162 刻む時の流れ
迎春。
良き春でありますよう。
「遅くなった、ごめんよ」
帰ってきたら、部屋の中は静か。姿も見えない。 え?え?え?と室内を見渡せば、寝台の上に伸びた灰色。
「き、着替えててって… お願いしたのにな〜〜」
なーんか、がっかり。
それでもこの姿は卑怯だ、怒れない。
「幸せそーな顔で伸び切ってまぁ〜〜」
見ているだけで顔が綻び、口元が緩む。そして頭も緩んでくる。
『 俺の召喚獣 』
こいつが顔を出す。過去、確かに君を召喚していた。その事実が猫の姿に直結し、心が「はい、はい!」と手を上げる。未だに結実を望んでいる。
見た目は偉大だ、連想を呼ぶ。だから、この姿で甘えられると夢想する。成功した奴らを羨んだ過去に、現実と「ご帰還おめでとうございます!」が交差して頭の中を花畑にする。
幾度となく広がる花畑が理性と自制を肥やしに拡大していくのが辛い。それを許そうとするブツも痛い。
…愚かしくも、人とはそういうモノなのだと達観してみる。
あ、寝返りした。
うあ〜、かーわいい〜。
召喚獣でなくても可愛いものは可愛い。ああ、ぐだぐだ言う程度に忘れられないんだよなー。あははは。
浅ましさは笑って流そう、仕方ない。俺が積み上げた年単位の思いが数回の踏ん切りで綺麗さっぱり流し切れたら俺の人生いらねーわ。嫌みなブツは俺を試し続けるしよー。
だがまぁその分、繰り返しには自信がある。それこそ年単位でやれる!
思ってしまうのだから、思って変えよう。
今の心に逼迫はない、余裕がある。だから、自分を変える力の質を自分で選べる。俺は選ぶ。
なだらかに、笑って、自分を変える強さを。
「ねえ、アズサ。 あ」
……言った端から駄目じゃねーか! 名前。名前が! だああ! 今更、召喚獣の名付け願望が出てくんじゃねーーーー! 引っ込め!!
「〜〜〜〜!」
…人が隣で悶絶してるのに起きないとか。 ……起こすか。揺り起こし いや、自然な目覚めが一番だ。よし。
そっと鼻の穴を指で塞ぐ。
「ふ、ふ、 ふぐしゅっ!」
「おはよう」
指をピッと振って、寝惚け顔に挨拶した。
いきなり背後から襲われるサスペンス! 誰ともわからない手が俺の顔面を覆い、口を塞ぐ。うひぃ!と心の中で叫ぶが、ちらつく窒息死。
藻掻いても、逃れられない窒息死!!
恐怖覚醒は心拍数がバックバクです。
夢だった。あー、怖かった。心臓に良くない。はぁああ… 何たる悪夢! なーんか良い夢を見てたと思ったのに… 急転直下の悪夢終結って嫌ですね。
「にー」
猫首ぷるって見上げた蒼い目に、返事をしてから気が付いた。猫さんは?
「にゃが!? にあ! にあああああん!」
「はあ?」
跳ね起きて、周囲を見回したら叫び出す。どこーーー!と叫んで慌てふためく。目の前に居る俺は? 差し伸べた手を無視して駆け出すって、酷い。
「にゃが!」
「…全て閉まっているかと」
「にぃいいん!」
「は? 俺は何もしてませんよ」
「うにゃがん!」
「えー、よくわかりません。夢でも見たの?」
「……にゃがががが!」
ドアはきっちり閉まってた。
俺は寝惚けてなんかない!と叫んだが… 猫さんの姿はない。部屋中を走り回って探しても、居ない… そんな… がっかりです。
黙って、行ってしまわれたなんてぇええ。
悄々とハージェストの元へ戻った。
寝てたから仕方ない。
仕方ないはずなのに、着替えてないから少しの嫌みが降ってくる。うええええ、勘弁してよー。寝てたんだよー。
「にぁ〜 にぁ〜〜」
ご機嫌取りに猫抱っこを要求。
「…ん」
直ぐに通る要求に、にあん。遠慮なくべったりしたら、ご機嫌取りが違ってくる。
ああ、傷心には人肌が… この悲しみを癒すには人肌がいちば… 言い方がおかしいな。服着てるし。そう、体温が何よりも嬉しいのです。凭れられて楽チンだしさー。
でも、この抱っこはちょっと。抱き方の指導をせんといかんのか。
自力で変更します。体を伸ばして、せーのーびぃ〜〜。 くっ… 手は届くが顎が届かんではないか! 俺は顎台が欲しいのです!
だーーー、腕を下げるなとゆーに!! …おま、頑張ってる俺で遊ぼうとしてないか?
よじ登って猫顎を肩に乗せ、首へ頭をグリッとしてたらベッドが見えた。
そこには証拠があった。
確かな証拠。
「にぎゃーーーー!」
「だっ!」
俺一人でどーやったらあんなにシーツをしわくちゃにできるっちゅーんじゃあーーー! さすがに一人でできるかあ!!
「耳元で叫ばない様に」
「にゃい」
猫、反省。大いに反省。
「じゃあ、着替えを」
そーですねー、着替えてきま… ああ、どうしよう。クロさんに何て言おう… ちび猫はお供の金魚を全て失いました。藻掻き苦しみ苦痛の果てに息絶えたのではありませんが、お願いして連れ出した金魚なのに…
『 解放 』
ずしっと頭に乗ってくる単語ですな。重いですよ。あれはあれで良かったのだと思いますが、思いますがあ あーー、俺のきんぎょー。
俺のき・ん・ぎょ〜〜〜。
猫さんが悪いんじゃないです。ですが、ぺっちをしたからでしょうか? 『 俺の金魚 』意識がすっごく強くてですねえ。
クロさんが面倒みてくれてる、俺の金魚があああ〜。
…クロさんに謝って来よ。
「にーい、うにー、にがにーい」
「は? え?」
「にがにーーい」
「…つまり君、何にもしてなかった訳? 単に遊んで寝てたんだ?」
蒼色に急速冷凍入りました。
いきなり態度が違います! 猫を見る目が違います!! 氷雪の女王様はいませんが、視線で氷雪系を駆使する男が此処に居ます!!
しかし、反論できないので小さくなってお小言を聞く。
「猫の君に言うのも、どうかと思うけどさ? 言えるなら猫でも良いからと言ったのは俺ですけどね? ああ、そうか。そうだね、俺が繰り返す不安は君のそーゆートコロにあるんだ。俺のお願いを君は流し続けてくれるから」
腕の中で猫しょんぼり。これでも反省してます。しかし、意見の相違はですねぇ… あー、不安は重箱の隅でいーですから〜〜。
「 みぃ… み、み、みぎゃあーーーー!」
ゲシッ。
腕を蹴って床に着地。
俺が悪いがそこまで言われる覚えはない! これ以上は知らん、付き合ってられるかあ!!
「あ」
小言がしつこ過ぎて目の奥が痛くなったじゃねーか! どーしてくれる!
そりゃー、事実だよ。事実が事実だから大人しく聞いていたが、わかってないと連呼されてなーにが嬉しいよ? ちび猫の楽しく覚えていきたい、勉強したいとゆー願いはそんなにも許されないものなのか? 指導要領に添わないモノはハズレだと? それ以外は無用だと?
じょーだん抜かせええ! 猫のやり方に人が口出しすんじゃねえよ!
…まぁ、今回失ったけど。バイバイしてくの見てただけだけど。それについては思うコトはありますしーー! 俺だって自分の役立たずさに力不足に知識不足もその他も、うえええええ! 泣けてくるううう!
「あ。 あー えー その〜〜」
「にゃあ」
問題なくシャイニングカーペットが降りて来た。ああ、良かった。すてててっと上ります。
途中で体が浮きました。
誰かさんの両手が捕獲しやがりました。やめて下さいよ。
「ええー その… 言い過ぎました。あ〜〜 のですねえ。ええ、 まぁ、なんと言うか。 うーー… 意図的に締め出さないと 感情の制御が上手くいかない状況下にあって… あ、駄目だ。言い訳。 は。 八つ当たり、混じってる。 ごめん、いってらっしゃい」
ため息が聞こえた。
カーペットに、そろっと降ろされた。
見上げる顔は何時もの顔。 …何時ものってな言い方もナーンか間違ってそー。
「…なぁあん」
尻尾を一振りしたら、急いでカーペットを駆け上がります。説明と怒られをしてきます。直ぐに戻ってくるから待ってて。
あ、ちが。
えー、できるだけ早く着替えはする!
「セイルさん達、待ちくたびれてるかな?」
「時間的には今更だから気にしない」
「だあーーー!」
足早に食堂に向かってます。お互いに説明は後です。食堂で一遍に済ませます! つか、ご飯を前にしての待ては辛いですからそんなん後じゃーーー!
ガチャン。
「兄さん、姉さん。お待たせ」
「遅くなってすいません! 俺が… うひぃ!?」
食堂に一歩踏み込んだら、襲ってくる凍てつく波動。いや、室内を吹き荒ぶブリザード。正に見えないナニかが吹雪いてる… 絶対、吹雪いてる。だから体が勝手に硬直すんでしょう!
うすーく目を開けて椅子に凭れてるセイルジウスさんの全身から脅威と恐怖のナニか溢れ出て、ぐーるぐーると渦巻きながら〜〜 って、あれ? ちゃんと見えてる?
いや、そんな事より! セイルさんが光り輝く黄金の魔王様にしか見えない…
リリーさんもハージェストも氷雪系をお持ちのよーだが、セイルさんもかぁ。あー、リオネル君も普通に持ってたな。血統付属スキルだなー。
うわー、こっち流れてくるー。俺、おわた?
セイルさんの隣ではなく、俺の席に座ってたリリーさんがニコッとした。
「お兄様、そろそろ… お戻り下さいませ」
「 …ん? ああ、二人とも来たか」
リリーさんの声掛け。
セイルさんの前で小さく光りが弾けた。いきなり弾けた光りはセイルさんのと見分けがつかない。つかないとゆーより全く同じモノに見えた。
…これはリリーさんとセイルさんの力は同質って事でok? それとも得意と言ってた同調? ……両方ってのも有り?
「お兄様の場合は近過ぎると巻き込まれて大変なの。うふ、椅子を温めてしまったわ」
「え? いえいえ、そんな事はちーっとも!」
席移動をするリリーさんに、えへらっとしたら隣も言う。
「そうなんだ。個が個である以上、簡単にはならないんだけど巻き込まれってのが。何と言っても力の差が。 だあーーー! 今回、貰ってたのが裏目に出た。思いっきり出た! ちくしょう、突発だとどーしてもこう〜〜 くぅう!」
「ほわ?」
「良い、食事にしよう」
セイルさんの一言で、壁際で置物化してたロイズさんが動き出した。
昼食は取り分けでーす。
同じ皿の飯を皆で食べまーす。美味そうな匂いに涎がじゅるり、視覚でもじゅるり。
出てきたご飯はパスタです。大皿にどんとてんこ盛り。グリーンのオイリーなソースはバジルソースみたいです。きっとそうでしょう! そんで魚のソテーには柑橘系の輪切りにパセリのよーな葉っぱがパラパラ〜〜。 …朝じゃないのに何でかある解毒水が微妙です。
解毒水を見ると、普通の水で良いと思うんですよ。しかし、おねーさまが注いで下さるのだから飲みましょう。アレだけど。
「ノイ」
「はーい」
呼び掛けに手を出した。
三人様が取って下さり、手持ち無沙汰。しかーし! 俺はデザート係だからいーのだ。
にこちゃんでご飯です。
ソースが飛びそうなのでナプキンをします。ちょいともたついたら、ロイズさんが「失礼します」と手伝ってくれました。はい、借りて来たねこ〜。
いっただっきまーす。
セイルさんが盛ってくれたパスタはバジルの香りと油の滑らかさに塩気が相俟って最高。それに生パスタ… ふつーうに生なんですよねー。あー、美味い。
「食欲が落ちた時にも食べれそう?」
「油分はきつくなくて?」
「香りは良かろう?」
「美味しくて、ぺろっとイケそーです」
全てに一言で答え、にまにまと食っております。魚も程よい酸味に香り付けが効いてて、うんま〜。
「今回の生育は順調だったようね」
「ええ、成果が出始めましたようで」
「これなら、回しても良かろう。多少でも家に収めねば帳尻も合わん」
食事をしながらの会話はナニか違います。話題になってる緑のパスタソースは地産地消の証である同時に、外貨獲得の為のしょうひ …納税品じゃ獲得には繋がらないか。あれ? そーいやこれは薬草? それとも香味野菜?
プチトマトなサラダも頂きます。 …待てい、この怪獣の卵のよーうな赤紫の物体はナンだ!? 色に形が怖いです!
「兄さん… 親父様に何か言われてる? そんなに気にしなくても。今回の竜達の意見も悪くない。目論見通り、避暑としても保養地としても使い物になりそうなのだし」
「ん? ここ、別荘じゃ?」
「ええ、そうよ」
そうして三人様が話してくれた内容を脳がイメージ変換します。
晴天の下の竜の放牧。
だだっ広い草原を竜達が楽しそうに駆け回り、のーんびりと草を食む。とても穏やかな日常。 あ? 肉食に草は要るんか? 犬も猫も食ってたから多少は食うよな? 花屋で猫用の草ってのが売られてたし。 …あいた、雑食は流そう。
怪我した兵士さんに療養施設。
かぽーんと音が響けば、そこは湯治場。温泉があるのか不明だが全身治療のリラックスと言えば、さいきょーのお湯だろー!
他にもある領地、領民。
同じ領主様を頂くなら、そこは提携協定不要の姉妹都市。いや、都市じゃなくて街? 姉妹街。 …なーんか違うの連想するな。
姉妹都市にお出かけ。
初めての場所でも親近感は沸くだろう。 …特に犯罪に巻き込まれた場合のお裁きには安心感があるでしょう!
シューレは田舎のまんまで人と竜の為のリフレッシュ休暇村になるよーです。どこまでやるのか不明ですが、使えなくなった兵士は即座にグッバイではないとゆー証が作られていくよーです。しかし、利益度外視なら赤字を被るのは家。確かに、家。
それを補う薬草村。 …薬草で赤字が解消されるんか? 無理っぽくね? んでも療養なら要るし。だからこその商品化で、きっと他にもあるでしょう。
バジルソースは証の形。
たらーりと流れ落ちる緑の流動体こそが、関わる皆の意志の現れ。かたーく定まった証なのだ!
「行いが此処に有る」
「え?」
「ソース、すごく美味しいです。皆の事を考えるコトで此処が変わっていく、上手くいけば良いと思います。ココを選んで良かった。もう、すっげ格好良くて優しくて 金じゃないのに、ものすごく感動」
「…」
「…まぁあ、嬉しいこと」 「ん? はは、そんなに持ち上げられてもな。行いに失敗は付き物だ、広げ過ぎても後が困る」
笑うセイルさんに抜かりがあると思えない。
「事業の撤退、縮小はある事だ」
本気で思えないが、これが過信だろうか? でもなー。 ああ、そーか。ハージェストもこーゆー感じでセイルさんを信じてるんなら当然かぁ。
思い出すロベルトさんの顔、道中の賞賛。 …にま〜っとしてくるから、迷わず小さな赤紫にフォークをぶっ刺して食った。
むにゃった時点で停止。
口元が歪みます。この歪みを笑いに変える事はできません。停止に長押しリセットボタン、ギギギッと動いて解毒水でごくごく流し込む。流し込んだらパスタをバクッと口直し!
バジルソース、君は実に素晴らしい。ソース万歳!
そして行儀の悪さを承知の上で、隣の顔を見る。赤紫を見、隣の皿を見、一巡してまた顔を見る。目で強く訴える!
「えーと… それは野菜の一つでですね」
「不味くて食感が嫌です」
「あら、食べれなくて?」
「食感が嫌です」
「そうか? 食えん程か?」
「この食感はアウトです! 食感は偉大で、偉大過ぎて見過ごせません!」
「食感だけなら半分はいこうよ」
「偉大過ぎる食感には勝てないとゆーてるだろーが!」
「色々食べてみないとわからないし、舌が肥えないよ」
「味覚なら違いがわかると誉めてもらったあ!」
「肥えて鋭敏になるんでしょー!」
「じゅーぶんなってるってー!」
「それは過去です!」
「いえ、現在も通用します! してます!」
「いいえ、他も知らねば通用しません! それに栄養が体を作るんだって!」
「他でカバーするって!」
「他がなかったら、どーするのさ!」
「うええええ!」
隣の皿に転がしたいができない小心者の自分が悲しい。他にも食い物はあるだろが!と怒鳴れない自分が悲しい。結局、押されて嫌々食ってゲロりそうになる自分が悲しい。同じ目に遭ってるのが悲しいー! しかしあの時のよーに、「吐いて良いから!」の助けはない。
カリフラワーっぽいの好きじゃないです。
「時間を掛けるだけ嫌になるよ。はい、早く食べる」
……憎い。隣が憎い、憎ったらしい。自分は平気だからと言いやがる! 大体、これを多めに入れたのお前だろーーが!
「よく頑張りました」
フォークが残りを取ってった。一口で食う黄金の天使は天使じゃないが天使だ。
憎ったらしさが消え失せて、急速に広がる後光が眩しい。大げさですが嘘は混じってないですよー。
「さ、口直ししましょう」
「ああ、甘いもので直せ。ははは」
俺が嫌々食ってる内に全員食い終わってた。
今日のお昼のデザートはホールケーキ。真ん中と周りを赤と黒のベリーなジャムで飾ったチーズケーキ様でーす。
ジャムですから、所々ごろんごろんしてます。ごろんの配置が絶妙です。そして、俺の出番!
ナイフを握り、真ん中のベリーをブスッとしようとしたら止められた。
「えー、君はこれをどうしようと?」
「え? まず四等分にこう」
「なるほど、そちらを先にか」 「違うのね」
セイルさんとリリーさんがうんうん頷くのに、ハージェストが筒状のブツを取って見せるがわかりません。はて、それをどーするのだ?
「これはこう使います」
ズッ…
「ほわぇっ!?」
ハージェストが筒をケーキの真ん中目掛けて突っ込んだ。そんで筒をズボッと引き上げる。そうすると筒の中にケーキが詰まってる。
詰まったケーキを上から優しく押して皿に乗せた。そしてホールケーキには見事な穴が開き、ドーナツ状になった…
「さ、これで残りを切り分けて」
「ショ… ショートケーキ様が行方不明に」
「え、なに?」
「イ、イチゴじゃないけど… クリームもないけど… 似たよーなショートケーキ様がぁああ!!」
「あら、どうしたの? まだ切ってなくてよ?」
「先端がない方が安定して切れるぞ。易々とは倒れんしな」
お二人のお言葉に、うひょう!ですよ。合理の前に涙が素っ飛んでいくのが辛いのですが。
ナイフを入れました。
先端部分がないのでナニかものすごく違和感を覚えるのですが、取り出しは非常に楽でした。
そして、真ん中のはやっぱり真ん丸ではなく歪でしたがベリーは無傷。うーむ… 食べてしまえば同じですがね? 見た目も大事なはずなのに…
此処では、ホールケーキは真ん中からgo!なんですねー。 ふ。
「うふふ、真ん中もどうぞ」
「え、多過ぎで」
「多いなら真ん中のを食べなよ」 「ああ、そこが一番だ」
一番な真ん中を頂きました。
ちょっとへたった丸いケーキ、無傷のベリー。
ホールケーキを家で切ったら店売りのよーには切れません。でも、それが味。歪なのも味。切り方が違うのも味。いや、切り方は違えどって話?
一番美味しい真ん中。
…大した事ではないのなら、何でもない様なコトだろか? そらまー、人によりけりでナニを記憶から引っ張り出して比較しよーとしてるのかとゆー俺の頭もアレですが。子供でもないですが。あははは。
思い出しては、ナチュラルに忘れていく顔。
兄弟で仲良く笑ってるのを目にすると、心がちょいと手を上げる。上げるから思い出す。単純に、当たり前に思い出す。
どうしているだろうと。
終わってるから考えるだけ無駄 な、のも わかってるんだけどさぁ。
「どうかして?」
「…チーズの香りをたっぷりと浴びて」
「あら、素敵。甘い香りは嫌な事を忘れさせてくれるものね」
リリーさんの笑顔に、もう一つの笑顔を重ねて固定してみる。 …違ってても綺麗に重なるのーみその不思議。
元気かどうかと心配する事を未練と呼ぶのでしょうか? 言わない気がしますが、他になんと言えばいーのかよーわからず。
「美味しいよ」
「ん、貰います」
無傷のベリーは甘酸っぱい。
食った後のチーズケーキには黒っぽい赤が滲んでた。 …ま、ジャムだし。
「こちらは如何でしょう?」
「あ、欲しいです。入れて下さい」
ロイズさんが淹れてくれたミルクティーも美味しくて満足。
これで幸せになれる俺は、きっと安上がり。今度はレアチーズケーキが食いたいです。あるかな?
幸せを食ったので猫寝を怒られよう。仕方ない、どんと来い!
「…で、その後は猫相撲してました。四つ足がっぷりから押せ押せの寄り切りで転ばしと流れてごろんごろんと縺れ合い、足に縋る『待って、行かないでー』ごっこもしてました。不正に苛めはどこにもなく、実に楽しく遊んで遊び疲れて寝てしまったんです」
説明にセイルさんが目を閉じた。
「君と同じ灰色の子猫…」
「爪に力を引っ掛けて…」
「あの猫さんは危険猫物ではなく、大変優しい心の持ち主です!」
「あ、それについては否定しないよ?」
「ええ、お腹を壊すと心配してくれたのよね?」
…おかしいな? 俺は金魚のしょーてんの方に話が振られると思ったのに。食べるな、危険!からの放り投げの方に説得力があったとは。
「君を同族と見做したのだろうか?」
「…どうだろう? 俺、魔力ないし」
「そもそも、どうやって存在を知り得たのかしら?」
「それについては」
ハージェストが以前、俺ではない灰色の子猫を見た事をリリーさんに詳しく話し始めた。
それで思い出す俺も鈍い。
俺のニセモノが!と叫んだ、あの時の怒り。研ぎ澄まして探った、あの感覚。あの時、猫さんと出会えてたら。あの時、出会って遊んで貰えてたら。
ナニかが違ってた気がする。ハージェストに視点を当てた時に掴みかけた、あの感覚…
あれ? 遊んで貰ってたら、あの感覚掴むか? ふ、無駄思考。猫さんと遊んで楽しかった、それで十分。
次に会えた時、色々聞いてみよう。忘れなかったら。
「それで、クロさんはどう言ってた?」
「全く気にされず、笑顔。素晴らしい笑顔。何度か聞き返しましたが〜 最後に、どっぱんと金魚の水流れを実演して下さり」
「……じっくりと見てみたいわあ〜」
「えー、実演の心は?」
「おそらく… 非常に言い難いのですが、落第金魚ではないかと」
わざわざ金魚の選定をした事を話せば、クロさんはあの猫さんが来るのを読んでた気がする。
「予定調和なのかしら?」
「調和、ねえ?」
ハージェストの笑みが嫌みっぽい。通じるらしく、返すリリーさんの笑みもちょっぴり悪女っぽく。
「なぁ、なに?」
「あ、ごめん。つい」
「…ついって?」
「あ〜〜 性格悪くて、ごめ。歌や音楽には諧調って言葉があってね。聞いていて違和感を覚えない、全体の音が上手く溶け合ってる事を指す。だけど、音合わせで揉めるんだよね〜。溶け合う為に、どこをどう合わすって。
誰が、何処に、何の意図を持って、どの様に仕向ける事を調和と呼ぶのか? 反影される調和は誰の心を映し出すのか?って話」
「うふ、同じ曲でも指揮する者の解釈で諧調も全く違うわ。それはそれで聞いて楽しいのだけど。でも、指揮する者が居ない場合はどう?」
「そこからの嫌みってなーんだ?」
「嫌み」
色々、脳裏を駆け巡る。巡る分だけ纏まりは遅い。
「誰の調和の押し付けだ、呆け。辺りで良くないか?」
「兄さん、もう少し柔らかく」
「ん? そんなものだろう?」
セイルさんが笑ってた。
蒼い目が笑い合う悪い顔。 …なんだか見慣れてきたなぁ。
座り直したセイルさんは、重々しく言った。
「俺も、もう年かな」
「ナニを言ってるんですか、兄さん」
「あら、お兄様。私はとっくに年だと言われておりますが?」
一天、俄に掻き曇る暇もない突然の猛吹雪!
おねーさまの笑顔の裏に透けて見える氷の微笑み! 真正面からブリザードを食らってスノーマンになりそーです! しかも、本題がどっかに吹っ飛ばされていきますよーーー!! うはーーーー!
…吹雪は止んで、黄金の晴れ間がキラリとします。助かりました。今後はかまくらが作れる速度が望ましいです。いえ、ない方が良いです。
「いやな、わからな過ぎてな。以前を含め、本当にその猫がいたなら俺の力は衰えたとして手を打たねばならん」
「だから、これだけできてどーして衰えていると」
「衰えに気付くのは些細な事からだ」
「集中で影響を及ぼす衰えがあるかよ!」
晴れ間が出たら、二人が平行線を辿る話を繰り返してた。
「次期の座もだな」
「ふざけんなあーー!」
俺は付いて行けませんが、ハージェストのぶち切れでセイルさんが落ち着きそうな… 今だ、援護射撃!
「衰えと言われると疑います。他の要素を疑うべきです!」
「そうか」
あっさり笑ったのに、セイルさんがどこまで本気で言ってたのか疑わしくなりました。
「全く…」
ぶちぶちなハージェストに我関せずのリリーさん。 …ウインクを送ってくるリリーさんの真似をするには俺のLevelが足りない。
「さて、地下の件だが」
雰囲気を改めると二人も直ぐに改めるから、兄弟仲が良過ぎるだけみたいな〜 はぁ…
地下牢の下の話を聞きました。異常事態が発生してたそうです。その間、寝てました…
「主体となるべき力の要因が見えん。だが、回り始めている」
「ごめんなさい、お兄様。視るべき時なのに」
「姉さんは無理しない。一度、降りましょうか?」
「繋ぎが上手くないとわかっていてか? やめよ」
「ですが」
どうやら地下牢の下には隠し部屋があるよーです。もしや転移でしょーか? 湧き上がったちょっとのワクワクは危険性で萎れました… 元おーさまんちの地下ダンジョンの罠って怖そう。
「新たな力の流動が感知できぬに動く。尚且つ、異常とわかるに異常がわからぬ。何かが有らねばならぬのに無い。
あの糸だけが時を遡り、始期に戻ったと見ゆる。気に入らん」
顰めっ面になるセイルさん。ご機嫌斜めの証拠にじわじわと放出が再開されそーです。
ロベルトさんに後を任せた時にも調査してた。現場で調べた。危険性の高さを把握するから行かせたくない。そして、回る量が均一と判断できるから無理を強いたくない。しかし、納得がいかない…
流れが見える事が余計に苛つかせるよーです。
「で・す・が・ね? これ以上の巻き込まれは!」
「良い修練だろが」
「……く、そ 兄貴がああああ!」
ハージェストが苛つく。セイルさんの苛立ちに同調ではなく引っ張られてるよーだ…
は! こいつ、引き摺られを経験済みじゃねーか! いやっふー! 約束通り、引き摺りはないな。いや〜、良かった良かった。実感持ってたんか〜。
にまにまします。
現状を理解しました。
流れがぐるってんねー。