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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
12/239

12 そこにいたはずの

 

 学舎が所有する馬車で家に帰る。


 膝に乗せた子犬は大人しくしているが、何にでも興味津々で頭だけを動かしてずっと周囲を見回している。


 子犬を抱き上げて指定棟を出たはいいが荷物は忘れていた。後から追いかけてきた補佐の手に自分の鞄があるのを見て、忘れていた事に気が付いた。その事が響いているのか門前で良いと断ったが、玄関先まで教師に付き添われた。

 


 家に入れば双子の姉達が嬉しそうに出てきた。


 「おかえりなさい、ハージェスト。召喚に成功したのでしょう?」


 二人揃って声を弾ませ言ってくる。

 長姉は付き添った教師に対応し、次姉はこの子犬がそうなのかと満面の笑みで聞いてくる。


 「違う」


 短く答えて長兄の居場所を尋ねると、まだ帰宅していなかった。 …上手く話しができるか分からないが、召喚を許してくれた長兄にまず報告しなければ。



 居間で長兄の帰りを待っていれば、次姉が顔色があまり良くないと気にする。


 「先に汗を流して着替えてきなさい」


 言われてそうした。子犬も連れていって湯で絞ったタオルで拭き上げてやる。なにをやっても楽しそうだ。ついでに風呂場で小用までした。今度から庭でさせるか。


 風呂から上がれば、流し掛けた湯の熱が体に回って落ち着いた気もする。 

 次姉が夕食を問うてきたから要らないと答えたが、軽いものでも摘めと言って既に並べられた食卓の皿の前に座れと指示してくる。


 「子犬の食事はどうするの?」


 もう一度問われて、そうだったと気付く。頭が回っていない。


 てきぱきと決めた次姉により、与えられた食事を前に子犬がこちらをみてくる。尻尾を振りつつ、じっとみてくる。俺の手で差し出し直せば食べ始めた。がっついて食べている。


 そうだ、いろいろ考えないと。


 そう考えた時、次姉に「もっとちゃんと食べなさい」と俺が言われた。



 気付けば子犬は足元で丸くなっていた。

 次姉がひざ掛け用の薄い毛布を一枚折り返して敷いた籠を用意してくれて、その中に子犬を入れれば丁度いい大きさだった。



 長兄はまだ帰ってこない。

 今日はもう上がって休みなさいと勧められて、その言葉に甘えることにした。






 黒い子犬が眠る籠を手に部屋へと上がる。


 部屋に入り寝台から少し離れた場所に静かに置く。

 籠を覗き込むと、小さなピスピスといった子犬の鼻息が聞こえた。


 寝台に腰をかけ、ほんの少し前、半日にも満たない時間をさかのぼり思い返す。




 最初に彼を見た時は驚いた。人形ひとがたであることに驚いた。

 俺が人形ひとがたとしてすぐに思い起こせるのは、いわゆる妖精種フェアリータイプと分類される小さな者だ。

 人形ひとがたへの変様が可能なものも当然いるが、召喚時は本来の姿と聞く。

 始めから人形ひとがたであるということに驚き、もしやなにか失敗してしまったのではないかと己を疑い、同時に彼から全く魔力が感じられないことに目を疑った。


 何度確認しても魔力は感じられなかった。




 眠る子犬から目を離し灯りもつけぬ暗い中、とばりを引かぬ窓から見える夜空にただ目を移す。



 あの時、彼は一言「守る?」と問いかけてきた。

 問いかけがあったことにより失敗の疑いは晴れたが、それ以降なにもいわなかったことを考えると守るか否かが絶対条件なんだろう。

 召喚の唱句には通常の範囲として守ることも入っている。相手に願い、その力でもって助けて貰う事を前提にしているから当然といえば当然だ。


 召喚では相手に自分と同等かそれ以上を求める。望む力が知恵や知識の場合もあるだろうが、わざわざ自分より弱いものや幼いもの求める奇特な者は居ない。まず聞かない。死に至り易い命や特性を知らない命を育むのは片手間にはできないからだ。最もそういったモノが来ること自体あまりないと教わった。


 契約においては誓約以外に召喚獣側が望む内容が提示され、お互いがその内容でよいか確認して約される。

 唱句において誓っているのに、それでも守るか?と問いかける。そのことは、はっきり自分は弱いと言っているのと同じだ。幼い子供だとは思わなかったが俺よりも小さな体。筋肉の付き方を見れば、常から戦闘をしていたとは思えない。特性などわからないから実際のところ定かではない。しかし、守ることを絶対条件にしている以上、まず戦闘は不得手とみるべきだ。


 あの時、最後の詠唱で改めて付け足した『守るから』。

 この一句がなければ、彼は来ることなどなかったのでは?と思い至る。

 呻いた。

 己で約し付け足したとはいえ、このような結果がくるのかと。

 最後と決めた召喚。今まで全く成功の兆しもなかった召喚。最後の最後に喚び出すことに成功した相手。全く魔力を持たない相手。助けて欲しいと願って、やってきてくれた相手に魔力がない。


 このことを、どう受けとれと…?



 召喚においては大概の者が言う。

 喚んだ相手に相応しい者がやってくると。似つかわしい者がやってくると。




 つまり、

  いま、 ここに、

   俺の、 召喚に、 応じて、 来てくれた、

 この、 魔力が、 全く、 感じ、 られない、 彼こそが、


       俺に、 似つかわしい、 者で、 ある。 と?



  そういう、 ことか?





 お前がどれだけ努力を重ねたところで何一つ変えられないのだと、なにかに宣告された気がした。



 はらわたが煮えくり返ると思えるほどに腹の底から怒りが込み上げた。

 今、この場にいる彼が全ての元凶のように感じた。


 憎しみにも似た怒りの感情のまま、彼をめ付けた。



 直後、頭を殴られた思いがした。

 彼は変わらずそこに立っていた。ただ、目と気配が怯えていた。 俺を見て、怯えていた。

 頭から冷水をけられた気がした。


 …相手は応じただけだ。契約せず、召喚を破棄するとしても取っていい態度じゃない。

 望みと違っていたから、癇癪かんしゃくをおこして相手を怯えさせる? どこの子供ガキのすることだ?


 俺はいったい何をやっている?



 気付かれないように小さく息を吐き、思考する。

 望みは召喚獣と契約して己の魔力量を増やすこと。魔力が全く感じられない彼と契約しても魔力の増加が見込めるとは思えないが、自分本位の考えだけで切り捨てるのは早計かもしれない。

 だが、相手は怯えてしまった。喚んだ俺に対してひどく怯えてしまった。致命的なまでに失敗だ。破棄するまでもなく、断られる確立が高い。いや、それよりもこのまま黙って帰還される方が高い。その証拠に先ほどよりかなり気配が薄い!

 まず話をして相手に確認すべきだと気負った所で、無意識にも一歩相手に踏み込んだ。 

 怯えて一歩下がられた…


 これ以上、怯えさせることなく聞きだせるか? 感情一つで起こした愚かしい失敗に自身をなじり倒したい。




 彼の指に契約のリングがあった。 間違いなく俺の召喚に応えて来たのだとわかる証。


 今まで繰り返した召喚。喚んだ者に似つかわしい相手。何度作ろうとしても、もう一つは作れなかった証。



 みたままが正解で望みだけを通すのなら、選ぶのは破棄だ。己が望みを果たせる可能性がない契約を結んでどうする? あとあとまで面倒なだけだ。


 そう思うが、ほんとうに破棄していいのか? という俺かいる。

 己が作った証を手にしている者が、やっと来たのにほんとうに後悔しないのか? と問い質す。

 あまつさえ怯えられて、破棄を口にできるほどお前は大層な人間か? と呟く。



 短時間で考えられないほどに考えた。


 召喚獣との契約を成功させることは対外的にも意味はある。

 成功させたという実績。成功によって認められる人格。成功する者はするのだから声高にいうようなことでもない。それでも、そういったことは積み重ねであるだろう。

 一族の中でも魔力量は少ないが召喚を成功させた。 …ああ、喚んだ相手に魔力はない。



 うほどに考えた。 その間にも気配はずっと薄れていく。


 最後にもう考えることを放棄した。

 いいじゃないかと。応じて来てくれたことに、嬉しさを感じたのは間違いないんだ。大体、最後と決めたこの召喚だとて、ほぼ無理だと思っていたんだ。十分じゃないかと。

 叶うかどうか、もはや望みは薄いが詠唱に願いは織り込んでいたんだ。叶わなくても、いてくれるならそれでいいじゃないか。

 …いつか、この選択を悔やむ日が来るかもしれない。でも、召喚で来るのは相応しいんだろ? 悔やまないように努力すればいいだろ。

 じゃあ、もう、きっと、なんとか、なるだろ?


 そう結論づけて願った。



 いざよう様子を表したままの返答に言葉はなかったが否定されず承諾を得たのだと、今まで行った事の総てが無駄ではなくなったのだと、心の底から安堵した。










 それを それを それを  俺は  どうした


 約した相手を  守ると誓約した相手を


 目の前で致命傷を負わせて


 死に 至らしめたのではないのか? 



 そうとしか判断できない


 召喚時と同じ光に包まれたきった時、すでに意識はなかった。なにかが作用して、あれが召喚破棄と同じ性質で動いたなら帰還したとみてもいい。


 だが、それを誰が確約する? 

 一体、誰が確認する? 

 どのようなすべを使って調べ上げようか? 


 調べることなどできようはずもないものを!!




 夜空を見上げる目を見開いたまま、爪をたてて寝台の敷布を握り締める。

 血の気が失せて青白さが浮かぶほどに強く握り締める。



 どこかで小さな音が鳴った。


 ガチ、ガチ。

 カ、タタタタッ… タカカ、タタッ… チッ… カタッ… タタタタッ…



 鳴り続ける音が小刻みに震える自分の口から漏れているのに気がついた。歯の根が合わず震えて響く音だと理解する。


 理解と同時にギリギリと奥歯を噛み合わせ、力任せに噛み締めた。

 噛み締める歯が次第にゆるみ、のどの奥から声が滑り出そうになる。


 歯を剥き出し、唸るように噛み締めて胸の内からうごめり上ろうとする、なにかをも無理やり押し込める。


 見上げる夜空がぼやけて見えた。

 意思に反して勝手に流れかける涙に苛立ちがつのる。睨みつけるように夜空を見続けた。




 いつしか瞼は下がり、顔は俯き、喉から嗚咽が漏れた。


 哀しむ筋が違うと戒める。

 己の為に泣くのは許しがたいと、もうここにいない彼の為でなければならないと。


 意思で涙は止まらず、嗚咽は止まず。


 上掛けをひったくって、顔に押し当てる。俯いた顔から零れる涙とともにいつしか鼻水もたれた。泣声だけは上げるまいと唇を噛み締めれば、喉の奥まで迫り上った熱が邪魔をする。

 吐き出せるはずもない熱を吐き出そうと、口を開けてそのまま上掛けにおめき上げた。上げて、上げて、上げつづけ、天を仰いで息をすれば鼻水が喉を伝って下っていった。

 鼻水と涙で汚れきった顔でいれば次第に片方の鼻が詰まり息苦しい。上掛けで鼻をむが詰まったままで変わらない。抗いきれず嗚咽とともに口を開け息をした。


 吐き出す息が、熱を帯びる。



 どれだけ吐き捨てても吐き捨てても胸を押し上げる熱の塊が治まらない。

 この治まらない熱がどれだけ悔やもうとも、決して変えることのできない事実を己が引き起こした現実として受け入れろといっていた。



 「あ・あ …ぅ  うあ あ・ぁぁぁ   ぎ・ぃ ぃ 」



 泣きながら、獣のように唸り上げる。

 再び、意思で嗚咽をねじり伏せようと目を見開き虚空を睨み、低い呻き声と歯ぎしりを喉奥から熱の塊と共に絞りだす。


 寝台から立ち上がり、腹の底から総ての熱の塊を吐ききる為の荒い息を肩で繰り返しながら、己の行いを思い返す。




 どこで俺はしくじった。どこが、こうなる分岐であった。




 結果的には魔獣戦だ。それより以前は切り捨てる。


 二体の魔獣と対峙した時、二体なら手間はかかるが一人でもやれると判断した。

 魔力水による回復からも出来ると決断を下した。

 何より魔獣から感じた魔力は、過去に屠ることができたものとほぼ同じ。一度掛けきった術は他の力か別の衝撃がなければ短時間にはまず解けない。

 魔力量がないから大きな術は使えない。使えても一回きりやその後、動けなくなるのでは意味がない。

 普通の奴らなら小さな術は皆が使えて当たり前。当たり前すぎて、決して外さないというのは自慢にもならない。小さい術故に重ね掛けにも苦労はしない。 

 大きな術を決して外さないというのであれば、話は違うだろうが。


 その当たり前ができない魔力量が少ない者からすれば、外さないのは生命線だ。少ない故に実体験で全ての者がそれを理解している。俺もその一人だ。術を掛ける対象が多数であれば、外す、または外れる可能性は高い。高いがそれでも、対一や二体への術の行使で外したことなどない。断じてない。俺が行使するのは複雑極まりない難易度が高いものじゃない。俺の魔力量が少ないのは確かだが、魔力の操作力と把握力そのものは人より劣っているつもりはない!


 ならばなぜ、あの鳥は俺の術から逃れ得た? 


 …あそこに居た面子で魔力感知をなされずに行使可能とすれば、結界そのものを構築したミルドの召喚獣イーリアしかいない。

 召喚獣とて意思を持つ。だが契約者の言を意味なく拒否することは珍しい。契約者は契約者なのだ。疎んじていない限り不利益なことなどしないだろうし、まず有り得ない。一番高い可能性はミルドがけしかけた、ということになる。 


 …ああ、そうなる。 そう、なるな。 ミルドの家も含めて …確かめずにいられるか!



 仁王立ちのまま、己の悪意を曝け出して虚空を俾倪へいげいしつづけた。






   ぼてっ…


 その音を音として頭が認識した時、素足に熱を感じた。

 足に目をやれば、闇にまぎれて黒い子犬がそこに居た。こちらを見上げて「ヒュン」という小さな鼻声で鳴いた。 

 居るはずの籠に目をやれば空だった。


 握り締め続けて固まった指を押し広げ、子犬を抱き上げる。

 子犬の熱が手に伝わり、じんわりと暖かさが感じられた。鳴く声に顔を近づける。尻尾を振りながら顔を舐めてきた。


 『犬をあげる』


 そう言った言葉と笑った顔を思い出した。 

 思い出せば、引き攣れながらも笑みの形に歪んだと思った。思ったと同時に歯が勝手にガチガチと鳴った。力ずくで止めたはずのなにかがもう一度零れて流れでた気がした。


 口から出そうになる声を噛み締めて寝台を背に座り込めば、再び喉の奥から熱が迫り上る。堪えることができずに零れていくものに抗う意思など、もう無かった。

 しゃくり上げるその息の間から「ごめん」と声が漏れた。


 一度出た言葉は止まらず同じ言葉が何度も零れた。足の上にいる子犬の温かさが辛かった。

 きつく閉じた瞼の裏に浮かぶ顔に向かって、涙が零れるままに繰り返した。


                 



 約して果たせもしなかった言葉が心を締め上げ重みを訴える。締め上げられ重みに苛まれる心はきりきりと痛み上げ、自分が約した言葉の虚ろがこだまする。

 重みに悲鳴を上げる心が逃げを打って『適う限り』の約だったと言い訳をする。その心を痛みが『為したが故の今ある全て』と嘲笑って突き刺した。


 どこにも逃れる場所の無い心は泣くことしか出来ずに立ち尽くした。




 「う、 うあ、あぁぁ… っぁあ・あぁ…… 」








 己の呻くような泣き声に、いつしか小さな鼻声が混じる。

 「ヒュウ、ヒュウ」という鼻声に瞼を開けば子犬の黒い目が俺を見上げていた。彼と同じ黒い目。


 手を持ち上げ、頭を撫でる。

 

 撫でる己の手。

 

 手。


 己のこの手で、彼を引いて歩いた。

 奇異なモノをみる眼差しからのがれるように俯いてしまった彼をみて、ああ、これから自分もこのように見られるのかとも思った。


 ほんの少しの後悔がよぎった。


 過った事実に周囲の目を気にする己の心の弱さが透けてみえ、腹が立った。

 自分で決めて選んだ道を決めた俺が気にしてなるかと、振り向かずに引いて歩いた。



 彼はそこにいた、俺の隣にいた。確かにそこにいた。


 そこに、いたんだ。






 顔 声 姿 会話を 笑った顔   思い出せるそれら全てが。


 いない。 

 手を伸ばしても、もう、そこにいたはずの、彼は


 



 温かい、生きている子犬。


 子犬を懐に、しゃくり返す息も、何もかもをそのままに寝台に横になった。


 






 by子犬 なんにもいないよ。こわいものいないよ? ね、いないよ。 寝よ?

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