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召喚  作者: 黒龍藤
第三章   道行き  友達に会いに行こう
136/239

136 鳥声を断じる

        


 「ですから! そんなはずはありません!」

 「いいえ、これが現実です」


 「指示をした者がいるはず! それを調べ出して下さいとお願いしているんです!!」


 ドンッ!




 領主館の表口。

 領民の立ち入りが規制される最たる場所に面談室と呼ばれる部屋がある。非常に殺風景であり、あるのは椅子と小さめのテーブルのみ。


 多少、見映えの良い品だが高い品ではない。領主館内に相応しいとは思えない趣きだが面談室は他にもある。つまり、用件で案内される部屋が違うのだ。



 その部屋が少し前から使われており、男女三人が話し合いをしていた。話し合いは最初から難航し、程なくして体を成さなくなった。


 一人の女が激昂し、喚き立てる。

 二対一の形でテーブルを囲み、一人座す女は浴びせてくる言葉を静かに受け止めている。その表情は固く、目は陰鬱。反省と呼ぶには値せずとも打ち拉がれるとは取れる姿。



 その姿に女の喚き声が一層高まる。

 隣に座る男は冷静を保っている風には見えるが止めようとはしない。そして、一向に進まない問答に苛立ちが高じてテーブルを強く叩いたのだった。




 男の拳を一瞥した女、こと、メイド長は姿勢も表情も変えずに二人を見つめる。


 黙った所で口を開いた。

 


 「こうして話ができているのも、領主様のご温情だと理解していますか?」


 問う声に起伏は乏しく、相手を宥める様相もない。

 しかし、返す声は吐き捨てる棘を含んで気炎を上げる。



 「どこをどう調べられても結構です! 我が家に謀反の心はありません! 娘が起こしたと言われる事に納得できないでいるから、調べて下さいと言っているのです!」

 「もちろん調べています。だからと言って面会はできません。昨晩出された命が今朝の出頭であり、その場での拘束とならなかった事に理由を考えましたか? 感謝されるべきですよ」


 「ですから、こちらは逃げも隠れもしないと言っているではありませんか! 大体、竜騎兵の方が家に来られて「開けよ!」と叫ばれたのですよ? それも竜の咆哮を伴って!

 周囲に知らしめるには十分なやり方です。何かすれば、いえ、する気もありませんが逃げる様な素振りでも見せれば!! 周囲の者がこぞって通報するでしょう、それが私共にわからないと思っておられる? そんな愚か者に見えるのですかっ!?」


 「大それた事をするはずありません! その行動が家に、自分に、どう返ってくるか! そんな事もわからないはずがないでしょう!?」



 叫ぶ声は高く、よく響いた。

 来た時は縋る目だったのに、それが今や完全に変わってしまった。


 変わった所で訴えるべき入り口は目の前の相手しかいない。そして相手の態度に軟化は見られない。



 「説明した通りです。行ったとされるは二人、もう一人の家族にも出頭の命は出ています。顔を合わせぬ為に時間を配慮していますが、わざわざ探されませぬ様に。落ち合えば共犯者の共闘と判断されても仕方がございません。今後はお二人の拘束も有り得ますが、自宅謹慎で済む場合もあるでしょう。ですが騒がせた咎はございます」

 「マーリー様…  私共の娘を監督していたあなた様はどうなのです? あなた様に責は無いのですか? 私共の娘だけが咎められるのですか? 私共の娘はこの館に勤めてどの位になります? いいえ、どれだけの期間であろうとも!  私共は領主館に勤める事に喜びと誇り、何より安心して娘を出していたのですよ!?」


 「ええ、そうですね。娘が領主館に勤めている事で良かった事もありましたでしょう? なかったとは言わせません。私とて人です、顔馴染みである方に対して思う所はあります。責ならありますとも、既に何度もこの頭を下げております。それで終われるかと自分で疑っておりますが」



 返す声の単調さは失われないが、話す内に陰鬱な目にも力が籠もる。じろりと見返す。三者の間はどうあっても険悪で、真剣であるが故に互いを見る目はきつかった。



 心配と保身、悲嘆が揺れ惑う心に忍び込み、顔付きを更に悪くする。三つの心に宿るものは同じでも比重に思案のしどころは違う。



 白く染まる思考に晴れぬ明けぬ心が「嘘よ」と呟けば、呪文に縋る如くひたすら呟かせ前に進まない。


 待つ以外に術が無いと理解する心は白くなれずに、「今後、娘の将来は?」「それより累は何処まで?」と先の見通しに不安を覚えて回避する術を模索する。


 どの道明るくはないと呟く心は、それでも己は弱くはないと白さを呼びもせずに冷静さを保ち続ける。



 それら三つの心に失態と呼ばれるモノが呼び掛ける。 震えよ と囁く。 囁きは先行きへの不安の波を生み、さざ波となる。どの様な時でも自然の摂理と等しいものが繰り返される。


 持ち上がる不安に推測の域を出ない心情。回ってこない情報に権限は無い。難解な謎を解く前に自身に行われる聴取もこれから、それがどう尋問へと変化するか?



 現状に納得ができず下がれず高じるだけの不安から、また繰り返す。



 「でも、でもマーリー様が見ていらしたのに…  僅かな間でも娘は前領主様の覚えもめでたかったではありませんか! それがどうしてこんな… ああ… 」

 「そうでしたね。前領主様並びにイラエス様からの評価も良いとされていました」

 「ならば何故、こんな事に!?」


 「さぁ、どうしてでしょうね? 私が聞きたい。 監督責任と言えば全て私に回りますが、小さな子供ではありません。そちらとて、婚期の話を伝えてきたではありませんか。一生をお仕えする心構えはないのですし。その辺りは考慮して、休みを取らせて帰らせていましたよ? 帰ってはいなかったと? そんな事はないでしょう、帰った時には何を話していたのです? 娘の行動や想いを把握する為ではなかったのですか?」


 「話していますわ! ですが帰ってきた時こそ、心安らげる様に必要以上に煩く言わないものです!」

 「煩く? 話が縺れでも?」


 「まさか! 定まっていない気持ちに親がとやかく言い続けると煩わしいと疎むだけです! 帰ってきたのに諍いをしてどうするのです? それとなく差し向けてあげるのが優しさでしょう!?」

 「そうですわね、聞いてやらぬが節度とこちらも必要以上は聞きませんでしたけれど。それが当然と言うのなら、娘に対して碌に聞きもせずに居たあなた方が正しく、普段の生活の場であるこちらだけが全てを把握していなければならないと言うのですか? もう子供でもない娘を? 立派だと誉められた娘を? 仕事も任せられて嬉しいと実感していましたのに? 


 こちらとて把握しようと努めます。 努めますとも。 話したくない事とて無理にでも聞き出していれば良かったのですね。それこそ疎ましい・居たくない・辞めたいと思わせる程にしていれば、こんな事には。


 親代わりとまでは成らずとも、胸襟を開いて話せる様にと心掛けていました。  私が教えた事は山とあります。 あってもそれがこのざまです! その事に私が嘆かないとでもお思いか!!」


 最後だけ、鋭く苛立ちを交えて叱責とした。



 対峙する二人の女は似ている。


 眠れなかったか心痛か、どちらも目元を隠す化粧は濃い。共に髪を結い上げた姿。館に勤める者の飾り気の無い仕事着と、見窄らしくない様にと思えど呼ばれる理由から着飾る事を避けて選んだ衣装は色目も地味。年齢も近しいのでどちらも雰囲気は酷似している。


 怒りを含んだ表情も非常に似ている。 

 お前の所為だ・手落ちだと睨む目と、親として何をしていたかと誹る目と。


 互いの目が「何故に気付かなかった!」と叫んでいる。


 怒りの種類は見定めれば同じでないので似ていない。質と有り様が違うが非難する事は同じなので、そんなに変わらないとも言える。

 交わらない平行線を続けるのは無駄で諦めが悪いとも言うが、通れば一転するのだから諦めたくないのが心情で、理解するのが人情だ。


 それでいて、情は何時でも顔を変える。



 女達の無言の睨み合いに終止符を打ったのは、現実逃避を望まず女二人の問題点の掏り替えに苛立つ男だ。不毛な言い争いで相手が見切りをつけて出て行く前に、こちらの意を通さねばと強い声で二人を遮る。



 「マーリー様、イラエス様にお目通りをさせて下さい。紙面上ではなく、直に話を聞いて頂きたいのです。公平で良識なあの方の事、今回の話に不審を覚えておいででしょう。幸いにも初見ではありません。どうか娘を裁く前に! 取り次ぎをお願いしたい!」


 「裁かれるのはイラエス様ではありません」

 


 相手の望みを絶つ目に少しの憐憫もなかった。


 「領内に出されている下知は今以てイラエス様が執り行っておられますが、伯爵様の指示の元に動かれておられるだけです。直接ご自身で裁かれたのは半日でしたから…  お力を思い知った者も居りますけれど、その様な思い違え   ふふっ」


 「は? ですが街では…   ご領主様はイラエス様の手腕に重きを置かれていると!  今日に至るまでご自分でお執りになられないのは、  その、才が薄いと…  故に、  ですが、判断を下されるの「黙りなさい」



 尻窄みになる声を静かに遮る。遮る声こそ力強い。



 「伯爵様に統治の才が薄い? 軽々しく口にして良い事ではありません、不敬です。あなた方は耳にしても聞き流していたのですか? 今は楽だと、王領であった頃から貧しかった生活がずっと楽になったと話す声を。それがイラエス様のご判断(政策)のみにあると?  …そうでしたわね、恩恵は端々へが多い。


 お越しになられた歴代の任期領主の方々、良い方も悪い方も居られて。悪い方でも任期が終えられる迄、良くも悪くも次の方が今よりも良い方であれと願うばかり。曖昧で不確かな希望と呼ぶモノに縋っていた日々、それがずっと続くのだと。それでも住めば都とはよく言ったもの。


 この領が下賜されたと聞いた時、喜びと同時に行く末が恐ろしかった。貧しくとも王領を冠する故に飢え切らずに済んでいたものがどうなるか? 困窮が極まればと恐怖したのはサンタナ家も同じ。この領は良くも悪くも絶対者を戴いた事がなかったのだから。


 イラエス様のお越しで、王領の頃と変わらぬ事に安堵と失望を覚えて。なれど上げられる報告に対して途切れぬ金銭に物資。僅かな物から少しずつ変化していく質と量。王領であった頃にはない、この決定的な違いに心の底から震えたものです。 この領は変われると!


 途切れぬ事実を権勢と言わずに何と言う? 余剰であっても売れば利に成る物を回してくださる。お持ちの他領から不満が出そうなものであるのに…


 財力で一気に変えられたなら、また違った形になったでしょう。 ええ、この豊かでもない領内で更なる貧富の差が生まれたのかも。領全体の底上げが皆の生活を変えるのです。それは時間を要し、要してもどれだけ的確に回せたかだと私は思います。イラエス様が仕切った成果と思う事が愚。イラエス様を選ばれた伯爵様に才が無いと考える事こそが愚か。

 

 私もサンタナ家も、この主に見捨てられたくないと本気で思っています。もしもこの状態から他家への譲渡となれば… 必ず新しい領主様から出される重税に喘ぐ事になる」



 

 静かな独り語りとなった話は断言で締め括られた。

 対面する夫婦の顔色は悪く身動ぎの一つもしない、愚かでないので先が読める。


 怖いと思うは言葉の脅し。

 そして脅しより怖いのは、事態の真相を知った同じ領民からの私刑リンチ




 「ですが… ですがお待ち下さい! 今回の事は!」

 「今回の事は客室で起きました。弟様と客人が居られた時です! 私やイラエス様が口を挟める事はありません。いいえ、嘆願はできます。的外れであった時には首を出せと言われそうですが、それをイラエス様にしてくれと訴えられますか?」


 「な、 何も 首を求められるとは そんな大げさな!」

 「イラエス様は…  領主様にとっても必要なお方、そうですわよね?  なら、そんな事には… 」


 

 狼狽え、吃り、縋る目に戻った相手に答えずに席を立つ。

 目を合わさない。


 歩き出そうと、踏み出す。



 「マーリー様!」



 悲鳴に似た呼び止めに、漸く顔を向ける。

 静かに見つめ、ほんの少しの笑みを浮かべたが直ぐに謹厳と変わる。


 「そろそろ時間です。以後は竜騎兵の方の指示に従ってください。 …あなた達の娘を庇う気持ちはわかります。どちらにせよ、行いを認められないのは寂しい事。認める事も必要です。認めたくないものですけどね、愚かな一途さなど」


 

 始めの陰鬱な目は何処へやったか?

 静かに言い切り、強い視線で相手の言葉を封じ込め、扉へと向かう。


 扉に手を掛け、一度振り向く。


 

 「そう、賢明である為に。聞かれた事には真実をお話なさいませ」



 






 「は… 」


 ガチャリと音を起てて扉を閉める。

 廊下を見回し人気の無さを確認し、詰めていた吐息を小さく零す。

 

 その動作で肩と頭が下を向く。

 僅かな時間、何を思うか瞑目する。


 瞑目する内、口角が引き上がり鮮やかな笑みを浮かばせる。胸元に、そっと手を当てる。



 こちらへと来る足音と共に笑みは消えた。

 その場で足音の主を待つ顔は、普段通りのメイド長の顔をしていた。







 何故に笑みを浮かべたか?

 その胸中を計る者は居ず、計られる事も無い。


 心に隠し事を持つ事と、思いを仕舞う事はとても似ているが別である。前者には罪悪が付随する、気持ちに生まれずとも行動には必ず追随する。しかし後者にはない。


 笑み(権力)は言外に語るもの。

 彼女は今の笑みに含みを持たせてはおらず、ごく自然に浮かび上った。誓約以上に彼女の心は主家を定めて傾倒している。行いに対して惚れ込んでいる。


 黒くなくとも心はとても単純に、複雑を生み出し枝葉を伸ばして生い茂る。それらが人となりを形成する糧と成る。











 ザッ…


 足早に行く姿に大地を踏む音が追い縋る。片腕に掛け持つ外衣の裾も揺れ動く。


 館から出てオーリンが最初に向かったのは牢だった。

 急ぎ行く先、地下牢のある建物を目前にして馴染みとなった顔を見つける。



 「お早うございます!」

 「ああ、ご苦労。中に居るな?」



 「はいっ!」


 素早く道を譲り、直立不動で敬礼を取った警備兵と挨拶を交わすが歩みは止めない。返事も待たない。バタンと扉を開けて入れば相手を呼ぶ、呼びながらわざと靴音を立てて歩いていく。



 「どこに居るか返事をしろ! なければ下に行く!」

 「ちょっと待て! こっちだ!!」


 聞こえた部屋に真っ直ぐ向かう。

 入った部屋では椅子から立ち上がろうとしている同僚が居た。


 それに対して手で制す。

 目に止めた椅子へ外衣をバサッと放る勢いで預ける。



 「朝からどうした? お前、出掛けるのか?」

 「ああ、出るがそれより所持品だ。昨夜の女の持ち物で石はあったか?」


 「石?」

 「客室内から盗んだと思われる。現在室内を確認中だが掏り替えの時間稼ぎとみた」



 石の形状等に状況から下された判断を伝えれば、唸り声が返る。眇められた目に引き上がる唇。あからさまに顔付きが悪くなる。



 「ねぇな。環を嵌めた後、直ぐに下へ降ろした。泥塗れで居させる方が痛感を覚えるに役立つと思ったが、所持品の改めは必要だ。反抗心しか見せずに態度も悪かったから、ちっと躾けようと思ってよ。下に居る連中の前で下着も全部脱が(ストリップ)させた。させてから口腔を調べた」

 「…自分から脱いだのか?」


 「あ? 直ぐに脱ぐ訳ねーだろ。愚図愚図するから誰かの手で脱がせて欲しいかと牢をしゃくったら固まってよ。どっちか選べっても選ばんから、時間切れだと適当に一人を出そうとしたら自分で脱いだ。地下の寒さに震えさせてやろうかとも思ったけどな」

 「ふーん、今朝は?」


 「アレも大人しけりゃあ、奴らも大人しい。久々の興奮に野次を飛ばして喜んでいたのが静かなもんだ」

 



 『ふざけっ…! こんな、こんな場所で着替えろだなんて!』

 『あ? 言える立場だと思ってるのか?』


 『あ!  ひ! い、ぃいいいいいっ!』

 『そらま、痛いだろ。お前に使ってる制御環はこいつらより良品だ。それでどいつを指名する? どれがお前の好みだ?』


 『あ… っ! う…  』


 『なぁ、俺がやってやろうか? ねーちゃん』

 『脱がすだけで良いのか?』

 『やる! 違う、やらせて下さい!』


 『ひゅーう、早く脱げっての!』




 「ああ、泡沫の夢にガス抜き。有りもしない希望を夢見て静かになるか、は。 それで服の中には無かったんだな」

 「そうだ、再確認はするが出ないだろ。あっちのアナも対象だったが許容確認前だからな、止めといた。医者にさせるか? 見習いの女は二人いる」



 問う視線に合わせて、思わせ振りな人の悪い笑みを浮かべる。素早い動作で姿勢を正して室内に、ガツッと靴音を響かせた。




 ガタンッ!!


 「獄吏等級第一等官、ギルツ・アーガイルにセイルジウス・ラングリア様よりのご下命を申し渡す!」

 「はっ!」


 「罪人より石の在処を問い質せ! 優先するは在処にて他を許す! 以上だ」

 「諾!! 主命を受諾せし事に喜びを」



 伝達者と受諾者。

 同等であるが故に感は冴えていた。意を察して踵を合わせた瞬間には立ち上がり、椅子を後ろへ弾き飛ばして直立した。



 終われば真剣な顔は互いに緩んで笑みを浮かべるが、冗談ではやらないので息が合わねば常に受ける側の失態となる。そこに見ている者が居るかどうかは問題ではない、椅子が倒れた程度も些末な事。その時に己ができるか否かの大勝負。



 「それにしても、次期様が何をしても良いと言われるか」

 「それについての私見だ。顔と目に付く場所は止めておけ」


 「…何故?」

 「下される前に視線を移され、石の持ち主を見た。この先、アレと会う事を希望するかもしれん。顔に傷があればどう思うか? 不穏の芽は摘むに限る」


 「…やけに気を使うな」

 「そうだな、普通なら流す。隠す事でもない。しかしそれは次期様達の姿勢から愚策と判断する。必要であれば時機を見て皆様方が話されよう」


 「そうか…  至る判断を尊重する。序でだがな? 先日察知したあの馬鹿みたいな力の拡散の理由を知ってるか?」

 「…さぁ、俺にはよく」


 返す言葉に顔を見て、大きくため息を吐いて言う。



 「…だからな? 不確定でもいーからもっと情報を回せよ、お前らあ!」

 「不確定を回せるかいっ!  あー…  わかってるよ、こっちだって。しかし軽挙妄動は拒否っとく、直接お前が聞け。  それでもだな? 言外を汲むのが我らであろうが?」



 自信を誇示して見せる笑みはこの上なく晴れやかに。

 それに対し、少しばかり目を見張るもニッと笑い返す顔にも自信が覗く。深まる。言わずとも知れた気心に砕心はあれど、疑心は無用と蹴り飛ばす。


 

 「もう一人は巣に居る誰かに頼む。その後、一度こちらに寄越させる」

 「そうしてくれ、場所が違えば喋りも違う。統合性も計りたい」



 二人で幾つか確認し合って、その場を終えた。


 「後は頼む」

 「お前も気を付けて行けよ」


 「ああ、そうする。行ってくるわ」


 外衣を手にして、軽く手を振り部屋を出て行く後ろ姿を見送る。

 室内で佇み、遠ざかる足音に耳を傾けながら僅かに瞑目する。その顔に、静かに笑みが浮かぶ。



 「駄犬とて猟犬になる。竜を駆りて紋を纏い、誇りを得た。誇れる己が犬である事を自認し善しとした。  …してみせよう。 肌に跡を残さずか、どの手でナかせてシめ上げるか。行使する事のその意味を、身に刻んで教えてやるとも。俺の腕の見せ所だな。 あ〜〜〜  よし! やるか」



 独り言ちながら両手を頭の上で組み、一つ大きく伸びをする。組んだ手を離し腕を降ろして肩を軽く回す。そしてイイ顔で機嫌良く部屋を出た。






 彼の言葉のどこかは黒く聞こえる、巡らす思考も黒いだろう。しかし、笑みはすっきりと爽やかで白いと言える。矛盾のない姿に表裏一体の言葉を贈ろう。


 笑み(態度)は言外を語るもの。








 外へ出たオーリンは別棟へと移動し、留守居に同じく説明した所で一つ判明した。


 「ああ? 待て、猿轡をしていなかっただと?」

 「上から監視していたが最初からなかったぞ。だから自縛に悲鳴を上げたし、返事もした。後が無い事を教える為に服は執事に持っていかせたが…  これはしくじったか?」


 「いや、あの執事は誓約をやり直している。ハージェスト様が損ねた… だろうか?」

 「…確率は低いが絶対を信じるな、だな。次期様なら話は違うが」


 二人の目に宿る険で顔付きは一気に悪くなる。


 「あの執事は馬鹿じゃないと思っていたんだがな?」

 「委細引き受けた、こちらでの確認後に牢へ送る。服と執事も調べよう。お前はお前の役目を果たせ、連絡の遅滞は拙い」


 真剣な顔と声に遠い目をした。


 「あ、ああ…  緊急性はないが、ないから行かねばならんしな…  はは」

 「あ? …もしやアレか? ハージェスト様は現場に行かれないって話か?」


 「内容を誰が喋るか」

 「そーか、当たりか。あっちでやってるのはハージェスト様の隊の奴らが多いからなー、楽しみに待ってたろーにな〜。 かわいそーに、はははは! ま、次期様のお言葉に文句を言う奴はいないさ。表立っては。しかし、昨日の夜のもあいつらが張り切って仕切ってたからなー。はははは、頑張ってぶった切ってこいよ」


 「……行ってくる、任せた」

 「任せろ」



 ゴッ…


 見送り代わりに突き出す拳に軽く拳を突き合わせ。後を託してオーリンは、外衣に袖を通しながら足早に竜舎へ向かって行った。










 「うあ?」


 ココはドコでしょう? …睡眠中に移動を可能にするとか! うわ、すっげー。



 「気がついた? 気分はどう?」

 「あ。 あ〜  へーき?」



 花籠のほーのベッドで寝てました。

 俺の曖昧な返事に手を伸ばしてくる。手が頬に触れ、首筋へ回る。 …指先が離れないので脈を測ってるよーです。


 「ん、水分摂取しようか」


 起きようとすれば介助の手が伸びる。

 …そんなに俺は重病人だろかと思うんだがナンかねー。自分でできると断ろうと思うんですが〜 人様からの心配は有り難いと〜〜。



 「おぉお… 感謝。 結局、倒れた?」


 コップを受け取り、水をゴクンとしながら聞いたら見事にばったりイったそーな。 あ?  待てよ?



 「…俺、どーやって運ばれたんでしょ?」

 「俺が横抱きにして運んで〜  も、良かったんだけど。安静を保ちたかったから、柄にシーツ巻き付けて簡易担架作製して運んだよ」



 モップの柄、最強! 下ろしたてシーツさん、有能! いや〜、素晴らしい働きですネ。 作製したのは人でもですね。



 「面倒かったろ、ごめんな」

 「いーえ、気にする事ではなく。あっちの部屋はもう兄さんが掃除した、何の反応も出なかったって。今日はこの部屋に居て ってゆーか変に起きないで」


 「え? えー」

 「で、どうしてあんなに青褪めて震えたか? わかる?」



 半分残したコップを差し出すと片付けてくれる。 ふ、してくれるトコに俺王様なリッチ感あるわー。ダメ頭してるわー。



 「で?」


 置いて戻ってベッドに腰を下ろして、待ちの姿勢を取る… 


 「あーのですね…  自分の中のブラックボックスを強く認識したんで頭を回したら、あーなりました」

 「…はい?」



 俺が観念して話してるのに、ナニその顔。



 「それは前に話してた、『記憶無いよ』の事?」

 「その通り、自分でも不明なのがやばいよな〜と思ってた件です。癒しの話を聞いてる内に、ココとココが…  つ、冷たくですね…   今と過去と、自分ができる事を足して引いたら逆理でしてね?  本当かって思う、あの人したの違うトコだし。んで、ほっといたら傷って広がるもんじゃないですか。ほんとーに必要な時に「はい、そこまで」


 「おおっ!?」


 肩に手が回って強制的にベッドに倒れます。

 させたヤツを見上げます、ちょーーーっとアレな感じの視線が外れません。


 「要らないよ、そんな努力」

 「…え?」


 「考えなかったら安定してた、考えたからこうなった。つまり傷を引っ掻いた。んだから、ほっとけ。傷口は触るもんじゃない、治りは遅くなるし痕が残る。これ常識」

 「…はれ? いやいや待って。俺ののーりょくかもしれんでしょ?」


 「あーーー、それは否定しない。可能性だから。そっちで考慮すると時の流れも考えないと。日の出に日の入り、同じ時間でも場所に依って日照時間の長さは違う。それと同じ、界が違うのに同じ時が流れているか不明。


 召喚が成功した昔から、異界が存在すると認識できた頃から、それは命題の一つだ。


 喚ぶ事は成功するのだから、自分が行く、又は送り出すも可能なはず。だけどそれは叶わない、解けない逆理。見ていたのではないのなら全てが推測。可能性の中の一番高い蓋然率を誰しも選ぶ。

 君の場合も何が正解かなんて誰も知らない。君の中だけにある。だけどさ、震える気持ちに鞭打ってどーすんの? 克服ってのは順序立ててしないと公算低いよ? よく言わない? 勇気と無謀は違うってさぁ」



 べらっと返ってくる言葉に反論の余地が薄い。そんで何やってんのと書いてる顔に、それでも言ってみようではないか!


 「いやだって、これがわかったら先に進めそーだと思わねえ? お前の魔力量増やすやり方もわかりそーな気がしない?」

 「…え?」



 見ろ、正しく固まったぞ。

 そうだろ? お前の望みを叶えるなら、俺が自分でナニしたか理解してないと。数学の問題解く時にー 式もなーんも素っ飛ばして答え書くヤツいたけどー 答え合ってたけどー。


 俺、本当にそーゆーのできないさんだから。 …お前はできそうだけどさー。




 「要らないよ」

 「へ?」


 「気持ちは嬉しい、すごく。でも、それが理由なら要らない」

 「あの… 諦め「てはいません」


 人の顔見て思いっきり、ため息吐きやがった。



 「そもそもですね、俺が言った事覚えてますか? 聞き流しましたあ?」

 「へ?」


 「言いましたよね? 俺は君と一緒に努力して、その結果に伸びなかったらそれはそれで良いって。神経切れるよーうな思いを一人させて俺の力が伸びても嬉しくないですよ? 召喚獣にもあるんですよねー、お前ヤッてこいってのは。  はぁ…


 俺は召喚獣を得たら、それこそ大事に大事に大事に(絶対に、いちゃラブ)するって決めてた。君は召喚獣じゃないけど同じ位に大事です。大事だから、の選択肢は一つじゃない。限ってしまうのは短絡です。どーしても君が必要だと言うのなら、やり方を模索しよう」


 言い切った顔に聞いてみる。


 「やり方あんの?」

 「さぁ? どっちにしても君が痛いだけなら模索の価値もないよーなもんだけど。力に固執する馬鹿は力に溺れる」 


 「…待て、お前は力が欲しいんだろーが!」

 「そうです、欲しいです!現実にはもっと欲しいです! でも本当に欲しかったのは自分が納得できる事実です! だって俺、確かにできたと!!  萎むしかなかった所に君が来てくれたから欲が出るのは仕方ないと思います!」


 拳を握って力説するこいつの理屈が矛盾してておかしいよーな… ないよーな、わかるよーな…  



 「何だろう? どー言えばいーのか? えー…  禁断のパンドラボックス? いや、開けたのはだ」

 「何の事?」


 「…えっと、失敗の含蓄?  向こうにある神話の一つで〜〜 同じ話でも諸説あるんだけど〜  神様達がパンドラ(贈り物)って名前の美女を作り出して、自分達に喧嘩を売った男(プロメテウス)の〜 弟のトコへ手土産持たせて遣わした、だった… はず。 手土産は〜 諸々の悪いコトを詰め込んだ恐怖箱で「開けるな」ってコトだけ教えて持たせた」

 「…うわ、あからさまに酷くない? やっぱり開けた?」


 「ん、開けた。パンドラが」

 「え、そっちが? 男じゃないんだ…  ふーん」


 「ぎゃあっ!になって大急ぎで閉めたけど遅かった。でも、中に一つだけ残ってた。それが希望。人が私を忘れなければ、ずっと寄り添うって訴えたからパンドラは箱から出した。

 震える先にも希望は残るものだって、人に希望を残すって事は期待もしてるんだって。 まぁ、俺自身も振り返れば希望の光り… なかったよーでもあったよーなあ〜? あ〜〜」


 「…すっげぇえ、根性の悪い話」

 「…へ?」


 「そこで言う希望ってさぁ、常に試してやるよって事だろ? 『曖昧で不確かなものに縋って喜んでろ、お前ら』って意味じゃない? 諸悪の中に入れてたんだろ? 善も悪に染まれだろ? 悪意の一つとして入れてたんなら、そーゆー意味で突っ込んだとしか思えないから〜  ソレが最後に残ってたってのは〜〜  うん、計算し尽くしてるね。偶然じゃないよ、残る様に設定してたね。

 そーだな… あっちもこっちも押えた上で自分がすっきりするんなら〜〜  喧嘩を売った男って売らさせられたのかな? 予定調和のヤラセ? それとも本気で嫌いな相手だったから陥れたか…   うーん、奥が深い。 しかし分類分けするならまだあるよなあ… ん〜」



 「…はぃい?」



 ハージェストさん、他所とは言え神話に変なツッコミしないでくれない? 神が与えた試練と愛情って方向でしょー? 普通は。それをアナタ、そーゆー顔でいーますか。


 …いやまぁ、いーけどね。



 「あ〜 それより曖昧でいるのは辛い? 怖い? わかるかもしれない希望も大事だけど、心身に恐怖を強いる方が俺は嫌。重きを置くモノを間違えてる。こんなになってまで思い出す必要ない」


 あっさり言うから念押しする。


 「ほんとーに思い出さなくて良いのか? それが全てを変えるかもしれないのに?」

 「俺の望みなら既に道は開けてる」


 「はい?」

 「もうね〜、ちょっと増えてるから」


 「ほわ?」

 「兄さんと確認済みだから嘘じゃない、ほんと。 …どれだけ細い道で、それ以上に拓けようがなかったとしても、君を潰す行為に意味を見出せない。他の誰が何を思って言おうとも、それは意味を成さない鳥の囀り。讒言も諌言も壮言も聞いた己が判断する、譲れないものを譲りたくない。トリヒキはあるけど心の切り売りはしたくない。カケヒキは楽しめると良い」



 詰め込まれる情報に、のーみそがぐるぐるしてるがそれよりもだ!



 体から力が抜けたっぽい。


 寝てても力が抜けるとか、不思議。 つか、やっぱ緊張? 身構えてた?   はぁああ〜〜〜…  あ、安心したわ 俺。そっか、やっぱビビってたか…



 見上げる顔に顔で返事をしたら、わかったよーで同じ返事が返ってきた。



 「今は平気?」

 「ん、冷たくない。へーき」



 肩に触れる手。

 ああ、そーだ。これが一助で癒しな訳だ。手当ては手を当てるだしー。



 白黒着けなくていーって。

 グレーゾーンでいーって言ったらナンだけど、中庸でいーって言ったらイイ感じ。ちび猫も灰色猫だしい〜。



 …これも沈めましょうか。

 ハージェストが要らねってゆってくれるから、本当にして良いでしょう。でも此処で生きるんだから〜 何時かナンかの形でわかるかも。うん、そんな程度。


 もう本当に、これで沈め。




 「どうしたの?」

 「いや〜 何でも」



 …うにゃ〜? ハージェストさん。

 その笑顔、なんか怖いですよ? 顔をツンツンしないでくれませんかー? 俺、横になってるんですよー?




















 笑みは語るもの。



 一人が言った。 


 己は駄犬であると。

 駄犬とは血統不明な犬を指す。それは雑種とも言われる。人を嘲る言葉ではない、嘲る言葉なら『何処の馬の骨とも』と言うだろう。それこそが身元不明者に対する嘲りとして使われる。


 駄犬は駄馬の意味合いに、語句・語感から意味が混同される事がある。嘲りと自嘲に変えるなら、どちらも合致しそうなものではあるが正しく別意である。



 そして、これを引き合いにするならば。

 

 一人は国の制度に基づく貴族と尊称される家系の由緒正しい血統で。

 一人は世界が異なる故に他人から馬の骨と嗤われても証明の手立てがない。手立てがあっても一般ピープルに変わりはない。


 どうあっても払拭はできない、が。 人の目にはまず見えない、が。 血統の証にもならない、が。 身元の証は持っている。


 決して失くす事も取られる事もない、見えない黒い加護(お守り)。それは有無を言わさぬ確かなお守り(迷子札)


 

 大事な大事な、お守り(愛情)








 全て語らぬその笑みで  騒がしき 鳥声を断じるが善し。







  

久方に。

過日から続く白黒で選曲。


N*WS  「BYAKUY*」



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