104 そのココロは
めりー くりすま〜す。
カッチン!
はい、湯が沸きました。
教えて貰った通りに止めまして、コンロの使い方はばっちりです。 …ええまぁ、おばさまがお使いになられてたコンロとは型が違ってました。型落ちとか何も言うまい、おばさまが泣く。
では、次に進んでハージェストが出してくれたポットとカップを〜 あっためましょーか。
「なぁ、洗い流す感じでいー?」
「あー、そうだね。冬でもないし、そこそこで良いよ」
「だよねー」
お湯をちょっと注いで、ポットの中でくるくる回してシンクにペイッと。
パシャ、パシャン…
「この前とは違うのにしようか」
「んー、色んなの試したい〜」
戸棚に仕舞われてた茶葉の缶(小)を、幾つか出して選んでた。夜中の時は、持って来てくれた皿に菓子をざらざら乗せただけ。今日は最初から最後まで一緒です。
温めたポットを渡す。カップに湯を入れ、薬缶も渡す。茶は任せた!
カップの中の湯をくるりくるりと回して、シンクに置いたカップの皿にだーーーっ。もう一個も同じ様にだーーーっ。 少し時間を置く。 ぬるーくなりつつある湯を注意して皿からだーーっ。
湯切りした皿を布巾で拭く。
………あれ? 皿はあっためんでもいー? こーゆーあっため方じゃ駄目? …………別にいーよねー? カップも皿もちゃーんとあったか〜。 こんなもんでしょ。
カチャン、カチャ。
お盆を出して、その上に皿とカップ。セットアップ完了です!
…なんつーか、ティーカップじゃなくて安いマグカップでokな気もするが、そうすると雰囲気が台無しか? あー、言ってる事が台無しだなー。ある以上は使うのがいーよねー? どんなに高価でも使われてなんぼだよねー? 割れたら割れた時でいっかー。
ハージェストはポットに茶葉と湯を入れたら、戸棚からナンか出して見てた。
「何それ?」
「ん? ああ、茶請けに何か食べる?」
「いや、食べなくていーよ」
「じゃ、これを添えよう」
見せてくれたのは、棒状のナンかでした。甘味足しに、茶に入れてスプーンで混ぜるよーにして使うとか。
「好き嫌いが別れるから」
「ふーん」
一本取り出して差し出すんで、くんっと嗅いだら… ハーブ系の匂いがモロに鼻にキた。
「俺も専門修得してない、見よう見まねだから」
とぽぽっ…
試しに少し淹れた茶からは良い香りがした。淹れ方は様になってた。
「……うん、まぁまぁ香りが立ってる。 どう? こんなもので良い?」
「ばっちり」
まぁまぁなのか? 時間を計ってもいないが、十分良い香りだぞ?
俺の舌は繊細な違いがわかる程に肥えてはいない、普通だ。そりゃー、好みはあるけどね。買って飲むなら、あのメーカーってのはあった。しかし、奢りなら何でも受け取ろう。 …ハズレ狙ってるんなら、突っ返すけどさ〜あ。
ハージェストが淹れてくれたから、俺が盆を運ぶ。
寝室の方の部屋で慣れたから、大抵そっち。
しかし、二人してこんな感じと頷いて、よしよしとその場で淹れたのは失敗だった。
「イケる?」
「へーきだ、それよりドアを頼む!」
「わかった」
ガチャン。
慎重に、慎重に運ぶのだ!
いや〜、部屋に持って行ってから注げば良かったよ。ポットに残ってるし、運ぶのに神経使わんで良いし。うっかり転けて撒いたら染みになる、あっちこっちのリッチ品が駄目になる。落として割るのも怖いわー、破壊魔レッテルいらんわー。
手順を間違える、しょーもない経験から一つ習得したですよ。周り中がリッチ品じゃなかったら、どーにでもなるんだけどな〜〜。
「ふううっ…」
「あー、うま〜」
無事に運び終えて、二人の共同作業で無事に生み出された、きっと『普通より高級な茶』を飲んでいる。 ……それともナニか、『高級だが、淹れ方が今ひとつかもしれない茶』の方が良いか?
物は言いようだが俺は嫌だぞ、淹れてないし。
ガリ、カリッ。 ガチ。
…キ、ィ
テラスのドアが外からノックされ、ドアノブ(レバータイプ)が下に落ちた。ちなみに、ドアノブのレバーは単なる横棒じゃない。ナンかの尻尾のよーなデザインだ。 …尻尾じゃないかもしれない、単純に流線型と言えば良いのかもしれないが、特に気にしない。気にするならドアへのノック跡だと思う。
開いたドアの隙間から黒い鼻面だけが突き出された。
そこから動かない。
…動かない。鼻がスンスン動いてるのが見える。嗅覚で全てを察知しようとしているのは、さすがと言うべきか。いや、犬って言うべきなんだろか? しかし犬だから。 うむ、やっぱさすがでイイな。
「アーティス」
呼んだら即座に体が捩じ込まれて、ドアが大きく開く。
こっちを見た顔は嬉しそう、尻尾も揺れてるし。軽快な足取りに俺もカップを置いて、迎えに立つ。
「キュ〜〜〜ウッ」
可愛らしい鼻声と共に、アーティス、お・お・き・く背〜伸〜び〜〜〜〜〜〜〜〜。
「うおっ!」
「がーんばれ〜〜」
席を立たないハージェストの声援を背に、アーティスを抱き締めーる!
ダンッ!
片足下げて耐える!! 重くても耐える!! 潰されないよーに耐えーる!! 耐えた次の瞬間、顔面べろんちょされた。
「ガフッ」
「ぶっ!」
「ワフッ」
「うべ!」
べーろべろりんされたら、顔に頭をす〜りのずーりとしてくれた。そして俺は耐え切れず、しゃがんだ。勢いと重みに負けた。 ふっ、べろんちょされた顔に黒い毛が付いたな。
「アーティス」
俺が終わったから、次はハージェストの元へ向かう。 …さ、ドア閉めとくか。さすがに閉めないからなー。
椅子に座った状態で差し出す手のひらに、頭をぐりぐりして、ハージェストもわしゃわしゃ返してる。椅子に深く掛けずに浅く掛け直してる所に技術を見た!
しかしお前、多少成りとも足は踏ん張ってんだろー? でないと頭突きで椅子ごと引っ繰り返りそーじゃない〜?
それでも、俺とハージェストへの対応の違いに何かを思う。しかし年月の違いだな、叱られ度数の違いだろう。同じの方がおかしいわ〜。
テーブルに戻り、台拭きを手にする。水を絞った濡れた台拭き。面を引っ繰り返す。
「あ、それ」
「もうコレで良い」
持って来といた台拭きでゴシゴシ顔拭いた。台拭きでも、部屋には古くて汚いの備えられてないしー。
アーティスも落ち着いたんで、お茶を再開。香りも味も堪能した。それでは、新しい味にトライです。スティック入れてぐーるぐる。多少冷めたんで、ポットからとぷとぷ注ぎ足し。再びスティックぐーるり〜。
「どう?」
「うーむ… 」
ごくり。
「おいしーと言うには微妙な… しかし、まずい〜と言うには及ばず」
「その心は、どっちでもイイ?」
「そんなとこ」
アーティスが鼻をスンスン鳴らすんで、スティックを出してみた。ふいっと横向いて離れて伏せから寝そべった。実にわかり易い。
「ははっ、今日は無かったな。アーティス」
「ごめんなー。 あ、おかわりいる?」
「じゃあ、少しお願い」
ハージェストのカップに少し注ぎ足す。二人して、そのままゆっくり飲んだ。
「アーティス、お前が来るの大体この時間だよなー。けど、他の時間帯にも来てたりしない?」
それっぽい足跡を見てたんで聞いてみる。
だが、返事はない。うむ、あるはずない。
「夜中の巡回してたかな」
「…菓子食いで気付かなかったかな? 巡回は子供の頃からだっけ?」
「そうだけど最初はしなかったよ。躾の一環で夜は寝る様にしてたし、俺の部屋で寝らせてたし。だけど、むしゃくしゃする事があってさー。夜の夜中に出掛けたんだ、俺が。その時、アーティスも起きてね。眠そうなのに無理に起きて鳴くから、一緒に連れていった。 そしたら、そっから完璧に夜歩き覚えちゃった。あはは」
カラッと笑うねー。
「それから少しして、外で寝る様になった。俺の方が寂しかったよ。まー、そうは言っても寝床を庭に移しただけだし、庭からは出ない。それにアーティスが番犬してくれて、すごく頼もしく育ってくれてさぁ。無駄吠えはしないし、時間帯不明で突然出てくるってのは撃退にもほんと最適だよね」
………………その口調は実績有りか。アーティス、すごいな。 こっそり忍び寄って後ろから突撃したんだろ?
「アーティス、偉いね」
「ああ、昨日も午前中頑張ってくれてたんだよ」
「昨日も? 何してた?」
「あー… あのね、ほら。薬湯が必要な者がいるって話をしたろ?」
「…あの薬湯。うん、覚えてるよ」
「そいつらの状態ってのが、イマイチでね」
「え? なにそのイマイチって… よ、容体が悪い?」
重くなりそうな内容にビビるが、ハージェストの表情は全くどーでも良さそーだった。ってか、うざそー… それが何とも言えん。
「いやね、原因が不明… 多分、アレが原因だと思うのはあるんだけど、やっぱりはっきりしなくてさぁ。それで容体は安定しておかしい」
「…安定っての? それ」
「変わらないんだから、安定じゃない?」
茶を飲む姿も安定してるよ。
「怖がらせると思ったから言わなかったけど… この館の敷地内には牢があるんだ、他にもあるけど満杯続き。ココに入牢させてるのは上になる奴らとか、情報握ってそうな奴。それと力が強いとわかる奴ね」
「へ、へー… あのさ、質問。何で見ただけでわかるんだ?」
「ん〜? あー… 何て言うの? 感覚でわかるんだよねー。感覚が鈍い奴もいるから、完全にわかるってもんじゃないけど。 肌で感じるってか、こう… 言い難いけど、わかるんだよ。 力を隠してる場合は隠してる量は掴めない、でも、隠してるって感覚は掴める。 何かしてるってのは、ほんとーに残念だけどわかる者にはわかるんだよ。力の大きさに技術等で違いは出る、それは確か。でも根底で同じ位置に立ってるのは変わりない。強弱があろうとも、それだけは変わらない。
俺は量を補うのに感覚を養う事も徹底した。その辺は徹底したから読み間違えしないつもり。でも、兄さん程になると… 難しいね。乗り越えられない壁だけを仰ぎ見るよ」
「…それがわかるのも、努力の結晶があるからだろ?」
「その通り」
ニッと笑う顔に嫌みも気落ちもない。
…乗り越えてなくても、乗り越えられるってヤツで良い? だってなぁ、今の顔は自信だろ? お前の自信。
「あ、それであの薬湯飲んでも意識がトンだままでさぁ」
「うそぉ!! あの黒薬湯飲んで、どーして意識トンでられるってのさぁあああ!!」
驚愕に目を剥いた。
「味覚馬鹿だよ」
しれっとした一言で終わった。だが、気持ちは嘘だと叫んでる。 まぁ、俺の味覚じゃないから… 良いか…
「全員が全員同じじゃない、軽度か重度の違いはある。医者の見立ての一つに、ショック症状だろうってのが出た」
「あ、やっぱ医者のせんせー忙しいんだ」
「うん、もう一度診察をと考えたけど、栄養補給と休息に安心が一番の要だろうから」
「あ、現在の俺は病人ではないと思います。だいじょーぶ」
「そう? どうかな、まだじゃない?」
「え? そうかな」
「宿のガキへの決で気持ちが疲れて落ちたろう?」
真顔に思う。
……………そんなんもう流した。お前との夜中の菓子食いで終わった。 終わった、ん、だ け ど、な〜あ? こーゆー風に気にしてくれる、細かい奴とは思わんが大雑把でもない。 ………ほんとハージェストは気遣いできる。 優しいんだよな、 ふぅ。
「終わった様に思えても違う時はある。それにエッツへは差し向けたけど、まだだしね。 ぶり返しはあるものだから。 変な無理はしない、だよ」
「……うん、そーする」
エッツ。 うん、そーだったねー。うわー、本気で流しちゃってるよ。そーんなの。 気配り。 気配り気配り気配りですよねー。 もしハージェストがそうなった時、ちゃんとフォローできるんか?俺は。 うわあ… そっちの方が心配だな…
脳内ぐるぐる動かしながらアーティス見たら、尻尾をぱったんした。
「それでだね。ショックでなったんなら、もう一度ショックを与えてみようって事に」
…そうか、ショック療法って奴か。
「…ん? え? アーティスでショック?」
「そう、軽度と重度を数人纏めて一部屋に入れる。部屋は広くない、そこへアーティス投入。吠えさせた」
「吠え?」
「そ、威勢良く吠えて貰うのに、前日から夕食少しで朝食抜いた」
爽やかに言った内容を脳内で反芻してみた。
カツン、カン…
「よっ… と。 アーティス、頼むな。思いっきり吠えてくれ」
「襲っても… まぁ良いが、やってしまうのは無しだ。そこら辺で止めといてくれ」
「グゥゥ… 」
「本当に殺しませんか? その魔獣は」
「大丈夫ですよ」
「多少の治療は必要になるだろうが、その程度は範囲内としたものだ」
「もちろん治療は可能です。可能ですが…」
「それから、魔獣じゃなくて犬だぞ」
「そ… そうです、か?」
「そうだ。ハージェスト様の飼い犬で、家の方々が可愛がってる賢い犬だ」
「他にショックを与えられるとすれば竜達になるが? しかし、ここに入れるのはどう見積もっても無理だ」
「それはそうですが…」
「あれらを外に出すのもな。円陣組ませた竜達の中に放り込めば、一発だとは思うがね」
「お二方、あの犬でしたら大丈夫です。犬に思えずとも、賢い犬です。私も同行しているので知っています」
「…そうでした」
「その話は何度もしましたのに、申し訳ない。間近で見ると少々心配に」
「いえいえ、慎重なお二方こそが」
短いやり取りで医者の三人は笑みで互いを持ち上げる。竜騎兵の二人は、それが終わるのを横目で眺めて待機しつつ、黒犬を抑えている。
「では、始めよう」
「「「 はい、そうしましょう 」」」
ギィイ…
「頼むぞ」
「成果を祈る」
皆の期待を一身に背負って、黒い犬は足音一つも立てずに入っていく。するりと扉の先に身を滑り込ませた直後、扉はガチッと閉じられた。
『ガアアアアアアアッ!!』
『ひっ!?』 『ひあああっ!?』 『あ あ、あああああ!』 『あ? ああっ!!』
ゴッ! ガツッ!
『ぎゃっ!』 『ひぃっ!』
ドンッ!
『だ、 だれか っ!』 『ガウウウウウッ!』 『や、 な、 なんで、なんでこんな んあっ!』
『だっ! だ、すげっ』
『ま、じゅ うがあああああ!!』
『 ぎぃ ゃ、あああああああ!!』
「ん〜? 一人、覚醒したか?」
「あの声は… あいつだな。 ふーん、存外早いな」
「や、 ……やりましたな! 症状の改善がみられましたよ!」
「ええ! まずは第一歩です!!」
「乱発は危険ですが、やっぱイケますなあ! でしたら、今後の方針に確認の手順をですねぇ!!」
竜騎兵達は冷静に耳を傾け、叫び声と物音と言葉の聞き分けに徹していた。
医者達は改善に狂喜乱舞している。「やったぜぇ!」で、うっきうきのイイ顔である。内部観察ができない状況がもどかしげだが、五人中三人は視覚外で把握している。
狭い部屋からは。
逃げ惑う足音に倒れる音、床を蹴るのか扉を叩くのか強い打撃音が響く。喉から紡ぎ出される生死を掛けた狂おしい悲鳴。それを上回って掻き消す咆哮が途切れずに続いていた。
繰り返される音は地下の狭い部屋に反響した。
咆哮が成す残響を返し、その残響が終わる前にまた吠える。腹減りに、鬱憤払しを兼て吠えては甚振り脅して襲っている。どう見ても躾の効いた犬の所業ではない。
足を咥えて引き摺り回す。踏み付ける。抵抗に身を捩れば離して体当たり。
ドゴッ!
『あぐっ!』
『いいっ!』 『ひぎゃあああ!』 『…!』
ぶち当たられて体が吹っ飛ぶ。ゴロッと転がるのが他を巻き込む。狭い部屋であるのが被害を続発させる。一つの終わりを見届ける事なく、次へと取り掛かる。やらなければ遊んで良いのだ。
ビチャ! ボタタッ…
『いいいっ!』
幾多の騒音が生々しく生み出す、延々の谺返しがそこにあった。
考えれば考えるだけ、すんごく怖い事態じゃないのかと不安になる。
内心ビクビクするんだよ!
「軽度の奴は完全に脱したそうでね。ちょっとは引き摺ってるらしいから、ぼろぼろ泣く程度の事はするそうだけどねー。意識は戻ってるし、それまでの行いに比べたら可愛いもんだよ。あはは。アーティスが頑張ってくれたお蔭。遊びとそうでない事の区別はつくものなぁ、アーティスは」
ハージェストの言葉に尻尾をぶんぶん振った。振るアーティスは可愛かった。起きてハージェストの近くにベタッと座り直す。 もう、でかくても可愛い…!
「アーティス、ちゃんとわかるんだ。すごい、偉いな」
「ワフッ」
誉めたら、もっとご機嫌になった。
アーティスは皆に頼まれたから、やっただけ。これは自発ではない。そして、アーティスは誉められて喜んでる。うん、アーティスはちっとも悪くない。容体が改善されたんなら問題ないよね? うん、ないねー。良かったあ〜。 あ、違う! ご飯抜かされたアーティスが可哀想なんだ!
「よしよし」
ハージェストとアーティスと。
部屋でまったり寛ぎながら、アーティスのきっと楽しい他の武勇伝を聞いてみた。
そうこうしてたら、ヘレンさんから夕食のお話が来たのですね〜。そんでアーティスは外へ行っちゃった〜。
え〜、本日の夕食は、セイルさんとリリーさんのお二人を交えて、ご一緒に摂る事になりました。異論はありませんが場所はどこでしょう? こーゆー時にそれを第一に聞かねばならん手がね〜、やだね〜。 あ〜あーっての。
「準備に掛からせて頂きます、そちらをお下げしてもよろしいでしょうか?」
「お願いしまーす」
ヘレンさんはキリッと顔で言われました。夕食は隣の部屋です、助かります。ティーカップに、使った台所を片付けして下さいます。メイドさん、やっぱ助かるぅ〜。 …慣れてく自分が怖いな〜、自活って言葉忘れそう。
ココン、コンッ
「失礼します、先にリリアラーゼ様がお越しになられました」
「あ、はーい」
「どうぞ、姉さん」
「あの時はごめんなさいね、あんな声を上げるだなんて… ほんと、みっともないったら。 あら、髪を切ったのね。前髪がなくなってスッキリしてよ」
悩ましく寄っていた眉根がパッと開いて、にっこりした。笑顔になったが、憂いとは言わずとも微妙だった最初の顔に、俺は気持ちを引き締めた。
勧めた椅子に優雅に腰掛けられて、はい、本番ですね。
「あの後、お兄様とあれらの品定めをしたの。どう見ても良い品だったわ。どう考えても人が作る品、それに動物が飾りを必要とする理由も思い付かないわぁ。
召喚獣が人に変化する時に半端になって、獣人と呼べる形を取るのは知ってます。見た事は無いのだけど… 歪の一言に尽きると言うわ。その姿が獣人の呼称の始まり。歪んだ姿を長時間維持するのは無理と聞くし、私も無理だと思う。失敗の状態を続けるのは体に負担が掛かる、それに自分の失敗を喜ぶ召喚獣もいなければ、他人に見せたいと思う召喚主だっていないものね」
うんうんと頷きながら、しみじ〜みと言われました。
…そういう形で存在するんだ。リアルなら怖いのか、もしや見た目ホラーが正解とか? 空想上と言い切ったセイルさんの目には、どんな風に映るんだろう。あの人の目に、ちび猫の俺はどう映ったんだろう。
「それと… ノイちゃんの世界のお話を、お兄様から詳しく聞いたの。確認に私も聞いて良くて?」
「………はい、どうぞ」
リリーさんのご質問に、ちょろりちょろりと答えました。
ハージェストは、俺の人認定に関わる事だから止める必要ないんで黙ってます。
「うーん… そう。 そうなの… 長きに渡って律を変えた事がない。 そうね、それは変える必要がなかったからよね。つまりは安全で平和な国に居た。そうであるのは間違いないのねぇ… でもそれならそれで、やっぱり不思議。
どうして律を守る事が周りを見ない事に繋がるのかしら? 繋がれる思考が読めないわぁあ〜〜。もしやそれが律を変えない事に繋がってるのかしら、それともそこだけに拘ってるのかしら? 違うのかしら?? いやぁだ、私どこかで見誤りそう。
ん〜、友好な国でも軍は居て欲しくない。それはわかるわ。それなら、さっさと止めれば良いのに。どうして止めないのかしら? 自国の者だけですれば良いのよ。それなら円満解決でしょうに。
…まぁ、その場合要るのはお金だけどね。不要で終わりじゃない以上、あったモノを失くす穴を塞ぐ必要がある。要るのは人員でしょ、熟練者かどうかでしょ、素人じゃあね。他に与える装備品に補充品。それから、そういった物品の製造元の確保に〜〜 ああ、拠点の整備点検も。それらを構える財源を継続して維持できるかどうかでしょ? 穴が大きければ大きいだけ、お金も人も要るんだから。 こういう事態の急拵えは良くないのよねぇ。 後は〜〜 それらの準備が整うのを相手が待ってくれるかって事くらいかしらぁ?」
指折り数えるリリーさんも大変お綺麗ですよって。
「うーん… 国と考えたら、考えがまだまだ足りないかもしれないけど… 自領と考えると、私にも多少はわかり易くてよ。実際、そういう領はあるから。自領の兵が足りない、でも回す人員もない。そんな時には傭兵を雇うのね。個人よりは傭兵団よ。紋を掲げる兵団になれば、もっと安心。確かにお金は掛かるけど、どこに重きを置くかに依って安いか高いかなんて変わってよ。兵団に属するなら交わした契約は必ず守る。契約を守らない兵団なんて、信を問う以前に誰にも相手にされないか叩かれるもの。 うふっ。 その分、契約がすっごく手間なんだけどね。
兵団と言っても、人の集まり。抱える事情は様々だわ。約定期間の終了後には、その領の正規兵になる事を望む者も出る。そんな事を除いても、終了後は後腐れ無く切れるものなのよ。 ま、そうは言っても綺麗事じゃないから悩み所も尽きないけど。
これらと全く同じとは考えられないし、考えてもいけないのでしょうけど〜〜 何を持って安全で平和と見做しているのかしら? 未来を夢見るのなら、形成する今の足元の形を正しく見極めるべきでしょうに。
それともアレかしら? 見ない振り、じゃない… 本気で理解しようとしてない? いえ、理解が追いつかない??
いたのよねぇ… そんな人。 聞くとも無しに傍で聞いてしまった私達が理解したのに、その人、わからない〜って困ったお顔されて… 気持ち尖ったお顔もされて… 結局、このままで良いんじゃないかしらって。
どうして良いかわからない、だから現状維持。その気持ちもわかるんだけど… 英断には程遠いわよ。詰まる所は先延ばしで、後に残していってるだけだもの。せめて目処の一つも立ててあげないと。後始末する家人が大変。あの従者、何だか可哀想だったわねぇ。後々揉めたら自分の事は棚上げで、誹る事だけはしそうな人にも見えちゃったのが嫌よねぇぇえ。 うふふっ」
後半からは思い出しに遠い目をしてた。
こーゆーの、反面教師でイイんかな? ナンか違いそーな気も。
「でも、そういう所に居られたのね… ほんと色々あるのね…… 考えなくても良い、それは確かに楽だわ。立場の違いもあるのでしょうけど、何も考えずに憂慮無く居られる。素敵で良い事だわ。 そうね、思い描く理想そのものにどこか似てるかもね。 うふふふ。 異界って、ほーんと不思議だわああ〜〜」
リリアラーゼさんの笑顔は… 輝くばかりの笑顔は、すっごく素敵だった。蒼い目は優しく微笑んで、金の髪が彩りを添える。
十人中、十人全員が素敵な笑顔って絶対言う。断言できる。嫌みも腹黒さとも無縁。同性だって、きっと素敵な人って憧れる。そんな笑顔。
しかし、その輝く笑顔に俺は思う。
『ブルータス、お前もか!!』
おねーさま、あなたもそーですか。やっぱ話はそこへ落ち着くのですか。でももう免疫できたけどね。うん、できたけどねー。
「姉さん、この話はこれで終わりにして下さい」
「え? ええ、そのつもりだけど?」
なんと! おおお… ハージェストが、ハージェストが俺の気持ちを汲んで終了宣言出してくれる!! うあ〜、優しー!
「いえね、気落ちがあった所で、そう何度も繰り返されると里心がつきそうで… ものすごく嫌なんです」
「え? あら、嫌だ。どうしましょう」
上品に口元に両手を当てるリリーさんとハージェストが俺を振り返る。俺を伺うリリーさんの目は、心配そ〜うになってた。 はい、二人の優しさが溢れんばかりです。
溢れんばかりでもだな、ハージェスト。ちょっと待て。さすがに、こんな話で里心は出んぞ? 無理だぞ。姉ちゃん、おばちゃん、友達とかなら違うけど。
『こーゆー話で里心が出るかいっっ!!! 俺を馬鹿にすんなあああああっ!!!』
…心の中で吠えてみたが違うよな? そーゆー話でもないから、どーすんだかな〜。つかさー、真面目に話せば話すだけ、変にどつぼに嵌まってってんな〜。
うー。 俺の説明が悪いんかな〜、教えられ方が拙いんかな〜、知識が足りないだけかな〜、教えて貰ってないとかぁ〜? 教えられ方は言及すると責任転嫁だから却下する〜? いやもうほんと説明の不足に無知の知の半端さ加減を知り得たみたいなあ? はっはあ〜。
他国だったら違ったとか? 誰かが説明代わってくれたら、違う話になったんか? もっと正しく理解してくれた? 俺と同じ年齢で代わってくれる奴、求む。
っても、もう遅いやね。
だって 此処に居るの 俺だけだもんよ。
…だけどさー、ハージェスト。 気落ちってより、これ気疲れじゃない? ねぇ、違うー? うう、ニコちゃん笑顔は無理ですよー。張り付ける気力も減ってますー、張り付けてる時点で違ってるとも思うけどな。
「お出ででございます」
「すまんな、思い出した事があってな。待たせたか? っと、髪を切ったのか。サッパリしたなぁ、似合ってるぞ」
笑顔のセイルさんのご登場となりました。
一気に空気が変わります! 俺もうんうんと、張り付けではない笑顔で頷いときました!
「待つ暇などありませんでしたわ。ノイちゃんとお話して、すっきりしましたし」
「そうか、それなら良い。別件の話もあるが小難しい事はない、先に食事としよう」
「そうですね。冷めない方が良いですし、ね?」
そうですか、すっきりですか。良かったー。本当にもう終わりと見做して良いんですねー?
笑顔の皆とご一緒に、夕食を摂りに隣室へと移動です。
ご飯、ご飯、うーまうま〜。なんですが。
メイドさんずが廊下に繋がるドアを全開にして、こちらに向かってビシッと整列してました。内心『えー!』ですよ。ですが、一番上の三人が揃ってるんです。
だから… 大丈夫だろう、うん。 狼狽えるな、俺。
内心のビクつきを抑え、気合いを入れて意を決し、顔を上げてメイドさんずにえへらっと笑っといた。
実際の給仕はですねぇ。
室内に留まってたのは、ヘレンさんにステラさんにロイズさんだけだった… これは肩透かしなのか、信頼不足と戒めるべきなのか… ううむ。
本日のスープは大変美味しいのです。何かわからんので聞いたら、単語がよりわからんかった。しかし覚えよう、飯ネタで覚えるのが早い。
スープはおそらく、干した貝… 貝柱?で取った出汁に何かのミンチが入ってて、大根か冬瓜かそんなんがございます。味が大変しみて、うめ〜。
メインは肉です。鳥肉です、腹に野菜その他をいっっっぱいに詰め込んでるよーです。ほんとに丸丸っとした腹してます。首と毛の無い鳥の形状が見事にこんがり焼き上がってます。照り焼きのよーに黄金色に輝いてます。それが、どどんっと付け合わせの彩り野菜の上に纏めて三羽も居座ってるんです。背中合わせに座ってる姿はトライアングルで、ある種とってもシュールです。
その内の一羽をセイルさんがナイフで切り分けてくれた。どすっと皿に取り分けてくれた。皆に促されて食ったら、食った覚えの全くない味がした。
「んまっ!」
衝撃に、他の言葉が出ない。
「そうか、美味いか」 「良かったわ〜」 「もっと食べよう」
それから煮込まれた何か。肉ではない、と思う。だってこんなメニュー、今まで見たことないんだよ。 …うんうん、世界が違うからあ。向こうのリアルのご飯とも世界が違うしぃー。これはリリーさんが装ってくれました。
次に、芋と何かを炒めたのに卵をスクランブルみたいなの? ハージェストが盛ってくれる。
どっちも「うま〜」でした。
他にもあるのですが、普段と味付けが違うと思います。頂いてきた食事はどれも美味かったのですが、この違いは二人がいるからでしょうか…!? くぅぅうっ!!
でもあれで満足してたから、胃に優しくて良かったんだろな〜。美味い物は、シボーとトーでできてると誰かが言ってたな。ふふふ。
デザートはプリンです。真っ白なプリンです。ミルクプリン… だと思うが中が不明。不透明。某ナニかが入っていてもわからんではないかあああああ!! あ〜。
しかし、でかプリン。皆で取り分けるでかプリン。…取り分けたら中味は見えるか、あは。
これは皆より早く、食う事に根を上げた俺が取り分けました。
「ええ、ノイちゃんが取り分けてね」
「はい!」
張り切ってチャレンジしましたが、形状を残して上手に取り分けるのはチャレンジャーでした…
セイルさんにリリーさんにハージェストに、俺。
どうやれば綺麗に取れるか、見映えよく置けるか、悩みながら頑張った。無事に終わったら、もっと多く取れと言われた。
無理だ、腹に入らん。皆、ほんとによく食べる。
ミルクプリンは甘くて中にナンか入ってる。…どーやら米粒です。うん、初めて食ったよ。
使用した皿の取り替えや、料理の上げ下げを三人がしてくれてました。ロイズさんが指揮です。ステラさんとは目線だけでイケてます。ヘレンさんは完璧見習いの立場です。
そして俺を除いた三人は酒を飲んでました。食事の間、酒の注ぎとかもしてました。
「ん? 飲んでみるか?」
一応、聞かれた。
その言葉に隣のハージェストのを見た。
「はい」
お試ししたい品に視線を注ぎ、顔を伺い、そそそっと下手を出す。そうするとスッと物が寄ってくる。もう言わなくても、一口くれる。なんて便利。
ふんふん香りを嗅ぎ、舐めるよーにぺろっと一口、ごっくん。
「うっ!?」
「止めとこ」
あっという間に回収されたが、『あーっ!』と思う暇もない。
体がビクッとした。なんか走った。
味… よりもアルコール度数だと思うが… 酒は終了した… まぁ、まだ茶か果汁で良いか。白湯よりはランクアップしてるし。
「さて、構えた物を」
食事も終わって落ち着いたら、テーブルの上も片付けられて綺麗になりました。セイルさんの一言で、ロイズさんが銀色のトレーを持ってきます。
「どうぞ」
新たにテーブルの乗せられたのは、二つ。
「まずはコレだ」
見るだけでも重そうな袋です。言われて手に取れば、やっぱり重い。だが、この感覚は…
「開けてみろ」
促されて口紐を解いて開けたら、中にみっっっっっっちりと金が詰まってました。金色ぺかぺか、銀色ぴかぴか、朱金がつやぴか、銅色つるぴか、そして白金がぺっかできららららんと光ってました。
「それはな」
えー… 異界に友達がいるって聞かされた時も、『なにそれ』と思いましたが… 異界の友達の預貯金に、俺名義の金があるってどゆこと?