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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
156/240

156 見せぬ形

 


 「お兄様、鳥を連れて参りましたわ」

 「ああ、有り難うな」


 椅子に座って考え込んでいた兄は、入ってきた妹の胸元を飾る桃色真珠の連なりに目を留め、「似合ってるぞ」と笑顔を向けた。


 嬉しそうな笑顔を見せて歩いてくる妹の手には扇子、上に向けた柄の先に鳥。鳥のなりは小さくとも猛禽類、素肌に止まらせようものなら怪我をする。



 ピルルルルッ


 机上で一鳴きする鳥は大人しい。その鳥に向かって手を伸ばした兄は、手のひらから僅かな力を流して鳥の身を浸す。


 力に触れて身震いした鳥は、先端だけ黒い焦げ茶色の翼を大きく広げ、天を仰ぎ、澄んだ声で歌い始めた。



 ピルル、ルルッ、ルルルウウゥウウ〜〜


 歌えば鳥から力が溢れ出し、纏う気配がゆらりと揺らぐ。揺らぎは徐々に集束し、鳥の頭上に絵を浮き上がらせた。



 ピルル、ピョーロロロ〜〜


 鳥の歌に合わせて次々と絵が変わる。歌い上げるその都度、身が薄れる。



 「ご苦労でした」 「ああ、良くやった」


 ピューィイ


 返事をするかの様に鳴いた鳥は、声の終わりに姿が霞んで消えていった。

 

 何も無くなり空いた場所には魔成鳥の名残りだけが漂い、確かに此処に居たと示している。物の哀れを感じる名残りに妹は、手にした扇子を開き、そっと差し伸べる。


 扇子に掬い上げられ、ふわりと浮かぶ。


 浮かぶ力は僅かな力で優しく扇がれて、開いた窓へと送られる。外の流れる風に乗り、名残りに送りの風は瞬く間に広い世界へと還りゆく。





 流れを見送る兄妹は、展開された内容に答えを出していた。


 「頃合いよな、これ以上は無意味」

 「はい、キルメルを叩きましょう」


 兄の言葉を受けた妹は、広げた片手を胸元に当て、もう片方の手に持つ扇子をパチンと閉じて力強く応じる。そして、笑って続けた言葉に躊躇いはない。



 「戦火になろうとも、行わなければ」


 キリッと引き結んだ赤い唇は、兄の言葉に解けた。


 「はは、お前の気骨は実に良い。そして正しい。決意を示すに断ずるは良し。だがな、わざわざ怖い言葉を選ばんでも良いのだぞ」

 「…私だって豊かな大地を見る方が好きですわ。ですが私とて学びを怠ってはおりません。過去からの学びを現実に置き換えれば憂慮を覚えます。ならば、行わなければ」


 心持ち唇を尖らせて見せ、手の中の扇子を弄ぶ。


 「ああ、拗ねるな。お前の優しさは知っているよ、リリー。なぁに、談判決裂には失墜させて終わらせる」

 「私としても、そちらの方がよろしいのですが逆に広がりません?」


 「ん? どちらへ向けた広がりだ? シューレを摘み食いしていた事実で笑い上げていきたいのなら、それこそ笑い話にしてやろうよ」


 「…そうですわね、そんな家があった事が笑い話と致しましょう」

 「ああ、恩情とは行いの上にある。安売りはないな」


 憂いを消した妹の笑みを見て、兄は肩を竦めて戯けてみせた。


 とうの昔に腹積もりはしている。領として得た時から様々に勘案した。腹積もりが成れば緩やかでも勢力図が変化する。劇的に変えるなら短時間勝負で正解だが、領の内と外を纏めて動かし、後腐れのない最善を計るなら周到に掛ける時間は一年や二年では短過ぎる。


 相手に、そうと見せぬ形で為すが道理。



 「それで、お兄様」

 「ん?」


 「竜達はどうしましたの? 何がありまして?」

 「ああ、そっちはだなぁ」


 打って変わって遠い目になり、脱力に身を任す。任された椅子は受け止め切って音を起てずに仕事をした。


 「いやもう、やってくれてな」

 「何をですの?」


 「それがだなあ… ああ、いかん。お前を立たせたままになる。そちらに座ると良い」

 「まぁ… はい。では、お兄様もこちらへ」


 自分への気遣いに相好を綻ばせ、兄を促す。机を回ってくれば腕を引き、場所を移す。共に応接用に座り直して話し始める。傍目から見ても実に仲の良い兄妹の姿である。




 「石を取り込んでいた事から始まってな」

 「は? …取り込んでいたんですの!? あの石を!?  う、嘘でしょう!?   …どの様な形で?」


 呆気に取られたが恐怖に引いた妹に、兄が見た儘を語りゆけば、表情が徐々に変わって笑い出す。とても自然に上品に、扇子を広げて口元を隠す。


 「ほ、ほほほ! なんて愚かしいことを、愚か過ぎて笑ってしまうわ! 恋は盲目と言いますが…  真に恋の所為かしら? 見えぬを恋の病と言っても、欲が見えてはどうしようもないですわね。ふふ。


 物も男も見る目がないなんて… 可哀想な人だわぁ。館に勤めて育てたのが欲目だけえ?  いやぁだ」


 

 広げた扇子を手に涼やかに笑うが、続く話の終わりに眉根を寄せて嫌そうな顔をした。


 「知らぬとは言え、命の恩人に何をしてるのか。思惑が何処にあろうと自身ではどうしようもない事を理解していたでしょうに。最初にぶつけるのが怒りなら子供の癇癪と同じじゃないの! 見苦しい」


 吐き捨てて、手に持つ扇子を開いては閉じる。

 パチンパチンと鳴る音が、感情代わりに更なる声を上げている。




 パチンッ。


 静かにため息を吐く。



 「事は何と言いましょう? 怖い立場の『私』が集めた情報から思い描いた人物像は賢かったのに。思惑は絡むものだし、女の敵は確かに女であるのですが…  常に難敵は別に存在するのですわね。


 信じていても傍に居ない。他人との比較で顔を出す。自己の内で確固としたものがなければ不意打ちは効果絶大、一人螺旋を描けば愉快だわ。良くも悪くも  いいえ、違うわね。善し悪しなんて単なる結果論。  自分の中の女心、それが最後に愚かしくも選択を握ったのね」



 視線を下げて話す顔に浮かぶのは、憂いに近い違う何か。「そうでなければ、まだ違ったでしょうに」と呟く顔はナニかを重ねて物思う。


 そんな妹の姿に沈黙を選択した兄は、そっと手を伸ばし、髪に触れて優しく撫でた。それに甘えて妹は、頭を少し傾けた。





 「それだとハージェは碌なことを言わなかったのではありませんか!?」

 「…いやまぁ、拠り所を誰がやるかとは言ったがな」


 「そこで止めたんですの!? もう、どうして言い切らないよ! 煮え切らないったら!」

 「いや、だからな…  違う方で潰しとったぞ。それにな、リリー。最初から全部潰しては意味がなかろ? な?」


 「自縄に対する効果的な言い方なんて他にもっとあるでしょうにぃ!!」

 「リリー… 」

 

 「違いまして、お兄様!?」

 「いやまぁ…  もうそろそろ、な? リリー」


 落ち込みを払拭する好戦的な気炎を上げる妹に、押されて少し疲れる兄が居た。それでも見せるのは笑み(抑制)である。その顔を小首を傾げて、そろ〜〜っと覗き込んだ妹は、目を合わせると澄ました顔で「はい」と言って終わりにした。


 その澄まし顔を、やれやれと眺めて怒らない兄は妹に甘い。



 

 「そんなにも意気消沈したのですか?」

 「先の歓喜雀躍が嘘の様な気落ちでな…  最早、力を感じないと嘆いて嘆いて… 八つ当たり気味に暴走を始めようとしおってなぁ…  共に嘆きを分かち合うのは良くてもだ、暴走も共にだからな。落ち着かせるのに苦労したわ」


 「…全体行動ですものね。お疲れ様でした、お兄様。ですが常軌を逸する程に興奮するなんて、本当にあの石は何なのでしょう」

 「それが竜達は崩れていくと言ってな」

 

 「な!」

 「あの石は、もう駄目だとさ」


 驚愕に目を見開いた妹の顔に、様々な表情が浮かび、最後は怒りを込めた眼差しで宙を睨んで目を閉じた。



 「無用なモノの為に失うなどと…  ノイちゃんが… 」


 扇子の柄をきつく握り締める。


 

 「ほうっ…」


 大きく息を吐き出して、背凭れに身を委ねて脱力した。




 「リリー?」

 「……私がこの場でやきもきしても、どうしようもありませんわね」


 「それはそうだ」


 あっさりと返す兄に顔を顰めるが、胸元に目と手をやる。手にする真珠の連なりに淡く笑い、真珠の粒の感触を指で味わう。


 「真実味が濃いが本人が言った訳でも無し。ハージェストも聞く、結論を急くな」

 「…そうでした」

 

 ぽつりと返して黙る。

 真珠から扇子へと指を移して眺め見る。くるりと扇子を回した後、居住まいを正す。



 「お兄様、私シューレに来て良かったですわ」

 「うん?」


 「気晴らしが逃げであった事を否定しません。煩わしい事から私は逃げた。時の流れを理解して、理解するだけ向かい合い、そして逃げた。私は自分が思う程に強くなかったのですわ。


 閉じ籠っても良かった。何処か遠くへ行っても良かった。逃げる手段もあったけど、要は私がその事を直視しなければ良いのだけの話。それを是とした結果に望まぬ未来があっても、それは自分の所為でしょう。自分の所為とわかっている分、現実から目を逸らし続けるのも苦痛だった。でも現実を見つめれば見つめるだけ、逃げが一番甘美だった。


 今朝、皆を見送って。

 物事が動き出す、『時』の立会いであると思いました。お父様やお母様、皆があれにどんな顔をするかと思い浮かべれば… 自然に笑えるわ。ふふ、すこーし意味が違うかもしれないけど。


 見た後に取るであろう行動を考えると、私はどうあるべきかと考える。そして今を考える。


 私は未来を思案する。


 せねばならない現実の忙殺で自分を埋めるのも悪くない。だけど、今ほどに充実した…   あら? 充実かしら? 充実じゃなくて…  そう、新しい出来事に  私に刺激を与えた事実に  知らなかった現実(世界)に触れたこの出来事に   私は、喜びを感じています」



 どこか甘やかな笑顔の元に映える真珠は、本人が醸し出す雰囲気をより柔らかいものへと見せさせる。



 「私はハージェが可哀想だと思ってた。そして私の現実がハージェにより近しい気持ちを持たさせた。内容は違うけど、似たような事だと。


 ノイちゃんが来て、ハージェが変わって。変わった事実に、頑張る姿に。私も色々思って焚き付けも口煩い事も言ったけど、気遣っていたつもりで私が気遣われもしてて。


 …閉じ籠もっていたら、こんな刺激は受けられない。自分の常識に感情がそれっぽっちだと思い知らされる様な刺激(体感)はね。知らなかった頃に戻りたいなんて言わない、私は知らぬが惜しい。


 逃げでも何でも、私、シューレに来て良かった… 」



 胸元の真珠を両手で掬い上げる。

 とても優しい顔をして、しみじみと続けた。 



 「それに… 同じだと思っていたハージェがノイちゃんと一緒に嬉しそうに家に帰ってきたら、私、裏切られた気分になっていたと思うの。


 時の解放にハージェはどんどん変わっていく。


 蛹が蝶へと変貌を遂げて帰ってきたら、羨みから取り繕っても、私、嫌な女になったと思うの。お土産を貰っても素直に受け取れず、物で取り入る気なのかと蔑みが生まれたかも。モノが目を見張る物であればあるだけ…  いやぁね、どうしても意地悪な自分しか思い浮かばないのですわぁあ〜〜」


 軽く話すが含みを持たせたそこそこ低い声である。



 「リリー…  あまり実感を込めて言わんでくれんか?」

 「だあって、お兄様! 一人取り残されたと思ったら僻に焦りが生まれるでしょう!? ハージェはぜっったいに安全枠だと思ってたんですもの!」


 「リリー… 」

 「お兄様の大外れから、ハージェは非常に遠慮(どん引き)してましたし!」


 「リリー…  兄の見る目を何だと…」

 「え、どうかしまして?  お兄さまぁ〜?」



 そっぽを向く兄の腕に妹の手が重ねられ、軽く揺すられる。妹二人が左右からよくやってきたこの刺激に、兄は意識を遠く飛ばして物思う。


 大筋で思うのは、どこかで叱り忘れたのだろうか?である。しかし、振り返るに「可愛い、綺麗」と褒めそやされる妹二人と腕を組んで歩くのは楽しかった。どうせ嫁に行くのだからと、範囲内でがっつり甘やかした記憶はある。偶に会いに行く弟二人も可愛いが偶にでしかない。断然、傍にいる方が可愛い。


 紛れもない現実に思案を重ねても今更だと達観した所で、痺れを切らした妹が揺する手を止めた。



 「お兄様、聞いてくださいって言ってるでしょー!」

 「うあ、聞く。聞くから耳を引っ張るな。  こら、リリー!」


 もう!と唇を尖らす妹に兄は苦笑しか返さない。それに対して妹は、すぅっと息を吸い込んだ。



 「ふぅ…  私が貰った二つの首飾り、二つを前に考えました。どちらも大事に扱う物ですが、より優しく扱うのは真珠です。傷つき易いこの桃色の真珠の連なりは、私に優しさを考えさせます。


 宝飾の一つと言ってしまえば、それで終わりですが…  シューレで会わずに家で会い、これを貰った私は本当にどうしたでしょう? 似合わない、好みでない物を私にと拒否したのか? ノイちゃんは、会った私に似合う物を選んだと言ってくれました。


 意地悪な私が着けても見映えに変化はないと思いますが…   私は、見合う私でしょうか? おそらく此処で会わぬ私でしたら、この真珠に見合う私ではなく、私に見合う真珠かと見るでしょう。


 これは、お土産。私にと選んでくれた物。

 お兄様に出して頂く事になりましたが、その前にくれると言いました。人からの贈り物、今まで色々と頂きました。とても大事にしている物も、そうでない物も。


 分類するなら二つです。

 普段の私と、そうでない私。合う物と、合わない物と。それが変わって合う物に。変えられない私と、変わっていく私と。


 もう良いと、これからと。


 本当に色々と悩みましたのよ、私。ノイちゃんが死にそうな時に火が点きましたし。 …鶏が先か、卵が先か。ハージェとノイちゃんで考えると、どちらがどちらかなんて私にはわかりません。でも、どちらも食べれて美味しいです。お肉も卵も美味しいです。そして羽根は軽く、暖かい。


 私の心も軽くある。


 女神なる方の言葉は私に触れた。私へと向けられたものでないから素直に聞けた。言葉も目の前の現実も、新しい知識が私の心を浮き立たせて惹き付ける。生きている実感と言ったら、少しはましになれたのかしら?



 ねえ、お兄様。

 私の力は微々たるものです。外に出損ねた上に取り扱いが面倒になった私は、本当に今は面倒な…  ああ、前々からの自覚で自虐ではありません。そうではなく…  微力ながら、私、リリアラーゼ・ラングリアは支えてあげようと決めました」


 その言葉に兄の片眉が上がる。



 「…ハージェストを?」

 「普段からしてます、してるつもりです。でも、行うなら鶏も卵も共にでしょう」



 笑った妹はとても可愛らしかった。

 此処暫く見せなかった屈託のない笑みは、兄に懐かしさを呼び起こした。


 そして、とても可愛らしい顔で言った妹は姉の顔もしていた。

 


 「ああ、吹っ切れた…  では、ないか。吹っ切ったとは違うな」

 「はい、切ったつもりはありません。どの道同じ、そう言われる方もいますでしょうけど」


 「現実がお前を変える」

 「はい、私を惹き付ける現実があった。 …他からの影響を受けただけとも言えます。『あるがままの自分』は魅力的ですが、『あるがままの生き方』となると決断が感じられず、進み様も無く。受け止めた影響をどうするか?   大きな力とは絶対の変革ですわね」


 「はは、否定せんがそれでは不慮の巻き込まれであろ?」

 「巻き込まれから自己を見つめ直す、意気と答えて羽根と等しく踊るのですわ」


 「ふ… ん。 二人には告げるのか?」

 「ハージェには以前から言ってますし、ノイちゃんにも何かあればと言いましたでしょ?」

 

 「それとは重さが違うであろうが?」

 「同じですわ、同じで良いのです。だって微力ですもの」


 「見えぬと是として微力と言うが、リリー」



 コンコン。

 

 兄の苦笑混じりの声に妹が、「ほほ」と笑った中で扉が叩かれた。昼食の連絡に、新たな報告を持ってきたロイズが話を始めた事により、兄妹の話はそれで終わりとなった。


 










 「ほら、起きて」

 「く、あ〜〜   はぁぁあふ」


 大欠伸をして起きました。

 もう少し寝てたいですが起きないと。



 準備をして、さぁ行こうと部屋を出ようとしたら。


 「ガウッ」

 

 待ってたアーティスが「えー」な顔してた。お散歩じゃないの?な顔と態度だった。ごめん、アーティス。テラスの前で待ってくれても散歩ではないのだ…


 「じゃあ、行っておいで〜」

 「皆と一緒にいるんだぞ」


 「ワフッ!」


 名前と二階へのジェスチャーで理解するアーティスって、ほんとーに賢い。軽快に走って行く所に運動が必要な犬だと、しみじみ思います。これで笛を吹いたら鬼畜だぁなー。

 

 「じゃあ、行こう」

 「おう」



 歩いて歩いて二階へ上がって、執務室。

 お邪魔しまーすのノックをするハージェストの後ろで待つ。入っていくのに一歩遅れる。入室前の「失礼します」をどーしようと迷うといけませんな。弟枠も仕事枠も持ってない人間がけじめを迷ってどーすんだ。猫の時はしないから、人の時はしなくては!



 「ああ、堅苦しくせんで良いぞ。体は辛くないか?」

 「地下も咆哮も怖かったでしょう。その後も聞いたわ、気分はどう?」


 「有り難うございます、もう大丈夫です!」


 ハージェストにくっ付いて応接セットに座りに行きますが…  うーむ、けじめがあやふやになりそうでよろしくないよーな…



 



 「あああ… やっちゃった…   やっちゃってたあーー! いいい、今からでも行ってきましょーか!?」


 「後で良いよ」

 「そうよ、今更だわ」 「気にするな、座りなさい」


 「うわぁああ…   はい」


 驚愕にぶるって慌てましたが、タイムリミットはまだのよーで助かった。エイミーさんの牢屋リターンの話から、その他の皆様を放置した事実を思い出しました…


 「危ないとは言っても管理してる訳だから」

 「確かに不慮はあるわ。でも、牢番も獄吏官も黙って眺めてはいないわよ?」

 「獄吏官は、調整の見極めが困難だったが把握が可能になったと言った。この意味がわかるな? 放置する者はいないと言う事だ」


 「それに限界の問題はそちらではないから大丈夫、平気よ」



 三人のにこやかな説明にホッとしたが、ナンか見落としてる?  …ないよな?  ああ、良かったあ〜。ギルツさんは有能さん。そしてセイルさんからお預かりしたのだと主張する責任感の強い人でした! 強い人だから、あんなにも主張されたのですなぁ…






 「…は、い? そんな事は! だって、そのまんまでーーー!」


 慌ててポケットから持ってきた石を出した。出して、じーーーーーっと見た。見たが…   わからん。変わらないつるっつる石なのですが…  ん? つるがざらになって  る? 


 指先の、ほーんの少しの違和感に俺フリーズ。



 「竜達が言ったのですか… 確かに終わった石は大地に還りますが」

 「ノイちゃん、一筋でも罅が入ると止める事はできないの」

 「竜達は力の機微に聡い。その手の事は滅多に外さない」


 「…………外れて欲しいです」


 「見ても良いか?」

 「…どうぞ」


 セイルさんに渡して、背凭れにどすっと凭れて天井を見ると掃除の行き届いた綺麗な天井です。 ああ…  俺の思い出は残らんよーになってんだろか? 残すなとしてんだろか?


 家主さん、きれーに忘れろと? 忘れて始めて有資格?



 心臓が痛い。

 また墓を造設するのか? ハージェストにうぎゃうぎゃ言ったのは無意味だったと…



 「以前のあの感覚は…  ないわねぇ…」

 「時間の経過か。ならば、あれは名残りであったか」


 「……ですが魔石とは違う物です。同じ見方をしては、とも思うのですが」

 「しかし、今はない。それは確かだ」



 三人があーだこーだと言ってる間、黙って記憶をプレーバック。水からぱちゃした時をプレーバック。俺の大事な思い出。



 『大き過ぎず小さ過ぎない俺にピーッタリの石は、どーれだ?』


 なーんて言って選んだっけ?

 

 青の中からも選び出し、失くさない為に水筒ぽちゃした。水中にあったから水に入れた。それだけだったが、そのお蔭で水が保ってた。素敵な用途がわかったら終わり… なんて酷い。


 一筋でも ひーび〜が〜 入ったらぁ〜   あ?



 「罅割れは… 見えない みたいだけど。  うーん、これが宙に浮かんだの?」

 「水蒸気と同じで、そこに原理があるとみたのです」

 「これは流動である事が力だ。身体の透過後に形状を完璧に取り戻した。しかし、そうよなぁ…  それに依って流れる力は世界へと還ったか」



 惜しげに首を振るセイルさん。


 力が流れて失われー、世界に戻る水蒸気〜。花冠の中でのお祭りは〜  力の放出、緑が綺麗。お水を上げたら乾燥しない。潤いつやぷる、ぷっるぷる〜。あそこの石にあそこの花は〜 いつも通りのお友達〜。


 乾燥はコジワでカラスがつーけたあーしあと〜。潤いには高価で効果な化粧品が〜〜  いえいえ、それとも顔面パックのうるつや肌ぁ〜?  



 てきとーに歌ってたら、のーみそがバチバチ稼動した。



 選び取る → 入れる → 出す → 洗浄 → 乾燥 → 放置 → 放出 → 大放出 → すっからかん → お腹空いた → 餓死、又は干涸びる




 いーしが いーしを いーしでも〜   枯れ、枯れ、枯れ、枯れ、 たーちがれぇええ〜〜 かーれてガサガサぼーろぼろ  つるつるきらりん、さよーならあ〜。





 「ぶっ!   ひ、ぎゃーーーーーーーっ!!」


 「え、何!?」 「どうした!?」 「ちょっ、落ち着く!?」


 見えない事実に恐怖した。

 エネルギーチャージをしてないではないか! 冷却石のオーバーヒートではない、終わっちゃったはずもない! 燃料補給のない冷却石が稼動するはずねーだろが!!


 「水水水水、水ちょーだい、みずぅううう!」

 「ぐえっ!」


 「ノ、ノイちゃん! 絞めるんだったら、そこじゃダメ! もっと引き上げないと!」

 「だから水なのですよ!」

 「ぐ、あー」



 「…止めなさい、お前達」

 


 冷静な声でしょーきに戻りました。

 慌てて隣のハージェストの首を揺すった俺はどーかしてる。前の何かを覚えてるんかな? やだなぁ、そんな無条件いらんのに。


 



 「あなたにお水をあげーましょー♪  どんと飲めー、ほれ、たんと飲めー」



 ぽちゃん。


 ハージェストが持ってきてくれたグラスに、水差しからとぷとぷ水を注いで石をぽちゃ。青の石は空気を少し巻き込みながらグラスの底に到着。ちっちゃな気泡がポコッと浮かんだ。


 「それで良いの?」

 「きっといーはずです、ダメだったら仕方ないです」


 疑わしそーうな皆様はどーでも閃きを実践する。閃きの説明もしますけど〜。



 「そりゃ、乾きには水だけど」

 「…原動力が水?  …手軽で良いな。まぁ、何もしないよりは良かろう。気休めでも何でもな」


 「はい」


 「でも、それなら魔力水の方が良くなくて?」

 「あそこは魔力水じゃないです。俺がへーきで飲めたから。 …俺と違って合う・合わないはないと思いますが、普通に水で良いと思います」


 「そうね…  形式は同じにする方が良いわね」

 「はい!」



 にこにこ、にーっこり。三人様には苦笑もあるけどいーでしょう。


 それから、お山の話をしておきます。

 あかしろきいろであおとくろ、水の中にはキラキラちらほらぱらぱーらとありましたと伝えたら。二人の目が驚きと興味深さでキラキラと。


 「ですが、探索につきましては」


 約束通り、ハージェストがstop掛けてくれました。ハージェストの説明は、俺の説明と変わらんのにやけに難易度が高く聞こえます。どーしてでしょう? 説明が上手だからでしょう。


 「ふん…  動き(逃げ)たいのは、わかるけどな?」

 「…そうよねえ、動き(遊び)たいわよねぇ」


 「ええ、動きますよ。俺の優先は外しません!」


 「そうよねぇ… 自ら外れてたものねえ」

 「待て、リリー。どこへ繋げてる」

 「は? 姉さん?」


 ナンか含みのある違う話に移行される、一人取り残されてクエスチョーーン。しかし、下手に話に入る気にもならないので、グラスに目を落としたら水がなかった。


 「あえ?」


 グラスを持ち上げて振ったら、中で石がぐるんと回って滑ります。そんでグラスと接触して、カチン(おかわり)!と言った。



 「え?」 「は?」 「待て、水はどうした!?」




 とぽ、とぽぽぽぽっ…


 黙っておかわりの水を注ぎました。




 干涸びるって嫌ですね。二度目のおかわりの前にグラスを傾けてみますが、水滴はない。俺の手に滑り落ちたのは青の石だけ。皆で見たから絶対ない。

 それから石を回し見した。しかし、どこにも口はない。石のどこにも口はない。しかぁし! 指先に感じた引っ掛かりが薄れたよーなぁ…  うーんうーん。



 「いやだわぁ〜 世界がわからないわあ〜」

 「重さからして海綿とは関係なく」

 「これを神秘と呼ぶのか? これが神秘か?   …見事な神秘だな、おい」


 三者三様になってないのを聞きながら、今更でも光りに向けてみた。透き通るけど〜 なーんか違う。まだ足りんのでしょう。



 「入れるなら水差しに入れてみなさい」

 「あ、はーい」


 許可が出たんで、ぽちゃん。

 透明な中を青が真っ直ぐに落ちていく。



 「はえ?」


 底に到着したら水がない。綺麗にない。どこにもない。


 「…ねぇ、何か感知して?」

 「いえ? なぁーんにも」

 「か〜〜 神秘性を疑う神秘だな」


 俺は一人突っ込まない。突っ込みよーが無いのです!


 ハージェストが水差しを持ち上げ、斜めにする。角度に従い、青が滑る。しかし他には何も無い。戻して斜めに、また戻し。そんで水差しごと回す。ガラスの水差しの底で青が回る。水はない。ぐるぐるぐる。青の石が御弾きのよーに滑って回って  …ん?



 「ややや、やめーーー! ゲロッてるからーー!!」

 「え?」


 「だあっ!」


 ガシッ!



 ぴちゃ…


 奪い取った水差しの中、ちょっぴり水がリターンしてた。可哀想にゲロってるよ!



 「えー…   どうしましょう? 私の頭が追いつかないのー、どうしてえー? もう〜〜 世界が遠くていやぁねえええ」

 「他の色石なら、どーなるんだ?」

 「残りの四石か〜 ふ、魅惑と困惑が混同した挙げ句に騒動が目に浮かぶな」


 「お水の追加に行ってきまーす」

 「あ、待つ待つ」


 「持って来させる、待ちなさい」



 逃げに席を立とうとしたが天の声が許してくれなかった… ふははは、しかし水差しは〜〜 置いていいもんか?


 「このまま猫の話に突入してもいーですかね?」

 「…お任せします」


 「…なぁに、他にもまだ何かあるの?」


 「はい、非常に重大な話です。可愛い灰色の子猫が可愛らしく遊んで俺と獄吏官であるアーガイルを真っ白にさせてくれまして」

 「…言い方、おかしくない?」

 「そう?」


 「ああ? …ちょっと待て、内緒話で済む話か?」

 「内緒話にしておきたい話ではあるのですが」



 ハージェストのため息が嫌です。ちょーっとだけ気持ちが… なんてぇの? ビクビク? ん〜〜。



 ほんの少し先の未来。

 話した後。


 それが見えない読めない想像できない、程度が掴めないガキじゃない。だが、俺のテーブルの上にある選択肢は〜〜 ほぼない。まぁない。もうないではないけどさ。


 心の中は見えない。だが、態度は見える。

 演技派はしらね。


 不安は仕方ない。

 原因がわからないんだから。


 しかし、不安を一々みせてどーする。だが、超然は無理だ。誤解されてまう。あるがまま、そのまま、為されるがままあ〜〜  流されるままってーのは怖くて嫌。

 



 「ああ、そんな顔しない」

 「へ?  ぶ、にゅっ!   …だから、顔をむにるな」

 

 「あはは、兄さんいる(前例ある)から平気だよ」

 「…こら」

 「へ? セイルさんに丸投げ?」


 「絶対に似てる力は怖い。けど、振り回される為にはないはずだ! 能ある猫は爪を隠さない!」

 「にゃ… にゃーん!」


 パシンッ!


 ハージェストに釣られて片手ターーッチ!

 


 「…とりあえず、話しなさい」



 ぬるーく笑うセイルさんに大人を見たよ。隣で笑うリリーさん、何時かも同じよーうな感じで二人に笑われたぁね。あの時と変わらない。変わらない姿。



 コトッ…


 水差しはテーブルへ。不安は遠くへ。そんな顔もぽいっと。



 「猫は楽しく遊んだのです」

 「最強の遊びでした」



 …そーゆー顔でゆーなよ、お前。






副題に合わせ。

三十六歌仙の一人。藤原氏が一門。五七調より抜粋。


『 目にはさやかに見えねども 』







先週出せなかった『病欠届け』、継続中ですので先を見越して出しておきます。

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