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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
15/239

15 報復の行方 兄

          

 だめだったか。


 それが帰宅した時の俺の第一思考であった。

 


 居間にいけば末弟のリオネルが久しぶりにぐず泣きしとるわ、慰めている妹のネイルゼーラ自身、狼狽えている節がある。しかし、ハージェストについては誰も触れなかった。リリアラーゼは供を一人連れて学舎に出かけたと執事から聞いたが、何か問題でもでたのか?


 ネイルゼーラから、ちらっと話を聞いた。

 リオネルの様子に見切りをつけて放っておく。内容もあれだが、あんな状態ならもう少しすれば泣き止むだろ。それより持久戦がきそうだ。食事は終えているからいいが、風呂に入って頭をすっきりさせておく方が重要だ。寝てしまうわ。


 風呂を出て居間に行く前に、皆に休むように伝える。ついで妹の帰宅も聞いた。


 執事が気にしたが、

 「久方ぶりの兄弟の内緒話になりそうだから気にしてくれるな。いつも通り居間に来る必要はない」

 「はい、いつも通りに。ですが、すでに嵐は起こっております」


 心得て頷く執事に、そうと返される事態に先が思いやられる。執事のどこか強張っているその顔つきにも頭が痛い。


 なにがどうしたんだ?



 リリアラーゼから事の顛末を聞く。 


 これはまた、やってくれるな。

 喚んで契約に成功した召喚獣の消失だと? 確かにリリーの言う通り、こちらからすれば踏みにじりたい内容だな。


 違うか、確実に躙り潰してやりたいところだ。


 しかし、どこに主を置くかによって如何様いかようにも動けてしまう内容だ。子供のようにそれだけをみて行動できたなら、それはそれで楽なんだがな。

 考えずに家の力を使って動けば、ある程度は当然できる。圧力をかけ続ければ、その検査官を罷免させることも可能だろう。それ以上もやろうとすれば出来ないことはない。しかしそれには、『ただし』がつく。

 ハージェストのことを考えれば、やり過ぎには注意せねばならん。強い力は波を生む。その余波で逆に後々傷ついては意味が無い。

 

 リリーは話を聞き、内容と数人の話し手の感情に触れた。そこからにじみ出るモノを体感して軽く扱われ貶められたと判じ、侮辱であると受け取った。何よりもかける期待が大きかったことから、より強く怒りを覚えているな。


 それでも、今回のことは侮辱されたのかといえば、ちと話が違うな。


 相手はあくまで検査中の事故だと言っている。

 この一件を感情の伴わないあったことだけを抜粋すれば、『召喚獣を得たが検査中に事故で失った』それだけだ。付け加えるなら『魔力の見受けられない弱いものであった』だ。


 最後の付け足しで皆が『残念、次は強いものが喚べたら良いのにね』大概がそういって終わりだ。


 この内容で検査官に不当な扱いを受けたが為に失ったのだと、そう言い続けてどこまで粘れる? 世間的には実にどうでもよい話だ。ましてや、力のない召喚獣だという。人に言えば失ったことを残念だと言ってくれても、召喚獣そのものが残念だと言う奴はおらんだろう。

 この件を問題としているのは、担当した者達と俺達家族と当事者の二人だ。当事者といっても、もう召喚獣はいない。

 その上この検査官は、ろくに問題とは思っていないな。検査機関から詫び状と何らかの形をみせて終わると踏んでいそうだな。

 …そうだな、厳重注意か数ヶ月の減俸か。もう少し重ければ、謹慎期間を経て済むと考えているとすれば実にたいしたことではないな。


 表立って家として動けば、大きくなりすぎるか… 

 それとも、許し難いことは許し難いとして力を振るって世間にも誇示しておくか? …誇示した結果、検査官の方が可哀想な扱いにでもされたら不愉快極まりない。

 

 だが、俺としてもこのまま黙って言いなりで終わらせる気はないぞ。

 俺の妹達を失意に落とし弟共を泣かせて、このままで済むと思うなよ。単なる子供ガキ同士の喧嘩なら拱手傍観きょうしゅぼうかんしていてやるが、立場の違いから起こす圧力に泣くつもりも屈する気もないからな。むしろ、俺が泣かせてやるわ。


 明日か。こんなものは日を置かないに限る、リリーの判断は悪くない。

 時間をかければ、他の事から足を出させて引きずり落とすことも可能だろう。それは後でも十分。しかし、叩き潰すならやはり本筋で潰す方が楽しいしな。何より違うことで追い落としても詰まらんし、反省もなにもでないしな。己の行動の結果に訪れた出来事を悔やんでもらわないとなぁ。


 …この夜半に人をやって調べて、すぐにわかることといえば表面だけになるか。王都は田舎とは違うが、完全な不夜城というわけでもない。焦らせて裏の取れん情報は要らん。…夜でないと得られん情報も確かにあるのが悩ましい所か。


 医者と使いっ走りの二人は、学舎が把握しているなら後で十分。何事かあれば学舎自体で負うて貰うし、逃げでもすれば何を使ってでも引きずり出せば良いだけだ。

 黒翼の名で来ているのならこいつも後々で構わん。どのみち、こいつは逃げられん。逃げれば黒翼の制裁が顎門あぎとを広げて待っている。

 やはり調べるのは検査官だけで構わん。…ミルドか。名に覚えはないが、どこで繋がっているかわからんものがあるからな。

 裏がないか念入りに調べるとすれば、明日の午後には間に合わん。こいつが我が家に対して仕掛けたことかどうかの判断だけでいい。こいつが担当すると決まった時期、その間に人物の変更はなかったのか。召喚を行う者の名を把握していたのか。ハージェストの検査をする前は人によって対応する態度そのものに落差があったのか。あるとすれば、なにが原因か。召喚獣はなんであったのか。あとは…  


 いかん。 眠い。

 思考が前に進まん。風呂に入ってさっぱりしたが、眠いものは眠い。 


 さっきの内容なら明日、午前中にでも学舎に問い合わせて聞けばわかることだな。いや、学舎でないと分からんか。リリーは詰めが甘いことに監督役全員の確認はして来なかったからな。監督役を務めた他の者に聞くにしても人名の把握からして、やはり学舎か。

 あー、動かしにくい。自分で出張った方が早いな。ちと甘いが明日に備えてさっさと寝るか。

 

 何より一番肝心なハージェストの意思も話も聞いとらん。

 早く聞くに越した事はないが… さすがに、失って泣きが入った状態から聞き出すのもなぁ… 


 いやしかし、あれが泣いたかぁ… 

 家族の中で一人だけ魔力が少ない事実に苦悩やら苛立ちはしても、俺の記憶にある限りでは泣くという行為は一度もしたことがなかったあの弟が泣いたのか… 失って暴れているならまだしも、泣きかよぉ… 


 慰めにいってやるべきだとも思うが、逆に今は来て欲しくないだろうな。俺なら慰めより一人にしてくれと思うわ。あー、どっちにしろ、俺が聞きに行きたくない。

 繊細さデリカシーの欠如を露呈するような行動は兄としても、ちょっとなぁ…  というか。どう考えても泣いて寝たのを叩き起こして聞き出すのが、俺な訳だろ? できん事も無いが重要事項として今それをするのか? 俺が。 


 は〜、 勘弁してくれ… 話は明日の朝でいいだろ。



 沈思黙考から戻ると、瞳に怒りをたたえて静かに待ち構えているリリーがいた。隣のネイをみれば、リリーの怒りが飛び火したのか同じ状態だった。 双子だからな… 


 同じ顔で、『今からなにをしますか?』 実に士気にんだ目で問うてくる。 二重奏はきついな…



 今日はもう動かなくて良い、休めといえば憤懣ふんまん遣る方無いといった風情で睨んでくる。

 仕方がないから明日着ていく服を選んでおいてくれと頼めば、二人の顔がさっと輝いた。


 「そうですわ! 服装でも見せつけてやらないと!」

 「そうでしたわ! 気品を持って踏みにじらなくては!」


 そう言って笑い合い手を取り合って同じ姿で並び立ち、勇み立つ足取りで部屋を出て行こうとする背中に、ちゃんと休むように声をかけたが聞こえただろうか?

 

 明日、どんな服装になるんだろうな… ああ、間違いなく嵐がいったぞ。



 良いと言ったのに、まだ起きて控えていた執事に人物調査を行う手配の段取りと学舎への使いについて話しておく。何やら瞬間、執事の顔に変化があった気もするがもういい。あとは明日に備え、妹達の事はいいから休むように言って俺も寝る。

 


 事が家に直結する内容なら即座に動こう。何を置いても動かそう。

 今回のことは弟一人の事ともいえる。それでも家の面子といえるが弱い召喚獣であったという内容が、同じように世間に向ける面子を囁き大きく動くことに待ったをかける。


 それに今はもう取り返しの付かない時期じゃない。それは過ぎてしまっている。忌々しいが事は詰めをどうするか?でしかない。この状況下で明日、一回の話し合いで終われるとは思えん。こちらの意向が全く通らない場合は力ずくも考えねばな… 




 取り違えはしない。

 家名は大事だが、俺は家名に総てを優先する気はない。家名の為に俺の兄弟姉妹を大事にしているわけではない。大事だからこそ、その力を使うことを惜しまない。

 もし、そのことが人によっては『取るに足らぬわ、青臭い』と笑われても、何を良しとするかは人それぞれだろう? そんな笑いは蛙の面に小便しょんべんだ。力を持つ者には責務が発生する。その責務を優先して周囲の為に感情を殺すことができて一人前だ、などと言われても困る。栄枯盛衰。人に神なぞ求めるな。


 最後になって、卵か先か鶏が先か、そんなことは論じない。

 納得して行った結果の出来事であるのなら、汚名となっても引き受けよう。そちらの意図がどうであれ、こちらが受けたと判じたものは必ずや返してやろう。喜べ。











 窓から射し込み始める陽の光に意識が浮上する。


 うまく目が開かない。そのままでいれば昨夜のことを思い出す。ああ、泣いていたのだ。思い返すだけで、悔いが渦巻き心が波打つ。



 それから子犬を思い出す。胸元においた子犬。 いない。左右に気配はない。枕元にも、いない。

 


 ………… いない!?  


 心臓がきつく掴まれる感覚に、意識が覚醒し跳ね起きる!





 「ヒャイン!?」

 「あ」


 小さく短い子犬の声が足元から上がった。

 跳ね起きた際に足元にいたのを丸めた掛布ごと蹴ったようだった…



 驚いたのか、布団の上で転がり四肢を突っ張ったまま固まっている子犬の目が、『蹴った? 蹴った? 蹴った?』と言っている気がした。

 同時に 『蹴り飛ばしたっ!?』 そう、驚愕に不信気な表情をありありと浮かべたアズサの姿が、何故か子犬の後ろに薄く重なってみえた気がした。



 心臓がドキン!と跳ね上がり、何かがマズい・ヤバいと訴える。


 間髪入れずに動き、子犬を抱き上げ「すまなかった、足元にいたのか、気がつかなかった、痛くないか」と声をかけつつ毛並みを撫でる。子犬は体勢をあっさり変えると何事もなかった様に、俺の顔を見上げ尻尾を振って落ち着いていた。


 その犬の姿を見てから部屋を見回した。小さく名前も呼んでみる。

 けれど、返る声など無く、そこにみえた気がした姿はどこにもなかった。



 はは、完全に目が覚めた。


 覚えてかけた期待に現実が、感情と自分の馬鹿さ加減に脱力して再び寝台に撃沈した。

 それでも、姿をみた気がしただけでもいいかと考え直す。気分が下降し続ける中、横になったまま犬を撫でるが犬に面影が重なるわけもなく。先ほどみたはずの姿を、せめてもと脳裏に再生リプレイした。




 扉を叩く音に気がつき返事をする。


 「おはよう。ハージェスト」


 次姉が部屋に入ってきて、俺の顔を見て引いた。

 長兄が起きているといわれて、はっとする。 …報告をしなくては。思うと同時に昨夜の想いが甦り意識の全てを塗り替えた。




 まず、顔を洗いにいく。

 昨夜盛大に泣いたが擦るようなことをしなかったからか、そんなに腫れてはいない。しかし、顔を洗えば腫れるか? 


 器に水を張り頭から突っ込んだ。息がつづくまで維持する。引き上げ、押さえるだけで顔を拭く。やはり少し腫れているか? …この程度なら放置しても問題じゃない。気にするな。


 洗面所を出れば姉達に会う。どうも、待ち構えられていたようだ。

 心配させたようで謝罪すれば、「そういうことじゃない」と言われて左手を腰にあてた長姉から指で額に一撃をもらう。やけに重くて痛い。やられて額を押えた俺の姿に次姉は両手を組んだ状態で深く頷いていた。


 「お兄様に全部お話しなさいね」

 「その間この子犬はどうするの? 御手水はさせた?」


 聞かれて迷ったが姉達に任せた。子犬を抱き上げ、姉達からご飯も貰えと言ってから渡す。子犬は姉の腕の中からこちらを見上げてきた後、姉達に向かって鼻をピクピクさせ始めた。

 …大丈夫、だな。



 長兄の居室に向かう廊下でリオネルがいた。籠を押し付けるように渡してきて、早口で謝罪の言葉を並べ立てる。最後で舌を噛みかけた。 …良かったな、噛まなくて。 

 


 うん、そうだな。俺も大人げなかったな。

 お前が、はずみで言ったのは分かっていたけどな。ソレが的を得ていたからな。どうしようもなくてさ、怒る事もできなくて、でも、それを認める事もできなくて、ひたすら苛ついた結果お前を無視しつづけたんだよな。

 …そうだな。これ以上こんな状態でいたら、もう、元のような仲には戻れないな。兄弟でも。そうなったら、兄弟でも他人のように過ごす様になるんだろうか? それが当たり前になるんだろうか? それは、…寂しいことだよな? 寂しい、はずだよな? 寂しいと思っている内が正常なのかな?   どうなんだろう、な。


 謝罪を受け入れ、謝罪を返す。ひとつしこりが無くなった気がした。

 


 …ああ、本当は痼りに思うほどに気にしていたのか。  


 身が少し楽になった。



 片手に籠を持ち、「後で」と声をかけて長兄の元へと向かう。








 部屋に入ってきた弟の落ち着いた表情が有り難い。片手に有った籠に和解の成立をみた。


 うむ、兄としては実に嬉しいぞ。

 では、大事な話をしようか。

 

 一番最初、召喚術を執り行う時点から話させる。

 思い出すものがあるのか、時々言葉に詰まりながらも出来るだけ主観を交えず話してくれた。

 


 結論からいえば、はっきりしなかった二点が判明した。


 一つ、召喚獣の消失の様子。書類には魔鳥に襲われその後、光により消失とだけある。医者の位置からは魔鳥の背後になり、また、ハージェストの影であり結界により間近に寄れず不明であったという。

 リリーが聞いてきた話でも、事細かい話はなく消失だ。


 争点は召喚獣の死に至った過程で死に様ではない。骸はなく証も黒になった。書類には消失だけで通せても、こちら側にとっては大事なことだ。しかし、現場に居た者が口を噤めばわからない。四隅に散っての立ち位置なら、一番見ていたのは検査官と比較的その近くにいたイーリアに、使いっ走りの補佐か。そいつに今一度、確認だな。


 二つ、検査官の対応。皆が魔力がないと言い切るなかで、何故、擬態特化になる? 魔力そのものを擬態したとどうして考える? 珍種であることは良いとしてもだ。何故、本人に聞かない? 己の種族を秘匿しようという事はあるだろう。本来の姿を他人にみせる事を拒否する者もいるだろう。

 だがな、契約者のハージェストが隣にいるのだぞ。その場で力ずくで暴こうなどと間抜けのすることだろうが。人によってやり方は様々にあれど賢いやり方とは到底思えん。


 自分がいつも行うからわかりきっていて、他人もそのことを当たり前に理解していると自分勝手に混同するなよ? 他の者には分からずとも自分は理解しているから良いと思っているのなら、それこそ役立たずでしかないわ。

 もし、そうであるなら説明の手間を省くなというのだ。


 俺は召喚については、考えたこともないから詳しくない。それでも世間一般の話は当然知っているし、基礎程度の知識はある。専門分野は知らぬ者には理解ができぬと、頭から思っておるのなら張り倒すぞ。そういった際のやりようならば多々あるわ。

 しかしだ。そういうことを別にしても俺が今までに培ってきた体験や知識を総合して考えるに、検査官お前の対応は好ましくない。


 子犬をみてからの行動に子犬の譲渡要求か。理解はするが納得はせん。

 ある面で筋が通ってるという話が第三者から出る以上、こいつなりの筋はあるようだが俺とは合わん。


 

 最後にハージェストに聞いた。お前はどうしたいのか、と。

 お前の召喚獣は消失した、証も黒になりどう動いても終わっている。その上で今回の一件をどうしたい? そう聞いた。



 瞬時に気色きしょくが変わった。目付きが変わり、全身から憎悪と呼べる気配が噴き出す。 

 


     …これは俺の弟か?



 「俺の力が足りなかっただけだ、と言われれば何もいえない。だけど納得できない。魔鳥が俺の術を破ったことが納得できない。術がかかって時間もさほど間がないのに、解けたことに納得がいかない。あれがなければ俺の召喚獣は消失することなどなかった。絶対に、なかった。 …あの中で何かできるとしたら検査官の召喚獣であるイーリアだけだ。確認したい。確認行為が許されないのなら、いや、許されても奴らが白を切るだけなら、俺の召喚獣が味わわされた痛みを奴らに思い知らせてやりたい。 兄さん、俺の考え方はおかしいのだろうか?」


 瞳に憎しみを滾らせ、悪意を凪いだ湖面にして言葉静かに語る弟の表情に、俺は。


 俺の弟は歪んでしまったのかと、

 傷つき苦悩し、怒りと後悔に苛まれて、今までの気質を削ぎ落して、

 このようにねじれて歪んだのかと、このように拗れていくものなのかと、

 

 心臓に杭打ち立てられたような、思いもよらぬ衝撃に愕然とした。



 俺と弟は暫し、互いが違う意味合いで顔を見合わせ続けていた。

 


 突如、甲高い声が響いた。



 「キャイン! キャイン!  キャン!ヒュウウン!!」

 

 「どうしたー!?」


 その一言を発して顔色を変えたハージェストが一気に扉に走りより、『バン!』と勢いよく扉を開けたとたんに黒い塊が飛び込んで来る。

 部屋の真ん中ほどまで駆け込んだかとおもえば、つんのめるように急停止して後ろのハージェストの元に再び走っていく。


 ……そうか、目測は合っても勢いが付きすぎて止まれなかったか。


 妹達が入ってきて賑やかすぎるほどに話しかけ、それに子犬を抱き上げながら答えるハージェストをみた。


 

 妹達と話しているその姿に、次第に俺の口元がほころんだのが自分でもわかった。


 俺の弟は歪み切っていなかった。一色に染まり切らなかった。あの子犬がいなければ、あのような顔はしなかっただろう。他に目を向ける余裕もなく固執し続けたかもしれん。子犬がいなくてもいつかは同じような顔をして笑う事もできるだろうが、それはいつか、の話だ。今じゃない。 

 時間が経てば忘れることもできるだろう、痛みが薄れもするだろう。それでも消えない傷痕だ。



 子犬を残していった召喚獣に会えないことが、この上もなく口惜しく思えた。



 妹達を部屋から出して子犬を抱かせたまま席に着かせ、もう一度先ほどのイーリアの話を聞き直す。

 午後から学舎に行き話し合いを行う旨を告げ、先に朝食を取る様に言って部屋から出した。





 俺の弟のハージェストは魔力量が少ない。


 近くに兄弟という比較対象がいる以上、少ないものは少ないとわかっても割り切ることができんでいる。結果、尽きぬ悩みを抱え込んだ。

 その答えとして召喚を選んだ。

 それが適切かどうかは不明だが、このような場合に答えなど初めからない。正しさも関係ない。

 ハージェストの魔力の扱いや鍛錬に一番付き合ったのも、学舎での勉学以外では俺だと自負している。



 それが、この俺が仕込んだやり方で、魔鳥が自力でかけられた術を解いただぁ?

 は、ははははは。

 有り得ん。 ふざけるなよ? 俺の仕込みだぞ? 魔鳥の死骸は処分していないのだよな。




 昨夜はハージェストのこと、家のこと、なにを善しとして動くのか、そのことを第一にして考えた。

 そして、事故であることを踏まえて考えていた。どれだけそのやり方や言動に訝しりと不快を覚えても、証拠となるべきものがない。心証だけでは薄過ぎる。心理を立証することは難しい。





 故意だな。

 どのような思惑であれ。この検査官は、この俺にも喧嘩を吹っ掛けたということだな。


 そうか、故意か。

 ああ、なるほどなぁ。

 


 お前たちがどう思っているかなど知らん。推測はしてもな。

 召喚獣については、確かに黒で終わっている。召喚獣(所有物)はあくまで召喚獣ペットであり、人と同列の扱いはない。あるのは理由付きでごくごく稀にだ。

 それを考慮にいれれば、謝罪を済ませばもう終わりだと、それ以上はないと思っているだろう?



 たかが召喚獣一匹と思うなよ? どれだけ成功を俺達が望んでいたと思っている。力があろうがなかろうが、そんなことは些末と帰した。



 消失した召喚獣はハージェスト・ラングリアと契約が成立した時点で、間違いなくラングリア家の召喚獣であるのだよ。

 






 

 ラングリア家の召喚獣(うちの子)に、よくもやりやがったなぁ。


 


 俺は椅子から立ち上がり、唇に笑みをのせ窓から見える蒼天の先に一瞥を投げかけた。


 







 by子犬 どこいったかわかんなくてびっくりしたぁ



にーちゃんは、ほんと〜に兄貴。


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