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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
171/239

171 幸運に踊りて滂沱と伏す




 トントン…

 

 

 優しくノックをしましたが、返事がありません。まさか、部屋を間違えた? いや、聞こえてない?


 「開けなよ」

 「…そだね、入りま〜す」


 カチャ…

 

 こそっと、そろっと静かに入室。


 「……出来の悪い不審者のよ「そこ、変なコト言わない」


 はいはい、やめやめ。

 

 出ているらしく付き添いさんの姿はありません。部屋の中は至って普通。椅子に机、上掛けが跳ねた使用済みのベッド。そして透かし彫りが入った衝立。そこに白い… シーツかタオルが掛かってる。


 じーさん、衝立の奥ですね。

 今度は胸を張って忍足モードを発動し、衝立に接近。小声でご挨拶。


 「おはよう、ございま〜  す…   『うひょう!』」


 じーさん、居ました。寝てました。顔がミイラじょーたいの白ぐるぐるでビビったですよ。完全ミイラなら、もっとビビる。






 「大丈夫、脈拍は安定してる。脈動は君がへたった時より、よっぽど強い」

 「だあ」


 ひそひそ話して、ちょびっとホッと。でも、昨日見た感じと違って全体的に生気が薄そ〜うな雰囲気。


 「ま、食事をしないと血も作れない」

 「 あ。 もしやの晩ご飯抜き?」


 食ってないなら、そら酷い。





 カチャン!


 ノックもなしにドアが開く。

 体を傾けて振り向いた先には、制服さん。


 「……レフティさんだ」

 「あ、お越しでしたか。申し訳ありません」


 「いーえ〜」

 

 見知った顔に、肩の力も抜けた感じ。





 「じゃ、行ってくる」

 「ん」


 「少しの間、お願いします」

 「はーい、ごゆっくりどうぞ〜」


 「長くはならない、此処へ戻ってくるから」

 「ん、待ってる」


 

 小声で話して二人を見送ります。一人は、山へ話を聞きに。一人は、川へご飯を取りに行くのです  にゃんてねー。


 まぁ、誰かがじーさんのご飯を取りに行かないと。そして、レフティさんもご飯を食べないと! 夜勤が明けても交代要員がおりません…  いや、他に医官さんもせんせーも居られるが。


 しかしその、なんつーか… 話を大きくしないで済まそうとすると〜〜  非常に申し訳なく〜。なので、俺も多少の気遣いを致しました! なっはー。



 さーて、じーさんの看病するかー。





 ……じーさん、寝てるから何もする事ありません。しない、しない看病です。熱でもあれば冷やすのですがございませんし。 ……看病っつーよりは看護?


 居ないよりはましなだけの看護人。





 …………居ないよりはましでも暇ですね。はい、暇ですよ。レフティさんも暇だったでしょーか? 上手に寝てた?


 責任を感じるなら暇を感じちゃいかんのでしょうが、セイルさんとリリーさんが完全解放してくれたから感じません。これが俺の所為なんて、そんな考えポイ済みです。



 ……あー、そっか。こーゆー空き時間に書き取りの練習ができたら良かった の に、な   いやでもちょーーーっと不謹慎な気もするなー。うーん、小心者はダメですね〜。なーんもできないよーですよ。



 じーさんの顔を見る以外、本気でする事ない。しかし、見てれば疑問は涌きます。


 包帯に、そーーーっと手を伸ばして… 


 引っ込めた。


 


 いけませんねぇ、人様の傷口に触れようだなんて。治りが遅くなるってのに。


 自分をきつく戒めますが、本音はなぞってみたいです。なぞって包帯とったらば、綺麗さっぱり治ってた。なーんて夢想をしちゃうと、お手々がうずうず。



 じーぃっと自分の爪を見て、指をむにむに動かします。検分して貰ったから、なーんも問題ない手です。でも、破砕付き〜。でも、俺の希望を叶えてる〜。



 片腕伸ばして手を広げ、手に重ねて猫の爪を想像しながら思い出す。






 「この爪で皮膚は裂けない」

 「ですが、こーゆーラインなら確かに俺がなぞりました」


 「それで合っている」


 俺の心は平行線、顔面からのスライディングでずっさーーーあ。



 「ノイちゃん、暗くならないの。確かに意図せず発揮した力は怖いもの。だけど、結果を見れば幸運だわ。とてもとても素敵な幸運。普通、一番最初の有り様に他者を巻き込む幸運なんて付かないわ。どちらかと言えば巻き添えよ。私なんて構築に水圧を間違えて、その辺を水浸しにしてよ」

 「わあ」


 リリーさんの初めて術式は水だったよーです。



 「ノイちゃんが構築したとは言わないわ。でも、そこに強制が認められたとお兄様が仰られる。お兄様のお目は確か、そして内容に私もそうと頷けます。ならば、それは術式に値する。だけど、何もしていない。でも、事実はある。この現状を知識に当て嵌めるなら魔具なのよ」

 「へ?」


 「ノイちゃん、魔具の付け爪をしてる感じなのよねぇ」

 「はい?」


 「付け爪なんて保護でしか使わないから、あんまりしないの。それに悪目立ちするものが多くて」


 リリーさんが指をすぽすぽ合わす動作で説明をくれるが、あっさり過ぎてて口ぱっかん。


 

 「私は現状を分析し、現実に当て嵌めて解釈したわ。でも、そこまで頭を回さない者もいる。そして、聞こえよがしに語る者もね。それが現実なの。だから、外の声は聞きつつも受け取り過ぎてはいけないわ。何故なら、本質を見抜こうとして騒いでる訳じゃないから。


 だけど、赤ちゃんのあなたに説教する者がいたら誰か教えてね。怖い顔をすればするだけ大泣きする図式も読めない馬鹿の顔は見てみたいわ」

 「…え?  あの、俺、赤ちゃん?」


 「そうよ、ちがって?  ふふっ」

 「…ばっぶーう」


 小さな声でボソッとね。


 「私は水浸しにしたけど楽しかった。とても楽しかった。必要は絶対の教師であるけれど、楽しくないものに応用の芽は伸びないと思うのよ」


 「他に考慮する事も出てくるだろうけど、君は遅咲き。それだけ」

 「そうそう、見掛けが赤子でないから対処を間違うのだよ。赤子や幼子に自分と同じだけの何かを求めて行えと望む者には、お前の人生薄っぺらいなと嗤えば良いのさ」

 

 「いやぁだ、お兄様。そんな馬鹿なら逆上して殴ろうとするのが落ちですわ」

 「ああ、それもそうか」


 「所詮、馬鹿だから。追求しても馬鹿だから」



 一言に全てを集約し、三人が口を揃えて「あはは」「うふふ」と笑います。俺も「えへ?」な感じで笑ってはみたけど追いつけない…  つか、これで笑えとゆーのが……



 「この一件は昨夜の風呂で済ませている」

 

 難しい顔は一切しないセイルさん。


 風呂での話を想像すると、どーしても途中で『お背中、お流し致します!』が出てくる俺はまだまだ余裕なのかもしれません。


 んで、皆で風呂に浸かっての大討論会。ってか、全員にこの一件から何を思うか述べさせた。全員が述べた内容に頷いた上で質問したそうな。


 その質問は、『幸運とは何か?』だそうです。





 『幸運ですか? それは、思い掛けず手にした喜び』

 『小さな望みが叶った時に』

 『何一つ労せずに叶うと、より嬉しく』

 『善き巡り合わせを得た後に、そうと思うもの』

 

 『計らいと呼べる形の、名称』

 『相手に取っての不運なら、己に取っての良き形』

 『その場限りの、背負わぬ為の言い方』


 『重みを感じぬ形で訪れるが故に、幸運と呼ぶのでは』



 『では、それらの意を束ね、思惟を重ねて我は問う。


 伺う顔を知らぬが故に、訪なう幸運に人は喜ぶ。その幸運を転がした相手を知るならば、問い詰め、追い詰め、縋り続けて囲うも一興。なれど、その先にあるは己を失う仕儀とみゆる。愚か者は自ら幸運に嫌われる行いを為し、その後、何故だと叫ぶもの。力で閉じ込める幸運が、やがて反転を成して周囲に牙を剥かぬと誰が言えよう?


 既に幸運は転がり、受け取った。ならば、後は己次第。幸運を活かすも殺すも己が力量。その力量が破滅か継続に誘うのだろう。


 汝、眼前に在りし幸運に(我に対し) 何を思うて 接する(歯向かう)や?』




 


 「それでな、定義提唱の是非が生かさず殺さずに移ってな」

 「わぁ、怖い」


 「真剣に語るものの、最後は幸運を生かさずしてどうすると笑い話になってなぁ。ははは」

 「…それはそうですよねー」


 「冷えた体を温める内に、頭の中まで茹だった馬鹿話になって終わりましたか」

 「全くだ」

 「うふ、真面目に検討してる顔が目に浮かぶわ。あー、おかしい。笑ってしまってよ、ほほほ」


 可能性の消去に世界が明るくなりました。ええ、とても明るいバイオライト。



 光りが魅せる万華鏡は、転変するおとぎ話。


 おとぎ話にそんな妖怪いましたね。真実はどーでも最後は不幸が訪れるものが多かったよーな気がします。



 「幸運を操れるのなら、天意など遥か昔に動いていよう。まぁ、それでも人は知りたがり。持ち出し方よな」







 そう、セイルさんは笑って言った。


 大丈夫。

 きっと、じーさんも大丈夫。


 そうだ、暇なんだから時間を無駄にせずハンドマッサージでもしてみよう。あのイタ気持ちいーはできんけど、揉んでみましょう! 優しくね。




 ……黙って揉むが手袋が俺の集中力を遮り出す。しかし、外せない。外してなるかで感覚微妙! それでもきっちり揉んだるわ、おりゃあ!!  じゃない、優しく優しく。



 モミモミ、モミモミ。モミミミミミ。



 無心で揉むが揉み加減に邪念が生じ、そこから生まれる謎と疑問と可能性。結果で傾く明るい未来。停滞よりは流動を。


 揉み流すが希望は流し方の先にある! そう、流し流れてどんぶらこ。清き流れにつるりんと。さらりと流れる、その喉越しは…   あ、流しそうめん食べたーい。


 幸運で食べれないかなぁ?


 うあ、すんごく消極的思考。料理長さんにお願いすればいーだけだっての。そうめんは無理でもパスタつけ麺は可能だろ。そうだ、トマト系のざく切りにサラダ菜のあっさりマリネ風つけ汁とか! そーだ! 一度だけ見た、桃を贅沢に使いまくった桃と生ハムのパスタとかー!!


 食えたら食えたで最高です!



 ……んでもなー、俺のって本当に幸運なんかな?  ほんとーにじーさんのこれ幸運なんかなー?


 モミモミ、モミモミ。 ミ。



 爪に猫爪重ねて考える。

 俺も楽しく、猫も楽しく、リリーさんの楽しく覚える応用編。共有ではない俺と猫。


 幸運の引き出し方。



 『 ……幸運、幸運、好運、高運、耕耘するなら耕運機〜。運を爪で掘り返し〜 ざくざく当てちゃう招き猫〜。猫、猫、猫、猫、猫スキル〜。運気は好運、のぼりざかー!


 派生スキルは 使い初めの、暴走でーす♡


 猫、猫、猫、猫、猫スキル〜。五指を広げて、爪をたーてて招きます〜。掴んじゃったら離さない〜。だけど、ころんと転がすよ。


 ねこは、とっても可愛い招き(掴み)猫〜。


 スキルが〜 ちょっと重いから、ちょーーっとズレて飛んじゃった。でも、大丈夫。きっとこれから上手になるよ!』


 

 よし、これだ。この柔らか思考だ! これでいこう、イケる!! 繰り返しの練習で、きっと何時かものになるはず! その間の練習は練習だ。練習なくして上達なし!


 耕耘(犠牲)は偉大なり! なーははは!  招き猫スキル、ゲットー!!





 「…な」

 「あ、じーさん起きた?」


 「く」

 「ぬ?  …寝言?」


 「あ、あ   の お」

 「だいじょーぶですか?  …喉、渇いてる?  ……よし、水をお持ちしましょう」








 「はい、じゃあ、俺はこれで。どうぞお大事に」

 「昨夜の今に急くでないぞ」


 「何かありましたら連絡を入れますが… どちらに」

 「昼以降は兄上にせよ」


 「は」


 

 何度も目を瞬かせるじーさんに手を振って、またね。衝立が姿を遮り、ドアを静かに閉じた所で聞こえないよーに神経使ってえー。


 ため息、はぁあ〜。







 ガッチャン。


 「気疲れした?」


 部屋に戻ってばったんです。


 「ええ、ばっちり。説明したとーり… あれはしんどかったです! 寝起きに目が見えないと手がさ迷い、慌てて触れたらがっちり掴まれて。そこで震え出されたら心臓どっきりでびっくりが引っ繰り返って俺の魂がすぽんと抜けていきそーで!! ぼんやり見えてきたって言ってくれた時には、もうもう…  涙が滲みましたよ! レフティさんのお帰りが待ち遠しく、ごゆっくりと言った自分を後悔したりしなかったりと〜〜  うえー」


 「本当にお疲れ」

 「はい、もう今日の神経使い切りましたあー」


 「あー、使い切ったら駄目なんだけど」

 「あう」


 「後に回すだけ君が疲れる」



 ばったん状態で話を聞きます。


 第一発見者の方の話に、うぎゃー。駆けつけた方の話に、ひぃい。脱衣所の掃除に、へー、やっぱり皆すごー。じーさんの血染めのタオルの行方に…  焚き上げを希望。




 「皆、原因の究明はしたい。で、犯人はわかってる」

 「はい、此処に」

 

 「居合わせたギルツが少し興奮してたらしいけど… ま、何を言っても俺の部下です。俺がきっちり緊めておきます。それでも暴走した場合は、兄さんと親父様の制裁を頼りますので」

 「わぁあ、ナニか違うよーな」


 「いえ、実にみっともない話」


 そして話は続きます。

 そう、終わってないツアー。オプションもちゃんと回ろうコール…



 「うあああ、行かなきゃ…  行かないと。 ああ、でも、もう疲れたー」

 「別に行かない選択肢もありですよ?」


 とてもとてもあっさりしたお言葉が逆に俺の心をぎゅうぎゅうと。ええ、みーすーてーたーって言うんですね。俺が、俺に、指差して。へっ。



 「俺が考慮するのは君であって、爪の事でも「あ、爪は招き猫にしたから」


 「はい?」

 「精神安定の方向を定めたので他は受け入れない事にしましたあー」





 説明に、笑って、「いいね」って。


 「可愛い子猫の強制なんて、そんなの嬉し楽しの褒美だよ。アーティスの時だって可愛かったのに」

 「そいや、アーティス帰ってこないね」


 「昼には帰るよ」

 「行くのは昼過ぎ?」


 「そ、昼食後に」

 「ん、了解。で、ご飯ですが。じーさんの為の飯! 俺も米の飯、食いたいー!」

 

 「え?」

 「パンもパスタも美味いですが米も恵んでー! 俺が食ってた米とは違うけど、米も米も米もー」


 「うわ、しまった。やらかしてたのか」


 ちょい固まった所に畳み掛け。


 「それとさー、地下で足元寒くてさ。風がスカスカ冷たかった。靴下の重ね履きでいけると思う?」

 「だぁ! そっちもやらかしてたか!」


 


 午後の準備に試し履き。


 借りたズボンは足の長さが違います。腰回りも違うからベルトは必須。裾の折り返しは防寒対策になるのだろうか? いや、ないよりまし。絶対まし。


 「あえ? 一階で終わるから要らなくね?」

 「二階に降りる予定はないよ、上は寒くなかった?」


 「上はへーき〜」


 よしよしで自分のズボンを履き直し、次に取り掛かる。



 「やはり、白米のみは遠いのか…」

 「現状は無理」


 「だー」

 

 嘆き伏しても仕方ない。食文化とゆーか、食料事情とゆーべき話を聞きながら、料理のリクエスト書き。


 「贅沢ではありませんよね?」

 「はぁ? これで言われたら、俺どーしたら」


 「わっふー」

 「まぁ、食材がなかったらどうしようも」


 「だぁな。んで、読める?」

 「ここの部分は書き直し」


 昼食は間に合わないから、夕食か明日食えると良い感じで書いて書いて書いて書いて覚えます! メニュー、大事。

 




 昼食、リリーさんは居なかった。料理長さん、来なかった。食事の前に料理人さんにメニュー依頼。


 説明にうんうんと頷いてくれるが、気持ち眉根が寄りました。表情にピンと来るので「入った時に」と付け加えたら寄りが消えた。やっぱ、桃は入荷待ち。


 「入りましたら、直ぐにでも」


 それから、ご飯でございます。

 笑顔でにこにこ、三人でもぐもぐ。じーさんの症状説明にセイルさんがふんふん。


 「後で見舞っておこう」


 この一言で全て安心な感が芽生える。


 つくづく、人の事は言えない。セイルさんを疑わないとか当てにしてるこいつはとか、ぶちぶち思ってましたのに。ぐは。でも、これも慣れ?




 「昼休み後に行ってきます」

 「無理せずにな。ハージェスト、お前もだ」


 「え?  ……あ、はい」

 「夕食に結果報告しまーす」


 セイルさんとロイズさんを残して、先に食堂を出る。




 「猫語確認… 話さなくて良かった?」

 「うあ、忘れてた」


 「次に忘れたら俺が言おうか?」

 「そんなにボケてはおりません!」

 

 「あはは」



 ………あれ?  こいつ、変わった?


 






 「レイドリックさん! お帰りなさーい」

 「ガウッ!」


 パラパラと小雨が降る中、建物に入ろうとしている姿に声を掛けました。


 今日のお供はオーリンさんです。

 三人と一匹で来た牢屋には上層部がおられました。オーリンさんの敬礼の靴音が大変良く聞こえ。でも、俺はしなーい。


 「倒れたと聞きましたが、もう良いのですか?」

 「…とりあえず、大丈夫です」


 情報が早くて感心してしまう。中に入れば誘導されて、地下に降りる前に話し合いになりました。被ってきたタオルで頭をガシガシしながら向います。



 部屋に入って一番最初に見たのは… カーペット。過去の行いが、どーしてもそこに目をやるのですよ…


  

 「幾つか確認したいのですが」


 質問にちょろちょろ答え、リリーさんの意見を交え、爪の安全を模索したので実行していくと自信を込めて話します。


 「それにほら、にゃんぐるみに魔女の付け爪って妙なホラーを醸してですね」

 「魔女…  それ、悪意が籠もり易い言葉だから有力者にしといて」


 「え? うわ、ごめ。覚えた」


 やり取りに微笑んだレイドリックさんは、既に牢の鍵を馬鹿にしているから偶然路線が消えて何よりだと言った。



 「……そーいえば、そんなコトを」


 「ちゃんと言いましたよ? 君、聞き流し続けるよね」

 「慣れが理解を連れて来ますよ」


 二人の笑顔と言葉を胸に、一階へ参ります。




 階段前で少しドキドキ。こればっかりはまだドキドキ。


 「そーいえば、昨日… 昨日…  そう、かいちょーの為に覚えずとか何とか言ってなかったデスか?」

 「言ったっけ?」


 「確か言った!」

 「あ、あれか」


 下に目をやったまま、そろ〜っと腰を落とす。


 「学舎時代、奏者と組んで行う歌唱試験がありまして。もちろん、奏者も試験です」


 足を一段目に、じりっと腰を進める。


 「くじで組んだ相手が、それはもう最悪で。 あ、すごいすごい。早くなってる」


 降り始めたら、一気にgo! 

 手足の感覚と上の声だけに集中してgo!


 「試験直後は険悪だった相手が事ある毎に寄って来るようになって、めんどくさかったなー。手のひら返しでも気持ちがさぁ… 好かなくて、お前と諧調できるか呆けってな感じでした。それにほら、俺が学ぶ動機はあれだから。でも、学ぶ以上はしっかりとが基本ですし」

 「は、は、 はは」



 足が下に着いたら、即平伏(ひれふ)して、ざかざかざかっと這い進み、ぜぇぜぇと。


 「自己を強調したい時に使い回す言葉となりました」

 

 うん、意識逸らして進むのが楽。



 「降りれたー」

 「良かった」


 「話、ありがとー」

 「いえ、有り様を拾ってくれて嬉しいです」


 「なはー、落ち着いてる時に聞くほーが色々突っ込めるとは思う。  はぁ〜」


 さて、せんせーはどこだ。


 




 レイドリックさんを先頭に入った部屋に皆さん、おられた。


 「あ」

 「お久しぶりです、お元気になられたんですね。良かったです!」


 せんせーに、見習い君。看護師の卵ちゃん。見覚えのある彼らに寝てる患者さん、四名。四名様、縛られてるのに衝撃。しかし、それよりもだ!


 「それ、どう…」

 「あ、これですか? ちょっと失敗しちゃってー、触らなかったら痛くありませんよー」


 えへっと笑った頬に目立つ青痣。


 寝てる患者のおっさん達。意識が飛んでる相手、介護中の怪我…  は、労災だと思います。それに、見習い君の手首に残る掴まれたよーな赤い痣…  介護とゆー戦闘の 証。

 

 「治療は…」

 「ほっとけば治ります! こんなの時間が薬です!」


 明るく明るい元気な卵ちゃん…


 「待って下さい、放置ではありません! こら、治療に関する説明を飛ばさない!」

 「え!? そんなつもりは!」


 「どうして何時もそう、お前は!」

 「ままままっ 待ってくださ! 今は「お前達、後にしような」


 せんせーの指摘に慌てた見習い君。見習い君のシビアさに痺れます。目の下を黒々とさせても、医療に向き合う姿勢に感じるものがございます…



 一刻も早く問題の彼らを正気に戻さねば、と強く思いました。







 「…………着替えます」

 「頼むね」


 揺すっても声を掛けても、だーれも正気に戻らない。どこ見てんの?反応だけが返ってくる。それでも、「あなたの」と叫んだ人だけは脈があると思ってた。当てが外れた。


 こうなると、猫の出番です。せんせー達には休憩とゆー必要不可欠な時間を取って頂き、猫を知る人達だけで行います!

 



 「にゃーん」


 皆さんの顔見て、尻尾振って始めましょう。 ……ぎゃー、高い。


 「にゃーあ(運んでー)

 「はい、お願い」


 ベッドに上げて貰いました。ほてほて歩いて、顔の前にお座り。「にゃーん」と声掛け、顔ぺっち。ぺちぺちしながら腹で鼻をくすぐります。クシャミ覚悟の腹攻撃!


 「ひ、ひぃいい!」

 「みっ!?」


 どーして隣のベッドで反応あがるよ!? ちび猫、驚くわ!!




 ギッ ギッ  ギシッ…


 ジタバタ藻掻く姿に引きます。猫、引きます! しかし、引いてるだけでは終わりません!! そう、正気に戻れの猫のつめぇええ! この爪でお前の指詰めした   じゃなくてえーーー!!



 「にゃん!」

 「はいっと」


 ぽふん!


 空中移動で着地して、そーれっ!






 ……………どうしましょう? ぷすっとしたら痙攣してます。ピクピクピクピク、危なそう。


 「うーん… 魚が猫の爪に掛かって衝撃死とか?」

 「陸揚げですかね?」


 そこ、落ち着いてるねーー!!  にゃーーーー!!





 ちび猫、うろうろしましたがよくわりません。おろおろやっても戻りません。悪化してない事を祈るだけです…  こうなったら最後の手段、クロさんに聞いてみましょう!


 頑張ったけど、わかんないです。クロさーーーん! カーペット、お願いしま〜〜す。




 キラリキラキラ光りましたが、なかなか降りてこないのです。ですが、ぱしゃんと音がした。

 

 光りを撒いた黒金魚。一匹、流れに乗って〜 すーいすいっ。




 キラキラ金魚、俺の回りをくるくると。

 自然落下のふんわり風速、正面着地で目測ばっちり。


 シーツの上の跳ねない金魚。


 「にゃあ?」


 鰭の一振りで垂直上昇。キラキラ飛ばしてイケてるねー。




 順番に四人の顔を覗き込み、一周後に帰還。


 「にーい?」


 お医者さんっぽい黒金魚。

 返事はないまま、再び泳いで隣のベッドに向かいます。顔の上での旋回に、キラキラ落ちる光りの雫。


 光りの鱗を零してるよーにも見えますね。



 「…  っ  は」


 患者の口が大きく開く。喉も動くが苦しそう… カッと開いた目が怖い、硬直してる?



 「にゃあ!?」

 「げ」 「うわ」 「あの…!」 「いっ!?」 「おお…」


 金魚せんせー、開いた口に飛び込みました。あっとゆー間の出来事でした。


 






 硬直が溶けていく。


 だらんと落ちた腕。指が探りに動き出す。肩が上がって、喉が動いて、口を開けば、吐息が零れ、足が上がる。


 押えて、掴んで、起きて、片足を下ろす。


 腰を捻って向きを変えつつ、腕を持ち上げ、頭にやって、指を広げて髪を梳く。両足斜めに揃えて止める。



 手を膝に、足を広げる。

 片手を付いて立ち上がり、大きな動作で広げた両手。二つ重ねて胸元へ。


 身を屈め、礼を取り。

 初めて目を開けて、微笑んだ。



 「声をお届けするが叶い、望外の喜び。身を持ちて主様に拝謁が叶うも、夢のよう。嬉しゅうございます」






 ちび猫、フリーズしております。はい、色々フリーズでございます。金魚は女性だったよーで動きも仕草も女性です。しかし、体は男です。ガチな体の男性で、すこーし頬が痩けてたり。喉仏ばっちり見えてたり。


 んだけど、出てくる声は女の人の声でした。ええ、作り声にも裏声にも聞こえない、女の人の声でして!!



 くーろ きーんぎょー 確かにアレでー アレですがー   完全、体を乗っ取ったー? 乗っ取りLevelが半端ないー。


 ナカの人って、どっちもすんごく拙くな〜い? 



 「に、にああ?」

 「ああ、本当に…  何と言う素晴らしきことでしょうか」


 あれ、聞いてない?  あのー?



 「私が私として此処に在る。私が存在する。理に従い塵と消える定めの私が私の意識を保ち、知識を損なう事なく存在する。私は覚えている、真白の光が私の体を貫いた事を。抵抗する事もできずに血反吐を吐いて身を折った事を。張ってあった結界も、設置してあった魔具の作動もないままに自分が血反吐を吐く事実に身を捩り、何故だ何処だと目で探り続けた記憶がある。それらは夢ではなく、確かに我が身に降り注いだものとした記憶がある。


 なのに、私が居る。


 私が消える事なく存在する。死したる者に記憶はあろうか? 続く記憶を保てようか? 擬きに確固たる自我は見受けられない。流れるままの只の塊。


 なれど、私は私として存在する。


 私は死んで生きている。


 体がなくとも時を刻み、記憶を宿し、消える事なく生きている! 私とした自我が、記憶を新たに紡ぎ、紡いだ織り目を私は知れる。知れる力を保持している。身を持たぬ私が、私として存続している! 大いなる力に守られて! 私が! 私として有り! 振るう力も強大に!!  


 これを歓喜と言わずして、何というもの!」




 ……あのー、あんまり興奮されない方が。すんごく喜んでるのはわかるんですが〜 その〜  男の体で女性ポーズをされても違和感が。声がより違和感を。 は! いえいえいえいえ、性差別とかジェンダーがどーとかじゃないですよー!


 それ、あなたの体じゃないからさ。



 「主様、お言葉を覚えています。ええ、口添えであると。叶うかどうかは己次第。ですが、頼んでみるかと。そう、機会をくだされた事にどれだけ… どれだけ心、弾みしか! 幸運とはあるものぞと!


 力が知識を凌駕する、絶対をも覆す。


 齎す事ができる貴き御身よ、体現されしお方よ、心よりお仕え申し上げます。誰が、どの様に言おうとも、御身だけが道を開ける。開く術をお持ちである。


 貴人に仕える喜びを、私は初めて知りました。


 ああ… 主様、痴がましい事は露も思いませぬが…  私も、違うものでも同じ体を賜りたい」



 とてもとてもとーてーも〜 濃ゆい笑みが怖いっすねー。いにゃーん。あなたの本性、魔女でしょー? 出てる本質、ガチでしょう? 






 






 森の中にも雨が降る。

 恵む慈愛は全てに対して隔てなく、降り注ぐ。


 慈愛に濡れた森の巨木の根方。枝葉を傘に羊が三頭、雨宿り。静かに寄り添い佇む先には、窪みでできた水溜り。


 『駄目か』

 『朝を最後に途切れたか』


 『待て、まだ繋がってはいる』

 『いるだけだろ? 逆手打ちには足りねえ』


 『纏めて放りやがったからな』



 ドガッ!


 一頭が苛立たし気に蹄で地面を強く掻く。一頭は苦悩に震えながら天を仰ぎ、一頭は煩悶のままに地面に膝を着いた。

 

 『ぐあああああ!!』


 『くううっ!』

 『あと少し、あと少しあればーーーー!』



 ゴロン、ゴロゴロ…  ドカッ! 


 ダ ダンッ!  ミシッ…



 幹を蹴られて、葉が舞い落ちる。


 『あ、わりぃ。   う、あーー!!』



 濡れた地面を転げ回る。残る二頭も思い思いに嘆きの苦悩を体現する。跳ね回るはいざ知らず、根方に当たるもよろしくない。木に背を向けた体現は止まず、恨みに声は留まらず。


 『あ・ん・の、くそがきがあああ!!』

 『あんだけ持ってやがんのに何であんなに細けぇんだよ!』


 『ほっせえ神経してやがんなぁああ!! 見掛けどーりだっつーんなら、もちっとドンと構えてほっとけやーーー!』



 一人に対する恨み節。

 吐き出す怒気はどろどろと。広がる気配は毒の如く周囲を圧して逆巻き始める。


 気付いた三頭、慌てて地面を跳ね回り、空気を蹴散らし霧散に努めながらも涙混じりに喚き飛ばす。



 『絶好の位置だったのにー!』

 『久しぶりの坊ちゃんの大写しがーー!!』


 『表情豊かな坊ちゃんの顔が拝めて喜んだ俺らの気持ちを踏み躙りやがってぇええ!! わぁってんのか、ばかやろうーー!』



 『『『 うわああああーー 』』』



 最後、泥に塗れて伏し嘆く。

 悲痛な声で鳴く姿は哀れを誘うが、聞き取れねば只の羊の泥遊び。




 やがては終わる嘆きの時間。


 冷静さを取り戻し、ズルズルと匍匐前進で互いに近づき、寝そべった状態で顔を突き合わせて話し出すが、どこかぐれた感があるのは否めない。


 『まだ手はある』

 『そりゃ、あるけどよ』

 『押し込みは拙い』


 『権限の行使は範疇内として可能だが、現状でそれをしては立つ瀬がない所の話ではない』

 『そうだ、そんな詰まらん自死ができるか』


 『あー、こんな事ならあん時に手ぇ突っ込んどけば良かったなー』


 『馬鹿を言うな』

 『坊ちゃんを大事だと思うからこそ、 あー、ほんとにやっときゃ良かったよなー』


 『阿呆、現状こそが最善だっての』


 『…んだけどよー』

 『そりゃ、坊ちゃん楽しそうな顔で行かれたけどさー』


 『ガタガタ抜かすな! 俺だっていいてぇよ!!』

 

 



 雨の中、巨木の根方で泥だらけの羊擬き達の会話は続く。だらけた姿で、「ンメェ」 「メメメ」と鳴く姿は太平だ。私見を述べ、願望に私意も語るが彼らは指頭。長き時の流れに薄れた記憶は継承を取り戻し、習性にも似た習慣と本能は正しき姿に立ち返る。



 水待ちの子を脱した姿は、自信を胸に輝き立つ。


 理に従い、定めに動く。

 理不尽な定めも何のその、揺るがぬ定めに常に従う彼らこそ、平和の為に尽力する公安なのである。



 




いーぬーの〜 巡査の上の上の上の違う部署にいるのは、ひつじの公安官かもねー。なんつってー。


久しぶりのぽちでーす。

基本、出てこないのがぽちでーす。


 




久しぶりに問題です。下記の単語を説明されたし。


脈拍

脈動

脈圧

脈流


にゃっふー。




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