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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
152/239

152 他はどうでも、自分の為に

 


 突き出た舌の掛かり具合を見ていた。

 結びが生まれた力を安定させ、体内を伝って既に絞め上げる自縛縄へと結合していく。


 二つの結合に体は硬直し、舌縄で声は生まれず、喉の奥から吐き出された大きな息だけが音を伴う。数度繰り返した後に力が抜けて、足がふらつき体が揺らぐが、頭を格子へと押し付ける牢番の力が崩れる事を許さない。後ろ手にした両手首を片手で握り込む慎重さに、苦笑も浮かぶが最善を忘れぬ姿に良しと思う。


 「十分、引いて良い」

 「は」


 拘束が弛み、意識が低下した体をその場で横にする。傍に寄った医者が手早く容体を確認し、最後に顔を横に向かせた。


 「お見事です、弟様」


 そんな賞賛を貰っても俺は医者ではない。多少できるだけだ。


 「この状態でしたら、体力の減少も防げて施術も安全に行えます。自縛縄の術式は制御環とはまた違うので危険ではないかと思っておりましたが、こうなると…  安全を目にできるのは何よりです。 いや、なかなか。 弟様はお優しくいらっしゃる」

 「利便に合理を求めただけだぞ」


 思い違えた事をヤサシく言ってくれるのに苦笑する。

 これが拷問の過程で生み出された手合いだと教えれば、どんな顔をするのか? そこから応用に繋がっていくにしてもなー。 …まぁ、納得はするな。


 そして俺も人の差し出す優しさをわざわざ否定する程、子供でもないから賞賛は賞賛として有り難く受け取ろうか。



 「直ぐにも行えますが、できればこの牢ではない方が望ましく」

 「ああ、こんな臭う場所でせんで良い。空き牢に移すか…  それとも?」 


 「上げるよりも此処で行うが早うございます。道具と見習いを連れて参りますので」

 「あの、弟様。できれば上げた方が… 」


 牢番がそっと告げるのに、ああと思った。躊躇いがちに望む顔。


 心とは厄介なものだ。



 「王の館に拘るか?」


 「は、できれば。自分はその、まだ」

 「…名称だけの王領など気にされなくて良いと思いますよ? 王は人の子、神ではありません。王とて怪我をすれば血も出るでしょう。生まれる時には誰しも血に塗れてこの世に生まれてくるのです。出血を伴わない誕生なんて聞いた事がありません。大体「ああ、やめてやれ」


 最後は神頼みとも言うが、命の現実に立ち向かおうとする者はその為に切り捨てる事ができる。それが自身に課せられた役目だと志す。そういった現実と過去が今を作り上げたとも言うのだ。


 人の理の元、此処は王領ではなくなった。

 しかし、神の理であったのなら人の理など通じん。それでもだな。


 「流血を避けたいのはわかるが、それなら遅かろう? 三階の用途を何と言う?」

 「流血での死は可能な限り避けていたはずで…  何事も許容範囲と言えるものがあるかと」


 「凍死か衰弱死か餓死の三択が許容範囲で正解か? それが完全に守られてきたと本気で思っているのか?」


 

 直訳に二人が黙って否定しないのに頷いといた。そりゃあ、当事者でない者が明言した所でよ。




 元々、神は遠い。とても遠い。

 祈りの王の祈り等、届く過程で常に空中分解してんじゃねーかと疑う程度には  遠い。



 そんな中でも、迷信と思えるものでも信じる者はいる。俺自身、あの肝試しに可能性を掛けて信じてはみた。みたとも!! 結果はあれで、俺は真実に目覚めて成長を遂げた。ふ。


 金銭放置な死地には現実主義者リアリストと、教えを心のドコかで信じている者がいる。極端な二極化はないが、その分根絶やしになる事もなく蔓延る。毟っても毟っても出てくる雑草と同じで、何かしようとすると顔を出す辺りが本当に時間を食わせて前に進ませない様にと企む謀略者の如く顔を覗かせやがってぇええ!!   …いかん、雑草と同じにしては雑草に失礼か。あれらはその場で精一杯生きている命なだけで人の思惑とは無縁。

 

 あー…   だから、こんなハズレな土地は要らねーんだよ。


 王領なんて名称ばっかで使い辛くて鬱陶しいだけだっての! 兄さん、売ったら良かったんだよ。忙しかったのもわかるし、直ぐに売ったら不敬とか言われるのもわかってるけどさー!


 売ってたら… アズサが困っただろうか?    いや、売るにしても相手はみる。みるなら、下げ渡しの方向で家の繋ぎに  あー、臭い。



 「わかった、面倒だろうが一度上げよう。施術をしたなら気になるものだ。急変があっても気付かねば終わり、そうなると悔やみもする。何を言っても、上り下りを繰り返すのは疲れるだろう?」


 落とし所を定めて言えば、また「お優しい」と言われた。人の心を手玉に取って昏い悦びに浸る気もないが、上手く回っているならそれで良い。しかし度を超えて、「あの時はしてくれたじゃありませんか!」とか言い出す阿呆もいたからなあ。



 …ヵ!  



 「うん?」

 

 足早な靴音のカツカツとした響きと囚人共の声が反響し、冷たさの中に華やぎを添える   なんて思うと、自分が終わってんじゃねーのかと思ったりする。大丈夫か、俺?





 「あ?」

 「ですので、竜達が持って来い・見せろと。一部、食わせろとの声もありました。『何を?』と聞きますと『焦らすな!』としか…  それで、どうして此処へと聞きますと、アーティスが呼んだらしく」


 「…で?」

 「それで持って来いと言うのが何かわからず、難儀をしております。只、此処にあるのは確からしく入り口から動かず」


 「他は?」

 「どうやら咆哮後にその『何か』に気付いたらしく、今でも興奮しており目が離せません。応援に数人が駆け付けましたが態度に事態は変わらず。騒ぎを収めようと話し掛けても黙殺されます」


 「……だから、肝心な報告はどーした」

 「え?  …はい、ノイ様でしたら官吏室におられます! 竜の咆哮にもしもの凶行を踏まえて入れたとの事です」


 「……部屋に隔離」

 「はい、確認に覗きましたが騒ぎもせず大人しく床に座っておりました。何やら呟いていた気もします。室内に血の臭いもなく、呼び掛けに反応はしたのですがどこか緩慢で… そこに竜達が苛立ち混じりの怒気を孕む唸り声を上げましたので、聞かせるのもどうかと。念押しに出るな・動くな・そこに居ろと声を掛け、きっちり扉を閉めてきました」



 説明に俺の脳裏が色々弾く。

 構図も絵柄も、その後もわからんでもないが。


 「アーティスは?」

 「…そう言えば、どうしたのでしょう? 部屋には居ませんでした。アーティスに気を回す余裕もなく、申し訳ありません」


 軽く首を傾げる感じで視線を飛ばすのに、苛立ちを感じる。俺の脳裏が一つを弾き出し、元凶はどいつだ!と叫ぶ。


 俺も叫ぶ。


 「な・ん・で、放置してやがらあああああ!! この呆け共がああああ!! 鬼哭をアゲるまでしばき回して実践すんぞ!」

 「いっ!? 鬼哭って! え、ハージェスト様    お、お待ちを!!」


 「お、弟様!?」

 「各自、やる事やっとけ!」


 殴りたい衝動を『馬鹿は後だ!』と抑え込んで、全放置して入り口に駆けた。途中、鉄格子の中から野次る声に殺意が沸く。



 「は、ははっ! ほれ見ろ、偉そうにしてても全部が全部上手くいくわけねえ! 好い気味だ!!」


 人を嘲笑う髭面に、足を止めず鬱憤紛れに叫び返す。



 「ヨガリ泣きを噎ぶまで可愛がってやる! 次を楽しみにしてろ!!」


 ああああ、八つ当たりしてえー!




 ムカつきながら走って、滑るよ〜うに入り口でジャッと靴底を捩って止まった。格子越しの顔が俺を見て嬉々に溢れる。


 「弟様、階上の騒ぎが収まりません! 何がどうしたのか!? 今、解錠を!」

 「自分でやる、どけ!」


 「え、あ、はい!」


 この場を離れる事も出来ずに居るから、不安を隠せない顔に言ってやらねばとも思うが  ああもう、め・ん・ど・く・せーーー!!


 ガンッ 

 ガシャシャッ!


 勢いで格子を鳴かせつつ、新しい鍵に直接力を流し込む。鍵さえあれば誰でも開けられるモノではないが、やはり上位設定はしとくもんだなああ!! 



 ガチャンと開いたのを。

 力任せにガラッと横滑りさせ、階段目掛けて走った。


 「アレを搬出させるから、そこのを入れとけ! 搬出後、上がって良し。掛け忘れだけはするな!」

 「はいっ!」


 「ハージェスト様!」


 俺が聞きたいのは、お前の声じゃねえ!


 


 


 地下二階まで聞こえた竜の咆哮。

 あんなもんを背後から不意打ちで食らってみろ、誰でも放心するわ! 大人しいとゆーより魂が抜けて自失してんだろーが!!


 「なぁんで誰も傍に着けさせとらんのだ!! 役立たずが、どーしてやろうか!!」



 あああ、どーして人員揃えてロイズの時と同じ状況になる! 





 グギャアアアア(食わせろーーー)!!



 地下一階に駆け上がれば咆哮が響いた。 …此処でこれだぞ? ナンの免疫も耐性も心構えもなく背後から怒声を食らってええええ!! がーーーーーー!!


 「きゃああああ!」


 間髪入れずに何かの証明の様に女の悲鳴が上がる。仕方なしに目をやれば、開けた扉を握り締めて立つ医者が恐怖の形相で叫んできた。



 「弟様、医官殿達は向かわれました! 竜達は何を怒っているのですかっ!?」

 「下に居た俺にわかるかあああっ!! あー、下から上げる! 施術の準備をしろ。即時、取り掛かって良し!」


 「は?  あ、開腹のご許可で!?」

 「既に意識低下させている、話し合ってやれ!」


 「なんと!! わかりました、こいつらは後回しで!! 容体を確認後、直ぐに致します! おい、聞いたな。施術の準備をしろ! 悲鳴を上げてる暇はない、急げ! 場所に道具、手順が悪けりゃ死ぬんだぞ!? さぁ、早くやれ!」


 「か… 彼女、許されるんですか!? うっわ、はい今直ぐ今直ぐ今直ぐに!! 部屋はあそこで!?」

 「おう、あそこだけ開けといて正解だ!」


 「せ、施術…  あの人の施術…  施術に要るのは…  いけない、そうよ! 消毒用と替えを移さなきゃ!  私、私、私!! しっかりするのよ、こんなコトでどうするの!」



 医者の怒鳴り声に見習い達の返事で良しとした。全くだ、手順が悪けりゃどころかまた悪化してんじゃねーか?と思うと怖くて恐ろしくてうひぃいいい!


 地上に向かう階段を駆け上る。当然、柄に手を掛け斜めにする。


 だああ、こんな所で長剣帯刀するもんじゃねえな! 足に絡んでも打撲で済むならまだ良いが、顎に胸部、膝口を打ちつつ下までずだだだだっと落ちていくなんて最悪だ。 



 ダンッ!


 「アズサ!」


 地上に戻って、一足飛びに扉に向かい取っ手に飛びつき開けようとした。



 ガチン!

 ガチャチャ!!


 「ああっ!?   …何で魔力施錠してやがる!」



 瞬間、レオンに殺意が沸いた。

 もしもの為の安全の配慮だとのーみそが弾いても、沸いたら直ぐに沸騰した。こいつでナニかを煮沸消毒してみてえ。



 「だから、それが何か心当たりがないと言っているんだ!」

 「もっと内容を明確に言ってくれ!」


 『出、出、見、早!』

 『感、知、不、知、 虚!  見! 解、理! 然!!』



 外で聞こえる遠い音はどーでも良い。




 重なる施錠に手順を踏まえて解錠を行えば、符合に共鳴した力が小さく空間を揺らし蹴散らし、音と弾けて消えていく。手抜きをしてない事を誉めるべきか否か!!



 バタン!


 「アズサ、大丈夫!?」


 扉を開けたら、足元を風が抜けた。え?と思った。直感に理解が悲鳴を上げて、悲鳴に従い影の行方を目で追う。廊下を、その先を見た。


 外へ出る入り口の扉は閉まっていない。

 何で閉めていないのか? そりゃー、閉めたら竜達が隠すなと怒るからだろう。興奮してる竜は大変だから、開けっ放す事で落ち着かせようとしてるんだろう。



 そこへ小さな影が一直線に走って行く。振り向きもせずに真っ直ぐに。

 暗い場所から、明るい場所へと駆け出して行く。


 光りの中へと駆けて行く。



 俺の元から走り去る小さな影。何時かと同じ振り向かない姿に、『二度はない』と告げられた気がした。



 「アズ、サ! アズサ、待ってええっ!!」


 恐怖に駆られて呼んだのに振り向きもしない。 






 「グルウ!」


 手の届かない光りの中に竜の顔が覗く。見慣れた顔がズズイッと中を覗き込む。


 「ぴゃーーーーーあ!」


 小さな影は跳ね飛んだ。


 …影の動きが可愛い。ピンと立った尻尾がぶわっと膨れる。着地と同時にきれ〜〜〜いに方向転換を決めて、一目散に駆け戻る。


 ……やっりーい! うちの竜ってなんて仕事師♪ わーい。





 思ったのが甘かった。


 猫まっしぐらの一直線は他を見ようとしていない。低い視点の固定化で俺を見ようとしない。そして勢いよく向かう先は地下への入り口… 


 地下には子猫がすっぽり入れる風穴はある。ある。 暗く冷たい地下で行方不明? ふーめーい〜?



 「アアアア、アズサ!!  駄目、こっち! こっち、こっち、こっちぃい!! 行ったら駄目だってえええ!!」


  

 ずっさー。


 捨て身で入り口を塞ぐ横滑り。止める為なら何でもする。視線を同じにして必死で目を合わせよーとした。合った。


 「しゃああ!」


 どすっ! ぐにっ。


 合ったが邪魔だと叫ばれ、容赦なく俺を踏み越える…   認識されてない。



 「待って、駄目だってー!」

 「うにゃー!」


 ごん!


 「ぶっ!」


 踏まれて一気に半回転。踏み越え着地後、一気に半回転? どーも痛かったのは俺だけらしい?


 

 「にゃー、ぎゃー、みぎゃー!」


 俺の胸元に頭突きをしてくるアズサが…   灰色の猫頭が…   ああ、猫の頭が……  



 カリカリカリカリ、ガリッ!


 「ぎゃー!」

 「はいはいはい、待ったあー!」


 急いで仰向けに寝転がる。


 どすっ!  「ぐえっ!」



 腹に跳び乗られた。軽さを補う勢いがキツい。


 吐いた分の呼吸を体内に取り戻しつつ、上着をはだける。直ぐに体を滑り込ませてきたら、今度は尻尾が上下に振れてぴしぱしと俺の体を鞭打つ。打つがちっとも痛くない、それより大変可愛らしい。他のと違って本当に可愛い鞭で鞭じゃない。


 そ〜っと手を伸ばして掴もうとした。


 「ふぎゃー(早くー)!」

 「はい、すいません!」


 催促に手を滑らせて猫頭から尻尾まで一撫でしたら、下から順番に留め直す。少々締め難いのは仕方ない。上まで留めずに膨らみに手を添えて起きる。


 「おかえりー」

 「に、  あ〜〜〜〜 」


 服と手の中、仰向けにだら〜んと脱力しきった猫が居た。ああ、居てくれる事に泣きそう。

 そして顔を上げた先、入り口ではこちらを覗く顔が増えていた。複数の目が煌めき、こっちを見て見て見て見て口を開ける。



 「グルルウッ!」

 「ギャアッ!」

 「ガルルルッ!」


 「びゃーーーっ!」


 ずぼっ!


 中にすっぽり入って震えるから。

 服から落とさないよーうにしっかり抱いて、竜達に片手を上げて黙って部屋に向かい、ガッチャンと扉を閉めて隔絶してやった。あ〜、疲れたあ〜。



 「ガーーーーーッ!」

 「ギャアッ!!」

 

 だから手を振ったじゃないか、怒るなよ。俺は泣きそうだったんだ、後にしてくれ。


 「ガアアアッ!!」

 「だから、後にしろよ!!」







 ギシッ


 「はぁ… 」


 椅子に深く凭れると脱力感が襲ってくる。しかし、胸元と片手に感じる熱が安堵を齎す。声の途絶に安心したのか、ひょこっと顔を出してくれる。



 「あの…  どこに向かうつもりでしたか?」

 「に? なーーあ?  なぁん」


 「…………あ、あははは。そーだよね、そーですよねー。部屋に向かって行ったんですよねー」

 「なぁ。 なーあ、んにゃう」


 「テラス前か、怖かったらテラスの階段の裏ですか。あは…  あの、地下へ向かったのは」

 「にゃーがが、うにゃにゃん!」


 「安全地帯への駆け込み…  はーい、それって俺ですね〜。 わーい。  すいません、この頭がもう」

 「にゃー?」


 疑い… と、ゆー名称の〜〜   あー、思い出が心に突き刺さり尾を引いて引き摺ってるのは俺か。



 「あのね、ごめんね。説明不足でごめんね。地下一階はまだ…  うん、まだ良かったはずだけど二階は絶対に猫入りしないでね。風穴があるんだよ。嵌まって抜けられなくなっても場所に依ったら助けられない。行方不明の猫変死体は嫌です」


 「 うっ  にゃああああああっ!!」


 可愛い悲鳴に心が、少し落ち着きました。そんなつもりがなかった事実を示す恐怖の雄叫び、心底嬉しいです。


 でも、爪を立てるのはちょっとー。




 「でもさぁ、どうして猫に? そりゃあ、人よりすばしっこく捕まり難い点は認めますが」

 「……にーな〜〜  にゃんなんにー」


 「以前の実践? 前に実践しようと思った事を実行?  無罪が有罪に? 怖くて?   …あの牢?」

 「にー」


 記憶が感情を呼び起こし、心を荒らす。


 「あれ? なら、どうして自分で解錠して行かなかった訳?」

 「に?  にあん?」


 不思議そうに俺を見つめる目がかーわいい〜〜。いかん、頭が動いてねー。 …同じ事をしてるよーな?  いや、落ち着け違うだろ。ココには確かな熱量がある!



 「にーあー」


 開いた所を待ち構え。

 

 「思考、猫仕様?」

 「なー、にー、なななーん」


 「前に損ねた、から?  実行?」


 ちょっと思考の回り方が読み辛い。



 「にゃーん… なーん…  」

 「え?」


 押し潰す周囲? 出るなの待てが? え、え?  あー、何か混ざってわからない。



 「にぃ〜〜」


 それでも、言葉に耳を傾ける。




 「だから、隠し事はない! 牢に良いモノなど運ばない!」

 「ガルルウ!!」


 「見慣れた程度の物しかない! 灯りに使う分だぞ!?」


 傾けると違うものも聞こえたが、進展のない外野の言葉は気にしない。



 「ワンワン、ゥオオオン!」

 「何が元でこんな騒ぎに発展した!?  何を不平不満に言っている!?」

 

 力を帯びた声が新たに加わり、次々に周囲を圧し(ボコっ)ていく感覚を得た。その感覚が俺に更なる安堵を与える…  もう何もしないで良い、この解放感…  素敵過ぎて泣けるな。



 「アーティス、兄さんを呼びに行ったのか。正解。賢い子になって」

 「にゃーん!」


 ほのぼのした。

 頭の回転に素晴らしい決断力を持つ犬に成長してくれて俺は嬉しい。





 「ん? 上がってきたのに止めて焦らして酷い?」

 『是!酷!  圧、酷! 潰、苦!』


 「はは、すまん。しかし、すっきりしたろう?   で、それは今の話なのか?」

 『是!!』


 「おい、地下から上げた物の再確認をしろ」

 「…次期様、気付くのが遅れ申し訳ありません。おそらく竜達が言っているのは人体です」


 「あん?」





 心を無にし、頭を撫で、目を合わせて、にこ〜〜っとする。

 見返す目も柔らかく変化して、再び全体が脱力に緩んでいく。くた〜〜っとした中に安堵が見えて俺も和む。


 なんて平穏、猫髭もか〜わいーい。



 「聞きたい事もあるけど、ごめんよ。下に降りれなかったんだね。アーティスも人も居るから大丈夫と決めつけた俺が馬鹿でした。  …君がちゃんと降りてくるまで待てば良かった。下に行ったら、ちょっと時間が掛かるだろうと踏んでたから早く終わらそうと思ったんだ」


 「……なーああ」

 「…有り難う、君にはもっと気を付けると言ったのに。言った先から自分の思考を優先させてる。出立したし、先を先をと考えて。  はぁ、駄目だね。  君に合わせる必要を感じてるのに、わかってるのに  つい、自分の感覚で行動してしまう。


 もしかして、置いていったとか思ってた? ごめんよ。話をしたら、精神的にくるものがあると思って…  ええとね、地下二階は鉄格子ががっちり嵌まった牢の並びで灯りもわざと乏しくさせてる事もあって連れていくときっと君が怖がると「にぎゃーーーー(置いてけーーー)!」



 「そうですよねー、良かった〜。あは。  お」



 力強い叫びに、俺の胸を押す肉球の強さ。無事に復活したよーで嬉しい。興奮に動いた尻尾が上着の間から飛び出たのも可愛い。


 可愛い尻尾を掴んでしまおう。

 するりと指先で遊んだら、ん?とした可愛い顔。見えないのに上着の中で後ろを振り返る姿がイイ! 尻尾が右に左に揺れるのを摘んだら、尻尾の先がく〜にくにと動く。


 可愛くて、幸せな…   あ〜〜。






 

 「はい?  兄さん?」


 ガチャン。


 「ハージェスト、あ? ノイ? どうして猫になっとる?」

 「にゃーあ」


 「ヒュン!」


 廊下を行く足音もその他も閉め出してたけど、兄さんが来たから終了〜。アーティス、偉かったな。




 「……そうか、それで猫に。人員を付けても、それを許さぬ現状を生み出すか」

 「は?」


 ホウッとため息を吐き、観念したよーに目を閉じる兄さんに首を傾げる。


 「今までにない興奮の仕方に、皆が困惑していてなぁ」

 『竜達が腹の中を見たくてならんとさ』


 一方で伝えてくる言葉。

 優しく笑うのに揶揄の含みが透けて見えた。何を指すかと気付けば俺も笑う。いやもう、笑う以外に何をしろと? 魔石を見慣れるが故に、力に当てられる事も少ない我が家の竜が興奮に狂う?


 は、ナンの冗談だ。



 だが、腹を裂くのは後になる。そうなると時間の経過に掛かり具合が気になるが… 竜達の機嫌を損ねる方が問題か。



 人と竜。

 どちらも大事で優劣は無いと言いたいが、そんな綺麗事を言ってもなー。今回は竜の望みを叶えて当然。人と竜は同列か? 同列でないとするなら理由は何か? 通常は種が違う事に起因する。そして飼う、飼わないだ。


 共に語り合えるのなら、相手の尊厳を守らねば共存共栄など夢の夢。


 そうでなければ、何をどう言った所で都合の良い道具扱いだ。契約を盾に何時でも自分の望むがままにと願うなら、そこに尊厳はない。奴隷と何が違うのか?


 自らを律する事を忘れた者は獣に劣ると言ったのは誰であったか。それを聞いてゲラゲラ笑い、「劣る獣が通ります〜」とか何とか鼻歌混じりに嗤ったのは誰であったろう?


 思い出すだに、しょーもなさも思い出す。遣る瀬無いとするよりは好きにしろとしたもの。  …何時か、貴さに至れるのならそれも道なのだろう。 ……ふはははははは!




 人と竜は違う。

 違いはあれども寄り添えるのだから、その事実を大事にしたい。



 「キュッ!」

 「にあん、にー!」


 「あ、はいはい〜」


 後少しが届かない、猫の手。

 アズサは服の内から出ずにアーティスと戯れようとしてる。猫手の片方だけ出して、ちょいちょいとしてる。

 

 「ああ、可愛いな」

 「なーあ」


 「あは、ほんとですよね」


 その手を兄さんが取って遊ぶ、良い感じの団欒。人でないのがあれだけど。


 『姉さんは』

 『向こうを頼んだ』


 『咆哮は』

 『よく聞こえた、アーティスが駆け込んできたしな』


 繰り返す咆哮に、恐慌が起きてないだけ良かったと思ってはいけない訳だ。館内をあちらこちらと移動して、皆に言葉を掛けている姉さんを思い浮かべると本気で頭が上がらなくなりそーで怖い。お土産は二つで正解だったんだな。いや、俺はまだ何もしてないか…  



 さて、それは後だ。

 本当に君の石ってナンですか?



 「あのさ、君の石なんだけど」








 

 ハージェストの腕を踏み台に、アーティスをよしよししようとしてた。でも猫手だと難しいやね。廊下を行く人の声も足音も聞こえてた。


 そろそろ逃避の時間は終わり? 俺の中の怖いのは押し込んで現実に立ち返りましょーか。



 聞いた話にげっそりです。

 エイミーさん、あなた… としか思えません。


 初めてあの石を見せた時、皆はどこか魔石とは違うと言った。そりゃー、あそこの石だからとしか俺は思わなかった。しかし力もそこそこな… えー、ざっくり言えばランクが低くてにっぶい人が見た場合、あの石は最低限の加工を施した大変高価な石に見えるよーです。それこそ仕様はこれからのお楽しみ、みたいなあ〜。


 「手土産にしたかったんじゃないかと思うよ」

 「短絡ではあるが渡ってしまえばな。原型が変わればどうとでも、捏造も何も自己本位で好きなだけ言い募る奴らはいる」


 そんな人とは付き合いたくない。 ……乱世や成り上がりなら、それって当たり前なんだろか? ああ、猫は平穏無事にごーろごろが幸せでーす。そっちが良いでーす。   …違う、俺はヒト。


 「でな、竜達は今直ぐ見たいと望んでいてな」

 「人の姿に戻る? このままでも良いよ」


 二人が言うのに考えます。


 思い出す竜は…  わかってても肉食獣でした……   人は平気、だから自分にも襲って来ないと思い込むほーが馬鹿。

 



 ハージェストの服の内で楽チンしながら向かっております。外が見えない代わりに猫耳ピクピクさせてます。


 「待たせた。石の主は別に居る。我が家の物じゃない、事後はやめてくれ。今回ばかりは俺も責任を負い切れぬからな」


 先に行ったセイルさんが、軽い口調でも釘を刺してるのが聞こえた。竜達のグルだかギャーとか聞こえて、ちょいビビる。それから、人の足音。地面に何か置くジャリな音。ちょっと服の中が暑い。 …俺、ドキドキしてるよーです。



 「皆、あっちを見てる。大丈夫」

 「に」

 

 背伸びして顔を覗かせたら、お日様ヤッホーって。


 そこで見たのは、地面に置いた担架の上で寝てるエイミーさん。服は胸元まで捲ってて、お腹にタオル乗せてます。


 エイミーさんを挟んで向こう側、二頭の竜が並んで見てた。残りは後ろにずらっと横並びでうひょうううう! その間に竜騎兵さんがぽつぽつと混じる。


 こっちに横並びする警備兵さんは、だいじょーぶでしょーか? 俺のよーにぶるぶるしない? 前に立つセイルさんとギルツさんの隙間からこっそり見てる状態ですが、あんま隠れてはいないなー。



 「フンッ!」


 わおっ! 竜の鼻息でタオル飛んでったあ〜。わー、パンツ履いてない〜。わー、下が見えちゃったー! きゃ〜〜、きゃ〜〜、きゃ〜〜〜! 猫が悶えても意味なさげー。



 お日様の下、衆人と衆竜環視の元、髪の毛の色と同じ下の毛がみーえーてーる〜〜〜。きゃ〜〜〜〜〜〜あ。



 ナンですけどね。

 エイミーさんの髪、ざっくりなくなってます。倒れた時に散けて汚れた髪の毛は長かった。それが今や肩より上。それも綺麗に切り揃えた感じじゃない。


 ……此処で見てきた女の人達。子供除いたら、皆さんロングヘアだったと思うんですよねー。メイドさんキャップとかあるし、髪型に統一もありませんでしたが〜〜 ショートカットの成人女性を見た覚えは無く。ベリーショートも見てません。



 この仕打ち、女の人には酷?


 罰則だと思うんだけど、罰が可哀想だとしたら罰に意味あるの? てか、酷くない罰と酷い罰の境目って何が決め手だよ。


 …んでも、こんなの半年もしたら伸びるんでない? 一生伸びない訳じゃないでしょ? 枝毛の心配ないね! 時間の経過で元に戻るんなら、まだいーんでない? ……そーなると後は心の傷?  ん〜、この場合の心の傷でしょー。 


 こーこーろーのきーずーね〜〜〜。 じーぶーんーのきーずーは〜 じーぶーんーのーもーんーだ〜〜〜。 


 で、ok? 

 

 女の子に面と向かって言ったら、「わかってない!」って罵られそう。「そんな考えだから!」とかも言われて蔑まれるかも〜〜  いにゃ〜〜ん。


 つか、体にうっすら見えてる線ってナニ?


 

 「グゥウ…」

 

 俺から見て右の竜がエイミーさんの腰に足を掛けました。その足を前へと動かすと腰骨を軸に体が動きます。体が横になり、片腕が持ち上がり、ヘンな感じで曲がって前へとばったんしました。


 エイミーさんは竜の足で引っ繰り返され、うつ伏せになりました。お尻がぷりんですー!   …ん? 何あの  …あまり見ては失礼ですね。


 あ、可哀想に担架の棒の上に半身ゴロンだから痛いんじゃないでしょーか? 意識なさげで良かったね。しかも、幸いな事に竜の足が乗った事で赤みが指しました。蝋人形みたく真っ白〜な肌になってたから、おめでとうございます! 生きてますねー!! ぱちぱちぱちぱち〜。


 いや〜、良かった良かった。

 あーんまり白かったから怖くてほんとは死んでるんじゃないかと疑ってた。



 二頭が引っ繰り返った体に顔を近づけ、ふんふんしてから、また足を掛けて引き戻す。もう、担架には乗れてません。腕も… 折れてなさそーだから良いんでしょう。


 はっ!と気付けば、エイミーさんの服の括りが解けて……  胸の〜下の〜膨らみが〜見えてる〜。きゃ〜〜〜〜。


 かわいそーに捲れちゃいました! うーん、うーん、死体っぽいんでトキメキは遠いですが、皆さんどうなんでしょう?



 見える範囲の方達のズボンを見た。反応はなさげです。 うぬう、見るとこ間違ってるか? 

 


 「少し待ってくれ」


 そう言って進んだのはギルツさん、エイミーさんのアクロバティックな腕を直して終わり…   他の人はと見たら、視線は竜に向いてたりセイルさんだったり。


 そこで、コソキョロしてたら斜め後ろ待機のリアムさんと目が合った。そそっと隠れ、もう一度こそっと覗く。こっち見てた。もう一度、目が合ったら安心したよーに微笑んだ。ホッとした感じ。リアムさん、猫説明貰ってるひとーーーー!?  うわお!



 「に、に」

 「うん?  …ああ、リアムね。  ……ごめんね、まさかあれが君を一人にするとは思ってなくて」


 「にあん? あー?  ぅにゃん」


 低音になるから、何言ってんだと注意しといた。



 そんなこんなをコソコソ話してたら話が危険な方に進んでた。代表だけじゃなく、此処に居る全頭だそうです。完全に皆さんでエイミーさんをシカンしたいそーです! まじですかあ!?と思うんですが、そこは譲らないそーです。



 まぁ、人と竜は違う。

 見たいっつー目的も違うから、エロ眼鏡を掛けたよーな言い方は大変失礼でしたね。にゃあっはーん。





 


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