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第七話 河西の暴走

この最近、奴の夢をよく見る。生意気にもメガホンを抱えて、苦笑いをする奴がいる。

おぼろげに、奴の肩の上に乗ってるのは、父親だろうか?。顔がはっきりとは認識出来ない。

無口に、けれど黒く澄んだ瞳が、演じている役者を追っているのだ。


時に哀しそうに、けれど、どこか楽しんでいるようにも見える。

眉をしかめながら、口元を、“きゅっと”結んで、何を言うでもなく奴の肩の上で、まるで留守番役のように乗っかっているのだ。


役者を継がなかった息子の肩の上では、さぞかし居心地が悪かっただろう・・。


しばらく見ていると、その父親が何か言いたそうに私を見ていた。

勿論、顔見知りであろうはずがない。けれど、確かに私を睨んで、何かを訴えている。


しかし、通訳のはずの河西は監督と言う責務を離れて、何と、目の前の女優の色気に釘付けになっている。


“失礼だとも思ったが、あんたが責任者か?”。奴の父親が、私に迫った。

“だからどうした?。奴は長くないぞ”、悪人のように私が言い放った。

“ああ、あいつの事はいいんだ”。“皆を、幸せにしてくれさえすればな・・”。

そう言い終えた途端に、優しい顔を残して、父親は消えて行った・・。


“皆を、幸せに・・?”。


死者からの、お告げか?。

そうだ・・。役者は、幸せを求めて演じているのだ。

それが金になるのか、いや、金になる事が必ずしも幸せには“直結”しない。

そうで無い者たちもいるさ。演じれる幸せを求める者も、あっていいはずだ。

やっとの思いでカメラのフレームに入り込む端役者の、迫真で、渾身を込めた魂の演技。


その叫び声さえ、主役とされる者の声の前には、いとも簡単に掻き消されてしまう。

“エキストラ”。彼ら無くしては成りえないのだ。


全ての映画作りの根底こそが、そこにあるのだからな。それを忘れてはいないだろうか。

演じる事に命を、生活を捧げている名も無い役者たち。

奴の父親の人生は、果たして幸せだったのか?。役者バカの生涯は、何に満たされていたのだろうか。想像にいとまない。


それにしても、今朝の夢は実に傑作であった。

何度、笑いで目が覚めそにになったことか。奴が、そうだ、河西が困っているのだ。

珍しい様だ。奴の選んだ女優が、何度も、NGを連発している。

その度に、スタッフからの不満と疑問の声が漏れる。


『大丈夫かよ、あの娘・・』

『河西さん、どう言うつもりで連れて来たんだよ!。ただ、可愛いだけじゃない・・』

『もう、いい加減にしてよ!。次、行けねえよ!』

現場の重い空気が、更に凍り始める。


河西の顔が蒼ざめている。たまりかねて、その娘に奴の激が飛ぶ。


『何回やらすんだよ!、おい!、いい加減飲み込めよ、判ってんのか!』

監督の威厳だ。そう、それでいい。だから現場が締る。


『あのう・・。あの時あなた、ただ、笑っていればいいって・・、いいましたよね。わたし、お芝居なんて、出来ないから・・』

ついに、泣き始めやがった。で?、彼女、役者じゃなかったのか?、どういう事だ。河西の奴、彼女の何処に見入ったんだ?。

ただ、笑っていればいい・・だと。グラビア・アイドルのPV撮影でもあるまいし。


奴に、期待していた私が間違っていた。奴は偽物だ、とんだ喰わせ者だ。

“この国の映画が”なんて口はばったい事を、よくも言い出せたものだ。

私の、我慢の頂点に差し掛かったその時。河西が私を見て、ほざいた。

『社長!。あなたの娘さん、使えませんよ!』


・・、何・・?。私の娘・・?。何を言う、娘はとうに嫁に行ってる。子供までいるんだ、そもそも、その娘に見覚えも無い。


『お前、何、血迷ったこと言ってんだ!。河西!、おい』

『はい、カット!。OKです』

『カット・・・?』


『シーン9終わります。次すぐ入りますんで、よろしく!』

『いやあ、社長、良かった。そのうろたえ方、バッチリでした!。次もお願いしますね!』

そこで、目が覚めた。


『はあ・・・。なんだ、夢だ・・』


途端に噴き出してしまった。自分の見た夢に、そのラストに。思わず、腹を抱えて笑ってしまった。

何と言う夢だ!、私の事までも引き出しやがった。

河西の野郎!、生意気にも程がある。


散々、笑ったその後の食卓で、心配そうに妻が語りかけた。

『あなた、大丈夫なの?。仕事きついんだったら、誰かに任せたらどう・・?』

何の事だ・・、私のどこが・・。


『ねえ、最近思い詰めたり、バカみたいに笑ったりで、心配だわ。もう、いい歳なんだから』

そうか、やはりそう見えるのか。私は、狂ってしまったんだな。


いいさ、それで本望じゃないか。この世界に命を預けた以上、狂うほどの仕事が出来るなんて、光栄なことだ。それが生き甲斐と言うものだ。


もっと狂わせてくれよ、河西よ!。お前がどれ程の男か、私の中にもっと、もっと入って来い!。

しかし、いいか、私も丸腰では無い。色んな物を、隠し持ってるぜ!。

お前以上に、したたかさ。ああ・・、そうとも。


たかだか・・若造に、私の、五感が迷走を始めている。悔しいが、認めてしまおう。“奴は、格別”だ。そう、元来、私は正直者で通っているのだからな。

 


困った事に、代役の女優探しは一向に進展が見えないでいた。

N子の代わりなんて、正直、何処にでも居そうなものだが・・。

どうやら、親父役者の“H氏”に、問題があるらしい。私も、何度か彼の評判を耳にした事がある。

所謂、“エロ爺い”だ。事あるごとに、共演する女優へのセクハラ紛いの行為をしているらしい。


その歳、でか・・。まんざら解からなくもない。

私が、そう言う行為に、及んでいるというのではない。誰しも、年頃の女性を見ると、心をくすぐられる。昔、憧れたその香りを、つい手に入れてしまいたくもなる。


こんな老いぼれでも、女性に魅かれてしまう気持ちは、立派に持っているさ。

枯れてもなお、葉を残す・・。何が悪い!。他人に迷惑は掛けていないつもりだ。


問題は、あの“H氏”だ。奴は、迷惑を振り撒いている。その立場を利用してだ。

芸歴もさることながら、そのハレンチ度も、風格を見せている。羨ましい限りだ。


H氏の代わりは、考えてはいない。その格別な演技は、存在感は、誰をも寄せ付けない。

恐らく、奴にしか演じ切れないだろう。秀逸ものだ。


世の、どんな父親も彼のように“凛”とした態度でその発言力を持ちたいと、望んでいる筈だ。

娘を持つ父親の、そこ儚い哀しみ。それに寄り添う、かすかな怒り。

じんわりと、頬をつたう力弱き、涙の輝き。


それに合わせて、息子を持つ親父役にしてもそうだ。思春期の中で反抗する息子に、体当たりでぶつかる。少ない髪の毛を乱しながら、その目は息子以外を見てはしない。

小さい身体からほとばしる、親父の威厳。何よりも、我が子に注がれる愛情表現は、その無限さは、業界に類を見せないとも言えるのだ。

やはりHは、外せないな。どうにかしろ!、奴の娘役をすぐにでも見つけ出すんだ。

 

翌日、私の部屋の扉が、激しく叩かれた。

声を出す間もなく、奴が乱れ入って来たのだ。


『何だ、どうした!』

河西だ、また何か、企んだのか?。しかし今日は、何とも穏やかな顔つきではないか。

『社長、時間下さい。いいですよね!』

いいも悪いも、既にお前のためにここに座っている。


『代役の女優ですけど、方針を変えましょう!』

『方針・・?、どう言うことだ』

そう応えながら、扉の先を見る。河西の背後に、誰かの気配がある。


『どうした、入れよ。話があるんだろ』

その男は、無理やり河西に連れて来られた様子だ。その顔色を見れば判る。


『安田か・・』

配役の供給会社。“G企画”の中堅社員。安田だった。

どうして、河西と同伴なんだ?。


『社長!、代役は公募にしましょう。って言うか、公募に決めました!』

『公募・・だと?』

何を、言ってる?。


『だって、こいつら何の手も打てないし、未だに“N子”が、なんて諦め悪いし、グズグズ言うし。あの親父じゃ、誰も手を挙げないって、皆知ってるんでしょ!』

『それは、そうだが、お前・・』

『だったら、素人でしょ!。俺、そう思いました』

後ろで遠慮している安田も、何か言いたげだ。


『安田くん、君の考えは?、どう思った。すまんな、こんな出来の悪い奴に捕まってよ。おたくの会社に任せてるんだ、何とかなりそうなのか?』

慎重に言葉を選んでいるのか、安田は、天井を睨み続けたままじっとしていた。

そして、切り出し始めた。


『あのォ、代役は公募でいいのかな、なんて思っていまして・・』

また、“公募”か?。意味が判らん。どうした、全力投球には見えない。まさか、チェンジ・アップで三振をとろうとしてるのか?、この私を。しかも、公募とは、何だ。


『うちの部長も、異論ないようなので、やろうかななんて・・、オーディション』

オーディション・・?。


『おいおい!、急に、なんだ。どう言う展開だ?。説明しろ!』

『・・・。話題性を・・、出した方がいいのかな、なんて』

『おいおい、間に合うのか、それで大丈夫なのか?。期限はいつだ、いつまでなら間に合う!』

『はあ・・。一か月後に、決まればですけど・・』

『ああ・・?。一か月だと・・、どうやってやるんだよっ!!』


“ドンッ!!”。つい思いっ切り、机を叩きつけてしまった。


あきらかに、その場凌ぎの無茶な冒険だ。一体、誰が許可を出したのだ。

それにしても、どうして河西が参戦しているのだ?。お前は“小道具屋”だろう。

『あのさ、俺の持ちかけた話なんですよ。だって、見てられなかったから。あそこの部長を丸め込んで、決めちゃいました。あ、そうそう、社長の最終確認もらってますって、言ってますから。すみません、事後報告で・・。』


『お前っ!、どこまで!』


二度目に机を叩くその前に、二人は、いそいそと部屋を出て行ってしまった。


公募・・。オーディションか・・。今から、どうする。

どんな段取りで。首都圏か?、地方も巻き込んでか?。

いや、例え、見つけ出したとしても、演技指導はどうする・・?。


“カタカタ”と、貧乏ゆすりが、思いのほか長く続いていた。

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