148 秤に乗せて
ドアを開けてポチッとです。
明るくなる室内は、ナンでか少し寒かった。
「ぶしゅっ」
「あ、寒い? 直ぐ閉めるから」
「へ? あー、換気中でしたか」
「そ、入れ替え。そっちをお願い」
寝室へ向かうから俺はリビングへ。荷物を一旦、テーブルに置いて窓に向かう。 …開いてないぞ?と思ったら、ちょっぴり開いてた隙間風。ひゅーるりっと。
窓に手を掛け、閉めずに開けて顔を出す。
隣の部屋に点いた灯りで見えたテラスの階段。今は誰も居ない其処に二人の姿を思い出す。顔を寄せて話してた。一人は其処に、一人は中に。
カチャッ
閉まる音に、光りが遮られていくから俺もパタンと閉めました。
思い出すワンカットはありふれた光景で然して重要でもない。俺が忘れたら残らない。でも、残らなくても惜しいと言えるものではない。惜しいと言えるものではないとする事が残念なのかはわからない。それでもどこかで寂しい気もする。するのは感情が引かれるからでしょーか?
シャッ!
はい、カーテン引いて全終了。感傷には早いでしょう、お一人様の犯罪確定まだですし〜。冤罪期待してますし〜。
よし、いーですね。では、荷物持ってgo!
「閉めてきた〜 おおっ!?」
大変綺麗でした。
置いてる物は変わってないのに劇的な変化を遂げている。冷たい空気がそれを顕著に感じさせてる。
部屋をキョロリキョロキョロしながら入って、抱えてた荷物を棚の前に置く。置いてから、もっとキョロリする。
「どう?」
「すっごい!」
壁にぽちぽち跳ねてた泥もカーペットにできてた桶の輪染みもない。一番の驚愕は足元、あの泥汚れが完璧に無い! 本当にスキルクリーニングって、どーやんの?
「ええと… 寒かったら先に風呂に入る? ほんとに冷えてない? それか茶でも淹れようか?」
「茶をしながら話で!」
「じゃ、淹れてくるから待ってて」
「りょーかーい」
あちこち見ながら首だけ向けて出て行く姿に返事した。
「重さが得手なセイルさん、絶対それだけじゃないでしょ〜〜〜」
ぼーぜんとする。この世界でスキルクリーニングは当たり前か? いーえ、それは違います。俺は洗濯しましたし、洗濯が干されてるのを見てきたし、洗濯中に「スキル使ってます?」みたいなのだけは見ましたが、スキルクリーニングと断定するモノは見た覚えがございません!
はっきり言ってファイヤーボールなんかより、よーーーっぽど技術が要りますでしょー? こーなると複合スキルの結集だろ。
『分離だな』
この言葉が回るから、足りない頭を回してみようと… いや、回さないとダメだと思うから考えてみる。此処で生きるんだからあ〜、わからなくてもわからないなりに理解の努力をしよーではないか。無駄でも。
「毛足さんが柔らか〜い」
しゃがんで触れたら一層わかる、この違い。空気を含んでる。床から剥ぎ取らなかったカーペットはきっと重い、そんで壁。これにスキルクリーニングを掛ける。
水洗いしないなら、それはドライクリーニング。
乾燥とは水分がなくなる事で〜 洗濯物の乾きとは別に、わかり易い極端な例をあげると乾物かドライフラワーでしょう。完全乾燥って、そーゆーコトですよね。干物も同じだが、あっちはナンかな〜?
カサカサパリパリのドライになるまで布乾燥させてたら最後は発火しそーで怖いです。自然発火現象の一つが大規模森林火災になってたよなーっと。
ドライヤーに強弱があるよーに乾燥にも段階があるでしょう。
此処はあっちじゃできません。
だから厳密に度合いの調整が要るはずです。その並行が滑らかにできないと、どっかでバランス崩れて失敗に繋がると思うのですよ。
「泥水は水と土に分離〜 む? それよか、カーペットから泥水全部捲き上げて乾燥した方が… って、できんから分離なんだろが! そーいや、できんとは言わなかったな… あれ? その分離ができるなら、できた時点で乾燥要るんか? いやいや、それじゃこのふんわり感はでないだろ? 乾燥に温風が必要でしょう。 んで、この部屋全体の乾燥… ドライ過ぎて目が痛そうな…
強すぎる乾燥は火を呼ぶから〜 ら〜、ら〜、ら〜〜。
それなら分離した水を湿度として活用して、部屋をうるるんのさららん状態に持ち込んだ方が合理的じゃね? ああ、水蒸気。やっぱ、ドライクリーニングだわ。分離は分離でもカーペットに染みてる水気だけを分離させて残った土を風でぱーーーっと飛ばした方が… そん時に温風でふんわりに… いや待てだから、そんな都合良く毛足に絡んだ細かい土が飛ぶかい! どんだけ強風だ! カーペットが吹っ飛ぶレベルじゃねーのかよ!!」
脳内に浮かび上がるスキルクリーニングは、キラキラのぱああああっっとで終わる。
魔法の「な〜あれ♪」がすっごく便利で、すっごい理不尽に思えてくる。だって、俺がこうやって一生懸命頭を回してるのを「何やってんの?」って笑うんだろ? 然りげ無く、「なんで思うだけでできないのかなぁ〜?」とか言われたら馬鹿にされてるとしか思えない。そしてその笑顔に対して、「この無能!」と叫びたくなるのでしょう。
……ゲームには、本当に夢と希望と時間とお給料とナニなその他がみっちりと詰まってると思う。 ふ〜うぅ 終わろ。
「どちらにせよ、大変お疲れ様でございました」
本人いない部屋で頭を下げて一礼しとく。そんでリュックの上で待ってて〜にしてた花冠が「きゃ〜〜、落ちる〜〜」と言ってるから早いとこ救助しないと。
「はい、君の居場所は変わりません。ここですよ」
決めた場所に置き直しました。
これもドライフラワーですが完全なパリパリ感はなく。いや、花びらの先端はそんな感じ。だけど〜 まだ生きてるよーな気もする。 ……あそこの花だからって事を差っ引いても、もうダメだとは思う。けど、水分抜け切った萎びた茶色になってない。花びらの変色が薄いのは良しとしても茎の緑がね?
安置した花冠をじ〜〜っと見てたら気が付いた。
「そうでした、此処と向こうを一緒にするなでした。此処の世界の中心は、自宅警備員さんがいる場所でしょうか? …家主さん呼びの方がいーですか?
家主さん、何時かお会いする事はありますでしょうか? 俺の石は返ってくると思います? あの時、欲を出して五種類全部貰ってった方が良かったんでしょうか? そしたら一個くらい無くしても仕方ない。ま、いーやになったでしょうか? それとも一つ欠けて揃わんなった、きーーーって怒ったでしょうか? 思い出だから売る予定だけは本当になかったんですが… 五つ揃ってたら俺の危機には全部がぐるぐるぴっかーーん!とかあったんでしょうか? それか、こーゆー時にぴかぺか光って音声通信じゃないお仲間探知発見機になったんでしょーか? 五つあったら… 家主さんとお話ができたのでしょうか?」
花冠に向かって呟き、目を閉じて石を思い浮かべる。
少し落ちた気分で行うソレは具体的な祈りにもならない。目を閉じるだけのナニかをしただけな気分。自分を空っぽにしてるよーな、してないよーな。
こう〜〜 実りある何かを感じられないんで終了しましょう。 あ? はは、空っぽに実りがあるほーが変。
「お茶のお供〜 お菓子箱様の出番ですよ〜 中身まだまだございます〜」
取り出したお菓子箱様を軽く振ると、お菓子様達が奏でる音によしよしと思うが割れただろうか。
テーブルに置いたところで軽い気配に振り向く。
「お待たせ」
「手伝わなくてごめん〜」
「え? 俺が淹れてくるって言ったのに?」
お盆の上にティーポットとカップを乗せて持ってきたハージェストは、同じ轍を踏まない人です。
「ふーーーっ」
「今回の茶は如何で?」
「茶っ葉は同じで?」
「同じです」
「変わらないと思いますよー」
「ですよねー」
「美味しいよ〜」
「良かった〜」
椅子に座って二人して茶の香りと味を堪能して笑います。菓子箱から一つ摘んで放り込み、もぐもぐ。ハージェストももぐもぐ。
焦らな〜い、焦らない。落ち着きが肝心。短気と余裕の無さが怒鳴り声を呼ぶんです。怒鳴るのは効果的な場面だけで結構ですって。
あ〜、お菓子の甘さがストレートの渋みを抑えてくれて美味いです。
カチャン。
カチッ。
「で、執事さんですが」
「ええ、そちらですがね」
置くタイミングも合ってまーす。
「ふんふん、はぁ〜 つまり、現段階では執事さんは灰色」
「いや、灰白」
説明くれるハージェストの表情は淡白。
「誓約は切れてない。轡にした布も出てきた。外した理由は理に叶う」
「吐けずに死んだら見殺しです」
「吐いた場所も確認済み、経路も一通り確認してる」
「で、石は無い」
頷く顔に、『ほ〜っ』とした息が出ますね…
「可能性は低いんだね」
「低いけど報告しておけば済む事をしてない。結果、今がある」
「でも完璧な人なんていない」
「それは確かに。完璧過ぎて疑わしい場合もあるけどね」
「それ際限無い」
「だから精査する」
ドコにだってぐるぐるは転がってる…
「二人はどうしてる?」
「石に関する進展はない」
違う返事で切られました。
「えーと… そうなると」
「庭を調べましょう。人を入れて確認… して良いよね?」
「え? あ、あ〜。いや、うん。そう、ちが〜 早いとこやるのが… 二人の為にも良いですね… 」
「君と二人で地道に探すのは時間と見落としの危険がね。力を使わない以上、人海戦術が一番」
花壇がまた… いや、完全にぐっちゃになるんですな… なんつーか… 『一旦、石化しちまえ!』と思いますが石化したら探しよーがない。は。
「明日しましょう。花は埋め直すか、全部引っこ抜いて新しくするか、間引きをしたと進みましょう」
「は、ははは… はい、お願いします」
悲しい予定を立てました。仕方ないので許して下さい。
まさかにもしやの暴発は却下。そして自分の欲を選びます。嘘泣きはしませんが見つかったら涙を流して喜びますので、ごめんなさーい。見つからなかったら、それこそごめんなさーい。出来るだけ体裁は整えるから〜。
人は… やはり最後は引っこ抜くに辿り着くんですよ。 あはぁ?
「あ〜 聞いて貰いたい事があります。酔って〜〜 ないですよねぇ?」
「はい、酔ってません」
まぁ、素面な顔してるけどさ。
「もう酒臭くないはずですが? 失礼」
隣から身を寄せて、片手を広げてそこへ息を吐く。
直接当たらない息に、ミントの爽やかさにキラキラ光線もありませんが口臭もしません。いや、どっちかってーと食った菓子の… 甘い匂い?
俺は酔ってないと繰り返す酔っ払いとは行動が違いますな。
「今は酒精が弱いものしか飲んでない」
「そうなんだ」
つまり、本来飲むのは強い酒。
あ〜、舐めたアレは舌が拒否した。これは酒飲みさんで確定だな。
「えーと… まず。そう、夕ご飯にロイズさんが来ましてね。無事そうで何よりでした」
ここから始めて経過を語れば、ハージェストの目付きが変化した。
「いやさ、ロイズさんに差し入れよーって笑ったココロはあっちだったろ。心配もあったけど、主はあっち」
「違いない」
「だからさ、故の理解とか言われても… 」
「ロイズの体は診てる。性格も、まぁ把握してる。特に今の心理状態に現状を加味すると嘘は有り得ない。痛みが薄れたなら本当だろう。
行為が影響を与えるのなら、支配下にあると言って良い。それは兄さんが嫌うところ。嫌ってもクロさんの行動は許しだ。君があげるとした行動を許しと捉えて行われたと判断できる。
うん、クロさんは優しい。君にとても優しい。
その行動から支配下にある事を示しても、君に絡む内容でなければ動かないとわかる。そうと知れる。だから兄さんも怒らない。ロイズは手を持ち上げたのだよね?」
セイルさんの心境を考えたっけ?と自分に問い掛けて、冷や汗がたらり。
「あの、セイルさん… 実は不機嫌なのでは… 」
「え? ああ、ロイズの痕? ん〜〜 多少あるだろうけど共同所有の意味で無し。稀な事例と思えば価値も出るかと。限定条件付きだし〜 ま、容認以外ないし」
笑顔の裏に見え隠れする妙な感じを …いや、今は自分の事で埋めとけ。
「こ、心にメモっとく… えー、それでそう。 こーゆー感じから最後にこう手を」
「ああ、問題ない。それは忠誠を示す傾向のモノではないから。ロイズは兄さんのだしさ、それは明確に君が自分より上位に位置すると宣言しただけ。
易しい判断で行ったとは言わないよ? 上位を増やすなんてキツいだけだし。でも、クロさんは欺けそうにない。なら、心証をあげるのに伏すのが正解」
「…料理長さんは」
「立会い? 弟子だと感激〜 は、すると思うけどまだ重いだろうね。第三者の意味合いで正しいけど行う以上は負うものがある。最も利もある。立会人となる事で重い誓約を背負わずに信を繋ぐ術を得た」
向こうでも署名に判子は大事でした。
「だからと言って軽くもない、ロイズだから」
誓約とゆー言葉の響きだけは素敵なのですが、向こうと違って実質的な身体被害が出そうで怖いです。何度聞いてもそう思います。かるーい気持ちで約束したら終わりそーです。
だが、問題はそれじゃない。
「その時にですね… 俺は… 本気で『こいつ馬鹿?』って思って見てました」
「はい?」
うにょーんな顔でハージェストを見て、包み隠さず話します。
『こいつは何も出してない、その手に何も乗ってない。差し出すモノも無い者が何をしている?』
俺の中の見下げた声に『そーだ』と頷いて、『無いなら、遊び』と続けて答えた。これは遊び。何も無い遊び、差し出さないなら それは遊び。
遊びだから、わんこ御手要求に応えてあげるのも遊び。俺のはにゃんこ御手ですが〜 なーんて思って手を乗せた。
「遊び…」
「はい、本気でそう思いました。だから手を乗せました。ロイズさんが握って上げた時には、ナンかの誓約に至った?失敗した?とも思ったんですが… 俺のどっかが『空手で何を結ぶのか?』と笑いました」
「…それはそうでしょう、姿勢を取っただけですから」
「はい、それで。 …それで、俺はどうしてこんな思考を持っているんでしょう? どうして何も出して無いと理解してるんでしょう? 理解に判断できる思考に基準はどっから出てきてるんでしょう? 俺は記憶してます。言った通りの事を自分の中で反芻して答えを出したと覚えています。
遊びだと判断したのが今の俺だと理解してます。けど、判断に繋がる否定と肯定。この基準値を俺は持ってないはずなのに、どーして俺は 俺の中のナニかは当たり前に納得してるんでしょう?」
真顔で聞いた。
心の片隅、どっかがぶるぶるしてるのを押し殺して聞いてみた。ハージェストのちょっと開いた口がどんな返答をくれるのか、不安。
トポ、ポポポポッ ポッ…
差し出された手に理解したので皿ごと出した。新しく茶が注ぎ足されて返ってくる。んで、自分にも注ぎ足す。片手でポットを持ち上げて、高い位置から落とし込むのが様になる。降ろして、横へ置いたら菓子を一枚バリッと。俺も手を伸ばして小粒をポイッとボリボリ。
それから茶を一口。俺もごっくん。
カップを受け皿へ置いて、背凭れに凭れたら話し始めてくれました。思考が固まったよーで〜〜す。
「基準値ってのは〜 見て知るものと行って知り得るものがあります。又は、一般的と言われてる基準とそうでないもの。自己基準も一般とは違うものですが… 俺が基準の違いで唸ったのは語った通り、量です。こちらでも同一基準に至らないもの、その差を君が完全に理解してるとすれば君は天才を超えたナニかだと思います」
「そんな怖い!」
持ち上げでもない棒読みで言わんでも! 白くはないけど、そんな目で見んでも!!
「君は… 本当に今回と同様の経験をしていませんか?」
「ありませんが」
「即答ですか」
「え〜 あるとしたら猫意識の自覚ですよ? あれはストレスの捌け口からの解消法であると一応、いーちーお〜う、納得してるんですが」
「目盛りを見て計る基準でなければ、自分の中で積み上げてきた基準がどっかにあるはずなんですよ。魔力はなくても君は見てきていますでしょ?」
「へ?」
「そうですねえ… クロさんの仕置き、屑に追い掛けられたと言いましたよね?」
「はい。あ、そっち! 見ました! 追ってくる光りに 猫、恐怖」
「基準の為の情報、もっと前からは?」
「前?」
「君を此処に送ってくれた方々は、どうでしたか?」
静かな問い掛けが心に軽いノックをした。嘘は嫌だよと聞こえたから、思い出そうと努めればするりと意識が飛び込んだ。
今と同じ、お茶とお菓子。それから先に。
高みを知り、見下ろした。
あの気持ち。
「見た、 よりも実感 を」
「他には?」
もっと、と促すから考える。
「赤、猿の撃退」
答えたら、脳裏に広がった煌めきは結界。「他には?」と続く声に、それを答える。光りの繋がりで他のも思い出す。だからまた続く「他には?」の問いに直ぐに答えられた。
「馬車を囲った結界」
次の返事は自分で描いた煌めきに、完成の興奮。
「地を走って立ち上る光り」
繰り返され続ける同じ言葉に、答えようと探す。乗った呼吸の流れのままに答えようと頭が勝手に探して回る。
「水晶が」
透明の中、チカッと光った何か。何かが光って、消えて、暗くなる。また光る。
暗い中、白い光りが二つ浮かぶ。
右と左に浮かんだ光りは、ばーーーっと勢いよく次々に灯ってく。奥へ奥へと灯って輝くのがナンかのダンジョンゲームのオープニングに見えた。
ゲームの始まりに、入り口が手招いてる。
見えてる物を見たままにいるが見てるだけなんで怖くはない。白光が灯って生み出された闇道。光りは明るくても浮かぶだけ、そして全てを照らさない。だから、道そのものは暗い。
ホラーは要らんと遠慮する。その道の先を見極めよーとも思わない。しかし、どっかで『見慣れた』な気がする。『はいはい、もうわかったから。要らんて』な、やさぐれ気分が先立って怖さがない。
怖くない代わりか、『なんだかな〜… 頭痛くなりそーだし、もう良いから終わりたい』の気分が強い。
なのに繰り返す、「他には?」が俺を引っ張ってく。付いて行けないのにどんどん引っ張る。止まれない、止まらない。
俺が引き摺られる。
引き摺られてるのに引っ張る、痛い。止まれない、非道い。コケッといきそうなのに引き摺られる。 …ナニその市中引き回しの刑。
「他には?」
だから、繰り返すなとゆーに!!
光ったのは紅玉。
宝石を持った手、嵌めた手袋。片手が傾ぐ。
「秤に掛けた」
自分の中で笑いが弾けた。
弾ける勢いに他の全てが押し遣られる。自分の笑い声しか聞こえない、響く笑いが俺の内で谺する。揺らす谺の内から滲み出て、膨れ上がるナニかが高く高く押し上げて大きく笑う。
笑い続ける高揚の中、小さく光ったモノにもっと笑う。
『 その程度の光
繋ぎ止めようって?
馬鹿じゃねぇの
浅はかって 』
引き合いに出して、比べて嗤った。
腹の底から愚かと嗤った。
色を比べて、比べた色に。
その程度と。
その程度のコトをだ、なんで俺は忘れるよ? 程度だから忘れるんか? え? 待てこれ何時の記憶だ? 俺の記憶? 嘘。 マジで嘘。
どこにあった、こんな記憶。 いっ… いだーーーーーーっっ!!
これは大丈夫か?と思った。
本気で思った。
言葉に乗せたのは一度切り。最初だけ。なのに、あっさりと引っ掛かる… 先々が不安だ。
「他には?」
「夜空、結界、弾く二つの光り 色、綺麗」
掛かれば茫漠した表情を取る者が多い中、君の表情は抜け落ちていった。定まって動かない視点は何も映さない。
笑わない・動かない・短く言葉を紡ぐだけの姿は、それこそ色が抜けて固くなったよう。だけど、そんな顔もイイ。悪くない。何時もと違う君の雰囲気に、その姿。
どう見ても、見下げての断ち切り。
本気でイケてるから、その姿勢で素気無くされ続けたら俺は泣ける。でも、君を知ってる。知っているから君の中の一面だと言い切れて、君はしないと断言できる。できる自分が嬉しくて泣ける!
図らずも始めた事だけど、始めたからには行う者の心得を実行する。
静かに、そっと。
音を立てずに、危険物を排除した。
気配を捉えて計ってた。観察に、思考を回す。
誘導をしたが最初の一手以外は打ってない。これで出るのは吐露か、掛かりか。君の那辺を知りたくても、心に泥を塗りはしない。
不思議だ、どうして君は忘れてしまうのだろう?
俺も知りたい。君は鍵を馬鹿にした、完全に使い物にならない。使えれば便利な力。君には力が確かにあるのに、どうしてこんなトコロでこうも躓く? 開けた事で計ってるはずなのに。
「他には?」
返事に掛かる間が、少しずつ少しずつ伸びていく。思索には自覚が要る。
…自覚、か。 は。 逃走の為に生み出された力だと知っていて、便利と呼ぶのは貶めか? 利便性に心を込める思考があればそれはそれでおかしいが、先へと思考を回せないのは。
……ああ、また繰り返す。同じ欲を出す。回すな、思い遣りを青臭いと笑える大人になりたかねーと思った事実を忘れるな!
身動きしない。
やや前のめりになってる体。両手は膝の上、顎を引いた顔、視線は斜め下。口元は結ばれたまま。
掛かる時間は、記憶。探るは選択。関連性で拾い上げても実際は違うものも探り続けてる。だから取捨に成る。
次の返事に、やけに間が空くから注視した。
「ぃっ!」
ゴッ!
『いだあっ!』
意地でも叫ばなかった俺は偉い!!
いきなり落ちた。咄嗟に手を出した。間に合った! だから、俺の指が挟まれた。手のひらまであと少しだったのが残念な!! だが残念ではない、心得こそ正義!
あ〜、アズサが顔面強打せずに済んだから良かったあ〜。 あ〜、良かったが挟まれた俺の指が痛い… 地味に痛い… じんっ… と痛みがしやがる。
勢いのついた頭は金槌だ、重い。
「だ、いじょーぶ?」
指の痛さに痛いと思っても、それは後。慎重に顔を横向かせると完全に意識落ちてる。 …とりあえず、揺さぶらず脈拍確認と呼気の確保。高確率で、見続けた事に起因する情報処理の過多。
こればっかりは君の領分。
手は出さない、切っ掛けだけは目を瞑って。混ざりはしないから。
「うあ?」
「此処に居るよ。落ち着いた?」
…俺、なんでベッドで寝てんでしょーかあ?
「発熱なし、どこか痛む?」
「…鼻?」
ちょっと指で触ってたら、ぺらりと説明をくれた。「勝手にやってごめん」に「あ〜… 悪い事ではないと思われ」で返し終える。
前以て言ってたら?
そんなんして、ほんとーに真実出てくるんでしょーか? 不都合は隠すのが人なんじゃないの〜って。
目を閉じて脱力すると手が俺の前髪を払う。感じる手に、『まだ伸びてない、カットしてから何日だと』と思ったら顔面をタオルに襲われえ〜。
うざいと、お世話が気持ち良い〜の二つが混ざり合う。
「ぐるぐるしてます」
「はい?」
「吐き気がしてきた?」
「違う、そっちじゃない」
「え?」
「くるんくるんのぱーみたいな」
「…基準値が変動を続けて定まらない? え? そんなに違いがあるよーなモノをこんな田舎で見れました?」
蒼の目と表情が驚きに満ちている… 話さないから通じてない、通じる方が不思議だあね〜。それを人は勘違いとゆーのだろーが… 何を言ってもそれって〜 会話をしない〜 お馬鹿さん〜。 ご職業に依っては〜 それって単なる〜 職務怠慢〜 思い込みで〜 確認取らないなんて仕事になんない〜。 つか、仕事してねえよ。
「ええと… そうではなく、俺がちっとも先へ進んでないみたいな。同じトコに嵌まって抜けれないみたな。 ごめ、まだ自分で訳わからんよーな納得しないよーな意味わからんよーなで」
説明が説明にならんので、自然に目を逸らす。
「俺は… なんでこう」
「はい、沸いた頭で考えた所で碌な答えはでやしません」
わー、サラッと酷いコト言われたー。
ベッドに腰掛けて俺を見てくる姿。
これも前に見た。違う、そーではなく。ほれ、起きろ。手を伸ばせ!
「クッションを」
「あう、助かる」
手を借りて、背中にボフッと突っ込んで貰って上半身起こした。さぁ、もう一度。
「此処に降りてきた時、この世界を目にした時、期待と不安を覚えた。そこで… なんつーの? 垢じゃないけど〜 進むのに落としたつもりでした。その証拠が花冠です。けどさぁ、俺。向こうの事を〜〜 ズルズルズズズッと引き摺ってるよーでして。知り得る術の無い答えを探してる、馬鹿みたいに。何でだろね? 未練とは違うと思うんですけどね? 言ってる傍からわかってる気もしてる。こんなんに引っ掛かる俺は、どう考えてもハズレみた いや、ハズレだと」
語る声が小さくなる。
合わせない目は合わないまま。声の質も呟き方も表情も、全てが落ちてる。諦観に似てるだけの落ちは鬱と呼ぶ。だから転換を図る。
「基準を計る内に、向こうと比較する結果になりましたか?」
「比較…」
はい、聞こえてますね。意識は向きましたね。では、掛かった魚は逃がしません。一気に釣り上げましょうかね。
「君は向こうで育ちました、此処ではありません。なら、基準の比重は向こうに落ちて当然です。その所為もあって、君の思考は同じ所をぐるぐる回遊しているのかもね。否定しないよ。
一律の歩みで歩めない。それは… 俺から言えば使い辛くてめんどいね。気を回し続けるこっちもしんどいからね。自分本位で内向きに回す奴は、こっちのしんどさを目にしても逸らすとゆーか考えから一歩踏み出さないとゆーか自己憐憫から動きが鈍いとゆーか全く見てねーとゆーのですかね? ガチッと叩かないと向かないから叩けば今度は根に持つし? ま〜あ〜? 頑張って絞り出したかもしれないやる気の出端を挫いた瞬間もあったもしれないけどぉ? 積み重なったから、そうなった訳で。それをまぁ、『そっちが待ってくれないから』とかゆーのを耳にすると自分を中心に世界が回ると思うなよ?としか思えなかったりぃ〜。他にも停滞すると後々響いてめんどいから、人が回る様に調整計ってんのに張本人が胡座を掻いて動かねーとか大概にしろよって思うよねえ? 挙げ句、それが役回りとか人に押し付けくさって『しろ』とか巫山戯てんのか、あ?みたいな。ねえ? そー思うでしょ? やってらんないよね〜。あ、これ俺の学舎時代の話ね。そのオマケで公平とか曲げないとか言われて、かっこ好いと良い人の付属に人気があるとか持ち上げられたりもしたけどさあ。同時並行で量が無い残念な奴のオマケが漏れ無く延々と付いて回って離れなくて心底うざくてさああ。それに『量もない弱い奴は見逃してやる』な巫山戯切ったのもあったな〜、あっはっは。
ココに至るまでの成長に感情が要らんかったら嘘でしょ? 俺が言ったのも感情だけどね」
一息にべらっと喋ったら、ちゃんとこっちを見てくれた。勢いが物を言うよな。でも、君に可哀想と言われたい訳じゃない。 …いや、可哀想と慰めてくれるなら役得か!
うわ〜、あの頃に比べたら俺も成長してんなあ〜。あははは。
「君がドコにハマってんのか正確な所はわからないけど、君は摺り合わせをしているだけですよ。無理がいかない様に、重過ぎる負担に潰れない様に、少しずつ減らす行動を取ってるのだと思います。それを他人が自分基準で遅いと言えば軋轢が生じるだけのコトです。
急激にやってツラくて止めると、今度は反動あるし。上手くいったら良いけど、心がね? それはどうしても後に残る課題ですから」
真面目な顔を作ろうと思うが、にこ〜〜っとした表情が占領する。ああ、本当に何が正解か。
「自分と同じ速度で歩く相手はとても楽です。同じなら気遣う必要はない。代わりに気遣いは覚えない、それこそ必要ないからね。
こうなると、どちらが良い事だと思う?
どちらが良いかと、選ぼうとする事に底の浅さが透けるってさ。あは。選ぶのは自分、秤に掛けられているのも自分。
それでも人は好き勝手に言う。その中でも惑わされずに自分優先で気負わずに、摺り合わせて重さを減らし、角を無くして綺麗に丸く。それは理想です」
「…ハズレアタリ?」
疑惑を含む口調で飛んできた言葉が俺をドスッと突いた。が、もう慣れ切ってる人間がそうそう揺らぐと思うなよ。
「自助努力をアタリとは言いませ〜ん」
手を伸ばし、軽く頬をむにっと摘む。軽く笑う。
「だー」
「あはは、俺がハズレでも君がハズレな訳がない」
頬から手を滑らせて髪に触れる。 …この髪の質。伸ばしてみるのも? うーん。
「摺り合わせは大事な事ですが、君が辛くて考えたくないなら目を逸らさせてあげましょうか? 考えなければ良いと言うだけでは難しい。だから、提示を。君の気を引く物ならあります。
玩具は色々持ってます。それらの用途を理解し、実践する。できる様になるまで続ける、簡単な事です。それだけで君の時間は埋め尽くされて、思い悩む暇はない。楽しい事に頭を回せば良いんです。
ですがまぁ、何と言うか。
それは『悪い』ではありません。『おかしい』でもありません。ですが俺は推奨しません。しないのは、有り様の求め方の違い なのだと思います。
『そんな事より、これを見ろよ』
そう言って君の気を引く。たったそれだけの、『そんな事』。人の気持ちを踏み躙るとも思っていない言葉の一つ。相手を気遣うより自分の欲を優先させただけとも言います。
それに引かれて消える位の悩みなら気にする事もないですよ。そうでない場合は〜 あ〜〜 今でなければ得られないものを、見す見す流して終わると言うのでしょう。今という現状だけが自身に影響を与えて、自己を変えさせる。変節を迎えた時は誰しも痛みを感じるもの。それに向き合わずして次に上がれるはずもない。
価値ある、一時。
自身の為だけにある時を、何時でも得られそうな情報と引き換えに失う。何度でも言います、それは惜しまれるべきだと。自己の有り様よりも、情報と道具が優先されるのであれば存在する価値に意義とは何かと問います。
俺は君に教えてあげられるだけものを然程持っていませんが、伝えられるものを有していたのだと思うと、少しは嬉しく」
寝台に乗せた片膝、重心ずらして君を見てた。
べらべら喋り過ぎて君が話のドコに気持ちと重点を置いたか、少し不安。それだけで歪むものは歪む。
短く問われて、あ〜と思う。
そう遠くない過去の自分に想いを馳せると懐かしい感じ。
「事実に回帰すると答えます。恥じたくない、相応しくありたいとアタリを目指しました」
繰り返し君が揺らぐ今、俺が揺らげば止まらない。だから、構えて動かない。
影響を受けた。形は歪んだ。
引き摺りにも似た強制を、吐き出して、抑え込んで、繰り返して。そこから自分で作りあげた。
価値に、自分。
簡単に傾けられる程、俺は安くできてない。そう作ってないからな。
本音でどれだけ早く動きたくても待つ。趣味じゃなくても、待つ。今が俺の包容力の鍛え時! 下っ腹に力入れて、ガキの逸りは抑えるさ。
感情と道理を詰めて生まれる、その秤。
揺れて定まらぬ秤に何を乗せましょう? 乗せれば少しは定まれど、乗せぬ秤は振れ続く。