13 報復の行方 姉
「それは、一体どういうことでしょう?」
私ことラングリア家、長姉リリアラーゼ・ラングリアは不機嫌になりました。
本日は弟のハージェストの帰りを双子の妹のネイルゼーラと共に、いまかいまかと待っておりました。
弟のハージェストは兄弟の中でも一番魔力量が少なく、一族中でもおそらく一番少ないその事実に悩んでいることは皆が知っています。
そこまで思い悩むことはないと言っても、こればかりは納得しにくいものでしょう。もしも、双子の妹に魔力があり、私には全くなかった場合絶対悩みます。
その場に居合わせなかったとはいえ、末弟のリオネルときたらハージェストと喧嘩した際に物のはずみの勢いで「魔力が少ないくせに」などと言葉を投げつけ引っ込みがつかなくなって、そのまま冷戦状態に突入してしまったのですわ。
召喚獣との契約によりハージェストの魔力量が増えれば、それはそれでとても嬉しいことです。でもそれよりも、召喚が成功したことで気持ちの区切りができることの方が嬉しいですわ。苦悩しつづける弟の姿を見るのは姉として忍びないのです。
私が知る魔力の増幅方法はいくつかありますが、薬品を服用することによっての増幅方法はあまり望ましくありません。本当に一時的なものならまだしも、恒常的となると体に異常を来す恐れがあります。あとあとの薬害を考えると本当に冗談ではありませんわ。体を元に戻すためには時間も治療費もかかるのです。それに、術で治すとしても完全に治るとの保証は誰にもありません。回復治療の頻度が非常に高く、有用性に優れて利便性に富むいうことなだけです。
このことはとても素晴らしく画期的なことですが極端な話、総ての治療が有効なら誰も死なないのですわ。術を行使するのも人なのです。人でしかないのです。
その間、一番痛い思いをし続けているのは本人なのです。見ている方も辛いですが…
所持品による増幅もありますが、安いものはその程度で壊れます。高価なものは確かに良いのですが、物品ですから使用を続けていれば最終的にはやっぱり壊れますわ。壊れにくく良いものとなれば滅多に見ず、そして恐ろしく良い値段ですわね。ですが、それが戦闘中にでも壊れた場合恐ろしすぎです。それに使用頻度によって耐久性等も変わってしまいますもの。
所持品においても最終的には本人の力を強制的に活性化させることを基本にしていて、それを反響という形で上げている物が大体のはずです。身体的負担は変わらないかもしれないけれど、薬品よりはまだまし?というくらいかしら…
私も全てに精通しているわけではありませんが、そう考えると残るは金銭問題。どちらにしろ、続けていればお金が幾らあっても足りなくなってしまう。体は大事、お金も必要。
我が家は現在残念ながらそのような品は所持していません。本当に良い品があれば誂えてあげても… と思わない事はないのですが、貰うことを前提にするようになってもいけませんでしょう? そもそも、物品の力がある事を前提にしているようでは一人前というにはちょっと… 考えますわね。
最も物を当てにし続けるような弟ではないのですが、なんといっても根本的解決とは言えませんわね…
他人からの力の増幅というのも一応ない事はないのですが… なんといいますか… 一時的とは言え、全くの赤の他人の魔力が自分の体の中に直に混じり込むのですよ? 混じり込んで増幅するのですよ? 気持ち悪くありません? 家族ならまだしも、魔力質は人に依って当然違うのです。受けた者が質が合わずに気持ち悪くなったとも聞いたことがあります。
力の増幅を目的としたものと回復治療とは受けるにしても性質が違いすぎます。似て非なるものです。そういった話が全てではありませんが、また、慣れるとも聞き及びますが私は試そうと考えた事などありませんわ。
本当に非常事態なら躊躇することなく行うと思いますが、通常であるのなら遠慮します。物品は加工に人の手が入っていますが、基礎となる魔力体は人の魔力ではありません。媒介を通すという点でも、人か物品かの二択なら私は物品を選びます。
魔力の増幅については本当に一時的なものしか私には考えられません。総量全体の底上げは個人能力と努力しか私にはわからないです。私はどうにもしてあげられません。
実際、ハージェストは大変努力していますが… 一体どうしてなのか、全体量が増えなくてだめなようですし…
召喚獣による魔力の増幅がどのようなモノになるのか実体験したこともないので判断がつきませんが、契約して繋がりのある生きている相手からの力の補助と考えると確かに良いとも思えます。
今回で最後にすると話して行きましたから、気持ちを固めたのでしょう。できれば成功して帰って来て欲しい、そう妹のネイと話して予定の用事を済ませながら待っていたのです。
成功したら御馳走で迎えてあげたいと思うものの、失敗した場合とこれまでの首尾を踏まえて考えるとどうしたものかと…
今回が最後の召喚になるはずなのです。
成功を祈っておりますが不首尾であった場合、用意した御馳走は… その日の内にお疲れ様にするには… ねぇ、 と二人して苦悩してましたの。最終、お祝いは後からでも良いでしょうと。その時こそ盛大に成功祝いに御馳走を並べましょうと決めたのです。
普段よりも遅い帰宅に、学舎の馬車での送り。
時間を逆算して考えても、これはもう成功だと御馳走にしたら良かったわ!と、二人で言いながら喜んで迎えに出ました。
それが、 それがなんですの?
弟の総てを放棄したような陰鬱なあの顔は。
挙げ句の果てに成功した召喚獣を検査中に消失によって失ったですって? はぁ? なに言ってるの? ですわ!
本来ならお兄様の役どころですが、まだ帰宅してない以上私が聞かねば。
…要領を得ぬ、失ったということしか言わない相手に苛つきますわ。
学舎に行って確認します。
ネイにそのことを伝えれば、ネイも眉を顰めます。ネイからは、あの子犬は召喚獣より貰ったということと、子犬を取り上げられそうになったという主旨の話を聞きました。
「「これは、どういうことなのかしら?」」
二人で顔を見合わせ同じ声と言葉が重なれば、ますますもって事態に対する互いの眉間が狭まります。
ネイにハージェストの様子とお兄様への連絡を任せて、手早く身支度を整えて学舎の馬車に乗ります。
こんな時に悠長にできません。その代わり軽く見られないためにも、品良く高価な小さめの宝石を一つ身に飾ることで良しとします。学舎に行くのですからごてごてとは飾りません。スマート感で参ります。
帰りも当然送らせます。
馬車に乗り込み、付き添いで来た者に再度話を聞きましたが、単なる付き添いのようで詳しい情報を持っていません。誹りたい気分になります。ですが、馬車に揺られている内に怒りと苛立ちだけの頭も冷えてきました。
さて、この一件どのような顔と態度で聞き出しましょうか? 我がラングリア家を侮辱するようでしたら、泣かせてみせましてよ。
学舎に入り、応接室に通されます。ここにいる者たちが主要な人間ですのね。
学長に挨拶を返し、まず先に彼らを紹介してもらいました。
検査官のミリシア・ミルド。その召喚獣のイーリア。監督役のキース・ヘイゼル。
ふぅん、この三人が要になるようね。
書記はこの学舎に勤める医者で召喚においては専門外。いざという時の人のための医者。召喚獣の治療もするけれど、あくまで人が優先。故に控えであり書記を兼任すると。
補佐は… なるほど、この方は実習生なのですね。いろんな意味での卵ですね。完全にただの使いっ走りですわね。でも、使いっ走りも間違いなく補佐といいますものね。言葉は使いようですわぁ〜
この二人に召喚時においての発言権は大きくないわね。医者は安全面から口を挟んだとしても、あくまで行いを補う立場で専門外の位置ですものね。
この二人を使うとすれば、彼らの話に誇張や齟齬がないかの確認くらいかしら?
ミルドは検査機関の人間でヘイゼルは軍部の人間と。
…そう。黒翼所属なら警邏部隊というか実践部隊で違いないか。それなら確かに問題が発生した場合、力での押さえ込みは慣れたものね。魔力保持者なわけだし。監督役はいざという時には魔力だけでなく、腕力での勝負も必要になるのなら確かに適任といえるわ。女性の監督役はあまり居られないとのことだけど、確かに腕力勝負で弟を押えるのは私には無理ですもの。
でも、部隊の者が監督役に来るなんて珍しいですわね。おかしな事ではないですが… 気の回し過ぎかしら? 後で学長に聞いてみましょうか。特になんて事はない気もします。
とりあえず、この二人には始末が付くまで王都から出るなと言わないと。明日にでも移動なんて言ったら許さないわ。
「わかりました。初めまして、皆様。 私はハージェスト・ラングリアの姉で、リリアラーゼ・ラングリアと申します。本来ならばこの場にはラングリア家当主である父か次期当主である兄が来るべきところですが、父は王都を不在にしております。また、兄は所用から帰宅しておりませんでしたので、取り急ぎ私が代理として参った所存です。故に後日改めて、早ければ明日にでも正式に兄が参りますので、その時もお話下さいますようお願い致します。では、我が弟が召喚獣を得、その上で適性検査にて失ったとの由ご説明願います」
淑やかに声を少し細く柔らかく、こんな事は不得手でよくわかりませんという体を装ってしゃべってみたの。
目は口ほどにものをいうから、隠しきれないと思う時は伏し目がちにして手を顔にあてるとか、指を動かしてそちらに意識が流れるよう心がけてもおいたけど。でも、これどこまで有用なのか今一つわからないわね。
威圧するのも牙を突き立てるのも最後でいい。今回、私は情報を引き出して精査し、お兄様にお伝えすることを旨としましょう。
話を聞いて、聞いて、聞いて。所々で合いの手を打ったり、疑問を返して話を聞く。
なに、この話。私だんだん腹立たしくなってきたんだけど。
仕組みの話によれば、召喚獣の検査は一体ずつ行われるそうです。合同で行って喧嘩が勃発した場合、連鎖反応が起きて収集が非常に困難になるからだそうですわ。
また大人数で囲んで検査を執り行えば、召喚獣に威嚇していると判断される事があるようです。よって必要最低限の人数で執り行うのが常とのこと。契約者が隣にいるから基本的には問題の発生はないらしいのですが、それなら弟の件は何になるのでしょうか?
最初のヘイゼル監督役が説明した召喚時の話。
召喚部屋の光量を落として陣の魔力を光源とする。その力が薄れた結果の視界不良はわかってよ。始めから監督役の魔力が召喚部屋に混ざっていれば召喚獣の判断を鈍らせるから、召喚獣が来たと判断できた後に少量の魔力をもって、召喚獣の生命と魔力の探査に力を入れて内部把握に努めたのも理解してよ。生命反応がでたのに魔力反応がなかったこともわかったわ。そして、ハージェストの召喚獣の最初の本来の姿はみていないと、はっきりみたのは人形をとった裸体であったと。
そこまでは良しとしましょう。ええ。
そこから、ミルド検査官の話。
ヘイゼル監督役からその話を聞いて、召喚に応じるのだから魔力保ちのはず。しかし、誰がみても魔力は見受けられなかった。それも力を使って枯渇して見受けられないのではなく、そもそもの魔力自体が無かったと。そのような事態は例になく、故に擬態に特化していると判断して珍種かもしれぬと能力と本来の姿の確認に力を入れた結果、弟の召喚獣は不幸な事故により消失してしまった。その際の戦闘検査で死に瀕していた魔獣を子犬へと変貌させたらしい。
あくまで、らしい。
何故ならその間全員が確認していたが、誰もその召喚獣が何かをしていたと確証が取れなかった。要因は召喚獣と思われるが判別できなかった結果、召喚獣が本当に子犬に変貌させたと断定できない。弟が連れ帰った子犬は唯一の実例体で、正当性も明確ではない。これからの見識や様々な安全性に危険性を考慮すべきであり、憂慮しなければならない状況であるが故に、是非とも検査機関に譲渡をお願いすると言ってきたわ。
ここでなんだかと〜っても機嫌が悪くなってよ、私。 検査官であることを妙に強調して言うけど、この人仕事してないじゃない? むかつくわ。
ここから、書記の医者と補佐を一人ずつ別室を借りて話を聞きました。
医者と補佐の話の内容は、ほぼ変わらなかったわね。
先に聞いた話と違っていたのは、ミルドの態度とその対応。
特に召喚獣が消失する時に結界の解除において即時対応せず、確認といっても消えるに任せていたように思えたと。子犬が弟の元に走りよってから態度に変化があったような。でも、言は筋が通っていてある面は変わらないと。それと監督役との戦闘検査を行うか否かの口論の内容ですね。
この二人からはこれ以上ないと判断しました。
学長とも話して他に思い出すことがあれば話すこと、今回のことを沈黙するように要望して言質を取り二人の事を学舎が把握していることを確認し、なおかつ話した場合の将来性をうっすら匂わせて先に帰すことにしました。
明日の午後に予定する話し合いに出てくる必要性を、しっかり言い含めてお願いしましたから大丈夫でしょう。医者は明日も勤務との事で、補佐の方はいいお返事をくれました。
もしも、出てこない場合は学長も道連れね。伊達や酔狂で寄付なんてしてないわ。してなくても突き飛ばしますけどね。
でも、収穫。書記としてあの医者の方は、きちんと仕事をしてらした。
彼は簡潔に書き留めていた。特に監督役との検査における決定の流れは、ある程度把握できたわ。補佐に聞いた内容と大筋で変わらない。口裏を合わせてなければ問題ない。彼らが口裏を合わす理由もないと思うけれど…
なんにせよ、これはミルドの心理が鍵になりそうで嫌だわぁ。もう。
最も、全員の身元調査はしますけど。時間が時間だし、使えるものはなんでも使うべきね。こんな時に出し惜しみなんてしませんわよ。そうそう、学舎が握っている彼らの情報も洗いざらい出させなくては。
応接室に戻り、もう一度とお話しました。
監督役のヘイゼルは静かなままで、聞かれぬ限り口を開かないとしたのか動きません。
検査官のミルドは同じ内容を繰り返すだけ。そして、検査機関の仕事があるので明日までは良しとしても、それ以上は都合が付き兼ねると言ってきました。また、明日の場には子犬を連れてくる様にとも言われました。
…そうですわね。仕事を持って行動しているのですから、予定もありますわね。でも、それを言える立場にあると思っているところが不快ですわよ。私は早ければ明日といいましたが予定としても明日ですが、あなた達の前で決定と言ってはいませんよ? あなたの都合に合わせてあげないと、いけないということでしょうか? それとも、予定を言ってみただけでしょうか? 必要事項を先に伝える事は良い事ですが、だからと言って、それを容認するかどうかは別のお話です。
こういう時に怒りに任せて怒鳴りあうのもすっきりして良いのですが、…非常にしたい気分になっているところが、私もまだまだだと思います。
「ミルド検査官のご予定はわかりました。明日中にお話がすめば問題ありませんが、終わらなかった場合そのままにされては困ります。また、どちらかへお出向きになられて、お帰りになられる日が定かでないようになられますと、時間だけがすぎて問題は解決致しません。また、日を置けばそれだけ記憶も曖昧になりがちです。ですから、こちらの問題が解決するまでは、ご予定を白紙にしてくださいませ」
目を伏せてしおらしく遠慮がちにいってみましたが、追撃も入れておきます。
「ご予定のお仕事が、他の方ではできないかご確認をお願いします。どうしても無理なようでしたら、明日仰ってください。当家の方から、そちらの機関の方にお話させていただきますので、よろしくお願いします」
逃がしません。そして、あなたも自分で動きなさいませ。
「ヘイゼル監督役のご予定はいかがなのでしょう?」
「予定はありますが、まだ数日の余裕があります。明日の予定はございません。また、上層部に話を通してもよろしければ今少し時間を取ることが可能と思われます」
そうきましたか。では、明日に回しましょう。余裕があるということは、王都に常駐していないに聞こえるわ。
「わかりました。上層部の方にご連絡を取るのは明日のお話の後で決めることとしてください。明日は午後…そうですね。十四時からを予定しますが、なにかあれば学長の方に連絡をさせてもらいます。それで、よろしいですわね?」
こんな時に、よろしいですか? なんて聞きませんわよ。
最後までイーリアだけは沈黙していましたが、表情と動作はしてくれますから明日はもう少し聞くように動いてみるべきでしょうか? 学長の返事をもらって今日はここまでとします。
忘れるところでしたが帰り際に検査をした場所を聞けば、すでに学長立会いの元、ヘイゼル監督役の手で立ち入り禁止として扉に封をしたとの事。
確認に立ち寄り、次いで私も封をしておきました。軽いものですが魔力の痕跡を残すものだから抑止にはなりますからね。
さぁ、帰ったらする事が山積みです。お兄様へのお話にハージェストの様子も気がかりです。
学舎の馬車で夜道を帰宅しながら、頭の中で順序立てます。
家に帰宅すれば居間で末弟のリオネルが目を腫らし、鼻水をすすり上げながら泣いておりました。
…私、いっぱいですワ。
ネイ〜 どこですの〜? 一体なにがありましてぇ?
ねーちゃんず、大忙し。
連鎖反応で始まった召喚獣達のケンカは、制止側からすれば地獄絵図。
召喚時のヘイゼルの確認方法ですが、たぶん、きっと大筋でサーモグラフィー見てるような感じではなかろうかと。視覚か脳裏かは存じません。