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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
151/239

151 真を告げて、嘲笑い


…………えー、セット販売です。幅ひろ〜〜〜く何時もど〜〜〜りセットでございます。前振りはしました。




先に問題いってみましょー。

今回は英語です。本日のオートから始まる某ルビは和製英語です。読まれましたら、英語に直して下さい。ヒントに下記を記載しておきます。


A***********y l****b** d***



では、どうぞ。




 


 アズサの傍らにあって経過を見守りたいが、時間の余裕に報告その他を考えると合理的に済ませたい。それに、地下二階に連れて行くのは冒険的リスキー過ぎて嫌だ。


 必要以上はさせるなと、はっきり言った。そして俺が『居なくても』『言わなくても』の志の元、慣れを希望して階下へ向かった。



 地下一階から二階へと続く、この石段がうざい。

 人の目線の位置で設置されている灯りは光力が弱くて暗い。降りれん事はないが暗い! 供給する魔石の劣化かと取り替えさせても光力は変わらなかった。そして光力設定する機能がない。つまり取り付けた時点で設定を固定化したか、取り付けた当時はこれが最先端だったかになる。


 囚人共の心を潰すには効果的な光度だが、一度で済む囚人と、見回りに上り下りを繰り返さねばならん警備兵とでは負担の大きさが違う! それを考慮に入れなかったのであれば、この地下は曰くの為に有り、兵の堕落の為にある! 



 「足元にお気をつけ下さい」

 「ああ、有り難う。手筈は整いつつあるか?」


 「は、広間は済ませました。下から上げてきておりますので、もう少しで成果が見えます」

 「そうか」


 使う以上は便宜を図らねば意味がない。



 「っい!」

 「! 無事かっ!?」

 「ハージェスト様!?」


 「大丈夫です、申し訳ありません!」

 「後ろから転けてくるのは勘弁しろよ」


 「お、大声で叫びつつ転けますので」

 「はは、黙って落ちてくるよりは良いな」


 「お手を煩わせました」

 「気にするな」


 指示した奴の手抜きを責め立て殴りたい。しかし型の安直さから、当時の精一杯ではないかと予測がつく自分が辛い。





 「お、待て」


 半ば降りた時、触れた。

 冷たさの中に、微かに感じる細い糸。糸と感じるこの力。この力の元が掴めん。


 「わかるか?」

 「…申し訳ありません。体感した時点で舌打ちしたくなります。通う度、この辺りと気を付けてはいるのですが」

 「医者としては感覚を掴めぬ量で術式が生きている事に驚きを隠せません」

 「自分にはわかり兼ねます」


 「何度確認しても、この地点に結びはないとしか言い様がなく。至らぬ事で(極められず)、面目もございません」

 「…そうだな、兄上のお言葉もある。足を止めた、行こう」


 「は」



 この地点には寒冷線と呼べる糸がある。


 この糸のお蔭で地下一階の気温は比較的快適だ。夏の間は最も快適だと言うが、居住地としての環境を整える気概が途切れている所為で意味はない。

 地下からの冷気を受け止めている力の糸。これは本来なら、もっと効率の良い循環形式を取っていたのだと思う。そうでなければ寒冷線と呼べる程に冷気を留める現状が痛い。それでも保たれているのだから、構築者の実力に驚く。


 結びを探索したくもあるが、兄さんの許可が降りぬ内に動けば殴られる。それに探索の優先順位は落ちた。




 『うげ!』


 階下からヒュッと吹き付けた。 

 体に冷気を浴びせて駆け上がる。そして糸が背中に揺り返しの冷気をザッと浴びせてくる… 


 「さ、寒いですので早く降りましょう」

 「そうだな…」


 前と後ろに浴びせられ、忌々しいがどこかの風穴が確かに繋がっていて良い事だ。そして粗方受け止めた。確実に上へ抜けた分は弱められている。 …この抜け感がガス抜きで、構築時から全く変わらんのだとしたら。


 様々に弾く自分の思考が煩くもなる。



 『アズサが震えてたら、さいあくー』


 さっさと階下へ行く。

 浴びた冷気に思い出す懐かしい感傷には笑ってしまうが。





 緩やかな曲がりの先に光りが現れ、暗さを払拭した。


 

 「良い感じの色だ」

 「お気に頂けて良かったです。暗い中で見る白光は嬉しいものですが、足元に埋め込む分には目に痛いと考え、昼光と呼べる色合いを選択しました」

 

 足元を照らす右の灯り、少し離れて左の灯り。

 途切れる前に先を照らす灯りが段差を浮かび上がらせる。ああ、これで良い。此処で要るのは目線の灯りではない、足元だ! どーして足元に埋めんのだ!!


 左右に点在させていれば途中で一つが切れても、まだ道筋が掴める。雰囲気より実利を取れっての! 真っ直ぐでなくとも一本道、足元を優先しとけ!!

 


 「完成には今少し、お時間を」

 「人数を限った中で行うのだから、無理せず、足元に気を付けて行え」


 「はい、綺麗に仕上げてみせます!」


 案内に先を行く警備兵からの力の籠もった応えの中に、充実感を聞き取れて気安く「ああ、頼むな」と言えると本当に色々気が楽になる。



 階段の終わる数段目からは段の幅と長さが広がる。その段が見える事を何よりも、『良し』と思う。




 コッ!


 終着にホッする。


 降りた広間に新しく取り付けさせた灯り。広くない階段を抜けた先に広がる空間と光りが、降り立つ者に安堵を与えて実に良い。この安堵を牢内に常設する優しさに金は無い。いや、有っても無いで正しいか。



 壁に設置した灯りから正面に顔を向ければ、鉄格子の門扉が鎮座している。天然を活用した人造物。年代物だが実に良い仕事をしている。これらを作り上げた職人の技術と根性を誉めてやりたい。 …どんな理由に心情であったとしても出来を誉めよう。ああ、実に素晴らしい。


 それから横へと目を滑らせば、ぽっかりと開いた穴。これもはっきり見えていい。昇降台が上がっている今は、どう見ても穴か虚でもだ。その隣に設置された棚に予備の洋灯が並び、台車が多少の生活臭を臭わすが、これも光力が弱いと見え難くて危険でしかない。一旦、統括する場所に灯りを置かずにどーしたいのか?


 極力、兵に無駄な力を使わせないのが上が図る正しい便宜だ。



 ドコかが抜けているこれらが昔から地下を利用してきた証拠だが、牢にしては設備が行き届いていない。入れた後、放置するならわからんでもないが牢の数が多過ぎる。作りの違いから増設も見て取れる。当初は氷室だったとしか思えんのだが…



 「おい、お越しになられた! 何処にいる!!」


 門扉の奥に向かって叫ぶ姿が笑いを誘う。横に立つレオンが物言いた気だが、これに文句を言ってどうするのか? よく働いている方がよかろうに。


 「 ……  い 直ぐ   に!」


 声の反響に靴音の谺、その他が混じって静けさを破り、生命活動が聞こえるのは悪くない。うざったい声も聞こえ出したが、生きている証拠であれば何よりか。



 「お待たせを致しました!」

 「解錠を致します」


 鉄格子を間に挟んで並び立つ二人が、共に俺に向かって敬礼するのに頷き、止める。


 「内から解錠せよ」

 「はい!」


 牢内にいる警備兵の顔が輝くのが、わかり易くて笑える。



 ガシャン!  ラ…  ガララッ   

 



 「現時点で解錠に失敗した事はありません!」 

 「内側から解錠した場合に、引き続き施錠も行われる仕組みに変わりはなく。但し、引く事を前提にしております。…人力で引く前提は省いた方がよろしいでしょうか?」


 「利便性で言えば省けば楽だ。しかし連動式を採用するなら、格子を開けてから閉める迄の時間設定が緊急時に適合するとは限らん。それを考慮すると開閉そのものは人力で行うがまし。まさかで挟まれると圧死も可能。それに、姉上のご要望は『出た時に施錠がもたついたから改善を!』だったしな」


 

 ガララッ…

 

   ガチン! ガシャン、ガン!



 内側から施錠の具合を確認して頷いた。


 現場の管理を現場に任せるのは当然だ。指示した以上は任せて当然。そして何かあれば俺が纏めて責任を取る。責任を取る以上、必要と判断するものの確認は取る。後から「違うだろー! この馬鹿がー!」と叫ぶのは嫌だから、自分の目で見ておく。


 これを怠った結果、やり直しとくれば時間と金はどれだけ掛かる? 無駄の極み。



 「お前達は、この仕様をどう思った?」

 「素晴らしいです! 必ず二人揃ってから解錠をしていますが、本当に簡単で驚きです!」

 「掛かる負担は負担と呼ぶ程ではありません。それは誇張ではありません! 取り付け後の鍵での施錠・解錠、どちらも不具合は出ていません。この門扉の開閉が連動であれば楽だと思いますが、実際の持ち込みに掛かる時間はまちまちです。内からの解錠後のみ、閉めれば掛かる。これだけで本当に十分です」



 同意に笑顔になれた。

 元々、この手の鍵の導入は考えものだと思っていた。これ以上、手を入れる気はなかった。ああ、良かったー。


 「これで姉上に、新しい鍵(オートロック)に取り替えたと報告できる」

 「「この様な場所にまで細やかなご配慮を下さり、本当に有り難うございます!!」」


 報告義務と気掛かりの軽減に心が晴れやかになる。晴れやかさは牢内であっても関係ない。





 「では、自分はこちらでお待ちしております」

 

 一人増えたが、一人を残す。変わらない人数で牢内を行く。

 案内に従い右の通路を行くが、向かって直ぐの牢の前で立ち止まる。鉄格子越しに眺めれば寝入った姿で転がる者達。


 「レオン、見えるか?」

 「は、徐々に落ちているのは確かです。しかし、現在も間違いなく体内を巡っております。自分は二、三日先を山場と読みますが、そう大差ないかと」


 「そうか、こいつらの引き取り手は出てくると思うか?」

 「おそらく、出ぬと思います」


 「僭越ながら自分も居ないと思います! この状態の者を引き取って面倒を見続ける生活は苦しいです。死んだ最後は知りたくても、最後の面倒となると話は別になるのはある事です」

 「全員が全員ではありませんが、人様に面倒を見て貰える生活を送ってはおりません。お分かりの事ですが、あそこら辺の者達ですので引き取る家族も…」


 意見を求めて見た二人。

 匙を投げる様にあそこら辺と言うのに、ため息が出る。前任共の尻拭いと後始末の上にこの領が成り立つと思うと、ほんっとにめんどくせえ。まぁ、後は兄さんだ。兄さんがしてくれ。



 爽やかさが失せた心で頷き、歩を再開する。


 カツンと靴音を響かせながら、自分の内なる力に手を伸ばす。意識して巡る力を一つ引き上げ、増し始めた冷気に対抗するが、揺り返しの直撃程に寒くはない。


 以前よりも余力を持って行えるこの実に感動的で実利を伴う喜びに、打ち震えいでか!!



 力があれば、これは無意識でも行える。行えない者は真実体力勝負。それから慣れだ。アズサは一度これに耐えた。その意味では耐性を得たとも言うが…  耐性なんて言ったところで単なる言葉の綾だ! ちくしょうぅうう!! 都合良く耐性ができるより、怖いと叫ぶに決まってっだろーがあ!!


 あああ、思い出すと苛々するーーーー!! 



 本人も起きたがるし、話す事も色々あったが…  あー、食っちゃ寝の生活させてないなー。もうちょっとさせておけば〜〜  良かったなぁ、太り方が甘い。いや、まだまだこれから!



 カツン、コツ。 カツン…



 向かう先、空き牢もあるが死屍累々と寝転がる姿もある。


 …こいつらの現状は訝しみ、憐れむものだ。だが、アズサの守りにやられただけなら己が罪よ。しかしだ、苦悶であった当初と違い今では苦悶も薄れている。ツラだけ見ればそれ程でもないよーにも見えてくる。 ……どの様な死も死ではあるが 安穏 か。安穏と見えるだけで腹が立つな。



 罪に死が直結しないとおかしいか?


 そうだとするなら、おかしいのはこの頭。贖いの術は一つではないと知っているが、一つの痛みで許せる程に俺は優しくない。

 …本当に俺は狭量だ、領主なんて向いてない。できる兄さんが居て良かったよな〜。俺がそうだったら、それなりに家財を使い込んで〜〜 傾かせはしなくても目減りはさせたな。はは、きっとさせてる。それでも、『家の金は全て俺の金』な子供思考では立ってないはず。 はずはずはず。 あれ読んでそんな思考が回るはずない。



 ガン! ガシャン!


 「おい! おい、あんた! こっち見てくれよ! あんた上なんだろ!? 頼む、助けてくれ! 話すことはもう話した! 嘘じゃないんだ!!」

 「此処の牢が特別なのはわかったから! 俺はそんな大物でもないんだ! お願いだ、他の牢へ移してくれ!! 大人しくする、本当だ!!」



 靴音を掻き消す哀願と格子への打撃音が響く。

 

 目をやれば、格子に顔を当てて複数が必死に似た内容を違う単語で言い立てる。一人に目を留め、足を止めると期待に目が開かれて声が止む。



 「こいつらは?」

 「以降に入った囚人共です」


 「ならないか」

 「なりません。後からなった者達は、全員あの時の者でございます」


 「そうか」


 質問に答えるレオンと牢番の言に頷いた。俺も見てみたかったなーと、それだけ思う。



 「あの時って…  あ、あんたら一体なにをやったんだよ!?」

 「ここで起きねえ奴らはどうなってんだよ!? 死んでないんだろ!? 世話に降りて来てるだろ!? なぁ、あんたセンセイだろ!? この前も様子を見てったろ? どうなってるのか教えてくれよ!!」

 「俺達で何をしようとしてんだよ、あんたらは!!」


 「黙れ、囚人共!!」

 「反省のしおらしさはあるのか、お前ら!」


 聞いて流して相手にせずに眺めて終える。騒ぎ立てる複数の声に取り合ってたら時間の無駄だ。それでも、してもいない罪を被されるのは不愉快。故に、一つを答えるとしよう。


 「何をしようと? 此処は牢、お前達は囚人。この地の領主を蔑ろとした。その事実により投獄となった。それだけだが? 我らはまだ刑を実行していない。まだ、なにも、して、いない。わかったか?」



 笑って真実を述べてやった。 

 述べてやったと言うに、「嘘だ、それは嘘だ!」と連呼に合唱されるのも業腹だが、偽りを口にしたでもなし。真実を知って疑い泣き喚くこの愉快さ。この牢に居れば、衰えるだけだから必死なのはわかるけどな。


 内なる力を使って初めて理解する。

 この地下にあっては力の回復が難しい。時間の経過で戻るものがなかなか戻らない。食事も死なぬ最低限。戻らぬ内に使うから減るしかない。そこで一番長らえ保つには冬眠か仮死が正しい。


 そうなると、生きているだけ(生ける屍)だな。動かないから本当に正しい表現だよなあ。消極的で生き延びる確率も碌にない、どーしようもない方法ではあるが確かに術ではある。



 「外では滅多に味わえない感覚であろうが? 堪能するが良い」

 「ま、待ってくれ!」

 「こんな所で死にたくないです! 牢替えを! お願いです、何でもしますから!」



 半泣きになられてもなー。

 根性ねぇな、集団になると平気な奴らがよー。力をちょーっと感じられなくなる程度で、この様か。初めて感じる有り難さか? はん、常に限界と勝負していた俺は違うってか。け。


 力を吸い上げられる感覚も強制的に散らされる感覚もない。そして、この場からの力も感じられない。解けた力は大気に還る。還るそれらは、やがては我らの呼気にも還るもの。それが無い。



 此処は、そういった場所。


 だからこそ、力量がはっきりとわかる。一切の誤摩化しが利かない。己自身と対峙する為にあるとも言える場所だ。 …此処で修行を行えば限界突破もできそうだが、冷気が曲者過ぎて行う気にもならん。


 この場が頑強過ぎると思えるのも引っ掛かる。


 脆い土地の地下なんぞ行きたくもないから堅固なのは良いコトだが…  妙にナニかが引っ掛かる。警告と受け止めると納得もいく。それでも此処は確かに牢として打って付け。此処で何人が無実の罪に釈明も許されずに儚くなっていったのか?


 死地と呼べる。

 これこそが元来の王領であった所以かと思った。


 しかし囚人記録も繁栄記録もない、肝心な頃の記録が無くなってやがる。それでもほんっとーに金銭面では放置されてた死地な事実がなー。


 此処を最近の任期の奴らは使っていた。挙げ句、当然と黙ってやがる。


 まぁ、まさか連綿と続いた任期地が突然下げ渡されるとは思ってなかったろうなあ。あははは! 祈りの王の領域で、王の別邸とも言える館内で、コロシてやがるとはねー。


 王領であった時の事実。

 王領でなくなった事実。


 この事実から出た明るみは、ナニをどれだけ緩和するだろうな?



 愉快でも今ひとつ割に合わない思考を回していれば辿り着いた。


 「こちらです」

 「…ふーん」


 光りが足らぬ牢の内、メイドであったモノが体を丸めて転がっていた。

 







 「はっ   はっ… 」

 「急速に衰えているのは明らかです」


 カチン!


 手慣れた風情で壁の窪みに洋灯を引っ掛ける。


 医者が屈んで体に手を掛け引き起こせば、身を捩り腹を抑えて逃げようとする。身の丈に合ってない服から覗く首筋、腕に足。術式で生み出された自縛が縄目を描いて体を這う。


 誰かと似た状態でも自縛縄には見慣れた感しかない。大体、構築体系そのものが違うあちらは心的衝撃インパクトが違う!




 「痛い、 いた  いた ぃいい」


 涙が乾いた顔は見窄らしく、覇気もない。呻き、弱々しく「痛い」としか言わない。俺と対峙した時に切ってみせた余裕も勢いもない。全てを失ったツラに、こんなもんだとも思う。



 「…下剤か?」

 「お入りにならないで下さい」

 「自分が見た時には熱病を疑う程に震えていました! それで「待て、静かに!」 


 レオンが発した低い制止に空耳でなかったと知る。

 見えもしないが上に目を向け、呟く。


 「…何がどーした?」








 ……ギャーーーーーー!


 「怒ってるな」


 ……グアアアアッ!!


 「その様です」


 ………グギャーーーー!!


 「存外、響くもんだな」

 「本当に聞こえるもので。入り口でのたけりでしょうが…   弱くて無理です」

 

 断続的に聞き取れても、さーすがに何を言ってるのかわからん。



 「俺達を竜の餌にする気か!?」

 「上で何してんだよ!?」

 「食われて死にたかねーーーー!  助けてくれよーーーーーっ!!」



 ああ、煩い。

 鉄格子を揺さぶって騒ぐから金属音が邪魔して余計に聞こえん。


 「静まれ、騒ぐな、縄目を噛ますぞ!!」


 牢番として良い言だと頷く。

 


 

 「心話を試みましょうか?」

 「此処でか? やるだけ無駄だろ。レオン、上がって見てこい」


 「…ですが、お傍を」

 「一人ではないわ。二度手間だ、お前が行ってこい」


 不承不承に行くのに、さっさと行けと思う。

 この場を放り出して駆け付けるのは簡単だが、それをするのはクソガキだ。すれば兵を信用する・しない以前の問題になって阿呆らしい。

 しかし違う報告持ってきたら、ちょーーーっと小突いて叩き直すか。だーれのお蔭で今のお前があると思っているのか?  …笑みで本音を語っても詰まらんな〜。






 「で、腹なのだろ?」

 「はい」


 格子の内と外でやり取りするが、手っ取り早く俺も中に入って診た方が早い。


 「どれ」

 「いけません! お止め下さい! お入りなられたとあれば、じ   自分は釈明もできません!! 自分が手伝いますので、どうか!」


 必死の形相で止められたが、途中で飲み込んだ言葉を聞いてみたい。






 

 「いや…  いやあ!」


 横になったまま力なくも嫌がる姿に、そうだろうとは思う。医者と牢番の男二人に手取り足取り腰を取られて、下腹部を露にされて、桶に足を広げるのは嫌だろう。


 しかしそうせんと周囲に飛び散る。誰が後始末をする? …そりゃあ、簡単にできもするけどよ。やっても良いとした気にはならん。 


 …悪辣を気取る気もないが、この冷気。見方を変えればどちらにとっても味方と呼べる。 ……やがては死を呼ぶ冷たきヤサシさ、ねえ? はは。



 「先に桶を」

 「腹より上に捲ります。手桶形なら丁度良いので、そちらを背に」


 「い、いや!  はな、しっ」


 「無駄に動くな」

 「長引くだけ危険だ」


 男二人が真剣に手早く終わらそうとしている間、動けない女が尻で躙って必死で嫌がっている。この現状に関してはアズサが居なくて良かったとしか言えん。


 背後に回った牢番が両肩を掴み、体を少し持ち上げる。背中に膝を入れて角度を固定すれば、桶も少し持ち上がってかしいでいく。下がる服を医者がたくし直し、胸の下で一括りして腹を晒す。


 「弟様、ご覧下さい」

 

 牢番と医者の共同作業で、桶に尻を嵌められたモノが出来上がった。嵌め込みから持ち上がった太腿に、腹を這う自縄の違いがよく見える。



 「田舎者にて、この様な術式自体存じませんでした。内なる力の流れ、その偏りをつぶさに目にする事が出来ようとは…  実に便利ですなぁ、この縄目の色。一目瞭然で恐ろしいです」

 「ううっ!」


 医者が内腿に手をやり、一撫でした自縄の色。


 「血の流れと同じで手足よりも色濃く出るはずの腹の方が薄い。そして… 」


 手を腹に添え、軽く押せば始まる事は目に見えている。

 


 「体内活動は鈍っておりますが…   では、  腹の、  ええ、ココです」

 「う! ぅうう!!」


 二指で腹を押した。



 ぶほっ!


 「はい、この部分にナニかがあります。この様にカタチと思われる物に」

 「ひぃ!」


 びちっ!


 指がナニかに当たるらしく腹に沈まん。


 カタチの周辺をグッと押して確認すれば、桶の内で空気混じりの籠もる音が響く。そして医者の説明の最中も女の尻から淫猥にもならん、ぐりゅだかぶりゅだかの音が継続的に続いて、悪臭が漂い出す。


 「これが冷たい。力で抵抗しようと腹の内から冷え続ける以上、長くは保ちません。体力が残る内に排出させようとした獄吏官様の対応は実に適切ですが… 」

 「死ぬか」


 返事よりも頷いた。

 牢番に目をやれば、こちらも頷く。


 「下剤の薬湯は、ぬるめたものを夜中の内に自分が飲ませました。一等官様とも話しましたが…  何らかの癒着を疑います。背中側でなくて救いだと見ていたのですが、こうなると」

 

 静かに首を振って、未来を暗示する。

 

 それに応じて軽く頷く。地下牢へ入れた当初から力と体力がない状態、そこへ異常を示す腹。飲みやがったと思う方が腹立たしい。


 「そうか、死ぬか」


 意志に反して垂れ流した事実に放心するモノに死への語気を強めて突き放せば、目が俺を捉えて険を宿す。その根性は認めるけどよ。



 「自ら死を口にするとは愚かだな。兄上でさえ、安易に触れようとは為されなかったものを。その程度の力でよくやったもんだ。ああ、鈍さで死を選ぶとは大したモノよ」


 嘲れば睨みが増して元気だが、頭に血は巡ってないらしい。


 「身に過ぎた力に食われて死ぬか。死は死だが、実に詰まらん死に様だな。宿した力に食われて死ぬは望み通りで幸せか?」



 自縄の色付きに気力を認める。

 そいつを踏み躙ってやろうと嘲笑う。



 「前領主と懇意であったと聞いている。寝ていたのであろうが? 任期切れに際して放置して行った相手がそんなに恋しいものかねえ? 『身を案じる、故に近況の連絡を。領内に変わりなく?』なんぞ、どう考えても現状把握だろうが。追尋に対する内偵を捨てたモノに頼むとは。 …ああ、まぁ便利ではあるな。会った事もないがお前と同じで碌な者ではあるまい。いっそ、清々しいまでの屑とみる。下賎と呼ぶに相応しかろう」



 眦が吊り上がり、怒気を纏い、指が動き、爪を立て、握り拳を作るのを見ていた。

 

 本心から、俺は挑発を狙っていない。

 死体に言った所で意味はない。生きてる内に嘲笑わねば意味がない! でないと吐き損ねた欲求不満でムカついて仕方がない!!  


 「そんな、 こ  なぃ  ひど いコト   いぅ な!」

 「はぁ? お前が何を酷いと言っとるかわからんわ。盗んだお前が酷いだろ、阿呆な事を抜かすな」


 「う、 あ」

 「入れ揚げたは己が命か、豪儀だな。お前の人生を潰すだけの屑がそんなに良かったか?」


 「く、ずじゃな  いぃ!  り、消せえ!」


 ぶりりゅっ!



 「あ、あ、あ!」

 

 両肩の拘束で動けんものを動かそうと頑張った結果、下っ腹に力が入って漏れ出る。キツく目を瞑って震えても出るものは出る。



 「ひぃ!」

 「動いておりません…  尻から投与しても無駄でしょう」

 「何が癒着を可能とするのでしょう?」


 医者の手が横からグリグリ押すのに従い、持ち上がる両足がビクビク跳ねるが…  尻は汚かろう。



 「あ、の 人が!」

 「あの人だろうがこの人だろうが、牢内で糞をり出して悪臭を漂わせて死んだと聞いて感動するのか? あ?」


 ガキのどーしよーもない言い争いの内に、性根を見せて貰おうか。


 「死ぬ気でなければ逃げ道の確保は要る、もう一人を餌にしてもな。お前の捕縛に館外を調べんと思うか? 女一人で完遂するは難しい、対外の協力者は真っ先に潰す。条件に適合する者を見つけ出せぬと思うが浅はかよ、糸を張るは当たり前。それ以上に不快と思われる兄上の目から逃れられるものか。部屋に来られた時点で特定した『鳥の目』は譲渡済みだ。


 まさか、お前の捕縛で終わるとでも? 助けが来るとでも?


 お前の生家は取り潰しよ。親の知らぬ存ぜぬは真実か? 女親と娘は秘密を共有していても、男親だけが知らぬ事はあるからな。お前の行動で家が潰れる、俺にはできぬ決断をよくしたものだ。お前に墓はなかろうが、死ねば墓などどうでも良いか。


 お前にしてみれば、こんなはずではと続くのかもしれんが…  満足だろう?  好きに生きて死ぬのだから。 あー、身勝手な娘の尻拭いで一生を終えるか。嫌なものだな。 嫌だからと言って、この責を誰の所為だと返すだけなら心に情は欠片も要らぬ。真、律だけで良い。


 お前の大事な屑は、お前の愚かしさを愛おしいと言って笑うのか?」





 『お前は、何をしたかったのか?』


 そんな猛省を促す様な事をだーれが聞くか。情報漏洩がホイホイ許されてどーする? 機密は機密であるが故に機密なのだから、守られんと関与する他の者達が危険になる。徹底の意識が甘いと阿呆な笊ができる。情報の開示に優越を覚える程度の笊が上に居て堪るか。


 本当に待とうと思った俺がヌルい。上としても失格。判断が甘い。

 性善を望む俺は阿呆か? しかし性悪しか居ないと思ったら俺自身性格が歪まんとやってられん。そうなると間違いなくツラが悪くなる。そして兄さんに「やめんか!」と引っ叩かれる…   あれは痛かった…   はぁ…


 ほんと〜〜うに遺恨も禍根も残さず全部引っこ抜いて刷新するが早い。ロベルトが土地に根差す情報も粗方収集し終えたはず、アズサが言ったから兄さんも引き延ばしたが〜〜〜。





 「死…  死ぬ? わた、し、が?」


 漸く血が巡るのか、それとも正気にでもなったか? どちらでも時は止まらん。



 「腹を裂くか」

 

 「体温が低いので出血も少ないかと」

 「生きている内に罰は与えるものだと思います」



 出血が少なくても、生存確率が低そうな自縄が絞める腹を見た。



 「ひ、あ、  ああっ!」


 突如として震え出し、急速に色が失われる。ガチガチと歯を鳴らす。生命力が腹の中の冷気に対抗して色を取り戻そうとするが、あっさりと飲み込まれる。繰り返しの鬩ぎ合いに根性と気力を見るが、次第に広がりを見せるのに馬鹿はこれだからと思う。生き延びたいなら対抗するだけ失策だっての。



 憐れと呼べる姿。


 その姿に忖度すれども、根幹を語らずでは許さん。許してどーする。現状の改善にも打開にも展望にも繋がらぬを是とするなら先を見通さぬ阿呆と嗤おう。目の前の忖度で全て罷り通る理なら、真理も真義もその他も要るか。


 「しかしまぁ、その愚かさに慈悲を恵もう。手を掛けるがソレをこちらへ」

 「は」


 「あ、抑えましょう」



 ゴトッ


 背後から脇に手を入れ立たせば、蓋がなくなって桶から臭いが強く漂う。臭うものは臭う。俺より二人の方がキツかろう。手早く片手を握り締め術式を構築する。

 

 近づく体に、血気の失せ具合がわかる。それで威力の調整を計る。構築できれば全て同じ、この思考では技術は伸びん。


 「口を開けさせ、格子に当てよ」

 「は」


 「あ、  っかぁ」


 格子にグッと押し付けられて歪み潰れる顔。

 赤みが失せた唇と歯がガチッと格子に当たり、そこから舌が出る。

 

 五指を広げて力を展開し、格子に挟まれ潰れ掛ける片目を覗き込み、微笑みに嘲りを交えて告げる。



 「お前に舌縄をくれてやろうよ」








 お前が言うは笑った者勝ちなのだろう? 真、全てを笑いやれと。実に良い、笑うが良い。


 それで、心を笑うを貴と呼ぶか? 


 貴とは何か?

 人は何を以て貴いと尊称する?



 考えぬ者に尊称は値せぬ。



 人は愚か。  …花が笑うが余程良い。





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