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第二十三話 奴と私の本音

よく呑み込めた。あの、貪欲なおじさん連中には理解不能であっても、私には充分解かったぞ。


河西よ、菊池カナさんよ!。よくぞ、頑張ってくれた。礼を言うぞ。


しばらくは、河西の温もりが恋しかったのか、じっと彼女は、奴の胸で甘えられていた。

『ごめんな・・。今回の役、他に取られちゃった』

『いいえ、当然です。わたしなんかじゃ、とても無理ですから』

『俺が呼ぶよ・・。いつか、俺の作る映画に君を呼ぶから。ねえ、待っててくれるかな』

別れ際の奴の残した言葉に、小さく頷いた菊池カナ。そして、いつまでも車の中から手を振り続けていた。遠く見えなくなるまで、ずっと河西を見ていた。

彼女は、大きな悲しみを河西に預けて、思い出の東京を離れて行った。

いつかこの地でまた、会いたいものだ。



オーディションの翌日から、全国へと発信されたメディア各社の見出しは、こうだ。

“シンデレラの再来”、“新しい、ヒロイン誕生”、“国内最高の、素人美女発掘!”。そして、“映画界の秘密兵器は房総に隠れていた“。はは・・。どれも、三流雑誌のような陳腐なタイトルばかりだ。

先細りの元凶が、ここにもあったか。


それにしても河西の奴、菊池カナの一件以来、途端に無口になってしまったようだ。

気の抜けた河西は、実に他人との折り合いがいい。

他社へ出向させたとしても、自慢出来るほどのスキルで仕事を万事こなしていく。

細部にわたる気配り、その技術。奴の情熱は、つい、皆を引き込んでしまう。

精悍なマスクから、一言甘い言葉など漏れようものなら、理性のある女性ならばひとたまりもないさ。

毒気の抜けた河西も、まんざらではないようで安心した。


“夏の終わりの恋”。素人美女の抜擢で、話題持ちきりの作品のタイトルが決定した。

当初の原作通りとの案は、却下されてしまっていた。

そうなることなど、予測してたさ。

原作は、“彼女の死、そして僕の生命”。活字ファンと映画ファンのジレンマは、ここに落ち着いたのか。やはり、一般受けを選択したようだ。

金儲けが優先なのだ。民衆の感性に依存するなど、そんな無責任な金儲けはこの業界の“発想”には無い。


どれ程の民衆を網にかけるのか、全国の映画館のどの席が埋まるのか、週単位の動員数の公表。

最終、興行収入の如何が、この作品の価値となり、監督の権力拡大の図式でもある。

競い合うことは、大いに歓迎する。切磋琢磨の文字を存分に掲げて欲しい。

だが、商業主義に偏っていては、商品販売の価値を云々するだけだ。作り手の価値創造こそ、映画人の求める王道ではないだろうか。

はは・・。また、私の愚痴が出てしまった。何の事は無い、河西の言葉の受け売りだ。


その後の河西はどうなのだ?。世間受けのする、従順な気の抜けた奴のままでいいのか。

騒動の起きない日常に飽きてしまった私は、つい、悪戯に河西に手を出したくなった。

『河西君を私の部屋に。そう、至急』

つまり、職権乱用だな。時には良いだろう。

奴に、呼び出しを喰らう理由などないはずだ。そうも考えたが、唯一、私には動機があった。

“奴の本音が聴きたい”。それで、十分だろう。


『失礼します』

『おお、忙しいのに悪いな』

ドアをノックして、大きな声で入室。一礼。以前の、奴とは雲泥の差だ。

『社長、最初に言っておきます。俺は今でも、この業界を許してはいません。って言うか、見るに堪えません。いつも我慢の限界と闘っています』

『どうした、以前のお前は何処に行った。歯切れが悪いぞ。傲慢なお前の得意技は、どうしたよ、情けねえな』

何を、ケンカを売ってるんだ。奴に、罪はないはずだろう。

『河西、お前、映画は好きか?』

・・・。何を今更、訊いてるんだ・・私は。


『どうだ、好きなのかお前は』

『・・・・・・』

『答えられないか・・そうか』

『社長、スポーツは好きですか?』

『えっ・・・?』

『スポーツに興味はありますか?、社長』

『・・。ああ、好きだ、特に野球がな』

得意げに答えたものの、野球以外は、実は余り知らなかった。

『映画は、好きですか?』

矢継ぎ早に、河西が応戦してくる。逆襲か?、どう言う量見だ。

『ああ、勿論、好きだ』

『映画の、どんなところが好きなんですか?』

『うん・・、そうだな』


こいつ、自分に訊かれたことを、そのまま返しやがった。私を相手取ってのゲームのつもりか?。

いささか私も、陳腐な問いかけをしてしまったから、奴に、ペナルティは無い。

『映画の全てが好きだと言えばいいのか?、俺は』

『社長の本音を探しています。俺を、試したように』

『つっ・・・・』

まさに、反論が出来ない。静かに私を追い詰めるように、奴が迫って来るような怖さを感じた。


『本音か・・。俺もじつは探している。自分の本音をな』

映画の出来の良し悪しだけが浮かんでいた。金になるのか、そうでないのか。

私は、映画を商売の道具にしてしまった。

今の私にとっては、“観る”もので無くなってしまったのだ。

丸裸にされた時、私には映画の何が語られるのだろうか。つい、金儲けを口走ってしまうのではないだろうか。


奴に、悪戯に投げ掛けた言葉の傲慢さを、恥じなければならない。そうでなければ、このゲームの再開は出来ない。どうも、負が悪いようだ。

『河西、カレーでも喰いに行くか?』

奴に、ゲームの中断を申し入れた。


『はい、喜んで』

奴が少し、笑ったような気がした。気のせいか?。


タクシーの中の河西は、外の景色ばかりに見とれていた。僅か10分ほどの移動時間が、やけに長く感じられた。

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