159 黒い形
「うあー」
寝台に両手を広げて倒れ込み、その反動で足が上がる。もぞもぞと靴を脱ぎ捨て匍匐する。大丈夫そうで大丈夫でない感じが、何とも言い難い。
「落ち着けそうですかね?」
「…だいじょーぶですよ?」
「そう見えないから聞いているのですが?」
「うにゃーあ」
「はいはい、猫語で誤摩化さない」
拗ねた顔に拙いと思う。
「兄さんの言葉は痛かったですか?」
「うー、あー、いえ〜〜」
「服を買うだけだったのにね。なーんで心痛を覚えるんだろね〜」
「そうだよねー、試着と買いに行っただけだったのにねー」
「でもね、それは確かに君を客扱いしないって事だから」
見上げる目が訴える「えー」に苦笑する。
「客ではないから、居合わせられます。「はい、此処からは大人の話。子供は外に出てなさい」で立ち会わせないのと、子供でもその場に立ち会わせるのと。それはどっちが良いコトでしょう?
最善と最悪は反転するのが癖だと言うし?
我が家も子供の内はないけど、子供は成長します。しないのは変です。単純なものから複雑なものへ、頭だって使えば回る様になるよ」
「…まぁね、問題が起きてる中で子供だからと置いてかれるよりは〜 良いんだろうね。できる事はなくても、話してくれる方が認められてる気はするね」
「だよねぇ。こんな事を子供に話さないといけないのかと思うと話したくない、話さない人もいるけどね」
「大人のプライドですか?」
「そうでしょう、それで判断誤った事例を聞かされると辛いよね〜」
「…身動き取れなくね?」
「そうならない為にも何かした方が賢明かと」
「…んぅ〜〜」
相槌は打つものの、へたってるのに性格か慣れか迷うが…
「家に入るの、嫌になった?」
「…なんですと?」
見上げる目と、語尾の上がる不機嫌さに安堵するのもおかしな話だ。
「正式には、まだですから。手紙も出したけど、直前での破綻はあるコトです。言い方変えれば、まだ十分に間に合います。家に属したからといって、全てに関わる事はない。それは本当。だけど、さっきみたいに大なり小なり痛い事もあります。これに慣れろでは違う気もしますが、まぁ慣れろが早いかと。どこでもある事のはずですけどね?」
横目でじと〜〜っと見てこられても、こればっかりはなー。
「あのさ、ココまで話進めといてナンですか? 俺に安全保障のないじょーたいに戻れと? 出て行っていーよーんって?」
「いえいえ、まさかぁ。君が出て行くとなったら、俺は泣いて引き止めますよ? 俺を捨てないでと泣きながら君にしがみつきますよ? 恥も外聞もそんなもん、どーでも良いですからね? 捨てられたら全部潰えますからね? 気持ちが途切れますからね? 自暴自棄になって泣き叫ぶのなら、黙ってしがみついて最後の最後まで仲良く道連れとして黒い淵の水底まで引き摺り「その顔やめぃ、怖いわ!」
ベシッ! 「あたっ」
「全くよー、見縊って貰っては困ります!」
自分の腹黒さの再認識なんて大した事ではないんだが。
「ええ、もちろん見縊る様な事は。ただ、言い出せない状態になってないですか?」
呆れる様な眼差しが下を向き、嫌そうに口元が上がる。
「安全を最優先にしますが、安全に囲うと対処の鈍さを生むんです。気概が落ちると言いますか」
「あのですね、自分で消化する前に受け皿出されると「早よ、吐けえ」って責っ付かれてる感じで困るんですが」
「え?」
「ああ〜?」
吐きますよ、の手真似に舌を出したアズサ。舌出しがかわいーです。
先走り過ぎた様で神経質になってるのは俺の方らしい。色々痛そうで嫌そうなへたった顔をしてたから、それを軽減するのが俺の役割だと… 思っていたのに。
「ところで、リリーさんはご機嫌悪くなると怖くなる人?」
杞憂は遠いと思わなかった俺は正しい。
「じゃあ、様子見してくるから」
「あいあーい」
「ちゃんと寝てなよ?」
「ん」
「考え過ぎない様にね?」
「ん」
「後ですね」
「もういーっての! あ、服の注文はもう止めて下さい」
「君がブツを気に入ったので予定通りなのですが? ま、必要分だけだよ」
「頼みますよ?」
「あはは」
ドアが閉まるまで見送って、そのまま横に倒れます。ひゃっほーい。 へ。
「はぁ… 奴隷商の手口かぁ… 」
奴隷落ちした場合、大人なら嵌められたも騙されたも今後も予想ができますが、子供の場合はどうでしょう。泣く、喚く、叫ぶ、そういった状態の子を静かにさせるには?
あなたが少し頑張れば、お母さんが好きだろう、あなたの献身で家族みんなが助かるよ、一人になるけど頑張れるだろう?
理屈に合う諦めは痛いですが、大人に言われる子供はもっと痛いでしょう。えげつなく言って潰したらスカッとするんですかね?
…あはははははははは! あーー、笑う。
そーいや、俺も言われたわ。子供じゃないだろうって、約束できるだろうって。挙げ句、一人にされて死を前にして考えさせられたよーなコトありましたよ〜〜。
つか、死ね言ったなぁ。
薄れてても消えないリアル体験の所為ですかねえ? ギスギス感がより一層嫌になったのは。
あの人は権力者から言われた事で恐怖を覚えたんでしょう。俺は生殺与奪権を握ってる奴からのぶっこみでしたが。んじゃあ、この二つを比較した場合、ドコが違いますかね? ナンの感情が違うと思わせる?
場所と雰囲気と短期戦と見学者の有無で、全ては変動相場制になるんでしょーかあ?
「こ・ど・も・の ココロを か・く・じ・つ・に 潰す、十の方法〜〜 からの、派生系ありぃ〜〜」
ごろっと寝返り打って、歌います。
「わーなに嵌まって、すってんころりん。ころりんころりんごーろごろっ ゴロゴロしたらぁ起きますよ〜〜。目には見えない言葉の罠は、解除に手ぇがぁかかりますぅ〜。
優しいだけでは、罠の解除はできません〜〜〜 けーけんち〜が低過ぎて〜 うにゃうにゃうにゃうにゃ なくだけでーす」
リリーさんの尖った言葉、ハージェストは聞いて直ぐに「ああ、アレを模したか」とわかったと言った。リリーさんはお姫様。お姫様の前でそーゆーコト話す奴隷商いる? いないだろ。んじゃ、どうしてリリーさんはそーゆー手合いを知ってるのか?
「現場を知ってるって話にしかならねーよ。リリーさんが甘い成分だけで作られたお姫様ではないとゆー話だ。 ん? …正しく大人の女性でいーのか? あ〜〜 俺が口出しして、がーっっと怒ってたらあの人達の運命大きく変わったんだろなー」
以前、聞いた。
『子供の契約には気を遣え』
此処は、俺が居た民主主義の国家ではない。大前提が違う。俺が、そこに、混じる。
ハージェスト達との妥協点はじゅーぶんにある。先に、聞いてる。先に、話をした。影響力を持つ上が不用意な発言したらいかんとゆーのも思い出すが〜〜 はぁ。
「後出しじゃんけん、ありません〜。 人の聞き方、受け取り方は様々あれど! 忘れちゃなんねぇ、自分の記憶!! 繋げる事が回転で、のーみその確変なのだぁ!!
よし、本番はこの後だ。寝よーーっと」
布団で横になれるこの幸せ。この幸せを噛み締めて寝ます。
「起きれる?」
「ふあ?」
「そろそろ動きますよ〜」
「ふあああああ」
揺すり起され、顔を洗い、トイレ行って、朝と同じ。
「お腹空いてる?」
「大丈夫」
「後で良い?」
「ん」
上着を渡されまして着込みます。
「…場所は」
「変わりません、間違いがないのは牢屋です」
「……はい」
どーしてもガクッとしてしまう俺の首にスカーフが巻かれる。
「あそこは寒いし、首を冷やさない様にしないと」
朝とは違って首を大事に。
「……あれ?」
「ん?」
「えーと…」
ハージェストの手が止まる。巻いてたのを解き、巻き直す。また解く。
「テキトーで良いですが」
「待った! …うう、人に向けてやると結びが」
指の動きが鈍って解いた。俺の後ろに回って自分に結ぶよーうにしてスカーフを結ぶ。後ろから回った人の手が俺の前にある。変な感じ。 …こんな結び方、知りませんねぇ。
「セイルさん達は?」
「兄さんは来る、姉さんは来ない。来ないと言うより来なくて良いと断ってる」
「へ? ああ、気持ち良いものじゃないしね」
「それもあるけど… あ〜〜 姉さん、女の周期に入ってるってステラが連絡くれてさ」
「…女の周期? 周 あああ、『あの日』ですか!」
「それそれ、それ正解。甘いものは好きなのに、姉さんの冷菓は少なめだった。少し気怠気な感じもしたから、もしかしてとは思ったけど直接聞く場でもないし」
「……アイス少なかった。あったかいお茶飲んでた!」
「体調が微妙な時期の姉さんには近寄りたくない。休めばと思うけど、服の事では姉さんも関わってて気にしてた。嫌な思いは変えるべき。
それをあの跡継ぎが… あの阿呆が! 後にするより先、自分の一言で変わるならの気持ちで切羽詰まってるのもわかる。わかるが腹に力を溜めて堪えとけっての! てめぇがなってないから、姉さんがあーいう言葉をと思うと あ〜、腹立つ」
「へ」
「そうそう、側仕えの二人が奴隷だったのわかった?」
「でえ!?」
「あーんな目付きができる奴隷に「死ねば?」なんて言った所でねぇ、あはは。迫真の演技が実にあざとくて」
「え… いやでも、性格がそーなって? え? いくとゆーのも…」
「あれの性格ですか? 悪いですよ? 完全に計画してます。逆転劇を始める、これからって所でぶった切った時のあのツラ。直ぐに表情消したけど、心緒を物語る無表情って笑うよねぇ」
「…ほわ?」
「乗り換えで美味しい思いをする話、覚えてる?」
「……乗り換え? のりか、え〜〜」
「そ、あそこから本番。何をどう言っても『領主家に睨まれた家』である以上、今までと同様にはならない。無理、落ちる。 …こっちも落とすしさぁ。乗り換えれるなら乗り換えでしょう。
絶好の機会でも君は嫌そうな顔してたし、姉さんの機嫌も一気に落ちた。兄さんは完全に観劇気分で楽しんでる。そうなると俺が早めに切るしかない、と思って切りました。
君の沈黙が早く終わらせました、有り難う。ですが、兄さんの決定が揺らぐ事はありません。感情移入は優しさだけど、し過ぎないで下さい」
「………ふはあはは?」
「そう、笑って蹴ろう。君が一番」
ひーとりぐるぐる、話すと解ける、沈黙のゴールドメダル〜。 ぴかぴかのゴールドメダルの受賞です!
「もう行こ」
「そうしましょう」
爽快とは違いますが、メダル受賞の上がった気分で牢屋に行きます。この気分を維持して勢いでgo!
「アーティス、よしよーし」
「ウォン!」
アーティスが庭を駆けて来たので、本当に朝と同じになりました。しかし、お日様が沈むので周囲の雰囲気変わってます。そして地面が均されてるのが朝とは大いに違います。そんで、そこに轍が見えるのです。
「押送車の跡ですね」
「はー… 」
こっちに気付いた時から更にピシッと気を付けで待ってる警備さんに、へらっと笑って参ります。
「領主様は先ほどお越しになられました」
「わかった、場を頼む」
「は!」
ご案内は要りませんので、二人と一匹で入ります。警備さんとも、もう少し知り合えたら砕けた会話もできるでしょう。
そして俺は途方に暮れない。
地下への降り口で天井を見つめております。下に居たギルツさんが上がってくるから下は見ない!
ごきゅごきゅ唾を飲み込みつつ、アーティスをしっかりキープ!
「現在、医官二名と共に…」
ギルツさんの誰が来てるよ説明を聞き流しつつ、堪えてます。しまった! 飴ちゃん持ってくれば良かった!! ぐはー、気付くの遅い!!
「はい」
「へ?」
話し終わったハージェストが、おんぶ姿勢取ってた。
「い、いや自分で」
「既にやってるんだから気にしない」
そら、既にどっちもやったけどよ。いい年した男がだよ!?
「さ、お早く。次期様もお越しです、負ぶさってでも先に進めば見方は変わります。状態に合わせて、楽に行けるのなら楽に行けばよろしいのです」
「…はい」
ギルツさんのお声に問答無用を感じたので、反論せずにへこってハージェストの背に逃げた。
よいしょっと負ぶされば、楽々と背負われて地下へ降りて行きます。
「目を閉じてて良いから」
「ん」
言われる前から首元に顔を当て、目を瞑ってる。
「閉ざし続ける、それも力だよ」
聞こえたが返す余裕はない。
降りていく振動と空気の冷たさ、そんで自分の鼓動も聞こえそうで嫌ですねええ!! お化け屋敷のアトラクションは遠慮するタイプの人間には辛いですねええ!!
「さ、着いた。今朝もこの部屋に来る予定でした」
「ああ、来たか」
目を開けて、肩からそっと覗くと朝とは違って領主様上着のセイルさん。キラキラ金髪が光って見えた。一瞬、セイルさん自身が発光してるのか思った。妙に落ち着く。
つか、部屋ん中ぺっかーーーん!な明るさじゃないですか!!
「あっかる〜い」
背中から降りたら部屋ん中を観察… したかったが急遽切り上げ。恐怖の呻き声が聞こえました。
「……… 」
「最早、手に負えません」 「早期の段階から移していた様ですが」 「三人居た内、二人は潰れたで正しく」 「一人の先の事は」
街の牢屋にお勤めのせんせーが書いた診断書とその他の読み上げ、現在の病状の見解をせんせー達が話してくれた。
猫の俺を追っ掛けてきた人。セイルさんに引き渡した、きったねータマの保有者。こんな顔してたっけ?と思うが… こんな顔になったんだろうとも思う。
「ご覧の通り、赤みも濃く全身に回ってます。自分と同じでしたら発狂してないのが不思議な位ですが… 移すコトで逃れ続けていたのでしょう。押し付けられた方は堪ったものではありません。
確認に行った折に自分のモノを見せております。実例に希望が生まれ、根性と意地が正気を保っているのでしょう」
ロイズさんの声が他人事に聞こえるが、まぁ他人事です。
マットレスにシーツ、高さの調整には木箱を使用した完璧簡易ベッド。これに寝かされたその人はバンザイ状態ですが、頭の上の両手は縄で括られ、両足には鈍い光りを放つ輪が嵌められてた。
体中に赤が這うのは嘗てのロイズさんと同じ姿。同じでないのは密度に花と呼べる形。
喉奥から絞り出される細い息に胸が上下する。時折、ビクビク痙攣してる。それが足だったり腹だったりと忙しい。口には輪っかが嵌まって唾液がだら〜〜っと垂れてる。もう少しで肋骨が浮きそうな体ですが… ガリガリ君じゃないのが救いです。
『移し』の単語にヘレンさんを思い出し、あの三人組みを思い出し、二人潰れたってのが何を意味するのかと想像すると、くらっとくるので流してみたり。
痛いと泣き叫んでたヘレンさんを思い出すと… 思い出せる三人の顔に… うーあーー!!
体中に広がった赤い蔦と花の刺青は命を食ってるよーです…
しかし三人について原因を考えると俺ではない。俺の所為と考えるほーがおかしい。そうだ、そーゆー状態にある三人と一人の関係が先に問題のはずだ!
目が合った。
「…! ひゅっ」
『うひっ!』
飛び逃げたいです、下がりたいです。ねーちゃんのギラついた目と比較になりません。なるはずもありません!!
「救い手を怖がらせて、どうする気だ? 完全には消えない。だが、手が差し伸べられれば最初に戻れる。そう、押された最初の時。そこからのやり直しが可能となる。その先はお前の心得次第。こうなっても同じ道を通るのか? そんなはずはないだろう? 助かりたくないのか? 二人潰れてもう後はないぞ?」
ロイズさんの諭しが煽りに聞こえるのは、どーしてでしょう?
「なぁに、成功せずとも仕方ない。願うだけなのだから。その後の判断はあちらだ。判断を下すのではないのだから、気負わずとも良い」
「そうだよ、ロイズの時は間を置かなかった。だけど、こいつの場合は違う。その辺も下される判断に含まれるだろう」
軽い声は命が掛かってる事を気にしてない。
俺かあっちか、どっちへの配慮?
アーティスをキープしつつ、隣を見る。セイルさんを見る。それから、改めて部屋の中を見る。お初の人にはかる〜く会釈。そしたら、同じく会釈が返る。
そろりそろりと顔を覗きに行きますが、アーティスが付いて来ない。寂しい。来い来いと手招きしたが動かない。少し上を見て動かない。
え? アーティス、ナンか見えてんの?
「ええと… これから先、ヒドいコトはしませんよね?」
「あが あ、ご はぁ」
輪っかの所為で、よーわからん返事を貰った… しかし、俺は身の安全をキープしたはずだ!
周囲が見守る中、やっぱしな〜いとゆー選択肢を選べる程に強くない。タマの情報その他の入手も考える!
クロさんにお願いしましょう。にゃんぐるみ着てないし、腹ドラムも叩いてないが… いや、これはもう叩きたくもないが…
息を吸って〜 吐いて〜 目を閉じて〜〜
祈る。
静かに願う。
『クロさ〜〜ん、何とかしたげてえ』
泣きつきのお祈りをしてから、カップラーメンができる時間が経ちましたでしょうか? 変化は何もございません…
「あああ、ごめーん。やっぱ、あっちモードじゃないと無理なよーです」
「無理そう?」
「何故、無理だ?」
「えーとですね、出現には前提となる条件があったりすると思われ「グウォン!」
「うおっ!? …どした、アーティス」
アーティスの視線を追って上を見ましたら、空中でキラキラが見えました。まいるーむ、かもーん!の光りでした。そこからキラキラとキラキラと輝きが零れ落ち…
「あー、俺のきんぎょーー!!」
煌めきの間から、赤が生まれ黒が生まれ空中に彩りを生んで煌めきが増加した。
輝く金魚が群れを形成して空中を泳いで来ます。見事な隊列を組んで演舞のよーに舞い降りてきます。
「な、何が!?」
「空を飛ぶ… 魚が!?」
目を疑う現実ですが、せんせー達の喚声が嘘じゃないと言ってます!!
俺の頭の頂辺から足元へとぐるぐる周回して行きまして、下まで行ったら今度は、「そーれ、根性!」な金魚の垂直滝登り。俺の正面まで登ったら、勢いよく跳ねて次の子に場所を空ける。隊列を崩さない、すごいです。
俺を取り巻き、全金魚スタンバイ完了。キリッとベッドのお人を見つめてます。
「…うわぁあああああ! 俺の金魚、カッコイーーーー!!」
興奮に身悶えて喜んでおりましたが、そこから恐怖の惨劇が始まったんです。
「あ、あ、あわわわわ… き、き、金魚達 へ、へ、へーきなんか?」
タカっております。
俺の金魚達が集団で人体にタカっております!!
タカって体中に伸びた赤い蔦と花を毟食ってますーーーーー!!
俺の金魚の口に牙はない。だって、金魚なんだからそんなもんはない。口はパクパクの可愛い金魚だったんです。それなのに… それなのに金魚の口が体に触れ、毟った動作をすれば口にナンか赤いモンを咥えてるんです。それをもっちゃもっちゃ食ってるんです!!
俺の金魚がーーー にくしょくぎょにーーーーーー!! いや、あれも観賞魚ではあったと思うけどーーーーーー!!!
うぎゃああああああっ!
下がって場所空けまーす。逃げまーす。
金魚が体の隅々にタカり、毟った結果、赤い蔦も咲いた花も食い荒らされてなくなっていくよーです… いえ、くぐもった悲鳴は常に聞こえるんですが、金魚がタカってるからよく見えず…
しかし、タカリが薄れた場所。見えた肌は赤く腫れ上がってた。血は出てない。
びちびちと跳ねながら毟り続ける金魚が金魚でないモノに見えて… うわ、こわいー。
「あのさ… 君ので良いんだよね?」
「はい、あれは俺の可愛い金魚達です。あんなコトができるとは全く知りませんでしたあ!」
俺、知ーらねをアピールしつつ周囲へ顔を向けると、皆さんひたすら被害者を凝視してた。怖い位に凝視してた。 …あれ? 被害者だっけ? 金魚被害ってなに〜?
「自分の時よりキツい仕置きであると見るべきでしょうか?」
「う、打つと毟るの差はよくわからず… あ、あはあはあはあ〜」
ロイズさんにわからないと首を振って逃げた。
そして金魚達がむちゃむちゃと食ってるのを呆然と見ていたよーで、実際は非常に冷静だったらしいせんせー達は行動を開始した。ゆっくりした動作で近づき、そろ〜〜っと金魚を手で払う。巻き添え食わない様に、大変静かな動作で被害者に手を掛けました。
場所を譲れとされた金魚達は、集団移動しつつ食ってる。しかし、輪から外れて悠々と宙を泳ぐ子もいる。
数匹が俺の方へと泳いできて、口をぱかあ〜っと開けた。きっとこれは笑顔。そして牙はない。絶対に、ない。
「あれ? お前、どーした?」
差し出した手に乗った赤金魚。背中が一部黒くなってた。赤黒金魚。今は白のテガタは見えません。ナンでか二色になちゃってた。
ドサッ…
「こ、はぁっ」
「どうか、これで」 「今一度」
はい、人体が引っ繰り返りました。ええ、全身に回ってるんで背中側もしないといけません。
それ見た金魚達が、ワーーッとご飯に群がりに行きました。全金魚、非常に機敏です。目の輝きも違います。正に肉食魚です…
「…ひ ゆば はぁああ い、ひっ」
輪っかの嵌まった口から空気と悲鳴と唾液がだだ漏れで、本当に言葉にならないよくわからない悲鳴が聞こえます。生理的な涙っぽいのも見えました。
そしてどうしても見えてしまうのが、おっさんの尻です。はい、尻です。全身隈無く除去しなくてはいけませんから、パンツ剥ぎ取られました。
女の人のぷりんなお尻ではなかったのですが、そこに金魚が群がって『ぶちぃ』とか『べりぃっ』とかの擬音が聞こえそうな勢いで食いついてます。ガチで食いついているので何とも言えず… まぁ、肉は食ってないんですけど。
いやもう、尻もタマもナニも毛も見なくていいんですが〜〜 見る状況下にあるんなら、見ないといけないんか?
「ひゅうううう!」
「いっ!」
悠長にすんません! 腫れ上がるんだから… いいい、痛いわな…
「もう良いの?」
お腹いっぱいな顔で食事戦線を離脱してくる金魚。
こふっ 「…!」
俺に向かってにこ〜な感じで口を開けたら、げっぷと赤いモンが空中に飛び出した。それを慌ててパクッと食った。食いつく様がかわいーですネ。
大体の子が満足して俺の傍に帰還してくるが、まだまだ元気に毟ってる子もいる。そして発光するキラキラは、キラキラLevelが上がってる気がした。
「もう… そろそろいーんでない?」
そーかな?と顔を見合わせる金魚の仕草がかわいー。じっろ〜〜と体を見て、最後の一口!な感じで『べりぃっ』と毟ってから嬉しそうに泳いできました。
そして全身を真っ赤に腫れ上がらせた屍のよーな体が転がってる。 …生きてらっしゃるので、ぐったりと言い直します。
間違いなくロイズさんより酷い状態です。けど、蚯蚓脹れとかないですし… まぁ全身がそうですが…
真実、タカられムシられ赤身を晒すその人に静かに合掌しといた。手首と足首は気にしないで下さい。気にしたら負けだと人は言います。
せんせー達の診断を待つ間、セイルさんやハージェストは金魚を見続けてた。アーティスは何を思うのか、離れて寄って来ない。しかし、双方にナンかあると怖いからそのままにしとく。
「お使い金魚してくれたんだね、ありがとね。君達、ちゃんと食べれたんだねえ。 …力の繋がりで食べれたんかなあ?」
聞いても金魚は答えない。
鰭をゆっくり動かして、優雅に優雅に金魚渦巻きを作って和ませてくれる。
「実に愉快なモノを見る」
「ええ、本当に」
セイルさんが悪魔系の笑顔をしてた。ハージェストも似たような顔だったが、考える顔もしてた。
「俺の金魚がどーかしましたか?」
「判明しました」
素晴らしい笑みに引いたが、せんせーのお声を優先。
にゃんぺっち場所も判明したので、一つ終わり。もうこの人はペイッと放置。引き続き、せんせーからのお願いを実行します。
朝にするはずだった「お守りにお願いしてソウルイーターしたなら、ペッして下さい」を行わなくては。
「あの、違う可能性もどうぞよろしく」
「物は試しで問題ない。 あ、一応開けておこうな」
ガチャン!
せんせーがドアを開けて叫ぶ。
「おい、これからだ! ちゃんと開けてるか!?」
「はい、扉は全て開けてます!」
廊下から見習いさんの返事が響く。働いてる人達の心痛を考えますと、やはりできるならやらねばと思います。
できるといーんだけどねー。
倒れてる人の元で祈りを捧げ、魂の帰還を願う。 …成功したら司祭さんになれるでしょーか? ……お守りがやって俺が戻すならマッチポンプでやばくね?
「枕元でなくて、ほんとにへーき?」
「良いよ、どうしようもない姿に君が使命感を持つのも強迫観念を覚えるのも嫌だから」
「そこから飛び出るのなら、迷わず行くであろう?」
ちょっと違う方向の意見に良いのか?とか、逆に焦って迷子説は考えない事にする。開いたドアから急速に入り始めた冷気に、気持ちが萎む自分もナンですね。
「ところで金魚達、まだ帰らなくて良いの? だいじょーぶ?」
気休めに、金魚に話を振る自分が残念。
服の下から取り出したお守りは変わらない緑色。ギュッと握り締めて、心の中で願います。ソウルイーターできるの?とか、考えてしまうのは集中できてない証拠。まともなお祈りもできないよーです。
「ええと… 俺は、大丈夫です。此処に、魂と呼べる物がありましたら生きている体に戻して上げて下さい。俺は、それで、良いから。本当です。
戻った途端に、恨み辛みで殴られるのは嫌ですが」
皆さんの目も意識して、今度は声に出しておいた。
ぐるぐるぐるぐる赤金魚が泳ぎ回る。
赤い金魚達だけが跳ね回り、上を向く。空へ、天へ、高みへと目を向けて泳ぐ。
見上げる、まいるーむ。入り口の光り。
パッと光りが放たれて、散った。
赤が跳ねる。
光りの元へ跳ねる。
赤金魚達だけが跳ねて、浴びて、頭に光りを貰って、俺の周りを回って 回って 泳ぎ回って 部屋から出て行った。
「せんせぇえええ! 目ぇ覚ましましたああああ!!」
「なんじゃとぉおおお!!」
響いた見習いさんの声に、せんせー達が足音も高く駆け出してった。
俺の周囲を泳ぐ黒い金魚達。
鰭を揺らして宙を泳ぎながら、入り口を見たり見なかったり。
「待たんか!」
「嘘だろ! ちょっ… 安静が!」
せんせー達の叫びに倒れる物音。
速やかに反応したロイズさんに、ギルツさん。オーリンさんに知らない人も、滑らかに動いて前へ出る。
「お、おれは ぃえ、わた、しです!」
絞り出すよーに叫ばれても意味不明。頬が痩けた顔で睨まれる。怖いヤの字のよーなお人の直視に背筋が正直。
「お、まえ じゃ ま、すん じゃねえ!」
ギルツさんに取り押さえられても、暴れて藻掻いて嗄れた声で怒鳴る。視線が俺に固定化されてて怖い。
「私です! あかです!!」
「へ?」
のーみそ動きません。
それより、取り押さえてるギルツさんの視線が痛い。
「はな、せ! こっち、だけでぃい!」
「ああ?」
根性とナニかで片腕だけ許して貰ったら、髪を掻き上げて額を見せる仕草をした。
「あかです、わたしは赤です。気絶赤です! あなたの魚!! 証拠はココに、頂いたあか しが!」
「き、 きぜつ あか? は? え? なんで気絶赤がでてくんの!? え、ほんとに赤!?」
「はい、そうです!」
叫んで笑った後、ばったりイッた。遣り尽した感と貧血っぽい顔で気絶した。せんせー達が手首押えて脈拍診ながらナンか言ってた。廊下から「誰か、手を!」と叫ぶ声が聞こえる。
赤い金魚、赤い形、赤い色、赤い、 あかいーー
目の前を黒が行く。
黒い金魚、黒い形、黒い色、黒い、 くろい 黒い金魚はどこにも行かない。
金魚。
寄ってくる。可愛い。俺の。
指先を口で突いて、こっちを見てる。赤い金魚も黒い金魚も生きている。生きている赤に黒が混じってた。
逃げ出そうとした、赤い金魚。
生きていた死は とても近くに 黒々と 俺の前で泳いでる。 その黒い形。
金魚、俺の金魚。
俺の、俺が、 ええ、クロさんが? ……俺の金魚は、いきりょーとしりょー? かわいーしりょーで正解ですか?
「あ、あのえええ えとの向こうの扉の先の坂道の果ての昏い旅路の前に目の前のゆーぎょの風に贈る冷菓をお供えに「はいはい、動転しないの」
「うぁ?」
ナンでかカックンして下が。
俺の脇から手が見える。他人の、手。 差し伸べられる。
五指を広げた。
小さくない、手。 肘から先は ありますとも。
俺はおんぶできませんが。
きょーせいてきにナニしてんの、この手?