表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
16/239

16 報復の行方 アズサ

非常にすまぬです。myルールを外しました。もう分割しない方がよかろうと。一万字ちょい投下します。  …長いですよ。

 


 指定時間を繰り上げる連絡を入れたので、早めに昼食をとって学舎に向かう。

 方針を決めた以上、この状況を打破する。それにしても、ハージェストは落ち着いているようで全く沈着していないな。家で指定時間を待つより早い事、動いてやるに限る。行って肝心な奴らが居なければ対応が悪いと、いびってやろうか。



 それにしても、行く前が一騒動だった。

 妹達に末弟も行きたいと言い出したからだ。さすがに全員で行くのはな…

 

 俺とハージェストだけでも良かったが、リリアラーゼが封をしたのなら速やかに行う為に行くべきだ。それに前日との比較もできよう。

 ネイルゼーラに留守とその他諸々の必要事項を頼み、学舎を休ませたリオネルには自習を言いつけた。


 リオネルのあの恨みがましそうな目。

 ハージェストに言われれば大人しくなったが、俺には態度を変えやがったな。子供ガキめ。いや、まだ年齢的にも子供だから問題ないのか? 


 留守を任せるネイが頷きつつも、じっとり見てきたのは誤算だった。不満げな顔でいたが、さっさと気を変えハージェストに向き合ったので助かった。


 「これ以上、悔やまない為にもしっかり絞めていらっしゃい」


 片手を握り締めて力強く言う。


  

 実に正しい励ましだ。俺の結論は全員に伝えたからな、やってくるぞ。 




 馬車の中で子犬は揺れるのが嫌になったのか、丸くなって大人しい。ハージェストに確認して抱いてみたが、なかなかいい手触りだ。


 子犬を抱き上げた時点でリリアラーゼが、さっと膝掛けを出してきた。この時点で服装への強い拘りが伺えたが何も言わんぞ。俺は。


 子犬を膝にのせて抱き直したあと魔力をもって触れれば、すぐさま頭を上げた。怒りもしないし、唸りもしないが眼差しが訴える。笑いかけ、頭全体を手のひらで撫で上げ「驚かせたか? すまんな」といってやれば、膝の上でもう一度丸くなる。


 …うーむ、実に可愛らしいな。小動物がこう可愛らしいとは思わなかったな。俺が関わっている最小動物は、さっき恨みがましそうな目で見ていたしなぁ。

 ああ、もちろん渡さんぞ。この子犬はハージェストの、そして、うちの子だからな。


 それに間違いなく魔力反応を返している。体躯が小さいせいか、妙にわかり辛いが確かに通常にはない反応だ。


 死に瀕した魔獣を子犬に変貌させる。その様なことは聞いたことがない。怪我の再生は聞く、死んでから間がない甦りも聞かないことはない。

 魔獣も子犬も四足獣の点は同じであっても違う種への変貌。妹達もハージェストも触れないが、 …なんとも信じ難い、そして厄介な話だ。


 召喚獣には魔力はなかった。故に誰も感知できていない。このことが全てにおける原因。


 召喚獣は死にかけていた。ならば、こちらに移ったという考えも無理をすれば出ないこともないが… 光は完全に散り消えたというし言葉を残しているなら違うのだろうな。 

 

 どれもこれもが推測でしかない以上、闇の中か…



 それでも召喚獣が「あげる」と言ったのなら、子犬はハージェストのものだ。感知できず誰も把握しておらず、ハージェスト以外その言葉を聞いていなくてもな。

 何より子犬のこの態度。何度言ってもいいが、どうみてもこれはうちの子だろうが。


 考えてはならないことだが、その場に俺が居ればどうとでも動かしてやれただろうと思うと腹立たしい。



 馬車を降りた後は案内役に、当事者となる者は全員来ているかと確認を取れば「全員おります」とのげん


 では、初っ端からいこう。頭を潰してなんぼだ。


 案内役が扉を開く。

 入室と共に魔力圧をほとばしらせた。


 俺、子犬を抱いたハージェスト、リリアラーゼが入ったあと扉が外から静かに閉まる。案内役の小さな悲鳴が聞こえたが知るか。

 室内にいる人間を確認しつつ、席までいけば学長の顔色が悪い。どの意味合いで顔色が悪いのだろうな?

 


 学長から彼らの紹介を受け、その一人一人に、さらに魔力圧を掛けた。

 掛けた結果、医者と補佐はすぐ俯いた。召喚獣イーリアも目を伏せた。検査官とは目が合った瞬間に掛ける圧を上乗せしてやれば即座に目を逸らす。監督役は粛然とした風情でいたが、奴自身の変動する魔力の流れから俺の魔力圧に対抗しようと足掻く意思が透けてみえる。笑える。それに対して徐々に圧を上げて締めつけてやれば、次第に目を伏せ抵抗を止めた。

 まぁ、悪くない。しかし、この面子で俺と渡り合えるだけの力の持ち主はいない。つまり、魔力による欺きは不可能と知れ。 挨拶としてはこんなもんだろう。


 …ハージェストが落ち込まんといいんだが。

 

 その後、端的に名前だけの自己紹介をしてやった。 始めよう。







 俺、キース・ヘイゼルは今回の一件において、どう出れば良いか昨晩から思案していた。

 

 昨日は学長へ説明をした後、悶着した会話を短時間構築した。その時の学長の「その生徒は誰か!?」と言った声が耳に残ったな。

 名前を告げた後、明らかに顔を引き攣らせた学長と現場の施設棟へ行き現状維持を図った。それから、来訪した姉への弁明をした後にまた学長と話し合い。これで日が終わってしまった…


 徹夜にならなかったのが、マジで嬉しい。

 学舎の寄宿舎の空き部屋で寝れたのも、飯を食えたのも助かった。


 ラングリアの姉に、上層部への連絡は明日問題が片付かなければと言われている。

 いや、どちらにせよ、あったことは報告するんだけどよ。

 どうせ叱責されるなら一度で済ませたいと思うのは、まずいだろうか? 『ご家族の意向を尊重しました』という釈明は通るだろうか?


 そんなことを頭の隅で考えながら学舎の食堂で朝飯を食った。温かくてうまい飯ってほんといいよな。涙が出らぁ… 温かいだけでも有り難い時があるのが、たまに寂しい。 …今の飯が不味くなる。考えるな、俺。



 ラングリア家について聞いてみたが、学舎側からの情報は止められて回って来ない。


 この学舎は魔力を持つ者の為にある。そして、より多くの者へと門戸を開いている。

 門戸を広く開いたことが吉と出た。人と知識が上手く集まり学舎としては上位にある。特化してはいないが幅広い知識を保有する学舎として、ここはよく挙げられる学舎だ。庶民もいるが貴族の子弟がいてもおかしくない場所。貴族の子弟とて田舎の学舎より王都の学舎を選ぶことはある話だ。


 俺の勘では庶民的富裕層ではない気がする。なら、地方の貴族だろうか? 貴族でも嫡男なら来ないと思うが、跡を継がない次男三男ならいてもおかしくない。

 それに貴族とてピンキリだ。名ばかりの貧乏貴族もいるわけだし。


 裕福な家なら子供に礼儀作法はきっちりさせている。なによりここは王都、田舎とは違う。上手く行けば成功が大きく掴める場所だ。可能なら身綺麗にするのは当たり前だ。


 昨日の姉の服装は確かに良いものだったのは分かるが、ピンを間近で見慣れてない俺に一目で見抜けとかいわれてもなぁ… あの話し方はどっちだろう? 

 基本、現場で右往左往するばっかりの貴族なんかと縁遠い俺に詳しいことはわからん。ただ、やっぱりどこかで貴族じゃないかと思わせるものがあの姉にはあったんだよな。

 それに情報を止められているのがより怪しい。軍に所属しているとわかっている俺にも流さないってことは… 貴族の気配が濃厚なんだよな〜 しかし、貴族だとすれば姉のあの態度は妙な感じだ。あんな状況なら遠慮なく怒鳴るだろ? 普通。 …単に性格だろうか? 問い詰め方を考えれば… 豪商…とかだろうか?


 結局、俺は午前中の内に監督役失敗の連絡をしたのだった。 

 仕事でも内容がアレだから、現場優先の翌朝連絡可の許可が降りていたのが良かったのか分からんなってきたな。今回は間違いなく学長が保証してくれるのが、たーいへんあーりがたいわ〜

 


 早めに応接室に待機した。予定は十四時からだったが、午前中に十三時からに変更連絡があったためだ。連絡した上官が同席できなくなる可能性があるが、向こうの意向だから何も言われんだろう。

 書記の医者と補佐と話をしていれば、ミルド検査官とイーリアが入ってきた。

 検査官は昨日と全く変わらなかったが、イーリアの様子が少し変な感じがするので話しかけようとした時に相手の到着連絡があったので控える。


 迎えるために椅子から立ち上がり、横に控えていたところでガツン!とやられた。



 襲って来た魔力圧に総毛立つ!

 攻撃ではない、ただの魔力圧だ。精神的圧迫を受けていると錯覚するほどに強いただの魔力圧だ! 

 

 そう理解しても震えが起こり、反射的に体が攻撃に転じそうになる。なるが、意思で止めるよりも単純に魔圧が強くて動けない。



 『やられた!』



 そう思うがどうにもならない。

 完全に相手の力量が上だ、確実に頭を押さえられた! 少し粘ってみたが無駄だ。魔力戦なんぞに持ち込んでも潰されるだけだ。目線を回し周囲を確認したが誰も敵いそうにない。動くだけ馬鹿だと判断して、目を伏せ恭順の意を示し大人しくする。

 今回は俺の詰めの甘さも問題にあがるだろうが、主としては検査官だ。あちらに対応の焦点が向くのは確実とそう踏んだ。


 鬼が出るか蛇が出るか、それに応じて対応の仕方を考えてやっていくかと悠長に構えていた自分の甘さを呪いたい! 今までそれでやり過ごせて来れたから、今回もなんとかやれるだろうと思ったのが運の尽きだ。


 出てきたのは鬼でも蛇でもなく、間違いなく全戦闘能力を注いで万全の体勢を維持し、持てる手段の総てを用意して向かわねば始めから勝てもしない最終決戦ラスボスだった…


 完全余波で逝ける。 


 あれだけの魔圧を放出しても何の問題も無く、冷然とこちらを眺めているラングリアの兄貴の魔力量の底が計れない。単なる魔圧にここまで力が出せるなら確実、貴族じゃないのか!? 


 とんでもなく冷や汗が出て来た。


 胃が痛いですむとか、そんな話じゃない。

 先を思うと目の前が、真っ暗、暗くて… 暗い…


 上官… 時間変更あって良かったんですよ、上官の運めっちゃいいですね? 俺と代わってくれません?



 




 今日の皆の服装は昨夜ネイと一緒にあーでもない、こーでもないと悩みに悩んで選んだものです。


 蒼を基調としましたの。

 白のシャツに蒼の上下の着衣、上着の胸元から覗く白のハンカチに金鎖の飾り等の小物を駆使して色合わせを綺麗に仕上げたものです。シンプルですが、着こなせるからこそ出せる品位を目指しましてよ! 

 私とハージェストも同じ色目です。ただ、私は胸元と纏めあげた髪の間に、緑がかった白の造花コサージュを品よく飾っております。中振りの花弁が多く重なる可愛らしい感じの花ですわ。


 子犬には、金と赤の二色のリボンをり合せて首輪を作りました。ほんとは金と蒼にしたかったのですが、黒の毛並みに蒼ではわかり難いので諦めました。

 それからネイと一緒に無理やり細工した小さなメダルに、ラングリア家の紋を貼り付けて首輪に通し付けさせています。手に取らないとよくわからないのですが、無いよりましです。即席にしては良い出来ですが、もっと早く気がつけば良かった… ちゃんと後でもっと良いものをしつらえてあげますからね。

 検査官なぞに渡しませんわ。ふっ。


 そうそう着衣による付属防御も思案しましたのよ。一戦を交えるのですから絶対に必要ですわ。うふふ。この造花コサージュにも特性というモノがございますのよ。



 お兄様の魔力圧だけで項垂れたその姿に溜飲が下がります。肝心なのはこれからですが、非常に気持ちいいです。このような事では良くないのでしょうけれど、やっぱりすっきりしますわね。

 いけませんが、笑います。

 

 ほー、ほほほほほ!







 着座してから魔力圧を弱める、弱めるだけにとどめるのがきもだ。

 

 全員に話を振り、その場で一人一人の主観を述べさせる。

 ここにいる連中が結託する理由はない。午前中にとらせた確認に置いてもそれは見当たらない。今回ミルド検査官が担当したのも、我が家に関する線は薄い。


 しかし、確定していない。

 魔圧に晒されるのは、なかなか辛い。確とした意思で実行したのでなければ、保身に走るのが妥当なところだ。結託があれば、壊れて剥がれ落ちれば実に面白いのだが。

 

 …面白い事態の発展は見込めんか。



 最後に戦闘検査において、発生した一通りの内容を検査官から直接聞く。大筋で全く変わらん。違っていればその点をぐだぐだ聞いてもいいんだがな。さっさと移るか。

 


 「ミルド検査官、あなたが我が弟の召喚獣を見殺しにしたのではないかと疑っている。特に戦闘を推奨するあたりが非常に不審なのだよ。弱い召喚獣は要らないと切り捨てる者もいるが、あなたはどうなのだ?」

 「そのような言われ方は慮外ですわ。あれは、あくまで事故です。私は考える中で最適であると、判断して実行したまでです。結果、このようになり私とて残念に思っているのです。確かにあの召喚獣は弱いと思われます。ですが、そこにいる子犬のように予期せぬことが重なっております。そのことにより切り捨てたと思われているのでしたら、それは心外ですわ」

 「つまり、それは予期せぬことが起こったからであって、起こっていなければどうなのだ?」

 「起こってもいないことを論じるのは無理があると思われます」

 「想定をしないと?」

 「いいえ、そうではありません。今回のことは想定外といえることです。まず今までの事例にはありません。その中で私は最良を選びました。そして、その範囲で想定されることは押さえて動きました。ですが、結果このようになってしまったのです。私はこの事態を招こうと思って行ったのではありません。そのことは確かなことです」

 「想定外であり事例にないものに対して、慎重に対応しようとは考えなかったのか?」

 「ですから能力の判断が早くつけば、それだけ後の対処に目処がつきます。慎重に考えるからこそ最良として行ったのです」


 同じ内容の質問を言葉を変えつつ繰り返す。

 

 繰り返すだけ、だんだんと質問に対する返答がズレ始めるというか、答えていても最初から微妙に噛み合ないというべきか。そのことを本人が意識して行っているのか、いないのか。

 同じことしか言わない事実を本人は空回りと解しているのか、どうなのか。それとも、他になにを言えば良いかわからんのか? はたまた、それ以外言うことがないのか。


 繰り返しても進まぬ話に厭きてくる。


 話が平行を辿り進展が見込めぬのならば、あとに残るはだんまりだ。

 どちらも引かぬのだから沈黙のまま時間だけが過ぎる。を説くように話しても、利害と保身で身を固め、また見解の相違が壁を成すなら始めから是非も無し。


 最も、どうあっても最終自己弁護でしかない話だが、さぁて。



 魔力圧を完全に静める。 

 自分の言が通り、怒りを収めたと取り違えるかね?



 魔圧を静めた後わずかに考える程度の時間を置き、少しだけ口調を優しいものに変える。



 「事例があれば、こうはならなかったと?」



 さすれば我が意を得たり、と言わんばかりに飛びつくように返事をしてきた。


 「そうです。その通りです。私は未知の状態から手探りをしていたようなものなのです。今回のことの対処は難しく、あくまで事故なのです。

 ことに子犬への変貌もしくは発生ですが、まず考えられない事象です。このことは今回の中で一番の大きな成果なのです。あの召喚獣が成したという確定した事象ではありませんし、又、このような言い方は御不快に思われるかもしれませんが、召喚獣が成したのだとすれば私達に残した大変貴重な実例とも言えます。今回の一件は事故でありますが、こちらの不手際により消失したのだと詰られても仕方のない事、とも思っております。

 ですが、あの召喚獣の残した成果であるのなら生かすためにも、是非とも、あの子犬を我々検査機関に正式にお譲り頂きたいのです。必要とあらば、ちゃんとお会いになれるよう手配は致します。

 あの子犬が真実あの召喚獣の手に由るものだとすれば尚の事、私達検査機関で調べ上げ、その力の一端でも解明して知識を広め、国や皆様のお役にたてるよう誠心誠意努力に努めますので、どうぞご理解して欲しいのです。

 また、今回の事が私の対応の悪さからきたものだとお考えでしたら、その挽回を専門分野であります検査・検分によって払いたく存じます。どうぞ今後一層の発展の為、そして新しい知識を深める為、理非のお心を持って御英断を下さりたくお願い申し上げます」


 言い終わると同時に所作をもって願ってきた。 


 その所作をみながら、よく回る舌だなと思う。確かにある意味こいつは有能なのだと考える。

 しかしだ。ハージェスト、やるわけないから落ち着け。そして、リリアラーゼ。お前もハージェストに引き摺られるな。茶番は終わっとらんのに、兄は泣くぞ?


  

 ゆっくりと周囲の者達を見回せば、みな黙っている。

 監督役の目線だけが何か言いたげだが、口を挟む事はなかった。薄く笑ってやった。 

  

 お前達 『連帯責任』 という言葉は知っていような? 




 「問うが、検査官。あなたは、なにをもって検査官としているのだ?」


 一瞬何を問われたか分からぬ顔をしたが、すぐに「それはいろいろありますが、知識です」と返答してきた。

 今回のことで検査官は知識を得たか?と聞けば、「それはもう、大変有意義な知識を得ました」と大きく頷きながら答える。

 それに頷き返して俺は言った。



 「そうか、では召喚獣の消失によって得た知識の代価を払ってもらおう」



 そう言ってやれば『は?』というような表情をした。 



 そのつらを見下し静めていた魔力圧を、ゆっくりとゆっくりと語る言葉と共に徐々密度を上げて滲ませる。


 「私は今回の出来事に非常に不快でいる。事故であるというが、その事故そのものが不審だ。我が弟は魔力量が少ない。そのことを憂慮した私はせめてもと、術の掛け方から何から一通りに至るまで全てを私自らが徹底的に仕込んだのだ。

 自慢ではないが、私は己がやり方で損ねたことなどないのだよ。今回の検査中に術の掛かった魔鳥が自力で術を解いた上で即時行動を成し、襲いかかったというこの話が異常としか判断できないでいる。

 …しかしだ。その現場を見ていたわけでもなく、そちらは事故であると言われている。そして、召喚獣は消失済みだ。疑わしきは罰せずともいうが腹立たしい事この上ない。


 加えて、学術研究のために子犬を差し出せという。

 この子犬は気付けば居た、というな? 何故存在するのか不明だというのも理解しよう。不明なものを判明させたいという心も理解する。しかし、この犬は一直線に我が弟の元に来たのだろう? 召喚獣は間際に『犬をあげる』と言葉を残したという。他に誰が聞いていないとしても、犬の態度からして明白だ。この犬の正体が不明なモノである、ということを勘案にいれてもこの犬をそちらに渡すことはない。

 

 我が家の誰しもが召喚獣の消失を嘆いているというに、ミルド検査官は新しい知識を得たと喜んでいる。この状況は非常に不公平だと思わんか?」


 

 今回の取り立ては組織にもするが、まず個人だろう? なにかおかしいか?


  



 魔鳥について確認するために、骸のある施設棟へ全員で移動する。

 その足元を子犬が元気よく走る姿に気分が和む。ハージェストの気配の変化が微妙だが、仕方あるまい。


 監督役とリリーの手で封が解かれる。中に入れば、わずかな冷気が忍び寄って来た。半地下と冷気のおかげで腐臭は薄い。する事はしているな。



 魔鳥を確認して鼻で笑う。この手の種に強制解除できるほどの力があるか。

 

 振り返れば、ハージェストは黒く変色した血の跡を見つめていた。リリーが隣に寄り添い、その跡を痛ましげに見ていた。俺も静かにその場に移り床を見る。


 黒く変色した色跡。


 この跡は、これが終われば洗い流され消える。このような跡を残したいとは思わない。だが、居たはずの召喚獣そのものの証が、ここにある跡でしかないことに苦渋する。

 もはやこの一件、俺の中で真か否か検案するにも値しない。


 顔をあげて見交わした弟妹達の瞳は、潤む事などなく力強く主張していた。



     『 ー 報復を ー  』



 はっきりいえば、今回の詰めに消失原因からなる不満と、双方の感情の不公平さを解消する名目で対決を望んだ。

 言い替えれば決闘か。逆からいえば単なる私怨ともいうが、叩きのめさぬ限り収まらん。俺とハージェストの二人でと思ったが、リリーが訴えたのでリリーに回す。実際はハージェストに任せるだけだ。これはハージェストの為のものだからな。


 決まるまで揉めはしたが、始末をつけねば終わらんと突っぱねた。


 「そのような無体なことを言わないで下さい。それに規定もございます」


 その言葉に規定は誰の為のものかと返し、我が貴族名にかけても認めぬといえば黙った。

 監督役が、失礼ながらどちらの…といい出したから、貴様の無知など知らぬわと切り捨てた。貴族である者が、今までその地位を振り翳すことなく対応したことの意味もわからんのか、と怒鳴りつけた。


 「こちらとて、貴族位は保有しています!」


 笑えることに検査官がそう叫び返してきた。

 続く爵位名を含めて名乗ろうとする相手の言葉を遮り、悪意を乗せて「ならば、早い」と笑い返す。


 「名に位を有するとあらば、逃げることなど許さん。行え。そちらが勝利し、こちらが敗北しようがそれは問題ではない。行ったか、行わぬかが問題なのだ。相対することなく名で返し終わらすことなど誰であろうと決して認めぬ!」


 再度そちらが勝利しても問題なし、以降は召喚獣消失の話を蒸し返さないと確約して、俺は出ないといえばこちらを睨む風情でいたが落ち着いた。

 今一度、犬はやらぬと言明した。検査官の表情に閃くものがあったが、すぐに消えた。


 この手の機関の長としては、名ばかりでも大概貴族の誰かがなっている。名目なっていなくても後ろには存在する。 誰が来ても相手にせんがな。 それにしても、ミルドねぇ… 全く覚えがないな。しかし、知らぬというのならお互い様か。



 俺が出ないと確約したのは、検査官とイーリアの二人に対してだ。その後で監督役ともするからな。監督役との一戦は俺に譲ってくれんかな? ハージェスト。

 ああ、相手が貴族家とわかった途端にリリーの気配が豹変したな。譲って良かったという事か? 女同士だしな…




 魔鳥の骸を監督役や補佐の連中に端へと移動させ、場を広げ、先の戦闘検査と同じ状態にさせる。血の跡をそのままに行うことに躊躇いもあるが、それが唯一のここに居た証だ。悼む気持ちより強く、そこで見ていろと思った。


 検査官とイーリア。ハージェストとリリアラーゼ。

 四隅に、書記の医者・補佐・監督役、そして俺と学長。学長を居させることによって、公平さを表に出し不要な問題の発生を防ぐ。


 結界を組み上げ配する。 

 安心しろ、俺の結界だ。中でどれだけやろうとも容易く解けはせんからな。


 

 さて、これから。という時に召喚獣イーリアの様子がおかしい。

 もともと顔色が冴えなかったが、普段を知らぬし気遣ってやるつもりもない。そのままにしておいた。


 それがいま、その身を震わせ始めたと思えばうずくまって片手で顔をおおって動きを止めた。



 「嫌だ、嫌だ、嘘だ。そんな、そんなつもりでなど… 」


 そう口籠もったきり、動かない。


 呆気に取られた。

 苛立ちが見てとれる検査官がキツく苛立った声をそのままに、どうしたのかと聞いていた。それを突き飛ばして後ろへ走った。


 振り向きもせず結界の際まで走っていった。あまりのことに皆が呆然とした。


 その時、今まで聞き分けよく大人しく俺の足元で座っていた子犬がやおら立ち上がり、ぶるっと身を震う。何やら下を向いていたと思えば、豪然とおもてをあげて結界に向かって走り出す。

 慌てて「待て、止まれ!」といったが犬が聞く由も無く。


 子犬は猛然と走り結界にぶつかる!と思った時、あっさり突き抜けた。  …ああ? なにした、お前。


 結界は何事もなく存在している。

 俺の声に振り返ったハージェストもリリーも、結界をすり抜けた子犬を呆然とみている。



 速度を緩めず一気に詰め寄る、その小さな口から火の粉が零れた。


 「ガッ!!」


 走りながら首を一振りし、そのままの勢いで検査官に向かって吠えた一声と共に、口から小さな火炎弾を吐き出した。


 吐き出したあとは四肢を投げ出した姿で、ジャッと腹で床を滑った。



 火炎弾をみた検査官は驚いた様子ではあったが、すぐさま冷静に水球で対処しようと動き出す。生み出されかけた水球の力は完成することなく萎んで消えた。


 小さな火炎弾は何にも邪魔されることなく、まっすぐに狼狽える検査官に着弾した。



 女の喉から吐き出される声が響き渡る。

 


 それに対し、リリーの三拍後の判断から繰り出された水流で火炎弾による火は程なく鎮火した。




 結果をいえば、検査官は服の防御力が活きていた。無事とはいわん。

 水球が生み出せなかったことに棒立ちになった検査官の胸に火炎弾が直撃、火の粉が細かく炸裂し顔と上半身に降り注いだ所に、鎮火させる為のリリーの水流による圧が患部への更なる打撃と成り、水圧に耐えられなかった検査官が少々飛んだのは愛嬌なもんだろう。


 ちょうど良いことに、医者がここにいるからな。


 それにしても、小さな割りに濃密な火炎弾だった。炸裂した火の粉が鮮やかに力を維持して飛び散るのは実に良い絵であったな。



 見開いた目から涙が落ちるイーリアを問い質せば、魔力が使えないという。

 イーリアをみるが、その身に魔力は満ちて使えないという風情ではない。実際小さな軽い術は使用できた。しかし、一定量必要な術になれば一切行使できなかった。十分な魔力量をその身から感じるというのに、何度試させても出来なかった。終いに呻き声を上げて、また泣き出した。


 床に座って治療を受けていた検査官をみれば、その体が小刻みに小さく震えていた。どちらの震えか、今はわからん。



 その場しのぎの治療後、試させればイーリアと同じく小さな軽い術は問題なかったが、それ以外は行使できなかった。

 書記の医者、補佐、監督役、それぞれが使える術の中で比較的大きめの術を行使させれば、問題なく使用できた。ハージェストは変わらない。昨日の適性検査に立ち会った者の中で、検査官とイーリアだけが異常だった。

 学長が魔力でイーリアを確認したが、術のかかった状態(状態異常)そのものが判別できなかった。



 この事実に皆が立ち尽くした。

 



 「ワンッ!」


 空間に響いたその声に目をやれば、ハージェストの足元で短い足の片方を投げ出して正しく座りこんでいた子犬がすっくと立ち上がって尻尾を振り、その黒い目でこちらを見上げていた。


 吠えたことで、首に下げた家紋を貼り付けた小さなメダルが揺らめいた。



 その犬の声に、俺は知る術もないアズサの軽やかな笑い声を重ねて聞いた気がした。







 by子犬 やった、やった〜 ひ・だせたよ〜  ねー、ちゃんとみてたぁ?


 

その2あーちゃん、レアな子。びびりだけどね。

検査官も兄も感情と溜を駆使して話しました。べらべら一気に話してません。結果、話文に段と空行を使用しました。…字がみっちりだと打ち込む自分の目も辛いとです。


それにしても、今日のバレンタインの日がアズサの回になるとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ