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召喚  作者: 黒龍藤
第一章   望む道
10/239

10 みたものは

 

 耳障りとしては高レベルに位置する音に、カッと目を覚ます。


 バチン!


 思いっきり頬を叩く。痛い。衝撃でほんとに目が覚める。しかも不発だった。

 あの音は絶対、蚊だ。


 ちくしょう! 逃がしたか!




 …? ここ、どこだ?





 夏の太陽は強い、落ちてなおその力の余韻を投げかけている。周囲をみれば一瞬戸惑ったが涼みにきたあの場所だと思い出す。足元に愛用のバッグもちゃんとある。



 …うたた寝でもしてたか? 



 寝転がっていた姿勢から起き上がり、胡座をかいた前かがみの体勢に移行する。髪に手を突っ込みながら、こめかみを手のひらで押さえて唸る。バッグから携帯を取り出して時間を確認した。



 図書館でて、ここに来て涼んでいて… 割と時間が経っている。けど覚えがないからやっぱ寝てたんだな、俺。



 バッグの横にペットボトルが転がってあった。手に取ってキャップを捩じ切って飲む。水分が体の中に沁み込んでいくのに思わず、ふぅ、と息をついた。



 しかし、うん、生温い。もらった水はひんやり美味しかったのに。


 そこまで思って凍りついた。




 ひんやり美味しかった水、は、だれにもらった…?


 何かが堰き止めていたかのように一気に記憶が噴き出した。

 開いた口から一つの名前が飛び出そうとしたが、飛び出す前に次々と思い出す記憶の鮮明さに冷や汗が伝いそうな感覚に陥る。押し寄せてきた記憶の渦に成す術無く踞ってやり過ごすが、急激すぎる奔流に脳の処理が追いつかず目が舞う。


 吐きそうで気持ちが悪い。いや、このままだと確実に吐く!




 息をする。



 喘鳴のように繰り返す息を落ち着かせようと、何度も大きく息をして跳ね上がる心拍数と全身を襲った緊張を弛緩させようと必死になった。

 握り締めていたペットボトルがペキッと音をたてたから、握る手を口元に。

 

 あおるように飲めば咽せ返り、零れ、咳き込んだ。


 息苦しさと記憶の感覚が混じり合い、体が勝手に震えて薄く涙が滲んでくる。時間をかけてほとんど飲み干し、体をごろりと横たえれば地面は夏の太陽の輻射熱でまだ温かかった。その温かさでようよう落ち着いた。


 寝転がったまま、シャツを捲り上げて腹をみて手のひらで叩く。

 べちっと音がした。

 ゆっくりと体を起こし服の上から左太腿を擦り右肩を撫でる。立ち上がって軽く飛んでみた。屈伸する。右肩を前に一回転。後ろに一回転。ぎゅっと体を捻って動かしてみる。


 別にどこも痛くない。



 いま体に異常はない。あるとしたら、記憶と精神に分類されそうだ。

 そう思えば口から乾いた笑いがでた。


 ちょーっとでっかい鳥に左太腿を爪でがっつかれて、腹は突き破られて抉り回され、右肩ぶっちぎり状態で手首も痛めて最後出血ばっちりで逝ってしまう夢みてましたぁ。


 どう考えても精神科の先生のお世話になりそうな話だ。




 座り込みそうな自分を叱咤して、バッグとペットボトルを持ち周囲を確認する。何もないことだけを確かめ直して振り返らずに道に出た。





 問題なく歩く。平気。痛くない。

 人とすれ違う。自転車と行き交う。自動車が走行する。信号機から歩行者通行時の注意喚起の音が流れる。他人の会話。携帯電話から発せられる音。電話を繋げてしゃべりながら歩く人。訪れる夜陰に自動車の点灯が明るさを示す。人々の賑わい。

 ここは、俺の日常生活の場。俺の知っている場所。なにも変わってない。なんてことない現実になんとなくほっとする。バッグから携帯電話を取り出せば、いつの間にか着信が入っていた。友達からだった。



 友達に連絡して、夢を見たと言って、今の話をして、馬鹿話に変えて、いつものだべり話に話題を移して、いつもの通りにー

 


 手は動かなかった。


 深刻になるようなことでもないだろ、あれは夢。

 そう自分に言い直してもどこで躊躇うのか指は動かない。

 いつものネットにつなげる気もしない。


 目を閉じる。 


 目を開く。


 どこにも繋げていない待ち受け画面を眺めて、電源を落とした。




 周囲の街灯が点灯し始め店舗の明るさが増していく中、同じ場所にいるのに一人その輪の中から外れて取り残された気がした。

 ただ、幾つものわからない感情だけが心の中でひしめき合う。


 自分の手の中にある、条件付け次第でどこにいても誰とでも繋がれるはずの便利な道具を黙って握り締めた。




 ……捨て去るなんて簡単だよな?

 情報をつぎ込んで忘れるのも簡単だ。


 でも、いま抱えるこの気持ちを無意味に笑って消し飛ばしたくない。

 きっとそんな風にごまかしていい感情じゃ、ない。

 ここで向い合ってるのは、たぶん俺。

 いま欲しいのは他人の言葉じゃないはず…

 望むのは自分の納得。

 考えて決めるのは誰だよ?

 心を代われる奴なんかどこにもいない。

 誰も代われない。

 代われないものを譲りたくもない。

 譲れるものでも、ないよな?


 自分でないと納得できない。それなら優先されてしかるべきは俺の気持ち、で正解だろ? 自分で自分を大事にしなくてどうすんだよ? いまがそういう時のはず、だろう?





 目の前にあるスーパーに立ち寄る。入り口近くにある自販機横のゴミ箱に握り続けていたペットボトルを捨て、店内に入って甘味を漁り値段と数を比較検討して購入する。



 家に帰り着けば姉がいた。

 予定より遅くなるなら連絡を寄越せと怒られる。自発的にするようにとも言われた。年が年だからそんなに言う気もないけど、自分でいったこと位はきちんとしておいでと呆れられた。


 はい、その通りです。わかっています。不慮の事故です。うたた寝なんてしようとも思っていませんでした。ついでにいえば、こんな言い訳したらシロい眼でみられるのも理解しております。

 そう胸の内で訴えながら甘味を姉にそっと差し出して、にへっと笑って逃げてみた。


 今朝言われた事だから分が悪すぎる。連チャンの三度目が来たらやばすぎる、ご飯が遠くなる。七歳年上の姉と喧嘩をしても勝てやしない。まして、今回は勝てる要素がどこにもない。

 甘味グッジョブ。

 財布の中身が悲しいが、うん、きっと俺もグッジョブ!


 姉が作ってくれてた夕食にありつき、うまうまと食い、さっさと皿を洗って機嫌を取っておいてからシャワーを浴びに浴室にいく。

 早めに休むといって部屋に上がり、もう電気もつけずに自分のベッドに横になる。


 そこでようやく力が抜けた。








 記憶を、手繰る。


 出来るだけ克明に。散ける記憶を繋ぎ合わす。どうしても強くでるのが最後の記憶。

 まずい、言い間違えた。と、ざっくり自分がやられたところ。自分の記憶の残念さにがっかりする…



 恐怖は薄れるもんだ。いや、薄れてくれないと困る。

 夢で主役を張ったにしては残念な。

 だが夢だと言い切るには、感情が… 生々しすぎる。特にハージェストの表情が。子供の頃ならいざ知らず、この年になってあそこまで感情をみせた記憶はない。喜怒哀楽は出してると思うけど。

 ただ、あの剥き出された表情が頭の中に残っている。蒼い目の揺らぎを覚えている。あんな表情は友達でもほぼみたことがない、と思う… まぁ、あっても俺も自分からみせたいとは思わんけど。

 思い出す表情がはっきりしすぎていて、夢だと切り捨てられないことが感情の波を生み続ける。

 その割に鳥にやられた時の痛みなんかは思い出さない。思い出したくもないが。




 だけどあのことが夢でないとしたら、どうして俺は怪我ひとつなく生きている? 漫画でよくあるご都合主義で主人公は死なない鉄則?


 …馬鹿みてーだ、ご都合でも誰がすんだよ。どうやるんだよ。どう考えても普通に死んでるって。無傷ってなんだよ。俺の足に突き刺さったままだった、あの鉤爪どうなったって。

 イザナミ様だって、黄泉路を抜けて地上には出れなかったじゃねぇか。 …ああ、ちょっと違うか。



 はぁ… 


 寝返りを打って壁に向かう。


 心のどこかが納得しない。あれは夢じゃなかった、と言い続ける。でも、どこにも証拠はない。もらった指輪もない。あるのはこの記憶だけ。

 誰にも示せないこの記憶と感情だけ。







 はぁぁ… 痛すぎて嫌すぎる。

 間違いなく精神科だな… それとも心療内科か。 いや、記憶障害系とかも示唆されたりとか? あー、やだやだ。




 …とりあえず置いといて、他の状況はどうだったっけ。


 そうだ、あの検査官っていったあのねーちゃんだ。あれ、最悪だったな。俺が死ぬ原因って絶対あのねーちゃんのせいだろ。 うーわー、むかついてきた。ねーちゃんだけど、おばさん呼びで十分じゃねぇか。今からでも殴りたいわ、遠慮なく。

 …いや、真っ正面に立ったらほんとに殴るかわからんけど。

 つか、なんであんなに嫌な笑いしてたんだ? 絶対あれ、悪意持ちだろ? あれで普通です、なんていわれても信じられねーって。漫画によくある実は… なんてことがあって悲劇の人でこんな風に、とかなんとかあっても近寄りたくないわ、絶対。


 ハージェスト、大丈夫なんだろうか?


 …不安だ。あんなのには関わらないのが一番だ。選りに選ってあんなのが検査官として来た時によぶことないだろーに、ハージェストの運悪いな。いや、俺をよんだっつー時点で運無いんじゃね? あいつ。 いや、運悪いの、俺か?


 つか、ほんと何考えてたんだろ? ゲームに言い直せばあいつが俺を召喚したって状況だったんだよな。

 今までみたあの光もそうなら、何度もよんでたってことか?

 あいつの方からしたら契約成立だったんだよな? 他の人達は、なにこれ状態だったけどすげー嬉しそうだったし。…話を後回しにしたせいでわからないことばっかりだよ。ハージェスト。


 …いや、初っ端がまずい。

 出会い頭の恐怖体験状態だったじゃねぇか。俺だけが悪いはずはない!


 あー、うー、どうしようもないのになー… 確かにあったこととして考えてんだよな、俺。 はぁぁ。




 …気にはなる。

 このことが真実あったことだとして、もしあそこに行けるから行くか?といわれたら、それは痛い話だ。死んでも自己責任で文句なんか言いません、の書類にサインするわけだろー? しかもちゃんと生きてけんの?


 会って話はしたい。

 でも、召喚獣として行くなんて嬉しくない。そんなんで行ってなんかおいしいの? 大体、なんで俺は真っ裸だったんだ? 真っ裸は野郎より女の子の方だろうが! やるなら女の子でって… 俺がみることできないのか。

 あー、もー普通に勘弁してくれないかなー…



 召喚獣として召喚されてー 契約したつもりもなかったけど証ってのの指輪もらってー

 適性検査受けに行ってー 検査方法でもめてー 検査しないと登録しないって言われてー

 戦闘してー 負けて終了と。



 なんで登録が必要なんだろ? ゲームじゃそんな設定…あれか? 荷物はいくつまで、みたいな? でも、そういや犯罪がなんたらとか…?


 あれ? 戦闘中にあのねーちゃん達になんかした気がするけど、なにしたっけ? 最後にハージェストになんかあげた気がするけど、あげたっけ? 


 あれ… 

 なんか覚えてない?


 なんか…… 俺、なにしたんだっけ?




 もう一度最初から思い直す。

 



 召喚→ 適性検査→ 初戦闘→ 敗北→ 帰還(最初に戻る)。

 




 ベッドからガバッと跳ね起きた。



 どうしようもないことだがこれはゲームでいうところの、一番簡単な始めのチュートリアルをクリアできなかったってことじゃねぇのか? え、違うか、俺。



 呆然としたまま見るともなしに電気をつけてない暗い部屋を見た。


 黙って気づいた事実を考察する。

 

 あそこで少し楽しい気分があったのは認めるが、だからといってあそこに居たいとは思っていない。

 自分がやられるような夢を望んでもいないから、夢であって良かったと確かに思っている。だいたい夢でなければ辻褄が合わないわけだし? 

 それに夢でなかったら俺は突然の行方不明者で、なおかつあそこで逝っちゃった状態じゃね? それは絶対に遠慮する。


 …でも。 

 でも、間違いなく行っていたなら本当に、ナニしに俺は行ってたわけ?




 考える内にこめかみになんかきた。

 しかし、きている内にどうでもよくなった。

 心底真剣に考えているのが空しく侘しく馬鹿らしく、何してんだ、俺? と思った。

 



 あ、もういいや。

 なんかケリついた。

 

 そう思ったから寝た。






 朝、窓からうっすら日が射す中すっきり目が覚めた。寝転がったまま伸びをする。


 昨日早めに寝たのは暑さで、なんか疲れてたのかなぁ。

 


 部屋を出て階段をおりていけば、朝食の美味しそうな匂いがした。パンが焼ける匂いだ。

 今朝はパンか! なんとなくご飯の気分だったがどっちでもいいや。ご飯もパンもどっちも好きだ。でもおかゆは好きじゃないな〜

 


 台所で姉が朝食を作っていた。

 

 「おはよう、あーちゃん。 昨日は何かあったの?」

 「あやめ姉ちゃん、おはよー。また、それいう〜  で、何かって?」

 「あ。ごめん、ごめん。梓。昨日よ。帰ってきた時、顔色良くなかったわよ。友達と何かあったの? ケンカでもした? 心配事があるなら、ちゃんと言いなさいよ」


 調理の手を休めることなく、こちらをみてくる姉は本気で言っているようだった。



 何度も言っているけど、そろそろあーちゃん呼びは止めてくんないかな〜… 無理かな?


 今朝のご飯は〜 レタスの千切りの真ん中にポーチドエッグで巣篭もり状態。その上に短冊切りのカリカリベーコンが乗っかるんですね〜 わーい。カリカリー。

 

 鍋に見える赤と黄色にあれは絶対トマトと玉子のスープだと当たりをつけながら、食器を出す手伝いをする。


 そして、言われた意味を考える。


 …意味不明。

 昨日一日を振り返っても、心配事も思い当たる節もない。


 だから、

 「別にないよー、昨日は図書館いってからちょっとふらふらして遅くなっただけ。外にいたから暑さでだるかったのかも。でも寝たらすっきりした」


 そう、笑って答えて今日の一日が始まった。




 


 朝すっきりした感じで起きたのに、午後に入ってからなんか体がだるかった。なんかしんどい。熱はないみたいだけど、夏風邪でも引いた?

 あと友達から「お前、連絡よこせよ?」と言われて、え?と思った。携帯電話取り出したら電池切れてた。あー、切れてんなーって笑って終わった。 今日はなんでかネットもなんにもしたくなくて確認もしなかったけどさ…俺、そんなにボケてたっけ?



 

  忘却しますか?


     1、はい

     2、いいえ









  忘却しますか?


     1、はい

     2、いいえ

  →  3、忘却以外の選択は不可    (隠しコマンドの発生!)



 なーんて。新年おめでとうございます。


 主人公その2、あーちゃんこと梓は正月に合わせたように清々しく忘れました。はい。…彼の時間は夏だけど。

 

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