150 覗き込んだら
空に向かって長々と吠えたアーティスに呼応したんでしょう。
竜達の力強い咆哮が、「ギャオーン」「ガオーン」と響きましたので、そっちに思いっきり首を曲げました。
「出立だ」
「アーティス、いってらっしゃい言ったんだ」
「そうね。でもあの竜達は『先に帰る〜』と言っててよ」
「あ、そっか」
「常駐させるなら、もっと整備してやらんとなぁ」
「ええ、今のままでは可哀想です。ですが群れの維持を考えると」
「シューレの環境には慣れると思いますけどね」
「一、二頭残すでは良い顔はせんからな」
「残すなら若竜の方が良いです」
「もう、じれったい。お父様もこうなる事はわかっているのに!」
「姉さん… 家に組み込んでないから当然ですって」
「占領ではなくてよ」
「はは、今は返事待ちで良い。常駐させるにも文書が残っとらんと後が面倒だ」
「ですが」
「親父様とて無用は避けたい、それは俺もだ」
「姉さん、兄さんの遣り様が優先だよ」
「まぁあ… 嫌だ、そんな言われ方をされたら私が子供の様ではなくて?」
「え? ちょっと待って、姉さん」
それから仲良く軽い笑いで締めて、竜達の均衡に見積もりっぽい話をしてた。それを耳にしては流し、アーティスと一緒に今か今かと見てました。 …話に入れないけど疎外感はない。聞いて知るに考えるを実地してまーす。覚える事なら、ほんと山。
そして聞こえ始めた竜の足音に、これこれと耳を傾けてた。
瞬間の、ズンッと腹に響く足音。
これですよ、これ! この集団の音がかっこ良くて痺れます!
竜に着けてる帯の見映えも大変よろしく、俺は「あ〜」とか「うわ〜!」とか言いながら感激でブンブン手を振っとりましたあ〜。
遠ざかる足音に最後まで耳を傾ける。ときめきのドキドキに気付けば指を組んで、祈りのポーズに似たカッコしてた。でも、似てるだけで祈ってないから〜。
ああ、俺も乗りたーい!!
しかし… 乗せて貰えるんかなあ? この先の練習が楽しみでも怖いな〜、あはは。
「うひっ!?」
これで朝のイベント終わったよ〜と振り向いたら、まーだ体勢維持してらっしゃったダレンさんと目が合った。
やっちゃってたよ… 終わったよーで終わってなかった、この現実!
場面転換で全てが終わってるはずなのに終わってなかったなんてえぇ〜〜 あるはずねーな。 あああ… なんて素敵な大人わんこの完璧ポーズ!! 「良し」が出るまでそれで居るとかダレンさんてば素敵です! あまりの素敵さに泣けてきます!! 立って下さってたら、まだ違ってたのにねー。
「改めて申し上げます」
そんで、代理であるからとロベルトさんからも謝罪がきた。
もう俺にどーしろと〜〜… しかし、ここで決めとかないと遺憾か遺恨かそんなんが付いて回るんでしょー? それもやだなぁ。
「着替えてくるわ。朝食の席でね」
「はい」
「姉さん、食事には遅れるかもしれません」
「え? 遅れるってナンで?」
「ん? …ああ、そっちか。わかった、すまんが二人とも頼むな」
「え? 頼むってナンでしょう?」
「あっち待ちだから」
「あっち?」
「そうね、朝からだけど… 様子見よ、難しく考えないでお願いね」
「え? あ、はーい?」
セイルさんとリリーさんは、一旦お着替えです。セイルさんと一緒に行くリリーさんが指先をひらひらっとしてった。会釈後、二人に従って行かれるロイズさん。
俺も手を振って見送りました。
それから距離にして約十歩な地点に、ずーーーっと佇んでいる人の元へと行きます。それがあっちなのです。
「初めてお目に掛かります」
ハージェストが紹介してくれたのは、ギルツ・アーガイルさんでした。お噂は予々賜わっておりました〜のお人です。えー、牢番の… あれ? 違ったっけ? あ、牢番じゃなくて獄吏だ。名称の覚え間違いでしたな。
ピンと背筋を伸ばした姿は他の皆さんと同じでも、何かこう… 怖い気もする。そういう事をする人だと思って見ているからだと思う。誰かがしないといけない仕事を担当されてるだけだと思っても、怖いと思うのは偏見とゆーより… 獄吏さん=拷問が直結するからですよねー。
制服マジックの割り増しを差っ引いても、感情を出さないキリッとした顔はかっこ良く冷血漢に見える。プラチナブロンドの髪に青みの薄いブルーアイズ。 …アイスブルー?
簡単になれない獄吏とゆー役職は下っ端か? いや、上だろう。この人を見てると蛇を連想する。いやほら、軍人なら鬼軍曹とゆーではありませんか。しかし鬼とゆーより… 出たのが鬼じゃないなら蛇でしょう。
俺のビビリに気付いたのか。
遠慮がちに見せてくれた笑みは笑みでも目が笑ってないよーに見えるから、心なし… 引きたい。
しかぁし! 人は見掛けが百%なら俺なんか役立ちそーにないお荷物百%ではないか! 体格で終わってしまうだろーが!! …ちび猫なら百二十%以上で勝ってみせるけどな。ラブリーさで必ず相手をオトしてみせる!!
「お早うございまーす。よろしくお願いしまーす」
言ってから、しゃっきり口調にならんかったなと… もう何時も通りが一番でいーですよ。うあ〜っ、努力放棄とか聞きません〜。
「今朝の現状も変わりません」
「そうか、切迫もしてないか」
「はい、医官達の見立てに自分の目からも切迫感はありません。最早、緩慢な死への道筋しか見えておりません。まだ生き長らえているとしたもので、自力で生きているとは到底言えません。動かないので体は衰える一方ですが、動かないから保っているとも言えます。この現状に此処の見習いの一人が神経を磨り減らしたらしく、重症化する前にと休養措置を図っております」
サラッと話すご報告に、グサッとやられまして咄嗟に胸を押えます。いえ、正確にはお守りを押えました。心臓がドッキドッキしています。
エイミーさんや執事さんの事しか頭に無く… 聞いてたのに、きれ〜〜〜いに忘れておりました。
「こちらに来る前に三人を尋問して参りました。石については話しませんが、他の情報でしたら幾つか引き出せております」
「え? 三人?」
「はい、三人です。 …申し訳ありません、移送の連絡が行き届かず」
「い、いえいえいえいえいえ!」
「あ、ごめん。その苦情は俺にお願い」
「あ、あは、あはは… はぁ… 」
これから牢屋へ参ります。
三人と意識のない方々のお見舞い… 果たして、お見舞いで正しいんでしょうか? 被害者が加害者の具合を伺いに行くのも見舞い… まぁ、行動そのものは見舞いだから見舞いなんだろう。
あ〜〜 ソウルイーターしちゃったんなら、本当にどーしたらいーのか… 吐き出すとか知らんぞ。 あ、背後からのお日様の光輝がすってき〜。あったかいのって頑張れ〜って事ですよね。活動前に日光浴する動物ってナンでしたっけ? 確か何とかキャット… あれと同じですよねー。
避けて通れぬ道ならば〜〜 活力貰ってgoですよ!
今度はギルツさんが先頭で、最後尾はリアムさんです。
行く前に、後ろを見ました。
こっちを向いて立ってるロベルトさんと、姿勢を崩さず維持してるわんこなダレンさん。その少し後ろに何でかおばちゃんも立ってます。マーリーおばちゃんはどうして立ってんでしょう? でも、ああやって並ぶ所に思うところがあるんでしょう。
やっぱり要るのは俺じゃない。
『切る首も繋がるか』
それでも、花壇の花を引っこ抜く事を決めた様に古いモノは捨てて新しくした方が良かったんでしょうか? その方がシューレの為になったんでしょうか?
俺が言った。
それだけでセイルさんが方針転換をするとは思えないし、それで予定を変える人だとも思わない。思わないけど、結果として本来よりも『余計な時間が掛かった』だけ、になったら嫌だなあ。 …難しいです。
「行くよ」
「ん」
三人に軽く手を振って、『もう良いです』をしてから歩き出しました。
頭を下げ続けた。
主要の二人が場を離れた時点で監視の目が減った。そして残る二人が離れる事で更に目が薄れていく実感を得て、漸く安堵の息を吐けた。緊張が解ける。
「お互い首が繋がって何よりだ」
小声で差し伸べられた手を見て掴む。固まった体を徐々に引き起こす。自力で起きるよりも手を借りた方が傍目からも有利だと見越して掴んだが。
「う…」
思っていたより響いていた。体が辛い。
「貴族の生まれではないと聞いていましたが… 本当に優しい質と言うか、育ちの良さか。良かったですわね、威を借る者に沈められた一人とならなくて」
心持ち尖った声に顔を見れば、一言では言い表わせない顔をしていた。嫌味にしか聞こえないが、それだけなら居合わせる必要もない。いや、居ない方が良い。
「…全くで。自負があった分だけ慢心していたのか? そんな気も何もなかったのですがね。役職の剥奪に復帰はなし、シューレに留まるか出て行くかどちらが良いかと聞かれた時には、心臓が止まりそうでヤられましたね。
行くなら一族ごと行けば良いと言われ、家の名の下に、この地に根を張る事を望む代わりの者なら幾らでもいると言われると底知れぬ深い淵を覗き込むのと同じで 見苦しくも震え掛け」
足首を動かして体を慣らす。
「それでも助かった」
「ええ、確かに。 …押え所ですか」
「あなたの首は安いのかしら?」
控えめでない嫌みに自分が鈍っているとは思わないが… もう十分と手を離し、行った先に向かって一礼した。
顔を見合わせ、頷き合い。歩を進めつつ、潜めて話す。
「私達が押え所とわかるのに放置されると思うかい?」
「…ないでしょう」
「あるはずもないわ」
「私も此処に来た時は展望を掲げていたけどね。未来に軸を据えた物事なら、現在はどんな形も試しの時だと思うよ。私はそれでやってきた。押え所であっても抑えない、抑圧してはならないとするなら別の手法を検討して最適を計りながら進めるのが最善ではないかな。君だってわかるだろう? 要は、その徹底に対する違いだけだよ」
お前の為ではない、嬲る為でもない。押え所の心が第一。
優先に伴うやり方で回され行われたのだと指摘されると、この身の価値と扱いの差に、何とも言えず心が鬱屈する。
『だが、そのお蔭で助かった。賽の目は出た』
『これが適切で最適か。これがか。こんな事に為に俺があるのか。 巫山戯るなよ、こっちからやめてやらあ!!』
叫ぶ二つの気持ち。
向かう現実に頭が回れば『助かった』が大きく占める。己一人ならばと願って通るものだろうか? 一族の数えをどこで区切るか? どうあっても離散がちらつく。
現状に成し遂げたいと願った。
その心はまだある。
自負でやってきた己の心。
今までの行いに悔恨も、未練に繋がる何かもない。そんなちんけなモノを引き摺る始末を着けてきた覚えはない。
細くとも繋がったのなら、その道を歩み切るのも己の力。
『自己の研鑽は自身の上にのみある』
思い出す教えに、ため息を零せるだけまだましか。どの道、シューレの領主の名の下に正式にランスグロリアから他家が入ってくるはず。今よりも、もっと調整を計らねばならない。
頭を切り替える事が、現実を意識する事が、逆にもしもの仮定を考えさせる。
考える事が惑わせる。
シューレの大地に囚われず、役目も終わったのだと区切れば全く新しい未来に駒を進める。その未来が惜しいのだろうか?
役職にしがみ付いていると言われたくない。真っ当に行っても不幸に見舞われる事はある。今がそうだ。
立ち止まり、見上げる始まりの空は青い。
青の中を飛びゆく鳥達の清々しさが妬ましくもなる。何処にでも己の意志で自由に飛んでいける、その姿が羨ましい。 …羨ましい、妬ましい、その浅はかさ。食えねば死ぬ、食われれば死ぬ。彼らの日々の営みこそ、単純で過酷であるのに。
己の狭量さとは比べようもなく広がる空の雄大さに、少しだけ想いを馳せて、別の未来を夢想した。
自ら腐っていく未来なら夢想せずとも確率で読める。
「…どうした?」
「いや、何でも」
「苦節の理解を求めるのは… 利己なのかしらね?」
そうか、苦節か。俺は得られない苦節の理解よりも、新しい激動の波に呑まれて消えていく方が嫌だ。そう成りたくないと思うから、足掻かずにはいられない。潰れてなるか。
お散歩、お散歩、あーさの散歩。
そう思うと気が楽です。
「朝食前でごめんよ」
「んにゃ、引っ張るより良いです」
「そう言ってくれると助かる」
「朝の散歩は気持ちが良いね」
「アーティス連れて散歩だね」
「そだね、アーティス散歩しよな」
「キュッ」
わかってるのかどーかわからんでも鼻声がかわええ〜〜。
「良く懐いておられますね」
「アーティスが賢いからです!」
前を歩くギルツさんに自信を持ってお答えしましたら、さっきとはすこーし違うよーうな顔を見せてくれました。にしても、足の長さの違いですかね? すいませんね、歩くの遅くて。でも早歩きしませんから。
「その 石の事ですが…」
「はい?」
ハージェストをチラ見するが… 言い難そうだが… ナンか情報あるんだろか?
「説明を頼む」
「は!」
立ち止まり、俺に向き合って言った。
「現時点で確認・把握した範囲から推測を絞り込み、飲み込んだ可能性も想定しております。嘔吐させましたがありませんでした。ですが、まだ下からの可能性は残っています。
それが… 詰まりか、まだ一度も桶に出しておらず。なので、下剤の投与を。出た場合には必ず洗浄しますが、一応お心構えだけお願い致したく」
大変真面目なお顔にぽかーんとしました。
牢屋の桶と聞いてアレを思い出し、襤褸切れを思い出し、腐ってえ〜 寒かったな。
「ちゃんと洗うから、ね?」
隣からの声に顔を向けた。
そこで初めて、エイミーさんが仕切りのカーテンもなーんもないトコで桶に跨がってしてるカッコを想像した。
うわ〜〜 モザイク〜〜〜 音も自主規制〜〜〜。 そっちの趣味はございません〜〜〜。
「庭にあれば良いのですが」
リアムさんの気遣いに振り返り… 黙って頷いた。そして意味なくアーティスをよしよしして、ギュッと抱き締めた。
あはははは、現実って痛いね? 痛いのが現実ですかね。痛いと思うコトが生きてる証拠だと思うし、人もそう言うでしょう。
俺は動ける。
本当に痛いなら動ける内に〜〜 自分でどーするかをだな はぁ…
はい、牢屋前に到着でーす。
入り口には人が立っていらっしゃるので、ご挨拶に〜 ちょっと待てえーーー!!
「レオンさんではあーーー!」
「お早うございます」
久しぶりのお人が立ってましたよ! アナタ、何時からココに居たーーー!?
「そうでしたか…」
牢の建物に入って、一室でお話してました。
基本の配置はココ。しかし、用事があれば臨機応変。以前の不手際の謝罪とか言われると… しかもそれでお叱りを頂きとかゆーし… 立っていた時と違う顔に、ココにもわんこな人が居たかと思ったが俺も叱られた言葉を思い出す。
『我らも遊びで来てはいない』
ほんと〜〜〜うに 運がねーなぁ…
「顔見知りでしたら気楽でしょう。場所が場所ですから気軽にとは言えませんが、暇な時には遊びに来て下さい。話し相手にはなれるでしょう。コレも遠慮なく連れ回せば良いのです」
「え? 連れ回す?」
その言葉にギルツさんをまじまじと見、レオンさんを見てからハージェストを見た。
「…レオン ……字を誉めて ………一人での勉強は捗る はずもないか。 ん、試しを兼て必要な時に使って。でも、相性悪かったら言って。無理と我慢はしない事。それと、此処が無人になる事はない。そういう意味では安全だけどね」
何か違う安全地帯の飛び地を把握しまして、レオンさん引き回し札を頂きました。リアムさん達に勉強その他をずっと聞くのは仕事の邪魔だろうから気が引けてたが、遠慮しなくて良い人材が確保されました。やったあ。
「よろしくでーす」
「は、何なりとお申し付け下さい」
…何なりと、とは言ったが微妙な声だ。
この顔に、あの時の顔を重ねると今の口調も重なる。本人的には微妙か、『えー…』で正解っぽい。まぁ、そんなもんか。最初の出会いが最悪でない事が救いです、きっと。
ゴンゴン!
「入って宜しいか?」
おっ、せんせーだ!
ぞろぞろと入ってきたのは、せんせーと多分でせんせーな二人とレフティさんだった。 …こちらにお勤めだったとは。
朝の挨拶から初めましてから体調どーだと続きまして、本題です。俺は座ってるのにせんせー達を立たせてすいません。でも、もう椅子ないんですよねー。場所を代わろうかと思うけど、どーも気にしてるのは俺だけで話は進んでく。
「話した後も変化がなくてだ」
「先に一度兆しがあった分、無念なのですが」
「倒れた日数から換算すると、そろそろ山場でしょう。どいつもこいつも多少也とも持ってる奴らなんで保ってはいますが、後はもう下るだけです」
三人のせんせーが熱心に話してくれます。
アーティスの脅し …じゃない、不意打ちの類いにも遂に反応しなくなってしまったそうです。それと〜 喋らなかったけど重度ではなかった、他にも快方に向かうと見ていた人達も何でか発症して倒れた。
「気付けば苦悶の表情でした」
「一体、何の時間差かと」
「どこをどー突っ込んでも初期がどこかわからんでな」
「「「 繰り返しが本当に忌々しい!! 」」」
せんせー達、息ぴったり〜。
後からなった人は魔力を持ってないか、弱いらしくて最初に倒れた人達より保ちが悪い。だから今、皆仲良く同じ状態。 …それって、どーなん?
「じゃから、一発頼む!」
「は… はは。 あの、でもですねぇ… 」
「物は試しでお願いする」
他のせんせーにもお願いされると… えー… はい、その気はあります。
「過度な期待を負わせるな」
ハージェストが止めてくれました! わかってるねー!
……大変嬉しかったのですが続く言葉が良くなかったです。幾つか言いましたが、「そのままとなったとて痛くもないわ」とも言いまして。聞いた俺が痛かったです。痛いですよ! どういう意味で痛いかなんて複数あるのがわかり切ってるじゃないですか!! …何時か笑って、「そーだ、痛くな〜い」と追従する日がくるんだろーか?
「できる範囲で頼みます」
「…やるだけやります。ちゃんとお願いしてみます」
ギュ〜〜ッとお守りを握り締めました。
患者さんが居ない場所でお祈りしても意味ないので、地下へ降ります。
現在、地下への階段を覗き込んでおります。
はっきり言って、大人二人が並んで降りれる階段ではございません。ちょっと気軽に降りれません。登る分はともかく、降りるのに後ろから押されたら前傾姿勢でずべべべべっか、尻をどどどどどんっと打ちつつ落ちて行けます。
階段を降りたせんせーは、俺に手を振ったらサクサク歩いてった。地下二階へ行くんかと見てたら、階段前を通り過ぎてった。
「一階なんだ」
「そ、降りたらあっち」
「二階ではありません。階段も降りるのが怖かったら、こう後ろ向きで行くと良いです」
せんせーに続いてレフティさんが降りていきます。わざわざ手を着くお手本を有り難うございます。
話してる間中、何度も唾を飲み込んでます。
緊張でしょうか? 飲み込み過ぎで喉がカラカラになりました。
「お、お先にどーぞ…」
「わかった、アーティスも降りれる場所だから変に心配しない」
「ん」
ドキドキする心臓を怖くない、怖くないと必死に宥める。平気な振りして宥める。早くなりそうな息を誤摩化すのに、そっと深呼吸してみる。
「いいよ、降りて来て」
呼ばれて覗くとハージェストが下から手を振ってた。
風を感じた。やけに冷たいと思った。地下二階へ繋がる階段の先はよく見えない。灯りはあっても、見えない階段の先が少し怖い。
風はあそこから吹いている。
「…寒くないですか?」
「いえ、自分は特に」
「心持ち寒いかもしれませんが、然程変わりはしません」
二人の顔は普通だった。嘘とも思えない。だが、下を見ると何だか妙に寒い。寒さにぶるっと身震いした瞬間、悟った。
『しまった! ガードがないからだ!!』
あれは魔法の本ではない! 魔法の盾だ!!
閃く天啓に素早く下を見た。
そしたら、警備さんが階段を登ってきた。そんでハージェストと話し出す。そこに最初に降りたレオンさんが加わる。せんせーの一人も寄ってった。
それらを見てれば、ハージェストだけが輝いて見える。 …まぁ、キラキラ金髪の所為かもしれねー。それでも黄金の輝きが、『あれは盾だ』説に妙な説得力を与える。
うああっ! そーだ、ちびハーが覆い被さるガード説! あれ、正解だったんか!!
「さ、どうぞ」
「あああ、あの でもやっぱお先に… 」
「駄目です、先に行って下さい」
「…外からの侵入を恐れていますか? でしたら、自分がこの場に残りますから心配無用ですよ」
ギルツさんのブルーアイズがナンか言ってるが上手く説明できん。
「ちょっと行ってくる、こっちは気にせず始めていて! もしも先に終えたなら直ぐに上がって、長く居る必要ない!」
ガ、ガードが… 俺のガードが更に離れて…!
冷や汗が出そうな気分で俺の頭はなんて事ないよーにカクカクした。『えええー! 行くなよー!!』とは言えなかった。こーなるとプライドか反射かわからん。
降りて行く姿が見えなくなって、自分自身に力を入れる。
『こんなコトでどーするよ!』
直ぐ終わる直ぐ終わる降りたら直ぐに向かってやれば実際の時間なんて大した事ない、こんなん後から笑い話〜 先に笑ったれ、あっはっは。行くか。
足を動かそうとして動かしました。 …ぶるぶる震えるのはどーしてでしょう?
不思議です。
足は動きます。でも、震えてます。だから、立ってる自分の足の異常がよくわかります。吐き気はしません、腕も何ともないです。ドキドキしてはいますが受け答えはできてます よね?
でも、足だけが震えるんです。椅子に座ってたら超高速自動貧乏揺すりが見えるかも。
止まれよと思っても震えが止まりませんが、どーしたら止まるんでしょう? 頭で願っても、体はゆーコト聞かない証明みたいな。
黙って待ってくれてるから。
は、早くとは 自分でも、おも、 思ってます が!!
「どうされました? 降りて下さらないと進めません。あの者達を引き上げるのは少々手間でして」
ガシッと両肩を掴まれた。
ガ、シャン! ガラ ララ…
…ナンだろう、この微かな音。下から? 鉄格子を引っ張るみたいな、擦れる音。 冷たい 怖い 嫌な音。 ああ、此処は牢屋。地下の牢。
「生者は此処から出入りをします。囚人の死体の搬出は別でして」
見上げる目が酷薄に剣呑を帯びて見えた。 …こーゆー顔がそーゆーのを指す顔なんだと自分で納得した感じってナニ?
ふっふふん、ふっふふん、ふーふーふん! 朝から機嫌が じょう、しょう、ちゅう!
「行くからな〜」
走って行きたかった。
でも、母ちゃんの隣にいるのを選んだ。だから、声だけ。今も母ちゃんといる。
朝から一緒。ふっふふふーん。
そろそろ腹が減ってくる。父ちゃんも母ちゃんも食ってねー。仕方ない、終わるまで我慢だ。
また来たろーやに、腹は減ってる。
もっかい、あそこに降りてがっぷりしろってんだろか?
違う部屋で話し出したから違うらしい。母ちゃんに引っ付く。皆でぞろぞろ移動する。結局、あそこへ降りるらしい。
一人ずつ降りてく。
母ちゃんに降り方を言ってるよーだ。どうも母ちゃんは前から降りれないらしい… ナンでだ? とんとんとんって前に降りてくだけなのに。
…母ちゃんの様子がおかしい。息がすっかすっかして足がぴくってしてる。 ……うすーくうすーく臭いがする。臭いが強くなる。 ……これは、いじょーじたいか?
どーした、母ちゃん?
しかし、父ちゃんは降りてった。降りてかないとダメらしい。 …待て、父ちゃん! どーして母ちゃんを置いていく!! 置いてったらダメだろ!! 待たずに先に行ってどーすんだ!?
父ちゃーーーーーん! そこで待つか待たないかでこーかんどが変わるって皆が言ってたぞーーーーー!!
あーあ、行っちゃった。
父ちゃん、また母ちゃんに捨てられんじゃねーの?
…!! 違う! そーだ、違う! 父ちゃんは俺がいるから行ったんだ! そーだよ、俺がいるからだよ!! おっきくなった俺は頼りになるって誉めてくれてたし! そーだ、俺の見せ場だ〜〜〜!
気付いたら、母ちゃんの足がぶるぶるしてた。こーそくぷるってたからビックリした。大急ぎで、どんやった。
「ん? アーティス、どうした。少し待て」
いや、お前が待て。つか、母ちゃんを無理に引っ張るな。
ガチガチガチ。
「待て、何をしている!?」
「お前から引き離そうとしていると思うが?」
「ああ?」
入り口から母ちゃんを引っ張って下を見せない事に成功! 俺、がんばった!!
「アーティス…」
「キュ〜〜 キュッ ク〜〜ン」
だいじょーぶ、だいじょ〜〜ぶ〜〜。下なんかいかなくていーよ。さっきから見てたけど下にはなーんもないよ。いるのは死に掛けばっかだし。父ちゃんが行った先には、まだ活きがいーのいるけど〜〜 なんだ、あれ?みたいなのもあるけどナンか違うもんだし。別に気にしなくていーと思うよ?
よわっちーほーが食われて消えるだけだよ。
「さ、待っているので行きましょう。必要でしたら負ぶいましょうか?」
「あ、えと」
だから、連れて行こうとすんな。
「こら、アーティス。終わらんだろうが」
うぜえ。
がっぷり噛んだろか。 …ま、しゃーない。
ボッ!
「なっ!」
「うえっ!? 火、 火! アーティス、火!!」
母ちゃん… ちょっとペッしただけだよ? こんなん残んないよ。さ、お外に行こー。お外で父ちゃん待とー。
「アーティス、邪魔をするんじゃない。大切な用事をしているんだ」
「どうしたー! まだ降りて来れんか?」
「ああ、もう行く。待たせる」
どん。
「だっ!」
だから、行かねーよ。怖がってるの行かせよーとすんな。だいたい、母ちゃんが怖くてキレたらどーなると思ってんだ? あ?
あんなぁ、怖いのは母ちゃんだ。一番、怖いのは母ちゃんなんだよ!!
昨日、俺が何を見たと思ってる!? キラキラの隙間から見えたあの手! あの真っ黒い手!! あれにしばかれてみろ、一撃で消し飛ぶ。キャウンなんて言ってる暇はねえ!
母ちゃんよりもあっちにビビったっての! ちょっと待ってってやってたら、怖い事になって震えたぞ。俺が尻尾巻いたんだぞー!!
すんごく怖いのわかれよ、お前! にぶいと死ぬぞ!!
「アーガイル、中止だ」
「…何だと?」
「どう見ても、アーティスはやめろと言ってる。下に行きたくないのでしょう?」
「あ。あのえと、 あの… 実は はい。 す、すすすっ すいませっ!」
「いえ、あれは元々あの顔です。気にしてはいけません、気にする事でもありません」
「へ?」
「さ、行きましょうか」
「待てと言ってるだろーが、ヘルウィーグ!」
「何だ? 次期様から直接警護を賜っている。邪魔をするな」
「…それはこちらも同じだ。石の捜索も含め、此処を預かっているのが自分だ。必要な事項にはどなたであろうとご協力を頂くのが通例。怖がっておられるのは見ればわかる。だが、それだけの理由で情報を看過するなど許されん。死ねば終わりよ。行いに時間は単なる無駄となる。わかって止めぬ無能は要らん!」
「お心が潰れるのを黙って見ている警護も無能よ! そんな役立たず、必要あるか!」
「あ。 え。 あああ、あの、あのすいませ。 おおお、おれ」
「ご心配は要りません。少し絞めておくので、そちらに離れていて下さい」
「待て、誰がお前に絞められると? は」
「弱い犬ほどよく吠える」
「己の言葉で語らぬ者の常套句か。は、片腹痛い。その程度の言葉がどーした? あ?」
「え、え、え、 えのそのあのとの」
母ちゃん、気にせずお外に行こー。ほら、あそこから離れてこっち向いたら震えも止まってるし。良かったよねー。
「大体な、一時の我慢を求める事が許されぬとするがおかしいわ」
「それだけでは次期様の言を覆すに能わず。お前が下がれ」
「ああ? ハージェスト様がお連れになられた時点で覆る。家を示すは善き事なれど、元を糺せば主権は次期様ではなくハージェスト様にあるはず!!」
「ハージェスト様が怖がらせる事を望まれるか、この呆けが!!」
「何を言う! 普段からのこ「黙れ、ど阿呆!!」
うるせえな、こいつらは!
母ちゃんが動けなくなってんじゃねーか! こんのやろ〜〜〜。
「アーティス? どう… 外? あ、アーティス待っ うわ! ちょっ! あの、おおお お二人とも!」
ふはははははは、せーの。
「ウォオオオオオオオオ〜〜〜〜〜〜ン!」
見送りも終わって仮住まいに戻り、『さぁ、朝飯でも』と思っていた竜達の耳に遠吠えが届く。「兄ちゃん、姉ちゃん、来てよ〜〜〜う!」と叫んでいる。
鎖に繋がれる。
そんな事とは無縁の竜達は、弟分の呼び声に「何だ何だ、どーした!」と皆で揃って出向いて行った。辿り着くまで、ごくごく僅か。
目と鼻の先に強襲速度で駆けてった。
覗き込んだら、色々見える。そして収拾がつかなくなる。
久々の出番。
実に筆が進みます。
違いから世界が繋がる。
せーかいはひーろい〜 おーそらもひーろい〜 ひーろいからつーなご〜 つーなぐはリーンクッ ほら、セーエーット〜〜〜♪
うむ、気晴らしを兼て適当に歌ってみたがどっかの通信会社の販売促進のよーだ。 当店のセット販売には、セットの一端としてアクセサリーセットもございます〜♪
…促進じゃないな、あは。
しかし、こうも目がしんどいと色々思案します。