105 代え難い重み
新玉に慶賀を。
「誤解ではない。お前の金で正しい」
「えー… どーしてですか?」
苦笑の籠もったセイルジウスさんの顔に、淡く微笑むリリアラーゼさん。ハージェストはと言えば、冷めた目で金を眺めてた。不貞腐れたよーにも見える。
「三年前の事は話し合ったか? これはその後の産物よ」
俺が残念な… 残念過ぎると自分でも思った帰還後に、慰謝料として頂いたお金だそうです。お金様が詰まった袋を見て思う。これが俺の命の代価なのかと。
そして思う、確認中の事故で取れるもんなんか? だってさー、召喚獣だろ? きらきらきっらーんと消えたんなら、それで終わりじゃね? 普通は。
「あのぉ… 」
「ん?」
ハージェストが語らんかった内容を、ちょろっと聞けた。
搾り取れる所から、正に搾れるだけ容赦なく搾り取ったお金様のよーです。しかし、なーんて事ないよ〜うな当然のお顔されてます。それと、ナンとか会って所から、お見舞い金も出てるらしい。
「本当に仕儀が不愉快だったのでな。せめて金でも、と言うより他に替えようがなくてなぁ… 取ったは良いが、ハージェストは見るも嫌だと受け取らん。金に引き替えて得たなどと思いたくもないと激怒しおってなぁ」
「兄さん…」
「本当の事だろうが。アーティスの世話に使えば良いと言っても、自分の金を出すの一点張りよ。だが、家で飼うのだから、そんな必要があるかと俺が怒ったわ。
本当に仕様がないから、金が必要となる時まで預かる事にしてな。その間、家の方で流用しようかとも思ったが、別に懐が寂しいのでもなし。使ってしまえば金に違いは無い。全く無い。が、こんな物は気持ちの有り様よな。俺とて回し使う気が起きなんだ。故に、死に金であった」
「そうね、ほんと。あの頃は荒れていたから」
「姉さん…」
三人の表情に当時の話を聞きたいと思うが… 俺の… 金、ねぇ? うーん…
「誰も使わぬ、使いたいと思わぬ金よ。あれらを換金するも良いが、あるのだからある物から使えば良い」
「そうね、欲しい物を言ってくれれば構えてあげるわ。ハージェストは元より、お兄様も言ってたでしょう? でも、自分で買う楽しみは別物で別格よね。手元に現金がある方が心細くもないでしょうし、ね? 貰っておけば良いのよ」
にこにこした顔が並ぶ。一人は金を見てたけどな。
「…俺自身、その金を使う気はない。その金が君の重みである以上、俺は何に対しても使わない。金の必要性に迫られたとしても使わない、使いたくない。君を切り売りした、そう思える。
何時か金が必要な事態に直面して、 『ごめんね、使わせて貰うよ。有り難う』 なんて言って使ったら自分を殴り殺したい。青臭かろうがナンだろうが許し難いね。欲がまた同じ事をする、そう考える内は使えない。
金は金、確かにそうだ。それでも使い道を見出せない。その金を使って、俺が痛くない道筋が見えない。使った事が善意に繋がろうが人に喜ばれようが納得できない。
他人がどう言おうと、痛いと抱える想いは俺のものだ。誰も代われない、俺が持つんだ。 …終わった事にしつこいと言われてもね。
その結果に問題が発生して、俺への評価が地に落ちて、違う形で痛みが倍増してもだ。痛みの比重を計る気はない。それでも体面を気にする事でこの金を使ったら、自己嫌悪に陥る。本末転倒はしたくない。 時が癒してくれる、そんな甘い夢は見られなかった。だから、本当にこの金を使う時は、 経過に記憶が薄れた頃だと思ってたよ。
……金に余裕があって、考える時間がある。飢えていない。 だから、我を通せているとも言える。 ははっ。
あって邪魔になる物でもない、けど、ほんと死に金。 これ、貰ってくれない?」
仏頂面、沈思黙考。そっから話す内に段々と変化。途中で自嘲っぽいのも入った。けど最後は笑ったよ。 良い感じに笑ったんだよ。
死に金。
死に金なんだ、これ。
まー、確かに俺が死んだ事で得た金なら、意味が違っても死に金と言うかもねー。俺としては、掛けた覚えの無い死亡保険金見てる感じぃ? わっはー。
「惜しむお金ではないのよね」
「ああ、その出所を問題と取り上げる気持ちを有するから、こうなっていただけだ。最も、金は道具で感情移入するモノではないんだがなぁ、ははっ」
二人は自然に笑う。
特にセイルさんは、肩の荷が降りて良かったな顔してる。
首を回してちょいと伺えば、ロイズさんとステラさんは平常モード過ぎて不明。腹の中、不明… うーぬ。 ココにヘレンさんが居れば、まだわかったかもしれんのに… 残念。お片付けで下がられちゃったんだよねー。話す内容が内容だから、下がらされたの方が正しいのかもしれない。
メイドさんの一ヶ月の給料って幾らだ? 傍付きでもないメイドさん。不用意にこんな金、見せるもんじゃねーよなあ。 ……しかし、今は一般ピープルの金銭感覚が欲しい。 いや、それよりもだ!
「あの、この金の事で聞きたいのデスが」
これは召喚獣の死で得た金。俺が受け取って使ったら、どーなんよ。現在進行形で召喚獣扱い了承したって事にはなんねーの? ねぇ?
来たのは俺で良いんだけどさー。 ちび猫がさーあ。
「ああ、そっちか。人である事については大丈夫だ。充分に理解したぞ。 …言うのもアレだが、終了して良かったんじゃないかと思えるのがナンだな」
「そうね、私に先入観があったのは否定しないわ。シューレに辿り着くまでも、普通に人の扱いだったのよね? 対外的には誰が見ても、どう視ても、人だわね。ハージェストの契約は完全に終わってる。他人との魔力の繋がりは見受けられないから、召喚獣としては考えられない。 あ〜〜〜、考えちゃいけなかったのよねぇぇ…… でもぉ… あ〜〜〜もぅ、私ったら!」
「いえ、姉さん… それよりも問題は腹の立つ印の方だよ」
ぐはっ!
ハージェストの一声が直撃した! しかし、セイルさんの声が意識を引っ張る。
「印もそうだが心配は扱いだろう? 召喚獣としての姿を知る者は居る。しかしそれは三年前だ。ましてや知る全員と会う事は、まぁ無いな。仮に会っても空似で押し通せ、構わん。現状で疑われるのは向こうの頭よ。
そもそも、この金は終わった事への賠償請求から発生した金だ。揉めた話に相手も納得したから出した金だ。その際に約している。取り決めた後から、そうではなかったと何度も繰り返す気はない。取り決めの中に含まれていなかったのだと、後で言ってどうする? 互いの思惑に感情を込めるから、相手にわかる様に約をするのだ。後から後から継ぎ足す事を前提にやっとるのなら、屑だろが? 履行に努力では済まさせん、その程度で保つ体面があるか。
召喚獣が取っていた姿と似ている人がやって来る。そんな事は終ぞ誰も考えん。約など無い。何に対しても無い、そんな約が有れば声を上げる必要もあるものか。
誰もが知り得る術の無い、夢の先を語るに同じよ。
言っていたな、此処を選んでやって来たと。ならば、選ばれなかった先もまたあったのだ。全てが流動だ。 心に、感情に、予定調和なんぞがあって堪るか。 後からそう見えると言うのなら、そう見たいからに過ぎん。 言い方に大概なモノはあるけどな、『全てがこの為に』なんぞと言ったら悪趣味極まれりと唾棄してやるわ」
ニッと笑う顔は半端無かった。確固たる自信を見た。
折られるよーな事態に直面しても、折れずに撓り返してその勢いで逆にボコりそう。
………どうしよう? 言い切るセイルジウスさんは本気でかっこ好い。 ぼけら〜っと見てしまうんですがああ。
「でも、そうね。回し方を上手くしないと猫の姿は混乱を招くでしょうから、皆への示し方等は考えましょう。ふふ、とっても可愛かったわ」
猫と言われてリリーさんを見ると、つい胸元を見てしまう。感触も思い出しそうで、すいません! 手はわきわきさせません! 下向いて反省。
「そんなに深く悩む事じゃないよ」
気遣われる声に、『いや、違うんだ。ハージェスト! そっちじゃないんだ!』とは言えない、口が裂けても言わない。 モジモジもしませんが、えへ、えへ、えへへ、みたいな。
誤摩化しに、テーブルの上で燦然と煌めくお金様に視線を移したら爆弾が落ちた。
「それは一部だからな」
「…はい?」
「だからな、俺とて幾ら何でも使わん金を持ち歩きはせん。実際の金はランスグロリアの金庫にある。紙面上で帳尻合わせとくから、残りは領に戻ってからな」
「はぁっ!?」
サラッと言われた事に、かぱっと口が開きました。
そーなんですよ、金は金なんですよ。帳尻合わせりゃ、イケるんですよ。
目の前の金から妙な重さが取れて軽くなったよーに映るのは気の所為でしょうか? 実際の重みは全く変わってないでしょう。 …ああ、だから出したのか。
俺の命の重みの代価であって代価でない物。けど、同じ物。 必要で、必要な物に変われるモノです。 …まぁねぇ、盗むヤツにしたら、そんなんどーでもイイ事でしょーけどね。使っちまえば、わからない。金は金ですもんねー、へっ。
死んだ召喚獣に心を寄せて、寄せ切った結果に残ってる金。俺であって、俺でない物に寄せた想いの果てにあるモノ。
「…ん、あれ? でもそれじゃあ、セイルさんのお財布が痛いんじゃないですかっ!? ココへ来るのに色々お金が要りますよね!? 兵を率いて来たなら、現金がモノを言うんじゃ!」
「…シューレは自領だから、心配せんで良いんだぞ」
「あぇ?」
「まぁ… そんな事に気を回すの? まぁあ、気遣いができて優しいのねぇ」
「大丈夫だよ、それで兄さんの懐が痛くなるなんてないよ。あったら嘘だよ、どーにでもなるんだから」
「え、え?」
「じゃあ、はい」
皆の優しい笑顔に押されて、お金は俺の物となりました。
ハージェストがさっさと詰め直して、俺に渡してくるんです。手を出さなかったら、手を取って手のひらに乗せたんです。ズシッとしました。
「どう使おうと、使う事自体が嫌だった。腹が立つ。でも、君が使うんなら良い。これで金も生きるってもんだよ」
憂いも無ければ惜し気の一つも浮かんでない、大変良〜い笑顔でした。 …全額って幾らだろうと思う自分が本気で拙いと思います。大事な事であると思うのですが、こーゆー時に、そーゆードライさは要らねーと思う自分はまともだと思います。
違いますかね? 空気読んでますよね? タダで金貰ったラッキー!に、なれないってのもナンですね。いや、嬉しいは嬉しいですけど? そこまで子供じゃないしー。 ねぇ?
空気と感情は一致でしょう。しかし、ちょっと片っぽが重いよーうな…
「ああ、持つのが不安ならハージェストに預けとけ」
「そうね、今度は意味が違うから。ハージェも平気よね」
「え? まぁ、それは… そうだけど。 あ、手頃な財布持ってたよね? 新しく買おうか?」
「…財布は持ってる」
丈夫な財布か後で見せてね、で終わった。
金の話は、本気でそれで終わってしまった…
袋を持つ手を下ろせば膝上に掛かる重みが、 不思議 と言ったら変ですね。
それから。
「どれが良いか? 紋変えはせなんだからなぁ、選び放題だぞ」
次にもう一つ。そっちは箱です。袋と一緒には運べなかったスライド式三段重ねの中箱です。中にはエルト・シューレの紋を刻んだメダルが入ってました。
「これはどうかな?」
「あら、大きさではこちらが良くなくて?」
…本当に結構な枚数がありました。引き出しごと並べて見ています。
前にも聞きましたが年代物もありまして、大きさの規格統一がされてないんですな。しかも年代別に区別されてもないから、ごた混ぜです。しかしそこに歴史を見てる気がします。
メダルは基本的に円形が多いのですが、四角い物もありました。昔の物だそうです。
シューレは元は王家の直轄領で、治める領主は交代制の任期領主。そんなお歴々の任期領主さんが作成して増やしてったメダルだそーです。任期なんで残していくんですね。持って行ったら駄目なんですね。作成の背景には必要と見栄と経済の一環がどーたらとか。 …俺にとってすっごく重要でもないから、そこら辺はペイでいーですわ。
…にしても任期か〜。職に溢れた貴族への一時期な救済措置でしょうか? それとも次へのステップアップの為の階段の一つでしょうか? そーいや、田舎に左遷ってお手軽な手段もあったねー。けどまぁ流刑地じゃないしー。
で、メダルの表に紋章、裏はまっさら。裏に名前を入れて完成です。
セイルさんは、エルト・シューレの領主として誰かに名入れのメダルを与えた事は無いそうです。基本は辞令の交付書で済ますそうです。だから男爵のロベルトさんの場合は、ランスグロリアからの出向になるんだってさー。文官じゃなくて武官だったら、また言い方違うかな〜。
ともかく、俺が一番目です。俺が一番です! 俺以外には誰も持ってない…! なんかやったあ!!
「うーん、年代物でも良いんだけど… あー? これ試作分かぁ?」
「艶消ししてる物よりはぁ〜」
「これは枠付きで仕上がってるが… 石が屑だな、色が薄過ぎる」
手に取って吟味して、ポイッと別に転がします。コロリ、カチャンと転がります。
三名様が俺より真剣に選り分けしてます。 ……大事なメダルの扱いとして良いんでしょうか? コロリ、カチャンで傷つきませんか? 大事な換金物に同じ事してた俺が言う事じゃないかー。同じでやっほー。 …………徒弟君が見たら泣くかも。
そしてコロリ、カチャンのメダルを手にして眺めて俺は質問した。
爵位紋。前に言ってた、これが不明でして。
「ああ、それね」
はい。爵位紋とは、無知な者にも一目でわかるよーにと考案された紋だそうです。伯爵家なら、家の紋章を取り巻く二重円が爵位紋に当たるとの事。二重円を見たなら、伯爵家。どこの家か不明でも伯爵家で正解です。
公爵 → 二重円、円の斜め上、左右に切り込み線が一本ずつ。
侯爵 → 二重円、円の横、左右に切り込み線が一本ずつ。
伯爵 → 二重円。
子爵 → 一重円。
男爵 → 一重円、円の斜め下、左右に切り込み線が一本ずつ。
一代限りの叙勲、その他 → 半円(下部)、円の下に切り込み線が一本。
はい、両手を上げて〜 腕を広げて斜め上〜 次に降ろして横にして〜 休みに 休んで 斜め下〜。んで、最後に真下に降ろーす。
覚える順番、そんな感じ。
王様、つか王族の紋は国の紋であるからして〜 頭に爵位の順序なんて要らんから、爵位紋は無いそーです。それと〜 傭兵団等が掲げる紋は半紋旗と呼ばれるそうで… わかりきった半紋に爵位紋なんか要るかとゆー事だそーです、はい。
メダルを選びつつ、そんな常識をハージェストが教えてくれました。一枚のメダルでココにこうと示してくれたから脳内もきちんと連結しました。それらの補足として、セイルさんやリリーさんからも情報が得られます。さっきの情報に追加要項が入りました。
うん、良い感じで常識が増えていきます。此処を選んだ時も、こーゆー感じを期待してましたので大変嬉しいです。
しかし思う。そんな爵位紋あったら、どこの家とか覚えなくても良くないか? いや、好みの紋章なら覚えるけど、どーでも良かったらどーでも良くね?
「これが良くない?」
遅まきながら、自分のだからよく見ねばと加わった。
有り過ぎると選ぶのって大変ですね。欲張るとなかなか終わりませんよ。特にリリーさん… 女の人だからですかね〜?
「じゃあ、これに」
あれこれそれと皆で選んだ内から決めました。
普段から身に着ける物に大きい物は要りません。コインペンダント仕様が前提なので、今してるチェーンに見劣りしない事と、もう少し細いチェーンにしても、そんなにおかしくない物を選びました。
革紐に下げたお守りも、服の内から引っ張り出して合わせました。いつも通りの淡いグリーンですが、皆さんがやけに視線を注ぎます。はて?
「ふ、触れてみても良い?」
「? はい、どうぞ」
お守りを首から外して渡したら、じいいいいいいいっっとハージェストは見てた。それから、セイルさんの手に渡り、リリーさんの手に回され… なんでかステラさん呼ばれて、恐る恐る手に取られまして。そしてロイズさんの手にも渡り、皆で真剣に見てました。
…あれはお守りです。俺の為のお守りですが、一見して超高級!な物ではありません。革紐だし。 ……いや、どこぞのボクが盗む程度には良い物です。
「 ぁ 」
ロイズさん、何度か瞬いてた。
どーかしたんだろか? 皆さん隠す様な持ち方はしてないんで、何にもなかったと思うんですが? 人が違えば見えるもんが違うとかぁ? まーさか〜〜。
「いえ、眼福でした。有り難うございます、お返し致します」
差し出す両手で革紐を押え、お守りはぶらーん状態。持ち方としては妙な感じです。
「ああ」
手を伸ばした俺が受け取る前に、ハージェストが取った。んで、後ろに回ってはいはいと掛けてくれる。動かない俺は何でしょうか? ぬうぅう…
定位置で握り締めても、なーんも変わりませんのですがね?
「では、これな。もしも失敗した時に使うのは、この分で良いな」
「はい、お願いします」
予備も一枚選びました。但し、これは名入れの際の失敗に備えてです。頂けるメダルは一枚なので、失くしたら色々終わりです。本気で気をつけましょう。
これからメダルに枠加工を施しますので、日にちが掛かります。
「宝石も入れましょう」
この一言で決定しました。セイルさんも前に言ってたし、ゴテゴテせずにこんな感じと話してくれたんでお任せする。それより名入れの方で詰まった。
「だーかーら〜〜〜 ねぇ」
あんまり言われると気持ちがぐらつきます。あの時を思い出す辺り、ほんと前に進んでねーな。
「名入れは最後でも構わん、遅くともシューレを立つ数日前に決めれば良い」
保留になりました。
やっと終わって、ほうっ… です。
「致します」
片付けようとしたらロイズさんが代わってくれた。
「淹れて参りました、どうぞ」
ステラさんが湯気の立つカップを配ってくれました。なんてぇ至れり尽くせり。
有り難うと頂きますにステラさんを見る。
皆も見てから、ごくり。
……うーぬ、やはり淹れ方が違うんか? 同じ香りだとゆーのに、なんか違うよーな? …疲れの度合いとか? 実はブレンドされてるとか? にゃは。
ほっと、一息。
これで今夜の食事会はお開きです。
「おやすみなさい」
「ええ、良い眠りを」
「兄さん、姉さん、おやすみ」
「ああ、明日な」
セイルさんとリリーさんの見送りに廊下のドアまで行きます。ステラさんとロイズさんも、ご一緒に行かれます。忘れず二人にも挨拶しときました。
それにしても、家の中で見送りって何だろね。
「では、おやすみなさいませ」
最後のお片付けに来てくれたヘレンさんにも挨拶して〜〜 終わりっと!
名前の事でうーだうーだと言った頭を冷やすのに先に風呂に行きまして、歯も磨いて、サクッと出ます。
「それじゃ入ってくる」
「ん〜」
ハージェストと交代し、ベッドにごろーん。横になると、らーく〜〜〜。
「ふあぁあぁあ〜」
欠伸が出た。
だっらーんと寝転がったまま考える。寝落ちする前に考える。ってか、テーブルの上に置いた金の袋を見ると嫌でも思考が巡るんです。これで考えないのは嘘でしょう。
「俺の金、ですかぁ… 」
考えながら寝返りした。
「はぁっ…」
「どうした?」
「うおっ!」
足音を立てずに忍び寄るなって! あ〜、ビビる。
ゴロンッと寝返り半回転。
寝間着の上を、まーた着ていないハージェストが居た。見上げる髪が濡れてるぞ、お前。
「あ、濡れた?」
「へーき、落ちてない」
「ちょっと待って」
覗き込む姿勢を正して、軽く手を出す。出した手をグッと握り締める。
そしたら。
ほんの少しの揺れに、熱を感じた。熱い様で温い様な。 動く何かが見える、そんな 感じが。
手を項から髪に突っ込み、ざっと掻き上げる。水滴が舞ったのを見たと思った。違っただろうか? 取り巻く空気が熱を帯びたけど、あっという間に混ざってわからなくなった。
わからなくなった熱の余韻。その流れの塊を、追う様に目で探してた。
「 …感じた?」
その一言に、顔を見上げる。割とマジな顔があった。
ベッドに座り直して、黙って手を伸ばす。屈める身に、輝く髪。 うあっ!天使の輪っかとかぁ!? いや、それは置いといて。
軽く髪に触れる。触れた髪は乾いてる。 うああああ、なんて便利!
「気分、悪くない?」
「え? へーき」
「酔う感覚もない?」
「へーき」
ああ、そーか。『魔力に慣れよう』してる訳だ。
二人してベッドの上に胡座を掻いて座り直す。そうだ、食事の際の疑問を聞いておかねば。
「あ〜… のさ、二人で食ってる時は、できたご飯を全部持って来てくれるだろ?」
「え?」
あれ? 聞き方間違えた?
「あ、ええと。 ちが〜 あ」
うあ、説明に腕が踊る。
「えー、ご飯はワゴンで持って来てくれたのを並べてくれる」
「うん」
「正式な時も、それが普通?」
「…ん?」
ああ、ハージェストが首を傾げる! だから、コース料理の場合はないのかと! しかし、コース料理の言葉が思い浮かばんのだ!!
「ええと、ええと。 食ったら、次のが一品ずつ出てくる。取り分けじゃないやり方ってある?」
「……ああ、そっち。あるよ」
良かった! 意味が通じたよ… !
「そうか、皆で取り分けはしてなかったから。 …もしかして、そういうのは嫌だった?」
「いや、そんな事はない!」
否定にぶんぶん首振って力説したら、驚かせた?
「あ、そうじゃなくて… あ〜、ほら。二人の時だと皿が決まってるだろ? その方が運ぶのも簡単だろうし… ってか、領主様とご一緒なら食事の作法とか違うんじゃないかとか」
「あ〜 まぁ最初は食べる物が違ってたし。 会食を交える正式な場なら、一人一皿毎に時間を掛けてやるよ。その間に話し合いも持たれるんだけどね」
苦笑を含むのがナンだな。
「確かにそれもするけど、俺はあんまり食った気がしないなー。食うけどさー」
「うわ、そっち!?」
「ん〜、俺も基本は一人で食ってた時間が多い。だから一人前を並べて貰って食うのが慣れてる。だけど作法も一通り修めてるよ。王都へ一緒に行った家の執事が、やけに張り切ってた事もあった手前やらないとさぁ。
でも、家族と居るなら取り分けをするよ。時間が無くて面倒な時は短縮を希望したりもするけど、実際はしない。 君の言いたい正式な料理の出し方ってのは、面倒い事を省く為でもあるんだよね」
「へ?」
本当に「あはは」と苦笑した。
「だからさ、正式ってのは客出し向けなんだ。昔は当主がもて成しの意から料理を取り分けてたんだけど、嫌いな相手に多くやる訳ないって。あからさま人だと、本気で喧嘩売ってる感じで取り分けてたって言うし。食い物の事だから相手もまたそれを忘れないしー。見映えも良く、自分の為の分と供されるのは良い。何より不公平感が出ない。そこからそのやり方が重宝されだしたんだよね。
見映えに箔付け、そんな程度のもんだよ。普段の食事じゃやらないよ。
それでも上がやれば下も真似する。高級として広がりもする。食堂や屋台は商売だから、最小限の一人分が基本で間違いない。兵の皆へ出してる食事も一人分の配膳だ。一皿でどんっと出したら、全員の口に入る前になくなってるのが確実。
あ〜〜 今日の夕食は、兄と姉がお客様の扱いではないよって示してくれたんだよ。メダルも渡すのも、口先だけの渡しじゃないとしてくれた訳で。 正式は区切る事でもある、逆に動かせば弾くにもなる」
最後だけ少し口調がキツくなった。でも俺を見る顔は、嬉しさ溢れるにこにこ顔だった。
「今夜の食事の意味を、君が気付いてなくても良かったんだ」
「へ?」
「兄の意思表示」
セイルさんが、メインの鳥肉をどすっと取って、一番に俺にくれたのがミソだったそーです。量も多かったのが良かったそーです。リリーさんもくれました、煮込まれたのを満遍なく取ってくれました。
最後のデザート。俺が自発的に取り分けたのも良かったよーです。俺としては腹が張ったのと、皆がしてくれたから、少しは俺もお返しにしようと思っただけだ。
装ってくれた時点で作法の問題は飛んだからさー。取り分け皿に、取り分ける専用スプーン添えられてたんで間違えようがなかったし。
「これで兄の保障が確実にできた、良かった。父が当主の座を降りる事はまだまだ先だと思うけど、次期である兄の意向も強く反映する。俺よりよっぽど良い。俺が死んでも、これで大丈夫だから」
……清々しく言うのに、何言ってんだこいつと思ったのはおかしくないはずだ。おかしい訳あるか。 だから、俺は実行する。
「そーれっと」
「え? は?」
ベッドの上、中腰で肩を突いといた。
しかし、ハージェストは倒れなかった。押したのに、こいつは倒れなかった。
「「 …………… 」」
目を合わせて笑う。唇だけで笑う。
「おりゃあ!」
「だあっ!」
ボフッ!
「え、 え!? ちょっ、まっ… !」
「待たん! とう!」
ボフンッ!
「え! うわっ、わ!」
大丈夫、ベッドの上だから怪我なんかしない。やってる意味わかってっか、お前? え〜〜〜〜〜?
「…ふ〜〜〜うっ。 なぁ、あの金、本当に貰って良いのか?」
「良いよ、あんな端金」
「…… まだ、あるんだろ?」
「あーんなの、どれだけあっても端金だよ。言った通り、俺の資金が底を尽きて貧乏になってもさ。俺が死んだ後に金が出て、『何でこの金を使わなかったんだ、馬鹿じゃねぇのか』とか言われてもなー。見たくない、でも手放したくない。けど使う気はない。金に固執してるんじゃない、そんな固執は無い。
身代わりはない、成れはしない。あれは形見じゃない。 でも、あれだけがそうだった。あの金が君だった。 だから、もう虚しくてさあ」
寝そべって話をする。
ぶちぶち言う姿に何かを連想する。連想が勝手に記憶を探って近しい映像を紡ごうとする。
何処かの奥深い所で竜が宝を守っている。
食べ物でもなければ、温もりを返しもない無機質な宝。 抱えて静かに眠っている。
誰かに、何かに、守れと命じられたのでもないのなら、それは綺麗だから? それに使い道がなくても? 使い道もない無機物が、綺麗だから。
本当にそれだけ? ……それだけかもしれないのか。
だけどなぁ、それは命に代え難い程の物か? とても綺麗なお宝は、集める事のできる物の重みは、その手に大事と抱えて持つに相応しいのか?
誰かが宝を奪ったなら。
奪われて、激怒する竜の気持ちを正しく計る。 それは誰にも、できない事だろう。
宝を抱くその竜は。
何を夢見て眠るだろう。 ……夢は遠くて、見ないのかも な。
「今日も疲れたろ? そろそろ寝ようか」
「あー、寝よか」
「じゃあ、明かりを落とすよ」
「ん」
ハージェストが宙に向かって手を振った。スイッチがoffになったらしい。光が点滅したら、ゆ〜っくり光度が落ちていく。あああああ、やっぱ便利〜〜!!
「そうやって消すのが普通?」
「そんな事ないよ」
「そうなんだ?」
「こんな事に多用しないよ。 …兄さんは面倒かったらするな。部屋を満たし続けるのは無理だけど、俺の魔力を撒いとこうかと」
「あ〜」
少しでもの努力ですね、わかります。俺の為だから、感謝。
明日。 ん、明日。 明日、そうしよう。
「おやすみ」
「おやすみ〜」
「……寝てる?」
「寝てる?」
「おーきーてーる〜」
「寝れない?」
「ナンか妙に目が冴えて」
ゴロッ バサッ…
「あ、ごめん」
「いや、平気」
「話しでもする?」
「う〜」
「寝れない時とか、どうしてた?」
「んあ〜、羊を数えるとか?」
「数えるんだ? 本当にそれで寝れる?」
「……さぁ?」
「え、してないの?」
「一般的に言われてただけ」
「ふーん、そっか。それじゃあ」
「へ?」
バサッ、ポイッ ペッ!
「よっ… と」
「うぇっ!? え、え!ちょっ、 ちょっとまぁ!」
「待たない」
ブンッ
「甘い」
「こら、ちょっと待てぇ!」
「ちょ、わ、あ、あああ! みぎゃー! ああああはははっ はは はっは! あは、あは、あう! あいたー! あた、いた、いた、くるしっ あはっ!」
「大丈夫、だいじょーぶ。笑い死はしないって」
「ひっ ひはっ!! あ〜〜〜!! ぎゃははははっ!」
「あははははー」
「あは! あああははははっ!! こ、の! いーかげんにしろっ 重いわ、ぼけぇ!!」
「えー、ほら。やられた分はその日の内に返しとかないと」
「うぇぇ!? 俺、こんなにしてなーーーーー! ふぎゃ!」
「あははー。 あれ?」
「ど、お、お〜〜っ けぇぇっ!!」
「うわ、 あー 」
バサッ
ゲシッ!
「いたいって〜〜っ と」
「はぁ はぁ はぁ はあああああぁぁあぁ………… 」
「あは。どう? これで寝れそう?」
「こ、呼吸困難で 疲れて、 ぜぇ… 寝 れ そう… 」
「笑うのも体力要るよねー、腹筋も鍛えられた?」
「ぜぇ、ふ… あぁ〜〜 この 時間に、 そんなん要らねーって の! は〜〜〜〜 も、ダメ。 は… 寝る、おやす み」
「ん、おやすみ〜」
「 ああ、 寝た ね。 あのさ…… 俺は、だね。 自分にとって、便利で都合の良いだけのナニかを召喚したいと 願った事はない。 それだけは、断じてない。 無い。
おやすみ また、明日」