第八話 先輩、片岡征二。
河西に、出会ってからと言うもの、私の、気苦労は、日増しに蓄積してはいないか?。
奴の、映画作りに対する情熱は、その発想は、実は、私には理解出来てはいないのだ。
“志”は、立派だと認めよう。しかし、現実の壁を乗り越える術は、到底無い。
そう断言しても、いいくらいだ。
それにしても、色んな事を仕掛けてくる。奴の介入する案件は、どうしてこうも落ち着かないでいるのだ。掻きまわすにも程度がある。今は、小道具と大人しく会話していればいい。
あれも、これもと、欲張る事はない。じっくりと向き合うんだ。この国の、映画作りと・・な。
いや、待て・・。まさか!、奴は、全ての分野を呑み込もうとしてるのか!。
無理だ!。お前一人で何が出来る。せいぜい口を挟むことで、精一杯だ。いいか、制作会社には、お前の求める“発想”など皆無だ。いや、邪魔なだけだ。
組織相手の物作りの常識を判れよ!。そのための仕組み作りに納得しろよ。いいか、お前のやろうとしてることは、つまり・・。
そう、大邸宅を一人で建てるようなものだぞ。材木運びから、建築機材、瓦の手配。水回りなどどうする?。断熱の知識などもあるものか。
更地に足を運んで思案に暮れるだけ・・。せいぜいそんなところだ。出来上がっているのは、図面に引いた外観だけ。そりゃ、立派な家だろうよ。
しかし、いくらお前が有能な一級建築士で、優れた職人技を持っていようとも。たった一人では、強い思いだけではどうしようも出来ない。現実を前に、自分の力の無さに気付くのだ。
そこは決して、誰も住むことのない家だとな・・。
お前の手足となって、同じ志で動いてくれるモノ好きも、確かに居ないとは限らない。
お前の、器量であれば、幾人かの助っ人も集められるだろう。
お前であれば、この業界に精通した若い力を、引き抜く巧みな言葉もさほど練習しなくて済む。
なにせお前は、役者の血を受け継いでる。あの父の、子だからな・・。
金が要るぞ!。半端な額では無い。
人が動けば、金も動く。どう工面するよ?。
資金無くしては、何も始まらないぞ。殊更、足長おじさんなんてほざくんじゃない!。
お前の、この国の映画への“失望”は、よく理解できる。改革路線にもうなづける。
が、紙芝居を作るんじゃないんだ。子供だましを、雄弁に語ってもらっても困る。
お前の理想で、会社を掻き回して貰っては困るのだ!。
・・・。どうした、何を取り立てて騒いでいるのだ?、私は・・。
奴の言葉の“真意”を諮った訳でもない。勝手な妄想で、盛り上がっているだけだ。
奴への脅威か?、いや・・・。私の思い過ごしだ、そうだ、考え過ぎなのだ。
若造の気紛れに、これ以上付き合うのは、心労を重ねてしまうだけだ。
そうだ・・、もう、止そう。
そう思いながらも、残念な事に私の見る夢の続きは、しばらくは河西が主演を張っていた。
河西の企んだ、“オーディション”の進行は、私の手の届かない密室で進められていた。
キャスティングは基本、我が社での決定権など曖昧なものだった。
制作会社の及ぶ権限など、まったくお粗末なものなのだ。
監督が、ああ言えばそうする。スポンサーが指差せば、半日でも天を仰いでいる。
それ程、従順な立場と言ってもよい。何とも、悔しいけどな。
それにしても、G企画の安田も、気の毒なほど河西に言い寄られたのだろう。
私の名を突きつけての、荒業だったに違いない。
担当部長のはずの面谷も、よく決断出来たもの。流石と関心してしまう。
スポンサーを、監督のS氏を、いかにして丸め込んだのだろうか。面谷の、堅実な性格を知る限り、今回の“オーディション”は、全く不可解でならない。
他に、圧力が、かかったのか・・。
少なくとも、私の耳には届いてはいないし、社内にもそれらしい臭いは漂っていないようだ。
それ程、河西の手の込んだ策略には、説得力があったのか。
そうであれば一度、その台本を読んでみたくなる程だ。
そうも考えながら、代役の決定が案じられる。時間がないのだ。一カ月後には、絶世の美女を連れて来なければ。この作品は、ついにお蔵だ。
我が社の企画信用度にも、大きく影響してしまうだろう。
“成功は、目前にこそ有る”。我が社の、モットーだ。今は、それを信じようじゃないか。
驚いた事に、“オーディション”会場は、全国に散らばって行った。
短期間で、よくもこんな企画が動かせたものだ。通常であれば、短くても三カ月。作品によっては、一年前からの始動を要する程だ。
選考結果を優秀にパスした美女が、そのまま役に就ける訳ではない。以外にも、本人からの辞退も少なくはないのだ。
未知への世界に、足を踏み入れる勇気の欠落。
何故?、覚悟の上でエントリーしたのではないのか。夢を手に入れたくて、人目に晒されたのではないのか。
突然に襲い掛かる、迫りくる重圧。堪え切れない様子に、家族からの反対も出る。
“ねえ、やめておきましょう!。あなたには、無理・・”。
永久就職は、ここでは保障出来ない。むろん、そんなことは承知の上。
それでなくとも、人気稼業の生活は想像を絶する。華々しい表舞台は、目まぐるしく身体をそして、精神を蝕んでしまう。
一年も経たないうちに“げっそり”と、痩せ細って行く。
この世界に残れるお茶の間の人気者は、実は、ロボットなのかも知れない。そうでなければ、人間を装った、異星人でとしか説明が出来ない。
いずれにせよ、それに堪え切れる美女の到来を、待つしかないのだ。
今回の公募は、あくまでも、一般女子を想定してのものだ。事務所絡みの“コネ”は、排除する。
どうしても素人が欲しい。それが監督S氏の、要請だとも聞く。本当かどうか・・、怪しいものだ。
全国の素人娘を集めて、どんな“座談会”を開くと言うのだ。
バラエティ番組では、ないんだぞ・・。
それを知った、見ぬ振りの私は、その動向の他に河西の行動、言動をも網を仕掛けていた。
各部門の責任者へは、奴の動きの全てを報告させるよう指示していた程だ。
いいか、必ず奴は動き出す。例え、暗闇の中だろうとな・・。
小道具に対する河西の執念も、やはり共有を許さなかったようだ。既製備品のダメ出し。色や、年式等の苦情と、奴のこだわり。
いつしか、自分の好みの備品室を作りだす始末。それはつまり、自室の一角を倉庫を作り上げていた。
その部屋は、粗末なほど狭い1Kだ。備品の扱いも、全て自己負担と言う徹底ぶり。
寝る場所も確保出来ない位い、奴の“オモチャ”は、整然と並べられていたそうだ。
しかし、どれ位の投資をしているのだろう。それも、惜しみなくだ。
例の“暴言”事件での、奴の処罰として私は、給与の3カ月間を、1割ダウンと命じた。飯は喰えてるのか?、家賃の滞納は?。
まるで、父親のようにも心配した。
はは・・、心配するだけで終えよう。奴にそれを言ったが最後、たかられるに決まっている。
それ程、奴は、クール。
生意気な、若手を身籠った備品課では、不穏な悪臭が河西を包み込もうとしていた。
“招かれざる、客”。河西は、その対象者だったようだ。
『森田さん。あいつのこと、歓迎してるんじゃないでしょうね?。俺はいやですよ。何にも判っちゃいない素人に、どうせ掻き回されるのが、落ちだな・・』
『片岡・・、そんなこと言うなよ。お前も後輩が出来て良かったじゃないか。なあ、上手くやってくれよ』
『はいはい、出来ればね・・』
小道具の、片岡征二だ。ベテランには違いないが・・。
何かと、問題を抱えている。それは、決して“暴言”などとはほど遠い人物だ。
片岡に、そんな度胸などありはしない。せいぜい若手いびりが、関の山だ。
気性の荒さを押し出した、陰湿で執拗な奴の嫌がらせに、堪え切れずに我が社を去った者も少なくは無い。
昔の片岡は、何処へ行ってしまったのだろうか。
入社してしばらくは、あの片岡にも、河西に負けないほどの正義感で溢れていたはずさ。