184 心に還り
仰ぎ見れば、蒼天。
雲ひとつ無い綺麗な空から視線を戻すと、そこは木洩れ陽の新緑。そこから俯けば、土。自然豊かな小道を道なりに、とっとっと とっと とっとっと〜っと進んで行っても行っても木々の終わりが見えません。肝心の道も下生えのガードに沿って歩いているだけなので、道かと言えばよくわからずう〜。
お、前方に明るい場所を発見! 脇道のよーです!!
「ありゃ…」
新たなルートは上り坂でしたあ〜。
「はぁ、ひぃ… うおー、着いたぞー!」
そこには青く輝く湖がありました。
どうやら、俺は防風林の中を歩いてたよーです。あえ? それとも防波堤? どっちにしても、この湖を守る為に取られた措置だと思うんですけど。
…はて、そーなると見当たらない人家と人は? うにゃは?
「マイナス思考はポイ捨てに限る! にしても広いな〜、対岸も同じ光景だな〜。人がいない綺麗な湖とくれば神秘の湖とか? 立ち入り禁止区域じゃない事を祈るう〜」
緑に囲まれた湖は広くて全貌がよくわかりませんが、全景の中心はより青くて綺麗です。森林浴の先には絶景があって癒されるとゆーが本当らしい。木陰を出まして、てけてけてって〜っと降って湖に向かいます。
「わお、泳ぎたい」
覗くと透明度が高くて綺麗です。魚は見えません。飛び込むには、ちょーっとばっかし高いんですが〜 十分な深度が見えるので問題はなさげ。泳いだら気持ち良さそうだし、湖面は凪いでるし、上手に飛び込めばいけるっしょ。
このまま、どっぽんしよっかなー。
「…ダメだな」
飛び込んだら最後、上がれるかわからん。着替えは大事。よし、無理せずあっちに見える砂浜に行ってからだ。
ぽちゃん!
「ん?」
てってけてててと歩き始めたら、後ろで水音がした。
振り返ると、さっきまで居た場所に灰色の小さな塊。シルエット状のそれは前傾姿勢。崖と言えば崖な端っこに手を掛かけて、尻尾をピーンと上げて、湖を覗き込んでおりましてえ〜。
「え? ね、こさん?」
ちょいと手を動かし、更に覗き込む! 危険な状況です!! 急遽、方向転換しましたら、灰色が自動後退始めました。どんどん距離を取るんで良かったです。大声出して驚かせ、どっぽん!落ちたら大変でした。はれ?
後ろに下がった猫さんの尻尾が揺れに揺れてえ〜〜 伏せからの駆け出しぃいい!?
「うにゃーあ!」
「ちょっ、猫さん! 何してんのーー!」
ちらっと、こっちを見た顔は。
俺でした。
飛び込む猫は、俺でしたあ!!
バッシャアアアン!
「いや待て、ちび猫には高いって!!」
慌てても、もう遅い。綺麗なダイブを決めた灰色の塊は湖に沈み… しず、しずう〜〜?
バッチャ、バッチャ、ジャブ、ザブ!
…はい、めっちゃ猫掻きしてます。溺れてません。はっはっは、ちび猫は水を怖がらないスイマーでしたね! だって、俺は泳げますもん。
バシャ、バチャ、バチャチャ!
……水を叩いて遊ぶのはいーが、どーして沈まないんだ? 泳ぎになってないのに遊べてる。浮き輪ないのに、ふっしぎぃ〜。
スーイ、スーイと水を掻き。
今は落ち着いて楽しそ〜うに泳いでます。ちび猫が全身で生み出す波紋が凪いだ湖面に広がっては消えていく。穏やかで長閑な光景だが、こいつはどうやって上がる気だ? あ、そか。人と違って爪があるからクライマーになれるんか。 …登る体力残してるんか?
「おーい」
呼び掛けに顔を上げる猫。どう見ても俺だと思う。鏡で見た俺の顔と瓜二つ… 猫さんなら、あんな馬鹿っぽい… 違う、考えな… 違う、そう! あんな天真爛漫な顔はしないと思うんだ!
「待て待て、スイマーでも猫だから。遠くに行かずにこっちにいろよー」
「にゃがあ!」
呼び掛けと同時に慌てふためく猫の声…
「どした?」
「にゃが、にが、にゃぎゃあん!!」
切羽詰まった声に必死の形相… バシャバシャと水飛沫が…
「まさか… お前、足攣ったんか!?」
「みぎゃー!」
「嘘だろ、おい!」
顎が外れそーなくらいに驚いた。が、ゆーちょーに見てる場合じゃないので飛び込んだ。
「ぐあー! 水飲む、水飲む、ぶへえええっ!! 飲んで たまるかあー」
現在、必死で猫掻きしてま! 俺はちび猫を助ける為にあそこから飛び込んだとゆーのに、何故に俺はちび猫になっとんじゃーーー!? しかも、溺れてんのは俺だけで、あいつはどこへ行ったんじゃーー!?
てか、俺か! 俺だから、俺か! 俺の他には誰も居ねえ!! うわ、頭冷静にぱにぱにぱにぱにぱにくってー このままだと俺が沈む! 沈んで猫の水死体が浮かんでしまうー! いにゃああああっ!! ん? しず? あり?
非常に冷静に動くのをやめ、悟りを開いて浮かびます。ええ、開けば全て『ぷかあ〜っ』と浮かぶのです。ですが、ふゆーでもじょーぶつでもありません。それは早くて違います。
一切を無にして動かない。
生と死の境で心静かに浮遊しつつ、そうっと右足と尻尾を動かす。次は左足。こちらも普通に動きます… 尻尾で舵取りふーよふよ、俺の体もふんよふよ。うや?と思うので、今度は自分の意思で沈みます。いえ、潜ります!
ふよ〜〜ん。
妙に体が浮きますねえ?
「それにしても、何時の間に治ってたんだ?」
湖面に浮かんでゆらゆら遊びと謎解き遊びをしてますが、落ち着く為に一口ごっくん頂きましょう。
「うえ、しょっぱあー?」
ごく僅かだが塩辛い… ここは塩湖か!!
「うあ… この透明度で飲めないとか… あ、だから沈まない。そーか、俺の浮力だけじゃないのか〜 なっとくう〜」
日が落ちて、星が出たら、この湖はそれはそれは綺麗な星映す夜の鏡となるんですね。うわあ〜、見てみたい〜。
「待て、猫ボディがパリパリに。喉がカラカラで干涸びるだろ!!」
ゆっくり浮かんでられません。やべえやべえと戻るがあ〜 うにゃーん、高いですう〜。
ぷすっと猫爪立ててみますが、見掛け以上に脆いらしく剥がれ落ちてしまいます… 俺の体重を支えるほどの強度がないなんて… あの砂浜まで行くしかないんか。ひっでえ〜 だから俺はあ〜 はうっ! それよか体力が尽きる前に辿り着かねーと!
崖に沿って泳ぎ始めましたらば。
「あれ? 妙に…」
泳ぐと体が変に揺れる? ??
きょろって遠くを見てもよくわからないが、なんだか体が揺れる感じ。そこで、はたと気が付いた。ゴミがない。いや、落ち葉がない。目で見て流れを計るものがない。空に鳥はいないし、やけに静か。
バシャン…
「!」
し、白波!? まままま、まじか!?
今度はザブッと体が揺れた。急激に水嵩が増して波立ってる! まさか、どっかで海に繋がってる? これ、潮位か!? いや、潮位にしても異常だろ!!
「ど、どうしたら!?」
逃げ場がない! 原因不明の流れに引き込まれ、沖へ運ばれたら… 助からない予感がする、猫ですし。運良く流れに乗って砂浜に着けたら、さいこーですがぁあああ! いやー、猫ボディが回転するう! 大回転したら猫、助からなーー!!
「うぎゃー! あああ?」
一気に増した結果、持ち上げられた猫ボディは奔流に波乗りして林へと強制送還させられました。あっと言う間に木々の間に突入です!
必死の思いで幹にタッチ、爪でガリッと掻きついて第一波を遣り過ごし、上へ上へと逃げますが木が揺れるです! 先端だと危険です!!
いにゃー、怖い〜。俺はあなたを離さない〜。
「た、た、助かった?」
揺れに揺らした流れの果て、突然の洪水か氾濫は収まったよーです。何が原因なんでしょー? 掻きついたまま湖のほーを見ますと〜 不思議な事に綺麗な湖、見えたです。あれえ?
「普通、水は濁るんじゃ?」
砂がないとか嘘でしょう?の疑問に首を伸ばして頑張りますが、これ以上は登りたくない。ので、見える範囲で目を凝らす。キラキラと湖面を反射する光に猫目が少し細まりますが、氾濫の形跡すらないってどーゆーこった?
謎は謎で解けませんが、とても綺麗です。雨上がりにも似た透明感と深まる青さに不思議と嬉しくなりまして、何の満足か猫の気分は上がるです。
にゃふ、にゃふふん。
「そーれっ だああ!」
慎重に降りて来れたので、最後は地面にジャンプしよーとしたらあ〜 片手の爪が外れなかった… 猫は宙吊りになりかけたあ〜。
「ふ」
猫ぶるぶるは合理的、恥も捨てれます。盛大に何度も繰り返して、ふんわり猫にはなれなくても貧相猫とはおさらばです!
よしとお座りしたがタオルが恋しい。全自動温度調節機能付き『ふわん』が恋しい! 無い物ねだりしながら猫エアロビしたら、これまた不思議な事に気が付いた。地面がべちょってない。どんな速乾作用か既に乾き始めてる… ここ、林の中ですよ?
解けない謎に挑んでも解けそーにないので放置。そんな事より大事なのはお日様だが、どっちに向かって進めば良いのか? 現在地は不明で湖に戻ろうにも緑のガードは復活済みだし、猫の視点だと〜 ん?
「あっちか?」
どこも違わない木々の中、あっちと感じるものがある。そっちをじぃいっと見つめていると、心が浮き立つものがある。よし、行ってみよう!
「え?」
驚きに足が止まる。
駆け出すと俺は人に戻ってた。
戻った俺の前をちび猫が走ってく。あいつ、どっから出たよ?
「にゃんにゃんにゃー!」
「あ、俺! 俺、ちょっと待てえ!」
迷いのない足取りで跳ねるちび猫の背中が遠く… あっさり、見えなくなってー! やべえ、置いてかれる! つか、あいつはどーして濡れてない!?
焦って追うと、木々の間に光が見えた。
光る道標を目指して緑のガードを突っ切り、林を抜ければ、開けた場所で浮かれ猫のステップを踏む灰色を発見。灰色の頭上で輝く標が散開、降下。小さくなった光が灰色を取り巻くが、好き勝手にチーカチカ。それが徐々にステップを真似て刻んで踊り出す。
踊り回って上昇と降下を繰り返しながら輪を狭めたら、一気に上昇してピカッと再結合。ステップを脈動に変えた光が空で輝く。
降下する光。
見上げる灰色。
光の前の灰色は。
何だか、色が薄れて見えた。
「にゃーん」
自分の声で我に返り。
「そこだ!」
歓声を上げたら、俺は飛び込んでる。
一瞬が同じ。
同じ時のステップ。
俺は俺、俺が俺。だから、同じ。重なるステップ。 ほら、一緒。
「匂いにも反応しない深い眠り、か」
起きない異常は最初の読み通りであれば、正常の範囲内。絶対の休息に焦るなと心配する自分に言い聞かせると、手持ち無沙汰に突っ立つ自分に苦笑する。
今の内に対策を講じねばと意識を切り替え、椅子に座り、「今後をどうする?」と自分に問う。
目を閉ざせば思い出す。
鮮やかに火花を打って散らした。
あれは俺だと驚いた。火花と化した俺の力は、あんな風にも広がるのかと 心の何処かが感激した。自分の力だ、見紛いはしない。彼の中に俺が有り、有るが故に火花となった。
消えゆく火花に、あれは俺だと誇らしく、心が弾んだ。
お陰で疑いは晴れたが、後には新たな暗雲が漂う… 現状は俺だけの問題だから、まだ良いはずだ。が、恐ろしい。
「普通に目覚めて普通に起きて、何処までも普段通り。心身共… そう、心身共に異常は認められなかった。では、問題。就寝中とはいえ、どうやればあれだけの量を保持者に悟られずに得られるのか?」
問うても返事はない、寝ているだけの様だ。
これで返事があっても怖いが、俺は君のやったったの方が怖い。
「はぁ…」
少ない代わりに補う早さは一律に近いだけで、体調に左右されるもの。どう考えても、あれは俺の一回分じゃない。全量放出しても、あの火花には足りない。
「呼応からの増幅… 呼応とは一つの切っ掛けに過ぎず、増幅は拡大ではない。拡大に似るは膨張であり、それらは力の向きを指す。故に体外で可能である。対して増幅は体内で行うものである。その行いに似るは複製であり、体内で行う故に個が混じる」
声に出すは自分への得心か、公理への疑問か。それとも、君に聞かせたいのか。
「あれは純粋に俺の力だった… 姉さんも、そう視た」
俺を強く抱き締めた姉さんの腕。問われるままに言葉を返しつつも、全身で俺の保有量を探りにきたのには驚いた。『あれだけの量を!』と目で叫ばれて、漸く頭が回った自分自身にぞっとした。
そう、あれだけの量。
干涸らびていても、おかしくない。
瞬間的な身震いに強く抱き締め返して測定を願えば、姉さんの目から強張りが溶けた。言葉は短く、時間は掛けず、不審を匂わせない問答に自然を装う手が肩口をするりと撫でて滑り、重ねられ、指輪に触れて。
安堵の眼差しに、座り込みそうになった。
気が抜ける俺の腕を支えて額を合わせ、『ノイちゃんは驚かせてくれるわ、ふふっ』と結ぶから、素直に『はい』と答えて 笑顔を交わせた。
裏を表に返す事なく任せてくれたのは優しさだ。言及は追及を潜ませて波及する。避けるべきを避けて留めた。姉さんは、真実アズサの味方で俺の味方。
「あの火花に君の力が混じっていれば、わかり易かったのにね。ほら、俺の理由はそっちだから。事実、増加したし。君の第一の力は、どっちを向いているんだろうね?」
目を閉じ、今までの問題点を浚う。
猫が笑うと鍵がいかれた扉が出現し、何かの力に引き摺られる。落ちた先で石の飲みっぷりに水が途絶えた。大量摂取は必要で空腹だと訴える石に魔力水を注ぐと、致命傷を負わす気か!?とど突かれる。石が吐き出した僅かな水が広がれば、そこに黒点がポツポツと浮かぶ。黒点の中から小さな光が出現すると切り裂かれた。それが鋭い爪だとわかれば、人の手に取って代わる。伸ばされた手を掴まねば!と腕の伸ばせば、ずっこけた。そしたら神に寄せる祈りが火花を引き連れ空に向かい、絢爛豪華な花を咲かせ え〜。
おかしい、俺の頭はどっちを向いてる?
「俺を潰す量に引いたか?」
浮かぶ断片を取り纏められない頭に首を傾げて寝顔を見ると。何か、こう… 自分課題が『公理を求めるな、公理を見つけ出せ!』な気がしてくる。しかし、考え過ぎると恐怖が先立つ。
あれは搾取だ。
『搾取に殺意は要らない』
『完全な眠り』
『気付かなくて当然』
『否』
『搾取であれ、無事だ』
『連続出しか… 回数制限設けたい』
『回数、言うな』
『気付かない内に限界突破できるなんて最高だろ』
『希望的観測で死ぬとか』
『戦闘前に限る』
『あ〜、まーた頭を下げねえと〜』
『金で買えない有り難みに』
『回復と同時の全量搾取』
『ちびちび横流しする方が』
『無意識でのやったか、やっちゃかどっちだ』
『もう無理と泣いて懇願しても出せと強要される、アレ』
『かー、搾り取られて粕になる』
『粕は使えるぞ』
『捨てるのは滓な』
『なぁ… 「諾」で、どんな印象持ったと』
『やっちゃった肯定』
『それよか、問題は名前だ! 俺の自然な決意はどうなった!?』
『どうもこうもねえな』
『だから、待て! 対策を練るのに不要な螺旋を描くなっつーの!』
『そうだ、搾取と決めつけるな! 供給提供の可能性はどこいったー!』
『俺のやったったは、まだだ!』
『適切な供給に無理はない』
『二人で加減を見てやった!』
『すげえなー、二人して意識がなくても加減ができるのか。心も頭も要らねえな、不思議で終わるを公理とするか。阿呆が』
千々に乱れる思いが収束すると、答えは阿呆だ。泣けてくるが、この巡り具合はおかしくないので安心する。
「いて、いて いててて!」
安堵の泣きで目が痛くなるとか!
瞬けば涙が転がるが、それより痛い! 片目から涙を滑らせながら、そっと目元に指を押し当てると睫毛が付いてた。
「お前かよ」
指で拭うが、洗うがましと席を立つ。
「…?」
呼ばれた気がして振り向いたが起きてない。変化はない。部屋の中は静か。なのに、今… 胸に軽い衝撃を受けたような??
自分の体を見下ろし、胸を叩いて確認するが何ともない。
思考を回し過ぎて、過敏になっているのか? まぁ、こんな状態を鋭敏とは言わない。良くない兆候だ。少し頭を冷や 違う、離さなければ。
よし、顔洗ったら運動でもするか。
「ふぁ?」
「はい?」
今度は違った!!
ぼやあ〜っと意識が覚醒。尻尾旗が俺をこしょこしょしてるよーで、つつっと動く灰色を目で追うと、猫髭を震わせた俺はあいつを見てた。部屋を出ようとするのに、「みー」と呼ぶ。
ベッドから飛んで。走って。 振り向いた。 足を撓めて。胸に飛び込む。 …残念、届かない。服に掻きついて、もう一回。
胸に飛び込む。
…そうだった。そこ、俺の安全地帯な。んじゃ、あれは感知スキルか。あっは、猫スキルゆ〜うしゅ〜〜う。にゃーはははは〜。
あり??
疑問が湧いたら目が覚めた。
ドアのほーを向いたら、夢で見たとーりにあいつが立ってた。んで、どーなってんのか? うっすーくなった灰色ちび猫、服の間から顔出してた。小さな両手をちょこんと揃えてご機嫌な顔してた。 …なんだか見てるだけで俺も嬉し。うん、そこ安心な。
「気分はどう?」
「あー、さっきのみずうみー」
俺のどっかが、あそこほら〜ってってる。
「はい? 寝惚けてる?」
「うあへ?」
なんかよく見たら、ちび猫が透けてる? 不思議、透明灰色ボディが不思議。なんでじゃー?思っても夢は覚めない。目は覚めてる、服は見えてる。
「体、起こせる?」
「あー」
俺の背中に腕を回す。ちび猫、胸から飛び出ます。ベッドにぽふんと降りたら、くりっと反転。肩に向かって、とーうっ。透明になったちび猫の俺は肩乗り子猫になって鼻高々。猫頭を首から頭に擦り付けえ〜。
「じゃあ、水を」
立ち上がり、移動するのに合わせて肩移動。首の後ろを器用に動いて落ちません。
「はい」
「ありが とー」
ごきゅっ
飲めば意識がクリアになるが、ちび猫は消えない。ゆーれーな状態。しかし、水を飲んで体が活動を開始すれば膀胱が目覚めた。やばい。
「おおお、起きる」
「え、無理しなくても」
「漏れてまう!」
「…尿瓶?」
「ちーがー、手ぇ貸せよぉおお!」
起きて、肩を借りて、背丈の合わない二人三脚。漏れる漏れると意識がシャッキリしたら、ちび猫が居なくなってた。肩には俺の手があるだけ。
「はぁあ〜 腹もすっきりぃ〜」
「良かったね」
トイレから出て、また肩を借りて、よたよたとベッドに戻る。腰掛けてごろっとしたら楽、すんげえ楽。
「昼食をどうしよう?」
「はい?」
「昼食」
「うやあ?」
「だから、昼の食事を」
「…俺は遅い昼食を頂いたはずで」
「それは昨日です」
「うわお」
勝手に時間が短縮された事にビビりますが、何時もの脈拍測定からの問診と記憶の確認。そんで行われた触診で〜「ぐああ」からの湿布薬さんを要求。貼り替えの希望に、前の湿布さんが既に干涸らびてお暇されてたのを知った。
「先に食事を言い付けてくるから」
「頼んます〜」
出て行く背を見送れば、灰色が。
ちび猫、しがみ付いて背中クライマーやってた。尻尾が楽しそうに揺れて、振り向いた顔も楽しそうで、立てた爪が服に皺を作って〜 ちょちょいと登って肩乗り子猫に戻りました。
なんだ、ちゃんと居たんじゃないか。
「少し待って」
肩に乗ったまま帰ってきた。誰にも見咎められなかったよーだ。カタンと開けた薬箱を一緒に覗き込んで、鼻くんくん。肩に居ても臭うんかな? 体を起こして俺を見るぱっちり目が天井をぐる〜り回って戻ってきたら、いきなり猫頭を髪に突っ込む。髪が揺れる。
ん? 顎?
……ちび猫の頭が上下する。もしゃもしゃ、もぐもぐの擬音が浮かぶ。透明灰色ちび猫、人様の金髪食ってます!! あむっとしたら、もぐっとやって、上手に噛み切れないとなると〜 目と口をうにょーんとさせて、顔をふんっ!!
ブチッ!
はい、完全に幻聴が聞こえます。ブチブチ音がはっきりです。目視とは素晴らしい、のーみそが勝手に補完してる。
うまうまもぐってるちび猫は、体に掛かる振動をどうしてるのか落ちそうにない。ちょいと乗っかってるだけなのに、すげえなあ。
「できたよ、貼ろうか」
「…頼んます」
無事に湿布薬ができまして、貼って貰うのに何も見てないと転がります。パンツはズラさずズボンをおろーす。
「うお〜」
「はい、一つ終わり。戻ってて」
「うあ〜い」
膝に貼るので体を戻す。肩乗り子猫は満足したよーで、ご満悦な顔でぺろっちぺろっちしてました。そんで一旦、立ち上がったあいつの肩から跳躍の構えを取って『わーい』と俺に向かって飛びました。
「うえっ?」
「え」
「…あいたあ〜?」
俺の胸に飛び込んだ。消えた。
痛みも衝撃も水飛沫もなく、俺の中に消えたちび猫は… やはり、俺だったよーだ。俺だから痛くない。違和感がない。原理も何もわからんが、あれは俺で俺は俺だ。俺の中に俺が戻った。だから、あのちび猫は俺。
俺の帰還。
じわじわと胸に広がる熱は、さっきまでなかったもの。染み込む熱に弛緩する… これ、何の熱?ってたらあ〜 そりゃあ、俺が俺に戻った熱でしょう。違うとゆーなら、栄養補給を済ませて戻ってきたとゆーべきか? 髪は栄養? いえ、髪に栄養を与えよとは聞くのですがあ〜〜。
「はい、終わり」
「あ、お手数を〜」
「どう致しまして」
笑顔で薬箱を片付けに。その間、思考がフル回転。
語らない真実で真実が!と吠えたのは俺ですから、これで黙ってたら馬鹿でしょう。ええ、話さないと対応策が打ち出せず… 猫スキルに『泥棒猫』はございますが、今回のは盗み食いでしょーか? それとも摘み食いでいーんでしょーか?
嘘偽りなく伝えよーと思うのですが、伝え方とゆーものはあるのでえ〜 さぁ、どう切り出そう?
「…なぁ」
「ん、なに?」
「頭、痛くない?」
「は?」
「痛くないなら、軽くない?」
「…軽く?」
「いえね、結構もぐもぐしてたので」
上手に食って金色を零してない、現実に散らばるものはない。証拠はないから、こいつの理解か体感に頼るしかない!
「……誰がもぐもぐ?」
「俺が」
「何を」
「髪を」
「誰の」
「お前の」
「何時」
「さっき」
「どこで」
「ここで」
「どうやって」
「こうやって」
「…つまり、食事は要らない?」
「いいえ、下さい!」
徐々に近づいてくる人物に対して、今できる精一杯の声で返事をしたのです! 何か間違えたよーです!! 変な顔して来なくていいから!
「では、人と猫の君が同時に存在すると」
「そう、色付きの透明で」
「うわ、めんど臭い表現」
「あー?」
馬鹿っぽい言い方をすると聞こえたので、ブーイングする。
「俺は目も頭も誤魔化されていませんよ」
「…それなら認識が補完したのか、現実なのでしょう」
「あら? 物分かり良く」
「君の毛布は色付きの透明であったと聞いてる」
「わあ、話が際限なく脱線していきそう〜」
「そうだね」
二人して、どっかダメなしんこきゅー はああ〜〜。
「躊躇いなく、それはもう猫草を食うよーに食ってました。連続でブチった時には、にま〜っとしていた気もします」
「れ ん ぞ く」
言葉を区切る顔が愉快ですが、指で髪を弄ってるので笑えません。
「腹の調子が悪い時やゲロる為に食うと聞いたよーな? よく考えると俺の体調不良?」
「火花を飛ばした後に… 俺の髪を食った…」
「今は良好っぽく」
複雑な顔で返事がない。非常に対応困ります。
「ええと… 髪、軽くない?」
「…」
何とも言えない顔をして両手を髪に突っ込んだが、わかり易く鏡を見に行った。
「れーりょくは宿りますか?」
「ええ? れ? …生きているから髪も伸びる訳で」
「俺の髪、埋めたろ? あの時は〜「あれは、あの時に言った事が全てだし」
前髪を掻き上げつつ帰ってくるが… どこか上の空。椅子をガタッと引っ張って、ドスッと座る。口に手を当てて悩む顔に、のーみそきゅぴーん!
「そういや、怒りのにゃん蹴り食らったよな」
「は?」
「ほら、前に起き抜けで」
「…うっわ、何かもう君の夢占とゆーのか夢見とゆーのか…」
「そーこってえ〜 はぁげてなーい〜 でーすーかあ〜?」
「はあ!?」
「後頭部、こーとーぶぅ〜」
固まって、うにゃるが俺は見てない・確認してない。浮き立つ気分が俺にいそいそと起きる元気をくれました。楽しい遊びをしなくては。
「疑問ができたら確認しよう〜」
「現実になる訳ないから! 俺はそんな夢見てないから! あのね、人体に影響を及ぼす程の作用が発生し、尚且つ「はいはい、お客様。椅子の向きを反対に〜 いえ、それよりこちらへどうぞ〜 どうぞったらどうぞ〜」
楽しく、腕を伸ばせば停止した。その隙に引っ張り込んで頭皮の確認に入ります。手櫛で金髪を掻き分け、持ち上げ、上から下へ、下から上へと全体を満遍なくもしゃって頭の形状も把握。
「お客様、コイン禿げはございません」
「…何か惜しげな口調だね」
「いぃえぇ〜 ちっともお〜 ここへ向かう途中で発生してた疑問が解決されて大変喜ばしくう〜」
「…脱毛を期待?」
「まーさかあ〜 単にハゲてたら、どうしようかと」
「なんでそんな事を」
「いえね、とある所で若禿のお人がいらっしゃって」
「…実例か」
「なはははは、忘れてた過去問も解けてすっきりでーす」
しかし、現実問題は解けてない。右も左も髪の量は普通で変に切れた様子はない。そーなるとだ。
「君の食い意地が酷いと俺は禿げるのか…」
「うわ、どう見ても力を食ったになるはずでー!」
「ほんとかな〜?」
だああ、わかってる奴がー!
「髪、伸ばそうか」
「え?」
「暑いんだけどなー」
何となく、何となく♪ ノーコメント。
短い方がと思うが伸ばすのは俺の為、ならば俺が取る行動は〜 にへっと笑顔を返す事。それが心というもので、心意気を返すのだ! それがぐるぐる回り巡ってえ〜。
「はあ」
盛大なため息を吐かれると、現実に引き戻されて心苦しい。
「どーしてとか不明です。ですが、悪意はないはずで。遊ぶのはやめようと思ったら出てきてた。髪を食ったのも、お腹が空いたらお前がくれるの構図が出来上がってるんだと… 安全地帯だし。ほら、猫の行動は心に立ち返る事だと〜」
自分で言っても怪しいが帰還前と後では大きく違う自分がいる。今なら肩を借りなくてもトイレに行ける。
「あのさぁ… やっぱ、盗み食いになるんでしょーか?」
「盗み? あー、俺は搾り取られて粕になると思ってました。そして滓になったら捨てられるかと」
「え?」
「しかし、それは違ったようで。どうやら食い荒らされるらしい」
「うえ!? そ、れは大袈裟です! 空腹は清掃活動に従事した所為だと思うのです!」
「は? どこの清掃?」
「目!」
「は?」
「だから、俺は夢の中でお前の睫毛の林を歩いて刺激を生んで!「ちょっと待つ、さっき目が痛くて泣きましたが… それは睫毛の所為ですよ」
「…きれーさっぱり流れて新たな光が導かれ〜」
「涙で目が潤った?」
「…潤いではありません、煌めきに深みが上昇し!」
「…涙目とは、そーゆーものでは? それより目を借りたのではなく、目の中にいた? ……比喩でないなら塵と同じで眼球を傷付ける行為では?」
「いー にゃーーー!」
冷静に切り返すこいつが嫌いです!! そして本当に掃除したとは思ってないから、ピンチです…
「そうだ、レンズの掃除」
「はい?」
「ですよねー」
はい、どん詰まり〜。
俺も何がどーなってんのかわかりませー。あー、だから会話を〜 なーあ。
1と2のほにゃららが始まりました。