130 あけよと、鳥が時を歌う
「ふはーーっ」
レモネードを頂きました。風呂上がりの一杯、最高に美味いです! 前に飲んだのより甘味が薄く多少ヌルいんですが… 病人仕様に文句言ったら罰当たるし〜。さすがにあったか〜〜い茶は… 今は遠慮したく。
「もう平気です」
「そうですか? ご無理をなさっていませんか?」
心配気な笑顔は変わらず、そのまんまハージェストを伺うおばちゃん… そんなに体力なさげに見えますかねえ? 嫌だなあ。
「このまま控えておりましょうか?」
「いや、もう良い。助かった」
「ありがとーございます、お騒がせしました」
「わかりました、どうぞ良い眠りが訪れますように」
おばちゃんの見送りに立ちます、ドアが閉まった所でいちにさんしぃご〜〜う。 はい、ベッドにぼすっと座ります。 …シーツが変わってる気がするじゃなくて変わってる。ご苦労をお掛けしましてほんとにもう。 うぬぅ、これを当たり前と思う日が果たして俺にくるのだろうか?
「無理せず座ってて良かったのに」
「いやいや、夜中に起こした手前」
「風呂に入って疲れたろ? 話は明日にしようか」
「え? そんな! 俺は聞いて欲しい話が山積みで!」
寝間着の上下をちゃんと着て、手に持ったグラスを傾け中味を飲み干す姿に訴える。悪い夢も人に話すと薄れるっていーません?
「そう? 平気なら話したい事はあるけど」
「じゃあ、聞けよ」
ベッドを叩いて要求した。
「とりあえず、ベッドでの菓子食いはしない」
「にゃー! する気ないわ!」
「あはは」
「変な合いの手は要らないから〜 って っとい!」
横目で見ながらベッドに上がり、おばちゃんがわざわざ畳んでくれた毛布様の端を掴んでずる〜〜〜っと引っ張り抱き締め撫でる。この感触… ああ、こちらにつきましては疑心暗鬼を生ずる事が如何に愚かであるかといーますよ!
「聞いてくれ、この毛布様は駱駝様だ。駱駝様の魂がこの毛布に宿っているんだ! 俺が貰ってきたこの毛布は付喪神様であったのだーーーっ!」
「は? なにそのナンとかガミって」
「えー、長年使い込んだ道具に魂が宿るとゆー伝説的な確率から発生する誕生に希少性が付属するお道具様の事でだな」
「…愛用品が変質するのは怖いのですが? 後、使い込んで発生する魂ってのが意味不明。摩耗もしくは消耗した物にどうして発生するのでしょう? 間違いじゃないの? 駱駝だと確定できた理由は? …駱駝じゃないといけないんですか?」
「うにゃああああ! そーゆー興奮から遠いお人は嫌いですよ!」
「え、そんなあ! 疑問を疑問として述べただけなのにー」
ご機嫌が落ちてしまった。
失敗、失敗。はい、やり直し〜。 …単語のブツ切れ返事はやめようよー。
「…あー、この毛布が駱駝の毛から織られてるなら可能性は高いね。そこから駱駝の魂と考えるのは理解する。 ……でもさ、製品である以上は誰かの手を介して作られたって事で。既に加工済みの違うモノに対して、従来の魂が同じと見做して宿れるものかとやっぱり疑問に思ってしまうのですが」
「えええー… でも、駱駝だったんだ。どーみても俺を助けてくれたのは駱駝さ… さ、さ、 さん。 ん。 駱駝さんだったんだよーーーっ!」
「あの、そこを否定する気はないから。君の持ち物が君を助けた、俺もまた助けて貰ってる。感謝こそすれ否定はしない。有り難うございます、なんだから。君の言った設定に不思議を覚えただけで、君の話を否定したい訳じゃない。使い込まれて初めて色艶が出る物もある、趣が生まれる。 …ああ、その手の意味合いから生まれる発想か。 …そうか。 直ぐにわからなくてごめん、それならわかるよ。年代物なら家にある、魂が宿ると思った物はな あるな、日誌が。 心血注がれてるからなー、あれを疎かにはしない。そうだ、あれには魂が宿ってると思える」
「わぁお… それ、どっちかってぇと… ゆーれ 魂の質と意味が… あああああ。 いえ、由来を聞いてこなかった俺も片手落ちでした」
ベッドの上に二人して座り込み、毛布について語り合う。
謎は一つも解けていないが、そういうモノであると知れるのは有り難い。持ち主に対して精神的にも肉体的にも守りの物である事が最良だと思う。おまけで守って貰った者としては本当に感謝の念しか出てこない。限定で汎用性がない事は残念だが、特別ってのはそういう事だし。
「うりゃ」
「あ、ありがと。本当に良い手触りだよね。 …皆の証言もあるから駱駝でおかしくないんだけどさ」
俺へと広げてくれた毛布。
暑いから掛けて貰わなくて良いんですが、気遣ってくれる気持ちが大変嬉しいです。 …でもまぁ、この毛布はそこまで暑いと思わないからなぁ。薄いからでもなし、本当に上質だ。
感謝を。
想いから手を滑らせれば、織られてできた一品としか判断できん。魔具であると判断できない。 うーん… 頻繁に洗う必要はないと思うが、確かに一度洗って干す方が良いんだろうな。
大事だから専門に任せる、大事だから自分でやる。
二択しかないが、今まで洗濯に対して真剣に悩んだ事がないから難しい。しかし、これはアズサと一緒に二人で洗うべきだな。お礼を兼て綺麗に洗おう。それで一緒にする達成感を味わい、褒め言葉に二つ目の煌めきを貰おう! よし!
「で、どーして駱駝さんが出てきたかとゆー話だが」
片手を握り締め、話そうと意気込む顔は生き生きとしてる。ほんの少し前の青白さは微塵も無い。幾ら呼び掛けても答えず、起きない姿は心臓を直撃して恐怖した。怖かった。馬鹿同然に突っ立って慌てふためくだけの自分でなくて、対処に動ける自分で心の底から良かったと思う。
この原因は外部か内部か、どこにあるか。
外部であると判明した暁には、何としてでも殴ってやる。俺の心臓を潰す気で動いた奴を誰が許すか。アズサの今後の為にも、見つけ次第、力の限り殴り倒す。
「えー、夢ん中で夢を見てたよーでして。水の夢を… 見てたと思うんだわ。ちゃぷちゃぷしてるよーな水音で… あ、俺が水遊びしてんじゃなくて。 ちょっとよく覚えてない… んだけど 目が覚める前に、声を聞いたよーな感じで」
夢の中で見た夢を語る。
よく覚えてるなと感心してしまう。
「起きたら辺りは暗くて、その中で白いぼんやりした光が見えて。 …あ〜のさ、その光景が此処に来る前の えー、そのもう一つ手前。 一人で歩いたトコに似ててさ」
「…そこ、雰囲気良くないんだ?」
「此処での死の概念は知らんけど、長居したいよーなトコじゃない」
「その場所を通ったから来れた?」
「へ? ああ、うん、そーだね。他は知らんけど俺の場合はその道を越えて ってか、連れ出して貰った。俺一人だと、多分出るの無理… 助けて貰えなかったら、どーなってたんだろな〜って思うと」
「…自力で出られない。それは危険と隣り合わせとするより、死地だと判断しますが?」
真顔で聞くから真顔で答える。
下を向く顔に深いため息が、語るモノを推量させるが本音で言えばもっと聞きたい。
君の語ろうする事は、俗に言う『界』を渡るだ。召喚の技術は界を開くに当たり、それから先へと通じる技術。 …向かい合う先に相手がいて初めて成り立つのだから、技術特化で終わる話ではないけどな。
技術に通じるナニかの話は扉にあたるのか、道になるのか。それとも、人の手が届かないどこかへ至れるやり方か。召喚獣達ではどうしても要領を得ない、そんな話を実体験として語る人が目の前にいる。そして、それを夢物語でも詐欺でもなく真実だと聞いていられる。
こんな日が来るとは思わなかった。
その道の探求者ではないけれど、一度志した身としては興奮する。
内容をもっと細かく聞き出したい、そう思わない方がおかしい。此処へ来た道があり、その過程に思い入れがある。ならば斟酌を逆手に聞き出すのが無難。
今、上手に水を向ければ。
君は語ろうとしなかった理由を話すだろうか? 話す切っ掛けになるだろうか?
聞きたいと思う気持ちと、聞き出せる状況と、話してくれるのを待つとした過去の決断と。 最善とは果たして何だろうか?
『そこまで深く考えずとも』
…切っ掛け一つで堰を切った様に話し出す者も居た。確かに居た。
迷う自分にヌルい言い訳。
あ〜あ、最善には遠過ぎる。状況を機と捉え損なうのは嫌いだが、自身の気持ちを素直に認める。認めるからこそ、望む夢には堅実に。後悔しない為に俺のやり方で、俺と君の為に。
俺の最善は、自己完結と無縁でなければならないと悟ったさ。 …しかし、聞けるもんなら聞きたい。
「はぁ… ま、死んでないし此処に居るし」
「…死を意識した?」
「……ん〜、暗い道は暗くて怖くてナニか出そうで。 でもあったのはさ」
相槌だけを打って静かに聞く。
確かに不思議だ。夢だから繋がる、心は自由に羽ばたくと言うけどさ?
「それで同じだと思って喜んで行ったら、そこにあったのが〜〜 手 だったんだよ! 手だけのホラーだよ!! 俺の期待返せぇええ!!」
叫ぶ君が元気そうで何よりだ。
「そんでこっち向くんだよ! どーみても好意的なモンが感じれなくて逃げたら追っかけてくるし! 掴もうとするし!」
背中を向けるとゆーのはだ… いや、正しいものは正しいな。向かい合う事は大事だが、意志の疎通が計れないモノとは粘るだけ時間の無駄。しかし、そんな夢を見るとは… うー。
「夢は心の闇を映し出す鏡とも言われまして… ええと… あの… 不安がありますか? いえ、あって当然だと思います。 その… あ〜〜 昨日あの様な事があったばかりで面と向かって聞く事も憚られそうなと言いますか、その程度は察してなんぼだと思う事ではあります。ですが本人の口から直接言って頂く事と、口に出した方が気持ちがすっきりすると世間一般では言いまして。ちゃんと不満に不安は聞きますので遠慮なく言って下さい。当方が至らず面目なく申し訳な「違う! それ、絶対に傾向がちがうぅううう!!」
「え? そう?」
「絶対に違うわああっ!」
寝間着の襟を掴んでブンブン俺を揺さぶった。
うんうん、首じゃなくて楽。こうしたかったんだね。楽だけどこう首が揺れるのはちょっとねー、首を痛めると後に響くんだよ?
「ちゃんと聞けえ!」
はい、聞きます。聞きますとも。聞いたから可能性の一つを潰そうとですね?
「それでボコボコボコボコ出てきてだ! その窮地に駱駝さんがこう!」
「うん、窮地を救いに登場したんだ」
「そう、それでだ!」
ほんとイイ顔してる。で、悪役が手か。 手、ねぇ。
「ドンッと踏んだら、そこが揺れて! 駆け抜ける度に手が跳ね飛ばされて潰されて! パッキーンな感じと一緒に崩れていってだ! いやもうそれがカッコ良くて」
一撃で揺さぶって動揺誘って狼狽えてる隙に荒らして潰す。はい、見事な常套手段です。その常套手段を的確に決めれるかが技量ですよね。
「そんで綺麗さっぱりしたら、もっかいドンッてやってさ。そしたら真っ黒い亀裂走って全部が崩れ始めたんだ。俺は驚いてたけど、駱駝さん気にせず歩き始めててさー。 …乗せてくれなかったんだ、乗りたいなーって思ってたけど毛布様だったら無理だよなー」
力技で構築ぶち壊して修復不可能を見届けたら終わりと。実質、二撃で終わりと。それはすごい。手が構築した者達の数であるのなら… いや、それは確定してないか。便乗も疑わねーと。
それにしても数は力だが、どれだけ揃っていても雑魚は雑魚でしかないと。素晴らしい証明です。ええ、本当に力の証明ほど興奮するものはないかと。 …顔が笑ってしまう。
改めて、膝にある毛布を撫でる。
守られていると思う、大事に思われていると思う。これはもう憶測の域を超えている。それでも、そこに絶対は無いのか。 …その事実は救いなのか? ふ、誰に対するナンの救いだか。
「それで だ。 追って、 ちょっと立ち止まって。 そしたら後ろから光がですね。こう、パアアアッと強い光が 一気に あー 周囲を塗り替えて、俺の前に光の道を作った。そこに俺の影がザッと伸びて、 光が強かった分だけ影は黒くてはっきりしてて。
…こんな格好でいたんだ。そ、中途半端に、 手を上げた格好。だから影も同じ。 なんだけどさ、伸びた所為か俺とは違う感じにみえた。 駆け出してく感じに見えた。 そこに光の粒が幾つも舞ってキラキラしてて何だか 俺じゃない感じに見えた。
影の方が、俺より影が どーしてかカッコ良く見えまして。
落差ヒドくない?みたいな。浮き出たモノとの差があれ?みたいな。いや、俺の影なんだけどねー。 まぁ、一瞬の事でしたけど。 その直後に呼び掛けが聞こえまして。 振り向いてた内に目が覚めたよーで目の前にお前が居たと。そーいや、俺の顔叩いたあ?」
ふーん、今のって何だろね。
言い回しを考えてたにしてはねぇ? 普通しないよ、そんな顔。
「叩いたなんて人聞きの悪い、そんな事しないよ」
「え? あれ、そーだった? ごめん、てっきり起きろって叩かれたんだと」
「叩いた方が良かったんだ? 今度からそうしようか? 思いっきり」
「え? いえいえいえいえ! 他に方法があるならその方が」
「そうでしょう」
「で、ナニしたの?」
「ん〜? ひ・み・つ♡」
「はぁっ!? ななななっ 何をしましたかっ!?」
「あはははー」
「えー、ちょっとー!」
いやー、遊ぶのって楽しいなー。あはは。
この毛布で包んでから意識が回復する迄の時間。それを考えると本当に、夢と呼ぶ曖昧な時の流れは掴めない。 は。
「おーーーーいっ!」
「はーい、聞こえてます。ところで、さっきはどーして固まったんですか?」
「はえ?」
「立ち止まって〜〜 何を見てた訳? 何を見たから立ち止まったんですかね」
綺麗に固まるねー。
ねぇ、それって虫の所為? どの方向から考えても異常で、腑に落ちない点が拭えないのが問題。ソコの所に悩んでも、助けが入った事実で確定。
「ん〜? 何? 言えないよーなコト?」
「え と、ですねぇ…」
「本当は見たんじゃなくて悪戯されたとか?」
「ぶっ!! 違わあ!」
ベシッ!
「…痛いよ。心配から言ってるのに」
「ナンか違う! そんなんあったら蹴り倒すわ!」
「できるんだ」
「それは…… できんかった、けど。 俺の上を手が積み重なって這い回ってぇええ うう、恐怖を味わったが俺は触られていない!」
「………這い回ってたんだ、君の体の上を」
「うああああ! 最悪でした、俺の上をベタベタと手が! ああ〜、思い出すだけで泣きますよ。んだけどー、俺と手の間に見えないナンかがありまして無事でした。駱駝さんのお蔭だと思われます」
「有り難うございます」
「全くです、有り難うございます」
二人して毛布を掲げて礼をした。
「晴れ間に洗濯しよう」
「そーしよう! 風呂場でいーよな」
「ん、下手に誰かにさせたくない。まだ眠くない?」
「や、へーき」
「それならもう少し、何を見ましたかね」
「寝ていーですかあ?」
へらっと笑う根性が立派です。返す笑顔をお見せしましょう。体を傾け、逃げる体を逃がさない。目の前の体を誰が逃がすか。
両手を脇腹に回してがっちり捕獲。
「まままっ 待て!」
焦らなくても大丈夫。両手を遠慮なく、ぐにぐに動かしてお教えしましょう。
「ちょっ、まっ、まぁ! ぎにゃーーーーっ! や、 やめれえぇえ!」
ガシッ!
「お? やりますか?」
「こここ、この!」
「握力勝負。どーなるかな〜あ、あははは」
「ぎぎぎっ! ぎゃああああっ! うひぃっ! 負け負け負けまぁけえええっ!! やめるーっ! 笑い死にするーーーー!」
ほんと楽しくて愉快。
このまま押し倒して笑わせ続けて泣かせてみようか? …呼吸困難でばったりイって会話ができなくなる自滅戦法選んでどーするんだ、俺は。
「はい、終了」
「ぜぇ ぜぇ ぜぇええっ… はひゅっ し ぬ、ふっ き んが ほーかい する か、ら へ、へにゃぁあああ 」
うーん、やり過ぎたか。これ以上は駄目だな。よし、元気になる様に水を上げよう。
「はい、追加の水分補給」
ごっごっごっご…
「くはあーーーーっ」
「はい、無事で何より」
「…あなたがしたんですよ?」
「お答えがございませんでしたから」
「「 …………… 」」
アズサのそーゆー顔も好きだな、俺。
「手があったんだわ」
渋々でもなく話し始めたのにホッとする。一応、成功したんで嬉しい。
「ひび割れて崩れていく中に小さな手があった。駱駝さんが駆け回って手がなくなって、全部なくなったと思い込んだ。よーく考えたら駱駝さんの出現と同時に数が減ってた。それにカエッタんかな?なんて思ってた。潜って見えなくなっただけで、ちゃーんと居たんですね」
「それ見て立ち止まった」
「………ほんと小さな手でさぁ。俺に向かって広げて助けてみたいな。それが落ちてく。 手だけじゃなくて体があったら絶対小さい。他にそんな小さいのは見なかった」
「ふーん、小さい手。 …あの兄妹の事でも考えた?」
「…ん、そうかも」
沈んで沈んで沈んでいく顔に、ほんと優しい質だと思う。見えたモノを見たままに疑わない。 …疑り深い奴もいまいちだけどさ。 好きになれん と言うより好きにならないよ。
魔力での見極めができないから、力がない上に知識もないから、感覚すら掴めないから。 まぁ、それ以外もあるかもしれないし、ないかもしれないと。異なるからわからないと。 感情で突っ走られると怖いから、がっちり捕獲しとかないと。 …しまった、言葉を間違えた。はい、言い間違いです。
「手を見て立ち止まって、助けようとしてできなくて落ち込み?」
「見て止まって そのままにして 落ち込み」
「そこへ駆けつける事は可能でしたか?」
「…後を追ってたけど並行に進んでた、つもり。でも、気付いたら高さあった。 飛んで上がったんなら、飛び降りたらいけたんじゃないかと」
「……実行しなくて落ち込み?」
「見てただけでした。呑まれていくの見てて… 見捨てた、みたいな」
瞬きもせずに下を見つめる。毛布を見つめてる。見てるけど、見てないな。表情が止まって固まって、思い込みっつーか自己嫌悪の混ざった感覚で気持ちが螺旋降下している真っ只中ですか? まぁねー、煩悶しない成長なんて嘘っぱち でなくても、成長度合いは低いだろうな。それで高けりゃ笑うな、思い込みで水増ししてねーかっての。
それでも、ねえ?
傍で見ててわからない程にヒトは鈍くありませんよ、普通は。
手を差し伸べるか伸べないか、どーゆー形で伸ばすかでヒトは変わるんでしょう。その手を取るか取らないかも〜 ヒトの自由でしょうけどね? 自由ってのは便利な言葉。ヒトから気遣いを選ぶのも自由ならば、気遣いのごり押しをするのも自由なはずで。
「見捨てた事を後悔?」
「降りようとしなかった、する気なかった。巻き込まれて死ぬ思った、それは嫌だと 動かなかった」
「正しい判断です、君が死んだら俺は泣く」
上げた顔、開く目。変わる表情。
でもまた下がる、ゆっくり下がって沈黙する。うーん。
「あのさ、後からわかる正しさなんて、正しさの基準点をどこに置くかで幾らでも変われるから。基準を自分に据えずにどーするの? そりゃあね、感情の鬩ぎ合いはあると思うよ。その果てに至れる場所に行き着くモノは行き着きます、行かない時はどうとでもですよ。
実際、どうなってるかも不明な事で悩み続けるのは不毛です。 不毛地帯です。 …悩み続けて後悔し続けても手段がないから最後は願って祈るしか術がないんです。それがものすごく嫌でしたが、手段がなくてどうにもなりませんでした。自分の心を、思い入れを人のソレと比較するなんてぇ事は するだけ虚しい限りですよ。
君の悩む想いは優しくて、大変素敵です。そのままでいて欲しいと思いますがあ〜〜 今回、相手側の意志とゆーものを蔑ろにしてると言いますか、考慮してませんよね? えー、尻馬に乗る奴は相手の事なんか気にしないんですけど」
「…他人はどーでもいいって! 俺は、俺の! 俺の! …ぅ 小さかったんだ。 ご、ごど もの 手 だった んだ! 小さな、 判断だってつかない年なら そんな年なら 上が引っ張ってやるのが筋だろ!? そ こまで考えなくても、俺が 嫌だと 思ったのは俺の 気持ち で だけど、あの小さな手が焼き付いて!」
………怒られてしまった。
涙声にはなってないが〜〜 ああ、ほんと優しいね。 あのさぁ、慣れを覚えた奴はね。そこに重みなんて感じないよ、嗤って平気で捨ててくよ。それを強さだと履き違える程度にしか頭を回さないとゆーかねー、あはは。
俺としてはですねぇ、俺の気持ちの方を汲んで足して増やして欲しいです。だばだばと。
「あのー、重要な事をお伝えします。夢である以上、それが正しいと思う事そのものが夢物語です。何せ、夢ですから。夢の中では何でもできるとか思う事ないですか? 年配者になると絶好調な若い頃を思い浮かべるとかいーますが。 えーとですね、罠を仕掛けるなら食いつきそーうな餌を撒くもんでしょ?」
「…へ?」
「あの、わかってるよーでわかってなさそーなんで言いますが、普通に見た夢じゃないからね。それ完全に干渉入ってるから。兄さんの結界は遮断の為のモノじゃない、だからと言ってこの手の力に対応ができないモノでもない。今も途切れずに張られてるし、隣で俺も寝てたし。力を使い込んでイってる時ならまだしも、兄さんという過剰な迄の供給源がある今の俺にわからないなんて不思議で。干渉過程がどーしても判然としなくて」
「…はぃ?」
「ロイズの事とかメイドとか、心に負担が伸し掛ってる状態に付け込まれたとも考えてた。そこは今の話を聞いて『ああ』と思ってる。結果的に見ても、そこが突かれてる。はっきり言いますと、外部干渉からの結果にそーゆー夢に至った訳ですよ。 後、ごめん。この前は興奮してたから流したけど、ごどもじゃないから。こどもだから。
こ、ど、も。
わかる? 発音。 発音間違いか覚え間違いか、どっちかな? あはははは〜 」
「え? え、 ちが?」
「うん、まずは間違いの訂正からしようか。今やっとこう、先にやって正しておこう。 他はその後で。それじゃあ、音階は全部上げていくよ。真似してね」
「え?」
「はい、始める。切り替えて。 こ、こ、こ、こ、こ〜〜〜」
「え、え、あ。 こ、こ、こ、こ、こーー」
「次。 ご、ご、ご、ご、ご〜〜〜」
「ご、ご、ご、ご、ご〜〜」
「今度は上げて下げる、更に下げて上げる。 こ、ご、こ、ご、ご、こ、ご、こ、こ〜〜〜〜」
「うえ? ご、ちが。 こ、ご、こ、ご、 ご、こ、ご、こ、こ〜〜〜」
「はい、上げ下げ。もっと減り張りつけて。 こ、ご、こ、ご。 ご、こ、ご、こ」
「ん。 こ ご こ ご ご こ ご こ」
「適当に混ぜよう。 ごっこっこっご、ごっこっこ」
「こっここ、ごっここ、ごっこっこ」
「こっここ、ごっこご、ごっこここ〜〜」
「こっこご、ごっここ、ごっこけこ〜〜 こっここ、こっこけ、こっこけこけこけこっこけこーーっ! けこけこごけごけ こー こけこっこーーーーう!」
庭ではない部屋には鶏が二羽居ます。一羽がやめちゃいましたが羽根を振ってみせるんで、それをみた一羽がちょーしこいて夜中に朝を告げてみました。
告げた所で朝にはまだまだ遠いよーで時短はされません。そーゆー力はございませんのであけませんー。夜明けは定刻通りでしょう。
…初鳴きですし、こんなもんで良いですよねー。所詮、似非な鶏だし。大体、鶏の世界にも上下があって強いのから順に鳴くそーですし、上が鳴かない限り下は何時まで経っても鳴いてはいけないそーですからあ〜。ここっこっこっこ〜〜う。
ハージェスト、しっかり音楽の勉強してたよーです。勉強しようと思った理由がアレでしたが。うーん、俺が助かるんだからいーですけど〜〜 あー。
…もし、もしも言ってた試験ってのがなかったら。 俺はこいつの歌を慰めに聞いて過ごす日があったんだろうか? …いやいやいや、ペット思考をペイと。
鳴いて腹から吐き出して、自分を乗せて吐き出して。
スッとしてる。
「夢恋い、夢渡り、そんな風に呼ばれます。好きなあの人に会いたい、告白したいの類いから術式の構築が始まり完成されたらしいです」
「ああ、乙女心とゆー不変の力」
「ええ、曖昧な定義を確固たる物と成さしめた根性は、ある意味すげー怖いです」
「…ストーカー。優しい言葉が素っ飛びそうで嫌ですな」
「本当に。付き纏いはうざいです、好きになれません。只、現実に会いに行く事が可能でなかった故に、とも言われているので何とも言えず。そっちの世界にも似たものが?」
「ありますね。心はセンリを駆けるとか、想いが強くあれば叶うとか。おとぎ話や手品では可能でも現実にはちょっと〜。所謂、願望や箔付けじゃないかと思ってま …あれ? ねーちゃんはど、 う」
「ん? お姉さん?」
「……まさかねーちゃん、できる人?」
「え、できる?」
「……ええと。 此処に来る前、世界 で あるけど 違う よーな場所で。 姉に会って、どーやってって そりゃ、ねーちゃんが自力で きた はずでぇ?」
「お姉さんがきたの? 世界でない場所に自力で?」
「自分で じゃないと誰が? どーやって可能に… あの人達がするはずないし。 直ぐ話に入って 謝罪… うあ〜、もうわかんねーけど… そうなるんかな? あ〜 最後に会ったのがそうなのかと今思ってみたり」
…幸運とはこういうモノだろうか?
可能性を探れるこの機を逃すのは愚かしい。 が〜、話す事は禁忌でないと。なら、きっとこの先ぽろぽろ教えてくれるはず。はずはずはず〜〜。
「最後とはお別れ?」
「そう、ちゃんと話せた。良かった」
「そっか。どんな経過でも良かったと言えるなら、きっと良い。まだ良い」
「…そだな。ん、ありがとな」
「また聞かせてね、今は話を戻そうか」
「うんうん、あの手はどーゆーモノですか」
よっしゃあああっ! 言質もーらいっと。 ま、これを盾にはしませんが。こんなのをイチイチ盾にしてたら狙いが外れるわ!
「ん〜〜 欲の象徴かな」
「え? 術のナンとかゆーんじゃ?」
「曖昧な中で心象として映し出されたモノ。君自身が読み取った中に相手の感情がある。手が現れ、這い寄る、自分に向かって。その本質を悪しきと判じた君を間違いだと言い切る理屈は無い。心理を推察して当て嵌める事はできる、夢占とかもあるし。
でもまぁ、手に対する解釈ってのはそんなに多くないと思うよ?
君に向かって手を伸ばす。
助けて欲しい、あれで助かる、欲しいから伸ばす。
どれであっても君への負担、重ければ君が沈む。助かりたいなら君が沈む事を考慮しない、必死だから。見せ方を心得るなら庇護対象を選ぶのは有り、凝縮で小さくあるのも有り、幾つか揃えて反応を試すのも有り。 ……述べようと思えば他にもあるけどさ、正解は不明。
夢渡りは意図が反映されてなんぼ、一口に渡りと言っても意味合いは違う。渡りでなくとも繰り返す暗示のスリコミで騙せるし。今回の事は干渉と判断する、干渉は介入からなる誘導。正直、うざいで捨てて良いと思わない? だって、私欲丸出しで追い掛け回して君にタカッたんだろ? あー、ブチノメしてえ」
「ああ?」
反応が一つ遅れる君が可愛いです。
『囚われる』なんてえ言い方は変な愉悦も呼びますが、思考であれば集中して考えてるとも言いまして。純粋と評されもするそーですが、過度たるモノは視野が開けてないとしかいーません。
にしても、欲の手かぁ。
俺にも当て嵌まって笑えるな。
激痛の中、君の手だけが焼き付いた。今でも思い出せる、あの手を取れば楽になる。それだけが思考を占めて這ってさぁ、もう必死だったよ? 死ぬと思ったから。似たよーうな事を言われると嫌でも思い出すな。君にとっては俺も重しかな? 沈む気ないから重りになる気もないけどね。でも、他の重しになりそーなモンは要らね。俺の方でちょんちょん切ってもいーですよね〜?
「何を望んでいたのか、これでかなり変わる。君の元へ現れる理由がちょっと読めなくてさ。領内の粛清に関わる事は進んでる、それが原因で俺や兄さんの方へ来るのはわかる」
「…まさかのとばっちり!?」
「……あははは、可能性は低いから! 大体、君へ向かうのはおかしい。君の存在は公にしてない、程度で止めてる。存在を明確に知らない夢渡りは致命的。適当にイってみよーの成功率は皆無じゃないけどまともに考えるだけ無駄」
「あ、そーなんだ」
「はい、そーです。構築済みってのは感知対象なんですよ。寝てても羽音を聞いて起きるって事ない?」
「蚊は叩く」
「うんうん、普通に叩き殺すよね。殺し損ねてもいるのはわかっちゃうよねー、それと同じ。兄さんの力を擦り抜けてる事が異常でだ」
「なぁ、あのきったなーい珠はどーなってる?」
「あれ? あれの解放はないよ。兄さんの封じに漏れはない、もし強制解放措置がとれるならイくだろーけど〜 封じが強いから周囲にブチ撒けもできないよ」
「わぁお」
「兄さんが嗤い出すよ」
見返す表情に含まれるモノがないから心当たりはなさそうだ、あってもおかしいが。宝石屋のジジイの逆恨みにしてもなー、あれは状態的に無理だしよ。
「可能性としては渡りの夢隠し」
「ナニそれ?」
「何時の間にか内容が変化」
「あ!」
「兄さんの力を絶対として信頼してる。そして自分の感覚に自信がある、でも直ぐに気付けなかった。その上でわからない、重なった結果の不明かも読み切れない。どう考えても今の俺には経路がわからない… 至らない俺でごめん」
「…何を謝る? 俺なんかさっぱりだぞ。今の説明で知識が増えた。見捨てたと思ってて、まだちょっと捨てきれない。そこに罠とか言われると… 疑えと思う自分が空回りしてるだけだろーかと思うと、こーーーー」
「ん? …待つ待つ。無理して疑えとか思ってたら性格歪むよ? 疑問視する点を確定しないままに疑ってると目付き顔付き悪くなるよ! ダメだって!」
「え? …にゃーーー! いだーーー!」
「ごめん、つい」
「ついでしますか、この人は! …まったくもう」
「少しでも早くマッサージをと思いまして」
しれっと返して笑っといた。
「夢渡りは構築の完成度だけじゃないんだよ、向かう相手がいるんだから。そういう点では召喚も同じ、根本の大きな違いはあるけどね。それで ぁ?」
「 …? どした?」
「…静かに」
「ぇ?」
低い声で制し、灯りの届かない暗い壁際を凝視する。サッと腕を伸ばして指し示し、俺は叫んだ。
「……あ、あああああっっ! あそこにぃい!!」
「ふえっ! うわ、ぎゃああああああっっ!!」
叫んだ瞬間、アズサが跳ねた。
跳ねて左右に首を振る、体も右に左に揺れ続け手が踊る。しかし、目が上がらないんで肩を掴んだ。
「ひぎゃあああああっ!」
あっちと向かせようとしたら突き飛ばされた。が、想定内で問題ない。
ベッドの真ん中で頭から毛布を被って震えてる。
思った通りの反応が楽しい。
ごめん、ほんとに楽しい。今でないとできないと思うとつい! それにしても、この怖がりよう。正しい判断が本当にできそーにないな… そっちの方が怖いな、俺は。
「ごめん、今の嘘」
震えが止まった。
「自然な反応を確認せねばと試してみました」
「………なんですと?」
覗く目が素敵だよ。
「あ〜、もうそのまま寝ようか?」
「ベッドから蹴落としていーですか?」
「目の前の毛布の塊を抱いていーなら床でも寝ます」
毛布の塊に手を掛けて、よ〜いせっと。
「ちくしょうううっ! いーから!!」
「有り難く、ではそーれっと」
「だから、ベッドで寝ていーと言ってんだろがあ!」
あっは、ちょっとフザケ過ぎたかな? でも確認は大事なんですよ。はいはい、もうちょっとそっち移動して。 変なため息吐かない。
「朝一番を告げたのに、また寝るとか」
「ん?」
「こけごけこっこ〜って」
「…ああ、そうだねー。 朝告げ鶏に倣おうか」
「へ?」
速やかに息を整え半身を起こす。
兄さんにも伝わるし、ちょうど良い。力を示して伝えよう、意を乗せて高らかに告げておこう。
「 くるるっ くるうぅう こぅこぅこ〜ぉおおっ こぉおおおおおおっっ!!」
あ〜 腹の底から吐き上げれば、少しは清々するな。
本日のもう一つの副題。『深き夜に対を歌いて、暁を見ん』