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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
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180 それだから、世界の鍵には遠く




 ヒトの言い分が煩わしい。

 何でもない言葉が、とても耳障りだ。


 繰り返しの唱えに其れ程までにと思い遣れど、それは真逆と下げ下す。


 それでも愚かにして耳障りなる言葉は  この心を揺らし、波立たせ、流れが告げる広がりに  これが自身かと不思議を覚え。 心に広がる細波の、流れを見つめて追い続け、どこで何がと機微を分けてはみるものの。


 波は形を留めない。


 流れの果てに深みへと沈みゆく言葉は  沈むが故に、この心に圧され、力を失い、解け、泡ともならずに潰れて消えた。何も残らない。



 心に残らぬ一時の、その時だけの激情の波は   それでも確かに刺激であったと。

 


 咲むは気付きし、この心の形の変生に。心の広がりに。広がりゆきたる、この心に。広がりを是として 気配きはいを喜び、喜びに行いを。



 耳障りには、返す笑いを  くれてやろうや。









 目の前に馬鹿がいる。

 どうしようもない馬鹿がいる!


 しかも、俺のアズサで遊びやがった… あんな奴が遊びやがった! 「証明を」と突き付けて、言われた通りの行いに全開で阿呆だと。阿呆だと…


 ムカつく。


 アズサのみならず、俺をも… いや、堂々と俺を馬鹿にしやがった。 はははは。 あー、殴りてえ。指が動く。腹に一撃ぶち込んで、胃液吐かせて体を折らせ膝を着いた所で腹を庇う腕ごと蹴り上げたい。蹴った所で泣き出す可愛げもないだろうから、遠慮な   あ、クロさんのが。


 コッ…


 

 瞬間で湧き上がり、溢れそうになった俺のヤり殺… 痛い気持ちは速やかに消えた。


 兄貴の靴先が俺の足に当たったのは、単に足を組み替えた所為。それは意図。だから、こっちを見ない。見ないが静かにしろと怒られた。反省。真面目に顔を取り繕って誤魔化す。


 そして、アズサが怒鳴った事に猛省する。


 

 俺が先に怒ってどーするのか。アズサの言葉を取り上げて、俺が潰して何になる? その事を考え考え考えて! 考えた頭で肝心な所でやらかしそうに。自分を先にぃい〜  猛省。


 猛省中でも言い分が癇に障る。

 殴りたくなるが猛省中なので沈黙を貫く。


 何より聞くに徹する兄貴を前に、勝手に動く事は『容赦無く殴って下さい』を意味する。してはならない。



 しかし聞けば聞く程、こいつの言い分に馬鹿さを感じてかったるい。


 召喚に対する無知の所為だと理解しても、神の領域だの実験がどーのと言い出すのを聞くと反射で入れる突っ込みが止まらないし、止める気もない。



 魂の実験なんぞ、してどーするよ? 誰もできないと自分で言った事実はどこいった? すれば腐りモノになるだけだろが。用土にもならんモノ(生塵)を量産して、どうする? 最後は処分に困って大地に埋めて土を枯らすか? 貴族を何だと思ってやがる! 妬みで世界が回ると思うなよ!!


 大体、そんな実験が容易にできればとっくに世界は変わってる。渡りができる奴の言い分、聞いてみろ!


 

 はぁん? 召喚獣なら神の領域に手が届く?


 か〜〜 それはまた壮大な夢を語ってくれるな。召喚は常に『相応しい相手』が付いて回る関係性だぞ。そこにそんな図式が成り立ってみろ、契約者も神の領域に手が届くになるだろが。


 神に届く? 俺の手が?


 激怒を通り越して発狂する奴が出るぞ。



 聞くだけで薄ら笑いになる俺は悪くない。俺の知識が俺を笑わせるのだから問題ない、どこにもない。猛省と自粛は別物だ。



 だが、仮定として。

 魂を扱う事が召喚獣であるから可能で、その特性を持つからできるとすれば。それは心と呼べるものがないか、自分達とは違う形をしているのだろう。楽しく遊んでいるだけなら、まだ心が育ってないのだろう。


 そんなのと、どうやって契約を結ぶよ?


 基本を超える偶然を否定しないが、責を負うが故に双方の意思の確認を第一にと掲げた召喚の理念をどーしてくれる。ああ? こぞって本気で殴りに来るぞ。


 …それでも人は人。だから、まぁ、ヌルい思考で、理念を軽視する者が。本当にヌルい、暴力と変わらない思考で増長する。 





 暴力、横暴なる力。


 他者を顧みず、後の事を考えない。止まる事なく突き進む力は摂理とも言う。それは揺るがぬ天意にも近しい。それに比べれば人が振るう暴力など鼻で笑う。容易い。いけないと制する事を圧と感じて高まるだけの感情なら、それこそ制御環があれば良い。




 それらを踏まえた上で、尚も魂の実験をと言うのなら。


 できる実験はある。魂を形と取り出す事はできないが、その善良さを計る実験であれば可能だ。左右どちらの秤にも対象者を乗せれば良い、それだけで魂の実験は行える。愚かしい程、鮮やかに結果が出るだろう。




 「…ぞー!」


 思考を遮る肉を打つ音に、怒鳴り声。


 アズサが怒って手を出した… 怒って、手を出した!


 『そこは拳で!』


 つい、自分の拳を握り締めた。心の中で快哉を叫ぶ。我慢からの萎縮が見え隠れするアズサがやったんだ! 偉い、俺が感動する! 一つ殻が剥けたねー。


 あー、その勢いが維持できたらな〜。安心が増えるのに… 代理闘争を頼む事も って、あれ? 向こうに代理闘争あるのか? 円卓なら〜 いや、円卓はどうでも知識があるなら、こちらはどうだと聞くはず。なら、あちらにはないのか? 擁護弁論形式だけ… だ、と言ってたか? あれ?



 明確に思い出せない事に悩めば、「抜きに!」の嘆きで菓子箱が浮かんだ。『しまった! あれがいった!』と顔を向けると、アーティスが食いに走ってた。がっぷりと食らい付く目と口は正直で、鼻に皺が寄る顔は本気だと怒ってる。なかなか離しそうにない。



 『俺の代わりにやったか!』


 そう喜んだのが拙かった。

 後々を考えると拙いから叱れば、不満も露わに「喜んで褒めてたじゃないかー」と言い募るのに心が痛む。判断に決断を間違えていないだけに叱り方が難しい。「なんで?」に「駄目だから」だけでは幼稚過ぎる。アーティスは賢い。


 しかし、何時でも何処でも心情が汲まれる訳ではない。わかって汲まない奴はいる。必要なのは自衛。可能にするは理解の為の時間。


 そう、体裁が読める事。


 犬に対する躾は我慢を覚えさせるもの。理不尽な暴力に対する我慢ではない。そして、守るべき対象に振るわれる暴力を見過ごす忍耐でもない! 


 要は美談になれば良い。

 そうだ、アーティスは健気な犬なのだから。


 周囲にそうだと分からせる為の追加行動を覚えさせなくては。



 …アーティスは賢い、ちゃんと理解できる! 今回と同じ状況において、どう行動すれば良いのか理解した。そこの呆けた人間に見習わせたいものだ。





 兄さんの隣に立ち、静観する。

 包帯だけで済まさず、着替えの手間を取った事を褒めたい。アズサに対する自主性の伸び率が良くて非常に嬉しい。



 「…て返せ!」


 これにブツンときた。

 猛省が続かない自分の忍耐力も問題だが、こいつの責任転嫁が気に食わない!と叫ぶ自分の心に従った。


 吠えて吠えて、吠えた。



 …好きに吠えさせて貰って言うのは何だが、兄さんの「貧しい」の言葉が  ぐっっさり。


 貧しいと聞けば、力不足に直結する自分の頭。

 心が貧しいと聞けば、直結に卑下した頭と心に直撃弾。


 違うと否定もできずに自滅に倒れ そうになるのを、それは違うと立て直す。そんな捻くれ、もう十分にやって学舎を終えた時に捨てた。突然の事に心が少し騒いだだけだ。


 アズサへの説明は的を射るが、無差別に近い兄貴の乱れ撃ちはキツい。俺とこいつが本命の的。なのに、勝手に動いて自ら突き刺さり呻く奴がいる。常々、こういう時に俺が動いて兄を補うのだと… 実行してるが、アズサの事だと自制が飛んで回って帰ってこない。


 猛省に徹して貫けば良かった。

 制止がないから許される、なんて考え甘かったなー。でも、アズサの事だしなー。



 それでも知識はこれから。人生、これから。それなりに増えていく。そう考えて自分を奮起させるが…  本当に、俺と兄さんは違うと痛感する。させられる。


 力があれば、この兄と同じになれるか?




 無理だ、なれやしない。


 歩いた道が違う。違う苦難の道を歩く人に、上っ面を羨んで有力の差で同じ個なれると答えたら頭を疑う。兄は兄の道を歩んだからこそ、今がある。その姿が眩しく感じられるのは、その道の上にいるからだ。


 そこだけは間違えない。

 俺は羨むだけの阿呆にはならない。


 そうだ、羨んで愚痴を聞いたら煉獄を見る。もう見た。 それでも、自分が大人だと認められての愚痴は嬉しかった。煉獄さえ、気持ち一つ。


 覚えている、忘れない。






 顔色をなくしても、目は生きている。

 あの目に絶望はない。

 自暴もない。


 怒りを含んで、現状の打破に挑む目だ。



 「下りろと言うのは…」

 「うん?」


 舌で唇を湿らせ、小さく言葉を紡ぐ。


 こいつはわかってる。

 兄の命じは兄に依って撤回される。


 自分の命を掛けた起死回生、これでこいつの本質に出来がわかる。ま、引き出し方を間違えて命じられたのには笑うが。


 こいつは今、人生の岐路に立つ。

 兄が示した流れの先には死が浮かぶ。それをどう回避し、自分を生へと引き留めるか? これを見物みものと言わずに何と言おう! あ。



 『もうちょっとで終わるから、待っててね〜』


 雰囲気壊すとこいつが紡ぐほっそい糸が切れるし、ほんとそんなに時間は掛からないから〜。


 『だから、後ちょっと〜』


 指が小さく動くから、合わせて俺も小さく振る。


 待っていて。

 兄さん、時間掛け過ぎると切る口だし。 ね!






 「お前が俺を無視するなー!」

 「うわあっ!?」


 反射で回避…  したが、しない方が良かったかもな。あー、ごめごめ、そんな顔しない〜  サクッと手首を掴んでみたものの、目がとても危ないな… どうどうどう〜っと。



 「おおお、お前 また逃げやがったな…」

 「いや、だってほら〜  じゃなくて、無視なんかしてないよー」


 「あー? あんだけハズしておきながら?」

 「いえいえ、そんな事は。それに、君   ほら、話してたじゃない」


 「ほわあ〜?  …あ、せんせーとの話か? なら、とっくに終わった。おーまーえーが〜〜」


 「ヒュー…」

 「あ、ほらほら。そんなに怒るから〜 アーティスが鳴き出しちゃったよー」

 「うえっ!」



 「ごめごめ、アーティスごめ。おいで、おいで。あいつが逃げるのが悪くてアーティスは悪くない〜」


 「キュ〜」

 「え、俺だけ? 逃げたのが悪いなら飛び逃げたアーティスも同罪では」


 「…そりゃ、アーティスも逃げたけど」


 良い感じにアーティスがアズサを落ち着かせてくれたが終わってしまった… 実に良い感じだった緊張感が… 途切れて残念だ。





 「ノイ」

 「はい、セイルさん! 俺の心が叫ぶので地獄に落とすのはやめて下さい」


 「誰を?」

 「ジャスパーさん」


 「そうか?」

 「え〜〜 最善を尽くして覚える重圧とゆーのは変です」


 あ、やばい。

 アズサ、そっち行くと泥沼に嵌まるよ? 帰ってきたほーが。いや、帰ってきて!


 「あれか?」

 「そーです! 猫が唯一できた方法を間違いだとは思いませんがー  撲滅運動参加いぇ〜い、だったんですがー  んでも、ちょっと〜  世界の正解の心とゆーのは、どちらで伸ばせば良いのか難しく。 せーかいは〜 心です〜 なんて言葉は、どっちでも同じよーに繋がったのではないかと思うと」


 「ふぅん? では、その繋がりに時差はあるか?」

 「うえ?」


 駄目だ、アズサ! そっちに行くな!!  あああ… 止めたい、止めたいが再びの猛省時間が俺を阻む…  クソ兄貴の視線が完全に死線に  普通に笑っているあの目が死線デッドラインを! どちくしょう!!  俺の夢見る生活、邪魔すんなぁあ!




 「気持ちはわかった」

 「じゃあ」


 「うっかりしていた。領を優先する余り、クロさんの刻みを失念していた」

 「ほえ?」


 「あれはノイが管理するか」

 「え」


 アズサ、その声で断れ!!


 「あの、俺に管理とか… そゆのはまだ無理ではないかと」


 そうだ、もっと頑張れ!!


 「何事も経験だ」

 「え! そんなにこやかに言われても…」


 そこで弱気にならない!!


 「そんなに心配なら制御環を本来のモノにしておこうか」

 「はえ?」


 余計に面倒いわ!! んなことすんな、クソ兄貴!


 「ノイは制御環を何だと思う?」






 にこやかなセイルさんの言葉にのーみそ停止、ナンかのゲーム音がなったら答えが出た。


 『捕獲アイテム、奴隷の首輪。狙った相手にガッチャンできたらgetです〜』


 脳内getは妄想です。わざわざの質問に安直な答えは違うでしょう。そこで思考を掘り下げつつ斜め視線で隣をちろ〜っと伺うと… 足が見えずに行方不明。


 『え!?』


 まじ首動かしたら、一二の三の横移動。アーティスも一緒に… 俺から仲良く離れ…


 『なんで!? 俺を置いて行くなよ!!』

 『全力で断れ!!』


 返事に目が点。

 顔がにょーっとなったら、向こうの顔に違いが生まれた。


 そこで自分の主張を引っ込めて相手の主張を優先すると、あら不思議。心がピーカン通じます。「全力で断る!!」ではなかった断りの理が光り輝き、一字で万事が違ってくる何かは回避された。


 だが、あれで通じるなら無視ってたのでは?と冷静に突っ込む気持ちをブン回し、ぺッと投げたらガチンコしたジャスパーさんの目が恐ろしいモノに! 


 いーや〜、仮ゆーしゃがゴルゴンなってるう〜。石化したらどーすんの〜〜。



 「ノイ?」

 「はいっ! ええと… 力を抑える、ですよね。お、お風呂の時にクライヴさんがしてて〜  そん時のキラキラ量に「え?」なってですね…」


 セイルさんの時のを交え、そこら辺の説明をうにょってったら正解ではなくてもクリアはしたみたいな?



 質の良くない回答にも一応の可が出たよーで! んで、正答くれる間はジャスパーさんを見ない。あれはゆーしゃな目ではない。 …あや? 魔王戦突入前の勇者の顔? …どっちにしろ、no!なんちゃら化。



 「力を抑制、又は制御する意味も確かにあるが、それは後付けだ」

 「後付け…」


 「環の術式で内なる力を抑えつける。それは本来の有り方を、流れを歪めるものだ。稀に生まれ付き流れが不順な者もいるが、それは制御環で正すものではない。制御環は抑圧を指す。暴力を振るわせぬ、意のままに操る、そう考えると楽しいモノになるがそうではない。あれは正しく枷であり、歪めと囁き呪うに等しい。内から歪んで狂うが良い、だ」

 

 セイルさんの淡々としたお声が話を進めて、俺の心を置き去りに。しかし、ボケてると間違った知識を覚えるんで慌てて追います。



 きちんと聞きました結果、制御環は呪いのアイテムだと理解しましたー。はい、拍手のぱちぱちぱち〜。呪われた悲しいアイテムだったら良かったのにねー。


 環の術式が内なる力へ働き掛ける。

 歪め歪め歪めと囁く力は抑圧で、反発する力が溜まって爆発しそうになりますと、環を通してガス抜き的な『あっち』の垂れ流しで一定量を削りとる。MPが減った所で歪めの波状攻撃、止まりません。じわじわじわじわボディブロー、装着中はずっとです。やがて変調を来し始めると、せーしん攻撃へ早変わり。鬱を呼び出すそーですよ。そんで鬱が躁鬱なりますと、今度は賢者タイムが来るそーです。それから再びの鬱さんが増えてダンス・ジャンプ・ステップ。華麗に踊って周回クリアで、今度は自分が鬱っていくのがわかるそう。そっから更に綺麗な靴を追加してランダムに踊ったら発狂ルートを辿るそーですが、それを制御できるそーでして。


 それこそ、それを正しく制御できるのが制御環だそーです。怖いですね。



 「手足腕首あーたーまぁ〜の違いとゆーのは、もしやの」

 「重要器官に近しいで導き出される答えは?」


 「ふやあああ」


 脳内を回る映像、アレですよ。新型・旧型・環のレベルはどうなって?の疑問が浮かんだら、情報追加入ったので考えるのしんどくなった。


 賢者タイムより先のタイムは、遠慮しま〜。



 「だから、心配せずに試すと良い」

 「いえ、それは! 俺は気軽で気ままな猫せーかつを! あ、ちが。ちがあ〜 うざった じゃなくてえ〜〜」


 『そうだ! ノーセンキューのポーズで押せ押せだ!』


 丸め込まれる恐怖にメリアナさん教えが高速回転で飛び出した。「その格好(バッテン)だけじゃダメよ。ちゃーんと払わなきゃ」と指導が入った、あの教え!


 「 ぁ」


 りゃ? 今、何か?


 ジャスパーさん、俯いて握り拳。なんか震え? あれ? あの、俺はちゃんと辞退をですね。八つ当たりはやめて下さいよ〜。


 更に何かをボソッと言って、顔を上げた。歯がギリって。仮ゆーしゃとそうじゃないナニかな間を行き来する表情が〜 どっちに転がるんだろ的な。


 「いつうっ!?」

 「ひぇっ!?」


 いきなり顔面押さえる恐怖の悲鳴!






 顔を手で覆う、袖が落ちる。

 そこに赤がない。


 突然の事に腕を凝視。呻き声より、どこいった?だ。


 「う、く、 っつ…」

 

 目で問いながらも動き出していたレフティを制止し、ギルツにも合図を送るが自分の間抜け声を聞く。


 「あ?」


 手を退けた顔。鼻を跨ぐ赤。赤が横へ描いた…



 沈黙を選択。

 現実的思案に沈黙。


 兄さんが動いてくれないかな?と都合の良い事を考える。


 クロさんは飾りと聞いたが真実が不明。力も心も有する時点で恐ろしい飾りだが、普通に脳みそもあるならナンなのか? 最初から何かが違っているのでは?  …それとも、そこへ思考を持っていくなと言う事か? うわ、辛いな。


 「へ? 腕から…  どして?  うやあ〜? なんか… なんか〜  模様が変わって〜  うえ〜  模様… 模様じゃー…」

 「なんの事だ?」


 「腕のが」

 「 …消えたっ!?」


 ああ、君はまだだった。

 そして上がる気色きしょくに比例する自分の心。


 「哀れにも似た話があってね」


 「おい、そこに鏡はないか? 見せてやれ」

 「鏡。 はい、ございます」


 小さな鏡を取り出し、渡しに行って固まるレフティ。それに急いで鏡を覗き固まり、息を飲む。


 「な、な、なあっ!」


 震える指で赤をなぞり、擦り、狼狽え、首を振り、顔を背け。背けて目が合ったオーリンの見開く目に顔を押さえる…


 「な んで!  お前、お前は!!」


 罵る先はアズサ。

 しかし、アズサは文盲だ。まだまだなぞり書きの段階で覚え始めの子供状態。だから、それは間違いなくクロさんの脳みそが知識を得たとか増やしたとかの話になるはずで。うわー。


 

 



 「まだ字はわかりませー! 書けませー!」


 必死こいて否定した。俺はしてない、犯人じゃない! 人の顔に落書きなんて、それも赤の落書きなんて! それも、それも…



 『やっち(fuck)ゃって(me)!』



 なんて、書く度胸はない!!


 聞いてもシンプルに意味がわからず、「やっちゃ? やっちゃ…  してがどーゆー?」と呟いたら、せんせーが「覚えんでええ!」って割り込んだ。そこで下階段に気付いて理解。いやもう、これどうすれば? 仮ゆーしゃの顔ですよ、顔。誰がどー見ても悲惨。


 

 「良かったではないか。身を以て字が書けぬ、読めぬ人だと理解できて」

 「そうだ、魂の実験をしたのは彼じゃない」


 「そこ! 実験なんて人聞きの悪い事を言わない!」

 「えー? 文字の理解なんて、どう考えてもそこだと思うけど」


 「そこは料理教室で!」

 「魂の調理? …それ、もっと怖くない?」


 「うやあ〜?」


 なんて振り逃げしてたが、セイルさんが「可哀想にな」でロイズさんからの導きを説明された。その間、俺は小さくこっそりこそこそ隣の後ろに隠れてみたり。


 座ったままの仮ゆーしゃ、呆然。



 ボスッ!


 いきなり握り拳でマットをボコる。ボコった腕がぶるぶるなのに、殴れて良かったね〜と心の中で突っ込む。ほら、俺はそんな体力すらなくてえ〜。


 「…使役獣を疑い、魔成獣と考え直し、頭を悩ませ。痛みに意識がトンでも最後は式ではない何かを感じ   猫に、使役を。召喚獣を。それが違って人だと。人と認めれば違うと。違うから明け渡せと。明け渡さねばと。

  

 心を持つ事すら許さない? 何だ、それは。


 人の意を、感情を、心を圧して悦に入るか! 貴様ら、獣があ!!」



 怒鳴ったら、硬直した。

 自然に上向く首、無防備に曝け出された喉。


 「あーーーーーー!」


 間を容れない悲鳴にビビりましたが、それよかすごい事が!


 あっと言う間の出来事は、あっと言う間に終わってしまい。仮ゆーしゃの首がカクッと落ちて、体から力が抜けてグラッとしたら糸の切れた玩具みたいに倒れてく。


 傍で待機のレフティさんが頭を片手でダイレクトキャッチして、自分の体と太腿をクッションに倒れる衝撃を緩和、寝かせます。


 皆で見に行きました。





 完全に気絶しちゃったジャスパーさん。


 悲鳴と同時に顔の文字から黒い何かが飛び出て、皮膚を這い、頬から首からザアアッと走ったです。


 顔、首、手首に手のひら、指の先。他は足首。気になって、そろっと服を捲りますと腹もそう。きっと背中もそう。文字は大小様々で長さもばらばら、縦横斜めに重なりもあったり。ほんとーに書き殴ったよーなやっちゃの文字が。全身に落書きされた姿は呪われ系で、お経の昔話を思い出すので耳をチェックしたら、そこも抜かりなく… そして顔が…  


 「ええと…  これ、なんて?」



 クロさんの声が聞こえる。

 

 額の文字はクロさんの言い分…  しかも、下線引きでの強調。強調に気分を理解、気持ちを理解、そして今の機嫌を理解する。俺は野暮ではない。


 だから、嘲笑が聞こえる。



 『やっ(fuck)たった(you)


 幻聴だろうと、聞こえる。





 「…です」

 「え」


 「声なき声を上げると筆談か。わからぬままに叩かれるよりはましだな」

 「え!」


 おろおろするアズサに言葉を添える。


 「きっと何時でも消せると思う」

 「あ、そか。よかっ   …いやいやいや、それで納得したら拙いって! 会う人会う人、全ての人に晒すってか隠せないし! 心が折れる!」


 「牢に居れば会わんぞ」

 「うぎゃ」


 「そうそう、事は有意義に受け止めよう。この場で仕置きされる方が外で突然されるよりまし」

 「…そ、そうなのかな」


 「そうだよ、頭打ちの基準を理解したと思えば」

 「はあ」

 

 「兄さん、今日はこれで終わりにしましょう。内容は変われど予定通りです」

 「そうだな、俺も放置してきた。ノイも疲れたろう」


 「…はい、疲れました」

 「そういう時に薬湯を飲むのが「せんせー、そこは甘い物で!」



 「アーティス」

 

 遣り取りに軽く笑いながら指で呼び、兄さんの指示に従い先に出る。落着に湧き出た疑問を聞くか、聞くまいか。それともそんなものと流してしまうか、思案する。


 「疲れた。でも、ほんとにあのままにして… いーんだろか? 恨まれる気が…」

 「起因は判明しています。縋るのが賢明かと」


 背後からのオーリンの答えに、「そうだよ、そっちの方が早い」と重ねてアズサに説いた。問題はそこじゃない。









 




 番猫は笑う。

 機嫌よく笑っている。


 男の安全基準に添った対ナニ様用である番猫でも、必要な知識は自ら得ねばわからない。覚えるには現地人が必要。しかし、人が入ると御子おこの部屋が汚れる。嫌。そして、遠くから眺めるのは非効率。遅い。外に手は伸ばせるが、完全に外に出て部屋を開けるのは却下。論外。


 そうなると部屋を汚さぬモノが良い。型に嵌めれば溢れもしない、合理的だ。


 部屋は男の力で成り立つ独立地帯。それが世界に有り続ければ異物と軋轢が生じる。それを回避する為の制限時間は御子の為だと、理解しても番猫は叫ぶ。


 『あの悔しさを忘るまじ!』


 愛しい御子を外に出さねばならなかった非情の理。出たくないと嫌がる体を自分で押した、あの口惜しさ!!



 そこから現地調達した魂は御子を陥れ、泣かし、男と番猫の怒りを買った魂だ。本人は知らずとも所以のある魂のみ。世界に対する番猫の、必要と認める敬意リスペクト。これを持ってしても「成らぬ」とくれば「泣き寝入りはせぬ」と返すのみ。



 番猫の憂いと憂さを晴らすに、よき魂。

 

 それは世界を恋う。


 還るが絶対の魂は世界を解し、理を解する。理解は自分の居場所の違いを理解して、戻るべき世界を思慕する。部屋から望むに高まる思慕は、世界を恋うて忘れない。


 想いは世界と部屋を繋ぐ糸。

 部屋に金魚が居るだけで、世界と程好く繋がれる。


 愛らしい金魚の柱。


 


 揺れ動く一つの魂は、程好い加減で傾いて、心を定め捧げて力を受け入れ、纏い立ち、歓喜した。その歓喜に当てられ、次々と傾くも理だろう。


 「新たな力を得て、生きて世界に帰るのだ」


 この絶対の信念と志を胸に魂の金魚は跳ねる。


 跳ね散らす纏の力は混じりに非ず。跳ねる軌跡を道にして、想いを架ける橋にして。世界へと結ぶ金魚の橋に、番猫の力が絡めばそれはもう安定した杭。そうなれば停滞が可能。他者の結界など当てにせずに済む。好きな時に好きなだけ。


 何より、泣く泣く部屋から出さずに済む喜び!!



 全ては輪。

 善かれとする輪。


 win-winに見えるだけの善かれの輪。


 調教は己が目的を達する為にある。そこに至る為ならば、良き行いには飴もやろうし、語らぬ優しさで理不尽な恐怖も与えよう。喜びも癒しも、全て揺るがぬ御子への愛情の堅持となるなら奪いも与えもしようもの。



 そう笑う番猫は淡い光の中、ぴちゃんと跳ねる水音に基礎体力をもう少し上げてやるかと思案しながら、夢を見る。とても幸せな夢を。


 一番穏便な手段を選んだのだから、崩壊はさせない。


 そして、解放された魂の一つを覗き見る。

 あれだけが額に証を得た。


 魂と体が分かち合うなら頭は重要器官。解放に沈めた爪は骨に食い込んだ。


 速やかな螺旋の始まりを、打ち与えた(spanking)テガタ(・魂)の巡りを期待する。役に立てば良いと願って、愛しい御子の「恨まれる気が…」と震える言葉を聞き流した。応えがない以上、それは聞けない優しさだ。










 気絶した不幸な者を語っておこう。


 貴族に対する不満を語り、セイルジウスに疑われた。これは双方の立場の違いの不幸と言える。だが激情は、番猫の第四条の裁定ルーリングに直結し、烙印の赤華が華と開いた。


 そこに微笑む優しさよ。


 人の言葉を映した大輪は本来の意味を違え、効力も最後の言葉(死ね)が書き換えられて変化した。これを優しさと言わずに何と言おうか。




 されど彼はあらゆる意味で無罪である。推定ではない。


 生存こそ、無罪の証。


 依頼を受け、運び手であった時点で有罪。他者と同じく魂を刈られ、金魚となるが筋の者。なれど彼は生きている。それは慈悲ではない。


 秤に掛けられ無罪を得た。

 彼の心と行動は、なった者と等しくないと認められた。


 彼は正義の人ではないし、褒められない行いもあるが、「元王領だから」は出任せではなく本心だ。彼は彼なりに神を信じ、祈りの王を信じている。その心が、してはならないとした心の一線が、正しく彼の生死を分けた。


 信じられずとも、疑いを晴らす術がなくとも、生きている事が彼のシューレに対する無罪の証。




 番猫は知っている。

 男の力が秤に掛けた事実を見逃してはいない。


 が。

 ががががが。


 シューレの安泰はラングリア家の安泰。引いては、それが御子の安泰へと繋がろうとも、脅した事実に変わりはない。それはそれ、これはこれ。既に裁定は下っている。そこに誤審はない!


 そして輝く第二条。番猫に『御子がしなければ良かった』等ない。どんな結果になろうとも、それはない。全て大事と見守ろう。


 大事がぶれない。

 だから、そこで現実に生きる二つの魂が本来の有り方より大きく傾こうとも気にしない。全て有り難く受け入れよ、そして他に飛び火しないだけましだと思えと唱えて終わる。


 番猫はどこまでも番猫であり、それが自分と肯定する。






 そして、生まれる不幸な魂。

 人が扱えないものも、神ならば扱える。


 嘆く魂を救い上げるのも、放置するのも、直ぐに世界に還すのも、存在(家主)の心次第。しかし、救済を忘れる不幸はあるかもしれない。








二人共、確実に助かってない件。

解呪で成就するナニかは解呪までが込み込み〜。


ジャスパーに下った裁定が一部変更されました。これにより月光世界への旅立ちの扉が出現し、強制開放されましたあー。はい、拍手〜 ぱちぱちぱち〜。鍵がなくても扉は開く〜 なんつってー。


大丈夫、ちゃんと世界の違いは解してる。本当に違うものは異世界(別サイト)に転移するか、闇に沈むかだ。 うにゃははははー。




魂の実験。

社会心理学、ミルグラム実験。魂の善良さを調べる実験ではないが似たようなものと思う。実験結果のデータは重く、『自分はどうだ?』にその他を合わすと  せーかいは〜 と歌い出しそうな。


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