117 だから、どうするか
6度目の13日の金曜日は仏滅。
ドガガガガッ!!
騎竜で道を駆ける、本当に気持ちが良い。
…多少の土埃から飛散するモノはあるが、そんなモノは気にしない。普通に後方に流れるしな。風が体に当たり擦り抜けていく感覚、靡く髪。季節の変わり目に、風が変わる特有の気配。その気配はもうほとんど変わってしまったが、体全体で感じる こ・の・突きヌケる感じがぁああああ!
あ〜〜、すっきりする。溜め込むのは良くない、ほんとーに色々溜まってる自分が悲しい。
「ガアッ!」
「ギュイッ!」
ここ暫くの巡回で覚えた道を走る事を楽しんでいる。でかい図体だろうがナンだろうが、可愛いものは可愛い。
……表情筋で可愛さを読もうとすること自体は間違えているが、わかり辛くても目や態度で楽しさを語っている竜達を見ると。
部屋に籠もりっぱなしになってるアズサが… 少し心配だ。
閉じ込めてはいないし、庭では遊べる。
そうは言っても、今まで自由に動いていたのに制限が掛かるのはな… 起きれない状態でなし。安全との引き換え、少しの間。そうと理解した所で気持ちは。
苛立つよなぁ…
成すべき必要な、 んだがあ〜 面倒いからこっちに回すな!と思う鬱陶しい仕事であっても、外に出て気晴らしができる俺とは違う。
駆ける竜の上で振り仰ぐ蒼天は高く、清々しい。日中は暑くなる。
部屋に居ても気温差はわかる。
しかしなー、こういった変化を体感せずに部屋に居るだけってのは ……待てよ? 下手に倒れるより良いのか? よく考えたら、良くなってきた所で昨日もぶっ倒れた。いや、あれは不可抗力だからどーしようもないが! ……完全回復できそうになる度に、外部要因で倒れたり落ち込んだりしてないか?
ああああああっ! してるじゃねーか! ダメだ、外に出れなくて気鬱が云々言う前に!! ほんとに体力回復させないと!!
そう思う端から、あの銀がちらつく。
俺の気持ちに足を掛けてグリグリグリグリ踏むのが忌々しくも、確かに俺の気持ちを浮揚させる。その気持ちが、どーやっても離れずに意識の片隅で延々と回り続ける。
さすが『女神』な存在がくれた贈り物だと、違う意味で感心する。
お優しい導きの有り様に… 笑い物にされそうになってんのか、真実最善を示され励まされているのか。思案を重ねるだけ、さっぱり読めなくなって頭が痛い。痛くとも、確かに俺の気持ちは浮揚するで正しい。
諦め切れずとも、諦めるしかなかったその手段が手の内にある!! これに気分があがらいでか! 不感症じゃねえ!
だが、とりあえず蹴る!!
アズサの回復が最優先で、優先順位を間違えてどーする! アズサの回復! 回復!回復!回復にーーーー 俺は後。 もう後で良い。
『昨日の夕食ですが頂きましたご配慮通り、胃に優しく口当たりも良く腹に溜まる様にと卵を使ってまろやかに仕上げてお出し致しました。残されるかと思いながらも多めに盛ったのですが、なんと全部食べられて空の器が返ってきまして!』
そーいや、出掛けに料理長が大喜びで言いに来た。
俺も嬉しかったが出掛けだったからなー。よくやった、昼も頼むと誉めて直ぐ出たからなー。
あれから会ってない事を気にしていた料理長のやる気は食材の増加と共に上がったし、食った量でも上がってる。
手袋もできた。
今日の様子見でイケそうなら会わせられるかな? 感想も楽しんで書いてるし、会えば気分も変わって食べる量も増えるかもしれない。このまま食べさせて、もっと太らせないと!
後は… あれか。
手を合わせ、感知した。 君の内なる…
『お前はナニを召喚した』
思い出す兄の言葉に返すモノは。
あの時、何と返したか。 俺が召喚したのは。 望んだのは。
「ハージェスト様!」
「あ?」
正面を向いていても、沈む意識が掛けられた声で現実に立ち戻る。即座に反応せよと叱咤する声が甦ってくるのが最低だ。
手で示し、腕を振る合図。
笑う目、機嫌の良い竜達の気配。駆ける振動が体を揺らす。アズサの事以外では、いつも通りに気分は良い。足音を立てて駆けゆく道の幅に、残る距離。
思考を切り替えば、口元が上がる。
駆け抜ける先、次の三叉路。
『迷惑』
そんな言葉も浮かぶがな? 飴と鞭は覚えろ、特にこの地区は問題に上がっている。その結果が今回の要因を担った。反発するだけ、己が自由を語るだけなら。
俺はそっちに合わせた上で、引き上げてやろうとする優しい奴じゃないんでな。自分を引き下げる気も毛頭ないしよ。
皆に合図を送る。
「始めるぞ!」
「よし、そっちだ!」
「ハージェスト様!」
弾む声と手が打ち合わせる。俺も声に頷き、手綱を軽く引く。意識を寄せて合図する。俺達はあっちと、走行先に視線を飛ばして形状を認識する。
走りに合わせて身構える。
もう少し。 そぉら、一二三!
「いくぞ!」
「「「 諾! 」」」
ダンッ!
分かれ道で力強く蹴ったソールの躍動に、瞬間的な浮遊感。
…ドッ!
「ふっ!」
着地に合わせ、掛かる衝撃を流す。速度に姿勢を変えて疾走を開始するのに、身を寄せる。
本気で駆け出す前に軽く跳躍するのは、僅かでも時間の無駄だと言う奴もいるが、駆ける竜自身の気持ちの準備を怠る方が馬鹿だと思う。うちの竜種の持久力は半端ないしよ。
ヒュウウッ!
大地を蹴り、風を切る全力に近い疾走。
こいつが堪らなく好きだ。視界が開けるのも、躍動に一体化する感覚も、後ろからの追い込みで追いつめ勝ちを掴むのも好きだ。大好きだ!
右と左に分かれての障害物競争、最終到達地点はロベルトが指揮を執る官舎。生きた障害物を蹴り飛ばす事なく、一番最初に辿り着くのは誰か?
なんて程度の遊びに楽しみがないと仕事もやってられん。突っ掛かりが出てくるなら、それはそれで手間が省けて良い楽しみ。此処で二手に分かれるのも、その為だ。
本当に我が物顔でやらないと、どこまでも糞共が思い違いに付け上がってからに。
『問。 気、散。 醒、興。 我、此処!』
ソールからの指摘に意識を戻し、手綱から片手を離して首筋を叩き謝罪する。ソールとの楽しみの最中に不要な気を回した。機嫌を損ねてどーする俺は。
でも、これもまた可愛い! 普段べったりじゃない分、こーゆーのも可愛い。だからこそ、騎乗中は余所見をしないのが基本。
「悪い」
掛かる振動に身を委ね、騎乗を楽しみつつ先方を見据えた。 ……本当に仕事じゃなかったらいーのに。
「困ったあ〜 こっから先が進まねぇええー」
字を書いちゃあ消し、書いちゃあ消しをあんまりしたくない。消しゴムとかない。要点を搾り切って、のーみそフル回転で文面を考えるが煮詰まる。だってなあああ〜〜。
「うがーーー! 気分転換したいーーーーーー!! 外に出た〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
叫んで馬鹿らしさに気付く。
ガチャン。
部屋からテラスへ、テラスから庭へgo!
主人である俺を健気に待って微動だにしない、俺のお昼寝健康促進君が〜〜 汚れてないか確認してゴロンッとね。
「ふ〜〜〜〜う」
しまった、タオル。 ま、いっか。
促進君の上で伸びをして、ぼーっと見上げる緑は色が違う。多分、あれは若葉だから色が薄いんでしょう。
花壇へ目をやれば、揺れてる花。可愛い感じの花。うーむ… この前より数が増えてるが、地面には雑草と呼んで差し支えなさげなのも増えてる。
目を瞑れば思い出す、領主館の門のアーチ。
あそこの花、今頃どうなってんだろ? あのアーチいっぱいに咲いてたら、絶対綺麗だろーな。
どーでも良いよーな事を、花繋がりで半ば逃避に考える。考えながら寝そべったままでいる。いるが、暇だ。いや、暇じゃないけど暇なんだ。だって、煮詰まったのーみそ稼動させたら湯気出そう。ぷしゅーって出たら終わりそう。
だから、ぼーっと花壇を見る。
暇なんで、よーくよーく見る。目に優しくて花も綺麗ですが、庭としてはお手入れがなってないってゆーか。放置って言いますかねぇ… あ〜はーはー。
あー、暇。こんな時間にアーティス呼んだらダメかなー? 犬笛ふううっしてみよっかな〜。でも、外へ出てるだろーし… ご機嫌良く散歩してたら可哀想だよなあ? 大した用事がある訳でもないし〜。
ダラダラしながらアーティスを呼ぶか止めるか考えるが、必要なのは緊急時。何度もやって、『狼がきーたーぞ〜』と覚えられたら怖いんで止めとこう。
結局、することない。見るもんもないから花壇眺める。そこで、ハタと気が付いた。
バンッ!
気付いた事に促進君を叩いて飛び起きた!
飛び起きると同時に促進君の上で正座して、その場でのーみそフル回転!!
「そうだ! 初めて領主館来た時、ナニおもたあ!? その後来た時、帰る時… 見たことないあの花綺麗、建物すごいの他だ! 手入れが大変そー… 伸び放題な訳ない、手入れされてると… あそこ。 あ、そ、こ、は、 生い茂ってたが…… 違う、あそこは秘密の裏口! 隠しが意図のはず、なら! 表は… 」
ギギギギギッ…
そんな音がしそうな感じで首を回して庭を見る。冷や汗だらだらの気持ちで花壇を見る。俺が決めた指定範囲をぐるっと見回す。
指定範囲は俺の庭。もちろん、俺が勝手に決めた範囲だが。だが、でも、けれど。
手がこーなっちゃった俺の為に、ほんと用事なければ入るなよ説明がされてるはず。つまり、居るかどーかの確認もしてませんが! 庭師さんにも通達されてるはずであってぇ〜〜 許可無し完全立ち入り禁止のココの手入れがされずに放置ってんのはあ〜 俺の所為では?
ココ、俺の庭。俺の指定範囲。俺の安全地帯。
『俺の』が付いて、立ち入り禁止。 んじゃ、手入れに世話をするのは『俺』じゃない? 他に誰がすんの? ハージェスト? 阿呆抜かせ、馬鹿自分。
サワサワ… サワサワサワ……
緩やかに優しい柔らかな風が吹き抜けてく。
逃避には、もってこいです。
正座のまんま見上げる空は青くて大変綺麗。大雨降った後は良い天気なってますので、渇水の心配はないでしょう。あれ? ここってダムとか貯水池どーなって? いやそんな事よりも、水を撒いてあげないと木はともかく花の方は早く萎れるんじゃないでしょーか? でも、綺麗に咲いてます。しかも増えてます。じゃあ、乾燥に強いタイプ?
促進君から静かに降りる。いやさ、痺れがキレる前の軽いピリピリがしてさあ。靴履いたままが阿呆です、スボンの後ろを叩きましょう。
パンパン。
恐る恐る花壇へ行く。
花壇の前でしゃがみ込み… うん、ちょっと足が〜あ。早よ、血流良くなれ〜。
まじまじと花壇の内部観察後、地面に手を置く。
パラ、サラ…
地面の表面は乾いているが、地面が乾燥でひび割れ捲れ上がってる事もない。
だが、俺は見てしまった…
緑の葉を伸ばし、可愛い花を咲かせているその根っこの方が黄緑色に変色している事を! そして、下の部分の葉っぱさんがへたれて元気がない事を!!
「あ… う、うあ。うあああ…… お、俺の… 俺の名に掛けても! 俺がぁ、この庭の手入れをせんとアウトじゃねーかっ!! なぁに、庭の手入れがイマイチで雑草生えてきてる〜 なんて悠長なコト考えてる! こん… の、ボケーーーッ!! きーーーーーー!」
余りの事に自分に突っ込み入れて周囲確認!
水、水、みずぅ〜〜〜〜〜!!
蛇口は見当たりません。では、バケツはどこだ!
その場で足踏み、キョロキョロしてもない!! ……俺、何やってんの? 遊びに走り回って確認してっだろが!!
「だから、桶! そう、風呂場だ!!」
部屋へ戻ろうとぐるっと駆け出しかけたら、お日様目にしてその場でもっかいぐるりんぱ。 …うーむ、勢いに転けもせず我ながら上手くターンできたな。
花壇とそこら辺の地面を見直す。
顔を上げ、お日様をちらり。片手を上げる。 ……はい、暑くなってきてます。帽子があると良いでしょう。この場合は、おっしゃれ〜な帽子でなくても良いでしょう。
ではなく。
気温が上がっていくだろう、これからの時間帯に水撒いて良いんでしょうか? 水撒いて、気温が下がる。しかし、お日様カンカンなんでどんどん熱せられたら〜〜 逆にへたりませんかね? へたりかけてんのに。
「暑い時間帯に〜 水やったら〜 蒸発から熱気むんむんサウナで風が止んだら? 水がお湯に変身しちゃったりしてぇ〜〜?」
適当に言ってみた事が怖い… 助けてやるつもりで本当は殺そうとしてる気がする。
「そんなに… 弱くないと思うけどなあ? たっぷりやれば良い様な気も… 待て、俺の庭と言っても此処にいる間の限定であって、丹誠込めてた庭師さんからしたら〜〜 きゃ〜〜〜〜あ。 やば、泣かれるかも。恨まれるかも〜〜 ふ、ふふふ。
でも、水やるなら朝か夕方だと思うんです。日陰にならんし。夏場じゃなかったらいーんだろーけど… 枯れ… 枯れ、枯れ、枯れ かれ たーちがれ〜〜 かぁれていーけば、かれさんすーい」
……自分で言っておいてナンだが、言ったのが自分でも妙にヤバい気がした。
深い意味もなく言葉を繋げようとしたら繋がったっぽい感じなだけです。 …口調に重々しい変化を加えると、いけない方向の呪文のよーに思えるのは何故でしょう?
しかし、この庭に枯山水は似合わない。
「…………違うからね? 違うよ。こ・の・俺が! そんなん願う訳ないじゃんかあ! 枯れたらどーしようって、立ち枯れたら悲しいからだから今こーやって右往左往と! 真逆な事、考えてないって! 枯れたら全部総取っ替えで引っこ抜いて終わりとか思ってないってぇえ! 綺麗に咲いてくれてるのに、そんなん考える非道な事は! ほんと、ほんとだって! でないとこんなに焦るはずないっしょー!? ちゃんと夕方に水あげるから頑張っててな」
言うだけ言ったら、ナチュラルに部屋に戻ります。
お昼にヘレンさん来たら、軍手とスコップと塵取りと。そんなトコを聞いてみよう。花壇を維持する肉体労働に従事してみよう。そーだ、気分転換にしてみよう! 運動とストレス解消になるかも! 飽きないと良いんですが。
ああ… 近い庭が精神的に遠くなったよーな… いにゃ、水やれば良いだけだ。 さぁ、心機一転文面を考えよう!
「お待たせ!」
「え? うわ、じ 帰ってきたー!」
「え? 帰ってこない方が良かった!?」
「まーさかぁああ〜〜 おかえりー」
「はい、ただいま」
帰って直ぐですが、お昼ご飯になるそうです。
俺のお医者さんごっこは、セイルさんの時間に合わせるのでスタンバイして何時でもokにしとくんです。うん、今度は失敗じゃない。医者じゃない俺の場合は、ごっこで十分。
お昼ご飯は隣で摂ります。ヘレンさんがご飯の準備をしてくれてる間に、ハージェストと情報交換をしたいと思います。俺のは情報と言って良いのか不明ですが、決して物を言わない生命体の危機に瀕する事なので優先させて貰います。…注意力と観察力と推察力が散漫な結果に訪れた不幸な出来事なのですから。
「この前面の庭に、人は入らないよな?」
「もちろん、不要に入るなと指示してる」
「ここに庭師さん居る?」
「えーっと…… 居たかな? ロベルトは領全体の引き上げに金を回す事を最優先して、館内は引き締めを図ったから〜〜 多分、専属の庭師は居ない。雑務その他を含めて皆がやってると思うよ?」
返事に思う。
セイルさんやリリーさん。他、竜騎兵の皆さんのお越しの上に、手間の掛かる俺。
メイドさん達は忙しい日々を送っているはず。なら、ここの庭の手入れの手間が省けて良かった口か、それとも枯れてしまうとギリギリしてたか。それともそれとも〜、忙し過ぎて綺麗さっぱり忘れてるか。忙し過ぎて思ってても手が回らないのか。
四択ならどれだろう?
上から、なってないと叱られるのは誰でしょー?
「どうかした?」
忙しの二択なら、一番上が失敗してるよーな?
問題は数が足りないからですよねー。足りないのに増やさない上が失敗してると思いま あ、でも一時だけの地獄巡りなのか。ずっと此処に居ないんだから、居なくなれば元の数で回るんだからあ。
「何かあった?」
心配そうに俺の顔を覗き込んで、目の前で手を振る。
「いやその庭の花が!」
「…花?」
「そう、花が枯れかけて!」
俺の視線の先には… 棚の上に置いたドライフラワー… なんだけど微妙な仕上がりになっちゃった、花冠。あそこで編んだ俺の力作。
「そうだね、誰も手を掛けない。入るなって言ってるから」
はっはっはと爽やかに笑った。
やっぱり、誰も何もしてないこの現実。ごめん、俺の所為で。 ああっ、死なないでぇえ〜〜。放置プレイは、わざとじゃないんだ。
「夕刻に水を撒けと伝えるよ」
「いや、俺がやるから!」
「え?」
意気込みだけはございます。
「そうか… 季節の花の手入れに、運動… そうだね、園芸も体力要るからね」
「そう、煮詰まったら雑草抜いてストレス解消! …雑草も生きてるけどさー、雑草の一言で済ませていいのか不明だけどさー」
雑草って、何かに例えるとモブじゃない? わらわらわらわら生えてきてんのが群衆って感じー? でも、モブってさぁ〜 単語で言うと群衆でも〜〜 暴徒を指してませんでしたあ? 無秩序に発生して群がるしつこい暴力的なナニかとか? にゃは?
それって、どーしようね。
「でもなあ… 農作業とか本当に平気?」
「さぁ? あんまりした事ない。小さい頃、こん位の鉢植えで花を育てたが最後どーなったか覚えてない」
「わお。でも、する事に抵抗はないんだ」
「へ? 抵抗? なにそれ」
「疲れるし、汚れるよ?」
「最初からずっとは無理ですよ? どこまでやれと? 汚れたら洗えば、へーきだって」
なんでかすごく嬉しそうな顔をした。
土地と結びつく貴族。
基本的には領主と呼ばれる者が大体だが、そうでない者も居る。どちらであっても昔の言葉で言い表す、地主が一番合っていると俺は思ってる。人が住まう地であれ、田畑に果樹、山林で人が住まぬ土地であれ、それは地主のモノだ。地主が管理する土地。
家に歴史が有り、長く続けば続くだけ思い入れも深くあるもの。我が家の祖を辿れば、それを強く意識する。
貴族、尊いモノ。
その定義に見方。尊いからするな、尊いから価値がある。
尊い、だから。
『だから』
はん、うざったい。
農作業は汚れ仕事で嫌がる者もいる。地味で大変なのは確かだ。でもな、口にする物を作るのは尊くないか?
俺も実力で伸し上がる物語を読むのは好きだ。
しかし先祖が残した日誌、大地と格闘してなんぼの日々を書き綴った実録を熟読するとだ。その辺の物語とは比べ物にもならん。感情剥き出しの字は生々しい。あれに比べると竜舎の掃除なんぞ取るに足らなくて、可愛らしい所か一笑に付されてしまう。それについては兄弟全員の意見が一致してる。親父様とて、そう言っている。
家の子として読む事が義務付けられている歴代の当主、又はその兄弟が書いた日誌には本当に頭が下がる。それが心の拠り所の一つになったのは確かだ。先祖だからあかの他人ではないが、できる他人と自分との比較の是非云々よりも、事態に立ち向かうのに本当にそんな事をやったのかと疑う濃い内容に自暴自棄なんて言葉は忘れた。 ……それでも参考にしたのは根性だ。他は自分思考で埋まってたな、はは。
『誰かにやらせといて』 『やっといて』
最初から任せる言葉を言わない君はアタリだ。兄さんと姉さんに話しても当たりと言うに決まってる。俺は絶対に当たりを引き当てている! ハズレなんか引いてない!!
第一、アズサがハズレな訳あるか!!
…単に暇でもなー。気分転換は大事、体力も大事。だから、どこにも文句の付けようがない。素晴らしい! さーすが、アズサ。
一緒に昼食を摂りながら、その話をした。
切り上げる形になったが早く帰ってきて良かった〜〜。あー、俺へのご褒美だよね。
夕方、ハージェストと一緒に水を撒く事が決定したので、安心して昼ご飯を頂いてます。それまでは、きっと大丈夫でしょう!
食べながら聞くお家の話は… 俺がイメージしてる貴族と合ってそーで、合ってないよーな? 今は食事中だし邪魔だから、外して立て掛けてる剣。
本物の剣。
こいつは軽そうに持ってるが、あんなん軽いはずがない。
あの剣や、このでかい領主館。セイルさんとリリーさんの言動に、他とは違う服装。
そーゆーイメージ通りな所はイメージ通りなんですが… 領主の伯爵様も手が空いた時は、農作業を平気で行っちゃうそーで。
貴族でもするもんなんだ。面子じゃないと思うと、すげえとしか。ほんと驚きです。一体、どーゆー感じで農作業してんだろ?
けど、俺ののーみそにヒットするもんある。
あれ、あれ、あれです。漢字が一部出てきませんが、新ジョー祭。別名、新ナメ祭。ちろりーと聞いた事あるよ。それと〜 カイコ飼ってるって聞いた、と思う。
上でもするんだってゆーより、上だからする? …当たりかどーだか、わかんない〜っ。でもまぁ、あっちとこっちを比較するのは止めとく。比較しても意味ないし、参考として頭に残ってると楽だけどさー。
大事なご飯を頂いて、俺の腹を満たしましょう。
「昨日の夕食、全部食べれて良かったよ。料理長も喜んでた」
「へ?」
笑顔で話してくるハージェストに返す笑顔が固まるが、固まる顔をキープする。笑顔キープ。
アーティスにパンやった。
パン以外もやってたりする。だって、ちょーだいが可愛くて。十分食って満腹なったし、残ってたし。
これをハージェストに話すと怒るだろう。料理長さん、がっかりする… だろうか。 えへ… ああ、俺がダメダメ。
「あ、あのさ〜〜〜〜あ」
「ん? なに?」
ハージェストの顔が近いです。大変近いです。つーか、ハージェストの笑顔が笑顔です。笑顔でじっとり見んで下さい。
「ああああの、アーティスは悪くないんだ」
「うん、そうだね。自分の分を与えた誰かさんだよね? アーティスには、ちゃんと自分の分があるんだから」
あうあうあう!!
ハージェストの両手が俺の頬に! 頬を! むにっと押える〜う。
「だってぇー、動物飼った事なくて〜 アーティスが可愛くて、つい〜!」
「それは、わ・か・る・けどね〜」
「ハージェストの躾がすんごく良くて、アーティス賢くて! すっごく嬉しくて! それで、それでぇえ〜」
必死で言い訳した。
監督役のご褒美あげたんだと訴える。
あああ… 何時、びよーんと引っ張られるかと思うと! 俺、容赦なく引っ張ったしさあ。『鬱陶しい、やーめれ』なんて言える立場じゃないしーー!!
「あ、う〜〜」
「今後はしませんか?」
人の頬をむにむにしながら、そーゆー笑顔はご遠慮申し上げます。俺ではない他の誰かにして下さい。でも、言い訳に力加減が落ちた!
「返事は?」
「しーなーい〜〜〜。やりません。 …きっとです、確約はできません」
「はい?」
「ぎにゃーーーー! 絶対は説き難いと誰かがーーーーーーーあ!」
「…… うわ。 そっち言うんだ。あー、仕方ないなぁ」
両手が頬から滑って喉へ下りて、肘が俺の肩に当たって。顔は近いまま。椅子に座ってる状態ですが、俺の足が床から離れるんです。何故でしょう?
「う、うああああっ!?」
「あーはーは〜」
足は宙に、体は椅子に座ってます。見ようと思えば後ろの天井斜め上が見られます。
はい、マジック!
じゃなくて、ハージェストが体重掛けて遊んでます! 椅子の足でぶーらぶら。ハージェストが遊ぶの止めたら、絶対俺は椅子ごとばったん。
「ちょーーーっっ!」
座面を手で掴んでます! 椅子は四つ足なんで、前の二つに自分の足をギチッと絡めて下へ転げ落ちるのを防いでます! ちょいまじでやってますー!!
椅子の質もデザインも全く違いますが、学校で使うパイプ足の椅子でギコギコ遊んでる内に床へ倒れる馬鹿いなかった? そんな感じの あーーーーーー!
「…食ったもんが全部出るかと」
「…そっちはごめん」
ジト目で見といた。
食欲失せたんで、もうごちにしました。食べよう言われても、食えるかボケ。食って吐いてどーする! ………そーいや、水。
俺は水を与えるのを迷ったが、こいつは俺に水を。 …あれ、プレイじゃないよね?
「ど、どうしたのかな?」
「いーんにゃ」
そうだ、あの時は俺の命がだな。 ……花も命かかってんな。
ちょっと休憩、思考も休憩しましょう。考え過ぎると、ぷしゅーです。しかし、さっきのこいつの本性? ううーむ。
「行ける?」
「ん、行ける」
では、行きますか!
手袋した、犬笛持った。ハージェスト居る。よし、これで安心。
ロイズさんの待つ部屋へgo!
俺は閉じ込められてない。だから出ますよ、もちろんです!
『ああ、やっと』 『快適空間から出なくても』
この二つの意識はありますが、急激なリハビリはしんどいでしょう。こっちの部屋へ来ないのは、そーゆー配慮だと思ってます。
ガチャン。
………ほんと大して遠くない部屋でした。廊下で人に会うかも!と、意気込んだのが馬鹿みたい。ですが、部屋にはお初の人が居ましたよ。
ロイズさんと、制服さんの二人です。
「兄さんは?」
「間もなく、お越しになられます」
「そうか、姉さんは」
ハージェストが話している間、ロイズさんを見てたが…… 最初に会釈をくれた後は目を閉じたっきりで…
俺、やっぱり… き、ききき 嫌われてるかなー?
「彼を紹介するよ」
「え? あ、初めまして」
「いえ、初めてではありません」
「はれ?」
制服さんは医療の人でした。
今朝、ロイズさんを診察された医務官さんでした。
ごっこでないお医者さんで〜〜〜 禿頭のせんせーとは、また雰囲気の違う人です。年齢の所為でしょうか? 髪の有無ではないでしょう。わっかい成り立てのよーな人ではありませんが、おっさんにはまだです。
「ハージェスト様から託されたあなたを運んだのが、自分でして」
「……ああ、ショウゲキの癒し。初回」
ポンッ
肩に手を置いたハージェストを見る。黙ってヌルい顔で首を振るんで、黙って頷いた。
医務官さん、そのままで立ってられますが〜 その裏でキラキラ目して実験とか考えてたら、どーしようかと思います。
改めて、紹介して貰いました。
名前の後に聞いた単語がよーわからずに。どーも階級ですね。それに興味がない事もないんですが〜〜 階級で人を覚えるのもどーかと思うんで、細かい階級はこの際右左をしよーかと。
で、医務官のレフティさん(家名)は、ハージェストの隊の方だそうです。これから先、この人が俺の掛かり付け医になるよーです。
ガチャン。
「待たせた」
ノックをする事なくドアを開けて、颯爽とお越しです! 仕事モードのオールバック、今日もかっこいーです!
「もう大丈夫か?」
「はい、お世話を掛けました」
「配慮不足だ、気に病んでくれるな。俺も悪い故にな」
サラッと返す大人発言。俺の顔で遊ぶ誰かさんとは違いますよ。
「説明はしたか?」
「これから」
「そうか、では俺が言おうか」
セイルさんが言うには、掛かり付け医としての守秘義務を信用して良いとの事です。もう話は通ってるそうです。
「俺との約を違えるには力と無謀が要るからな、ははは。内輪から出ようモノならどこまでもだ、実行は躊躇わんから安心すると良い」
ナンかすごい言い方してませんかね?
口頭で終わる約束ではないよーです。ですが、これから徐々に竜騎兵の皆さんとの交流が増えていくはず。全ての人とそんなんできないと思うから〜〜 ちび猫は〜 考えものですかねえ… はぁ。俺の… できる唯一なんですがぁ〜。
「申し訳ありません、お手を煩わせます」
「え? そんな事は!」
改めて一礼されるロイズさんに、何と答えて良いのかさっぱり。
首元とちょろっと見えてたナマ胸からそーじゃねーかと思ってたが、肩から纏ってたシーツを滑り落としたロイズさんはパンツ一丁だった。…柄パンではありません。
そんでベッドに横になる。
その間、俺の目は腹に釘付けでした。『すげえ!』の一言です。完全に刺青、赤いタトゥーがありました。
「傍に」
ハージェストに促され、一緒に歩み寄り。
見ました。
…見たんですが、ロイズさん。あなたほんとに秘書さん? なにこのボディー。え? こっちの人って皆こーゆー感じだっけ? うそぉー。
赤があんまりにもキレーだから、つい違うトコに逃避の目が。ナニの形状を目にしたんで、更なる逃避に腹に戻します。
「ええと… 」
「今朝、自分が診ました時と変わった点はないと思われます」
「そ、うですか」
腹の真ん中、臍と右。
赤いと言うより赤黒い。いや、黒くも見える。 手形か、これ? そこから赤の線が幾つかテキトーな感じに伸びてます。線から赤が滲んで散って、濃淡でグラデーション掛かってて〜え。
線の大きさもまちまちで、先っちょの部分もナンかこう〜… 蔦っぽく。蔦の先端って〜 あは。
イケナイ絵を思い出すんですがね?
しかし、進行形の呪いで呻き続ける主人公とか脇役の話あったなー。
この蔦っぽいタトゥー、ロイズさんの命で成長するとか? 腹から背、胸、手足に首。身体中に赤い蔦が這って巻き付く? イケナイ画像なら付属ありそう。
ですがリアルの前では、この思考は逃避で逃避じゃないですよ! うひょお!
「何かわかる?」
「え、えーと… 」
ロイズさんと目が合いました。かっちんになります。
残る三人様の視線も浴びて、更にかっちんになります。内心、どーしようです。いえ、だからほんとにこれ、どーしたら。 どーすれば?
今回は国語辞典ではなく、英和辞典の初級より抜粋〜。
mob
モッブ = モブ
①(暴徒的)群衆。
モブな俺は。 = その他大勢の内の一人な俺は。
この群衆には特定の意味が付随してますので、上記の訳し方はどこか合ってない様です。 ですので、 = ではなく、≠ が正しいでしょう。
そして、初級から上がりますと〜
②ギャング。マフィア。
モブな俺は。 = ギャングな俺は。
これはこれだけで合ってそーです。あははーい。書いてる通り、和製は理解してます。