14 報復の行方 三様の視座
いやもう、ラングリアの姉さんは美人さんだった。金髪に青眼。似通った面差しに姉弟だと頷くね。
学長の話を聞いていた時は楚々とした振る舞いだったし、俺らの紹介を受けていた時はどこか不安なこういった事案に慣れてない様子で聞いていたから、ラングリアの家人が怒って乗り込んでくることを想定していた俺としては拍子抜けでもあったな。
頼りない雰囲気といったら失礼だろうが、そういった顔でこちらに話しかけてくるところなんて、ここしばらくお目にかかってないタイプでしたもんでね。こんな状況の中じゃ不謹慎だが、心ん中で『うわぉ』と、ときめきもしましたよ。
同時にこれは終わったな、とね。この姉さんじゃ丸めこまれて終わるだろうとさ。
自己紹介を受けて、『あいた』と思ったね。当主ときたよ。しかも明日兄貴が来るとさ。つまりこれ前哨戦ですかい?
はー……
顔と雰囲気に目がいっちまってたけどさ、見れば確かに良さげなもんつけてらっしゃるわ。ある程度いいとこだと思っていたけどな。これは、かなりの裕福さんかな? もしや、貴族さんかな? んー、全網羅してるわけじゃないしな。
ラングリアについては担当が決まった時にちっとみたけどさ、貴族とかの記載事項はないからな。必要以上の情報は出さねぇのと、本人の実力だけみるのにそんなもん不要だしよ。
話を進める内に、これはまずいかな?と思った。そりゃこっちが話すしかないんだが。
やー、まずったね。
書記と補佐、一人ずつ別室で話すなんてなーにそれ。
優しい雰囲気のまま、
「恐れ入りますが、お二方には個別にお尋ねしたいことがございますから、別室にてお願い致します」
なんぞと下手で言われりゃ、拒みにくいわ。
しかも、検査官がここで聞けぬようなことかと問えば、
「私が思い違いなどしていないか確かめさせていただきたく。どうぞ御気分を害されませぬよう」
と、まぁ〜躊躇うような感じだが、はっきり言ってくる。
学長が必要なのですか?と言えば、「はい」
しかし、お二人だけというのは…と言葉を濁せば、「まぁ、わざわざお気遣いありがとうございます。別室の入り口は開けておきますから、ご心配を頂く様なことにはなりませんわ。問題はありませんでしょう?」
そういうわけでは…となれば、「では、どうぞお願いします」
迷って動かなければ徐々に顔が曇っていき、「当方に対して、なにか黙っていらっしゃることがおありですの?」
こうきましたよ。
細い不安気な声であるのが、妙にクるんだよな…
ここで間違っても不愉快だからやめろ、とか言える強者を俺は知らない。まして、こっちは説明する側だ。やめろと言った時点で疑って下さいと言ってるようなもんだ。大体なにも隠すことないわけだろ?
…学長がなに心配してんのか、わかるような、わからんような。 わかりたくないような。
どういう話し方するか興味があるんだが、あったことは全部把握しそうな感じだな。にしてもこの姉さん、慣れてない? …明日の兄貴とやらの話が恐いわ。
はい、予定なんてないですよー。 ありますけど、ないですよー。
たった今、真ぁっ白になりましたよー。
あー、黙ってたらやばいかなぁ。一言だけ上にいっとくか… 監督役しくじりましたって。
終わりそうだな、俺。
違うかと思ったけど似てるわ。
今の姉さんの雰囲気と弟の殺気の出しようとか、面差しだけじゃなくて、遣り切りそうなとことか姉弟ですね。間違いなく。
あー、もう、…寝るか。俺ぁ疲れた。
ふぅ。
夕食を終えて細々としたことを終わらせて一息つく。
結局、学舎泊まりになったわね。時間が時間だったから無理っぽいのはわかっていたけど、イーリアが疲れたから早く休みたいと言ったのも後押しして、そのまま学舎の教職員用の一室を借りて休むことにした。
イーリアは夕食を終えてもう横になっているから、無理をさせてしまったのかしら? 把握している力量を考えると、そんなに無理をさせたつもりはないのだけど。
私も早めに休むべきかしら?
でも休む前に日誌を書いおかないとね。
書き始めながら、今日一日を振り返る。
それにしても今日の召喚検査は最後に疲れたわね。
最初の者達の召喚獣はよく見かけるというべきか、もはや、知られていて面白みもないような種類のものばかり。それでも、戦力として見込めるものもいたから召喚の質としてもまずまずだわ。大きくいえば、我が国の質の低下はしていないということよね。
早く終わるかと思っていたけど、最後の一人がまだだった。なかなか時間がかかっているようだから、改めてその者の召喚歴を問えば、今回で十回目でその間ただの一度も成功してないという。魔力量が少ない者だと聞いて、がんばるわねぇと納得したけど無駄な事と思いもしたわね。
おまけに召喚に兆しすらなかったと言うから笑いそうになったわ。試し続けるものは続けるから、十回というのは長いとは言わない。それでも、そういった者達は兆しがあるから続けるわけで。
一回の召喚陣で喚びかけることは数回出来る。
描いた陣紋の形状が魔力を維持する時間を保たせる。そして、最適量を弾いて唱句に添って道を作り出す。当然喚びかけるその都度内包する魔力は減っていくけれど、喚びかけは陣に魔力が通っている間は可能なのだもの。
この術のやり方を用いて過去九回において兆しがない。個人差は確かにある。通常は五〜六回程可能なはずだけど魔力量が少ないのなら、せいぜい四回か三回。三回と単純に考えても二十七回兆しがないということよ。
そこまでくれば、もう仮令、証が作れたのだとしても合っていない。
それが成功したと聞いて逆に驚いたわ。
その後、担当した監督役に召喚獣から魔力が一切感じられなかった、と聞いて意味がわからなかった。
召喚は魔力を使って喚びかける。魔力をもたない相手に届くことはない。受け取れない者が来るわけがない。そうなると考えられるのは事故か強制か。でも、魔力量が少ないなら強制できるほどの威力は出せないから無理。
事故かと思えば、監督役が滞りなく契約は終了したと言ってきた。
再度聞けば、「時間はかかった。しかし、かかった分熟考してたんだろ」と話す。
最後の決め手は召喚獣の了承行動で、証に魔力を通していた時も静かに待っていた。通し終わった後は証を嵌めた指をひっくり返したり、ちょっと手を遠ざけてみたりと証をまじまじとみていたが不満も何も言わなかったと。「あれは貰って嬉しかったんじゃないのか」とも言った。
つまり、なにが原因かは定かでないけれど魔力がないものが来たと。
そして、そんなものでも惜しくなって切り捨てられずに契約したと。笑ってしまうわ。
召喚原因が不明なのが気にいらないけど、相手が拒んでいない以上それは不問だわね。拒んでいれば、まず召喚成功しないわけだから。
…強制でなら、いえ何に置いても不当な召喚と判断できたら召喚獣はこっちで保護の名目を持って引っ張れる。その後は上手くやれば、こちらで手放すことなくずっと召喚獣を所持できる。召喚者には罰則を与えるだけで終われるのだけどね。
召喚は互いの意見が尊重されて約される。それは素敵な話。
…馬鹿ね。本当にないと思っているのかしら? 現実は現実なのよね。力技の強制が絶対にないだなんて、そんなことあるわけないでしょう。自分で応用ができて一人前というものじゃなくて?
確かに魔力はないわ。指に証がなかったら、ただの人を連れてきたかと思うわ、これは。
よく契約したわね、こんななんの役にも立ちそうにないのと。検査方法について問答していても何も言ってこない、黙っているだけ。自己申請しないというのは何もないんでしょう。これはもう知識勝負でもないわね。最後の最後で期待外れもいいとこだわ。魔力がないのに検査もないわよ。できないわよ。でも試さないとね。やる気もでないけど仕事だものね。仕事はするわよ、間違いなくね。
それに微妙だけど言ってみれば、異常事態でもあるんだわ。魔力を使って喚んだ召喚獣が無能だとしたらどう考えても異常すぎるのよ。
彼の召喚歴と経過を考慮すれば、ハズレなだけかもしれないけど〜 あはは。
結果だけみれば、うーん、もしかしたら惜しかったのかも…?
あっさりやられるだけで、なんにもできない。防御すら取れていない。魔力を行使してまで喚ぶ召喚獣とは考えられない位に不要だわよ。開いた口が塞がらないとはこのことか。
大体、自分から積極的に声を上げようとしない、行動を取ろうとしない。とりあえず、言われたことくらいはしそうだけど、契約者に対して全く何の役にも立とうとしていない。
こんな役立たずに、こっちから声をかける価値なんてないわよ。
けれどよくよく考えると、あの召喚獣は引っ掛かる。
召喚獣は人形を取れた。普通なら姿を取ったことで魔力を一時的に使い切ったとも考えられる。でも、あの召喚獣に魔力はなかった。複数人で確認して無いと判断した以上そちらが正解だわ。一人での思い込み判断なんかしないわよ。
なら、何をしてソレを可能と変えたのか?
召喚獣によってやり方は違う。一律じゃない。今回の結果が私の知識不足と加味すれば痛いわね。魔獣が子犬になって出てきたと思える事態にも驚いた。
主原因があの召喚獣と考えるのが妥当だけど、本当に誰も感知していない。なんとも言えない複雑な所。
それでも、間際になってやったのなら検査方法自体はどう考えても間違いじゃない。申請しなかったのなら自覚がなかった能力なんでしょう。そんなものに意味ないわ。
こういった様式の場合は召喚方法を調べ直しても無駄。偶然や突然の産物が多い。こんなものを定期的に召喚なんてできやしない。あの召喚獣が大きな力を有していたとしても、あの状態なら使えないだけ。それより弱くても特性がはっきりわかっているものの方が使える。
今は有るか無いか明確で無さ過ぎるものに、掛ける時間もお金もろくにないのよね。今更なに言っても黒になって、終了しているし。
あとは、あの犬か。
ほんとうに魔獣の体を元にしてできたものなのかしら? そう判断をしていいものかしら? 確認することはいろいろあるわ。確率は低いけど、あの魔獣の特殊能力という点も含めなくてはいけないわね。
変貌が魔獣による『身体変化』なのであれば、驚愕に値するのだけど。…でも、犬なのよねぇ。それでもやっぱりこれは驚異だわぁ…
ん? …ああ、そういう意味ならあの召喚獣有りなのか。
でも、事態が召喚獣の力で自分と引き替える力だとすれば、基本の能力の調べようがないわよ? それ、自爆と同じ感じじゃない? 自爆しないと判明しない能力だとしたら…研究対象としても面白いだろうけど、一回限りなら判別するのに時間もかかるし。新規確保もないなら厳しいわねぇ…
どのみち今回の話だけなら、どれだけ口頭説明しても誰も信じやしないわね。逆に笑われるわ。とにかく犬の確認を先にしないと。
うーん、以降似たような召喚獣が来た場合を思案すると、どう検査を行うのが正しいのか? 難しい課題だわね…
うーん、うーん。そう考えると惜しかったのかしら? 検証用にいったかしら? あ〜、終わって思いつくこういった状態って辛いわぁ。
監督役が怒鳴ってきたけど、そんなに怒鳴らなくたって聞こえてるわよ。頭に血が上ってる相手にむやみやたらに反論なんかしないわよ。はいはい、ちゃんと聞いてます。私は検査官なの。冷静さが売りなの。要するに自分だけに責任がきたら嫌だってことでしょう。
…いやだ。怒鳴れば泣いて引くような苦労もしてない小娘と私を一緒にしないでちょうだい。見た目で人を判断する男って嫌いよ。…それとも、可愛らしく泣いて終わらせた方が早いのかしら? ああ、いや。
ほぉら、一番最後に襤褸を出したわね。
召喚契約終了については確かに何かしらくるかもしれないけど、事態が完全に判明しない上に確認済みの個別結果から導き出される召喚獣の格は、低すぎる位低いから大した事にはならないわ。
それに、こういった事態を含めての検査規定でしょうが〜 規定規約と感情はきちんと別分けしてほしいのよ。
だいたい最低の格で文句を言い続ける者なんて、そういないわよ?
人前で自分は最低のモノしか召喚出来なかったって、大声で言い続けるって事なのよ? 普通しないわ。そんな自分の無能を晒すような事。さっさと意識を切り替えて流して忘れて終わるわよ。思っていても口にはしない、誰しもそんなものだって。
…黒翼とは知らなかったけど、そこまで念を押さなくてもいいんじゃないの。
それに、黒翼だからって何でも出来るわけないでしょう? やり方というのは色々あるのよ。 私があなたの立場を替えさせることだって、絶対出来ないわけじゃないのよ? 絶対出来るともいわないけどね。
召喚者の姉に会ったけど、こういったことには疎い感じがする人だわね。説明したことを何度も聞くし、確認にと別個に聞いて。聞くなとは言わないけど、時間ばかりかかっていくわ。一回で内容を飲み込めないのかしら? この人、本当に大事なことを取り間違えるんじゃないかと、ひやひやする。
おまけに明日も同じ説明をしなくてはいけないわけ? ついでに予定を白紙にしろですって。そんな一言であちこちと調整して組んだ予定を、はいはい言って崩せるわけないじゃない! なに簡単に言ってくれてるのよぉ? もう、言うだけなら簡単だけどね、ほんと言うだけなら。好い加減にして欲しいわ。ほんと疎いんじゃない?
でもま、円満に犬を手に入れるのが上手なやり方だものね。仕方ない、ある程度は譲歩しましょう。
召喚獣を失ったことについては確かに『あー、終わっちゃったか』とも思ったし? 可哀想だとも一応は思ったのよ? どう転んでも黒で終わりだもの。
色を添えるというのは良くないんだけど、終わってるからから少しだけ世辞も入れといたしね。
これも社交辞令といえば、必要な社交辞令か。それに、可能性を少し混ぜただけで嘘はついてない。
あーんな状態で擬態特化なんて、ないわぁ。
さて、特記事項の概要は記入したし、他は〜 ないわよね。もう寝ましょ。
鼻をぐずぐずいわせて泣いている末弟を私は呆然と見ていた。
どうしようかと手が宙をさ迷ってしまう。
廊下でキャスターが止まるような音がした後、もう一方の別の扉が開いてネイルゼーラが湯気の立つカップを持って部屋に入ってきたのをみて『ああ、良かった』と思ったわ。
「あ、お帰り。リリー」
俯いて顔を隠したリオネルの前にお盆からカップをコトリと置いて、こちらを向いて笑ったネイの顔もどこか疲れている。ネイも大変だったようだわ…
「リオ、温かい内に飲みなさいね。リリー、疲れたでしょう? 何か飲む? いつものでいい? 持ってくるわ。お兄様は帰ってこられて今はお風呂よ。(もうすぐ泣き止むだろうから、そっとしておいて。ちょっと代わりにみててくれる?)」
後半、ネイの唇を読唇してその内容に大きく頷いて待つことにしたわ。椅子に腰掛けて泣きが終盤戦に入ったらしい末弟のリオネルをみて苦笑する。
体は大きくなったけど、泣き方は小さい頃と変わらないのねぇ。
でも、ここしばらくそんな風に感情を出すのを見ていなかったから、姉様は吃驚していてよ。でも、なにがあったのかしら?
あ〜、背中を擦ってあげたい気もするんだけど、したら子供扱いするなって鼻水垂らしながら言いそうだしぃ〜
以前そういって、姉様の手を叩いたのよね〜 忘れてないわよ。
…なけなしの弟の誇りを守って上げるのも、姉の務めだと思うのよね。大丈夫。その年で鼻水垂らして泣いたなんて姉様誰にも言わなくってよ?
少し待てばネイが飲み物を持ってきてくれて一口飲んで、ほっとしたわ。美味しい。やっぱり疲れてる。隣に座ったネイをみれば同じ顔してるし。
「リリー、おかえり。どうだ? リオ、泣き止めそうか? ん?」
ガチャリ、とドアノブが回され扉の開閉音と共にお兄様が居間に入ってこられました。ついでリオネルの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回されて座られます。
そうですか、お兄様。泣いている末弟を放ってさっぱりとお風呂に行かれたのですか…
「さて、泣き止んだのなら、今日はもう部屋に行け」
「お、俺も 一緒に・ひっぐ・聞き たい」
「ん? お前を仲間外れにする気はないが、いまのお前はだめだな。あとでちゃんと話はしてやる、今日は上がれ。それにお前が頭を悩ますのは、こっちじゃなくて、あれだろ? 明日仕切り直しをするんだろ? そっちを考えろ。お前は今日上手くできなかったんだろ? じゃあ明日に備えろ、顔を洗ってもう寝てしまえ」
普段であれば、もっと粘るリオネルが未だに少ししゃくり上げながらも、お茶を飲み干した後おやすみの声と共に大人しく出て行きました。さすがお兄様、なんでしょうか?
ネイがお兄様の為にポットからお茶をカップに注ぐのに合わせて、私もカップを差し出して半分ほどおかわりします。香り付けの為のお酒がないのが残念な気もします。
でも、軽く摘める物も用意してくれてましたから、そっちを頂きましょう。行く前に少し口に放り込みましたが、やっぱり足りませんものね。
「お疲れ、リリー。ほら、あの子、ハージェと冷戦になってたじゃない。やっぱりあれが堪えてたみたい」
「ネイもお疲れ。大変だったみたいね。ああ、そっちか。あの子は一番ハージェに遊んでもらってたんだもの、あのことやっぱり後悔してたのね」
「そのようだな。しまったと思っていたが、さっさと謝れないでいたな。どうも、謝る手が遅くなりがちなんだよな、リオは。その間うだうだ自分に言い訳して、ずっと引っ張る。しかし腹の中では自分が悪いとも思っているから、何時までたっても収まりがつかん。最後、収まりがつかんことに腹を立てて自分は悪くないと意固地になる。ぐずぐずといつまでも引っ張るなというんだ。長引くだけ戻るものも戻らんなって後で泣くことになるというに。意固地を張るだけの気概があるなら、その気概でとっとと話して終われというのだ。 うん、リリー、疲れたな。」
お兄様がカップを手に、こちらをみて頷いてくれました。丸投げしても大丈夫という安心感があって、ほっとします。丸投げはしませんが。
「それでね、今日の召喚の日に謝ろうと決めてたみたい。悩んだ私達と違って成功の一択で動いて、召喚獣と一緒に食べてもらおうって。ほら、あそこに置いてある籠、あの子が買ってきたのよ。焼き菓子が色々と入っているわ」
ネイが指差した側置き用の机に、リボンを巻いた籠が置いてありました。
「…食い物でくるのもあれだが、手の一つではあるな。召喚獣を当てにした分、情けなくもあるが自分から決めて動いただけ良しとするか。しかし、ハージェストは失敗したのか?」
「失敗…とは違うんじゃ… あ、ごめん。お兄様待って。 それでね、リリー。あの子なんだけど、帰ってきた時のハージェのあの姿をみたから出るに出れなくなったらしくって。迷ってしまったのね。ハージェを部屋に上げさせた後、少しして私に話しにきたの。話して最後に頑張って謝るって決めて籠をもって部屋の前まで行ったんだけど。そこでまた悩んだみたいでね… しばらーく、その場で迷っている内にハージェの押し殺した泣き声を聞いてたみたいなのよ」
「え… 」
視線を斜め下に飛ばすネイの顔をみれば、『もう、最悪』と書いてます。
微妙な眼付きで空中を眺めるお兄様の顔にも、『間が悪すぎる』と書いてます。
私自身の顔は引き攣りました。
「上がってから、あんまり遅いから様子を見に私も上がったの。あの子、扉の前で微動だにしなくてね。その時、私も聞いたわ。即座に手を引いて静かに細心の注意を払って階段を降りたわよ!! ハージェのあんな声、私も初めて聞いた…」
手を額に当てて項垂れるネイの姿から、かなりの衝撃が見て取れました。
「それに、リリーが行ってからなんとか他にも話させようとしたんだけど、なに言っても虚ろな棒読みで聞いてないし、見てないし。静かに一人にしてあげるのが一番かと思ったけど、あの状態みてたら一人にさせるのもなんだか不安になるしぃ。お風呂も食事もあの子犬がいたからどうにかなったのよ。その時だけ意識戻ってるって感じだったのよぉぉ。お兄様はなかなかお帰りにならないし。出掛けのリリーの話が頭を過るし。でも、もう打つ手がないから部屋に上がらせたら、今度はあの子が相談にきて後は言った通りよ。降りて来た時は真っ青で、なんでこんなことになるんだって呟いて… その後はもう色々ぐちゃぐちゃになったんでしょ、釣られたように泣きだしちゃったわよ。私も、ほんと泣きたかったわ。 ああ、 もう、 もう、どうしてこうなるのよぉ!!」
どん!とカップを置いた机を拳で叩き椅子にもたれ掛かって、はあぁ…と深い息をついたネイは、もうぐったりしてました。それは、私でもぐったりくるでしょう。
ハージェストが召喚獣を失う原因を作ったあの検査官、思い出すだけで許し難いです。むかむか、むかむかしてきます。
私もネイもハージェストが召喚を成功させ、喜んで帰ってくることを願っておりました。主旨がちょっとズレもしてますがリオもです。お兄様だってそのはずです。ハージェストの召喚を最初に許可したのはお父様ではなくお兄様ですもの。
…ええ、そうですわ。
報復を、思い知るがいい。
そう、決めましたわ。
その為にもお兄様に動いてもらわなくては。筋が通らないことには怒っていても動いてくれませんからね、このお兄様は。だからこそ全幅の信頼があるのですけれど。
…だめだった場合、私達だけででも絶対仕留めますからね!
決意を新たに、医者が書いた書類と学長から聞いた担当した四人の簡単な身上を書いた二枚の料紙をお兄様にお渡して、学舎であった顛末を私は二人に語ったのです。
ねーちゃんず ぎりっぎりキてます。
おとーと 釣られ泣きしました。感受性が豊かであると書けばいい感じ。
本来なら三様は監督役・検査官・学長であったのですが、学長要らんかと省きました。ここで外すともう機会ないと迷ったんですけどね〜