね。でも、俺にも手段はない。算段を巡らせるだけ無駄。振り上げた拳で誰かに八つ当たりしてもね。手が届かない事が死者と同義であるなら妙案は誰にもない。居ない以上は擬きにも遠い。捨てる為の努力は空回り、他に興味を移すのも今一つ。なら、強制を掛けますか?」
「え?」
「ちょっとした薬みたいなものだよ」
完全な忘却は無理だが必ず薄まる事を伝え、理由は掛かり易かったからだと告げた。
「それ… 掛かり過ぎたらどーなんの?」
「飛ぶだけ」
「飛ぶ… って、もしやの記憶そーしつ?」
「ん〜、そうとも言う。でも、やろうとしてるのはあっちを向け。だから、飛んだとしても「俺は誰?」にはならない。なるなら、混乱からの〜「俺、何してたっけ?」の辺りからになるはず。もう少し深いと「あんた誰?」だろうね」
「アップしたデータが気持ちよく〜 ぽん!して ぜーんぶやり直し〜 ぎゃー! 却下、却下、きゃっかあー!」
この活きの良さでどうして乗り越えれないんだろなと思えば、一転して地を這う声になる。
「ねーちゃんとの約束を… 忘れてなるかあ〜」
「お姉さん?」
聞けば、優先順位が高いヤツ。約した状況を俺なりに想像すると、他を見捨ててでもと望んだ想いの強さに心が痛み、嘆きの深さに感じ入る。俺の姉と重なるものが悲しく、言わしめさせた屑が不快。
駄目だ、これは静観すべきではない。
「どう?」
「問題なーく〜」
や、腕を取られてベッドに転がされた時には「何をするので!?」とビビったけどさ〜。
「繰り返すけど、これは一助に過ぎない」
「あい、わかってます。敵は身内にあり。の、自分版な」
これから、俺の深層意識に巣食ってる例のヤツをボコってきます。もちろん、俺がやります。ナビっぽい事をしてくれるので安心してる。膝枕ならぬ足枕… いや、足が肘置き… うむ、開いた足の間にタオルで高枕を作って頭を乗せて寝転がったら足がオートで閉じるのです。両脇にできた肘置きに腕を乗せ〜 てるのですが、こいつの足が痺れるんじゃないかと心配してたり。
行うには密着面が必要だそうで、手を握ってたら俺が殴れない。それで暴れ出したらこいつが危険。寝転がるのがベストで、何かあっても肩を上から押さえたら楽だそう。
見上げる蒼い目が前を向いて、息を整え出すと〜 鼻の穴がよく見えるう〜。
ので、目を閉じます。俺も精神集中とゆーかリラックス。世界を超えてのボコりは無理。これは心の問題。ヤツを夢の中で具現化し、『ボコって終わろう!大作戦。』なのですね。
絶対、これですっきりする。
…俺の中のナニかを具現化する訳だから〜 結局、ボコにされるのは俺であって、 あり? ボコりでまさかの感情の欠如とかに なんないよな? な?
「始めよう」
不意に不安を感じたが、浸透する声に意識が従った。
…掛かり易くて怖い、怖過ぎる! この状態で誰かに吹き込まれたら一発だな。しかし、これが俺への信頼の証と思えば〜 良い感じ。
「…それで?」
時間を置いて短く問えば、同じく短く返事をする。間合いを図りながら問い続け、その時を待つ。躱して殴ろうにも、いきなりはきつい。だから、高める必要がある。それでも本当に殴れるのか不安だ。 …いや、それよりその後か。上手い介添えをしないと。
財布事情や交友を掛かりの状態で聞くのは微妙だが、まぁ仕方ない。
「…ぅ」
小さな呻きに唇が戦慄き、指が震え出す。
そろそろ始まるらしい。
静かに額に手を当て、残る雑念を払い感覚を研ぎ澄ます。呼気を確かめ掛かり具合に意識を向ける。
あの時と同じ、俺は振り向いた。
人様にめーわく以上のモンをぶち込んできた馬鹿のツラを見た。意外と細部まで覚えてて俺ののーみそカッコいい。そんでカッコいい俺は華麗に回避して殴ったる!
…おかしな事に情景が見えていた。悲鳴を上げて倒れた女に、振り向いたまま固まる者達。なんだ、これは?
背を向けているのが ああ、アズサだな。お、綺麗に躱した。やったね。
しかし、これはどういう事象だ。まさか、記憶の中に紛れ込んだ? なんだ、それは。
人に刃を向けた馬鹿が見えた。周囲の者達の顔が少しぼやけるのに対して、はっきり見える。 …これは失敗する訳だ。これだけ明確に焼き付いているものを忘れたいと願うだけで忘れられるのなら苦労はしない。
躱されて倒れ込む勢いに馬鹿のヤる気をみた。
俺を擦り抜け、殺到する周囲の人間。見慣れぬ服装に頭髪。流石に… こんな装いを捻り出す頭は持ってない。幾ら何でも持ってない。アズサの記憶を読んでいるのだとしても、無い知識に鮮明さと映像は持てないはずだが? 視認ともつかぬこれはどうなっている。
やばくないか?
繰り返す喧騒は、あれが倒れ、周囲に集まった者達に乗り上げられ、取り押さえられる事で終わりを告げる。アズサが殴っているかは不明で姿も見えない。人集りが壁となり、俺の視界は遮られる。この繰り返し。
完全に輪が閉じている。
延々と続くこれは望ましくない。
輪から外れる事を意識して、地を踏み締める。下がるも進むも良くはなく、地へ潜るは無理とみた。この足固めはきつい。ならば、天へ向かうのみ。
なんでこーなる??
ドンとして ひらりして すっころしたらあ〜〜 俺もすっころしかけてふらついてだ。
駆け寄るダチが機敏です。一人が俺の腕を引き、一人が靴で蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた刃物が滑ってく。俺をぶっ刺したはずの刃物を、つい目で追う。「ぎゃあ!」で、ハッとしたら靴で手を踏まれてる。そんで背中も踏まれて乗り上げられて、寄ってたかってギリギリされてる奴がいる。脱臼でも何でもしちまえよ的に容赦がない。そんで「警察にー!」が響けば、「今してるー!」で誰か電話してるし。
結果、俺の出番ない。殴る出番がなーいっ! 何度やっても反撃集団になった皆が取り押さえる方が早い、早過ぎる! えええー そんなんありぃー?
輪から抜けた。
世界は酷く暗かった。
その中で彼方に見える光の柱。白き柱に至る道を望めば所々で闇が凝り、そこに有るか無きかの儚い光が群れをなす。
しまった、離れ過ぎたか。
舌打ちしたくなったが極力避ける。感情はできるだけ緩やかにと自分に言い聞かせる。でなければ、俺が危うい。だが、こんな所で個を消すと俺が食われそうだ。
再確認に下を見れば、心臓が跳ねた。
「大丈夫かよ!?」
腕を取るダチの顔。ああ、こんな顔だった。返事をしつつ起き上がろうとしたら膝が笑う。足がブルってる。 …何度やってもブルってる。これも殴れない原因の一つ。そんで、それ見たダチが俺を引き摺って輪から抜け出る。
なんでじゃー!と叫びたい。忠実に再現しよーとする何かに叫びたい、俺に殴る出番を寄越せと叫びたい!
それでももたつく俺の体。サイレンとパトカーが到着。鬼の形相してる警察の皆さんが〜 任務遂行ガッチャン!されて〜 え〜 ええ〜〜。
足元に仄白く光る陣があった。
しかも円陣のど真ん中。
恐怖に一気に跳び退り、逃げた。が、着地と同時にまた光る!
『どわあっ!?』
心で叫んで連続で飛び逃げた。ら、足を着く度に着地点が輝いて俺を捉えて離さない!! 待てや、こらあ!
奮闘する気持ちは、次々と生まれた発光が残像を残す時点で諦めた。こんなの逃げれるか!
一度、暗い天を仰いで脱力する。早鐘を打つ心臓に一息入れて、一度頭を空にする。闇の広がり具合に頃合いを見計らい、目を泳がせつつ… 気合を入れて足元を見た。
何かの陣の真ん中に立つ、俺。
罠、捕獲、獲物、贄、供給源、原材料、動力、その他諸々一切合切思い付く限りの単語を並べていれば、じわじわと明確になっていく足元に乾いた笑いを貼り付けるしかない。それ以外にどうしろと?
咄嗟と言うより常識で逃げたが、よく考えればアズサの中だ。 …こここ、怖い事などあるはずがない!と自分に言い聞かせ。陣がある不思議に性根を据えて目を凝らす。
足が震える、この感覚。
地下階段。
ど〜やっても殴れない俺。代わりにギリってる皆。そんで此処は俺の意識の中。まぁ、寝てるから夢っちゃー夢なのか。んでも、動けるはずの夢で殴れないってーのは〜 どーしようもないヘタレだと? でも、ギリってるから許してるはずないし。
殴る為にしてんのに殴る事を躊躇う? おかしかね?
足下で淡く輝く陣を読み、心が衝撃を受けている。過去に刻んだ俺のモノ。
アズサの中に、俺の召喚陣が残ってた。
記憶の中に刻まれて、刻まれたモノが蘇り、その上に俺が立つ。
鮮やかに思い出せる現実で刻んだモノは既になく、その後、あの場で何人が希望を胸に新たに陣を刻んだ事だろう。
そうか、招かれたのか。
君が呼んだから、この情景が見えているのか。
これが俺を守っている。理屈で言えばそうなる。これはそうしたもの、至るまでの守り。だが、これを記憶の海から引き上げたのは 俺じゃない。
見てるだけで、感慨深さを通り越して涙が滲みそうになる。
ナンか色々混ざって本気で泣きそうで拙い。自分の名前が刻まれた陣を、こんな形で 目にする日が来るなんて誰が思うかよ。 手間が掛かった複雑な陣、その再現率の高さ… あれから今日で何日経った? それでこの再現ができるのか…
あああ、駄目だ。
胸が熱い、心が踊って涙出る。鷲掴みにされてガチで泣く。いや、落ち着け、落ち着け、落ち 落ちるわぁああ!
おかしいおかしいと唸ってたら、世界は俺を置いて固まってた。しかも奴がちょーどすっころして伸びてる状態。一人動ける俺はそいつの前で立ち止まる。観察する。それから、周囲を見たら 皆が居なくなってた。空気がキラッてるよーな気もする。でも、こいつはいる。消えてない。靴でコツンとしてみる。石のよーだ。
思い切って頭に足を乗せる。ポーズを取ってみる。
うん、これはあれだ。公園にあった芸術作品に子供が足乗せて、いえーい!やってる感じだ。硬くて人でやってる感じがしない。全くないんで、ぎゅうううっと踏んだ。割れなかった。頑丈だよな、石。
感激からの興奮を何とか落ち着けて、陣に見入っていれば何かが見えた。何かがあるが… 妙にはっきりしない。遠近感が掴めない。
悩んだ末に、そろそろと顔を陣に近づける。ナニか自分が変態になった気がするが… そんな事は言ってられないので息を吸ってえ〜〜 がぼっと顔面を陣に突っ込んだ。狙い通りに顔が抜けた! 多少ビクつくが頑張ったお陰で綺麗に見えた。
顔を上げて思案するが、これまたわからない。何で俺の召喚陣の下に、もう一つ陣があるんだ?
再度覗いて観察したが、こんなの俺は知らない。読み解けないから用途は不明。しかし、何か似たよーなもの見た気がする。どっかで見た!と言い張る記憶に首を傾げる。傾げながら見る世界は暗く、アズサは見えない。遠く見える光の柱は絵画の様。召喚陣の上にいる意味を考え、また顔を突っ込む。
決めポーズを変える内に思い出したのは、セイルさんの言葉。綺麗にしてもあった事はなくならない。んでも、掃除をすれば綺麗になる。
「この場合でも〜 殴るとゆーは ぼーりょくで〜 振るうさーきは 自分です〜 そうなると〜 じーこけんおになりますが〜 付属がつーいて じしょー行為になるのです〜 うひゃー」
にこちゃんで歌い、連続で石頭を踏み続ける。片足で高速腿上げっぽくやると、すんげー運動。小刻みでやるべき?
「は、は、は、はああ〜」
素晴らしい息切れに、座って一息入れます。どれだけ踏んでも変わんないスライディング彫像だけがある。どうすっかな〜、これえ〜と思っても消えない。天を見上げて「ナビゲーターさん、見えてるー?」と両手を大きく手を振ってみたが返事はない。
「あちゃー、連絡なっしーい」
頭を抱えてうーんうーんと考えて、顔を上げたら俺が居た。第三、お前一体いつの間に!?
こっちを見ずにお尻ふりふり、尻尾ふりふりで馬鹿のスライディング彫像に向かってジャンプした。
…これはあれだ、縮図だ!
細部まで脳みそに叩き込んで漸く似た部分に思い当たった。地図だろうと当たりをつけたが、何処の?は不明で何故に?も不明。見慣れない形の陣だけが俺の勉強不足を嘲笑う。
誰がアズサに見せたのか?
誰がと思えば、思考が乱れる。他人がと思えば腹が立つ。どうやってと考えて、自分の愚かさに頭が痛い。今、此処で考える第一思考は違うだろ!
誰が、ではなく… 俺が見て、陣があると知り得た意味のはず。間違えるな、わからないなら思考を伸ばせ。先に伸ばして枝葉を広げろ。裏に張り付く意味はなんだ?
猫がぴょんとすりゃ楽しいね〜。あ、それぴょんぴょんぴょん。
第三が彫像を踏み付け乗り越え遊んでる。向こうに行ったら、また踏んで、飛んでこっちに帰ってくる。それをぐるぐるぐるぐる楽しそう。微笑ましくて可愛くて、やる事ないからぼーっと見てた。足も疲れてたし。
「あえ?」
彫像、踏み付けずに飛んでた。
あっち行ってこっち行ってを繰り返す第三は難なく飛んでた。
何時の間にか彫像は小さくなってた。よく見ると、なんか… 水蒸気っぽい感じで光がふよってる。形が形のままに小さくなって… いや、崩れてんのか?
なんでか最後、柵っぽい感じになった。つか、ハードル? 違うな、花壇の可愛いのでもないし〜 でもこれ、子猫がらくしょーで飛べる高さだから柵とゆーか玩具…
「な、おいで」
手を広げると、ぴょんと飛んでstop。俺見て、後ろ見て、見て見て見て見て 首を動かし、ラリー戦。はい、猫バックしま〜 百均柵を後ろ足キックで蹴り倒した。キラキラキララで消えていく。
これも世界に帰るでいーんでしょーか?
飛び込んできた第三をキャッチして、見てたら全部消えてった。空気中が綺麗。第三を見たら、何でかブルーアイズになってた。鮮やかなブルーアイズ。んにゃっな感じで笑う。連続うにゃにゃにゃにゃで俺に頭を擦り付けて顔を上げたら、ブルーアイズじゃなくなってた。
没頭していたが、ふと気付けば陣が薄れ始めていた。変化に身構え注視すれば、下の陣が見えない。代わりに見えたのは、白円。そこに被さった黒が何かと思えば、人の姿。
眺めるは君の影。
覗き込む肩が震え、白の世界に見入る姿に 暗い天を仰いで目を閉ざす。祈りの如く閉ざせど、祈りに捧ぐ詩句など出てこない。
代わりに十五を数えて目を開ける。今度はそこに泉が見えた。泉に映る長い黒髪。揺れる水鏡が像を結んで映し出す人影に自粛すべきかと視線を落とす。が、膝の上に灰色の塊を見た。
疑問と好奇心が「今を見ねば!」と身を乗り出し、理性の頭を押し下げる。「それでも!」と踏ん張る礼儀に誘惑が撓垂れ掛かって取り込んだ。
ごめんねと、ちょっと覗き見。
「情の海に棹差せば〜 豆腐の、角を えぐりとるぅう〜」
最後を伸ばしてみた。
そしたら、少しだけ世界に響いた感じ。まぁ、言ってる事はあれですけど〜。
膝の上でべったりな第三の背を撫でながら、砂にもならずに消えた場所を眺めてました。もういいやね。人の手を借りて、ほんと綺麗になりました。自分の力じゃ当たり散らしてすっきりしても、開かずの間になって片付く事はなかったでしょう。no、ゴミ屋敷! なーんてね、感情はゴミじゃない。
世界を見て、第三を見て。
胸に抱えて立ち上がる。目を合わせて、頬擦りする。
「よし、帰ろっか」
袖を引かれる感覚に呼び声を聞いた。何処からともなく響いた声に、「ああ」と立ち上がれば 水鏡は遠く、小さくなっていく。白点となって閉ざされる夢の扉を見送れば、光の柱の前にいた。下から上へと立ち上る光の不思議に下を見ると、枝葉を大きく伸ばそうとする若木。
…なんか今、全体が 急に でか く、ならなかったか?
風もないのに妙に大きく揺れた木に動き出すかと思った。見間違いでいいよーだ、疲れてんな。
アズサの心の中なのだから木が太るのは良い事だ。そうだそうだと頷いて、安定して大きくなぁれと願う。そして、帰り道だろう光の流れに手を入れる。
『うわ、流されえー!!』
びっくりどっきり、見た目を裏切る流れの速さに飲まれた。
「んで、その後でお前そっくりの〜 ブルーアイズ〜〜 んでな、そんでな」
一緒に横になって聞いているが、話が彼方此方へ飛んでいく。俺の目だと言われても… 何もしてないぞ。やろうとした一助は浄化ではないし、自浄だと思うが俺だと言うなら回した力が自浄作用にでもなったのか? うーん、作用なら〜 一応は俺の手で〜 いーのかあ?
それにしても、殴るより数倍疲れる方を選んだのか… すごいなぁ、俺なら選択肢にも浮かばないってのに。ほんと同じじゃないな。
「ハージェスト、あり が」
「……はっ?」
耳を素通りしかけた言葉に目を剥いて、慌てて顔を向けたが時すでに遅し。
眺め。
手を振る。
駄目だ、完全に寝てる。
……声が小さくなっていたから、そろそろ寝るなと思っていたが もう少し、もう少し待って欲しかったーー! できれば、落ちる前に いや、落ちるからか!? うわああああ、もっとちゃんと聞きたかったぁあああ!!
だが、しかし!
到達、達成、解禁、前進、名前呼び!!
反芻すれば花が咲き、星が煌めき、彩虹が橋を渡して俺を呼ぶ! 疲れも一気に吹き飛ぶ、いやっはあーーーー!!
噛み締めれば噛み締めるだけ鼻息が荒くなる。枕に顔を埋めて叫びを堪え、時間を置く。自分自身に喝を入れ、できるだけ静かに寝台を抜ける。
こんな時、一緒に寝るのは不便だ。それでも天蓋を設置していないだけ、ましと言うもの。あれがあったら気付かれる。天蓋が虫除けであると同時に虫取り網だと知ったら微妙だろうな。 ま、俺には関係ない。
長靴と上着を手にし、こそこそ部屋を移動する。隅で履き替え、きっちりと紐を締めてこれでよし。
「ちょっと野暮用を済ませてくるよ」
扉の前で小さく断りを入れた。
聞いてなくても、それが礼儀ってもんだ。
さぁて、本番といこうじゃないか。