平和な世界へ
魔王が俺のことを指差して笑っている。
「ハッハッハッハ! 回復魔法や防御魔法だけでこの私を倒そうだなんて思っているのか!?」
俺は勇者だ。魔王と戦うため、王様が馬車や優秀な兵士たちを用意してくれた。世界に雀の涙ほどしかない鉱石を使い作られた最強の剣と盾と鎧。全てを整え、王様に言われた。
『世界を救え』と。
「いつまで立っていられるか! 食らうがいいッ!!」
魔王は手のひらを合わせ力を込めている。するとそこから黒い雷が球体を作るように姿を現した。魔力を極限まで集中させているに違いない。あれをまともに食らったら、きっと死んでしまうだろうな。
「こいッ! 魔王!!」
俺は盾を構えた。魔力を盾に集中させ守りに徹した。剣は構えているだけで、振るう気はない。魔王は俺の姿を見て唖然としている。そして口を開いた。
「なぜだ。分からぬ」
「何が、だ」
「お前はいつまでそうして守り続けるのだ……。なぜ戦わない! なぜ剣を振るわない!!」
魔王と対面してからというものの、俺は剣を振るっていなかった。連れてきた兵士は魔王城の前で待機させ、結界を作り敵から身を防いでいる。その状況も魔王は知っていたらしい。
「兵士を連れてきたわりには戦わせない、いざ来た勇者も戦わない。どういう考えでお前はいるのだ」
魔王はすぐにでも溜めた魔力を解き放とうとしている。俺の構えている盾で防ぎきれるかどうかは分からない。だが、俺の心情は何一つと変わっていなかった。
「俺は世界を救えと頼まれた。ただそれだけだ」
「世界を救うだと……? ふざけるな!! 剣もまともに振るわない奴が、攻撃魔法もろくに使わないお前が、一体どうして世界を救えるのだ!!」
「俺は……勇者だ! 人間だろうと天使だろうと悪魔だろうと、無駄に何かを殺してまで手に入れた平和を、それを平和と呼んでいいのか!? 今俺が剣を振るい、魔王を殺したとして、それは本当の平和なのか!? 魔王と分かち合えば、この世界はきっと本当の平和になるに決まっている!!」
「何だと……? 私と分かりあう? ふざけるな!!」
魔王の眼は殺意に満ち溢れていた。拳に力を入れると、溜めていた魔力は形を変えた。殺意と憎悪の剣。黒く光るその剣を右手に持ち、魔王が勇者に剣先を向け、口を開く。
「魔王と勇者が戦う事は決まっておろうがッ! 魔王が勝てば世界は魔王のもの、勇者が勝てばそれはお前らの言う平和な世界になるはずだろう!! なぜお前はそれでも剣を構えないのだ!!!」
「それでも、俺は誰もが笑って過ごせる世界にするんだ」
「!!」
魔王が剣を振り上げ俺に斬りかかる。凄まじい轟音と共に魔王の剣は俺の盾を斬りつけた。盾は魔力の強化をしていたにも拘らず、真っ二つに斬られた。そのまま俺の左腕は魔王によって斬り落とされた。
「がっ……!」
落ちた腕は戻らない。しかし俺は魔王との距離を一気に縮めることができた。俺は右手に持っていた剣を投げ捨て、魔王の左腕をつかんだ。
「な、なんのつもりだ!」
「俺は左腕を失っても、命を落とそうとも、お前と分かりあうつもりだ……! 世界征服をやめて、一緒に平和な世界を作るんだ!!」
「この期に及んでまだそんな事を言うつもりか!」
魔王は右腕を上げ、勢いよく剣を振るった。左足が魔王の剣によって切断される。体制が崩れる。右足と右腕だけでは立っていられなくなり、俺は魔王の足元に倒れた。
「ま、魔王……。俺を……殺すつもり……なのだな」
「あ、当たり前だ! 私は、私は魔王なのだぞ!!」
「だろう……な……。しかし、俺の心は揺らがないぞ……!」
俺は魔王が剣を振り上げるのを見ると、息を思いっきり吸って、最期の言葉を発した。
「本当の平和って言うのは、一人の勇者によって作られるものじゃない!! 種族を超えて心を繋ぎ、分かりあうのが本当の平和だッ!! 魔王、お前が俺を殺したところで勇者は死なない!! 平和を望む心が、勇者の証なのだからな!!!」
「わけのわからぬことを……!」
「だから魔王よ!! 俺と結婚してくれ!!!」
人生初の告白は、魔王の心に届いたらしい。魔王の剣は自然と消えてゆき、魔王はその場に座り込んでしまった。
「う、嘘……。私と……結婚だなんて……」
「嘘じゃねえ! 俺はお前と初めて会ったときから一緒に世界を、平和な世界を見て回りたいと思ったんだ!! こんな狭く暗い城に閉じこもっているより、明るい世界を見せてやりたいと思っていたんだ!! だから、こんな俺でよければ……結婚してくれ……」
「……ま、待て!!」
俺の意識は遠のいていった。無限に広がる海、緑の眩しい草原、そびえたつ山に光る朝日。今まで見てきた素晴らしい世界が目の前に広がった。ああ、こんな世界を俺は見せたかったんだ。魔王と一緒に平和な世界の素晴らしさを、語り合いたかった……。
「……ゃ! ……うしゃ! 勇者!」
俺は肩を揺すられていることに気付き、目が覚めた。天国の床は意外にも冷たく黒かった。両手で体を起こし、周りを見渡す。少し伸びをしながら、天国の様子を確認しようとした。だんだんと焦点が合うと、そこがどこなのか、すぐに分かった。
「良かったぁ……!」
そこには姿の幼い魔王がいた。人間で言うところの15歳くらいの少女にも見える。なぜそんな姿になった魔王がいるのだろうか。そもそも、回復させてくれたとはなんだろうか。
「あれ、魔王? その姿は……それに俺はどうして……?」
「私の積み重ねてきた魔力を半分使って、勇者を復活させた。これだけ伝え忘れていたから……な……」
魔王は俺の手を掴み、自分の胸元まで持ってきた。
「あ、あの……その……」
幼き魔王は俺の手を握りながら口をごもらせている。
そして一呼吸。
「私と、結婚してください」
こういう作品も描いてみたかったんだ。