第四話 正面対決
森田の、気難しそうな顔と、窓の外ばかり眺めている河西。実に対照的な画だ。
“こんな爆弾など、抱えたくない”。そうだとも、森田においては、平和に過ごしていた備品課に得体の知れない毒物を、送り込まされようとしているのだから、たまったモノでは無い。
その毒物の入った容器は、いつ何処で漏れ始めるか解からない。そして、どれ程の被害をもたらすのか・・・。予測すら出来ていない。
僅かに、安心出来ることと言えば、ここに同席しているのは我々と似通った人間の姿をした男だと、認識出来る事だけだ。
『どうだろう森田君。引き受けてはもらえないだろうか』
『はあ・・』
『今回は、少々、やり過ぎてしまったけどな・・』
『河西君はどうかな、映画の隅々まで担当出来るんだ、好都合じゃないか?、君にとって』
『・・・・』
『そうか、同意してくれるか。礼を云う。明日から河西を、君に預けるとしよう。それから、くれぐれも言っておくが、時間内で業務を終えるようにな。どうも、映画制作を特別なものだと勘違いしている奴らが多くてな、夜通し、働くバカが居る。時間内に終わってこそ、企業人だ。身体にも障ることだ。いいか、無駄に、残業は許さん。頼んだぞ!河西、君もだ、いいな』
さすが事件後だ、あれ以上の無茶は出来ないらしい。会社の人事に背けるほどの余力は、今は無いはずだ。
『時間を取ったな、お二人。現場に戻ってくれ、ありがとう』
沈黙を保ったままの二人が、部屋を出て行こうとしたその時だ。
『社長、少し話があります』
振り返り様に河西が、私を睨んだ。中々、様になってやがる。
『ああ、何だろう』
やはり、このタイミングか。そう来ると思っていた。
『森田くん、どうぞ行ってくれ、すまんな』
無造作に、森田を締め出してしまった。
『まあ、そこに座りなさい』
少し、気持ちが高ぶった。お前の、生身が知りたかったのだ。大歓迎だ、待っていたぞ。
私が、腰を降ろそうとしたその時だ、奴の先制攻撃が早速耳をよぎった。
『あの、一昨日の件、社長はどこまで知っているのですか?。公平な判断は、無かったのですか?』
『公平・・?。どう言う、意味だ』
そら来た、図々しくも正面突破か。
『俺、一人が悪者になってバカみたいな事言って、会議を中止させたとそう思っているんですか?。上の人だけの報告を聞いて、俺の話を訊かないのは、公平と、言えるんでしょうか?。そもそも、あの打ち合わせだって、今更やったって意味の無いことで、ダラダラ、やってばかりで、俺、やりたい作業もあったし・・、あんな茶番に付き合うのって・・』
『では、俺が公平な判断が出来なかったと、君は言うのか、うん?』
『そうだと、思います』
やはり、この男バカだ!。どこまでも若造だ。
会社のトップの目の前で、いとも簡単に“NG”を、出しやがった。何様のつもりなのだ。
きっぱりと言い切った奴の目に、やはり追い目などありはしない。あくまでも、攻撃的だった。
奴の迫力が伝わってくる。私から、一切目を離そうともしない。それどころか、真っ直ぐに睨みつけるように、私を見ている。
“俺の、何がいけないのだ!”。あくまでも、自分の正当性を曲げない。風になびかない反骨なのだろうな。
それが、若さたる所以。そうでなければ、早々にこの部屋を立ち去っているさ。
『河西よ、俺は全て聞いてたさ。その全てを自分のこの耳でな。生憎、その時間は会議室の前を歩いていたんだよ。全くの偶然だ。誰も仕掛け人はいない。確かに己の耳で、一部始終を訊き取ったんだよ。そこに、脚色などあるものか、俺の判断だ。現場を見た上での俺の出した答えだ。』
『聞いてたんですか?、社長!。じゃあ、俺の言ったこと正しくないですか?、間違っているのは奴らじゃないですか!』
ヒート・アップを始めたな・・。瞬間湯沸し器タイプ・・だな。
最近では、若者の、“キレル”が蔓延しているようだが、言葉を以て“キレル”のは、大歓迎だ。激論があってこそ、人間の本質を出し合えるからだ。さあ、もっと踏み込め!。
『何が、どう間違っている?、あの作品は悪くは無い。それどころか、大いに期待したいさ。久し振りに、金の獲れる代物だぜ。俺も、楽しみだよ。』
『・・・。だからダメなんだ。金って、そう言う発想自体が、俺、我慢出来ないんですよ!。本当に客に喜んでもらえる、驚いてくれる。そんな、最高の作品を作ろうって、どうして思えないのか!、情けないですよ、俺は!』
一端の事を、言ってくれるじゃないか。そうか、金じゃないか・・。
『お前は、誰の代弁をしているんだ?。何人の声を、代表したいんだ。映画館の前で、どれ程のリサーチをした?。全国を、歩き回ったのか、どんな映画を否定したいんだ、お前わっ!』
つい、熱くなってしまっていた。私の目の前には、そうだ、たかが、若造。
奴の反撃など、むず痒いだけの取るに足りない空言だ。怖いのは、奴の、その信念だ。私に向けられた、その目だ。
私を、じんわりと追い詰めつつある、その気迫だ。
河西は、誰よりも本気で、映画の事を考えている。給料欲しさだけで、働いているのでは無い。
奴のその信念と、方向性が、今の業界に入る隙間を与えたのなら、変革も、見えなくは無いだろう。
但し、一人では無理だ。個人の出来る事など、たかが知れてる。潰されるのが、落ちだ。
冒険さえ、薄っぺらく見えてしまうさ。
どうも、長くこの世界に浸かっていると、否定的な物の考え方をしてしまう。私も、奴の言う、不甲斐ない者の一味かも知れない。
『全てを否定していいですか・・。この国の、映画全てを否定します!。否定しないとダメなんです、俺は!』
自分でも、制御仕切れていない。語る目的さえ、定まらない気持ちに追い込まれたのか。投げ捨てるしか、奴は、言葉を選べてはいない。
そんなものだろう。思いの全部は、言葉には出来ない。そのもどかしさが、次の言葉を作り上げる。
しかし、雄弁なだけでは乗り越えられない壁が、人生には、山ほど存在するのだ。
やがて、それを越えられる術を、異質な“塊り”を、奴は持っているかも知れない。
そう信じたいばかりの、私であった。
熱を帯び始めた。今の状態のままでは、到底、奴の本音は聞き出せはしない。
一旦、冷却するのが得策だろう。
焦るな、時間を掛けるのだ。奴は、逃げやしないさ。
『おお、もうこんな時間だ。河西くんどうだ、飯でも一緒に、時間はあるかな?』
『ええ・・、俺は別に・・』
『そうか、うん・・、じゃあ行くか!』
『えっ?、何処へ・・』
『お前、カレーは好きか?』
『あっ、はい、大好きです』
『そうか、丁度いい。美味い店があるんだ!』
人間関係のしこりなど、飯を食ってしまえば、おおよそ解消されてしまうもの。
探れる腹も無いくらいに、胃袋を満たしてやればいいのだ。実に、単純なのだ、人間とは。
『社長、俺、カレーにはうるさいですよ!』
さっきまで、思い詰めていた奴のしかめっ面は、何処に行った?。
我々の想っているほど、奴は、身の程知らずでもあるまい。図々しい輩とは、一風、変わった振りを見せつける。虚勢だ、その、精一杯のはずの、強がりを抱えながら、取り出すダイミングを測っているのだ。
私、同様の、臆病な大人たちの頼りない足元を見張っている。よろめいたが最期、実権は、奴の世代へと交代を告げてしまう。
『タクシーで行こう。少し遠いからな』
向かう先は三軒茶屋、10分程で着くだろう。
『リッチな、ランチですね!。いつも、こうなんですか?』
おいおい、河西よ、私はお前が思ってるほど、セレブではないぞ。
『バカ言うな、お前たちが思ってるほどの、高給取りではないさ、その日暮らしのすずめの涙ほどの小遣いだよ』
『俺の、セリフですよ!、それって』
確かに、お前よりは多くもらってはいる・・が、付き合いも半端ではないんだ。・・・奴に愚痴ってどうする。
世間話の幾つかを、車内で交わすうちに、ものの数分で到着した。
『釣りはいい』
つい、見栄を出してしまった。
『この店だ、美味いカレーを喰わしてくれるぞ』
『へえ・・』
生意気にも、奴が先に店に入って行った。
『いらっしゃい!』
相変わらず、元気のようだな。
『おやっ、植木さん。めずらしいね、お連れさんかい?』
『ああ、マスター、俺んところの社員だ。カレーに目が無いってさ、せがまれて連れて来たよ』
『へえ・・、そうなの』
いつも一人でしか来てないからな。そりゃ、以外だろ。
『美味いやつ、頼むよ!』
『はいよ!』
何とも小気味のいい、合いの手だ。
『・・・。この店、結構古いんですね。壁紙がカレー色してます。いいなあ小汚い店って、雰囲気あるよな』
『小汚くて悪かったね!。植木さん、あんたのとこの若いのって、口が悪いね!』
にやけた顔で、マスターが突っ込んだ。
『そうだな、俺以外は皆な口が悪いんだ。教育がなっていない!。情けないよ・・』
『どうだ、あんちゃん!。気に入ってくれたか、うちの店』
やけに上機嫌のマスターが、河西を品定めするかのように覗き込んだ。
『気に入るも何も、まだ喰ってませんから、何とも』
正直すぎる・・。頼むぞ、ここでは揉めないでくれよ。
『そりゃそうだ、ゴメンよ!』
いいぞ、マスターの機嫌を損ねていない。第一段階は、クリアのようだ。




