第二十一話 河西と菊池カナ
いよいよ、西日本代表8名の審査が始まろうとしていた。
『そろそろ時間です。スタンバイ願います』
『残った8人さん、あと10分後に入りますんで、よろしく』
スタッフが、徐々に彼女たちを死刑台に導く。
会場内には、“ピザ”の臭いがかすかに残っていた。それが、彼女たちへのせめてもの救いだったようだ。
河西の前代未聞の仕掛けが。吉と出るのか?、後半戦を期待しよう。
さあ、おじさん達が席に着く。そのいやらしさを懐にたんまりと仕込んでいることだろう。
特に、あの結城のいやらしさときたら“絶品”だ。奴の持つ“いやらしさ”は、公私ともに見事に洗練されているからな。
女性の色気には敏感だ。それと同じく、金にも敏感に反応しやがる。
このオーディションも、奴の息がかかっているかも知れない。
素人集団とは銘打っているが、地方の芸能事務所が、黙っているわけが無い。
すでに仕組まれたオーディションを、数々、見ては来たが、それに絡むのがあの結城と言う男だ。小銭欲しさに、権力を振りかざす。そんな悪党さ。
河西よ、忠告しておく。例え、結城の仕業だとしても、その時は黙っていろ。
お前がいくら反論したとしても、その壁は破れない。それほど巨大な砦なのだ。
『エントリー、11から入ります』
さあ、始まったぞ。
『いやーっ、河西さん。美味かったですわ、このピザ・・?。あれ、俺、何持ってんねん!』
仕込んだピザを片手に、後藤田がボケる。実に、愉快だ。
『すんません、どうもすみませんね。さあ、気を取り直して参りましょう!。エントリー・ナンバー、11番。沖縄代表の、この娘です。どうぞ!』
『沖縄から来ました、宮城さやか19歳です。よろしくお願いします。この映画のポイントは、恋い焦がれたヒロインが、どう、彼に気持ちを伝えるかが、重要かと言う事と。病に犯された彼女が、彼を心配させまいと切ない笑顔を見せる姿。ここだと思いました』
『あなたは、重い病気にかかったことはありますか?』
審査員の一人が、とても意地悪に質問を投げた。
『いいえ・・、ありま、せん・・』
『じゃあ、どのように病気と闘うヒロインを演じるの?。経験、ないんでしょ』
『はい・・・、仮に私が、余命3カ月だと宣告されて、残された日々をどう過ごすのかを考えました。好きな人と別れなければならない、苦しみを考えました』
『君、好きな人いるの?』
『はい、います!』
『じゃあ死ぬと知った瞬間、あなたは彼に何と言いたい?。そして、どう過ごしたいのかな?』
『ずっと、一緒に居てって言います。死ぬまで、傍に居てねって・・』
すでに演じているのか、今にもこぼれ落ちそうな涙が、大きな瞳の中で滲んでいた。
『はい、私からの質問は以上です。ありがとう』
『それでは、次の課題ですね。実際の台詞にチャレンジしてもらいましょう!』
改めて、今回の選考形式を説明しよう。
① この作品の役どころをどう理解しているのか。
② 実際の台詞を通しての、演技。
③ 応募動機、目指す女優。もしくは、女優像。それは何故か。
④ 自己アピール。
⑤ 審査員からの自由質疑。
以上5項目が、審査対象となる。
しかもこの5項目は、彼女たちに事前には知らされてはいない。
出場3分前に、いきなりメモを渡されるのだ。
まったく、何と言う悪戯だろうか。それでなくとも萎縮していると言うのに。
審査を終えた者は、別室での待機。だから、出場者は誰とも共有を許されない。
河西の提案した、休憩を除けばの話だが。
しかし、いくら事前に判ったとしても、当日に化けるほどの力量など、持ち合わせているはずも無い。人前に晒されるので、やっとなのだろうから。
次々に審査が進められて行く。やはり、西日本もレベルは高そうだ。
『エントリー・ナンバー、16番。中、四国代表の、この娘です!』
『広島から来ました、菊池カナと申します。20歳です』
ほう、いささか顔が締まっている。遅刻寸前の、あの弱弱しい彼女とは比べ物にならないくらい、精悍だ。
『この作品は、本当は歓びに溢れているんです。ヒロインは死んでしまいますけど、それは仕方ないんです。人は皆、死ぬのですから。でも、彼に巡り合えるまでの彼女のつまらない人生観は、彼と出会ってから、本気で人を愛せると言う歓びに変化して行くんです。人は、人によって変われるんだって、そう思えるんです。こんな素敵なことってありますか?、だから、嬉しいんです。そこには・・、歓びが見えるんです。死んでしまうことは、仕方ないんです・・』
20歳か・・。この年頃の娘が、死を肯定することも、珍しい。
それよりも何も、人が変われる事の“歓び”を、堂々と解いているのだ。我々でさえこの領域には立ち入り難い。背伸びをしたか・・。この娘は。
『えげつないこと言いますね、この彼女は。さっきのピザに当たったん違う?、大丈夫かいな』
思わず会場が、どっと沸いた。
折角の、菊池カナの力説が、まるで白けてしまった。
後藤田の笑いとは別次元で、河西がにんまりとしていた。
さっきまでは、浮かぬ顔を見せていた奴が、菊池カナの声を聴いてからは、楽しそうに何やら企み始めたように見えた。
まさか、お前までピザに当たったのではあるまいな?。
ちょっと待て、河西!。お前、菊池カナが好みなのか?。個人感情でニヤケてたと言うのか?。
ダメだダメだ。応募者に手を出すもんじゃ無い。
そもそも、お前には小道具のアイドル純ちゃんがいる。道を踏み外すんじゃないぞ!。脇目を振らず、真っ直ぐに進むのだ。いいか、警告しておく。
『菊池さん、大丈夫!。ダメやったら、もう、次いこか!』
突然、台詞の最中で彼女が崩れ落ちた。涙を押し殺して、身体を小さく丸めている。小刻みに震える背中は、敵に怯える小動物にも見えた。
それでも立ち上がろうともがいている。必死に後藤田の手を払いのけ、自ら立とうとしている。既に虚ろな目は、もう誰さえも見てはいない。
“演技”なのか?。そうであれば迫真だ。目の前のその“女優”に、会場全体が釘付けになっている。ぞっとするほどに。
『もういいよ、菊池さん終わろう。これ以上、今の君には無理だ。控室に戻っていいよ』
その声は河西からだった。席を立ちあがって、彼女の“演技”を中断させた。つまり、ドクター・ストップを宣言したのだ。
“今の、君には・・”?。何を悟った?。まるで、彼女の全てを知っているかのような口ぶりだ。
河西の言葉に、ようやく顔を上げた菊池カナは。言葉無く、ステージから降りて行った。
残念だ。これ以上は審査不能。お疲れ様。早く、広島に帰ることだ。
荷が重すぎたのだろう。緊張はマックスに達した。いずれにしても、夢は次回に託されたようだ。
全ての審査が終了したのは、6時をとうに過ぎていた。すでに4時間超えの、審査だった。
おじさん連中には、まったく体力勝負だったろう。




